「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ブロニ―・ウェアが書いた『死の間際の後悔トップ5』。 

余命わずか。とたんに、人生いとおしい。

死ぬ前に、ひとが後悔することって、どんなことでしょうか?

2007年のワーナー映画『最高の人生の見つけ方』では、
余命半年を宣告された二人の男、ジャック・ニコルソンと
モーガン・フリーマンが「棺おけに入る前にやっておきたいことのリスト」
を手に旅に出かけます。

彼らがやりたいことは、世界一荘厳な風景を見たい、
涙が出るほど笑う、赤の他人に親切にする、
スカイダイビングをする、世界一の美女にキスをするなど。

※映画のキャッチコピーは「余命6ヶ月、一生分笑う」で、
うまいものです。

オーストラリアのブロニ―・ウェア(Bronnie Ware)という看護師が、
患者の最後の12週間のケアをして、『死の間際の後悔トップ5』を
ブログ
で書き、評判になりました。

perthkoala.jpg
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Top five regrets of the dying

1. 自分に忠実な人生を送る勇気があればよかった。
(I wish I'd had the courage to live a life true to myself, not the life
others expected of me.)
臨終の間際で、多くの人が、あれをしておけばよかった、これをしておけばよかった、
もっと自分らしく生きればよかった、と自分のしなかったことを悔やむのだそうです。

ということは、多くの人が自分の夢を大事にしない人生を送ってきたんですね。
古い固定観念に縛られ、世間の常識に振り回され、人の思惑を気にし、
日々の暮らしに追いまくられ、必死に生きてきたのでしょうか。

こんな歌を思い出しました。中・高校生の頃に歌いました。
旋律がとてもきれいです。

   「折ればよかった」 作曲:ブラームス 訳:高野辰之

     折らずに置いてきた 山陰の小百合
     人が見つけたら 手を出すだろう
     風がなぶったら  露こぼそうもの
     折ればよかった 遠慮が過ぎた
     折ればよかった 遠慮が過ぎた


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『蟹工船』を書いた小林多喜二は、恋しい女を断念したときに口ずさんだとか。
わが青春時代はと言えば断念ばかり。この心情に共感できるのが残念です。

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2. そんなに熱心に働かなくてもよかった。
(I wish I hadn't worked so hard.)
5時からオトコの真逆を見るようですが、ほとんどの男性は、自分の人生の多大な部分を
来る日も来る日も仕事だけの生活に費やしたことを深く後悔していたそうです。

 旧約聖書に、こんな言葉があります。 伝道の書3:1-13 (抜粋・新共同訳)

  何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
   泣く時、 笑う時、  
   嘆く時、 踊る時、  
   抱擁の時、 抱擁を遠ざける時、
   裂く時、 縫う時、  
   愛する時、 憎む時、…
  わたしは知った。
   人間にとって最も幸福なのは、喜び楽しんで一生を送ることだ、と。
   人だれもが飲み食いし、
   その労苦によって満足するのは神の賜物だ、と。

セブンアップ

仕事は打ち込んで楽しむ。遊びはいろいろ十分に楽しむ。これができれば最高ですね。

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3. 自分の気持ちを勇気を持って言い表せばよかった。
(I wish I'd had the courage to express my feelings.)
あのときレジの女性に告白しておけばオレの人生も変わったのに、などと悔やむ男性が
いるでしょうか。人間、言いたいことを言わなかったりすると、
心のうちに無念さ・残念さが残るのかもしれません。
I-Love-Lucy-Opening-Logo.jpg

ただ、争いを防ぎたいなら、言いたいことを言わないでおくほうがいい場合もありますね。
聖徳太子の『十七条憲法』の第一は、「和をもって貴しとなし、さからふ無きを
宗(むね)となせ」でした。大和(やまと)民族は、“大いなる和”の民族です。
日本人は、この点をもっと誇りに思ってもいいと思うのですが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
4.友だちと連絡を絶やさなければよかった。
( I wish I had stayed in touch with my friends.)
人生は一人きりで完結できるものではなく、人間関係の中で成し遂げられるものです。
あの311の東北大震災のあと、結婚するひとが急に増えたそうですが、
人は人生最後のとき、ひと恋しくなり、友情関係の大切さに気付くのでしょうか。

旧約聖書にこんな格言があります。箴言27:10 (新共同訳)
 あなたの友人、父の友人を捨てるな。
 災いの日に、あなたの兄弟の家には行くな。
 近い隣人は遠い兄弟にまさる。


