「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 モノみな同じで、命あり、意識あり。 〈その1〉 

宇宙に存在するすべてのモノには「命」と「意識」があるはずだ
というよくありそうな話を、スピリチュアル的な話としてではなく、
科学的っぽい仮説としてヤワラカめに論じたいと思います。今回はその1です。
 
いまある「命」を追究されている方は、では読んでやるか!
と、どうか好意的「意識」をもってお読みくださいまし。(^^)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
すべてのモノは、エネルギーであり、命である。
LIFE 蝶々の羽

1.モノ(生物・無生物)は「原子」で構成されている
だいぶ以前、某大物タレントと『日経サイエンス』編集長と一緒に食事を
したことがあります(仕事関係で)。 そのとき、編集長が
「原子」についてこんな話をしてくれました。

「原子」は太陽系に似ている。例えるなら、バスケットボール大の原子核が
東京の山手線の中心にあり、電子が山手線を回っているようなもの。
「原子」は99.9999%が空間なのに、なぜ物質がスカスカの透明でなく、
堅くて不透明に見えるのかが不思議だ。


某大物タレントは、軽口でひとを笑わせるのが趣味&仕事なんですが、
そのときは単なる無口の人になっていました。誰にも得手・
不得手というものがありますからね。


2.原子は「エネルギー」である
超大物科学者アインシュタインは、一緒に食事することを考えるだに畏れ多い方ですが、
例の有名な関係式は、わたし自分のケータイ番号より明瞭に暗記しています。
「E = mc」    「エネルギー= 質量×光速度の2乗」
つまり物質(質量)は、莫大なエネルギーと同じということです。 この原理で原発が
作られたんでしょうが、その原理、わたしボンヤリ漠然と不明瞭に記憶しています。

3.モノ(生物・無生物)は、エネルギーであり、命である
エネルギーとは、活動する力のことですね。
生き生きと活動している状態は、「命」の状態である、と言い換えられますね。
では、
生物もエネルギーで、無生物もエネルギーであるならば、
無生物も「命」がある、あるいは、命である、と言えませんか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
動物と植物には「意識」がある。


0LIFE ちょうちょ

1.万物の霊長とされる人間は、高等意識を持っている
「考える葦」で有名な天才パスカルは、一緒に食事をしたこともないし、
お顔も知らないんですが、パスカルの言葉が収められた本を
最近初めて読みました。ざっと、ですが。
(パンセ・347)
人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。
だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。
蒸気や一滴の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、
人間は彼を殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬことと、
宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。
----パスカル『パンセ』 前田陽一・由木康 訳 中公文庫(1973年初版発行)

人間は葦のように弱い存在だが、考えるという点で巨大な宇宙より優っている
という解釈の他に、人間は考える能力を過信するなと戒めているという解釈もあるようです。

いずれにせよ、人間には「思考」があります。そして「意識」もあります。

この「意識」とは、自己の思考を客観的に観察している、人の内にある意識のことですが、
わたし、小学校低学年のころ、自分の中で自分を客観的に見ているこの“ヒト”は
なんだろう、自分だけに住んでいるんだろうか、といつも不思議に思っていました。
まあ、内向性の子どもだったわけですが、でも成長するにつれてそんなことは
次第に忘れてしまい、最近また意識するようになりました。内向性の大人ってことでしょうか。

2.動物たちにも意識がある
これは犬・猫・小鳥・金魚などのペットを飼っている人なら、誰でも知っていることです。

3.植物にも意識がある
1966年、アメリカのクリーブ・バクスターが行った実験が有名。
彼が室内の木の葉を焼いてみようと思った瞬間に、
木に付けた嘘発見器のポリグラフが反応したそうです。

クラッシックの名曲をBGMで流すと、牛のお乳の出が良くなったり、
野菜や草花の成長が良くなったり、醸造所では柔らかな味の酒が出来る話は
時々ニュースになりますね。

スコットランド北端の「フィンドホーン」というスピリチュアル共同体も有名です。
初め数人だけで荒地を開墾して野菜を作り始めたところ、乾燥した砂地の土壌と気候からは
通常育つはずがない種類の植物が育ち始め、出来るはずがない立派な野菜が採れ、
巨大なキャベツやカボチャが採れたことから評判になり、地質学者などが調査に訪れたそうです。


今回の結論 : 生物には「命」と「意識」がある

LIFE はくちょう

さて、生物と無生物は共に、ミクロの視点で見れば、原子であり、エネルギーでした。
つまり、生物と無生物は、本質的に全く違いはありませんでした。
そして、エネルギーは、生き生きと活動している力であり、命であるとも言えましたね。

では、そうすると、
生物に「命」と「意識」があるのであれば、
無生物にも同じく「命」と「意識」があるはずだ、という結論になりませんか。
(むろん、レベルの違いはあるでしょうが)

で、その話は次回のお楽しみということに・・・というほどのものじゃありませんが。

(つづく)
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あっそれ

本文よりアインシュタインとバクスターの両名のお話は、聞きます。エネルギーの発生を解く有名な公式ですね~。原発云々叫ばれてますが否定はしないのですが安全性を更に高めれば(これでもかぐらいに)より太陽に近づけれるものに!
そして植物も細胞活動あるものって生物で括ってます。(^o^)
温室栽培で食べる果物野菜も愛情注ぐ(音楽や言葉などなど)と美味しくだったり持続力が続いたりする例があります。
本能で感じてるのかなって(脳ないのに)すごいです生命って それに繋がるところが と 思いました。そして凄く解りやすくて、なんでしょす~っとするスピリチュアルチックな感覚にでもサイエンスなんだと。
次回も楽しみにしてますね。
リンクとブロともよろしいですか。ご検討を!

