「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 聖書の一日は、日没からではなく、朝の光から始まるはずだ。 

「朝はどんな朝でも楽しいわね。雨の朝も、とても好きよ」
と赤毛のアンは言いました。
地球の上に朝が来ると、さあ、どんな人にも、新鮮な「一日」が始まります。

それにしても、朝はどこから、いえ、「一日」はいつから始まるのでしょうか?
Wikipediaによると・・・
元来は、日の出から日の出まで(文化圏によっては日没~日没)を一日とした。
やがて正確な機械時計が発明され、一日のスケジュールを太陽の動きではなく
時計の時刻で決めるようになり、特定の時刻を一日の始まりとするようになった。
「暦日」は、真夜中 (00:00)から次の真夜中までの期間である。


聖書時代。ユダヤでは、夕方の日没から「一日」が始まりました。
なぜか、聖書にそう書いてあるからだというのが《表理論》なんですが、
今回は、聖書の「一日」は朝から始まるという《裏理論》がテーマ。
「地球の上に朝が来る」話には「その裏側」の話がセットになってますのでね。

yoru.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一日が日没から始まる《夕刻説》は、創世記冒頭をお読みください。

天地創造が書かれている『創造の七日間』の「第一日目」は次の通りです。
創世記1:1-5(新共同訳聖書)
  1:1 初めに、神は天地を創造された。・・・
  1:3 神は言われた。「光あれ」。こうして、光があった。
  1:4 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、
  1:5
光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。
    夕べがあり、朝があった。第一の日である。


最後の5節に、「夕べがあり、朝があった。」と書かれていますね。
それゆえ、一日は「夕べ」から、すなわち日没時から始まるとされたのです。
                      ※レビ記 23:28,32参照

クリスマス・イヴの「イヴ」は「evening」と同義の古語「even」から来ています。
クリスマスは12月25日なのに、その前夜の24日が祝われているワケは、
一日は前夜の日没から始まるという習慣をキリスト教が受け継いだからです。


hotto.jpg

※一日を日没から数えた民は、ユダヤ人のほかに、フェニキア人、アラビア人、
ゲルマン人、アテネ人、ガリア人、ヌミディア人がいたようです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一日が日の出から始まる《朝説》を示唆している聖書の一例。

 新世界訳聖書(創世記1:5) 
   そして神は光を“昼”と呼ぶことにし,闇のほうを“夜”と呼ばれた。
   こうして夕となり,朝となった。一日目である。


キーワードは「こうして」の語です。この言葉は時間経過を表します。
闇の中に光が生じて朝が始まり、「こうして」夕となり、朝となったので、
「一日」は光から、すなわち朝から始まったと考えるほうが素直でしょう。

私は最初、聖書は文語訳を使っていましたが、新世界訳聖書の日本語版が発表されたときに、
すぐ入手してページを開いたら、創世記冒頭の「こうして」の言葉に気づき、なんだ、
やっぱり一日は朝から始まるんじゃないかと思いました。
ちなみに新改訳聖書も同様の訳し方をしています。
   
caffe.jpg

創世記1章2節によれば「地は形がなく,荒漠としていて,闇が水の深みの表にあった」のです。
ですから、地球の創造の「第一日」は、まず最初に「闇」の中に「光」を創ることから始まったのです。
すなわち一日は太陽の光が降り注ぐ「朝」から始まりました。 「夕」からは何も創造されてない
のですから、夕方から一日が始まるはずがないのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一日は、昼と夜、光と闇のワンセット。光も良し、闇もまた良し。

赤毛のアン(11歳)は、会ったばかりの男性マシュウ・カスバァト(60歳)に言いました。
「あたし、生きてることがうれしくなっちゃうの、-----こんなおもしろい世の中ですもの。
何でもみんなわかっちゃったら、きっと面白味が半分になるわね」。

