「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 八歳の童と孔子の問答。『宇治拾遺物語』より 

映画のワンシーンのように、金正男 キム・ジョンナム が派手な女に国際空港で毒殺された。
事件は北の工作説の他に、韓国の陰謀説、金正男の替え玉説(※1)もあるようだ。
真相はまだ分かってないが、防犯カメラの映像で犯行自体は秒単位で分かる。

どこもかしこも情報氾濫の現代。
多くの人は、自分の《目で見た情報》で物事を判断している。
だが《目で見た情報》は、大抵はマスコミやネットで知り得たものに過ぎない。

そうした情報は偏った視点で見ていたり、不確かであったり、虚偽であったり、
「群盲象を評す」の寓話のように、一面のみが真実という場合もある。

aelef.jpgフリー画像(pixabay)

どうすれば適切な判断ができるだろうか。
中世日本の『宇治拾遺物語』に、孔子が子供の目の賢さを褒めた話がある。

 今日もまたかくてありなむ。藤村『千曲川旅情の歌』 


日本人横綱の19年ぶりの誕生で、いま大相撲にスポットライトが当たっている。
しかし話題にもならないのが土俵の安全性で、特に今場所は怪我人が多かった。
法的な国技ではないが、伝統ある神事だという認識が改善を阻んでいるようだ。

外人にラーメンが好かれている。だが麺をすする音が耐えられないらしい。
しかし日本では、ソバはズズーッと吸い上げて食べるのが習慣になっている。
日本の“食”の伝統にも、外国のマナーという慣習が攻め込んできているようだ。

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伝統とマナーは、どちらも人間が定めたもの。
守ったほうが良い場合も多いが、マンネリとはどう違うのだろうか。


 名を揚げるか実を取るか、という平凡な話だが。 

ひと旗揚げるとは、成功を目指して新しい事業を始めるということである。
ひと花咲かせるとは、成功して一時でいいから栄えたいということである。
ひと角の人物になるとは、ある方面で優秀な存在になるということである。

この「ひと(一)」には、自分もひとつ名を揚げてやるぞ、という意欲と願望が表れている。

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ラファエロ『システィーナの聖母』の下に描かれた二人の天使(1513-1514年頃)

それにしても、人は一体なんのために名を揚げたいのだろうか。
小説家が、その理由を幾つか挙げている。

 配偶者以外のひとを好きになったら? 

私が小5のとき、母親が生活能力ゼロの男と再婚し、極貧となった話は以前書きました。
男の名は、ひろしです。ああ、ずいぶん久しぶりに思い出したとです。(笑)
                
当時、母親は30半ばだったが、ひろしはもう60近くで、定職なし、宿なし、の風来坊。
顔は、ジェームズ・ステュアート1割に高田純次5割を混ぜたような、一見ダテ男風。
医家の次男坊で、話が面白く、口達者。男を信じた母親は邦文タイプの仕事を辞めた。

ひろしは夜はジンを飲んで、よく浅草オペラ歌手のように声を張り上げて歌っていた。
得意の歌は、“おーおー 明治~”の『明大校歌』と、歌劇『リゴレット』の「女心の歌」。

1rigoret.jpg 出典
歌(YouTube)→ 藤原義江ルチアーノ・パヴァロッティエンリコ・カルーソー

『女心の歌』 ヴェルディ(作曲) 堀内敬三(訳詞)
 風の中の羽のように いつも変わる女心 
 涙こぼし 笑顔つくり うそをついて だますばかり
 風の中の 羽のように 女心かわるよ ああ 変わるよ


YouTubeの朗々と歌い上げる稀代のテノールを聴きながら、
笑顔ありし再婚家庭は涙こぼすドン底の窮乏生活に、ああ、変わるよ、の話をどーぞ。

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