「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「意識」のフォースで、1トンが1メートル移動した話。 

「からしの種粒ほどの(小さな)信仰があれば、山をも動かすことができる」
とキリストが言いました(マタイ17:20)。

映画 『スターウォーズ・エピソード5/帝国の逆襲 』に似たような話があります。

ヨーダという身長66センチのジェダイ・マスターが、意識を集中すれば、
沼に落ちた宇宙船を引き上げられると言います。若者ルークが言われたとおり
意識を集中すると、フォースの作用が働いて宇宙船がふわーっと浮き上がるシーンです。

yodac.jpg
Star Wars Episode V: The Empire Strikes Back

じつは、つい先日、私もその「意識」のフォースらしきものを体験できました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私の車を置いている駐車場では、隣が軽自動車なのですが、この4、5年、
必ず駐車スペースのいちばん手前側に停めています(奥は1mぐらいスペースが空いています)。

そのせいもあって、わたしの車は1、2回は切り返しをしなければ駐車スペースの
定位置に入れません。それで、その「軽」が奥まで行ってきちんと停めてくれればいいのになあ、
まあ、気のきかない人がいるもんだ、と思っていました。

なぜこの車1台だけそういう変な停め方をしているのだろう、なぜよりにもよって、
隣にそんな車がいるんだろう、と不思議に思っていました。

wars_20120326152114.jpg

「精神世界」では、自分の内なる意識が外の現実を創っていると言います。
自分のネガティブな心のバイブレーションがネガティブな状況を引き寄せているのかもしれません。

であれば、なるべく隣人愛を抱こうと思うようにしていました。
でも、そう思うようにしていても、長年 状況は全然変化なしでした。
_ _ _

ところが先日、極めて珍しいことに、その車が朝から夕方まで駐車場にいません。
次の日も、極めて珍しいことに、一日中いません。

もうほとんど乗ってない状態が何年も続いていたので、そうか、
とうとう車を手放したのだな、と思いました。
_ _ _

次に来る車をネガティブに想像しました。もし無骨な大型車で、運転が下手で、
乗り降りが乱暴だったらイヤだなあ(以前ドアを何度か傷つけられた経験があるのです)。

と思ったら、突然、ふうっと、自分の気持ちが180度変化してきたことに気づきました。

考えてみると、隣の車は「軽」だから幅は取らないし、ドアの開け閉めは問題ないし、
案外いい車だったな、気のきかない男だと思って悪かったな、と反省する気持ちになりました。
ごめんなさい、と心の中で謝りました(なんだか気持ちが少し軽くなりました)。

姫

そして、次の日です。
駐車場に行ったら、目を疑いました。
なんと、その車が駐車スペースのいちばん奥に停まっています。あり得ません。

驚きました。“自分の意識が現実をつくる”。 その法則が目の前に起きました。
あれーっ、奇跡が起きたよと思いました。

自分の意識が変化したら、1トン弱の車が1メートル奥に移動したのです。

宇宙船

『スターウォーズ』の宇宙船引き上げシーンでは、こんな会話がありました。
師ヨーダから、フォースを働かせてみなさい、と言われた若者ルークが、こう言います。
 「I'll give it a try (試してみます)」
そして、やってみるのですが、うまくいきません。

それを見たヨーダが言います。
 「No, try not. Do, or do not. There is no try.
 (違う、試すな。やるか、やらないかだ。やってみるというのはノーだ)」

今回、わたしの“ 隣人愛を抱こうと思うようにしていた ”状況も似ています。
そう「try=思おうとした」ときでなく、実際に「do=思った」とき、奇跡が起きたのです。

もちろん、それって偶然じゃない?と言われれば、そうかもしれません。
でも、わたしは自分の意識の変化で宇宙のフォースが働いたのだろうと思っています。
そして、そう思うことが「信仰」というものなんだろう、と思っています。
_ _ _

1月に突発性難聴になったときと同様のことをまた経験したと思ったので、
今回は「意識による現実変化・エピソード2」の話です。(^^)
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嫌いな人を嫌いじゃなくするのって、むずかしいな。

バーソさん、100才のヨーダに思えてきました。(^.^)

2012/03/31(土) |URL|abe [edit]

