「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 何の理由もなく、家族にちょっとした愛の証を見せること。 

物心ついた頃、父親は家にいなかった。母親が離婚したからだ。
やがて母は東京に働きに出て行き、私と弟は九州に残って祖母に育てられた。

小5のとき、母が小さなタイプ印書店を神田神保町に持てたので、弟と共に東京に
呼び出されたが、すぐ母は再婚し、3人+1人で暮らすようになった。
男は母より20歳年上の二枚目。明大卒で、医者の息子とか言っていたが、
話も嘘もうまかった。住所不定、無職、収入ゼロ。
だが母は男を信じて仕事をやめ、それから酷い貧乏の極地状態が始まった。

母親は5歳下の弟のほうを露骨に偏愛した。
少しぐらいなら当たり前だろうが、いちじるしく極端にそうなった。不公平だと私が言うと、
母は、弟のほうが親と早く死に別れるのでかわいそうだとか、自分だって長女だったので
妹のほうがかわいがられたんだよと言い、最後は、だって かわいんだから しょうがないだろ、
どうしたらいいんだ、と居直られた。

(李香蘭)2
写真は全部、山口淑子(李香蘭)。歌手・女優・政治家。

自分で言うのもなんだが、私は素直で、人に嫌われるような子供ではなかった。
学校ではクラス委員に9回連続して選ばれたこともあり、先生にはかわいがられ、

通信簿に《クラスの人望を一身に集めています》と書かれたこともある。

高校生の頃、母はとうとう離婚。男友だちができ、毎晩毎晩帰りが遅くなった。
私は黙って、買い物から炊事・皿洗い・掃除・洗濯まで、家のことを全部した。
家ではおそらく不満顔をしていたであろう私に、母はこう言った。
かあさんはね、母親である前に女なんだよ、不満があるんだったら出ていけ。
その言葉を聞いてから、私は母親とはいっさい口をきかなくなった。

母は懸命に働き、息子二人を大学に行かせてくれた。その点は感謝している。
しかしその後、私は仕事と宗教で忙しくなったせいもあって、すっかり疎遠になり、
仕送りをするだけで、親孝行などまるでしてないうちに、母は郷里で亡くなった。

(李香蘭)3

今回は、そんなわたしが書くには、はばかるようなお話なんですが・・・。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
思いやりという蝋燭に火を点けるには、自覚という火花が必要だ。
 『心のカップを空にせよ!』 ロビン・シャーマ(著) 北澤和彦(訳)より

昔々、愛する夫を亡くした、よぼよぼのおばあさんがいた。
彼女は、息子夫妻と孫娘と一緒に暮らすことになった。
あばあさんの視力は日に日に衰え、耳も遠くなっていった。
手がひどく震える日もあって、皿の豆が床に落ちたり、
スープがカップからこぼれたりした。

息子夫妻は、母親が汚すことに腹立ちを抑えきれなくなって、
ある日、もうたくさんだよ、と言ってしまった。
そして、二人は、部屋の隅にある掃除道具入れの隣に
老婆用の小さなテーブルを置いて、そこですべての食事を一人で食べさせた。

食事のたびに、母親は部屋の向こうから、涙をためた眼で息子夫婦を見つめたが、
彼らはスプーンやフォークを落とした母親を叱りつけるときを除いて、
いっさい話しかけようとしなかった。

(李香蘭)4

ある晩の食事のまえ、夫妻の娘は床に座ってブロック遊びをしていた。
「なにをつくってるんだい?」と父親は真剣に聞いた。
「パパとママ用の小さなテーブルをつくってるの」と、娘は言った。
「そしたら、いつかあたしが大きくなったとき、自分たちで、隅っこで食べられるでしょ」。

両親は、永遠と思えるくらい長く黙り込んでしまった。
そして、涙を流して泣きはじめた。
その瞬間、ふたりは自分たちの行為の本質と、それがもたらした悲しみに気づいた。

その晩、ふたりは母親を大きなディナーテーブルの本来の席に戻し、
それからずっと彼女と一緒に食事をとった。
食べ物がテーブルからこぼれても、フォークが床に落ちても、
もうだれも気にしなくなった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私の母は若い頃、山口淑子(李香蘭)に似てると言われたそうだ。



母が死んでも涙は出なかったのに、この曲を聴いたら嗚咽状態になってしまった。
あの世の母は私のことを分かっているだろうし、私も今は感情が透明だ。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました・・・♥
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バーソさんへ

こんにちはAKIRAです
そういうことで九州におられたことがあったのですね。

今日の記事のような話を
読まなければなりませんし、伝えなければなりませんね。
感じなければなりません。

30年前に若くして亡くなった、母の姉(私の伯母)が
昨日夢枕に立ったんですよ。(ちょうど今時分に亡くなったんです)
当時小学3年生だった、私のいとこ(伯母の娘)のことを心配しているようで、
いとこが書いた「お母さん」という題名の作文を伯母は大事に持ってる、という夢なんです。
どういう意味なのでしょうね。

