「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「夕焼け小焼け」の歌詞と落語の分析。 

言葉はマコトにもなり、ウソにもなり、どうにでもなる。

このところ選挙が近いせいで、いろんな政治家の話を聞くことが多くなった。
話し手が達弁だと、知性が高く見え、話の内容に真実性があるように聞こえる。

「夕焼け」をキーワードにして、言葉の持つ力、面白さ、真実感を考えてみた。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
赤とんぼ 《詞》三木露風・《曲》山田耕筰

 
夕焼小焼の 赤とんぼ  負われて見たのは いつの日か

この歌で私がすぐに思い出すのは「赤とんぼ」のアクセントだ。

「あとんぼ」の言葉は「か」にアクセントがあるのに、メロディでは「あ」が
高くなっているので、歌うとき少し違和感を感じたことがあるかもしれない。

作曲家の團伊玖磨が、そのアクセントはおかしいのではないか? と山田耕筰に
言ったところ、「いや、自分が作曲したように『かとんぼ』と言うのが正しい。
江戸時代から東京ではそう発音している」と言われ、確かめたら実際にその通りだったそうだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この詞が、詩文の場合と散文の場合とでは、どう違うか。

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 夕焼け空に、赤いトンボがいた。
 (子守の)ねえやにおんぶされたのはいつだっけ。

 
普通の日常文で書かれると、情緒も何もあったものじゃない。ああ、そうですか、
それで、ねえやと赤トンボと、それがどうかしたんですか、と言いたくなる。

しかし、詩文で書かれると、さすが詩文の威力である。
文章には書かれてない周りの情景までが心象風景として目に浮かんでくる。
子守唄を小さな声で歌うねえやの背中の温もりや髪油の匂い、カアカアと鳴きながら
飛ぶカラスや、各家から立ち上るかまどの煙など、夕方の情景がいろいろ思い浮かぶ。

しかしながら、詩文にはウソ臭さのようなものを感じる場合もある。
この話、本当の話じゃないでしょう、何かの情景を見たときに、昔を思い出しながら
適当な語彙を探して、頭の中で作りあげたお話でしょう、と言いたくなったりもする。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
言葉には、その奥や裏側に本当に言いたい考えがある場合もある。

シザ図ハンド

夕焼け小焼け 《詞』仲村雨紅・《曲》草川 信

 
夕焼け小焼けで 日が暮れて
 山のお寺の 鐘が鳴る
 お手々つないで みな帰ろう
 からすといっしょに かえりましょ


この解説は、宗教学者・山折哲雄さんの「WEB講座」から抜粋引用させていただく。

共生感覚あふれる「夕焼け小焼け」 
かつて、私はある韓国の仏教学者から、日本人の仏教観を実に良く表している歌として、
中村雨紅の「夕焼け小焼け」をあげられ、意表をつかれたことがありました。

この歌は西の空を夕焼けが染め、山のお寺の鐘が響く頃、子どもたちが家路に向かう。
子どもたちは手をつなぎ、烏もその子どもたちといっしょにねぐらに帰っていくという、
聞きようによっては、なんの変哲もない童謡です。

しかし、その先生から指摘されて、あらためて童謡を歌ってみると、なるほどといたく感心しました。

平安時代の末期、源信の唱える浄土教が広まるにつれ、日本人は落日の方向に浄土の
イメージを見てきました。童謡の最初に歌われている、西の空の夕焼けには
そんな浄土信仰を重ね合わせることができます。

そんなとき、山のお寺の鐘がなります。考えてみれば、日本の仏教は、山岳宗教として
発展してきました。最澄が開いた天台宗は比叡山に拠り、空海が開いた真言宗は
高野山を拠点にしています。全国各地に見られる仏教の霊場のほとんどは、山の中にあり、
人々の信仰を得てきました。日本人にとって、山のお寺から響いてくる鐘の音は、
特別な意味をもっていたのです。

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さらに、子どもたちが手をつないで家に帰るシーンが続きます。文字通りに読めば、
日が暮れて子どもたちが家路についている光景を歌ったものです。

