「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「善悪の規準」とは神が人に与えたものか。 

自分の「甘い」は、ひとには「苦い」か。

「禁断の木の実はいちばん甘い」という西洋のことわざがある。

アダムとエバが、食べたらその日に死ぬと言われた「智恵の木の実」を食べた。
キリスト教は、甘さを味わった罰として「死」という苦い結果がもたらされたと教えている。
   
今ごろ言っても遅いが、アダムは神に、こう弁明すれば良かったのではないか。
神様が私に与えてくださった妻が重大な命令を破って食べてしまいましたので、
私はいっそ死んでお詫びをしようと思って、妻と一緒に食べたのです
」。

(一休さんの頓智話「水飴をなめたら死ぬ」をヒントにした)

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神が全知全能なら、なぜアダムの行為を制止しなかったのか?
神は、アダムが「禁断の木の実」を食べることを分かっていたのに制止しない。
ということは、聖書の神は人間に「自由意志」を与え、それを尊重したのだ。
「宇宙主権の論争」があったので制止しなかったという説については 拙記事

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「人は自由意志を尊重すべきだ」という考え方に問題はないのか?

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あるとき、神と人間とで、こんな会話があったとか。

 「神さま、石を天高くに投げてもいいですか?」

 「よろしいよ。その行為自体には善も悪もない。
 投げるのが楽しいなら、自由に投げなさい。
 人間は自由な生きものだからね。

 しかし、だね。
 ここには、おまえ一人だけが住んでいるわけではない。
 投げた石が落ちてきて、誰かに当たるかもしれない。
 当たったらかわいそうだと思うなら、投げるのをやめなさい。
 別にかわいそうだとは思わないなら、投げたらいい。自由だよ。

 ただし、だ。
 誰かに当たった場合は、その償い(つぐない)がおまえに求められる。
 だって、おまえが原因だからね。
 自分の行動の結果は自分に返ってくる。世の中はそうなってるのだよ。
 おまえは、どのように生きるのが好きなのかな」

 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
善と悪の規準というものは、古今東西、普遍的・絶対的なものではない。

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善悪の物差しは、時代・社会・人種・宗教・思想・環境・立場・状況により異なる。
万人が納得する正解が出にくいので論争と対立が生じ、敵意と闘争が続く。
倫理的な問題は、各々の正義感と信念に基づくゆえに一致合意は難しい。

ならば、人間は基本的に何をしても自由だ」と考えるのはどうか?
現状では「自分にして欲しくないことを人にしてはいけない」との但し書きが必要だが。

※「自分にして欲しいことを人にもしなさい」というキリストの言葉のほうが、
より積極性があるが、時には、自分が思う善意や正義を押し売りする場合もあり得る。

一人ひとりがまず自分から他の人の「自由意志」を尊重するようにしていけば、
やがて思想・信念の違いから生じる紛争・戦争が世界中から一掃されるだろう。
そうなれば膨大な軍備が不要になり、その金で世界中の貧困をなくせるだろう。
(5秒毎に子供が1人餓死。世界の軍事費の1割で世界の飢餓をなくせる)

※参照:異常に割高な日本の防衛費

いまマスコミは、レーガノミクスを真似たアベノミクスの言葉に浮かれている。
人は、自分が甘く感じるか、自分が苦く感じるかを判断基準にして動いている。
一休さん級の智恵で巨視的に考える政治家は、コに国には居ないのだろうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少々カタい話になりました。
お口直しに、「他人の不幸は蜜の味」をどーぞ。


※情報元のブログ 『夏への扉』 2009/09/06 のほうが、もっと面白いですよ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます・・・♥
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いつも難しいんだからぁ

この記事を読む前に、わたくしへのコメントにお返しをしたんだけれど
偶然にもアダムとイブちゃんを書いたのよ~♪

ちょとバーソさまの記事の内容からそれてしまうかもだけれど・・・

戦争ってある意味、『必要悪』みたいな側面も持っているんぢゃないかしら
狭い地球のキャパを考えると、いまは多すぎよねぇ
だからって貧困国の子供が犠牲になるのは理不尽極まりないけれど
神話(や聖書)の時代から人の争い事が絶えないって
そゆことのよーな気がするのよねぇ

