「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 幸福を得るための『猿の手』という選択肢。 

何を隠そう。私バーソは二重人格かもしれない。
じつは子供の頃から、自分の心の中には、別の者が一人いた。

例えば道路で段差につまずくと、私は、あ、痛っ!と素直な反応をするのだが、
もう一人は、このニ三日なにか悪いことをしてないか※1と小さな声で言うのだ。
            ________
  
失敗や災難などがあったときには、二種類の受け止め方があるだろう。
・偶然だと考える人は、単に出来事が起きただけと思うかもしれない。
・必然だとみなす人は、人には運命はおおむね定まっていると思ったり、
 目に見えない存在から何かしらの教訓が与えられていると思うかもしれない。

tumblr_moi0nvXrET1so1fr6o3_1280.jpg出典
Bostock’s Consul the Chimpanzee, 1908-1910

願いは三つ叶うが、代償として災厄も付随する『猿の手』という短編小説がある。
どうしたら不幸は避けて幸福だけを得られるか、と調子のいいことを考えたい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
猿の手――――ウィリアム・W・ジェイコブズ[1902]  (要約)
この物語は伝統的な《三つの願い事を叶えてくれる》おとぎ話のダークパロディ。
菊池寛も訳しており、星新一は触発されて『ノックの音が』短編集を書いている。

老紳士のホワイト氏が、インド帰りの友人から『猿の手』のミイラを見せられる。
それには願い事を三つ叶える魔力があるが、運命を無理に変えようとすると災い
が伴う。これを最初に手にした者は、三番目の願い事で自分の死を願ったほどで、
だから私の手に入ったのですと友人は語り、『猿の手』をストーブの中に投げ込
んだ。しかしホワイト氏は、その『手』を素早く取り出して強引に貰い受けた。

monkeys-paw-blu.jpg出典

1) 息子が冗談半分に「家のローンの残金用に200ポンド願ったら?」と言うので、
ホワイト氏はその願いを『猿の手』にする。が、その日は何も起きなかった。
ところが翌日、息子は勤務先の工場の機械に巻き込まれて死ぬ。会社は、責任は
認めないが、見舞金が届けられる。その金額がちょうど200ポンドだった。

2) 悲嘆に暮れるホワイト夫妻。妻が十日後、息子が生き返るよう願えばいいと思
い付き、夫に懇願する。夫は事故の凄惨な遺体を見ていたので懸命になだめるが、
妻が半狂乱になって言い張るので、やむなく二つ目の願いを『猿の手』にする。
しばらくしたら、家のドアがかすかにノックされる音が聴こえた。

3) 妻は狂喜して階下に走っていき、かんぬきを開けようとするが、手間取る。
ノックの音が激しさを増す。
ホワイト氏は夢中で『猿の手』を高く掲げて最後の願いをした。
戸をすさまじく連打する音が、不意に止んだ。
ホワイト氏は、ドアが開けられるのを聴いた。

Monkey Paw 1出典

冷たい空気がサッと階段を伝ふて流れ上った。
妻の悲しみと失望の長い呻(うめ)き声が、彼に妻の所に駆け下りる勇気を与えた。
街の向ふ側にまたゝいて居る街燈が、靜かな人跡の絶えた深夜の通(とおり)を照し
て居たばかりであつた。 
            (この段落のみ菊池寛の訳による) ※2


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
失敗も、教訓を学べば、成功になる。
ホワイト氏は『猿の手』に願う際には、ネガティブな対価交換が生じないような
言い方を考えるべきだった。  (各4の空欄をドラッグすれば文字が現れます)

●そもそもノックの音が止んだ原因はなにか?
1.十日経ってゾンビに成りかかっていた息子がよろけながら墓に戻っていった。
2.なにかの勧誘員が訪ねてきたが、ドアがなかなか開かないので諦めて帰った。
3.風で吹き寄せられた小枝か何かがドアに当たる音だったが、風が吹き止んだ。
4.( これは作家の単なる作り話に過ぎず、そんなに考え悩む必要はない。(笑 )

●この話は、どんな教訓を与えようとしているのか?
1.ノータリーンハイリスクの原則。大儲けしたければ、頭を使うことが大切だ。
2.信じれば願いは叶う、奇跡は起きる、と言う人間や団体には気を付けなさい。
3.偶然の重なりで悲劇となる場合があっても、最低限のリセットだけはできる。
4.(教訓など無い。ゾンビが気軽に出てくるのは自然の摂理が狂って困る。(笑)

●ホワイト氏は、どう願ったら良かったのか?
1.200ポンドを願うにしても、宝くじで当たるとか方法を限定すれば良かった。
2.息子が死んだと聞いた際には、元の姿で戻ってきてほしいと願えば良かった。
3.ノックの音を聞いたときも、元気が一番、普通の体に成れと願えば良かった。
4.(  運命を無理に変えるのがご法度なのだから、ただ幸せを願えばいい。 )

mokeyspaw-still.jpg出典


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それにしても、願いを叶えるには、どんな選択肢があるか。
ともかく自分の運命を呪ったり、神仏を恨むことだけはあまりお勧めできません。