しかし、もう少し深く読んで見ると、それぞれが、みんな本来の帰るべきところに帰ろうと、
呼びかけているようにも受け取れます。

中国の詩人陶淵明の「帰去来辞」を思い浮かべさせる場面です。立身出世を求めて
都会に出てきた男が、あくせくと暮らすうちに故郷の田園が荒れ果ててしまっている。
そこへ帰らなくていいのだろうか。望郷の思いや自分自身になることへの願いを綴った
この文章は、日本人にも長く読み継がれてきました。

そして、最後の一行「烏といっしょに帰りましょう」のフレーズは、家に帰るのは
人間だけではない、人間も動物も鳥も虫も、いっしょに帰るべきところに、
手をたずさえて帰るんだと歌っているのではないでしょうか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
面白い話でも、本当は、涙なくしては聞けないような場合もある。

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松鶴家千とせ(漫談家・福島県南相馬市出身・74歳)
 
 
俺が昔、夕焼けだった頃、弟は小焼けだった。
 父さん 胸焼け、母さん 霜焼け。
 わっかるかなぁ、わかんねぇだろうなぁ――。


「夕焼け」は当人が幼い頃に満洲(中国東北部)で見た記憶なのだが、

「胸焼け・霜焼け」の言葉には、貧しかった福島での暮らしが背景にある。
「食べ物はサツマイモばかりだったので、父親はいつも胸焼け。母親は脂っ気
のないものばかり食べていたので霜焼けだった」そうだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆「赤とんぼ」のメロディは、シューマン作曲の「序奏と協奏的アレグロ ニ短調 op.134」
の中で18回繰り返される旋律に酷似しているとの指摘がある。→ YouTube
☆山折さんの情報は、コメントをくださったmilestoneさんに教えていただいた。
☆写真はネットから借用。
☆各項の《まとめ》は余分な付け足しの言葉だったと反省し削除(2012.12.5)。

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バーソさんに、ぜひ聞いて欲しいYou tubeが、あります。
グレック アーウィン 赤とんぼと、検索して見たくださいね。

この方は、日本の童謡が大好きで、
英語では表現しにくい日本文化を上手に訳して
自ら歌い、海外に紹介してくださっています。

千とせさんは、最高です

2012/11/29(木) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
グレック・アーウィンさんの「赤とんぼ」。
すごくよかったです。ちょっと面白かったです。

英語の詞は、単語に沢山アルファベットの字を使ってるのに直訳説明的で、
イマジネーションや情緒といった広がりや奥行き感が感じられません。
ところが、日本語の詩文の力というのはすごいですね。短い言葉が多くのことを
語っています(こう感じるのは、私が日本人のせいかもしれませんが)。

日本語の詞で歌うのを聴いたら、胸にジーンときました。
美しいメロディというのは、古今東西を問わず普遍的なんですね。
そしてグレックさんの表情がいいですね。
優しくて、温かくて、語りかけるようで。情感がいっそう盛り上がりました。

こうして外人の方が日本語で歌っていても、歌ってる人は詞の意味を理解していて、
自分の過ぎ去りし日々を思い出しながら歌っているのだろうなあ、と感じましたね。

誰にでもある、ふるさとの懐かしい情景、二度と戻らない子どもの頃・・・。
そうです。歌は世につれ、世は歌につれ、
あっと、これは歌謡番組のキャッチフレーズでしたか。^^;
(千とせさん、またテレビで見たいですね)

2012/11/30(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさまへ

こんにちはAKIRAです。
山田耕筰の「赤とんぼ」について、
4才の頃の記憶があります。
幼稚園に通いだしてどのくらい経っていたのかまでは覚えていませんが、
ある日、帰り道が同じの数人で歩いて帰宅、おそらく保護者がいたと思います。
私の親ではなかったが2人ぐらいの保護者と子供6、7人。
あるT字路で友人たちと別れ私は帰宅した。
その日の夕方のニュースで、
さっきバイバイと手を振って別れた友人の一人が車にはねられ亡くなったことを知った。
翌日私は母親に連れられ葬儀に参列。
その男の子の自宅で葬儀が営まれた。
古いが結構大きな家で縁側のある庭に面した側は障子と雨戸が外され開放し、室内が見える状態にしてあった。
庭にいた私の場所からも遺影が見えた。
今となってはその子の顔を思い出せない。それどころか名前も思い出せない。
ただ、その子の家の庭から見た葬儀の模様は絵に描けるほど記憶している。
そしてそのとき繰り返しかかっていた曲が「赤とんぼ」だった。
赤とんぼを聴くとその子の葬儀の映像がフラッシュバックする。
もう随分昔のはなしなのに。

