「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 苦しみは、時に、いい教師になる。 

個人的なことですが、昨日の朝から突然 聴力が悪くなりました。
でもまあ、ある“気づき”があったので良かったのかな、という話です。

聞こえ方は通常の60パーセント程度。特に左耳のほうは高域が増幅され、
カン高いノイズとして聞こえるようになりました。
ちょうど動画撮影をしたら風の音が想像以上に録音されていて、
再生時に耳障りに聞こえることがありますが、それと似た感じです。

とにかく血流を良くしようと考え、足浴・手浴・ホッカイロ・栄養ドリンク・
ウイスキー入り生姜蜂蜜紅茶、ドライヤー、毛糸の帽子、厚手の靴下と、
種々試しましたが、直らず。

耳鼻科には行きませんでした。
だいぶ以前にひどい耳鳴り症状で診てもらったとき、
この種の病状は原因不明で直らない、と言われたことがあったからです。

まあ、全く聞こえないわけではないし、我慢してこのままいくか、
でも自動車免許の更新は大丈夫かな、と少し覚悟しました。

ところでなぜこうなったのか、夕方、原因を考えました。カゼは引いてないし、
寒さが原因ではありません。


joan-miro 2

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「精神世界」の ある仮説では、“自分の現実は自分が創っている”と考えます。

つまり、世の中に「偶然」はなく、自分の信念や感情や意識(や潜在意識)が、
周りの環境・状況・人間に、鏡のように映し出されている、と見ます。

ゆえに、その時の状況を分析してみれば、自分の内なる問題点が分かると考えます。

そこで、直近のことを思い返してみました。
考えてみたら、このところずーっと迷惑な音を出す 隣人のことで腹立たしく思っていました。
どうしてそんなに大きな音を出すのか、なんで常識がないのか、愛が欠けている、
と心中イライラし、腹立たしく思っていました。
(大体わたしは、テレビの『必殺仕置き人』や、黙示録の“必殺ハルマゲドン”は
正しいことだ、と思う傾向が以前は強かったのです)

で、問題は音の音量だと気づくと、ハッとしました。
あ、これが原因か、と思いました。
自分の心の中に、音がもっと小さくなってほしいという願望があったんです。
その願望という「原因」がおそらく、聞こえる音量が小さくなるという「結果」を
つくったのではないか、と思いました。「原因と結果の法則」です。


そこで、寝る前に、考えてみれば我慢できないほどの大きな音でもなかったな、
そんなに怒るほどでもなかった、自分が間違っていた、自分に愛がなかった、
と反省しました。

心臓のあたりに手を当てて、それを教えてくれた状況に感謝するようにしました。
音を出す相手に愛を抱くよう、内なる心に言ってきかせました (そんな状況で
愛を抱くのはちょっと難しいので、よく言って聞かせる必要があるわけです)。

そうしたら、思ったよりも気持ちを調整できました。なんだか心地よくなりました。
それで、明日の朝は聞こえがよくなってるだろう、とほぼ確信し、
安らかに眠りにつきました。むろん永遠に、ではありません。

そして翌朝。運よく、眠りから覚めました。
すぐ聴力を確認してみました。97パーセントぐらいは回復していました。

joan-miro.jpg
Joan Miro i Ferra (1893.4.20-1983.12.25)

むろん、症状は一時的なもので、たいしたことはなかったのかもしれないし、
そのうちブリ返すかもしれません。
これは単なる偶然だろう、と考えるほうが自然かもしれません。

でも今回のことで、自分に愛が薄かったことを気づかされました。
自分が学んでいることを自分に適用し、その効果を体験する いい機会が
与えられた(と受け取りました)。

以上は私的な実験のようなものであり、ひと様に推奨するものでは全然ありません。
再び同様の症状があった場合には耳鼻科に行くことにしています。


聖書には、いい言葉もあります。少々ニュアンスが違いますが、こんな言葉があります。
 詩篇119:71 「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。
 これによってわたしはあなた(神)のおきてを学ぶことができました」
神のおきては厳密に言うと一つしかありません。それは「愛」です。