1.地道に努力を続ければ必ずいいことがあるはず。→天は自ら助くる者を助く。
2.成功者の意欲行動を真似をして行動すれば成功できる。→少年よ大志を抱け。
3.願いはすでに叶っていると感謝すれば、その通りになる。→引き寄せの法則。
4.神や仏、天使や守護神などに家内安全商売繁盛を願えばよい。→信心・信仰。
5.生まれてきた時は裸だった。現状でも十分幸せだと思えばよい。←イチ押し。
6.他者や世界のためになる良い行動をすれば、幸福感が持続する。←おすすめ。
7.願い事などせず、あくせくせず、好きなことをして生きる。←特別セール中。
8.猿の手、あの手この手、奥の手、猫の手、孫の手などすべて利用。←品切れ。
9.願いなんて叶ってしまえば面白くない。芥川龍之介『芋粥』参照←広告の品。
10.(  どうぞご自分の考え方、やり方をシェアしてくださいませんか。 )

aplhh.jpg出典


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
自由を享受できるのは、とてつもない幸福である。

社会生活を営む際に必要不可欠なものと言えば、その第一番目は《自由》だろう。
禁固刑とは自由に行動できないことで、死刑とは寿命まで生きる自由を失うこと。
独裁政権の国で暮らすことを考えてみるだけでも、《自由》の価値はよく分かる。

人間が自由に選択するためには、地球上にあらゆる選択肢が存在する必要がある。
世界には、笑いも涙も、快感も苦痛も、高揚も憂鬱も、勝利も敗北も、全てある。
人は、何を、どう選択するかで、自分がどういう者であるかを人生で示していく。

アンドレ・ジイドの言葉を真似れば、人間は自由に考え、自由に動ける葦なのだ。
《自由意志》と《選択の自由》とは、貴重な特権であり、最高の祝福であるのだ。

                 


補足
※1:良心とは言わば心に記されている律法で、これをしたらいけないと咎めたり、これくらいならいいと弁明する働きをする。→新約聖書ローマ人への手紙2章15節「彼らは律法の要求がその心にしるされていることを現し、そのことを彼らの良心も共にあかしをして、その判断が互にあるいは訴え、あるいは弁明し合うのである」

※2:『猿の手』の話はゲーテの『ファウスト』と旧約聖書の『ヨブ記』を思い出させる。ファウストは神の救済予定リストに入っていたが、自分の魂と引き換えに若返りを得る賭けを悪魔メフィストとする。ファウストは人々の役に立つことをする幸福感で「時よ止まれ、おまえは美しい」と禁句を言って悪魔に負けてしまうが、最後は恋人の願いと天の恩寵により救われる。
●ヨブのほうは神の義人リストに入っていたが、悪魔サタンからの非情な試練と三人の友人からの不当な非難がもたらされても忍耐して忠誠を保ったため、最後は神から祝福を受ける。
●さて、《救い》とは運命で定まっているものなのか。神が人間の行ないを見て決めるものなのか。それても人が自分で見つけ出すものなのか。どう思いますか。

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わかりやすくて助かった(^_^ ;)

『三つのお願い』って、流行歌にもありましたよね?
この猿の手、ヒントにしたのでしょうか…。

>どうしたら不幸は避けて幸福だけを得られるか

これについて、私なら願いは、ひとつ。
⒈ 祝福に満たされますように……だけにします。
で、あと2つは貯金しておきます。→ ずるい?((´∀`*))ヶラヶラ
もとい、貯金せずに、次の人にプレゼントします。
『願いは、ひとつだけ。しかも内容はネ…』とか、アドバイス付きで‥‥。
で、最後に猿の手は突然変異。→ 世界でひとつの願い に。

>《自由意志》と《選択の自由》とは、貴重な特権であり、
 最高の祝福であるのだ。

これこそ人生で最高の贈り物でしょうね。

>人間が自由に選択するためには、
 地球上にあらゆる選択肢が存在する必要がある。

この観点が面白い。
バーソさんならではの、ものの見方でしょうね。
確かに、あらゆる選択肢があるからこそ、
自分が何者なのか……見えてきますもの……。

2017/03/18(土) |URL|風子 [edit]

二重人格

バーソ様
おはよう御座います。

バーソ様は二重人格なのですか。程度の差こそあれ人は皆二重人格ではないかと思います。必ず良心と悪意を持っています。
ところが世の中には三重人格、四重人格まであるみたいですね。しかも男女が同居しているのまであるそうですからややこしいです。

願いごとの件は自分の都合ばかり考えるからおかしなことになる訳で世界平和などを願えばいいのではないでしょうか?
それにしても選択肢は色々考えましたね。特別セール中には笑ってしまいました。

愛新覚羅

2017/03/18(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: わかりやすくて助かった(^_^ ;)

風子さん コメントありがとうございます^^)
 三つの願いの話は人類共通の願いなのか、世界各国によくあり、最後の願いの結末が意外な結果になるブラックジョークが多いようですよ。
 で、今回はわかりやすかったですか。風子さんがそう思うということは、うーむ、もっと書き方を考える必要がありそうですね。(^^;)