シューマンの「序奏と協奏的アレグロ ニ短調 op.134」
聴いてみました。
確かに似てますね。でも不思議なことにフラッシュバックしなかった。
なぜだろう、歌詞かな? 
しかし葬儀でかかっていたのは曲だけで歌は入っていなかったと思う。
不思議です。 AKIRA

2012/11/30(金) |URL|ARAKI AKIRA [edit]

ARAKI AKIRAさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
そうですか。「赤とんぼ」には悲しい思い出があるんですね。

4歳で、まあ、よく当時の出来事をこまかく記憶していること。
今となっては、その子の名前も顔も思い出せないのに、
「葬儀の模様は絵に描けるほど記憶している」んですか。
きっと、その時に掛かっていた音楽が、インデックスタブになっていて、
記憶再生の引き金になっているんでしょうね。

シューマンのほうはフラッシュバックしなかった、というのは不思議ですね。
ひょっとしたら、こちらはクラシックの別の(元の)音楽であって、
あの童謡の「赤とんぼ」とは違うのだ、という意識があるせいじゃないかな、
なんて思いましたが、そういう心理分析はAKIRAさんのほうが得意分野ですね。

コメントの細かい情景描写の文章を読んでいたら、なぜでしょうか、
AKIRAさんの小説に出てくる高校生の描写シーンがフラッシュバックされてきましたよ。
一般的に小説家の方は、記憶力とその再現能力が高いですが、
AKIRAさんは映像回路のほうも発達しているようですね。

(あ、それから、私には「さま」でなく、「さん」でお願いしますね^^)。

2012/11/30(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

そうですね。わたしの拙い文章でも、バーソさんをはじめみなさんに色々解説を付け加えていただくことにより、「おー、なんかかっこいいお話書いちゃったかもしんない。」と、思ったりしております。コメントによってお話がレベルアップさせてもらってるような。文章って、読む側の度量とか受け取り方で違ってくるかもですね。

松鶴家千とせさんて、そんなに深かったなんて知らなかったです。
わっかるかな~、って言われても子供には難しすぎるはずだぁ。

2012/11/30(金) |URL|abe [edit]

abeさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
まあ、「わたしの拙い文章」なんて、とんでもないですよ。

特に「heavenly peace」シリーズになってからは、
斬新な発想あり、意外な展開あり、に加えて、語彙の使用・選択もすごくお上手。
さらにさらにですよ、あの手練洗練の絵が付いている。
あ、失礼しました。じゃあなくて、あの美的なる絵画をベースに、
魂の世界や人間の情念をえぐり出す巧みなる文章も付いている・・・。

これは、音楽が旋律プラス詞で情感がアップしてるのと同じようなこと。
(あー、辛口の私にしては、ずいぶんほめちゃったぞ)
さらに言うなら、「1粒で2度おいしい」みたいなものじゃないですか。
これ、何のキャッチコピーか、わっかるかな。わかんねぇだろうなー^^)。

2012/11/30(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

読んでも難しくてコメント出来ずにスルー(^_^;)

ただ画像がみんな面白くて
楽しんで帰ります♪

2012/11/30(金) |URL|babatyama [edit]

babatyamaへ。(^^)

いつもありがとうございます。
今回は、夕焼けの話を選挙の話に無理やり結びつけたので、
アップしても、なんとなくすっきりせず、自己不満と反省があります。
あまり面白くないのですが、どうぞご勘弁のほどお願いします。
あ、でも画像は、少しはマシだったでしょう(笑。