このところ、個人的にですが、いいことが続いています。
街中に車で出かけると、一番いい場所に路上パーキングがちょうどそこだけ
空いてたりします。いいブログに出会い、いい知り合いができました。
いい本にも久々に出会いました。
→ コリン・S・ティッピング著『人生を癒すゆるしのワーク』太陽出版





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おせっかいなナースです。
もしかしたら(突発性難聴)なんていう病気のこともありますし、
病院いってくださいね。
聴力無くなると本当につらいものですよ。
お大事に・・

2012/01/24(火) |URL|hulamamayuriko [edit]

私は原因が特定できないじんましんに煩わされ…i-202
バーソさんのように自分でコントロールできればよいのですけどf(´-`;)
“自分の現実は自分が創っている”っておもしろいですね^^
そう考えるとなんだかムテキな気持ちになれます!

2012/01/25(水) |URL|じゅこすけ [edit]

hulamamayurikoさん、ありがとうございました。

ご親切、お気遣い、ありがとうございました。
今回は、自分の学んでることを試すという一面もありました。
耳のほうは、いまのところ大丈夫みたいです。
また難聴になったら、助言に従って、すぐ耳鼻科に行きます。
ありがとうございました。

2012/01/25(水) |URL|バーソ [edit]

じゅこすけさん、ありがとうございました。

原因が特定できない病気って困りますね。
体質を改善するしか方法はないのでしょうか。

体を温めることはなんにでもいいようですよ。
わたしは、百円ショップで買った温熱パック、
電子レンジで1分位チンして使う物ですが、
それを愛用しています。特に冬はいいですよ。

私は今回、自分でコントロールしたというより、
自分の学んだ考えはどうなのかと試してみた、
といったほうがいいでしょうか。そんな感じです。
だから、全然ムテキでもないんです。
まだまだ修行中なんです。

ありがとうございました。

2012/01/25(水) |URL|バーソ [edit]

よくマッサージして、お大事にしてくださいね。

人って、いろんなことに左右されやすい、意外と単純な生き物なのでしょうかね。v-7

2012/01/25(水) |URL|abe [edit]

顔文字使おうと思って使ったら、なんか変な顔をいれてしまいました。
初めて使ったので、まさか動く顔文字だとは思わなかった~。ごめんなさい。

2012/01/25(水) |URL|abe [edit]

abeさん ありがとうございました。

お気遣い、ありがとうございます。

確かに、いろんなことに左右されやすいですーぅ。はい。
なんたって、まわりによく気をつかうもんで (^.^)

確かに、単純な生き物なんですーぅ。はい。
なんたって、まわりに影響されやすいもんで (;^_^)

無人島で一人暮らしなら、人生の学びなど一切なしです。
でも人間の中に住み、いろいろあるので、苦あり、楽ありで、
だから自分自身を見つめ直せるんでしょうね。きっと。 (^o^)/

2012/01/26(木) |URL|バーソ [edit]

人の身体は…

バーソさん、はじめましてです。

訪問者リストから、お邪魔させていただきました。
大丈夫でしょうか?

耳の下や首の筋肉を緩めると、聞こえやすくなるとは聞いたことがあります。

確かに、聞きたくないって思っていると、
「おおそうか、じゃきこえなくしちゃおう」
って身体が反応することがあるみたいですね。

バーソさんは、身をもって体験したんですねぇ。
身体ってすごいですね。

気づきをありがとうございます。

2012/01/27(金) |URL|ぜん [edit]

ぜんさん ありがとうございました。

コメントとお気遣い、ありがとうございました。

“すでにやりたいことが叶った”と“思おうとした”のが、
わたしのワンステップとでも言うべきなんでしょうか。

あんまり、のんびりやタイプではないので、
少しずつでも変えていこうと思っているところです。

ぜんさんのサイトにもちょくちょく寄らせていただきます。
ありがとうございました。

2012/01/27(金) |URL|バーソ [edit]

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2012/01/27(金) || [edit]

はじめまして、バーンさん。

私も以前その様な事があり
耳鼻科に行きましたら
突発性難聴との診断でした。

ストレスなどからもきます。
あゆがなった病気です。

耳鼻科に行かれてみたら?