人生には光と闇があります。楽しさと苦しさ、うれしさと悲しさがあります。
その時々に感じる様々な感情も、また人生の豊かさの一部なのでしょう。

(私は、その光と闇の両極の間を、時にワクワクしつつ、時にグズグズしつつ、
おおむね気持ちはまだ少年のようにフラフラと生きている状況であります)


朝が来たら、うめき声をあげたくなる方に。「モーニン(Moanin )」。


クラシックもあります。 ☞ YouTube


(最後まで読んでくださり、ありがとうございました)


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わたくしも朝が好きよぉ
そうねぇ、冬の朝がいいわぁ 
早い時間で夜明け前から空を眺めると感動するのぉ
もちろんちゃんと眠った日の朝のことだけれど(笑)

今ね、暦のおべんきょしているんだけれど・・・
あれって面白いわねぇ
国によって違うし、一番関心を持ったのは
ユダヤと中国が太陰太陽暦を使っていたところねぇ
ともに商売上手ぢゃない?

それにしても取り上げる話題や、合わせる写真・イラスト&音楽!!
いつものことながらすてきよぉ♪
COOLだわっ!!

わたくしの大好きなマシューを登場させてくださってありがとうなのv-344

2012/09/14(金) |URL|きまぐれひめさま [edit]

きまぐれひめさまへ。(^^)

いつも楽しいコメントをありがとうございます(謝。
冬の朝。スキッとして身が引き締まりますね(凛。
ふたりの朝。そんな想いには縁がありません(哀。
別れの朝。胸の痛みがいまなお続いています(悲。
新しい朝。なぜかラジオ体操をしたくなります(快。

これから「太陰太陽暦」とはなにか調べます(汗。
またおほめいただいて、うれしいです(涙・涙・涙。

2012/09/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2012/09/15(土) || [edit]

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2012/09/15(土) || [edit]

こんにちは。

ただただ、
(感
(感
(感
(感

でございます。

頭が悪くて内容はわかりませんが、
ハイセンスで、高度に知的で、哲学的で、貴族的で、
それなのに万人にお優しくて・・・・
(何故?!と問い詰められると、アノ、アノ、アノゥ・・・ですが)。
とにかく、近寄りがたいお方です。

こんなアホなコメントしかできませんが、
何度も拙ブログに望外のお言葉を頂いてばかりなので、
鼻たれ小僧のような作文ですが、一生懸命書いてみました。
お笑いください。
私はとても尊敬し、また感謝しております。

2012/09/15(土) |URL|NANTEI [edit]

NANTEIさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
わたしのほうこそ、またまた過分なるお言葉をちょうだいし、
ただいま恐縮の極みというところであります。

こんな大して面白くもない、しょうもないブログに対して、
全体的総括批評の滅相もない超持ち上げのお返しコメントをいただき、
いま、歯にしみるあの「根治水」を買いに行こうかと思っております。

なんと、(感 (感 (感 (感 と、「感」の数を計算したら4つもいただき、
あれ、五感には一つ足りないんじゃ・・・と一瞬思ったりもしましたが、
人間ひねくれて考えてはいけません。これは私の悪いクセです。

ああ、「感」が4つもあるっ、とってもうれしいなっと、
ただ今、1.感動し、2.感激し、3.感謝し、4.感涙の涙
を流しているところであります。

私のほうこそ、深くリスペクトし、深いサンクスの念を抱いております。
大変どうもありがとうございました。m(_ _)m

2012/09/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーンさん、こんばんは(*^_^*)

今回の女性の画像、とってもオサレですね。
特に最後の写真が素敵です。

光と闇がボーダーの女性。

私も同じです。
バーンさんと同じように、日々その感情を時に楽しみ、
たまに憂い、アンの様にいつもワクワクしていたいです。

幸せと、いう事ですね。

音楽も渋くて素敵!

