「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 光は闇があるから美しい。丸の内のイルミネーション。 

電飾で家を飾って楽しむ人のことを「イルミネーター」と言うそうだ。
私は見るだけのミーハー・ミルミネーターゆえ、丸の内《光の森》に行ってきた。

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東京駅に至近の「丸の内・仲通り」。有楽町と大手町を結ぶ約1.2kmの沿道には、
街路樹約230本が、シャンパンゴールド色のLED約101万球に照らされている。

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イルミネーションの光は、夜空に輝く本物の星明りを弱めてしまうと言われる。
この街の夜は有名ショップの照明とLED白色光が存在感を競い合っている。

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イルミネーションの起源は16世紀、マルティン・ルターが考えたと言われる。
彼は宗教改革で知られる人だが、夜、森の中できらめく星々を見て感動し、
木の枝に多くのロウソクを飾ることでその景色を再現しようとしたそうだ。

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もっと光を!」という言葉は、ゲーテの最後の言葉として伝えられている。
彼は、部屋が暗かったのでベッドの上で「もっと窓を開けてくれ」と言った。
担当医がカルテに書き残しておいたら、最後の言葉として広まったとか。

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ラテン語で「光に照らされたもの」という意味のイルミナティ。
後に、宗教的な活動から「啓蒙、開化」をも意味するようになる。
近世以降、この名前で呼ばれた秘密結社が数多くある。
テンプル騎士団やフリーメイソンがそうだ。

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聖書巻末の書には、神の新しい都市では夜がないと描写されている。
もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、
彼らにはともしびの光も太陽の光もいらない
」黙示録22:5(新改訳)

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光は、闇があるから美しさが際立つ。
実は何日か前の夕方「仲通り」を車で通ったとき、
まだLEDは点灯してないなと思って、樹をよく見たら点灯していた。
まだ空が明るかったので、灯りが見えなかったのだ。
闇は、光の敵ではなく、まさに光の引き立て役ではないか^^)。

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バーソさまへ

今晩はAKIRAです。

哲学や!
入り口と出口がうまいことちゃんと繋がってて
すばらしい記事です。

光を求めてしまうのは、こっちが闇ってことなんですかね
でも確かに、光と闇は敵同士じゃないかも

う~ん、哲学や。  AKIRA

2012/10/24(水) |URL|ARAKI AKIRA [edit]

AKIRAさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
話のポイントをピンポイントで褒めていただくと、うれしいです。
さすが、文章のプロ、作家のコメントですね。

≫「光を求めてしまうのは、こっちが闇ってことなんですかね」。
これはこれは、鋭い、深い、問いかけですね。

なぜ人間は光を求めるのか。私が考えるには・・・、

1.人間は、顕在意識かあるいは深層意識に、闇の部分があるから。
 ※人は真面目な人ほど自分の欠点やミスを責める傾向が強いそうです。

2.人間は、本質的に「光」なので、光を求める傾向がある。
 ※物理学の考えでは、物質(人間)=エネルギー=光です。
 (精神世界でも、人間の実体は光であり、エネルギーの意識体と考えます)
  
3.人間は、基本的に明るいコトが好きな生き物だから。
 ※明の字は、日(陽)+月。(AKIRAさんは世間の昼夜を明るくしてますね^^)。

2012/10/24(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

もうこんな季節になったのですね。
寒い季節には、何故かイルミネーションが
似合いますね。

写真の関係だと思いますが、
2枚目のしゃしんの赤信号の赤色!
とっても綺麗です。
信号がメインみたい!
(すごく綺麗で赤の色に引きこまれてしまいます♡)


都会の街並みに何故か、
イルミネーションが合うんですよね。

センスのある写真
とっても素晴らしかったです。
やっぱり、プロの写真家の撮る写真は、
きれいだなぁ♡(#^.^#)

2012/10/26(金) |URL|ゆりママ [edit]