なんだか難しいお話だから、考え込んでしまうんだけれど・・・

ところで、バーソさまってお背はお高いの?
お写真だとお高く見えるんだけれどぉ

2013/03/31(日) |URL|きまぐれひめさま [edit]

きまぐれひめさま ありがとうございます^^)

むずくて、どーもすみません。m(_ _)m
次からは面白くなりますからねー。きっと、たぶん、ひょっとして・・・。(笑

でも、偶然にもアダムとイブの話を書いたというのは、
まさに「シンクロニシティ」。ハ長調が同じ証拠ですねー。
いや、似長調かな。まあ、短調や単調でないことは確かです(笑。

おっしゃる通り、神代の時代から、争いは絶えませんね。
ギリシア神話なんて、嫉妬と憎しみばかりの物語みたいです。
でもね、だんだんよくなっていくような気もしてるのですけどね。

お見合い写真と第一印象は、信用したらあきまへん。(笑
何事も、妄想とポジティブ・イマジネーションが大切ですよ。
そうすれば、幸福かつ平和な関係が持続しますのでねー。(^Δ一)

2013/03/31(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

福沢諭吉は学問ノススメで「自由と我儘との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり」と述べています。
また漫画家・松本零士さんは「人は人、自分は自分、でも仲良く」とコメントしています。
「私」の集合体が「公」ではなく、「公」の中にその「公」の秩序を守れる範囲で「私」が認められている、その「私」こそ「自由」であり、自分の価値観を他人に強要せず、他人の価値観を否定しないことが「自由」を行使する際の最低限のルールなのだと思います。
「公」からの信用を得られれば「私」は拡大するでしょうし、「私」の乱用が認められれば「公」は「私」を制限する。
「人間は基本的に自由」というよりは、「自由」は「公」から認められているものであり、その「公」のルールの範囲内での自由が許容されている、と思っています。

…久しぶりに難しいこと考えたら眠くなっちゃったので、これで失礼いたします。

2013/03/31(日) |URL|三流亭まん丸 [edit]

こんばんは

バーソさんのおっしゃるように、他の人の自由意思を尊重し、他との
価値観の違いを受け入れて共に生きることを実践すれば世界で
起きている争いはなくなるかもしれませんね。
でも文明の発祥から数千年もたっているのに、相も変わらず、宗教や
領土がらみの紛争が絶えません。私たち人間のDNAの中には争いや、
他を滅ぼそうとするような働きの遺伝子が組み込まれているのかもしれません。
「他人の不幸は蜜の味」について、最近目に留まった至言、
「友人を批評するのに苦痛を感じるようなら、批評してもさしつかえない。
しかし少しでも楽しく感じられるなら、そのときは口を閉ざすべきである」
私にとって、これが難しいんですよ、これが(笑)
私のブログの紹介までしていただいてありがとうございます。近いうちに
「あなたがしなかったこと」を私のブログで紹介させてください。

2013/03/31(日) |URL|エリアンダー [edit]

自由意志

自由意志についてのお話があって、シュタイナーの基本書「自由の哲学」を読むにあたってひっかかっている言葉なので、興味を持って読ませていただきましたi-239

私は、まずは人の自由意志より、自分の自由意志を尊重してみたらどうだろう?と思いました

というのも、話がずれてしまうかもしれないのですが、自由意志について厳密に考えてみると、案外、持つことが難しいものに思われます 「自由に意志する」とは、本能に振り回される行動や、衝動的な行動とは違って、自分の定めた価値にしたがって何かを行おうとすることではないかと思うからです 

自由意志を持つことは、植物や動物には出来ないことで、大げさな話ですが、地球上に「自由意志」が存在するためには、人間が出現するまで待たなければならなかったと言えるかもしれません そう考えると、自分の自由意志を尊重してみるというのは、なんというか、地球史的に見ても画期的な行為なのかもしれませんよね(!?)

