「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「胡蝶の夢」は、あるがままに生きよ、とのマジックだ。 

何日か前に、テレビで、江戸時代の奇術『和妻』を観ました。
その中に、感心を通り越し、感嘆した演目がありました。
「胡蝶の舞」。
和妻の中でも一級品と言われている奇術だそうです。
和紙を 蝶の形に切り、生きているように扇で操る芸です。

じつに見事極まりないものでした。
まるで見返り美人が演じているようでした。
ぜひ画像を全画面にして観ていただきたいと思います。

和妻「胡蝶の舞」 by KYOKO

昨年ロシアで行われたマジックコンテストで準優勝したとのこと。

※同じ芸を男性も演じていますが、ちょっと印象が違います。 ☞ YouTube

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和妻の「胡蝶の舞」は、昔から外人さんを驚かせてきたようです。

a006655.jpg

☆映画「コッポラの胡蝶の夢」もあります。 ☞ 予告編

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(夢か、現 [うつつ] か、幻か^^)。

荘子(荘周)による説話。
和妻を観ていたら、学生時代に学んで印象に残った話を思い出しました。

20120719211028232_20120723162114.jpg
(http://www.insects.jp/tefu-gallery16-2.htm)

『胡蝶の夢』(訳文)

いつのことだったか、
わたし荘周は、うたた寝の夢の中で蝶となっていた。
心ゆくまで、ひらひらと大気の中を舞っていた。
喜々として蝶になりきり、その楽しさに耽っていた。

やがて、ふーっと目が覚めた。
なんだ、自分は元の荘周のままではないか。

このわたし荘周が、夢を見て、蝶になったのか。
それとも、あの蝶が、夢を見て、わたし荘周になったのか。
どちらが現実だろうか。どちらが夢なのだろうか。

荘周と蝶には、間違いなく形の上では違いがある。
しかし、荘周であるにせよ、蝶であるにせよ、
自分が主体であることに変わりはなく、
これを「物化」と言うのである。


※注:「物化」とは、化して物となることで、
元はひとつであるという意味。

(解釈)
万物は常に流転しており、同じ形をとどめているものはない。
自分という《本質》は、ほんのつかの間、夢のように、
蝶であったり、荘周であったり、をしているに過ぎない。

ならば、蝶と荘周、どちらが本物かの詮索は意味のないこと。
どんな境地にいても《今》という時を楽しく過ごすこと。
それが肝要であり、自然な生き方である、ということかもしれない。

これは荘子や老子が言う「無為自然」の思想である。
「無為自然」とは作為を持たず、自然にまかせることを言う。
精神世界では「あるがまま」という言い方をしている。


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(バターで揚げたらコレステ チョウ過^^)。

小さな蝶々の存在は侮れない。「バタフライ効果」の話。

butterfly.jpg

《北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる》。
極小の差が、やがては無視できないほど大きな結果を生むことがある。
だがその未来の予測は不可能である、という理論があります。

人生には基本的に「原因→結果の法則」が支配しています。
ですけども、時には、いわばサイコロが振られているような
カオス(混沌)という偶然性が微妙に絡んでいるのかもしれません。



日々の些細な楽しみを見逃さず、
小さな幸福感を十分に味わいたいものです。

そうすれば、
やがては思ってもみなかったほど濃密な一生を体験できるでしょう。
あるいはそうでないとしても、《今》の幸福感は持続していくでしょう。

(チョウど時間となりました~♪ ^^)。

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やしまさんとバーソさんの話し合いも、楽しそうというか、難しいです。。

わたしは蝶々のようにふーわふーわなにも考えずにとんでいたいです。カオスの中を縫うようにくぐり抜けてちっさい幸せを見つけるのも一苦労。でも、負けません、見つけるまでは。ふーわふーわ、酔っ払っても決めるとこ決めるよ、みたいな酔拳のように。

自分で何言ってるのか、謎なのでした。(^.^)

2012/07/20(金) |URL|abe [edit]

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2012/07/21(土) || [edit]

abeさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

「ふーわふーわなにも考えずにとんでいたい」・・・これ、いいです。
「酔拳のように」・・・うまいたとえだなあ。なるほどお。
「負けません、見つけるまでは」・・・そうそう、その調子。
「贅沢は素敵です」・・・あれ、なんのことやら。ははは^^)。

abeさんは、絵のほうも、文章のほうも、最近いい調子ですねー。

2012/07/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

素晴らしい日本の芸術ですね。
(私は初めて見ました。)

薄い紙がまるで蝶の羽根を思わせます。
蝶はフワリと羽ばたき、時々羽根を
休めます。(ホパリングしてましたね。)

扇子にも、とまっていましたね。
ワタクシ、(ウグッ)蝶は嫌いなのですが、m(__)m
『胡蝶の舞』の、蝶はうっとりとしてしまいました。

ただただ、花から花へと遊ぶ蝶は、
悩みもなく平和そのものですね。(ピース✌)

<マジック>とも書いてありましたが
日本人の繊細な【芸!】と言えるとおもいます!♡

バーソさんは、蝶に、超詳しいですね。
蝶の、調査したのかな?(ウフフ)