2012/01/28(土) |URL|りもママ。 [edit]

Re: タイトルなし

HIZAKIさん コメントありがとうございました。
訪問とコメント、ありがとうございました。

おっしゃるとおり、わたしは長年その宗教に所属していました。
以前は、エホバと聖書だけしか信じない狭い道を歩んでいました。

ものみの塔の聖書が一番しっくり読めるというのは興味深いですね。
新世界訳は字義訳的で、しかも日本語版は英語からの重訳なので、
普通は、読みにくいと言われることが多いようなのですが。

わたしは新世界訳では、預言書などは意味がつかみにくいため、
以前は、新改訳や新共同訳などを参照していました。
 
HIZAKIさんは、言葉の感性が鋭い方なので、
どういう点がしっくり読めるのかな、と思います。

今後とも、よろしくお願いいたします。

2012/01/28(土) |URL|バーソ [edit]

りもママさん ありがとうございました。

りもママさん お気遣い、ありがとうございました。

何人かの方に、病院に行くようにとのコメントをいただき、
行っとけばよかったかな、と思ってるところです。

でも今は一応収まってます。それに、10時間たったら意味がないと
いう話もありますので、次回は必ず耳鼻科に行きたいと思います。

ありがとうございました。

2012/01/28(土) |URL|バーソ [edit]

二回目のコメントです。
バーソさんのブログも、あっさり系で見やすいですね。
いろんな勉強してるんですね。

読んでいて自分でコントロールしたりするのすごいと思いました。
風邪の初期も熱が出る前から(ひどくなる前に治そう!)と、
薬を早くから飲んじゃあいけないんですよ。
熱が出て始めて人の身体の免疫系が動き出します。
だから、発熱して自分でも戦う身体の仕組みをわかるって大事ですね。v-22

2012/01/28(土) |URL|hulamamayuriko [edit]

hulamamayurikoさん、ありがとうございました。

またのコメント、アドバイス、ありがとうございます。

いよいよ当ブログにも、
「白い天使がやってきた」
のキャッチフレーズがピッタリになったなー、
などと思い、喜んでいます。

「熱が出て始めて人の身体の免疫系が動き出します」は、
なるほどそうなんですか、参考になりました。

身体の仕組みについては 全然分からない素人ですが、
免疫系の活用が大事なことは分かるような気がします。

で、免疫系を活発にするには、温めるのがいいのかな、
なんて思って、日頃そうするよう心がけています。

昔から病気とは色々付き合いがよくって、困りものです。
hulamamayurikoさん、またよろしくお願いします。

2012/01/28(土) |URL|バーソ [edit]

コンニチワ!

自分と、しんしに向き合う姿はとっても
素晴らしいです。
☆バーソ☆サマの人となりが伺えます!

きっかけをもらって、自分で自分の一部を悟らせるなんて~。

ワタシも見習わなければなりません。

全てあます事なく、☆バーソ☆サマの為にあるんですね~。

2013/01/22(火) |URL|なりびと [edit]

なりびとさん ありがとうございます^^)

あー、困りました。どう書いたらいいか。
どうも、褒めていただいているような、
あるいは、もっとそうしなさいよと諭されているような。
なんだか、禅の偉いひとから、心の奥に言われているような気分です。