おされな街へ行かれたのねぇ ステキだわぁ
ミルミネーターにハマったけれど読み進めると
ルターやゲーテが出てきちゃって、哲学の講義を聞いているようだわぁ
フリーメイソンリーってまだあるのかしらぁ
もともとは石工さんの集まりだったんでしょお?
それがどーして秘密結社になったのかいきさつがよくわからないわぁ
日本にもロッジがあるって聞いたことがあるけれど・・・
思弁的メイソンリーよりオカルト色や政治色のつよい
本流からかけ離れたメイソンリーのほうが生きているのかもしれないわね

2012/10/26(金) |URL|きまぐれひめさま [edit]

ゆりママさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

毎回、なにかしら感想ポイントを探し出し、
このたびは、なんとまあ、
プロの写真家などと おだててくださり、
感謝いたします(^_^;)

赤いランプの写真がお目に留まりましたか。ではっ。

 あの人は あの人は
 いつまた逢える 旅路の人か
 まぶたの奥に 哀しく消える
 赤いランプの 終列車

 白い夜霧の あかりに濡れて
 都会の街には イルミが合う
 もうこんな季節になったのね
 なみだかくして ほほえみ合おう

(すみません。ひと様の真似です^^)。

2012/10/26(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

きまぐれひめさまへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

いつも気持ちのこもった丁寧なる感想文をありがとうございます。
でも、このたびのコメントは、
何回読んでも難解で、高度に硬度、ダヴィンチコードでした^^)。

だって、私、哲学は知らない、フリーメイソンリーは知らない、
石工の話は知らない、いきさつの話は知らない、
ロッジも一体ロッジの方向にあるんだろう、と考え込みました。
私、フリーバーソンだったので、ちょっと違うんですよねー。(^_^;)

「思弁的メイソンリーよりオカルト色や政治色のつよい」なんて
言われると、もうお手上げ。ひめ様の思弁にはかないません。
本流と支流の話は、いつかじっくりと教えてくださいねー。

2012/10/26(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

確かに周りになにも無かったら
イルミネーション
どんなにか
綺麗なことでしょうね~☆

2012/10/27(土) |URL|babatyama [edit]

babatyamaへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

そうですね。考えたら、大手町のビル街の灯りがみな消えてからだと、
もっとイルミネーションがきれいに見えたかもしれませんね。
すぐそばの皇居が、もう真っ暗で、うっそうとした感じでしたから。

子どもの頃、近くの原っぱに寝転んで夜空を見上げたら、まさに満天の星空。
天の川が天空を大胆に横切り、流れ星がたくさん見えたものです。

学生時代、初めてプラネタリウムを見たとき、銀河の中に浮いてるように感じ、
大変感動したのですが、その後は、何度見ても、その感動を感じません。

どうも館内に非常灯が付いていて、足元がぼんやりと明るいせいのようです。
明るさというものは、状況が真っ暗なほうが、よりよく感知できるのですね。

2012/10/27(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

イルミネーション大好きですよ。もえりの幼稚園の謝恩会のとき、トトロをテーマに、イルミネーションをプロデュースしたんですよ。なつかしい。

イルミナティと言えば、ダンブラウンを思い出してしまって。英語本しか読んでないから、日本語訳がどうなっているのかわからないけど、ミステリーファンだから大大好きです。

イルミの哲学、おお~っと思いました。ひかりは闇でしか引き立たない。だからひかりは影を生んでしまうのかなぁ。

2012/10/27(土) |URL|abe [edit]

abeさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

そうそう。ミステリーのファンでしたね。
日本語も英語も得意で、イルミのプロデュースも・・・。
まあ、なんでも器用というか、多才な方なんですねー。

≫「ひかりは影を生んでしまう」。
そうそう。
印象派は「光と影の芸術」とか言われますし、
「光と影の魔術師」と呼ばれる画家もいました。
陰影という言葉だって、
「色・音・感情などに微妙な変化があって趣が深いこと」の意ですから、
光だけでなく、影もあるので趣、深みが増すということでしょうか。

人生も、起伏やスリルがあるほうが、ドラマティックで、面白い、
と感じられれば、自伝的ミステリー小説になりますね。
あまりに波乱万丈で数奇な運命の私小説は、ちょっと遠慮したいですが(^Δ一)