なんだか、理屈っぽくなってしまってごめんなさいi-235

2013/03/31(日) |URL|hasutama [edit]

まん丸さん ありがとうございます^^)

まあ、こんな投稿しにくい記事に、時間を掛けて、真摯に、正攻法で、
よくコメントしてくださいました。ありがたいことです。感謝いたします。
言葉遊びの巧さは承知しておりましたが、硬い文章もお得意なんですねー。(@_@;)

立派なご意見に、もろ手を挙げて全面的に賛同します。確かに無人島のロビンソン・クルーソーでない限り、ルールを守らずして社会が適切に機能することはあり得ません。

実は記事では、中程にある《緑色太字の対話形式の部分》が私の言いたいことでした
(それ以外の話は付け足しのようなものです)。
そこでは善悪の基準について《神が人間と会話している》という設定で書きました。

おそらく「行為自体に善も悪もない」とか「別にかわいそうだとは思わないなら、投げたらいい。自由だよ」という言葉に引っかかりを感じたのではないでしょうか(これは説明するのがかなり困難です。精神世界の本を読まなければ理解できないと思います)。

善悪の判断というのは意外に難しく、例えば《殺人はなぜ悪か》を考えても、答えは容易ではありません。以前、拙ブログのコメント欄でもいろいろ意見がありました。
 http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-89.html#comment974
ハーバード大学サンデル教授「JUSTICE」の「白熱教室」でも議論が白熱しています。
 http://www.visualecture.com/wordpress/?page_id=3139

私の話の要点は、最終行の「おまえは、どのように生きるのが好きなのかな」です。
ただただ自分の益のために生きるのが好きか、それとも他の人の益も(を)考えて生きるのが好きか?という問いかけです。
「自由意志」とは自分(と、ひと)の価値観に関わることです。ですので、結局は、自分は《どうするのが好きか》に、各人の人生観が表れてくると思うのです。

人間が本質的に好きなものは「愛」で、本来的に誰でも若干は有していると思います。
ですから、いつも《いま愛なら何をするだろうか》を考えて行動すれば、社会生活はもっと適切に機能するはずではないかと思うのです。

その「愛」は、子どものときからの教育(家庭と学校と社会)で、かなりの程度、発掘あるいは促進向上できると私は考えています。というか、それしかないと思っています。

緑色字の《神と人間の会話》は、《親と子どもの会話》と考えることもできますが、もし今、私に小さな子どもがいれば、この神のように教えるつもりでいます。
ルールを守るのはもちろん非常に大切で基本的なことです。ただ、そのルールを守るときの動機は《他の人への愛ゆえに守る》という人間になってほしいと思っています。

というのは、聖書時代、ローマ政府をたきつけてキリストを殺したパリサイ人という宗教家集団がいたのですが、彼らはルール(律法)は実に厳格に守るが、ひとへの愛は皆無という尊大な特権階級の人種でした。私はそのような独善的・偽善的な人間が大嫌いなんですね。長年、宗教の世界にどっぷりはまっていたせいがあるかもしれませんが(恥)。

>「自由」は「公」から認められている
自由がない国家もありますので、まあ、日本は恵まれているほうでしょうかね(笑)。
よいコメントを、本当にありがとうございました。^^)/

2013/04/01(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

「友人の批評をする際、苦痛を感じるか、楽しく感じるか」。
はい。・・・思わず、ニヤリとしてしまいました。ドキリともしました。
エリアンダーさんは、どちらだったんでしょうね。
まあ、言わぬが仏、聞かぬが花でしょうか(苦笑。

>私たち人間のDNAの中には争いや、
>他を滅ぼそうとするような働きの遺伝子が組み込まれているのかもしれません。
そうかもしれませんね。R・シュタイナーという神秘思想家はそう言っています。
拙記事→「良心は、もろ刃の剣である。あるときは良く、あるときは怖い。」
 http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-89.html

宗教がらみの争いは根深いですが、領土がらみの問題は解決可能のようですよ。
「世界最高裁判所」を設立し、国家間の問題を採決する。違反へのペナルティは非常に厳しい。従わない国があれば「世界警察」の軍隊が総出動する・・・とするのです。