> これについて、私なら願いは、ひとつ。
⒈ 祝福に満たされますように……だけにします。

 なるほど。「祝福」とは自分で創り出すものではなく、上位の者から与えられるものでしょう。風子さんらしい答えのように思います。
 しかしながら、利己的な要素は一つもないので、パーフェクトな願いでしょうね。残りの二つは他の人に上げるですか。優しいですね。
 でも、だったら「世界が祝福に満たされますように」と言えば、それで完結してしまいそうです。確かに、それが一番簡単で、一番いいことのような気もします。
 
> >人間が自由に選択するためには、
 地球上にあらゆる選択肢が存在する必要がある。

 人がこの地球という二元論の世界であらゆる体験をするために生まれてきたのであれば、世界からネガティブなことがなくなることはないだろう。言い換えれば、ある定められた時に、この世界が大変革して、善なるものだけが存続するというような話は無いように思うのですが、どうでしょう。
 現実の世界を見れば地球が破滅間近のようにも思え、そうであれば、聖書の「裁きの日」あるいは「ハルマゲドン」のように、宇宙の根源たる神は明確な予定表に従って行動を起こしそうでもありますが。

2017/03/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 二重人格

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> ところが世の中には三重人格、四重人格まであるみたいですね。しかも男女が同居しているのまであるそうですからややこしいです。

 そうですね。面白いのは、人間は、普段は真面目で善良で誠実そうに見えていても、自分に失敗とか不都合なことが起きると、あるいは金儲けがからむと、人格が変わることがあることです。
 嘘を言ったり、記憶にないと言ったり、突然体調が悪いと言って入院する人もいます。勢いと自信のある顔が、最後は情けない顔をして、評判を落としてしまう場合もあります。百条委員会に呼ばれるようになったらおしまいですね。

> 特別セール中には笑ってしまいました。
 そうですか、笑ってもらえるよう、ちょっと冗談気味に書いてはいるのですが、この「願い事などせず、あくせくせず、好きなことをして生きる」とは、(ひと様に迷惑を掛けない限り)自分の好きなように自由に生きるということで、拙ブログでいつも言ってることでもあるのです。
 世間では、こうしろああしろ、そうするのが正しいとか無難だとか常識だとか、そういうさして根拠のない制限がけっこう多く、本当の意味での自由がないように思うのです。

2017/03/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

いつも面白いテーマですね。
今日はまた、出だしから面白いです^^

●そもそもノックの音が止んだ原因はなにか?
これは、選択肢の中では、1かな、と思います。
ホワイト氏が最後のお願いをしたんですよね。
菊池寛の訳の「冷たい空気」というのが、幽霊を思わせます。

●この話は、どんな教訓を与えようとしているのか?
これは、2でしょうか。
願っただけで200ポンド、というような、欲から発する法外な願いには邪心があって、そうした邪心には、悪いものもつけ込むのだと思います。
また、願い事を叶えるのが猿の手だというところが、いかにも禍々しいですよね(笑)

●ホワイト氏は、どう願ったら良かったのか?
やっぱり、4です!

● 願いを叶えるには、どんな選択肢があるか。
ウチの旦那さんは、5と7に徹しているなぁと思いました。
でもそうすると、お金がないです(笑)
「願い事」としては、私は、神様の御心に沿って一生を全うしたいです。
自分の「魂」の願いとしては、それしかないような気がしています。

2017/03/18(土) |URL|Ariane [edit]

自由を享受できるのは、とてつもない幸福である。?

半年前ほどから天安さんのブログを通してバーソさんのブログを知り、毎回楽しみに読ませていただいております。初めてコメントさせていただきます。
小生も別立てブログで週イチで記事を書くことをノルマにしていた時代もありましたが、今は月イチ程度のもの。加えて、バーソさんのように幅広くかつ奥深い記事は到底書けません。今は、毎日のたわいもない日記がせいぜいといったところです。

さて、辛口の批評を一つ。
タイトルの項目、これが最後に座っていて体系上は締めくくりとなっているも、繋がりが悪いですねえ。ブログの本旨が「自由」ですから、これでもいいのかもしれませんが、少々違和感を感じます。
そして、小生思うに「自由を享受できるのは、とてつもない幸福である、と同時に、耐え難い苦しみでもある。」のではないでしょうか。
若い頃にそうした経験をした小生(今年、数えで70歳)ですが、西欧の個人主義で育った人間ならまだしも、日本人の場合は今でも「自由は耐え難い苦しみである」ように思います。
このことについては、姜尚中氏が著「悩む心」(集英社新書)の中で、ズバッと言っておられます。

