「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ものみの塔は、神の「唯一の地上の組織」か。 

「神は地上にご自分の組織を持つ」と主張するキリスト教教団がある。
ものみの塔協会(エホバの証人)とローマ・カトリック教会である。

ものみの塔協会は「統治体はキリストの代理機関である」と言っている。
そして、神とキリストの他に組織(統治体)も信仰するように教えている。

カトリック教会は「ローマ法王は使徒ペテロの後継者である」と言っている。
そして、神とキリストの他にマリアや聖人も尊ぶよう教えている。

共に組織の権威は絶対であり、階級制度は厳格であり、構造は相似形だ。

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ものみの塔が「神は地上に唯一の組織を持つ」と言う根拠は3つ。
①神は、いつの時代も、地上に「神の唯一の組織」を持っていた。
②マタイ24章の「忠実で思慮深い奴隷」は、キリストの代理機関である。
③使徒15章で「エルサレムの使徒会衆」が教理上の決定を下した例がある。
      ____________________

今回は①「神はいつの時代も地上に唯一の組織を持っていた」か
について、歴史的な証拠を調べてみたい。
※②と③は次回扱う予定。

ものみの塔誌1983年5月15日号12頁はこう述べている。
「第三の要求は、神の経路すなわち 神の組織と交わることです。 神は 常に一つの組織を用いて来られました。 例えばノアの日には箱船に乗っていた者だけが洪水を生き残り、1世紀にはクリスチャン会衆と交わっていた人々だけが神の恵みを得ました。(使徒 4:12)
 同様に、エホバは今日もご自分の意志を成し遂げるために一つの組織だけを用いておられます。地上の楽園で永遠の命を受けるには、その組織を見分け、その組織の一員として神に仕えなければなりません」

これだけを読むと、なるほどと思うかもしれない。
だが聖書の歴史を調べると、神は、いろいろな人や部族や集団、すなわち「組織」を
それぞれの信仰に応じて《個別に》導いてきたことが分かる。

同じ時代にエホバに仕える人々の集団が一つ以上あり、それらの集団が互いに
相手と交流がないなら、「神の地上の唯一の組織」という教理は成立しない。

以下、簡単に各時代の歴史的証拠を 調べてみたい。

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人類の歴史に「神の組織」と呼べるグループが明確に存在したか?

1.アダムの子セツから族長アブラハムの時代。
創世記10章には、世界の70の部族の名がきちんと列挙されている。
であるのに当時、アダムの子セツからイエスに至るメシヤ直系の1部族(=1つの組織)
だけが神に是認され、他の部族はみな神からまったく無視され除外されていたと考えるのは、
偏狭極まる民族主義的な不公平(えこひいき)になるだろう。神は愛と公平の神ではないか。 

それは道理で言うと、長男は家を継がせるが、次男坊、三男坊、その他はどこかに行って
野たれ死にせよと言ってるようなものだ。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ(創世記1:28,9:1)」の命令は全人類に対して言われている。
アベルを殺したカインにさえ、神はしるしを付けて保護し、都市を造らせ、
《カインの末裔》を繁栄させていることを忘れてはならない。

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2.族長アブラハムの時代。

アブラハムは旧約時代の代表的人物で、イスラエル人が敬意を払う祖先。
「神の友」と呼ばれたほどの人間だが、サレムの王メルキゼデクに出会ったとき、
持ち物の「十分の一」を捧げて敬意を示した(創世記14章)。

メルキゼデク王はメシヤを予表するほどの人物で、「いと高き神の祭司」だった
(創世記14:18,ヘブライ6:20)。 王・祭司の下には当然、人々の集団がいる。

ということは、アブラハムとその一族郎党という神の「組織」以外に、当時サレムには
アブラハムが知らなかった神の「組織」が別にあったことを示す。というより、
王兼祭司がいる組織のほうがアブラハム集団より上位にいたのだ。 

3.旧約の代表者モーセの時代。

イスラエルは、モーセを仲介者として神と律法契約を結んだ唯一の民族であり、
初めての正式な神の「組織」であった。そのモーセは、ヨブと同じ頃に生きていた人で、
ヨブ記を書いたとされている(新世界訳の付録参照)。

ヨブはイスラエル人ではない。中東のウツの人、すなわちエドム人で(哀歌4:21)、
ノアとダニエルと共に「かの三人の人物」と言われ、
エゼキエル書にとり上げられているほどの「義人」であった(エゼキエル14:14)。
さらに、ヨブは『宇宙主権の論争』に関連して忠節の試みがされた
と、ものみの塔から言われているほど忠実な人でもあった。 

ということは、律法下にあるものの忠実とは言いがたいイスラエル人からなる
「神の組織」とは別の地域に、律法下にはない非イスラエル人であったが
エホバに忠実なヨブとその家族という「神の集団(組織)」があったのだ。

あるいはヨブとモーセは違う時代に生きていたとしても、極めて忠実なヨブとその家族が、
イスラエルという「神の民」とは別な地域でエホバを真面目に崇拝していたということだ。
神がそんな人を無視するはずがないではないか。 

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4.イスラエルの南北分裂時代。
ダビデの子ソロモン王の後、国は北と南に分裂した。 ではソロモンの家系の王が
統治する南ユダ王国だけが正統の国家であるので、偶像崇拝を続けた北イスラエル王国を
神は認めてないのか、というと決してそうではない。
 
神は北王国にも預言者(エリヤ、エリシャ、ホセア、アモスなど)を遣わしている。
聖書は、北王国の歴史を詳しく記録している。聖書学者の中には、聖書では北のほうが
主要的に書かれていて、南のほうは補佐的な記述だと言う人もいる。

5.預言者エリヤが活躍した頃。
当時のイスラエル国民は、異教の宗教バール崇拝に影響されていた。
エホバの預言者エリヤは、自分だけしかエホバの崇拝者はいない
と思って弱気になっていたときがあった。
 
しかし神が現れて、「バールにひざをかがめない者を七千人残した」とエリヤを励ます
(列王第一19:18)。 エリヤには、その七千人の存在が初耳だった。
 
ということは、忠実な預言者エリヤとは別に大勢の神の「組織」があったのだ。

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6.西暦1世紀のキリスト教発足当時。
ものみの塔の言うように、西暦1世紀当時は一つの「組織」 だけ、
すなわち一つのキリスト教会衆(教会)しかなかった。
 
しかしながら各地には幾つもの会衆ができていて、それらの諸会衆は、
一つの中央統治組織(使徒たちなどがいるエルサレム会衆)から逐一指令を受け、
一つの「組織」として統括されていたわけではない。
 
たとえばコリント会衆では、「わたしはパウロに属する」とか
「わたしはペテロに属する」とか「わたしはアポロに属する」と派閥論争があった。
 
エルサレムにあった使徒たちの会衆が中央統治体として機能していたなら、
「わたしはエルサレム会衆に属する」 と言う人がだれか一人ぐらいはいたはず。
パウロも、エルサレムの使徒たちの会衆に従いなさいと言ったはずで、
そう言えばそれで論争は終わり、分派は起きなかったはずだ。 

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