アメリカが良い実例で、昔は州同士のいさかいで州の軍隊が出ることもあったのですが、州を統一して合衆国になったら、州同士の戦争はなくなったそうです。

アメリカの「州」を世界の「国」に置き換えれば、何かあったら最高裁判所で最終決着が付くわけですから、強引に問題を解決するのための武力闘争はなくなりますね。
※これはニール・D・ウォルシュ著『神との対話』に書かれていたアイディアです。

《至言》 「批評にこたえるときは、簡潔であれ。
言葉は日光のごとし。濃縮すればするほど威力を増す」
・・・私にとって、これも難しいんですよ、極めて非常に。(笑)
あ、私の記事は何でも、どんどん(←注目)使ってください^^)。

2013/04/01(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

hasutamaさん ありがとうございます^^)

実はhasutamaさんの「自由意志vs合法則性」の記事。かなり面白かったんです。
ですが、うまく考えがまとまらなくてコメントできずでした。ごめんなさい。m(_ _)m

>「自由に意志する」とは、本能に振り回される行動や、衝動的な行動とは違って、
>自分の定めた価値にしたがって何かを行おうとすること
はい。私もそう思います。結局は「自分の定めた価値観」になるとも思います。

>地球上に「自由意志」が存在するためには、
>人間が出現するまで待たなければならなかった
聖書には、人は神の像(イメージまたは属性)に似せて創られたとあり、人間だけが神のイメージを持っていると書かれています。
神のイメージといえば、まず「愛」が思い浮かびますが、それは本能として動物にもありますので、唯一の全知全能者のイメージから「自由な意識」が思い浮かびます。

であれば、「自分の自由意志を尊重する」ということは非常に尊い基本的な考えであり、おっしゃる通り、画期的な行為と言えるかもしれません。

この世では、とかく常識やモラルや親・先生・先人たちが教える《他人の意識》に基づいて生きることが賢明な生き方だ、と考えられています。ハウツー本が売れる所以です。

ですが、この人生は一度限りで、人間には貴重な「自由意志」が与えられています。
「自分を愛せない者は、ひとを愛すことはできません」。
確かに、人が自分の「自由意志」を尊重して生きれば、もっと楽しい人生になり、周りのひとたちも、もっと幸福感を感じることができるように思います。(^_^)v
(もちろん、ひとに迷惑を掛けない限りの自由ですけどね)

2013/04/01(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

人間が本質的に好きなものは「愛」で、本来的に誰でも若干は有していると思います。
ですから、いつも《いま愛なら何をするだろうか》を考えて行動すれば、社会生活はもっと適切に機能するはずではないかと思うのです。

その「愛」は、子どものときからの教育(家庭と学校と社会)で、かなりの程度、発掘あるいは促進向上できると私は考えています。というか、それしかないと思っています。

緑色字の《神と人間の会話》は、《親と子どもの会話》と考えることもできますが、もし今、私に小さな子どもがいれば、この神のように教えるつもりでいます。
ルールを守るのはもちろん非常に大切で基本的なことです。ただ、そのルールを守るときの動機は《他の人への愛ゆえに守る》という人間になってほしいと思っています。


まったくそのとおりですね。

2013/04/01(月) |URL|おはな [edit]

おはなさん ありがとうございます^^)

ご無沙汰していて、どうもすみません。m(_ _)m
同意いただいて、ありがとうございます。

日本人は、何か国内に問題があると、つい「外国では・・・」と言って、
日本人は外国より劣っているという意識を表しがちですが、
外国人から見ると、日本人のモラルはけっこう優れているようですね。
先ほども夕方のニュースで、サウジアラビアの人気番組司会者が
日本に来て取材していましたが、いろんなことをベタ褒めにしていました。

モラルの良さは、教育が諸外国に較べて良かったからではないでしょうか。
口に入れる食物も重要ですが、日ごろ頭に入れる言葉も重要ですね。

2013/04/01(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさんへ

こんにちはAKIRAです。

確かに、善悪の物差しはそれぞれの立場で変わりますね。
こういうことを考えることが大切なのでしょうね。

この世界自体が理不尽なのだからその中でどう生きるか、
恥ずかしくない人生をおくりたいものです。

2013/04/01(月) |URL|ARAKI AKIRA [edit]