2012/09/15(土) |URL|りもママ。 [edit]

りもママ。さんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
プロのりもさんから、デザイン的なことで褒められると、
若干、もしくは、それ以上、その気になります。^^)/

「赤毛のアン」の話はちょうど本を読んだばかりだったので、
後から入れ直しました。(アンの中村佐喜子訳、すごくいいですよ)

最初はゲーテの話が入っていたので、写真はちょっとイメージが
合わないとは思ったんですが、そのままにしておきました。

「日々その感情を時に楽しみ」、そうです。その通り。
「たまに憂い」、そうそう「たまに」がいいですね。
そして「アンの様にいつもワクワクしていたいです」。
はい。わたしもまったく同じ意見です。そうなりたいです。

でも、りもさんはいつもワクワクの毎日じゃないですか。
ブログの文章に、写真に、それが表れていますよ^^)。

2012/09/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ここは、赤毛のアンファンが沢山なので、ポジティブ思考の人が多いんじゃないですか?

一日が昼から始まるか夜からか、どっちでもいいな。夜から始まったら、「さあ、一日が始まるわ。はやく寝ましょう。」から始まるのか。。。うーん、爽やかではないですね。。。
赤毛のアンなら、「一日が、また素敵な妄想から始まるわ。妄想が現実にできる一日になるわ。」になるかしら。
うーん、やっぱり夢うつつの妄想の続きで一日が終わるのは、だめだな。妄想には切り替えが必要よ。やっぱり一日は、スッキリと目が覚めた朝からじゃないと。。。、、、、光を浴びると身体が目を覚ますシステムになってるから、どっちでもいいのかなぁ?

2012/09/16(日) |URL|abe [edit]

abeさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

≫一日が昼から始まるか夜からか、どっちでもいいな。

そうですね。夕方から元気になる「5時からオトコ」もいますしね。

もちろんabeさんはもうお気づきと思いますが、
今回、言いたかったのは、聖書の言葉の解釈の違いじゃなくて、

 1)一日は、明るい光から始まった。
 2)一日は、光と闇、つまり昼と夜から成っている。
 3) 昼は、夜となり、また昼となり、夜となる・・・ということです。

つまり、闇に見えるようなことが自分に起きたとき、
ああ、おかしな人生になった、自分は不幸になった、八方ふさがりだと
あまり思わないほうがいいということです。

こんな話が出ている本を読んだことがあります。
 ある男性が突然、会社から解雇されました(=状況は闇です)。
 やむなく自分で出来る仕事を探し、仕方なくそれをするようになりました。
 最初はずいぶん苦しかったのですが、やがてその仕事のほうが順調になり、
 面白くなり、かえって良かったという実話です(=状況は光です)。

 (その人は、前の会社をクビになったときは、時々出社拒否症状が起き、
 上司ともうまくいかず、辞めたいと思っていたところだったそうです)

私も偉そうなことは言えませんが、自分の人生を振り返ってみると、
波あり風あり、時に難船破船ありでしたが、でも、そういえば
大抵は結果オーライが多かったなあ、と思います。

拙ブログには、『赤毛のファン』が多くて、うれしく思っています。

2012/09/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは。

朝から始まる1日はさわやかな感じがして素敵ですし、夜から始まる1日も静かに思いを巡らせつつ朝を迎える感じが素敵ですね☆
でも、書きながら気づきましたが、私はやっぱり
「朝から始まる1日」
のイメージが強いみたいです(*^_^*)

昼と夜が繰り返される毎日は、いいことも悪いこともやってくる人生…。
そういうバーソさんの解釈を読んでいましたら
「人間万事塞翁が馬」
とか
「禍福は糾える縄の如し」
とか、なんだか時代がかった言葉がたくさん浮かんできました(^_^;)

赤毛のアン、私も大好きです(*^^)v
マリラの心が、アンによってどんどん柔らかくなっていくところがまた素敵ですよね♪

2012/09/17(月) |URL|りんご [edit]

りんごさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

未来には不確定要素がある。安易に喜んだり悲しんだりすべきではない・・・。
この種の故事・ことわざには、なるほどなあ、と思える点がありますね。

じつは今回の記事の中では、細かく書いてないのですが、
わたしの今現在の人生観は(と偉そうに言えるものでもないんですが^^;)、
厳密に言うと、《光=いいこと、闇=悪いこと》ではないんです。
《光も闇も=共にいいこと》、と思いたい、そう信じたい、
ということなんですね。

ここでは聖書をベースにして論じる言い方をしていますが、
もし「闇」が悪いことなら、なぜ神は悪いものを創ったのかという話になります。

神は、創ったものを見て「良し」と感想を述べたのですから、
「光」も「闇」も、両方とも良いものであるはずだと考えたいのですね。
これは証明できる出来ないの話というよりは、有神論者の信仰の話なんですけども。

あることで失敗したと思えることがあっても、それによって貴重な学びをして、
必要な経験ができたなら、失敗ではなく、成功だろう、と最近は思っているのです。
「影」の部分も見たほうがいいという、りんごさんの話と似てるかもしれませんね^^)。

2012/09/17(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2012/09/17(月) || [edit]

自分が男の子と間違われて連れてこられて、
明日は孤児院に帰されてしまうかもしれないと
悲嘆にくれた『アン』でしたが、
朝起きて、窓から見た美しい光景に心を打たれ
言った言葉ですね。

朝は、どんな朝でも美しく楽しいので、
昨日の悲しみに浸っていては、いけない!

孤児院でのつらさも、
子守のつらさも、アンを卑屈な子には、
させず、心の真っ直ぐな可愛い子にさせたのは、
アンの持って生まれた、なんでも楽しい方に考えるという
気質の良さがさせたこと!!

相当な苦労をしているはずなのに、
歪まずに、魂のいい気質が
アンの身体に宿っていますね。

子供の頃は、いつも朝は嬉しくて楽しかったです。
そして、夜は怖いモノでした。

今はというと、朝の美しさを感じている時間が
ありません。
バタバタと時間との勝負!

夜遅く、やっとで見つけ出す自分の時間!
ブログや、宿題で夜の長いこと!

でも疲れた身体を休め横たえるのに、
一日の終りを感じます。

電気を消し、意識がなくなった所で 『おわり』

朝まで何もない。

朝目覚めると、さあ 動け動け!(笑)

ー~ー~ー~

you tube 素敵な動画ですね。
味があって シブい~♡ (やっぱりジャズってイイ♡)

私のオススメは、こちらかな。(*^_^*)
とっても憧れていました。
http://www.youtube.com/watch?v=T0xzVPfnV6U

バーソさんは、光と闇を行き来して少年のような精神を
持っているのが素晴らしいですね。

ピーターパンって、呼ぼうかなぁ。。。。













2012/09/17(月) |URL|ゆりママ [edit]

こんばんは(^-^)

光と闇。
ちょっと考えてみました。

単純に考えるならば、光も闇もいいものでも悪いものでもなく、光は光であり、闇は闇である…ただ、それだけ。
その光や闇に意味をつけて「いいもの」にしたり「悪いもの」にしたりするのはその人それぞれかなぁ…なんて思います。

光だから絶対的にいいのかというとそれほどでもなく、闇だから絶対的に悪いのではなく。。。

随分前、小学生のころに読んだSFで、地球がどんどん太陽に近づいて滅亡する。。。というパニック小説がありまして、みんな少しでも涼しさや水を求めて逃げて行くのですが。。。実は、それはヒロインが熱病にうなされていて見た悪夢で、実際には地球が軌道から外れてしまい、どんどん太陽から離れて次第に凍ってしまう。。。という真逆の結末でした。
みんなが少しでも南を目指し、暖かさを求めて行く中、熱病から覚めたヒロインが、まだこの現実に気がつかずに、恋人に向かって
「ねえ、寒さとか暗闇って素敵ね。」
とつぶやいた科白が印象的でした。
恋人は寒さに震えながらも、ヒロインが目覚めたことが嬉しくて
「そうだね。」
って応えて終わる。。。そんなお話でした。

だから、どうってわけではないのですが(^_^;)

タイトルは覚えていませんが、これを読んだとき、状況が変われば同じものも正反対に感じる、そんなものごとの表裏一体を初めて意識したような気がします。

う~~ん、なんて作品だったのかしら。。。

2012/09/17(月) |URL|りんご [edit]

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2012/09/18(火) || [edit]

ゆりママさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

≫アンの持って生まれた、なんでも楽しい方に考える
気質の良さがさせたこと!!