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2012/03/31(土) || [edit]

abeさんへ。

コメント、ありがとうございます。

> 嫌いな人を嫌いじゃなくするのって、むずかしいな。 
 ↑
確かに難しいです。わたしはなかなかできません。

今回のブログの話は、相手を別に嫌いではなかったのと、
状況もそれほど大きな問題でも何でもなかったんですね。

それなのにネガティブな気持ちを持ったのはこちらがよくないな、
と気づかされたので、むしろ感謝すべき出来事でした。

最近は、なにかあると、自分の内面に、
それと対応するどんな意識があるのだろうか、
と考えることが多くなりました。

2012/04/01(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさんおもしろいですね。
それにしても隣の軽自動車、誰が停めていたんでしょうね。
バーソさんの願いがかなったというか、
フォースで動かしたというか
少し動いてくれて本当によかったですね♥
(私は、フォースの力って、あると思いますよ。)

2012/04/02(月) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさんへ。

コメント、ありがとうございます。

隣の車の人は男性で、一度しか顔を見たことがありません。
人間というのは、話をしたことがなかったりして
相手のことが分からないと、悪く思う傾向があるのかもしれません。

聖書に「バベルの塔」物語というのがあります。
当時の人々が高い塔を造って、天の神に挑戦しようとしました。
神はこの高い塔を見て、人間の言葉が皆同じでことが原因であると考え、
言語を混乱させたという話です(=これが世界の言語が異なる理由)。

人間は互いに会話ができなくなったので、意思疎通ができなくなり、
その結果、世界には混乱(バベル)があるのだというのです。

映画「バベル」もそれをふまえての話ではないでしょうか。
コミュニケーションというのは大事なものなんですね。
フォースで一度にぱっと解決すればいいのですけどね。

2012/04/03(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

目からうろこ

バーソさん、

いいお話に出会いました。

ありがとうございます。

私には、気持ちの余裕がないなと、思いました。

いいお話を、ありがとうございます。

自分の意識の変化・・・変化中です。

2015/04/16(木) |URL|森須もりん [edit]

Re: 目からうろこ

森須もりんさん ありがとうございます^^)

こんな記事まで読んでいただいて恐縮です。
以前に書いた記事は気恥ずかしくなるものがあります。
これはスターウオーズのフォースに引っ掛けて書いただけで、たいしたことない話なんです。ちょっと隣の人に変化があったのを見かけただけの話なんです。

「引き寄せの法則」といって、自分の意識によって身のまわりの環境が作られると言う人がいますし、実際にそうなる場合もあるようですが、自分の意識が世界を動かすことを経験したり実感するのは難しいことでしょうね。

ですが、たとえ身のまわりの世界は変わらなくても、自分の意識を変えれば、自分の気持ちや感情は確実に変わりますね。これは自分ひとりでできることです。《気持ち》とは気を持つことなのでしょうから、気の持ち方を自分で変えればいいのでしょう。

生きているといろいろ大変なことがあります。何も問題などなく楽しそうに暮らしている人を見ると、なんで自分だけがこんな目に遭わなければいけないのかと思うようなこともありますね。でも人生とはそういうものなのでしょう。それは文句を言えないことです。いさぎよく、あきらめなくてはいけないことでしょう。

聖書には良い言葉もあって、苦しいときに思い出すのは、この聖句です。
「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に会わせることはないません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」
(コリント人への第一の手紙10章13節)
これは人格神を信じる人の言葉ですが、ここで言われていることは事実ですね。
どんな困難や試練があっても、必ず「脱出の道」があって、なんとかくぐり抜けることができるようになっている、と私も思いますね。
森須さんは自分の精神を分析し統御できる方のようですから、こんなことは言わないでもいいことなんでしょう。「変化中」というのはいいですね。

2015/04/16(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは^^

私達の心には、すごいパワーがあると思います。


試すというのは、心の底に「疑い」がある状態ですので、パワーが出ないのでしょうね。

(違う、試すな。やるか、やらないかだ。やってみるというのはノーだ)と言ったヨーダは、心のパワーを発揮する術を知っていたのでしょうね。

2016/04/12(火) |URL|坊主おじさん [edit]

Re: こんばんは^^

坊主おじさん コメントありがとうございます^^)
 こんな古い、最初の頃の、全然たいしたことのない、スピリチュアルとは言い難い記事も読んでくださって、恐縮の至りです。
 
> 試すというのは、心の底に「疑い」がある状態ですので、パワーが出ないのでしょうね。
 そうだと思います。イエスも、信仰があれば山をも動かせると述べたことがあります。比喩のように思えますが、以前読んだ精神世界の本には、それは本当のことだ、だが人はそれを信じてないので山は動かないと書いてあったのを思い出します。