そのいとこももう結婚して子供も二人いるんですけどね

今回の記事
たまには実家に連絡しなくちゃいけないなぁ、なんて思いました。
ありがとうございます。

いい記事でした。

2013/03/05(火) |URL|ARAKI AKIRA [edit]

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2013/03/05(火) || [edit]

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2013/03/05(火) || [edit]

ARAKI AKIRAさん ありがとうございます^^)

今回は思い立って、というより、きっとトラウマになっていたせいでしょう、
なぜか、するするっと自分とわが家の恥をさらすことを書いてしまいました。
でも、少しすっきりしたような、妙な気分です。

子どもは、良くも悪くも、親の影響を強く受けますね。
ひょっとしたら親も、子どもの影響を受けることがあるのでしょうか。
親子関係というのは非常に強く、また、案外もろいものでもあるように思います。
生きてるうちが花なのよ、というの言葉は本当ですね。

人間の意識は、氷山の一角のように、1割ぐらいしか表面に顕れてないそうです。
潜在意識はすべてを記憶しており、それが昼間見たことや思い出したことなど、
何かのきっかけで過去の記憶と混合して、夜の夢となって表れるのでしょうか。

わたしは、最近は、電車の乗換えを間違えたり、道に迷う夢をたまに見ます。
なにかの不安が潜在下にあるのかもしれないなあと思ったりします。
でも、好調なときは、いい夢を見やすいし、その朝は気分がいいですね。

2013/03/05(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

凄絶なご体験でした。
お母上は普通と違ってても自分のやり方で子供たちを
愛してはいたのでしょうけど。
自分が大人になってはじめて両親のことを理解できることも
あるのでしょう。
だって自分の半分は父、半分は母由来ですものね。

きのう映画「遥かな町へ」を観ました。父親に捨てられ、
母親もそのショックで早死にし、中年になった男が家庭や
仕事に満たされない思いを抱いています。
男は旅行中に、父親が家出をするちょっと前の14歳の自分に
タイムスリップしてしまいます。少年になった男は家を出る父を
止めようとします。でも家を出ようとする父と、中年になった自分の
境遇・考え方を重ね合わせたとき父の事を初めて理解するんですね。
父を許すと同時に、自分もまた同じ道を踏み出す・・・という映画でした。
家族への愛より、自分の好きな道を選ぶという点で、ちょっと共感は
得られなかったです。
チェノウェスの言葉を思い出します。
「父親が子供にできるもっとも大切なことは子供の母親を愛することである」
"One of the most important things a father can do for his children is
to love their mother."   - Ray Chenoweth

なんという符合!私の母も「何日君再来」「蘇州夜曲」をよく口ずさんで
いました。(笑)

2013/03/05(火) |URL|エリアンダー [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

確かに、
>境遇・考え方を重ね合わせたとき父の事を初めて理解するんですね。
>父を許すと同時に、自分もまた同じ道を踏み出す・・・
ということがあるかもしれません。

親というのは、普通は子どもの幸福を第一にする本能があるのでしょうが、
でも親自身に幸福がなかった場合は、自分を優先したい気持ちになるのでしょうか。
母が二度の結婚に失敗し、子どもを抱えて非常に苦労したことを考えると、
当時、子どもには分からない精神的な悩みも随分あったのだろう、と思います。

もしもタイムスリップできるものなら、
親に抱っこをされたり、頭を撫でてもらったという記憶がないので、そんな温かい家庭に戻れたらいいな、とは若干思います。でも今は、そんな過去の思い出も、ほろ苦く、切なく、懐かしい走馬灯のようです。わたしには、必要な、いい経験だったのかもしれません。

「父親が子供にできるもっとも大切なことは子供の母親を愛することである」。
この言葉は、そちら様のブログを拝見したときに、印象に残ったので覚えています。
これは、特に子供がいる夫婦には絶対必要な金言であると思います。

「何日君再来」「蘇州夜曲」も、懐かしさを呼び起こされる歌です。

2013/03/05(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2013/03/05(火) || [edit]

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2013/03/05(火) || [edit]

今日の記事は
バーソさんが私の息子だと思って読ませて頂きました
バーソさんのお母様のように
素敵な行き方はしていませんが
私と息子もいま疎遠になっています
息子もバーソさんのように私が死んでからでも
ちっらっと思い出してくれることがあるかもしれないと・・・
バーソさんのお母様素晴らしい方です
今日の記事は私にとって素晴らしいプレゼントです
涙がぼろぼろ止まりません

2013/03/06(水) |URL|babatyama [edit]

