「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 スピリチュアルと聖書が言う「終わりの日」とは? 

明後日の2012年12月21日は、アセンション(ascension:上昇、昇天)といって、
地球が物質世界から意識世界に移行する日だ、とスピリチュアルの一部で言われている。

その日が古代マヤ暦の最終日となっているのも根拠になっているようだ。

それがマヤカシか本当か、私は分からない。
ああ、そうですか、としか言いようがない。
だが私の守備範囲である聖書の「終わりの日」については、
はっきり言えることがある。

それは、キリスト教が言う「世の終わり」などあり得ない!だ
そう言える根拠を、ギリシア語学不要の、子どもでも分かる簡単な理屈で示したい。

☆☆☆400

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まず、「世の終わり」が来ると考えられている根拠は?

西暦1世紀。イエスは壮麗なエルサレムの神殿を見ながら、
神殿の壁が崩される日が来ると述べた。
驚いた弟子たちはイエスに質問をする(マタイ24:3)
 Q1:いま見ている神殿の壁が崩壊し、
 Q2:イエスがまた来て(再臨)、
 Q3:世が終わる時
    ―――の「しるし」は何か?


弟子たちが3つの質問を同時にしたということは、当然のことながら、
3つの出来事が同じときに起きる、と思ったことを示す。
イエスは、その日の近いことを前もって知るための《しるし》としての出来事として、
戦争や地震、飢饉、偽預言者の登場などを列挙した(マタイ24:4-21)。
その《しるし》の数は39もあるそうだ。

そして預言された出来事が当時に次々と起きて、おおよそ40年たった西暦70年。
ローマ軍がエルサレムを攻め、神殿の壁を破壊し、ユダヤ教の世を崩壊させた。
すなわち、当時のユダヤ人の体制に、「世の終わり」の預言が成就したのだ。

しかし、そのときにイエスが来た形跡が無かったので、「再臨在」は後の時代に起きる
のだろう、そしてその時こそが世界的な「世の終わり」なのだろうと考える人が出てきた。

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全世界に「世の終わり」など来るはずがない根拠は?

1.イエスは「ユダヤ教の終わり」と「世界的な終わり」と2回あるとは言ってない。
普通、小学校の先生は、小学生相手に大学生レベルの難しい授業はしない。
自分の話を聞いている生徒が理解できるように教える。

もし当時の弟子たちが何かおかしな質問したのであれば、イエスは、いや、あなた方の
理解は間違っている、実は2つの「世の終わり」があるのだよ、と必ず訂正したはずだ。

イエスが訂正をしなかったということは、当時の弟子たちが考えたように、「世の終わり」
とはエルサレム神殿の滅び、即ちユダヤ教の体制の終わりのことと考えるべきだ。

ならばイエスの「再臨」も、当時のエルサレム神殿の滅びとユダヤ教の体制の終わりの時に
同時に実現した、と考えるのが素直ではないか。これは非常に簡単な理屈だ。

☆301

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2.「イエスが天の雲に乗って来るのを見る」の言葉はどう理解できるか?
昔、その言葉を文字通りに受け止め、エルサレムのオリーブ山に馬車を用意して
イエスの再臨を一生待ち続けた人がいたそうだ(使徒1:12、ゼカリヤ14:4参照)。

だがイエスは死んで天に復活したので、人間の眼では見ることはできないはず。
ゆえに、そのような言葉は比喩的に解釈すべきだろう。

ユダヤの預言者は「天は巻物のように巻かれる」などと言い、誇張的な比喩表現を得意
とした(イザヤ34:4)。そして、イエスは「例えなしでは語らなかった」と言われるほどの
比喩の達人だった(マタイ13:34)。比喩的表現の事例は聖書には非常に多い。

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それでも「世の終わり」とは世界の世の終わりのことだと思う人がいるかもしれない。

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3.聖書の最後でイエスは「速やかに来る」と述べたが、それは実現したか?
 黙示録22章20節
  (イエスは言った)しかり,わたしは速やかに来る。
  (ヨハネは応えた)
アーメン! 主イエスよ,来てください。