 ひょっとしたらヘミシンクもそういうところがあって、潜在意識に懐疑的な気持ちがあると霊的次元の体験は難しいのかと思ったりしますが、あのCDは物理的な周波数を作用させるものでしょうから、そのうち不思議な体験の恩恵に与りたいものだと思っています。経験談はもう少し待ってくださいね。ありがとうございます。

2016/04/12(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます。
自分が変われば世界が変わるを体現したお話ですね。

コリントの聖句は懐かしいと感じました。

2016/08/30(火) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 過去記事も読んでくださって、ありがたい限りです。
 自分が変われば世界も変わる。こんな話があります。西暦1100年頃の無名の修道僧の言葉だそうですが。

 若い時、私は世界を変えたかった。
 世界を変えることは難しかったので、私の国を変えようとした。
 国を変えるのも難しかったので、自分の住んでる街を変えることにした。
 街を変えることも難しかったので、大人になったら、家族を変えようと思ったが、それも出来なかった。
 いま、老人になってみて、私が変えることのできるのは自分だけだと分かった。
 そして突然に思った。もし・・もし、ずっと昔に自分を変えていれば、私の家族を変え、家族は街を変え、国を変え、世界を変えることさえ出来たのだ。

 コリントの聖句。ご承知のように、試練とは多くは人間が招いたものです。課題として予定していたものでしょう。いずれにせよ、試練や問題が生じたときに神を恨むのはおかしいことで、自分が対処していかねばなりません。が、神は人間に不当な試練を与えないと認識しておくのは、いいことだと思いますね。

2016/08/30(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

バーソさんは、フォースの使い手だったのですね^^

家の車庫の前に、よく車を止める人がいるので、
少々身につまされるお話です・・・

ヨーダは1メートルくらいだと思っていましたが、
66cm しかないのですね・・・
それで、思い出しましたが、
少し前に面白い経験をしました。

パウロ・コエーリョの『アルケミスト』に、
「オーメン」とか
「ユニバーサル・ランゲージ」とか
出てきますが、
これは、具体的にどういう現れ方をするのだろうか?
と思っていたのですが・・・

妻の肩のところに、シコリが出来て、
ちょっとした手術をすることになりました。

手術(検査だったか?)の数日前、
癌でなければいいがと心配しながら、
買い物をしていたのですが、
その買い物のレシートの合計金額が666円で、
これはなんとも不吉な前兆だと思っていました。

そして、手術の当日、妻を車に乗せて、病院に連れて行くときに、
同じ車がずっと目の前を走っていたのですが、
その車のナンバーが、999 でした。

結果的に、そのしこりは癌ではなくて、
脂肪の塊のようなものだったようで、
特に問題はなく、手術も簡単に済みました。

2016/12/07(水) |URL|Korva [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
 『アルケミスト』はだいぶ前に読んだと思いますが、忘れました。
 運命とは、一本のレールが最初から固定されているようなものではなく、自分が本当にやりたいと思うレールが敷かれていくものだ。そして宇宙が協力しているのだというような話が書かれていたでしょうか。

 車に乗っているとナンバーが目に付きますね。ポルシェが911だったりすると、おっ車好きだなと思ったります。8888というのも案外多く、末広がりという縁起を気にする人かと思います。666は「黙示録」を知っていると気持ち悪いですが、知らないと、無無無、何でも無いと思えます。999は苦苦苦が三つとも思えるのですが、666の逆転で、いい吉兆だと思ったのですね。
 でも何でもなくてよかったです。

 落語にもありますよ。七代将軍が急死したとき、候補として名を挙げられた尾州侯・徳川継友が登城するとき、鍛冶屋が槌を打つ音が「トンテンカン、トンテンカン」と聞こえてきて、それが「テンカトル、天下取る」と聞こえます。喜んだのですが、次の将軍には紀州侯・徳川吉宗が決まってしまいます。
 意気消沈しながら同じ場所を通ると、同じ鍛冶屋の槌を打つ音が聞こえてきます。「テンカトル……」のあと、親方が焼けた鉄に水をさすと…
「キシューッ」。紀州の殿様に決まったのです。

 宇宙が教えてくれることもあると思いますが、悪い前兆だと感じる場合は、自分の見方次第だと思うほうがいいのでしょうかね。

2016/12/07(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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