第5章「信じる者」は救われるか 
・人は「自由」から逃げたがる
 …近代以前は、人が何を信じ、ものごとの意味をどう獲得するかという問題は、「信仰」によって覆い隠されていたとも言えます。そして、信仰の覆いがはずされ、「個人」にすべての判断が託されてしまった近代以降、解決しがたい苦しみが始まったと言えます。
 …宗教などを抜きにして、自分がやっていること、やろうとしていることの意味を自分で考えなさいーー。これは非常にきつい要求です。何かを選択しようとする度に、自我と向きあわねばならず、その都度、自分の無知や愚かさ、醜さ、ずるさ、弱さといったものを見せつけられることになります。その点では、逆説的に聞こえるかもしれませんが、「現代人は心を失っている」という言い方は間違いで、前近代のほうがよほど心を失っていたのです。
 これは人にとってはたいへんな負担ですから、当然、耐えられない人が出てきます。そこで、心のよずがとして、やはり何らかの宗教が必要とされる、ということになるわけです。
 …ところが、ここに不幸が立ちふさがります。一つは、世界は科学と合理主義の洗礼を受けて「脱魔術化」された後ですから、どんな宗教も、近代以前の「宗教」に比べれば「擬似宗教」にならざるをえないということです。二つ目は、以前のように虚心に信じることができないことです。…
 では、どうしたらいいのでしょうか。多少のことには目をつぶって「えいや」で飛びこむか、うすうすインチキとわかりながら信じたことにするかーーと、ここでまた人の心が引き裂かれます。
 信仰が生きていた時代のほうが幸せだったと先ほど言ったのはこの点においてです。(引用ここまで)

姜尚中氏のように人生を真っ向勝負するような生き方は心が押し潰されてしまい、とても真似できそうにないですが、本稿の実質的締めくくり「願いを叶えるには、どんな選択肢があるか。」、これは大抵のものが人生の羅針盤になるでしょうが、これらを頭に置いて日々の生活をすれば、「自由は耐え難い苦しみである」から逃れられ、「自由を享受できるのは、とてつもない幸福である。」となれるのではないか、そんなふうに感じたところです。
年を食ってくると、「5.イチ押し。6.おすすめ。7.特別セール中。」あたりがいいですね。
それにしても、この節の9項目の文字数をピタッと合わせるのは神技ですね。小生には真似しようと思っても真似できません。

次回以降も楽しみにさせていただきます。失礼しました。

2017/03/18(土) |URL|どろんこ [edit]

こんにちは

「猿の手」読んだことがありませんでした。
欧米人ってゾンビを異常に怖がります。
日本では昔から歌われていて親しみがありますよね。
「ゾンビがくるりと輪を描いた~」(笑)
ゾンビ(息子)を退散させる第三の願いの対価(災い)って
何だったのでしょうか。そうか、対価はゾンビとは言え再び息子を
失うことだったんだ。
ジョークの世界でもビンの中の精霊をビンから出してやると
願いを叶えてくれる話がたくさんあります。
50歳の男が、女房より30歳若くしてくれと願ったら女房が80歳に
なってしまう話とか。
しかし願っても願っても叶わないことがあまりにも多いので、
最近ではもうなるようになれ、とふてています。(笑)
いつも知的好奇心をくすぐる記事をありがとうございます。
いかん、「ノックの音が」をまた読みたくなりました。

2017/03/18(土) |URL|エリアンダー [edit]

人は一人の人間として生れて来ますが、両親を初め周囲と接触する事によって二人になります。
それは自分を客観的に観察する自分だったり、自分の感情を代弁する自分だったり…時には入れ替わる自分だったり。
こいつが自分の中にいるお陰で、己と他を分別して立場を弁え、社会で生きてゆける…言わばもう一人の自分ですね。
私はそいつに創作を手伝わせたり、時には「お前が書け」と入れ替わって書かせたりしてますよ(笑)
でも、多分この「もう一人の自分」は今世限りの自分なのだろうと考えられます。
自分の死と同時に周囲が消えると、こいつもいなくなるだろうと思ってます(笑)

2017/03/18(土) |URL|sado jo [edit]

願いを叶えるにはどんな選択肢があるのか

1 天は自らを助ける者を見捨てる
2 少年よたいした女を抱け
3 お取り寄せの法則
4 信心、信仰よりお新香

いちおし
おすすめ
特売セール
広告の品

只今、品切れであります・・へへ

しかし参りました
パラレルワールドは何処まで拡がるのでしょうか
年老いたおいらは生活の基盤を
「こじんまり」にしようと思っておりますが
バーソさんのページを開けますと
千尋の谷に蹴り落とされたり
天の果てのお釈迦様に会いに行かされたりします
ここにお師匠様のお友達が来たりしますと
あはは
もう駄目でしゅ

寝ようっと!。
あはは。

2017/03/18(土) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん コメントありがとうございます^^)
 出だしが面白かったですか。それはそれは。なんたってジキルとバーソとか言われてますからね。(笑)
 
 Arianeさんのそれぞれの選択は、うなづけました。そうなるだろうと思いました。「菊池寛の訳の「冷たい空気」というのが、幽霊を思わせます」にも、なるほど、さすがの感覚だと思いました。

 それにしてもご主人は、頭脳は別として、生き方や趣味は、どうも私と同じような波長に思えます。音楽の趣味も近いようです。
 ふだんは5と7に徹しているのですか。すごいです。才能のある人にとっては、そんな世俗的な邪欲のない生き方はなかなか出来るものではないと思います。いいご主人でよかったですね♪

