「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 人生はマネーゲームか。将棋の「王」と「玉」の違い。 

江戸南町奉行の根岸鎮衛が書いた随筆『耳嚢』 みみぶくろ に珍談奇談が記録されている。

寛政七年(1795)秋、木星が月の内を抜け(て隠され)る木星蝕が起きた。
人々は、この天文現象はどんな吉凶の前兆か、と恐れ怪しんだ。

そこで奥医師の橘宗仙院が即妙な狂歌を詠んだ。

 月の内に 星の一点 加うれば 目出度めでたき文字の始めなりけり

「月」の字の底部に、一つの「星=点(ヽ)」を水平気味に加えれば、空きが左右
 つながって「目」の字になる。「目」は「目出度い」言葉の始めというわけだ。


月による木星蝕ではないですが、木星の衛星が3つ影となっている珍しい写真です。
qwedc.jpg
Rare Triple Eclipse on Jupiter (NASA, Hubble,)

月に星が一点加わって目の字になる、このイキな話は「月も知ってる俺らの意気
地~」と続いて、「吹けば飛ぶよな将棋の駒」※1の意外な話となりますよ。(笑)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
王の内に一点加うれば、ああ、宝玉の玉(ぎょく)となる。
世の中は「点」が有ると無いとで大違い、という話を将棋のルールで説明します。

●王には、おうと、点のついたぎょくがあり、棋譜では共に「ぎょく」と呼ぶ。
駒の由来は、平安時代の貴重品である金・銀・桂(肉桂・シナモン)・香(香料)か
ら来ていることを考えると、宝玉の「玉」が元の字であったと考えられる。※2

玉が王になった由来は、豊臣秀吉が「王は一人でよい」と言った説などがある。

飛車角行は、「飛ぶ車」と「角(四隅)に行ける」の意か、あるいは「馬車」
と「牛車」の意か。戦車や騎兵のように敏速に動ける強力な武器と考えられる。

歩兵が勇敢に敵陣に入ると「と金」となり、「金将」と同じ働きが可能になる。
歩兵の裏側に書かれている「」の字の由来については、幾つかの説がある。
・「歩」は「止」を2つ合わせた字で、「止」のくずし字は「と」である説。
・「金」のくずし字(草書体)である説。なるほど、銀や桂の裏はそう見える。
・「今」のくずし字説。万葉仮名では発音が同じなら、金を今(きん)と書けた。
・「と金」とは「鍍金」すなわちメッキの金のこと。作家・井沢元彦氏の説。

 akkke4.jpg
 by shinelec  http://shineleckoma.web.fc2.com/


●布陣は、最前列に歩兵、二列目に飛び道具、最後列に玉と金銀香の財宝がある。
玉以外の駒を捕ったり捕られたりして戦い、最後に相手の玉を降参させれば勝ち。


 j-chess-01.jpg


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
人生はゲーム。相手を殺すまで戦うか、相手も活かすか。

●将棋がチェスと違う最大の点は、奪った駒を自軍の持ち駒として使えること。
戦後、占領軍のGHQから日本将棋連盟に呼び出しが掛かり、こう非難された。
「将棋はチェスとは違い、敵から奪った駒を自軍の兵として使う。これは捕虜虐
待という国際法違反であり、野蛮なゲームであるために禁止すべきである」


しかし関西本部長代理の升田幸三が、見事に反論して事なきを得た。
「チェスは捕虜を殺害している。これこそが捕虜虐待である。将棋は適材適所の
働き場所を与えている。常に駒が生きていて、それぞれの能力を尊重しようとす
る民主主義の正しい思想である。・・・・男女同権といっているが、チェスでは
キングが危機に陥った時にはクイーンを盾にしてまで逃げようとする」
Wikipedia


●将棋は戦争ゲームというよりは、経済戦争すなわちマネーゲームである。
dakuseu_.jpg井沢元彦氏の説がなかなか面白い。
「倒した相手の駒がゾンビのように復活して、
味方の持ち駒になるというルールは、日本人の
オリジナルで、世界中どこを探してもない。
『歩』という使用人と『飛車』『角行』という
ガードマンに守られた玉や金銀といった財宝を
奪い合うのが将棋。
将棋は、二つの陣営に分かれて経済戦争をして、
相手の基本財産の『玉』を差し押さえたら(つま
り追い詰めたら)勝ちというマネーゲームだ」
(『逆説の日本史8』第四章より要旨)

将棋が敵を殺さない独特のルールになった理由は、日本人
のケガレ思想と言霊思想があると言っている。※3 
 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
では自分は、どのように人生のゲームをするか。

さて、人生では、王の座を獲たい、玉の富を得たいと思う人もいるでしょう。
人が力いっぱい努力した結果としてそうなるのは、別に悪くないでしょう。

自由主義の世の中では、勝者がいれば当然、敗者も生じますが、
大抵の人は、自分が敗者側でなければ、それでいいと思って満足しています。

本当は、敗者とか負け組(嫌な言葉です!)を作らない社会が一番いいはずです。
でもそれが無理なら、せめて弱者を気遣う気持ちは忘れないでいたいものですね。


                

 

《補足》
※1:『王将』は村田英雄のヒット曲。作詞は西條 八十(やそ)で、さすがに名歌詞です。

※2:『万葉集』巻五に、「銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も 何せむに 勝れる宝 子に及(し)かめやも」という山上憶良の歌があり、玉が金銀と並んでいます。

※3:『ケガレ思想』とは、死や血、争いなどを忌む宗教的考え。敵の敗者を手厚く葬って祀ることで、死者が怨恨ゆえに生者に災厄をもたらすことを避ける。『言霊(ことだま)思想』とは、言葉は口から発すると現実化する力があるとする考え。これは忌み言葉を避けること。