2012/12/01(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

milestoneさんへ。(^^)

『不干斎ハビアン』。
とても面白かったです。感想がたくさんありますが、簡単に一つだけ。
ハビアンの宗教態度は「自分をキープしたまま、各宗教を利用する」で、「日本教」のプロトタイプというよりは、現代スピリチュアル・ムーブメントの態度である。それは古今東西を通じて見られる「あるタイプの人格」だ。・・・これは自分にも当てはめられないこともない考えで、面白いと思いましたね。

「裸に生まれ、裸に死す。そは善し」。遠藤周作の『沈黙』に登場する棄教した元宣教師の言葉。・・・これは仏教の一切は「空」の思想にも通じるようで、以前は私もかなり共感していたことです。これは悟った者ならではの人生観のようで、一見カッコよく見えるのですが、しかし本当に「善し」なんでしょうか。私は今は疑問に思っています。

『るしへる』。
堕天使が「悪魔と人間と異らぬは、汝の実証を見て知るべし」「それ光あれば必闇あり」と言ってます。悪魔とは人間の別の姿だと芥川は言ってるようです。

『おはなし おはなし』。
「主人公」は、なかなかいい話ですね。収められてる60近い話の中から、この話をピックアップしたmilestoneさんの人生観が分かるような気がしました。人生で、自分のことをどう思うか。脚光を浴びる主人公になりたいか。脇役でいようか。ちょっとした大きな分かれ目ですね(私はJW時代、意識は後者でいようと長年思っていました)。

「玉ねぎ」はニンニクと同様、臭みが少々ありますが、おいしいと感じる部分があるから、あるいはおいしいと思う人がいるので、存在理由があるのでしょうか。「果肉の一枚一枚を味わわずに中心に何があるかと焦ると何も見出せない」。確かにそうです。でも一枚一枚をゆっくり味わっていると、中心には何も無いことに気づかないかもしれません。ただ、ドーナッツのように、中心には何もないのでいいのかもしれませんが。

『日本のこころ、日本人のこころ』
風土から宗教が発生しているという考え。なるほどそうかもしれません。が、昔は彼の地は「乳と蜜が流れる」と言われていて、現代とは随分違っていたのじゃないでしょうか。私はこういうことには詳しくないので、ただ感じたことですが、宗教は多神教の自然神が本来で、絶対神信仰は後の時代になって派生的に出来たものではないかと思いましたね。

つまり「絶対神宗教」は誰にとって都合がいいかというと、それは権力者です。一般人民が絶対神の宗教を持つと、時の支配者からは危険思想だと思われます。だからキリシタンの弾圧がありました。マツリゴトとは政事と祭り事で、メルキゼデクや卑弥呼の例があるように、昔は政治権力者と宗教権力家は兼業です。そして神権制度とは簡単に言うと、絶対的な神を頂点とする厳格な階級制度です。自分は神の代理者だと唱える人間には何人も言い逆らえないという(支配者側から見たら)大きな利点があります。

イスラエルの神は人間と契約を結びます。契約とは、見えない神を信じるという素直な信頼関係がないゆえに、商人の商売取引のように契約を交わし、互いの損得関係の上に成り立っているものとは言えないでしょうか。つまり支配者は、人民を信頼できずに不安だったので、塵に等しい人間が宇宙を創った絶対神と契約を結ぶなんて奇妙なストーリーを考え出したのではないか。とまあ、そんなことを思ったりしました。

「捨身飼虎図」。西はガンダーラから東は岩手県花巻まで北緯40度線を結ぶ壮大な話。
キリストの贖いの犠牲との関連よりは、宮沢賢治の『なめとこ山の熊』の物語のほうがうまく落とし込めていると思いましたね。
良寛の辞世の句
 形見とて 何残すらむ 春は花 夏ほととぎす 秋は紅葉ば

なかなかいい句ですね。この句はヨブの、
「裸で生まれたから裸で帰ろう」の思想とは、似てるようで違うように思います。

たいした感想じゃなくてすみません。どうもありがとうございました^^)。

2012/12/02(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

今日も深いわぁ

「夕焼け」でこれだけの文章が書けるなんて・・・すごすぎっ!!