そうです。そんな気質のよさがこの本の感動的なところなんでしょうね。
アンのまわりの人々も、マシュウをはじめとして概してひとのいい人ばかり。
土地の古い思考は別にして、あんな美しい所に住めればいいなあ、と思います。

YouTubeは、ゆりさんのおすすめの『きみの朝/岸田智史』のほうが
わたしの出した古臭い音楽よりはるかにいいですね。
曲もいいですが、詞が素晴らしいです。共感しました。

でも、なんせ私、だんだん《老いぼれてゆく魂》なもんで、
もう自分には関係ないなあ、と思える詞もありました(悲。
あ、これって《よどんでしまう魂》のヒガミなんでしょうかね(笑。

《過去の重さを洗おうとして、たどりついた深い眠りよ》。
んー、なかなかいいですねー。
夜は、いろんな重い記憶をリセットする時間なんでしょうか。
もし一日に夜の眠りがないと、大変なことになりそうですね。

ゆりさんのハードスケジュールぶりはすごいので、
どうぞ体調維持にお気をつけくださいね(医療のプロに助言して、すみません)。

それから、どうぞ「ピーターパン」ってお呼びください。(#^.^#)
自分にはそういう一面がかなりあると思っています。
生まれてから、酒、タバコ、ネオン街に無縁だったのはそのせいが多分にあります。

でも、いまWikipediaの「ピーターパン症候群」を見てみたら、かなり悪い意味が
あるようなんですが、最近の捉え方はちょっと違うとも書いてあったので、
その《最近》のほうの いいイメージで捉えるようお願いしますね。^^;

2012/09/18(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

りんごさんへ。(^^)

再コメント、ありがとうございます。

どうも私のブログは、「聖書」と「精神世界」の考えを分けずに論じているために、
語の使い方や、その時々の言い方が統一整理されてないことがあるようですね。

 「神」の語にしても、宗教の神様と、私の認識する神とでは、全然違うのですが、
 単に「神」という書き方をしている場合が多いので、要注意だなと思いました(反省。

☆確かに精神世界的に言うと(私の考えもまったく同じですが)、
 《光は光であり、闇は闇である…ただ、それだけ》で、出来事は中立です。
 《その光や闇に意味をつけているのは、その人》で、その通りだと思います。

今回の記事は、聖書の観点から論じた話です。創世記から話を始めました。
聖書の神の存在を前提とし、聖書の神の言葉を規準(ベース)として書いています。

☆つまり聖書的に言うと
 昼も夜も「良し」と神が述べたので、ならば、闇も良いものだろうということです。
 一般的に人間が良くないと思っている「闇」の出来事も、そこから教訓を学べれば、
 良いことである、そう思ったほうがいい、と本当は言いたい記事なんですけどね。

逆に言うと、もし自分に降りかかった「闇」の出来事は不幸の証拠と思い込んで、
そこから教訓を学べなければ、その人にとっては「闇」のままではないかと思います。
(以上、なんせピーターパン症候群の人間の思うことですからね。(;^_^

考えさせられるコメントをありがとうございました☆

2012/09/18(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

むきゃ~っ!!