ところで、ブログのプロフィールの紹介文に、
「見かけは真摯。中身はユーモア。」と書いてあるのをご存知でしたか(笑。

2013/01/22(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

昔から病院に頼りすぎる傾向があり、それでよけいに悪くなったことが多々ありました。

その後代替え療法的なものを使ってマシにはなってもよくはならず悩んでおりましたが、精神世界特有の「すべては自分の中にこそ原因がある」的な考え方を少し前に採用してからは少しは楽にはなりました。

面白いことにわかってる代替え療法の先生であればあるほどこのような説明をなさるそうです。

自分の中に原因があり、それを取り除かない限りは決して良くはならない、と。

病気は大事なことを気づかせてくれるものであり、決して悪いものではありません、と。

今こうして自分で書いているうちに自分の中に気づきが生まれ楽になってくるのを感じます。

2016/08/28(日) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
> 精神世界特有の「すべては自分の中にこそ原因がある」的な考え方を少し前に採用してからは少しは楽にはなりました。
 お、そうですか。それはえらい。学んだことを実際の行動に移す。なかなかできることではありません。性格が疑り深いほうではなく、信じやすいほうのようですね。私もそうですが。

 副作用が付きものの現代治療よりも、危険性が少ない代替療法がいろいろありますね。面白いのはホメオパシー療法で、これは症状を引き起こす物質を何千倍何万倍にも希釈して投与するもので、ゆえに効果は皆無だとか、頼ると危険だと言われていますが、それでも実際に治る人がけっこういるようです。“病は気から”という言葉がある通り、重い病気でも精神で治る場合があるようで、フィンドホーンが有名です。

 聖書の詩編作者の経験を書きましたが、ちょっと意味は違うものの精神世界の思考により、自分の意識を変えることで病状をやわらげられるようになったのであれば、これは素晴らしい。幸いな人と言えるのじゃないですかね。

> 今こうして自分で書いているうちに自分の中に気づきが生まれ楽になってくるのを感じます。
 おー、いまもそうですか。それはすごい。書くことで自分の意識がさらに強くなっているのでしょうか。意識は意識で強化できるのですね。
 しかし、楽になってきたというのは、今でも病気を抱えているということ。治るという明るい気持ちで病気と付き合っていければいいですね。

2016/08/28(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ああホメオパシーは非常にいい医学ですよ。
副作用ゼロはですし。

しかし私にはあいにくあまり効きませんでした。
効かないし、たっかいので止めてしまいました。

あの頃はまだ気づきがありませんでした。だから効かなかったのだと思います。
今飲めば効くのかな?

食べないことで、つまりは断食で治る方もいらっしゃいますね。ガンであろうが難病であろうが治ってしまいます。
何故効くのかはよく知りませんが、食べない苦痛を乗り越えることで精神状態が良くなり病気が癒えるのかもしれません。
そういえば仏陀もイエスも断食なさられましたね。

お察しの通りまだ完治はしておりません。
ですが何かしら気づきがあると病状が癒えるため何かここにヒントがあるようにおもいます。

2016/08/28(日) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
> ああホメオパシーは非常にいい医学ですよ。・・・
しかし私にはあいにくあまり効きませんでした。
効かないし、たっかいので止めてしまいました。

 ホメオパシーまで試したということは、いろいろ試した、つまり難しい病状だったのでしょうかね。古来、聖人と呼ばれるような人でも重い病気に罹ってる場合があるのは、自分で人生の課題として選択しているのだそうですが、

 しかしホメオパシーが高価だと聞いたらは、どうも私にも効きそうもないと思いました。モノでもスピリチュアルでも何でも不当に高過ぎるものは大嫌いで、薬は良いものでも、高く売る人が信用できません。

 断食で治る話も、そうですね、そんな本を読んだことがあります。確かに「苦痛を乗り越えることで精神状態が良く」なることもあるのでしょう。あるいは最後は身体が本来持っている治癒力を使うということでしょうか。断食は健康のためにも、、自己の内面を観るときの助けにもいいようです。

> ですが何かしら気づきがあると病状が癒えるため何かここにヒントがあるようにおもいます。
 そうですね。何事も自分のプラスになる、人生に失敗はない、全部自分で決めている。そう自分の意識で思えれば、病気とうまく付き合っていけそうです。がんばってくださいね~。

2016/08/29(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/12/05(月) || [edit]

Re: すごい!