あ両側男の女

ブログで知り合えた人でも、顔も知らないのに、知己のような気がする人がいますね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
5. 自分をもっと幸福にしてあげたかった。
(I wish that I had let myself be happier.)
多くの人は、生まれ変わったなら、大いに笑ったり羽目をはずしたいと切望していて、
“幸福とは自分で選ぶものである”ことに最後まで気づくことがなかったとのことです。

精神世界で著名なバシャールの助言は、とても簡単です。
 「幸福になるには、幸福になる道を自分で選択するだけです。
 自分で幸せを選べば、まわりで起きていることが
 幸せな出来事になっていきます」


561633_Red-Hibiscus.jpg

幸福とは、“幸せに感じる感情”のことです。精神的なものですから、モノの有る無しとか、
まわりの環境とか、そうした物理的条件には直接関係がありません。

ならば、いま現在幸福だと思えば、すぐ幸せになれるはず(→ブータンの国民)。

わたしたちは漠然と、幸福とは将来のどこかに存在しているもので、
その未来の幸福を探し出すのが人生だ、などと思ってはいないでしょうか。


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2012/04/19(木) || [edit]

こんばんは、バーンさん。

どの項目も本当に痛感します。

今回、被災者の方が書かれた一言に
「ふつうでいられる事の幸せ」
という言葉がありました。

それを見つけられるかは自分次第。
仕事に追われ疲れ果ててしまった方に
それを感じる余裕を差し上げたいです。

一輪の花に幸せを感じる余裕を。

2012/04/20(金) |URL|りもママ。 [edit]

読んでると、わたしの引越しは正解だったなーと
元気がでます。なんでもやってみるもんですね!

2012/04/21(土) |URL|abe [edit]

りもママさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

≫「ふつうでいられる事の幸せ」>
 ↑
本当にそうですね。
いま、呼吸して、食べて、しゃべって、動いて、生きている…。
この ふつうのことを「幸せ」だなーと感じる気持ち。
これを“気づき”とか言うのかもしれませんが、
その意識を持つには、感性のみずみずしさも必要のように感じます。

そう思うと、だれの責任でもなく、確かに、
≫それを見つけられるかは自分次第。≫
ですね。


≫一輪の花に幸せを感じる余裕を。>
 ↑
これも本当にそうですね。
路傍の花も草も木も、みな「生」を楽しんでいます。
(近くの公園には「うこん桜」がきれいに咲いています)
身近にあるこの「生」の美しさを見ることができる「幸せ」を
もっともっと感謝したいなあと思います。
いいコメントをありがとうございました。

2012/04/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

abeさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

≫読んでると、わたしの引越しは正解だったなーと
元気がでます。なんでもやってみるもんですね!>
 ↑
そうです。なんでも“やってみる”ものです。
やってみなければ、なんにも生じません。
ゼロです。無です。
生きてないこと、存在していないこと、と同じになります。

でも、やってみれば、なにか生じます。

プラスなら、喜んでプラス状態を楽しむ。

マイナスなら、喜ばないとしても、おお、プラスじゃないけど、
ちょうどスリルとサスペンスの悲劇映画でも楽しむように、
これもまた面白じゃないかと思って、その状態を味わう。

こういう気持ちになれれば、人生のすべてが楽しくなりますね。
んー、言うは易しで、ちょっと難しいですけどね。

2012/04/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは!

リンク貼りました!
今後とも宜しくお願い致します!

あの映画見ました!
良い映画ですよね!

素晴らしい記事ですね!

2012/04/23(月) |URL|やまuT [edit]

こんばんは〜。

生が限り有るものであると意識すると
本当に日々が愛おしくなりますね。
永遠に続かないからこそ
そして変わり続けるものだと思えばこそ
どの瞬間も「今しかない瞬間」として
心に刻みつけられるのかもしれません。

ひとしずく、ひとしずく
味わうように
この瞬間を生きていけたらいいなぁと思いました。

そう言いつつ、ぼけ〜〜っとして
過ごしたりもしていますが〜(^。^;)

2012/04/24(火) |URL|りんご [edit]

りんごさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

≫ひとしずく、ひとしずく
味わうように
この瞬間を生きていけたらいいなぁと思いました。>
 ↑
いい言葉ですねー。
「ひとしずく」って言葉自体、すごくみずみずしいですし。

「ひとしずく」って言えば、聖書のこんな言葉を思い出します。
イザヤ40:15「見よ。国々は、手おけのひとしずくのようにみなされる」

神から見ると、人間なんて水の一滴のような存在だと言われています。
そんな弱小な人間でも、神は深く気遣っています。

マタイ10:30、31「あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。
だから恐れることはありません」 

それですから、人間はすべて神から愛されていることは間違いないし、
どんな人であれ、みんな貴重な存在であることも間違いないんですね。

2012/04/25(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

う~~~~む!!(唸)