(ヤシマさんとバーソさんの会話
とっても、難しいです。)

2012/07/21(土) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

凄かったでしょう。私は感動して涙目になったので、
ぜひこれはブログで紹介しようと思いました。

参照の男性版(有名人らしい)と比べるとよく分かるのですが、
KYOKOさんの芸は、ポーズも表情もあまりにも決まっていて、
きっと特別な手練技に違いないと思いましたね。

観終わってから、あ、これは手品なんだ、だからタネがあると思いました。
たぶん極細の糸か髪の毛ガ使われているのではないでしょうか。

ゆりさんがこの種のものを、グガッと思うとは知っていました。
ごめんなさい。m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m

だガ、この和紙のチョウなら大丈夫。脚がない。気味悪くない。
ガ然、チョウしが出てきたんじゃないですか。
あははは。と笑っちゃあいけませんね。
許してチョウだい!(←財津一郎のつもり。←ご存知ですか)

2012/07/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます。

こちらに参りますと、いつも宿題を出されたような心地になります。
いつも、持ち帰って必死に理解しようと唸っています。
今回はまた夏休みにふさわしいほどの、難問また難問・・・
8月の末に間に合えばよいのですが(^_^;)

昆虫採集、海水浴、麻雀などなど、少し我慢しなければ(苦!

バーソさんは、やはり哲学的論理の基礎が出来ていらっしゃる。
敵いませんわい。

感想は、しばしのご猶予を・・・

2012/07/22(日) |URL|NANTEI [edit]

おはようございます。

まるで生きているかのような見事な蝶の舞でしたね。
その、戯れ、お互いに離れてはまた引き寄せられるかのような蝶の動きもさることながら、演者のKYOKOさんの表情があまりにもお美しくて。。。そちらにも見惚れてしまいました。
切なげにも愛おしむようにも蝶の舞を見つめるKYOKOさんのまなざしに、その心の内にある想いなど、あれこれ想像を掻き立てられてしまいました。。。妄想じゃないですよ…多分(笑)

荘子の胡蝶の夢、今の自分が夢か現か…なんて気持ちになること、私もあります。
いろいろな側面があって、切り取る部分によってまるで違う眺めが見えていて。
でも、そのどれもが自分自身なので、幾重にも重なった世界を眺めてみます。

2012/07/22(日) |URL|りんご [edit]

NANTEIさんへ。(^^)

あ、ありがとうございます^^)。
例によってウイット、エスプリ、ヒューモア、才知機知諧謔等溢れこぼれる
賛辞風趣きもある世辞的論評を頂き、まっこと感謝の念の極みでございます。

そもそも宿題というものは八月末までにするものと昔から決まっております。
然れども八月末まで思案苦悩するものとも定まっておるものでもございます。
当然、昆虫採集といった長閑かつ悠長なることは割愛すべきかもしれません。

既に林間学校にてオゾンとやらを摂取され、ひーりんぐ効能も享受されたに
違いないことを鑑みれば、今や、もはや難問と言うよりは、何問でもまいれ、
参ったか、というスタンスもしくは精神志向でおられることでありましょう。
NANTEIさんの軽妙洒脱なる感想批評註解を心待ちにしておる次第であります。

2012/07/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

りんごさんへ。(^^)

「演者のKYOKOさんの表情」に目を留めましたか。(^^)v
そうです。身体が絶妙の傾きなど、見返り美人みたいだったでしょう。
哀調を帯びた表情も、まるで陶酔してるかのようです。
私は、もう手品を通り越して、芸能やアートの領域だと思いましたね。

紙一枚でもあんなに命が見える。命が踊ってるように感じる。
人間の手の業(技)もすごいものです。
(ピアニストの素早い指の動きを見てもそう感じますが)

≫今の自分が夢か現か…なんて気持ちになること、私もあります。
えー、そうですか。りんごさんはたいしたもんですね。(@_@;)

いまはおおよその齢は分かっているように思うのですのが、
精神年齢はひょっとして荘子さんより上?じゃないですか。(^Δ一)

2012/07/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

竹久夢二の竜田姫と言う絵をご存知ですか?
両手を挙げてくるりとまわった瞬間に、あ、竜田姫と思いました。
着物の帯はベルトと違い、くびれていないのが良いですね。
しょうもないところを見ていてすみません。(汗)

2012/07/22(日) |URL|おはな [edit]

おはなさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

「竜田姫」。googleで検索して、見ました。
そうですね。そんな感じがします。

わたしは、トリノオリンピックの荒川静香さんの名演技
イナバウアーを思い出しました。

花で考えると、しだれ桜とか、しだれ柳に似てませんか。
「しだれ」姿が、なんとなく「しどけない」姿と似てるような。

2012/07/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2012/07/22(日) || [edit]

鍵コメさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

カオスの波にあおられた時に、それをどうとらえるか?
今のもがき苦しみから、どう立ち上がるか?