イラストに変わってる~っ!!
あめりか~んテイストだわぁ♪
そいえば、わたくし「あしながおじさん」も愛読しているわぁ
これも孤児のお話だったわねぇ
アンもジュディも、利発で健気で明るくてキレイなもの大好きで・・・♪
そんな風に生きたいと願う少女・・・から中年女になっちゃたわたくしよぉ(笑)

2012/09/20(木) |URL|きまぐれひめさま [edit]

きまぐれひめさまへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

写真からイラストに変えたのは、ひょっとして著作権の問題が
ないかと不安になったので、このアンティークのものに変えました。
私、この時代の《あめりか~んテイスト》はかなり好きなんです。
古き良き時代のアメリカは輝いていました。憧れでした。^^)/

「赤毛のアン」というと、すぐ「にんじん」を思い出します。
もうストーリーは全然覚えてないのですが、
少年の髪がにんじん色だったせいだろうと思います。

そうそう、「あしながおじさん」も思い出す本でしたね。
ひめさまもお好きでしたか。
んー、どうしてこんなに波長が合うのでしょうか。フシギです。
《利発で健気で明るくてキレイなもの大好き》なせいでしょうか(笑

《むきゃ~っ》という言葉は、脳天とハートに来ますね。(#^.^#)

2012/09/20(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2012/09/20(木) || [edit]

Re: そ・れ・は・・・

鍵コメさま
ありがとうございました。
じつはわたしも、なんとなくそのように思っていました^^)。

2012/09/21(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

一日の始まり

クッキングホイルです。先程はご訪問ありがとうございました。

一日が日没から日没まで、ということは知っていたのですが、理由までは知りませんでした。勉強になりました。

そしてあなたのご意見、とても卓越した見解と拝見しました。拙ブログへもまたお越しください。

2014/10/19(日) |URL|クッキングホイル [edit]

クッキングホイルさん ありがとうございます^^)

キリスト教に長くいましたが、やっと目が覚め、聖書の矛盾点を少々書いています。

聖書の記述では、神の「光あれ」の言葉で地球の歴史が始まるわけですから、
朝から始まるほうが聖書的だと思い、こんな記事を書きました。

なんにでも言えることでしょうが、たとえ物事の道理から考えておかしいことでも、
なんの疑問なく素直に信じることが真の信仰だという思考は、不合理なものですね。

2014/10/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます

一日の始まりのことを考えたことはありませんでした。

やっぱり、一日の始まりは朝がいいです。
ちょっと希望がわく。
一日は昼と夜。光と闇。
ぐるぐる回って面白いですねえ。

先日、友達から電話がありました。
「最近、あなた、つき合いが悪いけど、わたし、嫌われてるのかなあ」
という内容。
「そんなことないー」と私は弁解してお茶することにしました。
それが昨日です。
家で雑用したかったのですが、こういう切口で
言われると断れなくなりました。
億劫でした、とっても。
昨日の朝、彼女から確認のメールがありました。
「わすれないでねえ」と。
そんな朝の始まり、たまにはいいなと思いました。
彼女のおかげで、知らない話題も得たし。



2015/10/01(木) |URL|森須もりん [edit]

Re: おはようございます

森須もりんさん またまた古い記事にもありがとうございます^^)
 そうです。やはり一日の始まりは「朝」イコール「光」がいいですね。
「もっと光を」とゲーテが言った通りです。
 もっともゲーテは部屋が暗いので窓を開けてほしい、という意味でこの言葉を言ったのだそうですが。
 でも待ってくださいよ、そうすると終わりは「夜」という地下の「闇」がいいのでしょうか。うーん、ちょっと考えてしまいますが。

「最近、あなた、つき合いが悪いけど、わたし、嫌われてるのかなあ
 率直に言ってくれる友人はいいですね。ひょっとして自分が嫌われているのか、などと心配する人は、なかなかいい友人のような気がしますがね。

 森須さんは友達が多いようですね。私はあまり人付き合いのいいほうじゃないのですが、でも相手のほうから会いたいと言ってくるような人は大事にします。
 一人も話し相手がいないというのはけっこうさみしいものなんでしょう。あのロビンソン・クルーソーだって、土人の友人というか下僕を見つけて話し相手にしましたから。

2015/10/01(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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