2012/03/01(木) |URL|たかのつめ [edit]

たかのつめさんへ。

たかのつめさん
コメント、ありがとうございます。
スピリチュアルな話はとかく同じような話になりやすいので、
少し毛色を変えて書きました。
読んでいただいて、うれしいです。
喜んで「リンク」させていただきます。

2012/03/01(木) |URL|バーソ [edit]

おバカな私は長文ってだけで頭が拒否しかけましたが
いろんな皆さんとお食事されたり、しなかったり
バーソさんv-219    (おもしろいです。)

私の中のイメージでなぜか
背の高い外人風(又性懲りもないって!)で、
風の中を歩いているスナフキンみたく想像していたので、
思わぬギャグに大笑いしてしまいました。

編集長と芸能人とのお食事v-271
私だって負けてないわ、病院に一杯芸能人来たもん!
と、張り合うところでした。v-10

アインシュタインさんとのお食事も考えたんですか?うふふ

人間は考える葦である位なら知ってますけど
公式は見ただけで蕁麻疹出そうかな。


一番納得して読ませてもらった部分は
動物も植物も意識があるって、ところです。
すごく共感して読ませて頂きました。♡

PS
私は車に乗る時、無意識で
(今日もお願いね!事故しないでいこうね!)と、車に言います。
私の友達はパチンコ台に(お願い出してね!)と言って
かしわ手をうちます。パンパンv-222

(意識あるんでしょうかねぇ。)アハハ

すいません。不真面目で・・・


2012/03/01(木) |URL|ゆりママ [edit]

こんばんは~。

自分が死んだら、原子レベルまで分解されて、その原子がまた何か別のものの構成要素になって。。。自分は消えても自分のものだった原子は循環し続ける。。。という想像をしては、わくわくしてしまうりんごです♪

もともとは、食べたり飲んだり排泄したり…という生命行為をしていると、およそ8週間で自分のものだった原子が世界中に広がって、他のものの構成要素になる…という話を聞いたのがきっかけだったのですが、それってなんてロマンだろう…と思いまして。

自分は個であっても、他のすべて(生きているものや生きていないもの)と繋がっていて…そう思うと、なんだか全てのものが親しみのある愛おしいものに感じてしまいます。

もしかすると、意識もそうやって繋がっているのかもしれない…そんな妄想に(笑)更に、わくわくしてしまいます。

続く記事、楽しみにしております☆

2012/03/01(木) |URL|りんご [edit]

バーソさんって、得体の知れない感じな人なのですね。

ものっすごい真面目な人なのかと思ってたら、ものっすごいユーモラス
だったり。

今回のお話も面白いです。無生物の意識と命のおはなし、どうなるの?

2012/03/01(木) |URL|abe [edit]

りんごさんへ。

りんごさん。コメント、ありがとうございます。

<自分は個であっても、他のすべて(生きているものや生きていないもの)と
繋がっていて…そう思うと、なんだか全てのものが親しみのある愛おしい
ものに感じてしまいます>

素晴らしい。パチパチパチ… りんごさんに拍手です!
もうすでに十分「スピリチュアル」の世界を知ってますね。
わくわくしてるのが、その証拠です。

宗教の制限だらけの世界より、はるかに自由で、ひろがりがあって、
愛を感じることができる世界に入っていますね。素晴らしいです。
この種の「愛」が、じつは最高の愛だとわたしは思っています。

「意識」も本当はすべて繋がっているんだそうですよ。
わたしはまだその実感体験がなく、学んでいる途上なんですが。

2012/03/01(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

abeさんへ。

あべさん、コメント、ありがとうございます。

はい、わたし、得体しれないヒトです。
あるときは、真面目一方の人間。酒もタバコも@もやりません。
また、あるときは、すごくミョーな人間。駄ジャレ大好きです。

<無生物の意識と命のおはなし>の続きは、
では、その意識の根源は…という話と、
精神的な「いのち」の話を考えています。

abeさんみたいに絵で表現できればいいんですけどね。

2012/03/01(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは、バーンさん☆

昔、生物学者の福岡伸一さんの
「生物と無生物の間」を読んだ事を思い出しました。

バーソさんの今回のブログを読ませて頂き
確かに無生物にも命と意識があるのだと思うと
全てのものに優しく、感謝の気持ちを持たなくてはと
という、気持ちを下さり、感謝です。

ありがとうございます。


2012/03/01(木) |URL|りもママ。 [edit]

りもママさんへ。

りもママさん、コメント、ありがとうございます。

<全てのものに優しく、感謝の気持ちを持たなくてはと
という、気持ちを下さり、感謝です>
素晴らしい感想を述べていただき、こちらも感謝です。

神が存在し、その神が愛の神であるなら、すべてのものにも
愛を受ける心と、愛を与える心があるはずです。
その愛を感じる意識もあるはずです。

感情と意識というのは、人間に与えられた宝のようなものですね。
ありがとうございました。



2012/03/02(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ゆりママ さんへ。

ゆりママさん
時間を掛けたであろうコメント、ありがとうございます。
面白くて、このまんまブログ記事が1つ出来そうですね。

Wikipediaに、原作のスナフキンは理知的ではあるが孤独を好み、
どちらかといえば人づきあいが苦手な人物、とありました。
理知的は別として、まあ、似てるかな、アハハ、です。
でも当初のイメージはそのまま継続でお願いしますよ。

「今日もお願いね!事故しないでいこうね!」は
後半が、事故を前提とした言い方ですよね。それよりも、
「今日もお願いね!楽しくいこうね!」のほうがいいかも。

「お願い出してね!」と消極的なお願いよりも、
「さあ出そうね、出るぞ」のほうが台がヤル気になるかも(~_~;)
かしわ手でもいいですが、かしわ餅でもいいかも。

2012/03/02(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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