☆参考書:根岸鎮衛(著)『耳嚢・中』長谷川強(校注) 岩波書店

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ルール

バーソ様
おはよう御座います。

チェスも将棋も詳しくありませんが駒の動かし方だけは知っています。
プレーする方もですが将棋の取った駒を使うというルールを考えた人は実に頭がいいですね。
今売り出し中の藤井君より優秀かも。

本を読まないので作家の名前も殆どわかりませんが井沢元彦氏はテレビの歴史番組に良く出てきますので知っています。切り口が他の人達と違うので痛快です。

点があるかないかは罪人の額に入れる刺青で聞いたことがあります。
1画づつ描いていき「大」という文字までいき、最後に右上に点をつけて「犬」になるそうです。
なかなか面白いですね。

愛新覚羅

2017/06/24(土) |URL|aishinkakura [edit]

将棋の駒は人生縮図

>「月」の字の底部に、一つの「星=点(ヽ)」を水平気味に加えれば……

木星蝕の現象に対し、まるでトンチンカンに思える歌ですが、
「目出度い」に結びつけ、人々の怖れを煙に巻くとは、さすが奥医師。
病は気からの仁術者ですね。

将棋……アマチュアですが、家族に七段がいて、
ゲームの奥深さは知っています。
やはり、“常に駒が生きていて、
それぞれの能力を尊重”というルールにぞっこんのようです。
おかげで兄も姉も、強いです。(やらないのは私だけ)

勝者、敗者の人生ゲームは肯定派です。
やはり目標と土俵(舞台)は必要不可欠。
向上心なくして進化はありませんもの。

勝負ごとに関しては、なりたい自分との闘いだと思えば、
軋轢を生むこともないのですが、
どんな世界にも妬み、誹る輩はいます。

思うに……『負け組』と思うこと自体が問題かも。
昨日の敵は今日の友とも言いますし、
勝者より敗者の方が、より多くを学ぶような気がしますし……。(^_^ ;)

2017/06/24(土) |URL|風子 [edit]

Re: ルール

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> 将棋の取った駒を使うというルールを考えた人は実に頭がいいですね。
 本当にそうですね。日本人独自のルールだそうで、日本人が敵を殺しまくりたくはないという心情、ないしは信条を持っていることが表れているようです。自然を大事にする農耕民族と、動物を殺して暮らしている牧羊民族の違いを見るようでもありますね。

> 井沢元彦氏はテレビの歴史番組に良く出てきますので知っています。切り口が他の人達と違うので痛快です。
 あ、そうでしたか。私はテレビでは見たことがないですが、本のほうは面白くて、だいぶ以前に全巻読んで、つい最近この第8巻を読み直したばかりです。井沢氏の歴史解釈は推理小説を読み解くようで、確かに独自で面白いですね。最近は、藤田4段14歳の活躍が素晴らしく、28連勝を遂げたので、将棋の話を書く気になりました。

 その刺青の話は初耳です。最後の点で決めるというのは「画竜点睛」の話みたいですね。「大」の字が「犬」になって、彫られた人はがっかりしないのでしょうか。里見八犬伝ならいいのでしょうが。(笑)

2017/06/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

耳嚢への言及、前にもあった気がして調べてみたら、
バルドーとかクルーニーのビフォア・アフターの記事でした。

江戸時代に木星蝕が話題になったとは、江戸時代の
庶民の知識レベルの高さに驚きます。
木星に二つの衛星と三つの衛星の影、初めて見ました。
衛星と影の距離の大きさが衛星と木星の距離を表して
いるんでしょうか。

将棋に疎くて王将の他に玉将があることも知りませんでした。
調べてみると(私、なんでも調べるグーグラーです(笑))、
目上の方が王将を使うらしいです。そうすると藤井君は
しばらくは玉将を使うんでしょうね。

世の中は「点」が有ると無いでは大違いというフレーズを
書いておられるからこれはご存知ですね。

フグに毒あり、福に徳あり
人が茶を飲み、蛇が人を飲む
はけに毛があり、はげに毛がなし

2017/06/24(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: 将棋の駒は人生縮図

風子さん コメントありがとうございます^^)
 将棋は相手を選ぶところがありますね。20代のときに、職場の昼休みに上司に勝ったら、盤をぶちまけられたことがあります。他のときに、子供に勝ってしまい、あとで、ああ負ければよかったのに、と悔やんだことがあります。将棋は、勝ってもいい相手と負けたほうがいい相手がいるようですね。(笑)
 
> 勝者、敗者の人生ゲームは肯定派です。
やはり目標と土俵(舞台)は必要不可欠。
向上心なくして進化はありませんもの。

 風子さんなら、そうだろうと思っていました。今まで勝ちまくってきた人生でしょうから。才能と意欲が人一倍ある人は、それを抑えようとする気持ちどころか、自然にそれが出てくるのじゃないですか。
 ただ、負けることが多かった人は、特に能力の違いによる敗北感とはつらいものだと感じているでしょうね。どうしようもありませんから。

> 勝負ごとに関しては、なりたい自分との闘いだと思えば、
 そうですね。「なりたい自分」になるというのは悪くはなく、むしろ目標は持った方がいいと思います。ただ、それが「自分との闘い」なら全然問題がないのですが、そうではなく、他者を蹴落としたり足を引っ張ったりして、そうなるのであれば、ただただ醜いばかりです。
 で、そういう人がけっこう多いのですね。私の人生体験でもそう思うことが何度もありました。
 私は、例えばスポーツの試合などで、相手のミスでかろうじて勝つよりも、正々堂々と自分の力を出し切って大敗するほうが気持ちがいいだろうと思うのですが。

> 勝者より敗者の方が、より多くを学ぶような気がしますし……。
 はい、誰もがそう思えればいいと思います。山があろうと谷があろうと、愚痴は言うまい、これが男(女)の生きる道だと思います。(^_-)