わたくし的に、「夕焼け小焼け」が一番好きだけれど
ここまで深く洞察していなかったから、単に感傷的になるだけだったのぉ
言われてみれば、生きとし生けるモノ、すべてが帰る場所って一つなのねぇ

仏教もキリスト教も、きっと他の宗教も同じだと思いたい今日この頃よぉ

ってことは、バーソさまもわたくしも、同じ処に帰ってゆくのねぇ♪
なんだか、うれしいわぁv-347

松鶴家千とせさまのお話は切なくなるわねぇ
まっ、夕焼けって見ているだけでも切なくなるから・・・
アニュイ好きなわたくしには、『どっきゅ~ん♪』な記事だったわ☆

あ、わたくしのキモノねぇ、ねえや系が多いかも(笑)

2012/12/03(月) |URL|きまぐれひめさま [edit]

きまぐれひまさまへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
ひめさまにはいつも温かく励ましていただき、感謝に堪えませぬ。
私め、深く洞察などしておらず、毎度たいした意味もなく書いております。
そうです。いつか人はみな同じ処に帰ります。肉体は塵に戻ります。
ですけれど、古来、人の本質部分は永遠に生きるとの考え方もあります。
そうであれば、その節は、ひめさまともじっくりと語り合えるかと楽しみに・・・。
いや、そうであっても、その時期はなるべく遅めに来てほしいと願っております。
はーとに矢のあいこん。いたく気に入っております^^)。
それにしましても、ねえや系なんて、またまたご謙遜を・・・。
趣味のよろしいことはもう折り紙付き。皆さん、そう思っておりますよ。

2012/12/03(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

パーソさんの読書のペース早いですね
私などはゆっくりしてるもので・・
今は「ハチはなぜ大量死したのか」という ローワン・ジェイコブセン氏の本を読んでいます。
読後に感想をお知らせしたいと思っています

2012/12/04(火) |URL|milestone [edit]

milestoneさんへ。(^^)

『ハチはなぜ大量死したのか』。
人類はこのままだと破滅すると唱える識者たちがいます。
いやそれは闇の支配者層が金儲けのために唱えている謀略だと言う人もいます。
911はイスラムテロではない、311は自然災害ではない、と主張する人もいます。
精神世界でも、世は悪くなると言う人もいます。逆に、良くなると言う人もいます。
書かれたものを読む限りでは、どれもそれなりの根拠があるように思えます。
中央道事故のように予想外の(人為的な?)出来事が突発的に起きるのは事実です。
この本、図書館にあったので、予約しました。
milestoneさんの感想が楽しみです。

なお、私は他の人が違う意見を持っていても、別に不愉快に思ったりはしません。
いろんな意見があるのは当たり前で、いろんな考えを知るのは興味深いことです。
人々の意見がひとつにまとまっている(隣国では選挙時に将軍様の支持率が100%)
などと自慢されることのほうが、よほど危険なことだと思っています。

2012/12/04(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

読後感想

はー やっと 読み終えました。蜂の大量死の原因は特定されたわけではありませんが 229pに 「問題は農家が現代的な経済システムに吸収されてしまったことにある」という言葉に集約されるのではないかと思います。家内と話あっていた時 昔の話になって「刺身なんて昔はお祭りぐらいにしか食べなかったよね」とか「鰻なんてそんなに食べてた?」
「肉なんかも」てどんどん 話がだらだら続き やっぱり 今の「食」の経済システムのもたらした「負」の問題であるということになりました。
食べるということは「生きる」ということと密接に関連していますから

解説で福岡伸一教授の「動的平衡」が出てまいりました。
彼の説明もなるほどだなと 思いました。
なんか あまりぱっとしない感想ですみません

2012/12/06(木) |URL|milestone [edit]

食に関して

「食」に関して 思い出した事があります。
お二人いるんですけど
その一人は 性懲りもなく 水道橋博士の番組から
安倍司さんです 食品添加物の神様と言われて方ですが
ある事件を境にして180度方向転換しました
その事件とは?
http://www.youtube.com/watch?v=g2c7-lX6U9w