バーソさんの言葉には、いつも不思議な透明感がありますね。
しかも、なんとなく、その気にさせられてしまう・・・(笑)

今回も、なんだか目の前が、ぱあっと明るくなった想いです(^^)
ひとつの道筋が、まっすぐに、先へと開かれたかのような・・・

さて、結びの一文。

わたしたちは漠然と、幸福とは将来のどこかに存在しているもので、
その未来の幸福を探し出すのが人生だ、などと思ってはいないでしょうか。

コレには、深く深くうなづきました。
まったくもって、素晴らしい問いかけだと思います。

『大切なものは、眼には見えない。』
星の王子様にでてくる、有名すぎるほど有名な言葉ですが、
実際には『見えない』のでなく、『見ていない』ような気がします。
そして、『見なかったもの』は、
すぐそこに、確かに在れども、『無いもの』とされてしまう・・・
(だから僕は、視たものを視たというために、日々写真に記します)

ああ・・・ ややこしくなってまいりました(笑)
話が更に長くならないうちに、切り上げることにします(爆)

しかしながら、すでに手にしているものを見ずに、
あてどなき旅を楽しむ(ときに、苦しみながら(笑))という人生も、
ひとつの幸福の形ではあるような気がします。

なんでもいまは、『多様性の時代』らしいですから~♪(軽ッ!)

2012/04/25(水) |URL|G.D.M.T. [edit]

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2012/04/25(水) || [edit]

G.D.M.T.さんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

≫『大切なものは、眼には見えない。』
星の王子様にでてくる、有名すぎるほど有名な言葉ですが、
実際には『見えない』のでなく、『見ていない』ような気がします。
そして、『見なかったもの』は、
すぐそこに、確かに在れども、『無いもの』とされてしまう・・・
(だから僕は、視たものを視たというために、日々写真に記します)>
 ↑
 素晴らしい! 中身が深い! いやー、うれしいですねー。
 まったくその通りだと思います。
 見るつもりがなくて、見なかったものは、存在していない。
 だから人間には、自分の意識を向けたものが人生にやってくるんですね。
  
 そして、う~~~~む!!(唸) そうなんですか。
 「そこで視たものを、視たと言え」の意味がよく分かりましたよ。
 だからいつも独特のフォトジェニックな世界がひろがってるんですね。


≫しかしながら、すでに手にしているものを見ずに、
あてどなき旅を楽しむ(ときに、苦しみながら(笑))という人生も、
ひとつの幸福の形ではあるような気がします。>
 ↑
 「時に苦しみながらという人生もひとつの幸福形であるような」。
 素晴らしいです! これはおそらく超絶の悟りですよ!
 わたしは、この考え方に、最近やっと気づくようになりました。

 聖書の黙示録には「死も嘆きも苦しみもなく」という言葉があります。
 以前は、そんな人生が本来的に正しいのだと思っていたのですが、
 いまは、そうではなく、人生にはいろいろあるのが(本来ではないものの)、
 それはそれで受け止めるものなんだろう、と思うようになりました。

 そもそも人生に苦しみがあるのは、この出来事は苦しいことなんだ、
 という人間の決め付け、あるいは受け止めがあるからでしょう。

 物事は本来、善でも悪でもなく、ただ、出来事があるだけだけのはずです。
 雨は、晴れに対して悪いものではなく、ただ水が降るだけのことです。
 だから出来事を、あるがままに、中立的に受け止められれば、
 物事は苦しみではなくなるし、それもひとつの変化であると思えば、
 確かにひとつの幸福形になるような気がしますね。

G.D.M.T.さんの今回のコメント、非常に感心しました。
ハグ君と一緒にフリーの生活をエンジョイしてるG.D.M.T.さんの
人生観を見るような気がしました。
いい文章を読ませていただき、お礼を申し上げます。

2012/04/26(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

僕は生まれてこなければ良かったと思いそうです。

2014/11/28(金) |URL|わほマン [edit]

わほマンさんへ

この短い文章では意味が分かりません。
ただ、人は過去を振り返ると、満足もあるでしょうが、後悔もあると思いますが。

2014/11/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

生まれた故に死の苦しみを味合わなければならないと言いたかったのです。最初から生まれなければ死も存在しなかったということです。

2014/11/29(土) |URL|わほマン [edit]

Re: タイトルなし

わほマンさんへ―――バーソより。
拙ブログの一番最初の記事(2012/02/20)に、まとめて返事を書きました。
そちらを見てください。
(返信がないと思われないため、ところどころにこれを出しておきます)

2014/11/30(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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