「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 萩原朔太郎の詩『愛憐』は今でも問題作か。 

類存続のために絶対必要不可欠なこと、と言えばセックスがあるでしょう。
それがなければ人類は百年で地球上から絶滅してしまいます。

しかし世間では一般的に、セックスについて人前で語ることはタブーとされています。
私も普段その種の話はまずしませんが、ブログでちょいと書いてみることにしました。

アンドレ・ジッドの『狭き門』(1907年)に、当時の若者たちの恋愛観が表れています。
アリサは、人間には“聖らかさ”が大事だと言って、恋人ジェロームの求婚を断ります。
彼女は、天国の門は二人並んで入るには狭いと言うのです。

遠藤周作は、ジェロームの愛は清らかだと見ています。
「ジェロムはアリサをこの地上で一番きよらかな純潔な美しい女性だと思っています。
・・・・ジェロムは夢みがちの青年であり、あまりにも理想主義的な男でしたから、
肉欲のような気持を自分の恋人の上に感じることさえなかったのです」

(『恋愛とは何か――初めて人を愛する日のために』角川文庫より)

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ジャン=ウジェーヌ・ビュラン『無垢な結婚』 (1884)

夏目漱石の『三四郎』23歳は、一人旅は気味が悪いと言う女と、上京途中の宿で同じ
布団に寝た翌朝、女から言われます。「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」。

私も度胸はないほうで、若い頃は、愛するひととそんなことをしていいのだろうかと
思っていましたね。まあ、単に精神的におとなになってなかっただけの話ですが。

 己の義のために生きるか、大義のために生きるか。 

世間には「有名」になり「盛名」を馳せても、「醜名」に変わり、「汚名」を残す人がいる。
 2年ほど前には、作曲と聴覚障害の偽装をした音楽家がいた。
 最近は、経歴と出自の詐称をした経営コンサルタントがいる。

彼らは、演技力と変装術さえあれば「虚名」を得るのは容易だという平成の事例となった。

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※画像は松竹映画『切腹』(1962年)より。記事の内容とは無関係です。

武士道が廃れかかった江戸時代、「令名」つまり良い評判を命より大事にした人がいた。
これは男の尊厳を失うことを何よりも恥とした一人の下級武士の逸話である。

 幸せは遠くにありそで、近くになさそで。 

「しあわせはどこにあるのか」でGoogle検索したら、
0.27秒で約122万件と出ました。人間の一番の関心事なんでしょう。

幸せは一体どこにあるのか。最近の流行りの答えは《今、ここ》です。
すなわち足るを知れ、現在の幸せに気づけ、と言われます。

しかしながら昔の詩人は、山のアナを探して、
いや、そうじゃない。山や海や空のあなたに、幸福の地を求めたようです。

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画像はシャンソン「ラ・メール」のYou-Tubeから →シャルル・トレネ

四つの詩から考えますが、最初の二つは上田敏による原詩を超える名訳です。

 マザー・テレサの愛の奉仕と信仰の葛藤。 

やはり、100パーセント完璧な人間はいないのか。
「奉仕の人」といえば真っ先にマザー・テレサを思い出しますが、
じつは心の奥には暗やみの部分があったことが死後、明らかにされました。

彼女の「告白」が本で発表された時は、関係者に大きな衝撃を与えたそうです。

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●画像はオリビア・ハッセー主演の映画『マザー・テレサ』(2003年)You-Tubeより

マザー・テレサのその告白と名言から、彼女の愛の本質を探ってみました。
まずは、「名言」のほうから彼女のポジティブな人生観を見てみましょう。

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