2012/12/06(木) |URL|milestone [edit]

ローワン・ジェイコブセンの本を読みながら私はずーと 安保徹教授の「免疫革命」の本を思い出していました。ストレスがガンを誘発するということ どのような生活態度がいいのか 様々なことを教授から学びました。本を読むとよく理解できますが you tubeでも解りやすいのがありましたので・・・・
http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%AE%89%E4%BF%9D%E5%BE%B9&tid=4ff7815690d6c8cee9c4b246e5163a66&ei=UTF-8&rkf=2
安保先生の東北訛りがいいですねー

2012/12/06(木) |URL|milestone [edit]

milestoneさんへ。(^^)

またまた(の言葉の代わりがないでしょうかね)ありがとうございました。

食品添加物の神様の話。この種の話はさほど関心がなかったのですが、
話し方のうまさにつられて、感心しながら聞き終えました。
ラーメンのスープの作り方。驚きましたね。添加物は数種類入ってると
思ってましたが、そんなに沢山入ってるとは知りませんでした。
スープとは添加物の混合水だと思いましたね。pH調整剤の意味も分かりました。

添加物は、入っているほうがおいしいし、おいしそうに見えるんですね。
見た目や(ウソの)味に惑わされてはならないということでしょうか。

やはり物事の是非・真偽というものは、自分の子どもとか自分の家庭のこと
として考えると、いい加減に考えることはできなくなりますね。
安保徹教授の情報もありがとうございました。これは明日にでも見てみます。

2012/12/06(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「葉隠」入門 三島由紀夫

ちょっと 楽させてもらって アマゾンのレビューをそのままコピーします

「武士道というは死ぬことと見つけたり」という一節が非常に有名なので、ともすると葉隠には精神論一辺倒のファナティックで現実離れしたことが書かれているように思われがちです。しかし、そのような先入観は実際に「葉隠」を読めば見事に覆されます。当時の武士たちも生まれつき強靭な精神力や、死を前にして臆することのない勇敢さを備えていたわけではなく日常生活を過ごす上での細かな気配りや日頃の言葉使い等を制御することよって、いざという時に死ねる覚悟を築いていったことが「葉隠」を読めば分かります。
読む人によって様々な解釈があるかもしれませんが、「葉隠」は無闇矢鱈に死ぬことを奨めているものではありません。...


三島は34pで「葉隠」の三つの哲学のところでこのように
述べています
私が考えるのに、「葉隠」はこれを哲学書と見れば三大特色をもっている。一つは行動哲学であり、一つは恋愛哲学であり、一つは生きた哲学であるとしている
どれも ためになる言葉が多いのですが 恋愛について
「葉隠」の恋愛は忍恋の一語に尽きるとあります 打ち明けた恋はすでに恋の丈が低く、もし本当の恋であるならば、一生打ち明けない恋が、もっとも丈の高い恋であるとしています。
これを読んで またしても 藤沢周平の「蝉しぐれ」を思いだしました
食べず嫌いで「葉隠」は読んでませんでしたが この度は
いつも取り出して読みたい本の一冊になりました。
キリスト教の「愛」とどんな違いがあるのかを考えるのも
面白いです。会社勤めの方にはお薦めですなー
町山智浩さんのyou tubeがきっかけとなりました
http://www.youtube.com/watch?v=bhkm9IvwE58
最初は「通過儀礼」で「葉隠」は6分30秒くらいからの説明です

2012/12/07(金) |URL|milestone [edit]

反省

パーソさんのブログであまりに跋扈している自分に
反省しなければなりません
他の方が引いてるのがわかります
おじさんはだから娘に嫌われるのです

2012/12/07(金) |URL|milestone [edit]

milestoneさんへ。(^^)

新たに『コメント専用欄』のページを設けましたよ。
カテゴリの「9.そのほか・コメント専用欄」にあります。
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-82.html

今後は、そちらのコメント欄にのほうにお願いします。
(ただいま、蜂の本を読んでいます)

2012/12/08(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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