ここで、黙示録が書かれた西暦96年時点で、イエスが「速やかに来る」と述べている
のだから、イエスの「再臨」は西暦96年以降だ、と考える人がいる。

★この理屈については、子どもでも反論できる。
「速やかに来る」と約束したのに、なぜ2千年も来てないの?ということだ。

この合理的な答えは2つしかない。
イエスは真実を言ったか、それとも嘘を言ったか、のいずれかしかない。

イエスが嘘付きでないなら、当時に「速やかに」来たと考えるしかない。
いつの時かと言えば、歴史上、西暦70年のエルサレム崩壊の時以外にない。

いや、その解釈は受け入れ難いと思う人は、イエスは嘘を言ったと思うべきだ。

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4.実は「黙示録」の著作年代は、西暦69年頃の可能性もある
じつは「黙示録」の著作年代とされる《西暦96年》説の根拠はかなり弱い。
Wikipediaの「成立」の項の下のほうを見ていただきたい。※wikipedia
聖書学者の中には、著作年はネロ帝時代の69年頃と考える者もいる。であれば、
翌年のローマ崩壊の西暦70年に、イエスはまさに言葉通り「速やかに」来たのだ。

☆300

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5.「速やかに」の言葉については、こんな言い訳がされる
神の一日は人間の千年なのだから、人間の観点では遅く思える長い年月でも、
永遠に生きる神の観点では「速やか」ということがあり得る。旧約聖書の詩篇に根拠がある。
 詩篇90:4
  まことに、あなた(神)の目には、千年も、きのうのように過ぎ去り、
  夜回りのひとときのようです。


詩文を字句通り受け取る人は、詩心があるとは言い難い。この句は、永遠である神と
比べて、人間の人生がいかに短いかを嘆息している詩的表現に過ぎない。

もし「速やかに」を「極めて遅い」の意でも可とするなら、それは、上とは下だ、
軽いとは重いだ、と真逆に言ってもよい、と言うようなものだろう。それでは、
神とキリストが言葉の使い方も分からない愚か者となってしまう。

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キリスト教の歴史で、「救い」が証明されたことは一度もない。

「信じる者は罪が許される」 → 証明されてない。
「信じる者は死んだら天の神の国へ行く」  証明されてない。
「信じる者は救われる」   証明されてない(他宗教も同じ)。

「信仰」とは、証明されてないことを、心の中で受け入れてしまうことである。
「信仰」が物理的に証明されることであれば、「信じる」ことは必要ない。

ゆえに「信仰」は証明されなくてもいいが、しかしながら、論理的・聖書的に
おかしいと思いながらも、あえて目をつぶって受け入れるというのは、
それはまた別の話だろう。

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12月24日が近づいた。
クリスマスは異教の祝いに由来しているので祝わないという人がいる。
親子や恋人たちの愛の絆を深める日として祝う人がいる。
聖書では、キリストの誕生を天のみ使いたちが大いに喜んだ、と書かれている。

一日をどう生きるか? それは、誰かが前もって定めるものではなく、
ひとり一人が自分で定めていくものだろう。
その日を、ものみな全てを祝福する精神でいるのも、良い過ごし方ではないだろうか。

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★参考:「宇宙主権の論争」の教理の誤りを論じています(本邦初) → コチラ
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コンニチワ!

とても深い考察です。

特に”救いの証明”という所・・・。
私も共感します。

そうだといえば、そういう所が見えてきて、
ないといえば、何もない。

結局、証明にはいたりません。

自分を救えるのは、自分しかいないのでは・・・と
私は、仮説ですけど、想っています。

なんせ、幽霊も、UFOも見た事がないワタシです。
でも、何故か、娘も、知人(3人)は、
観ているんですよね~。
ワタシにも、信じさせて欲しいです~。

お邪魔いたしました~。

2012/12/20(木) |URL|なりびと [edit]

なりびとさんへ。(^^)

再びのコメント、ありがとうございます。
共感していただける箇所があったようで、うれしいです。

>そうだといえば、そういう所が見えてきて、
>ないといえば、何もない。

そうですね。人間は見たいものだけを見る動物です。
いつも、自分の見たいこと、聴きたいことだけを選択しているのですね。
そうでないと、みんな同じ考えになってしまうのでしょうか(?