2017/06/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 あらー、またググったのですか。ずいぶん知的好奇心が旺盛で、ほんと、感嘆します。エリアンダーさんは、迫害されて、それでもあなたは地球が回ってると言うのかと詰問されたら、いいえ、グーグルで回っていると答えそうですね。(笑) はい、真面目な話、「耳嚢」の話は今まで幾つも引用して書いています。エリアンダーさんのブログと同じく、この本も面白ネタの宝庫です。助けられています。

> 江戸時代に木星蝕が話題になったとは、江戸時代の
庶民の知識レベルの高さに驚きます。

 そうですね。当時の江戸はおそらく人口は世界トップ。江戸末期に、世界を回ってやってきた外国人が、江戸ほどきれいな都市は見たことがないと本に書き残しているそうで、現代と同じようです。
 識字率もおそらく世界最高。江戸っ子は文芸絵画にも多大な関心を示したようですが、この木星蝕のときも、当時の武士二人が目撃して、蝕の時間を振り子時計の原理を利用して何か手持ちの物を振りながら、歩きながらだったか、正確に測ろうとしたという記録があるそうです。

 ちょっと前、伊能忠敬の特集番組を見ましたが、木製の天文測量道具がきちんと造られていて、だから日本地図もあんなに正確に造れたのかと思って感動しました。あの人も隠居の身分で、あれだけの活動をしたのですから、体は衰えても学問への意欲というのは衰えないのですね。
 
> フグに毒あり、福に徳あり
 はい、じつはこの最後のフレーズを書きたくて、ウズウズしたのですが。(笑) 世の中は澄むと濁るの両方があり、面白いものです。
 しかし、あまりにも澄むと住みにくくなり、あまりにも濁ると生きにくくなり、でももう少し澄んだほうがいいなあと思います。(^_-)

2017/06/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

藤井四段が29連勝で、日本将棋会始まって以来の快進撃を続けています。
若き頃の羽生名人も凄いと思いましたが、それ以上の天才棋士の出現です。
ただ「勝つ事ばかり知りて、負くる事を知らざれば、害その身に至る」(徳川家康)
との至言もありますので、もうそろそろ人生の教訓を得る為に負けてはいかがか?と思います(笑)
でも、駒が復活する如く「転んでもただでは起きない」のが日本人…その証拠に敗戦しても見事に復活しましたからね。

2017/06/24(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
 藤井四段はやはり29連勝しましたか。テレビで中継してくれれば見たいのですが。今は将棋の世界でもコンピュータのほうが強い。人間的に経験や研鑽を積むことよりも、メモリーと演算力の優れているほうが強いのでしょうかね。藤井四段は、勝負勘も優れているようです。
 幼少の頃から強かったそうですから、努力もあるでしょうが、先天的なものなんでしょう。クラシックの音楽家にこういう人がいますね。生まれながらの才能のほうが後天的な体験と努力を上回る。いいのか良くないのか。どっちでしょう。(笑)

> 「勝つ事ばかり知りて、負くる事を知らざれば、害その身に至る」
 家康らしい言葉だと感じます。信長なら反対のことを言いそうです。

 人生で、何かの分野で有名になろう、何かをやり遂げよう、成功しよう、裕福になろう、というのは全然悪くはなく、むしろそういう人生目標を持つほうがいいと思いますね。やる気と人生目標と勤勉さのない人ほどつまらない人はいません。
 良い・正しいとひとが勧めることよりも、自分で楽しいと思えることをして生きていくほうが最高で、それが本来だと思いますね。そうでないなら、この地球に、この自分として生まれてきた意味がありません。

 向上心と闘争心は違うはずですが、得てしてこれを同一視するひとがいます。向上心は自分自身が上に行きたいという気持ちです。闘争心とは自分以外の者を落とそう、そして自分だけ抜きん出ようという気持ちです。結果は同じようでも動機と価値はまるで違います。

 誰かと何かの論議をする場合でも、向上心のある人は、お互いに正解(共通の理解)に近づけるよう、もっぱら話の論点を軸にして話し合いをします。ところが闘争心の強い人は、相手をやっつけることを目的とするでしょう。そういう人は、正解を出すことが気持ちいいのではなく、相手を敗者にし、自分が優越感を感じることが気持ちいいのです。
 闘争心で上に上ったような人は、秘書をハゲ頭と呼んだりして偉そうな態度を取ることに、その精神状態が表れるのじゃないですか。(笑)

2017/06/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ごめんなさい。どうしてもエリアンダーさんのコメントに反応してしまいます。
「はけに毛があり、ハゲに毛がなし」
「この、ハゲー!」
「どれだけ私の心を叩いているっ!」って言われてもね。
「これ以上私の評判を落とすなーっ!」て叫ばれてもね。
最近で一番笑いました。
藤井4段は本物ですねえ。頼もしい。
羽生さんと、渡辺さんと、ああ、そうだ三浦さんと、
AIさんとも、対戦して欲しい。

2017/06/24(土) |URL|宝香 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん コメントありがとうございます^^)
 おやおや、宝香さんのような妙齢のご婦人が反応し、書かずにはいられないような言葉ですかね。そうですね、持つようなことですね。東大の法学部出で、ハーバードにも留学したことのある、うら若いとも言えない、42歳ですか、そんなにすごそう顔には見えない女性の代議士があんなことを言ったのですから。元秘書からは「顔面打撲傷」「左上腕挫傷」等の診断書が出されているとか。いくら相手がハゲだとしても、面と向かって言ってはいけないという教訓を身に染みて教えられるようなニュースですね。幸い、私は頭髪はたくさんありますから、その点だけは大丈夫ですが、頭髪で包まれている中身のほうがいろいろとやかく言われそうで、そっちの方面はちょっと不安感があります。で、渡辺とか三浦さんというのは例のコンピュータ将棋の不正問題で名が世間に知れ渡ったひとですか。もうAIのほうがこれだけ強くなったら、記憶能力と演算能力は並の人間よりはノートパソコンのほうが上でしょうから、将棋のプロも情けないだろうと思いますが、しょうがないですね。それよりもやはりわずか14歳の少年に大人のプロが負けるほうがショックが大きいでしょう。彼らの心は相当ハゲしく叩かれたでしょう。評判も相当落とされたでしょう。代議士さんのほうは入院してごまかそうとしてますが、将棋の大人のほうはそうもいかず困ってるのじゃないですかね。追伸。いや、修正します。すごい顔してました。(笑)