 5(現状でも十分幸せだと思う)については私も同意しますが、7については、私はいろいろ好きなことができなかった思いがあります。でも、ひとつだけは好きなことをして、それに人生をかけたので、まあ、好きなことに徹したと言えるかもしれませんが、せめてもっと永続する価値があるものであれば良かったのにと思います。

> 「願い事」としては、私は、神様の御心に沿って一生を全うしたいです。自分の「魂」の願いとしては、それしかないような気がしています。
 これもすごいですね。マザーテレサが語るような言葉です。信仰深いクリスチャンでも、なかなかこういう言葉を言える人はいません。
 「それしかない」ですか。感服します。私なんぞとは心のレベルが違いますね。私は、もっぱら自由自由と、なんとかのひとつ覚えのように言うだけですから。
 とにかく今後ともよろしくご指導のほどお願いしますね。(^^♪

2017/03/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 自由を享受できるのは、とてつもない幸福である。?

どろんこさん コメントありがとうございます^^)
 はじめまして。私も天安さんのブログで知りました。私には及びもつかない知識の広さと深さで、本も何冊も出されていて、ちょっと近づきがたく思っていましたが、よくコメントをくださいました。
 
 私のこのたびの話は久世光彦著『薔薇に溺れて』の本で『猿の手』の話を知り、図書館で借りて読んだら面白かったので紹介しようと思いましたが、それだけじゃ物足りないので、後半の二つの項目で《願い事》に関連して少し思いついたことを書き、《自由》という私の持論に話を持っていきました。「繋がりが悪い」と言われると、そうですね、一言もありません。大体いつも同じ結論に持っていく傾向があります。
 言いたいことは、人生では願いは叶わないことのほうが多く、世界にはじつに様々な選択肢がある。しかし何でも自由に(迷いながらでも悩みながらでも)選べることはむしろ有難いことなのだ、幸福なのだということで、ニッチな話をしています。

> 小生思うに「自由を享受できるのは、とてつもない幸福である、と同時に、耐え難い苦しみでもある。」のではないでしょうか。
 この世界では自由という恩恵にあずかるには代償としての苦痛が多々あるという意味ですかね。「耐えがたい(と言うほどの)苦しみ」というのが、ちょっと分からなかったです。
 自由であることよりも耐えられないほどの苦しみとは、もう命を取ってほしいと願うほどの物理的な苦しみで、自由のために戦い、弾圧や迫害などで悲惨な死に方をしたような人たちを思い出すのですが。

> 何かを選択しようとする度に、自我と向きあわねばならず、その都度、自分の無知や愚かさ、醜さ、ずるさ、弱さといったものを見せつけられることになります。
 これも、そういうこともあるだろうとは思いますが、またその反面、何かを自分の《自由意志》で選択する楽しさ、喜び、面白さ、醍醐味を感じるといったようなこともあるのではないでしょうか。
 物事には大抵、陽と陰と二つの面があります。でもネガティブな面だけ見ていると、この《自由意志》という人生の祝福、もしくは人間としての特権に気付かず、折角の神からのポジティブであるはずの恩寵をロスしていると、私には思えるのですが、どうでしょう。

> 多少のことには目をつぶって「えいや」で飛びこむか、うすうすインチキとわかりながら信じたことにするか
 そういう人もいるでしょうし、おかしな教団も多々あります。ですが信仰生活を長年経験したことから言えば、本当に純粋な動機の人もいます。自分の救いなどに関係なく、神を虚心に求める利己心のない人もいますよ。(馬鹿なやつらだと思うかもしれませんが)信仰に関わる話は、信じたことのない人、信じる気持ちのない人には分からないと思います。

 どんな選択も自由なので、もし信仰で救われるのであれば、それでいいと私は思っています。無神論か何かで幸せになれるのなら、それもいいと思います。そういう意味では、ひどい苦しみが無く、自分で納得できる人生を送れるのであれば、それで申し分なくいいと思います。

2017/03/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 自由を享受できるのは、とてつもない幸福である。?

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 ええーっ、『猿の手』を読んだこと無いですか。エリアンダーさんには十分に既知のことだと、いや、機知のほうがいい――ここはお愛想を言わねば――と思ってましたが、そういうこともあるのですね~。(笑)

> ゾンビ(息子)を退散させる第三の願いの対価(災い)って
何だったのでしょうか。

 そうですね。第三の願いの対価として生じたのは、やはりタカじゃないですかね。
 ゾンビがタカを生むと言われますから。
 あるいは油揚げが世の中から無くなるという案でもいいですが。(笑)

> 50歳の男が、女房より30歳若くしてくれと願ったら女房が80歳に
なってしまう話とか。

 この願いは《三つ》という限定があるのがいいのでしょう。その種のジョークを読むと、やはり人間には、他者がハッピーエンドになるのを見たくない心理があるのかと思ったりします。

 笑いとは他者の失敗を笑うことであると誰かが言っていたことを思い出しますが、そうであれば、幸福感とは相対的なもので、隣人より少しでも上であれば気分がいいものなのでしょう。ちょっと情けないですね。