>自分を救えるのは、自分しかいない

はい。私もそう思います。
キリストが刑柱上で身代わりの死を遂げたおかげで
人類が救われるようになったというキリスト教の教理は、
宗教組織の存在理由を示せる、都合のいい教えだと思っています。
他力本願で楽なので、信者にも都合のいい教えではないでしょうか。

私、UFOは信じないわけではないのですが、なぜか見えません(涙。

2012/12/20(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ニュースでも取り上げていましたね。
21日がマヤ歴で世界の終わりなのだとか。。。

私は以前、名古屋に地震が来ると予言された日が怖くて怖くて
旅行に行こうと家族に言って笑われ、
でも怖くて、予備の食糧だけでも買わなくっちゃと
本気で用意したのです。

名古屋にその日、地震は来ませんでした。

でも、ノストラダムスや今回の予言
やっぱり、怖いです。

12月に大きな宇宙船もやってくるらしいですね。
それも、やっぱり気になってしまいます。
(これは、ニュースでも取り上げられていました。)

全部 当たらないといいです。

2012/12/20(木) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさんへ。(^^)

毎回毎回コメントをいただき、まことにありがとうございます。
アメリカのある著名な予言者が、日本の都市が海の中に沈むと言ったことがあります。
予言された年はだいぶ前に過ぎました。だから、その予言は当たらなかったのですが、
でも、311のあの津波の際の光景には、少し当てはまるようにも思えます。

この種の予言は、当たったり、当たらなかったり、いろいろのようです。
世界が終わるというような人騒がせの予言は、信じることはないと思います。
聖書の預言については、全て過去に完了した、怖れないでいい、と私は思っています。

なお、怖いと思うと、怖い感情がずうーっと残るかもしれません。
チョウ怖くても、ガガガガハーと笑い飛ばしてしまったほうがいいですよー(笑。

2012/12/21(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

むむむ、むずかしすぎ~~っ!!
21日が無事に終わりそうな日本だけれど
今の中国ではどーなっているんでしょうねぇ・・・
新興宗教って怖いわぁ
って、キリスト教もユダヤ教からしたら新興宗教か(笑)

わたくし聖書を読むときは、おとぎ話として読んでいるわぁ
詩的にイイところもたくさんあるしぃ♪
不謹慎かしら・・・

2012/12/21(金) |URL|きまぐれひめさま [edit]

管理人のみ閲覧できます

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2012/12/21(金) || [edit]

今朝はゆっくり出来たので
ゆっくり噛みしめて読ませて頂きました
babaは聖書を読んだこともないのに
分かりやすくとても興味を持って読ませて頂きました
楽しかったです♪
ありがとうございました

2012/12/22(土) |URL|babatyama [edit]

きまぐれひめさまへ。(^^)

[‰:006600]ももも、もーしわけありません~~っ!! ( ← 文体、移りました^^)。

21日には食料を貯蔵しろとか、ある山に登れとか、いろいろ言われたようですね。
でもまあ、物理的な激変はまわりには起きず、とりあえずよかったですね。

>キリスト教もユダヤ教からしたら新興宗教か
おー、そうです。そうです。キリスト教は発足当時、「派と呼ばれました。「派」というのは分派という意味で、キリスト教は根底にユダヤ教の精神があるんです。

仏教だって、釈迦の教えは一つなのに宗派が沢山あるということは、仏教もまた、始まりは信仰宗教だったんですね。

聖書はおとぎ話として読むというのは、一つの卓見かもしれませんよ。
そう思って読むほうなら大きな危険はないでしょうし、それに、昔々ある処に・・・というお話を読んでると、眠りが早まりますからね(笑。[/‰]

2012/12/22(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

babatyamaへ。(^^)

[‰:006600]うわーっ、こんなカタいのを読んでくださったんですか。うれしいですねー。
歯が折れるのではないか、おなかの調子が悪くなるのではないかと思って、
読まないでもいいです、コメントもいいです、と冒頭に断りを入れたのですが。

以前、私は聖書が大好きで、長年キリスト教に熱心でした。ですが、恥ずかしながら、ようやくそれらにも大きな問題点があることに気づいたので、元いた教団の信者を意識して、時々こういう記事を書いています。

