「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ものみの塔の統治体は、本当に「忠実で思慮深い奴隷」級か。 

前回は、神が人々を個別に導いてきたのであれば、ものみの塔が主張する
「神の地上の唯一の組織」という教理はあり得ないことを考えた。

今回は、続編として、
1.マタイ24章の「忠実で思慮深い奴隷」級は、実在する聖書的集団なのか?
2.使徒15章の「エルサレム会議」は「統治体」の存在を証明しているのか?
 という点を論じたい。

tizu.jpg
●――――――――――――――――――――――――――――――――――
1.「忠実で思慮深い奴隷」は《例え話》であり、
《例え話》自体から重要な教理を引き出してはいけない。


マタイ24章の「忠実で思慮深い奴隷」 の話は、イエスの再臨に関連して言われた
四つの《例え話》の一つである。  

《例え》は 英語でパラブル(parable)と言うが、語源のギリシァ語は「パラボレー」で、
パラ(傍らに)+ボレー(置く)という意味である。

つまり《例え話》とは、複雑な分かりにくい内容を、《傍らに》置いた簡潔な話でわかりやすく
説明することなので、《傍らに》置かれた物語自体やその末梢部分にこだわるのは間違いだ。

例:ずるい狼が出てくるおなじみの例え話(寓話)がある。これを、狼には毛と牙が
生えているので、ずるい人間にも毛と牙が生えていると言ったらおかしいだろう。
その例え話は狼全体の話をしているわけではなく、ただ狡猾さだけの話をしているに過ぎない。


★だから《例え話》のストーリーや登場人物は架空のものなので、
その実在しない《例え》の話自体から重要な教理を引き出すのは、非常におかしい。


もし《例え話》から教理を作っていいなら、こんな教理をつくりだせる。
・「10人の処女」の例え→5人は愚かで、5人は賢い。なので半数だけ救われる。 
・「金持ちとラザロ」の例え→地獄は存在する。これはものみの塔が嫌う教理。
・「ウサギと亀」の例え→スポーツ競技中に居眠りをする競技者が存在する。

                _ _ _ _ _

では、マタイ24・25章にある四つの《例え話》の要点はなにか?
①「忠実で思慮深い奴隷」の《例え話》は、主人は帰りが遅れている
 と油断し、のんだくれて仲間を打ちたたいたりしないこと。
②「10人の処女」の《例え話》は、花婿が遅れても、到着を待つあいだ
 眠り込んでしまわずに、ともし火を整えているべきこと。
③「タラント」の《例え話》は、主人が旅に出て長い時を経た後も、
 委ねられたわずかのものに忠実であるべきこと。
④「羊と山羊」の《例え話》は、王とは誰かはっきり分からないとしても、
 王の兄弟の うちの最も小さな者に親切をすべきこと。

★四つの《例え話》の要点は、
「主人や王が遅れているとしても、いつも目覚めていて用意していよ」、
あるいは 「いつ来てもいいように、いつも自分の分を忠実に果たせ」ということで、
それを繰り返し強調しているにすぎない。

●――――――――――――――――――――――――――――――――――
「忠実で思慮深い奴隷」とは、本当は誰のことを言ってるのか?
ルカ12章並行記述では、「忠実で思慮深い家令」と言われている。
「家令」とは家の者の面倒をみる管理人で、会衆では牧者を指す。

パウロは自分たち牧者のことを「家令」と述べている。
・「わたしには家令の仕事が託されています(コリント第一9:17)」、
・「わたしたちを家令とみなすべきです(コリント第一4:1)」
・「神から受けた家令職(コロサイ1:25)」  
・「監督は神の家令として(テトス1:7)」


★結論★「忠実で思慮深い奴隷」もしくは「忠実で思慮深い家令」の《例え話》は、
(1)大事な教訓を教えるための架空の物語であり、
全会衆を統括する 「統治体」の存在を証明する根拠にはならない。
(2) 会衆の「牧者」に対する教訓話であり、
「牧者」はイエスの再臨に関して目覚めていて、「召使たち」すなわち一般信者に
気を配りなさい と教えているにすぎない。

※ものみの塔は「忠実で思慮深い奴隷」の「奴隷」を、「奴隷級」と呼んでいる。
わざわざ「級」という言葉を付け加えているのは「奴隷」が実在ではないことを示す。
ものみの塔が、その奴隷と自分たちとは同等だと勝手に適用しているにすぎない。


山上の垂訓

――――――――――――――――――――――――――――――――――
キリスト教時代は、「組織」ではなく、「聖霊」が一人ひとりを導く。
イエスは自分の死後、信者がどうなるかについては非常に関心を持っていたに違いなく、
もし地上にイエスの代表をする統治組織を設立するつもりなら、生前、弟子たちに
明確にそう教えていたはず。 ところが、福音書には、人間の組織の設立について
言及しているどころか、示唆している箇所さえない。

イエスは、自分の死後は「助け手つまり聖霊」を与え、「聖霊があなたがたにすべてを教え、
思い起こさせるであろう」
と述べた(ヨハネ14:16)。ペンテコステの日には、
部屋にいた120名の一人ひとりに聖霊が注がれた(使徒2:3)。すなわち、クリスチャン
一人ひとりを導くのは、特定の一つの教団ではなく、神の聖霊であると聖書は述べているのだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
キリスト教時代の崇拝には、特定の場所や特定の組織は不必要。
イエスはサマリヤの女に、正しい崇拝方式について述べたことがある。
ヨハネ4:22 「この(ゲリジム)山でもエルサレムでもないところで父を崇拝する時が
来ようとしている」