2017/06/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/06/24(土) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 非常にいい質問です。こういう質問は好きです。本当はブログでも書きたいテーマです。
 よく考えて書きたいと思いますので、少し時間をください。明日中に、そちらのほうに書き込ませていただきますね。^^)

2017/06/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/06/24(土) || [edit]

バーソさん、こんばんは^^

「本当は、敗者とか負け組(嫌な言葉です!)を作らない社会が一番いいはずです。
でもそれが無理なら、せめて弱者を気遣う気持ちは忘れないでいたいものですね。」
これは全く同感です。
でも、昔に比べて昨今は、いわゆる勝ち組の人たちが、あまり弱者を気遣わなくなってきているのではないでしょうか。
自分は「努力した」から当然のものを得ているのであって、負け組の人たちは「努力しなかったから」自業自得なんだと思うような人が増えているような気がするんです。
グローバリストというのは、どうもそういうところがあって、お金儲けのゲームに勝手に励んで、そのゲームに参加する気もない大勢の人たちを負け組扱いして、中間層を圧迫していっているような気がします。
たとえば規制緩和ということがよく言われますが、規制というのも必ずしも悪いものではなく、比較的弱い立場の人たちが、それによって守られているようなところがあるのではないかと思います。
たとえば生活上必要不可欠なもの(人が絶対に買わないと済まないもの)の規制を取り払って自由競争にすれば、良くもないものが高くなって、大勢の人たちが損をすることになると思うのですが、「規制は悪」ということで、そういう方向を押し進めてお金儲けをしようとする人たちに、自分たちは「努力」している「勝ち組」という顔をされても、何だかあまり納得できないんです・・。

社会的に成功している人たちが、社会を支えるという役割を自覚して受け持っていた、昔の伝統社会というものの方が、私は良かったような気がしています。

ところでバーソさんは将棋をなさるんですね^^
お強いのですか?

2017/06/25(日) |URL|Ariane [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメsさん コメントありがとうございます^^)
 藤井四段は終始、顔が下向き加減でいるのがいいですね。やったぞ、勝ったぞ、という派手なアクションをしません。謙虚そうで、日本人好みです。たいしたものだと思います。
 卓球もあの銅メダリスト水谷にかった13歳の少年がいます。サッカーにもいました。ちょっと前はゴルフにいました。外国には、ちょっと前に、アインシュタインよりも知能指数が高いと言われた12歳の少女がいました。こういう話が最近は多いですね。今の地球は、そういう時代なのだそうですが。

 生まれながらの才能とは、天与の才能とも言われます。人間の努力はたいしたもので、それが文明や文化を作ってきたのですが、天の才能、天の智慧とはすごいものですね。それによって特別変異のように、物事が一段階以上向上します。世界にはだんだんこういう人が増えてきて、少し以上は良くなっていくような予感がします、というより、そう期待しているのですが。^^)

2017/06/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん コメントありがとうございます^^)
 ああ、同意していただいて、うれしいです。
 勝ち組は努力したのだから今の安泰は当然。負け組は自業自得。そういう考えは弱肉強食の動物の世界を見習っているのですね。そうなら、人間は、人間に比べたらはるかに知恵と思考力の劣る動物たちと何ら変わらない存在だということになります。

 昔のアメリカがあれだけ富んだ国だったのは、弱いものに目を向け、助けるピューリタン精神が強かったからだと思います。
「社会的に成功している人たちが社会を支える役割を自覚して受け持っていた」。そうです、そういう良い気概がその後、国民全体に減ってきたので、かつての栄光がなくなった。だからトランプのように自国さえよければいいという人が大統領になった。あれはトランプが悪いのではなく、選んだ国民の総意ですから、アメリカ人が全体的に利己的になったのです。イギリスがEUを離脱したのも国民の総意です。昔、ヒトラーが出てきて戦争を起こし、ユダヤ人を虐殺したのも、ヒトラーが悪いというよりは、彼を選んで支持した国民全体が悪いのです。つまりは世の中の政治が良くないのは、国民の集合意識が良くないのですね。

 人は自由意志で生きる生き物です。みんなが同一平等である必要はありません。みんなが画一的に生きるのは間違いだというのは、共産主義国家の失敗が教訓となっています。しかし生きるための最低の保障は、生きる者全員に同一にあるべきです。地球には資源が十分にあります。今は足りないと思われているのは、わずかな数の富裕な人たちが世界の富の大半を握りしめているからです。多くの人たちが、富が一部に集中して、全体に行き渡らない世の中を当たり前だと考えているからです。

 以前にも書きましたが、今の国連をなくして、世界の国が全部加入して、大国の拒否権のない、新しい世界連合を作るべきです。そしてその世界連合だけが軍隊を持ち、裁判所を持ち、世界の福祉政策などを総合的に管理し、必要な指示を各国に出しします。利己主義で反対する大国の拒否権がないので、問題は全体の多数決で解決します。もし国家間の紛争が起きれば世界裁判所が判断をして、裁決が出たら、それで終了。それ以上争うことはできません。もし隠していた武器などで反抗する国があれば、強力な武器と圧倒的な戦力を持つ世界軍が出て行って事態を収めます。それらの費用は各国の均等公正な分担金でまかないます。

 大体が、現代の巨大な軍備費用がなくなるだけで、世界の飢餓と貧困はなくなります。貧困がなくなれば、犯罪やテロは激減するはずです。感情の苦々しさもなくなり、人と人が憎しみ合うことも減るはずです。そうなれば世界はもっと素晴らしい地上の楽園に近づきます。楽園化は神がするのではなく、地球の管理を任された人間がするのです。