 昔、隣の車が小さく見えます~なんて言う隠微なCMがありましたが、でっかいことはいいことだ~のほうが明るくて、私はいいです。

2017/03/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
> それは自分を客観的に観察する自分だったり、
 これは良心ですね。英語はconscience。con=共に、science=知る(科学とは知ること)。自分の心の中に、もうひとり自分を知る者がいて、これはしてはいけないと咎めたり、これはしていいと釈明したりする働きがあり、これは神が備えたものだと聖書では言われています。

> 自分の感情を代弁する自分だったり…時には入れ替わる自分だったり
 これは、特に後者は、なんでしょうね。
> 私はそいつに創作を手伝わせたり、時には「お前が書け」と入れ替わって書かせたりしてます
 そうですか。そうなら神的な存在のようです。あるいはハイアーセルフかもしれませんが。そうなら、すごいじゃないですか。ほとんどカリスマ的人間です。超自然的ともいえるほど特別な才能を天から与えられているということです。
 ということは、sado joさんの場合は、アイディアを考え出すというより、ふうっと頭に物語のシーンが浮かんでくるのでしょうか。それを文章にしているが、文章では言い尽くせないもどかしさがあるといったことですか。その霊的なフォースは、未来は教えてくれないのですか。

> 自分の死と同時に周囲が消えると、こいつもいなくなるだろうと思ってます
 これは肉体を捨てれば、本質である魂だけになり、そうなれば、もう一人の自分とも一緒になるので、そいつは居なくなるだろうという意味でしょう。ハイアーセルフをそういうふうに実感できるのは恵まれてますね。そんな人は、猿の手など要りませんね。(笑)

2017/03/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 願いを叶えるにはどんな選択肢があるのか

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
> 1 天は自らを助ける者を見捨てる
2 少年よたいした女を抱け
3 お取り寄せの法則
4 信心、信仰よりお新香

 あははは・・・また、考えましたね。これを考えたら、ひと晩中寝られなかったでしょう。「もう寝ようっと」とのセリフがその事実を証明してるようです。(笑)
 でもまあ、お持ち帰りの法則でもいいですかね。なんであれ、自分の手に入ればいいのですから。(笑)

 ウナさんは、「1.地道に努力を続ければ必ずいいことがあるはず」という人生志向じゃないですか。「や~ると思えばどこまでやるさ~」のような気がします。
 あるいは「And more, much more than this, I did it my way」かもしれません。私は村田春夫より、こっちの歌のほうが好きです。シナトラ版です。ウナさんもジャズのほうがよかったですよね。
https://www.youtube.com/watch?v=egY8rUpxqcE

> 生活の基盤を
「こじんまり」にしようと思っておりますが

 これも10項目に加えればよかったですね。生まれたときは裸だなどと思うより、このほうが実際的です。
 ちなみに私は「こにんまり」にしたいと思っています。日々の暮らしに少しでも笑いがあれば上々です。

2017/03/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

頭蓋骨と爺い、そして美女

おはようございましゅ
何故か何度も開けてしまいました
彼女に一目ぼれでした
(探せばいるんだ、いい女は・・)
(タマリマセン。あはは)
しかし
脳幹に突き刺さるような絵画を
よくぞ貼ってくださいました
いけない
いけない
起きた麦価、素面です
酔ったらまたお邪魔いたします。あはは

2017/03/19(日) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: 頭蓋骨と爺い、そして美女

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^) 
 おはようございます。ずいぶん早起きなんですね。あるいは、あまり眠れなかったのでしょうかね。でも今頃はぐっすりだったりして。(笑)
 
 この写真、気に入りましたか。ちょっとなまめかしいですよね。
 しかし「脳幹に突き刺さるような」とはなかなかの形容句ですね。

 旧約聖書にこんな言葉があります。箴言31:30

「あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる」
 美人も歳を取るとそうではなくなるということですが、しかし、この写真でも示唆されているように美人の顔の皮の下は、誰でも皆しゃれこうべ。

 こうべとは、頭ですから、美人の頭は洒落で付いているようなもの。素の顔は髑髏です。おお、こわ。……でも私はこわいもの好きなので、ええと、何を言おうと思ったのかな。(笑)

2017/03/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

●そもそもノックの音が止んだ原因はなにか?
腹が痛いんです、トイレ貸してください、はやくはやくぅぅぅぅ。ぽんっ・・・はい、手遅れでした。

●この話は、どんな教訓を与えようとしているのか?
武士の情けにござる、見て見ぬふりをしてあげなされ。

●ホワイト氏は、どう願ったら良かったのか?
200ポンドと言わず2億ポンドと言っておけばよかった。見舞金ごときではとても賄えない額なら息子がとられる事も無かったろう。諸悪の元凶はそのせせこましさ。願いはでっかくドーンと悪魔ですら呆れ返る位に。

○それにしても、願いを叶えるには、どんな選択肢があるか。
宝くじが当たったら人生変わってしまう・・・宝くじには人生を変える力がある。(いや、一人の人生位変えられない程度の宝くじなら当たっても意味無いから。