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 私は薬の副作用による耳鳴りが持病で、この頃より今は少しノイズが増えています。

 これはスピリチュアルの本を読み、何事も意識がつくっていると学んだので、では突然の原因不明の難聴発症に適用してみようと思っただけの話で、たいしたことじゃないのです。
 
 いま読み返してみると、聞こえの程度は60%と書きましたが、聞こえにくさは60%だったものの、ボワボワという大きな雑音の被害のほうがひどく、そのまま治らければ精神がやられてしまいそうなほどの酷い状態でした。

 医学はひとを治したり癒したりするのが第一の目的でしょうが、そこに金儲けの考えが入ってくるので、必要のない薬をたくさん出したり、本当に治る薬が開発されたら邪魔したりということがあるのでしょう。
 でもまあ、この世の中のことには、あまり気を取られないようにしたほうがよさそうですね。

2016/12/05(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

必然と云う偶然

お早うございます
或る日
前掛けをして玉を押し出しました
ビリヤードでございます
二十歳を少し過ぎた頃でありました
後楽園で買った馬券は外れ
錦糸町で買えばよかったのにと思いました
とほほ

その場にいた高校からの友人と飲むことに
場所は町屋でした
その友人に紹介されたのが今の・・です

馬券が当たっていれば
銀座で酒池肉林?
今ここで暮らしてはおりませんでした

想えば数奇な人生だったと言えなくもありません
(まだ終わってはおりませんが・・)

ば~そさんの言うとおりであります
体の不具合などで外出をしなかったお陰で
事故には出会わなかったとか・・・
これは体内に誰ぞが潜んでいて
袖を惹いたからに違いありません

お陰さまで
余りにも実感することが多かったでしゅ
あはは。

2016/12/07(水) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: 必然と云う偶然

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
 こんな節分も、否、拙文も読んでいただいて、有難き幸せです。

 後楽園で外れたが、町屋でいい配偶者に当たった、というお話でしょうか。もし後楽園で当たっていたら酒池肉林。町屋で外れていたら、なんなんでしょう、まあ、今の堅実で快適な生活はなかったということなんでしょうかね。

 今までは数奇な人生でしたか。波乱万丈。紆余曲折。有為転変。悪戦苦闘…をくぐり抜けてきたということなら、人生の泳ぎ方が非常にうまいのか、相当に運が強いのか、とにかく懸命に賢明に生きてきたということでしょう。いろいろあったようですね。ただボーッと生きてきたのではないらしいことは、写真のお顔からもうかがえます。
 
 おっしゃる通り、人生は、人間万事塞翁が馬のところがありますね。
良くないと思っていたら、結果的に良かったとか、その逆があったりとか、人生とは面白いものです。偶然のように見えて、必然ということも多々ありそうです。でも今ははいろんなことを面白がって暮らしているのではないですか。いつも最後は、あはは、ですし。

2016/12/07(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん・ワールドを楽しませて頂きました。

ありがた〜い気持ちの湧いて来るブログ記事さんたち...あちらこちら拝読させて頂きました。お世話になりました m(_ _)m

バーソさんは、他の記事のコメント欄で「視野の片隅にぴかっと光るものを見たことが何度かある程度ですね。」と書いておられました。霊的(?)な経験はご自身はあまりないのだと仰るのに、”原因と結果の法則” とか "宇宙は生きていて、意識で満たされており、すべては無限の全体に属している" などといった世界を、確信を持って信じておられるご様子がたくさんたくさん伝わってきました。