 そうするのは人々の集合意識です。集合意識は個々の人の意識の集まりです。個人の意識を変えていくには学校教育を変革して、知識の詰め込み教育ではなく、隣人愛や倫理や責任感を第一に教えます。昔の修身教育とは違います。人間としての基本の人格を変えるように幼い時から教えることを主眼とするのです。そうしていけば、やがては、小さな心に蒔いた小さな種が必ず芽を付け、いつの日か必ず大きな花を開かせると思うのですが。やはり、初めに意識ありき、ですね。
 
 将棋は若い頃に職場の昼休みにしたことがあります。あまり守りに徹するのが好きじゃなく、攻める一方の戦い方をするほうです。なので、勝つときは早く、負ける時も早いです。(笑)

2017/06/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

生存権と支配権

 チェスは異民族同士の生存権を争う殲滅戦。将棋は支配権を争う内戦です。
 チェスは価値観の異なる異民族同士が、一つの土地に於ける生存権を奪い合うのですから、打ち負かした相手の居場所などありません。さっさと消すのが吉。
 一方、将棋は土地の支配権をめぐる上層階級同士の権力闘争ですから、戦うのは庶民であっても、戦争が終わったら支配地に於いて働いてもらわなければならんのです。支配する土地の「付属品」は殺してしまったら土地が荒れるだけなのであります。
 源平合戦に於いて平家は滅びましたが、鎌倉政権は事実上、北条氏(平氏)の政権でした。南朝方の伊達家は室町政権と結びつき奥羽ででかい顔してました。戦国時代、急拡大した徳川政権を支えたのは敗者であった今川や武田の家臣であったのは知る人ぞ知る事実。
 敵を取り込み組織を大きく成長させる。別に日本に限るものではありませんが、相手を殲滅するだけでは組織は小さいままなのです。大きくなりたければ飲み込むしかないのですな。

 勝ち組、負け組。うーん嫌な言葉です。どっちかってーと負け組人生の私めとしましてはてやんでぃべらぼーめってな具合です。しかも勝ち組の勝ち方と言うのが人を出し抜く事で得た一時の勝利にしか見えんのですな。安売り攻勢で一時の繁栄を謳歌した「マク〇ナル〇」や「〇〇電気」や「〇〇くらぶ」などは、業界をしっちゃかめっちゃかにした挙句の左前。蝗戦術とはよく言ったもの。ま、どんなツワモノでも連勝は何れ終わるもの。終わった時に嘲られない様、精精がんばってくださいましまし。しかし、迷惑を被るのは何時も全うな商売をしている側なのは何とかならんものか。

追伸:国連に全権委譲は反対です。組織は必ず腐るもの。既に腐っている国連を新しくしてもどうせまた必ず腐ります。そしてどんな合議制の組織であってもトップは必ず一人です。その時、総ての権限を委譲してしまっていたら対抗措置がありません。牛耳る人物の独裁になる事は明白。中国や朝鮮を上回る(下回る?)悲惨な世界になるでしょう。アメリカの銃社会に問題はありますが、あれは政権が腐った時の個々人の対抗策として、決して無意味とばかりも言えないのかも知れません。

2017/06/25(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 生存権と支配権

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
> チェスは異民族同士の生存権を争う殲滅戦。将棋は支配権を争う内戦です。
 おお、なるほど。これは新しい切り口。miss.keyさんならでは。さすがです。井沢説にも感心しましたが、miss.key説にも切に感心します。真面目に長文の論文を書いてくださり、感謝感激雨あられであります。ほんと。(^^♪

 確かに騎士や僧正が出てくるヨーロッパのチェス国家群は、異民族同士の生存権争い。しかし日本は島国で同一民族だから内乱に過ぎない。将棋は支配権を争う内戦だという説、なるほど、と思えます。

 が、ここで聖書の歴史を述べたくなります。イスラエルは紀元前千五百年頃は今のイラク付近に住んでいたのですが、エジプトで奴隷として400年間ぐらい住むようになり、そこで雑婚したりして生粋のイスラエル人以外の人たちが雑婚で現れてきます。

 後にイスラエル民族は、異邦の土地の町エルサレムを首都に選んでイスラエル王国を創設するわけですが、奢る平家は久しからずで、強力な外国に支配される時がきます。最初は古代バビロニア王国に占領され、エルサレムはジャッカルやフクロウが住む、人の住まない土地になり、荒れ廃れさせられました。バビロニア王国は、いうなれば打ち負かした相手をさっさと消したわけです。しかし有能なイスラエル人はバビロンに連れていかれ、そこで結婚したりして混血していきます。
 
 イスラエルは、次にメディア・ペルシャ王国に占領されますが、ペルシャは自分たちの国民をイスラエル王国の北部に送り込み、ペルシャ人がイスラエル人と混血していく柔軟な政策を取ります。
 (余談ですが、その北王国がイスラエルの北王国の失われた十部族と言われるようになり、その末裔が日本の青森にやって来て、戸来(へらい)村を造った、キリストの墓もあるなどと言われるようになります)

 ペルシャはBC4世紀にアレキサンダー率いるギリシアに敗れ、イスラエルは紀元前後の頃は、ローマ帝国に占領されているのですが、ローマもイスラエルを全滅させることはせず、統治だけして利益を得る政策を取ります。この頃にはもうイスラエル人はかなり混血していています。他の民族にしても純粋な生粋の民族の者は少なくなります。世界の行き来が激しいからです。現代のイスラエル人にしても、そのイメージはアジア人ではなく、アーリア人でしょう。
 
 奈良平安の頃、その以前の日本には、現代人が想像する以上に半島から来た人たちが多かったのではないですかね。そしてだんだんと奥に追いやられた蝦夷の人々、アイヌ人もいた。日本人も純粋な単一民族ではないと思います。