 人生が自由であるか不自由であるかは当人の認識一つである。自分の境遇に疑問を持った途端、どんな自由ですら幽閉と同じになる。強欲は身を滅ぼす元。人は満るを知るべし。ああー宝くじ当たりてぇ(オイ

2017/03/19(日) |URL|miss.key [edit]

Re: タイトルなし

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 おー、さすが、作家ブログのmiss.keyさん。そう来ましたか。コロンブス的なこんな展開があるとは、ちょっと気づかなんだですよ。

> 200ポンドと言わず2億ポンドと言っておけばよかった。
 これは見舞金ごときではとても賄えないから金額だから、息子は死なないだろうということですか。ここは悪魔になったつもりで、その対抗策を考えようとしても、うーむ、かなり難しいですね。
 で、悩んだときは聖書をすぐ思い出すのですが、イエスがこういうことを言ってます。

「人がたとえ全世界を得ても、自分の命を失ったら何の益があるか」。これ、どうでしょう。つまり人間の命は全世界を得る以上の価値があるということです。命は金では買えないということです。
 つまり、この息子の命だって2億ポンドでも買えないほど貴重です。特に息子の両親なら、そう思うでしょう。したがって2億ポンドの金額でも、定められた運命を変えるなら、やはり息子の命が取られるのではないですかね。2億ポンドの大金は世界中の銀行からかき集め、なければ悪魔が印刷するでしょう。これ、まっとうな意見で、ヒネリがなくて申し訳ないですが。
 じつはここはちょっと考えたところなんです。運命を変えるのがご法度なので、どんな良い動機でも良い願いでも必ず災いは付き物であるのだから、地球のすべての人々の幸せを願ったら地球以外の人々に不幸せが来るようになるのじゃないか。悪魔が全宇宙を管轄しているなら、どこか他の星に住む宇宙人が不幸になるのじゃないかと思うのですが、どうでしょう。

> 宝くじには人生を変える力がある
 なるほど。これもちょっと意外な発想です。よくそう言われますね。ですが私は、本当に人生を変えるのかと思っているのですがね。
 というのは、もし宝くじに当たっても、ひとには絶対言わない。大騒ぎしないで、そっと使っていけばいいんじゃないでしょうか。
 昔、3億円事件を起こした犯人が捕まらなかったのは、金の使い方がうまかったからでしょう。横領などで捕まる人は大抵バーで金をバラまいたり、女に貢いだりして金遣いが荒いですよね。宝くじが人生を変えるのではなく、頭の悪さが人生を狂わせるのだと思うのですよ。
 なので、
Q:どんな教訓を与えようとしているか?の答えは
QA:ノータリーンハイリスクの原則。と書いたのです。
 これは、no return と書いたのじゃないですからね。

> 人生が自由であるか不自由であるかは当人の認識一つである。自分の境遇に疑問を持った途端、どんな自由ですら幽閉と同じになる。強欲は身を滅ぼす元。人は満るを知るべし
 これもmiss.keyさんらしい金言です。たとえ周囲が縛りだらけでも自分の心は縛られないぞ、ですか。なかなか気概のある言葉で、いいですね。こういうのが本当は座布団を差し上げるべき言葉なのでしょう。
 あ、いや、「足る」じゃなく、「満る」とはなんでしょう。ハテ。

2017/03/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/03/20(月) || [edit]

こんばんは♪

「猿の手」、面白い物語ですね!

幸福、
改めて考えると何やら難しいですね(^^;

幸せも、あまり続くと慣れてくるのでしょうね^^

2017/03/20(月) |URL|Sinn [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメsさん コメントありがとうございます^^)
 願うというのはエネルギーがいりますね。でも願う気持ちはモチベーションの表れでもあるわけで、いいことなんでしょう。
 スポーツなどでよく無欲の勝利とか無心で勝つなんて、昔の剣豪のような言い方がされ、ある領域に達すればそうなのかと思いますが、普通は願いがなければ勝つというレベルまではいきません。

 あまり貪欲なのもギラギラして見苦しい場合がありますが、まあ、何でもバランスが大切なんでしょうかね。
 
 イラストは上手ですね。検索したら、あちこちで使われていて、大元はどこだかわかりません。かなり古そうな素材なので、大丈夫だろうと思って画像を拝借しました。

2017/03/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんばんは♪

Sinnさん コメントありがとうございます^^)
> 幸せも、あまり続くと慣れてくるのでしょうね^^
 幸せというのは、願って願って手に入れるまでのその過程が、案外いいような気もします。

 ゴルフでホールインワンが毎回毎回永遠にできたら幸せではなくなり、スイングを巧く振ろう、ゴルフを上達しようという意欲と楽しみがなくなりそうです。

 写真でも絵画でも何でも同じことが言え、毎回毎回完璧なものができてしまったら、ええと、それも一度は体験してみたいものです。(笑)

2017/03/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

そうですね、皆、二重か三重の人格はもっていますよね。

きょうの私の三つのお願い
〇昨夜、なかなか寝付けなかったので
今夜は、すぐに眠れますように。
〇お寿司が食べたいなあ
〇忘れん坊の私ですが、明日の粗大ゴミの日を
忘れませんように。