山口淑子さんに似ていらしたバーソさんのお母様
美しく、ひたむきで、正直な方だったのでしょうね

なんだか泣きたくなりました
わたし、お母様のために、今、涙をこぼされてるバーソさんが好きですよ
バーソさんをお育てになったお母様、素敵な方だったに違いありません。

何かまだ、書きたいことあるような気がします、たくさん。
でも、言葉に変わりません

ありがとうございました

2013/03/06(水) |URL|Lily姫 [edit]

lady-babaさん ありがとうございます^^)

わたしの母が「素敵な生き方」をした、と言われて考えてしまいました。

実は、一時期ですが、それはそれはひどい貧乏をしたことがあるんです。
そうなったのは、まず父親のせいかもしれませんが、主な原因は母親のせいです。
母親の性格や考え方や決定が、母と息子二人の人生を作ってきたのですから。

ですけども、母は、あの昭和の苦しい時代に、子ども二人を抱えて必死に生きた、
かわいそうな人間だなあと、いまは客観的にそんなふうに思います。
(当時、子どもだったわたしは、そうは思えなかったのですが)

ですけども、lady-babaさんのコメントを読んで、いままた考えると、
母が自分の考えで必死に生きてきたということは、
確かに、母にとっては「素敵な生き方」だったのかもしれませんね。

lady-babaさんは、息子さんと疎遠になっているんですか。
なにか申し上げたいと思っても、そんな私ですから、何にも言えることはありません。

でも、最近読んだ本にこういう趣旨のことが書かれていました。
「遠い将来の大きな幸せを追い求めるより、目の前にある小さな幸せを喜びなさい」

lady-babaさんには、いま大勢の息子さん娘さんがいますね。
大勢の方々がブロ友になっていますし、コメントもたくさん入っていますし、
他にも愛読者が大勢いますよね(相互リンク、ありがとうございます)。

ブログを通して大勢の方々と交流を持てるのは本当に幸せなことだと思います。
絵を描く才能があるのも幸せなことですよね。
デジタルを使いこなしているのも凄いし、好きな料理を作れるのも幸せですし、
ひとのために編み物をしていることも、幸せで、立派なことだと思います。

そんなふうになりたいと私は目標にしているんですよ。

2013/03/06(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Lily姫さん ありがとうございます^^)

「ひたむきで、正直な」と言われると、
なるほど、そう言われれば、そういう言い方もできるなあと思いました。
(でも、わたしは、母はかなりワガママな人間だと思ってましたね)

「ひたむき」というのは、とてもいいことなんでしょうね。
「ひたむき」というのは、真剣に真面目に誠実に日々生きている証拠です。
適当な生き方は楽でしょうが、それは真の幸福感や充実感とは違うでしょうし。

母は必死に生きてきたので、晩年はいろいろ考えて後悔があったかもしれませんが、
結局は自分のしたいことをしてきたのですから、トータルで悔いはないだろうと思います。
そう考えると、母親は自分の生きたい人生を全うできたのでしょう。
いろいろありましたが、いまは、あのままの過去の人生でよかったように思っています。 ありがとうございました。

2013/03/06(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

合縁奇縁

物心ついた頃、父親が家にいなかった。
父親が失踪したからさ。
なんかおいらと似ているね。
何処にいるのかも分からない親父を憎んだ事もあったけど、おふくろの愛情がそれを打ち消してくれた、だからずーと幸せだった、もちろん今もね。

お互い優しい心に涙する事が出来る、そんなんで、まあまあの人生だったかもね。

2013/03/07(木) |URL|ばく [edit]

よく拝見させていただいているのですが、コメントは初めてです。
基本的にふざけた人間ですので、真面目なコメントはしづらくて…。

「孝行をしたいときには親はなし」

記事を拝読し、今一度親との接し方・かかわり方を省みてみようと思いました。
よいきっかけをいただきました。
どうもありがとうございます。

2013/03/07(木) |URL|三流亭まん丸 [edit]

ばくさん ありがとうございます^^)

>おふくろの愛情がそれを打ち消してくれた、
>だからずーと幸せだった、もちろん今もね。

打ち消してくれるほどの愛情をかけられたというのは、すごく良かったですねー。
ずーっと幸せで、今も幸せだなんて、これもなかなか言える言葉じゃないですね。
読んでて眼が潤んでくるような、本当に いい言葉です。

ばくさんのブログを拝見していると、いつも奥方への愛情深さが感じられて感心しているのですが、ばくさんは愛情をたっぷりと受けたので、同じ家族愛(夫婦愛)をああして文章にしてあらわせるんですね。

わたしも、あれからずいぶん年月がたち、自分の考え方も変わったせいか、いまは、心の内側にこもっていたような気持ちがほとんど消えました。
過去のすべてが許せるような、すべてを許してほしいような、そして、すべては許されているような、そんな気持ちです。たぶん、必要な、いい経験をしたのだと思います。
温かいコメントをありがとうございます。