 難しい問題ですね。特に当事者や関係者にとっては。
 第三者には到底分からないような酷い苦難の場合がありますから。

私が「カオス」を言ったのは、人生には苦しみ悲しみの原因が
自分には分からないように思える場面があると思うからです。
 突然、不幸な状況が襲い掛かってきて、
 なぜ私だけがそんな目に遭うのか? 神よ、なぜなんですか? 
  と言いたくなるようなことが誰にでもあります。
  (聖書では、ハバククという預言者がそうでした)


ただ、客観的な立場からなら、考えられる対応策を
選択肢として幾つか挙げられます。

●ひたすら我慢し、辛抱して、やり過ごす。やがて時が解決します。

●なにくそっ、と思って立ち向かう。かえって逆境に強くなります。

●苦しみや悲しみは、深刻な《状況》から生じるのですが、
 さらなる問題は、それを《思い続ける》ことから生じます。
 思い続けないよう意識することが肝要ではないでしょうか。

2012/07/23(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

胡蝶の舞、すごい芸ですね。
あんなに見事につがいの蝶を操るなんて。
やはりタネがあるのかなあ。
それとは別でも見甲斐のあるものだと思います。
『てふてふひらひらいらかをこえた』
ってな句を思い出しました。
蝶って、花に並んで人の気持ちをつかみますね~

2012/07/23(月) |URL|こみ [edit]

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2012/07/23(月) || [edit]

こみさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

三頭火の句。本当にぴったりの想起ですね。
ひらひらしながらも、やっと屋根の上を超えた、
というのがいいんでしょうね。

別に一直線に素早く超えなくてもいい。
寄り道しながらでもいい。
遊びながらでもいい。
ふらふら、よろよろ、なんでもいい。
とにかく超えること!なんですね。

こみさんは、面白い話、珍しい話、深みのある話・・・
とまあ、本当に知識分野がてふ多彩ですねー^^)。

2012/07/24(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

《あるがまま》についての補足です。

大辞林【思い悩む】 (動マ五[四]) :いろいろと考え苦しむ

悩みとは《降りかかった状況》で生じるというよりも、
《いろいろと考える》ことで、苦しみが続くんですね。

『あるがまま』という生き方は、起きてしまった状況は
もうしょうがないから、と現状を取り合えず受け入れ、
では次の段階はどうしたらいいだろうと考えて、
その最善策を行動に移すということかもしれませんね。

2012/07/24(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2012/07/28(土) || [edit]

こんにちは~。
お伺いいしていきなり、ズギュ~ン!とこころを射抜かれました。
手妻『孤蝶の舞』。素晴らしいですよね。
またこのKYOKOさんとおっしゃる演者の、なんと美しいことでしょう!
彼女はこの芸のために、きっと日本舞踊も正式にやってらっしゃるのではないかしら。
大変にうろ覚えな記憶なのですが、以前テレビでこの芸にまつわるドキュメンタリーを見て、いたく感動したことがあるのです。今、あらためて調べてみましたら、 1968年(昭和43年)5月4日 放送「ある人生『浮かれの蝶』」という番組だったと思います。私が見たのはその再放送。
昭和43年、当時87歳だった三代目帰天斎正一は、3代の天皇陛下の御前でも披露したことのあるこの浮かれの蝶に誇りを持っています。浮かれの蝶を習得したいと正一を訪ねる手品師は後を絶ちません。番組は、一子相伝のこの浮かれの蝶を誰に継がせるか、悩む老手妻師と彼を取り巻く人々の人間模様を描きます。・・・というような内容。
それがすごく印象に残りまして。だから、こちらでこの映像拝見した時には「ああっ!!」と。^^

最初タイトル拝見した時は、司馬遼太郎さんの同タイトルの作品についてかな、と思ったんですよ。^^
ああ、嬉しい。おかげさまで、記憶の底に大事にしまっておいた芸を
また、見ることができました。『コッポラの胡蝶の夢』も良さそうですね。
そうしてさらに、荘子に連想は飛び・・・さらにさらにバタフライ・イフェクトにまで話が発展して・・・・・・。
まったく、蝶の飛翔の如く、軽やかに思考が遊びますね!^^

勝手にリンクさせていただきました。
これからもどうぞよろしく。
ネット署名の件。本当にありがとうございました♪

2012/07/31(火) |URL|彼岸花さん [edit]

彼岸花さんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
以前の記憶をわざわざ調べることまでしての丁寧なコメント。
恐縮してしまいました。ありがとうございます。

三代の天皇陛下の御前でも披露したんですか。凄いですね。
この蝶の手妻は和芸能の「粋」が表れているように思います。
手先の器用な日本人ならではの伝統業の一つと言っていいのでしょう。

彼岸花さんの知的な文章。いつも感心しながら拝読しています。
好奇心のアンテナ、社会に対する正義感・・・も敏感多彩で、
どくだみのような殺菌作用を感じます。
その乾燥葉の煎液には動脈硬化の予防作用などがあるそうで、
私の血の巡りの悪い頭に効くような気もなんとなくいたします。

ただ正直申して、私にはレベルが高すぎてちょっと敷居が高いなあ
と思うことが多いのですが、ここはひとつ気合を入れ直して
また訪問させていただきたいと思います。

リンクの件、うれしく思いました。ありがとうございます。
私も張らせていただきました^^)。

2012/07/31(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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