「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ミレーの『落穂拾い』は旧約聖書の『ルツ記』による。 

(ミレーとトランプは馬が合うか)

今から三千年以上前、イスラエルのベツレヘムに、ナオミという貧しい女がいた。
ナオミ・ワッツとは違う、ナオミ・キャンベルとも違う、ごく平凡な女だった。

しがない女ナオミは、飢饉で異国モアブの地にいたとき、夫と息子に先立たれる。
やもめのナオミは、息子の嫁だったモアブ人のルツに、実家に戻るように言うが、
嫁ルツは、姑のナオミの故郷に一緒に行くと言って、ベツレヘムにやって来る。

ルツは、ボアズという男の畑で麦の落穂を拾(ひろ)わせてもらい、姑の面倒を見た。
ボアズは、異国人ながら献身的なルツの姿に心を打たれ、彼女を妻にする。※1

“Ruth in Boaz's Field” Julius Schnorr von Carolsfeld 
夏ニコラ・プッサン1660-64年
赤い衣服のボアズが畑の管理者からルツについて説明を受けている。ルツ記2:5-7

こうしてボアズとルツからオベデが生まれ、オベデからエッサイが生まれ、エッ
サイからダビデが生まれ、ダビデはイスラエルの傑出した王となり、その千年後
の子孫に大工ヨセフが生まれ、その妻マリアからキリスト・イエスが生まれた。

さあ、このルツの話は、ミレーとトランプに関係がありそうな話になりますよ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
世は情け。貧しき者と、よそ者の落穂拾い。
(とりあえずは、ご隠居と八っあんが会話している茶色い大文字の文章だけ読めば、早く読めます)

「ご隠居さん」
「八っあんかい。まあ、お上がり」
「ご隠居は枯葉マークだから、古いことに詳しいだろうと思って」
「おいおい、それを言うなら、もみじマークかシルバーマークが正しい」
「じつはですね、トランプは異国の人間が嫌いみてえですが、あのキリスト様の
ご先祖には異国の女がいたとか聞いたんですが」
「おお、そうだ。よくそんな話、知ってるな。イスラエルの隣にあったモアブと
いう国の女がそうで、名はルツだ。私はルーツで覚えた」
「ルーツが異国人なら、キリスト様は純血じゃあなく、混血なんですか」


  (※イエスの父ヨセフの家系図はマタイ福音書1章にあり、族長アブラハムまでさかのぼっている。
 母親マリアの家系図はルカ福音書3章にあり、最初の人間アダムにまでさかのぼっている)

「うむ、まあそうだな。今はイスラエル人といっても、ずいぶんいろいろな人種
が混ざっている。特に欧米系のイスラエル人は、もう白人と言っていいほどだ。
ところで、八っあんはミレーの『落穂拾い』を知ってるか」
「へえ、ニレの落ち葉拾い。でもニレの落ち葉は黄色になるんで、もみじの紅葉
のほうがいいですねえ」
「そうじゃない。ミレーが描いた『落穂拾い』だ」
「あ、絵の話でしたか。なんせゲージュツのほうは初心者マークなもんで」
「この絵をよく見なさい。麦の穂を拾っている有名な絵だ……

“Des glaneuses” Jean-François Millet(1857)Musée d'Orsay.
gleaning1.jpg
フランスはフォンテーヌの森のはずれにある、薄暮の「シャイイの農場」が描かれている。
三人が拾った落穂は、非常に本数が少ない。つまり非常に貧しい暮らしをしている。
・左側の女性は、片手を背中に回していて、もう腰の曲がった高齢者に見える。
・左と中央の二人は、指先でつまんでいる手つきだ。つまり落穂はごく小さい。
・右の女性は、もう落穂は拾い尽くしたために、上半身を起こしているようだ。