話は変わりますが、今日、珍しく新車のアルミホイールを縁石で傷つけてしまいました。
少々悔やんでいるのですが、でも、もっと大きな事故になる前に、もっと注意して運転しなさいよという、天からの教訓だろうと思うようにしています。

奥方は「これで二度目のエアーバッグ体験」ですか。うーん、これは、わたしとは事例が違いますね。けっこう大きな事故ですし、相手方の不注意ですし。でもやはり、おっしゃる通り「双方とも怪我一つなく」て「幸い」と思うべきなんでしょうね。

なんと言ったらいいか言葉がありませんが、ともかく、お悔やみを申し上げます。
奥方のほうが、あまり気にされないことを願っております。
そちらはまだ道路に雪がありますね。こちらは今日は4月下旬の陽気ですよ。

2013/03/07(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

コンニチワ!

長い長い旅をしてこられたんですね・・・・。

とってもとっても繊細でこわれそうなくらいの
緻密な心の持ち主の☆バーソ☆サン・・・・。
よくよく、ここまで生き生かしてくださいました。
自分の心を守る為の苦労はいかばかりかと
想いを馳せています。

よくココまで、今の今まで、心を守って下さいました。
本当に心の底から、感謝いたします!

そして、これからもどうぞ宜しくお願い致します。



2013/03/07(木) |URL|なりびと [edit]

三流亭まん丸さん ありがとうごぜえます^^)

あらまー、こんなブログに、噺家からのコメント。うれしいですねー。

あたし、こういっちゃなんですが、落語や洒落ってえものが大好きでございましてね。
たとえば、なにかのついでに町奉行の話が出ますてえと、おおかあ食わねえ、たった越前なんてオチをすぐ思い出したりするんでございますよ。「(゚ペ) 

そういうわけで、下手な駄洒落をブログでも書くことがありますので、もし気がつきましたら、遠慮なく、添削指導お叱りのコメントのほう、よろしくお願いしますね。
でも、いいときは座布団のほうを多めにお願いしますね。m(_ _)m

2013/03/07(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

なりびとさん ありがとうございます^^)

なりびとさんの文章はいつも深くて、わたしごときレベルでは、
その想いを推し量ることができないように感じることがよくあります。

「心を守る」と言われて、少し考えさせられました。
人生にはいろんなことがあって当たり前なんでしょうが、その際、感情に負けないで、
「心を守る」こと、そして「心を広く」することが大切であり、
結局、人生とは「心」をどう保って生きるか、ということなんでしょうかね。

言われてみると、わたしは確かに「長い長い旅を歩んできた」のかもしれません。
少々長すぎたような気もしますが、でも今は、それも必然の旅だったように思います。

2013/03/07(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2013/03/07(木) || [edit]

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2013/03/08(金) || [edit]

バーソさんのおかあさま、美しいですね。

それでも、弟さんのことを特にかわいがっていたっていうのが、ひっかかりますよね。もえりがあかちゃんのころ、ママ友で、下に男の子が生まれたら、下のこのほうがかわいくってかわいっくてしょうがない、って言ってたことがあって、
上の子はどう育つんだろう、、って心配したおぼえがあります。バーソさんみたいにそだっているのだったら、なんの問題もないですけど。


ベルリン天使の詩 は、わたしの好きな映画ベスト3に入ってますよ!
「ブレードランナー」「ベルリン天使の詩」「スタンドバイミー」です。
スタンドバイミーは、ちょっとイケメン少年好きの趣味にはしってるけど。。

2013/03/09(土) |URL|abe [edit]

abeさん ありがとうございます^^)

誰でも下の子のほうがかわいいのは、まあ、当たり前で、しょうがないと思います。
聖書にも、族長ヤコブが年寄りっ子のヨセフを偏愛した話が出てきますから。

でも、その可愛がり方の違いが露骨で極端で、しかも、それで当たり前だろう、
と言われると子供心は傷つきますね。子供は母親の愛情が必要な生き物ですから。

そんな場合、そんなことはないよ、兄弟をおもう気持ちはおんなじなんだよ、
と、たとえ嘘でも言われると、子供心には救いになるのですけどね。

実は母は、別れた最初の夫にわたしが非常によく似てるのがイヤだったみたいです。
お前は声までそっくりだ、と ちょっと憎々しそうな表情で言われたことがよくあります。
(母がその夫を憎む理由があったことは、母が亡くなってから分かりました)

ブログの写真は、ただ、母が似てると言われた、美しい人の写真を出しただけですよ。
似てても、違う場合もあるのですよ。

そういえば、まれさんは「ベルリン天使の詩」に出てきたブランコ乗りの
きれいな女優にイメージが似てるような・・・^^)。

2013/03/09(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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