人が何かを信じるのには、"経験" というか "起きる出来事とそのことにどのような意味を与えるか?" みたいなことがかなり影響すると感じています。バーソさんは「『一見、霊的体験のように見えない霊的体験』をとても豊かに重ねていらしたのでは?」と思いました。ご自身はトラブルメーカー的な要素からは程遠い人々(抱えている深刻な現状は自分以外の人が作っているように見える状況下で生きている人々?)ほど、こちらの記事で書いておられるような “自分の現実は自分が創っている” とか "世の中に「偶然」はなく、自分の信念や感情や意識(や潜在意識)が、周りの環境・状況・人間に、鏡のように映し出されている" といった考え方を、抵抗なくすんなりと受け入れるように感じます。


ご自身の "思考" の領域で為したことのように思えることも、霊的な力による影響が大有りなのではないかと感じたりするせいでしょうか、バーソさんはさりげない形で霊的体験を積みたい魂を持っておられるのかなあ・・・と思いました。こんなにも霊的なロジックに違和感なく寄り添えるお姿を拝見すると、体験の少ない方にはとても見えません。


次の言葉がとてもステキでした。「どんなものでも善あるいは悪の目的で使えます が、それ自体はそのどちらでも ありません。私たちが、それにパワーを与える選択をして、ネガティブあるいは ポジティブな判断をしているだけなのです。 あらゆる時間がかけがえのないもので、再現することはできません。 ある時間から次の時間へと感情の荷物を持ち運ばないようにしてください。 ただすべての瞬間を最大限に生かし、精いっぱい生き、自分が幸せになることを してください。」

私もほんとうに、この言葉のように生きたい(←ということは「ま〜だまだ」ということです)と思いますし、もし皆がこのように生きる《心の ”状態”》になることができれば、「みんながみんなに憧れる社会の実現」だって不可能ではないと思っています。

変なことばかり書いちゃいました。この辺で失礼致します。ありがとうございました。

2016/12/25(日) |URL|HeartLiberty [edit]

Re: バーソさん・ワールドを楽しませて頂きました。

HeartLibertyさん コメントありがとうございます^^)
 過去記事もかなり読んでくださったようですね。自分の過去のことは思い出すと、懐かしいという気持ちと、恥ずかしい気持ちがまぜこぜになって妙な気持ちです。

 私は、あちらの次元を垣間見たというような特別な霊的経験はしてないのです。
 その理由は、自分自身の霊性がそこまでに至ってないように思いますね。精神世界の本を読むのは大好きで、最大の関心事でもありますが、内面はそれまでのレベルではないのだろうと自分では思っています。
 もうひとつの理由は、長年聖書を学びましたが、聖書ではそのような経験は悪霊の支配下に入るものとして禁じられているので、そういう意識がひょっとしたら潜在的の底部に残っているのかもしれません。

 スピリチュアルなら何でも好きだというわけではなく、幽霊や地縛霊のようなものが出てくる、おどろおどろしい話は好きではありません。

 ですが昨今は、無神論的な考え方をしていた人が何かのきっかけで啓発され、突然違う次元の世界に移動したりすることが多いようで、私も突然にそうならないかと調子のいいことを思うことがありますが、でもこれはそれを強く求める執着心が強いとダメなようですね。
 
 私は宗教のいい点もそうでない点も熟知したつもりなので、よりスピリチュアルのことがよくわかるような気がします。
 その神は人格神ではないのがいいです。その教えは世界を平和にするのに、そして自分の内面を平安にするのに非常にいいものだと思っています。宗教のように意味のない規則や所属すべき人間の組織がないのもいいですね。人間的なくだらなさに影響されないで済むのも非常にいいと思っています。

 なにか気づいた点があれば、教えていただければ幸いです。
 私はひとから親切心で何か言われて怒るようなタイプではないので、遠慮なく教えてくださいね~。(^^♪

2016/12/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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