 そういうことを考えると、大昔の野蛮な支配者だけ――他にはモンゴル帝国もそうでしたか――だけが、打ち負かした相手を皆殺しにしたりしたわけで、それ以外の国は倒した国と共存していく政策のようじゃないですか。
 そうであれば、ヨーロッパやアジア大陸での戦争は、大きな視点で見れば、ユーラシア大陸の中での支配権を争う「内乱」みたいなものじゃないですかね。そして支配権や権力闘争とは民衆のものではなく、必ず上層階級のものであり、それは内乱でも対外国戦争でも変わらないのではないか、という考えはどうでしょう。

 「大きくなりたければ飲み込むしかない」。これはよく分かります。
しかし飲み込まれる小さなほうはたまったものじゃないですね。


> 国連に全権委譲は反対です。
 組織腐敗説はその通りだと思いますが、今の国連を存続させる話とは違うのです。今の日本の統治システムを見てください。都道府県が利害を争って武器で戦うことは、今もこれからも未来永劫あり得ません。
 もっと分かりやすいのは、アメリカの例です。アメリカは50州あっても、各州が利害を争って武器で戦うことはありません(昔はあったそうですが)。なぜならアメリカは合衆(州)国であり、各州はアメリカという一つの政府の一成員であるという認識がしっかりとあるからです。

 いま世界の国々も、「国」という単位と概念が全廃され、自分たちは「新しい世界政府」の中のひとつの州であるという認識を持てば、同じことができます。そうなれば、新しい世界政府の元で新しい州(国)民になった人々が、他の州(国)民に対して、武器を持って争うことはあり得ません。
 もしにか不満があれば世界最高裁で決着をつけて、それでおしまいです。最高裁で決着がついたことに異議を唱える人や組織はないのです。今の国連は大国の「拒否権」が諸悪の根源ですね。あれがある限り、国連はまったく意味が無し。日本が常任理事国になる必要はまったく無しです。

 つまり、今の世界の国家群の中で、同じようなシステムの新しい国連を作るのではなく、いまの世界の「国」という単位・概念を全廃し、現在の「国」をそれぞれ「州」という概念にして、一つの世界政府を新しく作る話なんです。


 組織は必ず腐敗します。日本の政府や地方自治体、議員たちや職員たちにも腐敗はあります。がしかし、そうであっても、意見が違う都道府県や議員に対して、では軍隊を出してやっつけようということには絶対なりません。その世界政府の下では、拳銃程度の武器を持つ安全のための警察は各州(国)にありますが、各州(国)が強力な武器を(むろん核兵器も)持つことは禁じられていて、軍隊そのものが無いのです。

 この理想の世界政府をどうしたら作れるか。
 アメリカにトランプと正反対の大統領が出てくれば、そしてロシアにゴルバチョフのような大統領、そして英仏にもリンーカーン大統領のような指導者が出てきて、むろん中国は共産主義に壊滅してもらったときに、そんな道筋が見えてきそうなんですが、どうでしょう。

2017/06/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

日本は半島からの渡来人によって作られた訳ではない

 大変な誤解が一つありますな。日本人は半島から来た訳ではありません。そして大和政権、もしくはその元となった権力者は半島から来た訳ではありません。確かにそのような説が唱えられていた事がありましたが、今はほぼ否定されております。日本と同じ古墳時代の建造物が任那地域でも発見されていますが、総て日本のそれよりも新しいものでした。つまり、日本式古墳は日本で発生し、半島に持ち込まれたと言う事です。そして古墳が権威の象徴である以上、下から上に流れると言う事はあり得ません。
 更にいうなら稲作文化が半島経由というのもあり得ません。稲はそもそも南方の作物であり、現在でも北国での栽培は困難な植物です。中国では陳琳山脈=ホワイ川の線を境に稲作と畑作が分かれています。その北では稲作はほとんどされていないのです。前漢の時代、今の北京付近は幽州と言われていました。幽昧(ゆうまい)の地と言う意味で、最果てのド辺境を指します。つまりそれほど人が住んでいない=作物を育てるのが難しい土地だったのです。その更に更に先にある朝鮮半島に稲作が伝わるなどちょっと考えれば有り得る筈がないのです。仮に種モミが持ち込まれたとしても作付出来ない。文化として定着しない。今と違って交通事情のよくない当時、文化として定着していないものを持ち込む事などできません。
 日本の権力者が任那を支配、百済新羅を属国とした事は中国の文章からも見つかっています。百済が滅んだ際に王侯貴族を難民として受け入れたとしても不思議はありません。勿論、知識階層ですから、庶民よりは使い勝手はよかったと思われますし、当時の政権への影響は少なくなかったと考えて良いかもしれません。が、それが日本で権力を握り、原住民を追いやるほどに勢力を誇ったと考えるのはあまりに突飛ではないしょうか。

 アメリカが合州国で有り得るのは外に他国があるから
 アメリカファーストは伊達じゃない。外国に富を奪われてはならないというのが本質です。アメリカがアメリカとして纏まれるのは外国と言う外の世界があるからです。つまり利害の一致が生み出す共同体なのですよ。利害が一致しているから内で争わない。もし外の世界がなくなれば、州が国と名を変え争い始めるのは火を見るより明らかでしょう。それが人間の本質です。
 仮に国連を廃止し、世界政府が創られたとします。しかしそれによって成立する州は、州と名を変えた国です。自治権をもつ限り、州同士自らの利権を獲得、もしくは守る為にしか動きません。現在と状況は変わらないでしょう。逆に、総ての権限を中央に集権すれば、州同士の争いは抑えられるかもしれませんが、代わりにできるのは世界政府と言う特権階級と独裁の世の中でしょう。それは現在の国連の腐りきった組織を見れば嫌でも否定できないはずです。