同4:24 「神は霊なので、神を崇拝する者も霊と真理(真実)をもって神を崇拝する」

エルサレムやニューヨーク・ブルックリンなどの特定の場所や、特定の崇拝形式が
重要である、という考えはイエスの時代には既に古くなっていた。 組織への従順が
大事なのではなく、神への従順、信者一人ひとりの霊的状態が重要なのだ。

midori.jpg

――――――――――――――――――――――――――――――――――
キリスト教の指導者はキリスト一人であり、他にはいない。
マタイ23章で、イエスは「あなたがたは指導者と呼ばれてはならない。
指導者はキリスト一人である」
と述べた。
 それで、自分たちはキリストの代理だとか指導者だとか言い、
自分たちだけが聖書の解釈権を持っている、個人の解釈や他の解釈は一切認めない、
と主張するのは非常におこがましく、キリスト教の精神に反する。


●――――――――――――――――――――――――――――――――――
2.使徒15章の「エルサレム会議」は、彼らの統治権を証明してはいない。

使徒15章の割礼論争は、ユダヤ出身の人々からもたらされた。
アンティオキアで、ユダヤから来た人々が“割礼を受けなければ救われない”と
言い張ったために論争が生じたことがあった。そのときパウロはエルサレム会衆の
主だった人々のところへ出向いたが、それが中央に統治組織があった証拠だ、
とものみの塔は主張する。

この論点では、その割礼の論争は、そもそも「ユダヤから(1節)」アンティオキアに
来た人々が引き起こしたという点に注目すべきだ。

パウロは、救われるためには割礼は不必要であるとの理解を持っていたのだが(2節)、
論争を起こした人々は中央のユダヤ出身で、地方にいるパウロなど相手にしない。
そこでパウロは彼らを納得させるため、ではユダヤのエルサレム会衆の考えを
確かめてみましょうか、というわけでエルサレムに行ったにすぎない。

エルサレムでは、当時、会衆の主だった人々は割礼の問題について正しく理解していなかった。
からこそパウロの問題提起を受けて急きょ会議が開かれ、パウロの意見が聞かれ(12節)、
そこで初めて、一つの正しい理解に至ったのだ。

少しゆずって、これが中央組織体の統治権を示すようだとしても、この種の会議はこの一回だけ。
聖書では、証人は二人か三人が必要なので、会議が1つしかなければ証拠不足だ(申命記19:15)。
新約聖書では、キリスト教の主要な教理の注解は、十二使徒ではない、
異邦人専門の使徒パウロがほぼ独占している。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
パウロは、使徒たちをクリスチャン会衆の指導者とはみなしていない。
パウロはキリストから召しを直接受けたと主張し、そのことをエルサレムの使徒会衆に
報告もせず、勝手にアラビアに行っている。もしも当時使徒たちが「統治体」であったのなら、
パウロは、統治体を無視したとして叱責される出来事だろう。
ガラテヤ1:15-17
「[わたしを]召してくださった神が, わたしに関連してご自分のみ子を啓示することを
よしとされ,こうしてわたしがその[み子]についての良いたよりを諸国民に宣明すること
になった時,わたしは直ちに血肉と協議したりはしませんでした。また,エルサレムに上って,
わたしより先に使徒となっていた人たちのところへ行くこともせず,ただアラビアに行き,
それから再びダマスカスに戻って来ました」

――――――――――――――――――――――――――――――――――
霊感による「エルサレム会衆からの手紙」は存在しない。
“エルサレム会衆から各地の諸会衆への手紙”などというものは、1通も現存していない。
エルサレム会衆の主だった人たちが書いたもので聖書として残っているものは、
ペテロとヤコブとユダの手紙だけ。それとても、内容には、これは中央からの指令である
といったような権威を表明する言葉やニュアンスさえ全くない。

p.jpg

――――――――――――――――――――――――――――――――――
1世紀当時の宣教の中心地はエルサレムではない。
「神慮によって最初にクリスチャンと呼ばれた」のは、アンティオキアである(11:26)。
当時、エルサレムは、キリスト教宣教の中心地ではなく、アンティオキアが中心地だった。
西暦1世紀にキリスト教が拡大したのは、「激しい迫害によって
エルサレムから散らされた人々」が、「福音を宣明しながら全土を回った」ためだ(使徒8:1-4)。

『ヨハネへの啓示(黙示録)』1章では、「黙示」が与えられる経路が、神⇒イエス⇒み使い⇒
ヨハネ⇒七つの会衆、とされている。
もし「エルサレム会衆」が統治体なら、1世紀末にはその権威・立場が確立し、
七つの会衆への手紙はヨハネではなく、エルサレム会衆を通して伝えられたはずだ。
ヨハネがパトモス島で幽閉され、高齢で活動が難しいことを考えるとなおさらそう言える。

★結論★
マタイ24章「忠実で思慮深い奴隷」は例え話であり、教理を引き出せない。
使徒15章の「エルサレム会議」は、「統治体」の存在を証明してはいない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――
★参考:「宇宙主権の論争」の教理の誤りを論じています(本邦初) → コチラ

関連記事
スポンサーサイト

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

Trackback

トラックバックURL:http://barso.blog134.fc2.com/tb.php/6-5ccb1deb

back to TOP