……八っあん。手前の三人は麦の落穂を拾っていて、向こうのほうに見える人間
たちとは対照的な構図になっているのだが、いったい何が対照的か、分かるか」
「ええと、向こうのほうにいる人間たちって、この白く見えるのは人間でしたか。
なんかをかついでる人に、しゃがんでる人……」

eting1.jpg
奥のほうには穀物がうず高く積まれ、荷馬車があり、かなり大勢の人たちが春の収穫作業をしている。
白っぽい薄着の小作人だか雇われ人たちは、賃金は安いが、一応安定した暮らしは営めているはず。
(それに反して、手前の女性三人は濃い色の厚物を着込んでいて、今のホームレスのようだ) 

「これは大勢で収穫作業をしているのだ。つまり奥の景色は食うに困らない人々、
手前の三人は食うのがやっとの人々、とまあ、はっきりと生活の質が違っていて、
対照的な構図になっているのだな」
「ご隠居。落穂拾いは盗みじゃねえんですか」
「いい質問だ。じつは、大昔のイスラエルの律法では、貧しい人や外人寄留者は、
畑の持ち主に許可を得て、落穂を拾ってもいい定めになっていたのだな」
「じゃ、フランスの田舎でも、イスラエルの律法とやらを真似していたんで」
「そう、律法は旧約聖書に書かれている掟だ。フランスはカトリックの国だから、
旧約聖書の教えも取り入れたのだな」

・レビ記23:22「あなたがたの土地の収穫を刈り入れるとき、畑の隅まで刈ってはならない。あなたの収穫の落穂も集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない」。
・申命記24:19「あなたが畑で穀物の刈り入れをして、束の一つを畑に置き忘れたときは、それを取りに戻ってはならない。それは、在留異国人や、みなしご、やもめのものとしなければならない」

「ご隠居。落穂拾いをしていると、ひとから嫌がられたり、いじめられたりされ
なかったんですか」
「うむ、これもいい質問だ。ま、されたかもしれんな。でもな、拾ってもいい、
拾えるようにしておこう、と社会的な慣習があったのだから、そんな嫌がらせや
いじめをするようなやつのほうが大馬鹿者だ、たわけ者だ、とんちきだ、人間の
クズだと思う人が大半を占めていたんじゃないかな。そう思いたいよ」


1855-56年 エッチング 29.5×35.5cm
1855-56年エッチング
ほぼ1年前には完璧な構図が出来ていた。このエッチングでは手前と奥との距離が近く、
女たちが疎外されている感がほとんどない。中央の女は、右手に腕抜きをはめていない。

「おや、ご隠居、かなり怒ってませんか。それにしても、イスラエルやフランス
では、貧乏人にも外人寄留者たちにも、福祉手当みてえのが考えられていたって
わけですか」
「まあそうだ。だが、もらうほうでも、ただ落穂をもらって、のほほんと暮らし
ていたわけではない。自分の手で落穂を拾い集めて、自分で出来ることは精一杯
やって、たとえひとから冷たい目で見られても、必死に生きていこうとしていた
のだろうな」
「ふーん、ご隠居、ちょっと涙ぽろりの話ですね。知らなかったです」
「そうか、この『落穂拾い』は英語ではグリーニングと言って、意味が三つある。


gleaning
 1.(落穂などを)拾う
 2.(畑などから)刈り残りを集める
 3.(情報や知識などを苦労して少しずつ)収集する

…と、3番の《知識を収集する》の意味もあるのだから、知らなかった、気づか
なかったとか言わず、たえず情報の刈り取りをよくして、世界中の苦労している
人たちのことをもっと知って、もっと思いやったほうがいいなあ」
「なるほど、ご隠居もたまにはいいこと言いますね。普段、残り少ない頭の毛を
なでつけてグルーミングをしてるのも無駄じゃねえ」
「おいおい、グルーミングなら犬猫だ。グリーミングだよ。……でもなあ、八っ
あん。このミレーの絵も当時ずいぶん悪く言われたらしいぞ。貧困を誇張してい
て卑しいとか、権力を排除する危険な革命思想があるとか言われて、ひどい中傷
排撃をされたそうだ。※2
「あらら、ミレーさん、かわいそう」
「いまは世界が、自分だけ良ければいいとする方向に進んでるようなのも困った
もんだなあ。ミレーの『落穂拾い』の精神が世間に浸透したらいいと思わないか、
なあ、八っあん」
「ご隠居、いい方法がありますよ。ミナーの拾い話を徹底すればいいんです」
「なんだ、そのミナーの拾い話とは?」
「はい。皆ーで『落ちこぼれ拾い』を心がければ、きっとうまくいきます」※3