聖書については、原語の意味から専門的な詳しい注解しているブログがあります。
でも、それをすると、どうしても「葉を見て木を見ず」ということになりやすいのと、どうにでも細かなことで理屈を付けられやすいのと、原語の知識のない人には理解がしにくいのではないかと思い、私は基本的に易しいリクツで説明しています。

なるべく、ひとがまだ採り上げてないようなことを書いていますので、聖書に関心のある人にはちょっとは興味深いのではないかと思っているのですが、でも、babatyamaに、楽しかったと言われて、とてもうれしく思いました。

タイトル、「3分の1」に戻って、うれしかったです^^)。
[/‰]

2012/12/22(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

マヤで地球最後の日も通り過ぎ、あしたはクリスマスイヴですね。

昔ノストラダムスの予言で、「ヘルメットかぶって過ごした。」って

言ってた子がいたけど、なんとなく時間はすぎていくもんですね。

なんとなくすぎていくのに慣れちゃって、ほんとに震災とかあったときに

どうしようもなかった、とか後悔しないように、マヤとかノストラダムス

とか、日々の流れにスパイスをきかせてくれてるのかもしれないとかね。

とりあえず、ハッピークリスマス!

2012/12/23(日) |URL|abe [edit]

終末より週末

世界が終わるという話になると、
最後に何食べる?みたいな方にそれてしまいます。
罰当たりかもしれませんが、自分が死ぬんだとしたら、
世界の終わりでも不慮の事故でも変わりがないように思います。
それにしても、どうしてイラストが全部色っぽいのだろう。

2012/12/23(日) |URL|こみ [edit]

abeさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

大金持ちにも貧乏人にも、すべての人に公平にあるのが時間だと言われます。
時間は、遅く感じることもあれば、あっという間に過ぎ去ることもあります。
自分の気持ちのあり方で、どのようにもなるのが時間の面白さなんでしょう。

おっしゃる通り、出来事は、日々の流れにスパイスをきかせるものだと思えば、
どんなことも、味わい深くなり、時には面白くなったりするのでしょうかね。
私、臆病なくせに、寿司にはワサビをたっぷり付けないと食べられません(笑。

そうそう。まれさんと、もえりさんに、ハッピークリスマス! 
そして、ハッピーニューイヤー! あ、これは、ちょっと早いかな^^)。

2012/12/23(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こみさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

以前、職場で、世界の終わりについての話になったとき。みんな死ぬんだったらしょうがないという意見(多数)と、自分だけは助かりたいという意見(少数)がありました。
そのような際、
人を押しのけても助かりたいと思うような人は「醜末」。
みんなで一緒に助かりたいと思うような人は「秀末」。
と、こみさんに対抗して、いや、触発されて、無理やり言葉を作りました(笑。

画像は、版権の問題があるためと、古き良き時代のアメリカが好きなせいで、なるべく昔の雑誌や広告に掲載されたようなアンティークものを探し、勝手に使わせてもらっています。そういうわけで、今回のコミックイラスト、若干色っぽくなっております^^)。

2012/12/23(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2012/12/23(日) || [edit]

いえいえ、信じるものは救われます。必ずです。絶対にです。神様仏様関係ないです。なぜ、そういい切れるか、考えてみてください。世界中の宗教がそういっているのは、根拠があるからです。信じるものは、必ず救われます。

2014/03/26(水) |URL|inok [edit]

ついでにですが、明日全人類が滅びるとしたら、何を食べますか。というよりも、何を食べたらよいですか。これに、正解があるのは、知っていますか。

そう、毒キノコです。今日死にますから、明日、全人類が滅びることはないです。といいたいところですが、命題が正しいなら、何を食べても死にません。

そう、人を食べます。

2014/03/26(水) |URL|inok [edit]

inokさん ありがとうございます^^)

私の信条は、考え方はいろいろあるから面白い(ブログタイトル下に付記)、ひと様に迷惑を掛けない限り、何を信じようと信じまいと自由!です。

ですので、inokさんがどう思われようと、ああ、そうですか と思うだけです。
ですが、せっかく意見を述べてくださったので、私も考えを書かせていただきますね。

まず最初に確認しておきますが、拙文には下記のように書きました。
「信じる者は救われる」 →  証明されてない(他宗教でもそう教えている)。

つまり、信じる者は「救われてない」と書いたのではなく、それは「証明されていない」と書いたのです。
「信者の救い」はキリスト教の専売ではなく、他宗教でも同様のことを教えており、それは歴史上一度も客観的に証明されてはいない、と書いたのです。
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>信じるものは救われます。必ずです。絶対にです。
どうやらinokさんご自身は「救われた」と思ってらっしゃるようで、結構なことです。
すべて宗教の信者は、多かれ少なかれ、皆さんそう思っているでしょう。

>神様仏様関係ないです。
おや、神と仏に関係のない「救い」とは、一体どんな救いなんでしょう?