ああ、なんだかこんなことだけ?
とりあえず、こんな三つのお願いです。

2017/03/20(月) |URL|森須もりん [edit]

Re: タイトルなし

森須もりんさん コメントありがとうございます^^)
> きょうの私の三つのお願い
 1番目は私と同じです。私も寝つきが悪いのです。昔からです。ふとんに入ってから、いろいろと考え事をするくせのせいです。
 2番目は、ああ、近ければご馳走したいなあ。回転寿司しか、最近は行ったことがないですが。(笑) いろいろありますが、『スシロー』が一番の贔屓です。他の店はあまり行きたくないです。
 3番目は粗大ゴミの日を覚えておくことですか。私は忘れそうなことは、冷蔵庫の扉とパソコンの近くにメモを貼っておきます。いちばん目につきやすい場所ですので。他の場所だと忘れてしまいがちです。

> ああ、なんだかこんなことだけ?
 森須さんが、こんなことだけの願いで、安心しました。
 これなら大丈夫。かなり精神的なゆとりがあります。たいしたものです。普通だともっと願いが大きいし、いっぱいあると思いますが。
 これなら『猿の手』があっても欲張った願いをしないでしょうから、災いに遭うことはないですね。(^^♪

2017/03/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/03/20(月) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメsさん コメントありがとうございます^^)
 あー、わざわざすみません。そうでしたか。第一印象のほうが当たってましたね。
 そうそう、もうすぐ、さくらですね。
 さくらぁ、さくらぁ、さくら、お兄ちゃんは旅に出るよお。けっこう毛だらけ、さくら灰だらけ。枯れ木にぃ花が咲き乱れると来りゃあ。さあ、巡り会いが人生ならば、すばらしき相手に巡り会うのもこれ人生であります。はい。失礼をばいたしました。(笑)

2017/03/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/03/22(水) || [edit]

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2017/03/22(水) || [edit]

Re:Re: 自由を享受できるのは、とてつもない幸福である。?

丁寧にコメント返しいただき有り難うございます。
小生のことをご存知だったとは驚きです。
まあ、お互い天安さんにコメントしまくってましたからね。さもありなんといったところですか。
「私には及びもつかない知識の広さと深さで」とおっしゃいますが、小生は部分的に少々深いだけで、知らない分野が山とあり、バーソさんにはとてもじゃないが勝てっこありません。
さて、小生へのコメント返しの内容、ごもっともです。
平和で豊かな日本にあって、皆、何不自由なくぶくぶく育ってきており、ああじゃこうじゃと愚痴をこぼすんじゃねえ、ユニセフのTVCMを見てみろ、餓死していく幼児が世界にはいっぱいいるんだぞ、と言いたくもなります。
でも、平和ボケしている日本であるがゆえに、甘えがある温室育ちの若者をいきなり荒野に放り出すこともできません。ここが日本人の痛いところです。
自我意識をしっかり持つことなく、いや、これは良くないこととして否定され続けて来た日本文化の下にあって、何事も自由だから自分のことは自分でいいと思ったことを好きなようにやればいい、といきなり野に放たれてもまごつくだけ、ということになります。
贅沢な悩みですが、そうしてしまった犯人は何も考えずに年寄りになってしまった我が団塊世代にあり、と小生は反省しきり、です。

2017/03/22(水) |URL|どろんこ [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 あ、そうでしたか。わざわざどーも。
 これで当方の勘違いは二回目かな。
 すみませんね。折角の名文なのに、読解力が不足していて。

2017/03/22(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: Re:Re: 自由を享受できるのは、とてつもない幸福である。?

どろんこさん コメントありがとうございます^^)
 日本は、特に中東やアフリカ辺りと比較すると、戦争やテロ、内乱や飢餓もなく、本当に平和ですね。
 今の世代は温室でぶくぶく育ってきましたか。そうかもしれません。
 いまの時代を見ていると、物質的に不自由がなく、精神的にも特定な教えを上から強引に押し付けられるようなこともなく、かなり自由です。
 現状だけ見ていると問題が多々あるように思えても、戦後から昭和の時代に比べるともう別次元の違いで、羨ましく思うときもあります。

 自我意識を抑える日本文化。そうですね。出る杭は打たれる。なるべく《和》を壊さない。何かするときはひたすら協同しようとする―――こういう日本人の傾向は、大いなる和を尊ぶ大和民族の特長でもあると思うのですが、個人個人に自信や自立心というものが足りず、白人の欧米文化にコンプレックスを抱いているという性向が潜在的な問題としてありそうです。
 
 SNSの普及で、世界の意思疎通が気軽にできるようになりました。ならばその利点を活かして相手の考え方を知り、その違いを尊重するように務め、相手を上回ろうとか打ち負かしてやろうといった競争心や闘争心を表さないようにすれば、もっと穏やかで争いのない良い世界になれると思うのですが、折角の便利なツールも使う人の意識によって問題増強のツールに変わり得るのが困ったものですね。

2017/03/22(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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