2017/06/25(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 日本は半島からの渡来人によって作られた訳ではない

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 また丁寧なる真摯な返コメ。恐れ入ります。miss.keyさんの得意分野のようで、私はちょっと敵いません。いや、ほんと。私は、この分野にはあまり関心もなく、詳しい分野ではないので、このように言われると何と答えたらいいやら。ああそうなんですか、miss.keyさんは詳しいですね、としか言いようがありません。実際にそうですし。
 ただ、私は、日本人の先祖が朝鮮半島からの渡来人にある、などとは全然言ってませんよ。そう思ってもいません。はっきり言えば、よく分からない。どの説も今の時点では確たる証拠はないだろうと思っています。もっとも最新の学説は知りませんが。

 私がした全体の話の流れは、イスラエル人の例をとり、純粋種が雑婚により多人種化して混ざっているという話をしただけです。だからヨーロッパの国々の人は互いに異邦人だというのは、まあその通りですが、白人と黒人と違うほど違うほどの差はなく、みな似たような白人種で、精々その時々の支配者(王・皇帝)が外国の人間だったという程度の違いでしかない。だから歴史の世界支配地図を見ると、ヨーロッパ人(チェス民族)は、じつに国の領土が時代によりずいぶん変わっています。
 むろん国より言葉は違うのですが、日本でも長崎の方言と東北の方言とでは、千年以上昔はまったくと言っていいほど互いに通じなかったでしょうから、同じ日本国内であっても、縄文弥生時代は、距離が500キロも離れていれば、まあ、ヨーロッパのように異邦諸国のようなものではないかと思う次第です。

 奈良平安の頃は、遣隋使遣唐使により大陸から文化文明が一気に流入してきました。日本人は文字だって大陸の漢字を流用しなければいけなかったわけですし、地理的にも半島は九州の目と鼻の先ですし、現代人が《想像する以上》に大陸や半島からの渡来人が多かっただろうと言ってるに過ぎません。

 京都太秦の映画撮影所は有名ですが、この地名は秦氏から来ており、これも諸説があるのでしょうが、新羅系や百済系だとされていて、もっと言えば景教徒派のユダヤ人だとかいう説もなかったですか。藤原とか宗という姓もそうだったような気がします。それから鎌倉時代の頃は、関東地方に朝鮮出身者が多く、現代でも土地の名にその痕跡があるという説もあったような気がします。

 なので日本人の先祖は朝鮮人だなどと言っているのでは全然ないのです。人類学的には蒙古斑があることでも分かる通り、モンゴロイドで、漢民族やイヌイットとも同じ範疇なんでしょう。和語の由来にしても、日本語には文法に独自性があり、古代タミル語から来たとする大野晋説もあります。学会では日本人の先祖はこうだと明確に言える定説はないはずです。それに、なんせ私は、聖書は多少詳しいですが、それ以外の歴史については無知に等しい人間ですから、歴史に強いmiss.keyさんには知識ではまるで及びません。


> アメリカがアメリカとして纏まれるのは外国と言う外の世界があるからです。つまり利害の一致が生み出す共同体なのですよ。
 うーむ、これについては、そもそもmiss.keyさんと私とは生き方や思想の違いというものが根底にありそうです(ただ違うと言ってるだけで、悪いと言ってるわけではありません)。論議していると長くなってキリがなさそうですので、ひとつだけ述べます。
 「アメリカが合州国で有り得るのは外に他国があるから」とは、現代の時点ではそう言えるかもしれないですね。しかし北アメリカ大陸に移住した人々がアメリカ合衆国を建国するまでの時代の背景には、外国という外の世界があったからですかね。

 英国などからアメリカに移住した人々が必死に開拓していくうちに、当然のこととして自分ちの境界線を明確にするための線引きが行われるようになった。それは、ヨーロッパ大陸という土地をいろいろな民族が争って領土の線引きをしていったのと同じで、アメリカ国の出発点も変わらないはずです。

 ヨーロッパのほうは領土争いに明け暮れたが、北アメリカ大陸のほうでは人々はそもそも英国人が多かったでしょうし、その意識はピューリタン的な助け合う精神が強かったので、やがて各州が紆余曲折を経て一つの政府にまとまっていった。途中では州同士の争いもあり、南北戦争もあり、英国からの独立戦争もあった。でも新大陸に移住した人々の、新しい理想の国を造ろうという良い意識が強かったので、内部でまとまって合衆国という政治形態を作り上げていったのじゃないですかね。
 その頃はロシアも中国もスペイン、オランダも、英国以上に強力ではなかったはずですし。あえて外というなら対英国ですかね。

 それからもう一つ。アメリカの州制度を日本の都道府県制度と似たものであると考えると、東京都が経済的にも人口的にも一番強いので、エゴを発揮して利権を主張して勝つということはあり得ないでしょう。
 なぜなら日本には都道府県の上に日本政府があるからです。そして物事は基本的に多数決で決まっていくからです。世界政府はそういう役割を果たすのです。今の国連とは全然違う、別物です。単に制度や名称を変えるというより、人々の意識を根本的に変える話です。

 世界政府ができれば、特権階級と腐敗の巣になるだろうと思います。でも世界政府の独裁にはなりません。なぜなら決議は、世界中の州(国)の多数決で決まるからです。むろん人口の多いアメリカや中国が幅をきかせるかもしれないですが、弱小国が野党連合のように手を組んで対抗するという方法があるでしょう。

 そして何よりも絶対に良いことがあります。それは世界政府では各州(各国)の軍備が完全撤廃されるので、州(国)同士の個別の戦争はあり得ないということです。現在の軍備費用で世界から貧困や飢餓をなくせるのです。核の心配もありません。これは非常に良いことではないですかね。