ARAKI AKIRAさん ありがとうございます^^)

>恥ずかしくない人生をおくりたいものです。
とか、精進します、といった言葉がすらっと出るのは素晴らしいと思います。

昔、「恥を知れ」とは、非行青少年の行動を正すための最後の訴えであったそうです。
「恥」とは、「名誉」と表裏の関係にあり、男子にとっては必要な特質なんでしょう。
度を過ぎると名誉のためには切腹をも辞さないといったことにもなりがちですが、
おのれを正しく保とうとする「恥の精神」は、今の時代、必要なことなんでしょうね。

と、まあ、口はばったいことをことを言ってしまいました(恥)。(;^_^

2013/04/01(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

コンニチワ!

皆サマ、色とりどりの想いがあって
とっても素敵です。
本当に☆バーソ☆サンのお庭は、
色んな花が咲いてますね
とってもキレイ・・・・。

ワンダーウーマンは、”BONES”という
海外ドラマでしりました。主人公がコスプレしてました。
グリーンランタンは、WOWOWであったので
録画してます(まだ見てませんが)。
アメリカのキャラクターは、
何処かオチャラケ(ワタシだけカモ・・・)ているけれども、
憎めないんですよね~。(ワタシだけカモ(笑))

2013/04/02(火) |URL|なりびと [edit]

なりびとさん ありがとうございます^^)

>皆サマ、色とりどりの想いがあって
まあ、こんなところに目を留めていただいて、ありがとうございます。
以前、わたしは、ひとつの方向しか見ないようにしていました。
読むもの・見るもの・人間関係は、極めて狭く、視野が偏向していました。
でも今は気持ちが変更して、幅広くなりました。以前よりは、ですけどね。

アメリカのコミックは、あの絵の調子が好きで、子どもの頃、憧れでした。
でも見たのはテレビの「空を見ろ、鳥だ、飛行機だ、いや、スーパーマンだ」だけ。
アメリカ映画は、総じて明るくて派手なところがいいですね。
フランス映画の趣きのあるところやしっとり感もいいですが。
人生も、いろいろあるので、いいのでしょうかね(笑。

2013/04/02(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

禁断の実の味は分からないけど
つまみ食いは美味しいよ♪
面白画像楽しませて頂きました~(^o^)

2013/04/02(火) |URL|babatyama [edit]

lady-babaさん ありがとうございます^^)

わー! 
やめられない、とまらない、ですかー。
つまみ食い、いいですよねー。
でも、大食い、だめですよー。
そして、あぶら分、控え目ですよー。
野菜、たっぷりでねー。
はい、はい、わたしもそうしますからねー(笑。

2013/04/02(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

禁断と言えば、私が思い付くのは、禁断症状です。

甘いスィーツ 禁断症状がはなはだしいです((+_+))

アダムとエバ  なんですね!

私が思い付くのは、ゴールデンハーフです。
(わっかい 娘が うっふん♡)♪


日本ではコンビニの弁当 時間が来たら捨てられているとか!

時間過ぎてますが、当方は食中毒の責任はおえませんが
お好きに食べてください!と、おなかがすいてる人に
あげた方がいいと思います。

年末に 変な道路工事するくらいなら、道路に全部、
自転車専用道路として、色をずーっと付けて
子供を守ってほしいと思います。

こうゆうご意見、聞いてくださる政治家 求めます。(*´ω`*)

2013/04/04(木) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさん ありがとうございます^^)

「黄色いさくらんぼ~」。好きですねー。うっふん(!?)です。
黄色でなくても、赤いのでもいいし、アメリカンチェリーでもいいし、
とにかく、甘くてすっぱくて切ないことに、ずーっと禁断症状です(笑。

捨てられる食料というのは、ずいぶんたくさんあるみたいですね。
コンビニ弁当だけで年間430億円。他にも、ハンバーガー、回転寿司など。
残飯として捨てられる量は年間で1千万トンにもなるのだそうです。
食料危機の問題解決法は、資源不足ではなく、余剰分の処分方法なんでしょうか。

一人ひとりの、他者を気遣う意識を高める思考(志向)を考えるべきだと思います。

2013/04/04(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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