2012/10/27(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

これからがイルミネーションのシーズンですねえ。
こんな田舎でもイルミネーターはいるようですよ。
「どこそこにやってる家がある」って噂になります。

ただ、うちの近くはビニールハウスだらけ。
これが電照菊をやっているから時にはものすごく明るくなりますよ。
最近は赤い光とかあって、うらぶれた繁華街より派手です。
イルミネーションのような粒子の細かい光じゃなくて、はだか電球ですけどね。

2012/10/28(日) |URL|こみ [edit]

こみさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

えー、毎度ばかばかしいお話で・・・
 ビニールハウスは、ビニールネーター。
 こちらもいるよ は、イルヨネーター。
 はだか電球は、ハダカネーター。
 うらぶれた繁華街は、ウラブレーター。
 えー、最後まで よろしくないようで・・・。
 (テケテンテンテン♪) 「(゚ペ) 失礼

2012/10/29(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]


いやはや、素敵な夜景写真集をみせていただきました!

まさに理想的な完成度にして安定感と、
やや意外性のある(優れたスナッパーとしての)カメラアイ。
そのあたりが、ここまで見事に同居しているわけですから、
上のほうで出ていた『バーソ氏=プロ写真家説』が、
一気にグググ〜〜ンとクローズアップしてくるってモンです♪

さて、《光》といえば。
僕の周りって、真剣に写真に差し向かっている友人知人が多かったもので、
どうも写真とかカメラってのは、いい加減な人間である自分にとっては
非常に敷居が高く手を出しにくい・・・ 一種の苦手分野でありました。

でも、『写真=Photograph』という言葉を紐解いてゆくと、
元々『Photo=光の』と『graph=描く(書く)物』を組み合わせた“造語”、
つまりは『光の画』とも解釈することができるわけで、
言い換えれば、ただそれだけの『記す(示す)』種類の表現行為なのだと
知り、絵画のほうに慣れ親しんでいた僕は、急に肩の力が抜けて、
なんだか気持ちが楽〜になったりしました♪(た〜んじゅ〜〜ん♪)
といいつつ、どうにかこうして写真行為に手をのばせるようになったのは、
機材がデジタルになったからってのが本当のトコだって気もしますけど(^^;)

さてさて、光と闇と。

光は闇を恋い、闇もまた光を恋う。
互いに持っていないモノは、得てして常に大きく強くみえたりもして、
それゆえに、その恋う気持ちが、いつしか羨みに変わったり、
ともすれば嫉妬や憎しみへと変化してしまうこともある・・のかな?!

男と女も、そんなものかもしれません。
・・・ねえ、マスター?(・・・ココ、どこだっけ?!(んぷぷっ!))

2012/11/02(金) |URL|G.D.M.T. [edit]

G.D.M.T.さんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

大体スナップ写真というものは今までほとんど撮ったことがなく、
あのときは時間がなかったので、急ぎ足で適当に撮ったものなんです。

なのに、ありがたいことに、こうしてプロの方におだてていただくと、
かなり過大な誇張気味の形容詞が、かなり おもはゆく、こそばゆく、
もう恐縮するを通り越して、どこか穴を探したい心持ちがします。(#^.^#)
(注:私の中では、G.D.M.T.さんはプロフェッショナルな
artistic & poetic photographerのイメージです)

で、「光と闇」ですが、ブログでこの言葉を書いていたとき、
G.D.M.T.さんのアートフィロソフィー「光と影」理論を思い出していました。

≫「光は闇を恋い、闇もまた光を恋う」
≫「恋う気持ちが・・・ともすれば嫉妬や憎しみへと変化する」こともある。
なるほど。光の闇の蜜月関係は、逆の関係に変わることもあるんですね。

そういえば、モーセの十戒の中では、神は「妬む神」と言われています。
旧約聖書の「妬み」(jealous)の語源は「熱心」(zealous)と同じなので、
「熱情の神」と訳す聖書翻訳もあるのを思い出しました。

で、「男と女もそんなものかもしれません」って?
なんと というか、やっぱりというか、そちらのほうに話が振れましたか。
なんせ私にはその種の経験というものが極めて希薄軽薄な人間でして。はい。
この件はG.D.M.T.さんのほうがはるかにマスターじゃないですか^^)。

2012/11/02(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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