 むろん賢明なるmiss.keyさんにはまた正当なる反論があるでしょうが、この問題は大体がこのブログ記事(将棋の話です)とはちょっと外れるので、このたびはこれくらいにしておきませんか。そして、じつはそれほど反論したいわけではありません。人の意見は尊重したいほうですし、ちょうど互いに二回ずつ意見を平等に述べたことになりますし、あまり歴史には強くないですし。(^^ゞ ともあれ、私にはmiss.keyさんの意見はずいぶん参考になりました。いつもありがとうございますね。(^^♪

2017/06/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

イエスのたとえ話に「タラントの教え」というのがありますが、
マネーゲームの下手な奴隷が主人に非難されていましたね。
これはもちろん、別の意味に解釈しなければならない話ですけど・・・

理想主義的な思想が実現し得ないのは、
それを信じている本人だけでなく、それを信じていない人まで、
実行しなければならないからだと思います。
信じている本人さえ、実行しないことが多いので、
実現する可能性は無いと思います。

そして、これを嘆くよりも、
実現可能な社会システムの方に目を向けるほうが建設的な気がします。
実際に、普通に存在し機能する無味乾燥な法律よりも、
高潔な精神を持った個人が存在しないのは、
法律自体が素晴らしいと言うよりも、
法律は恣意的な運用が出来ないという原則があるからです。
そして、恣意的に運用できないという原則に忠実である限りは、
法律自体も段々と適正化されていく傾向があると思います。

国が提供する社会保障システムのようなものを、
個人が提供するのは不可能ですが、
こういう個人の能力や愛の限界を超えるものを、
社会システムとして、人間は持つことが出来るのだと思います。
そして、競争社会であれば、必ず負け組みは生じてしまいますが、
国は、負け組み救済システムを社会保障として提供することができますし、
人々が競争を許容する程度に応じて、提供すべきだと思います。

個人は、どんなに素晴らしい思想を抱いたとしても、
実行困難な思想ほど、ダブルスタンダードにならざるをえないので、
理想主義的な傾向とダブルスタンダードな傾向は割りと比例します。
(バーソさんは珍しく比例しないタイプのような気がしますが)
なので、現実には、奇麗事を言う理想主義者は、
他の人には反面教師にしかならない場合が多いような気がします。

2017/06/26(月) |URL|Korva [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
 ああ、Korvaさんらしい意見です。同意します。

> 理想主義的な思想が実現し得ないのは、
それを信じている本人だけでなく、それを信じていない人まで、
実行しなければならないからだと思います。
信じている本人さえ、実行しないことが多いので、
実現する可能性は無いと思います。

 そうです。信じている本人でも実行できない。信じてない人はもっと実行できない。理想は理想であり、夢であり、夢は現実ではないのでしょう。現在の世界は、完璧に利己主義的な経済第一の考え方が大手を振って歩いています。自由を第一とする資本主義社会では、こうなるのは当然の流れです。

> 実現可能な社会システムの方に目を向けるほうが建設的な気がします。
 そうですね。私は軍隊は世界中から全廃すべきで、戦争は当然ながら全面的に反対です。特に自分が関係している軍備産業がもうけるために他国に仕掛ける戦争なんて、悪魔の業だと思います。彼らは、野蛮な獣にも劣る一番醜い人種です。
 がしかし他国が日本の領土内に図々しく入ってきたときに、警告のための銃しか撃てない自衛隊も意味がないと思います。侵略戦争は絶対してはいけないですが、自国を護るための戦いはしないといけないものです。なにかというと、話し合いで解決すればいいと言う人がいますが、話し合いで解決できれば世界から紛争は無くなりません。日本の平和憲法は理想で素晴らしいですが、日米同盟があるからこそどうにか成立し得ているもので、アメリカの軍事力なしでは意味のないものです。このままでは、いつまでたってもアメリカの従属国のままになり、ずっと《おもいやり予算》とやらを払い続けなければいけません。
 むろん自衛隊法には歯止めと見張りは絶対に必要で、それがないと戦前の軍事国家に戻り、大変なことになります。


 世界政府の話は理想論です。実現があり得るとしたら、何かのきっかけで核兵器が使われて人類が絶滅寸前になったときだけでしょう。そうなれば生き残った人類は意識が変わり、世界政府の発想に同意すると思いますね。そういう世界的危機でもないと無理だろうと思います。
 以前ブログで紹介した映画『美しき緑の星』。あれはあまりに生活が原始的過ぎていると感じましたが、あの生き方、あの考え方は理想だと思いますね。敗者など一人もいない。そもそも勝ち負けという概念がない。そんな意識はたいしたものだと思います。
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-214.html

 私は、ひとと争って自分が上に上がろうという気持ちは、子供の頃から無かったですね。クラス委員をゆずったこともありますよ。むろん向上心や意欲はかなりあるつもりですが、闘争心のほうは無いほうです。だからいつも、はた目では、負け犬の人生のように見えていると思います。(笑)
 ブログではランキングを設置しておらず、アイコンをクリックしてほしいとも書いてありません。むろんランキングを設置している人を非難するつもりは全然なく、自分の励みになるのなら設置したらいいでしょうし、そうしても別にひとに迷惑を掛けるわけでもないでしょう。ただ、私はしてないというだけの話です。
 
 言うは易し、行うは難しです。でも立派なことを思わないで、立派な方向に進むことはあり得ません。すべては、初めに意識ありきですから。何を思うかという意識は重要ですね。
 私は、偉そうなことを胸を張って言えるほどではないのがお恥ずかしいですが、せめて思いだけは良い方向のことを考えたいと願っています。思いだけですけどね。(^^ゞ
 
 なお、聖書の「タラントの話」では、タラント(タレント=才能)を活かさないで怠惰に生きることが戒められています。この話を知らない人のために補足しておきますね。

2017/06/26(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/06/29(木) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 知らせていただいて、ありがとうございます。
 そちらのほうに返コメを入れました。(^^♪

2017/06/29(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/06/30(金) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 そちらにコメントを入れましたよ~。(^^♪

2017/06/30(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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