神や仏に頼らない「救い」なら、人間や物質に頼る救いということになるでしょうか。
そうなら、つまりは自分で自分を救う「救い」ということになりますね。

であれば、その「救い」は客観的に証明できない単なる「思い込み」に過ぎないのじゃないですか、と言われたらどう反論できるでしょうかね。
その思い込みのことを「イワシの頭も信心から」と揶揄されているのではないですか?

自分の心の奥にある何らかの感情や思いを、他の人にうまく説明することはできるとしても、証明することはでき得ないと思いますが、どうでしょう。
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>世界中の宗教がそういっているのは、根拠があるからです。
はて、どんな根拠があるのでしょう? 客観的に証明できる証拠が本当にありますか?

宗教のほとんどは、他宗教に対して不寛容です。多くの教団は、自分たちの宗教だけが真正で、自分たちの教団にいれば救われると主張します。

ある特定の宗教に救いの根拠が実際にあるなら他の宗教は全滅しているはずですが、でも世界中に無数の宗教があることは、救いの根拠など全然ないことを示しています。

それぞれの宗教はこう言うかもしれません。「我々の教団には救われて幸福になった信者が大勢いる。救われたと信じる者がいるということは救いの確かな証明である」。

信者がいること自体は救いの証明にはなりません。
単に、ただ、そう思っている人がいる、ということだけのことです。

世の中には、神や仏以外の《何か》を信じて救われたと思っている人がいるでしょう。
それでも同じことです。そう思ってる人がいる、ということだけのことです。

私は、そうした思い込み(信念・信条・信仰)が悪いとは言ってないですよ。本当に幸福感と充実感を感じているのであれば、それはそれで、まあ、結構なことだと思います。
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人が何かを信じて幸福感を味わえるなら素晴らしいことです。私は否定しません。
宗教が人に品行方正な生活を勧めるのも素晴らしいことです。私は賛同します。

ですが、事実だと証明されてない《神罰》や《地獄》、あるいは西暦1世紀から2千年も続いている《世の終わりが近い》なんて教理で人々を脅し、わが宗教を信じれば、あるいは教団に所属すれば救われる、と教えるのはおかしなことではないでしょうか。

ある教団は、信者に多大な時間と体力と寄付を要求し、精力的に布教活動をさせ、人の一生を犠牲にさせてまで教団に尽くさせ、また若い人には進学や結婚を諦めさせ、時には宗教のゆえに家庭を崩壊させていますが、それは非常におかしいと思っているのです。

※「救い」は、inokさんに合わせて《個人の精神的な救い》という意味で書きました。
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>明日全人類が滅びるとしたら、何を食べますか
>そう、人を食べます。

明日死ぬのに「人を食べる」の意味が分からないのですが、一応言葉通りに採ります。
飛行機事故で遭難したグループが飢餓のゆえに人を食べたという報道が昔ありました。
でもニュースになったというのは、それが珍しいのでニュースになったのです。

緊急時には普段思ったことがないようなことが生じるでしょうし、いろんな選択肢があるでしょうが、人を食べない人のほうが圧倒的多数を占めるのではないでしょうか。

人類はまだまだ捨てたものじゃありません。人類は邪悪だと教える教団がありますが、そんなことはありません。311のときを思い出してください。世界中の人が心配して援助の手を差し伸べました。悪い人も一部にはいますが、すべての人がそうではないのです。

マルチン・ルーテルは「たとい明日が世界の終わりの日であっても、私は今日りんごの木を植える」と言ったと伝えられていますが、そうする人が多いだろうと思います。

何かご意見があれば、ご遠慮なく、いつでもまたどうぞ。(^J^)

2014/03/27(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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