                     



☆「落ちこぼれ」とは世間並になっていない人というほどの意で、弱者を助けたいということです。
補足
※1:イスラエルでは「義兄弟結婚(レビラト婚)」と言って、死んだ兄弟の家系を継ぐ子孫を生み出すため、寡婦が死亡した夫の兄弟と結婚する習慣があった。(申命記25:5,6) やもめのナオミは最近親者の妻となる権利があったが、最近親者がいやがって断った。そこで、たまたま近親者の一人だったボアズが法的な手続きに従ってナオミを引き取るのだが、ナオミは子を産むには高齢だったので、実際には息子の嫁ルツがボアズの妻になる。ルツは異国人でもあり、あまり美人ではなかったのかもしれないが、ボアズは律法を順守する精神があったのとルツの内面的な長所を見て、ルツを妻とした。

※2:1857年のサロンに発表された本作品は、激しい賛否両諭の対象となった。ある者は、国家が消滅を宣言したはずの農村の悲惨さを告発するものとして、この絵を批判した。美術評論家のサン・ヴィクトールは「ぼろ着をまとったこの案山子たち」に「貧困の復讐の3女神」の姿を見た。ジャン・ルソーは『フィガロ』紙で3人の落穂拾いの背後の重い地平には、民衆蜂起の槍と処刑台が浮かびあがる」と記した。ミレーは、実際にはクールべと異なり、社会批判の意図はもっておらず、作品に政治的含みをもたせることはなかった。彼は本作品において、農民生活のありふれたひとこまを描こうとしただけだった。―――文部科学省のホームページ

※3の参考:「落穂拾い」は一種の慣用句として使われることがある。地面にこぼれ落ちた稲穂を後から拾い上げる様子から、「物事の本筋からこぼれ落ちてしまった重要性の低い些細な事柄を、後から拾い上げて処理する」と言う消極的な意味と、「落ちこぼれてしまった事柄に、立場が違えば重要なものもあるので見直して対応する」という積極的な意味がある。日立製作所での「落ち穂拾い」は後者の意味であろう。―――Wikipedia
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こんばんは♪

とても有名なこの絵ですが、
落ち穂を拾わせてもらっているというのは
承知していましたが、
とても深い意味内容があるのですね。
ミレーは作品に政治的含みではなく「物語り性」をもたせ
たかったのでしょうか。。

2017/03/11(土) |URL|Sinn [edit]

ふ、深すぎるぅ…

>奥の景色は食うに困らない人々、手前の三人は食うのがやっとの人々、
とまあ、はっきりと生活の質が違っていて、対照的な構図になっているのだな

まず、ここで(((ʘ ʘ;)))ほぉ、へぇ!
そう観るんだぁ‥。

次に『グリーニングと言って意味が三つある』で、
えぇ~っ、ふ、深~い、と驚嘆。

注訳※2で、さらに驚愕。
人の、ものの見方の、い~ろいろに……。
これらの見解、ミレーだって仰天でしょうね。

※3の慣用句として使われる、について。
バーソさんの手にかかると、全ては
>落ちこぼれてしまった事柄に……見直して……
そのままの記事発信ですよねぇ。
ミレーは、そのタッチが好きでしたが、
まさか、これほど多面的に解釈されていたとは…。
( ̄~ ̄;) …見方を変えれば、人のイマジネイションほど、
強烈な印象を与えるものはないかも、ですねぇ。

2017/03/11(土) |URL|風子 [edit]

落穂ひろい

バーソ様
おはよう御座います。

誰でも知っている有名な絵画ですがそんな意味があるのですね。
現在の私の心境ではただ腰が痛そうだとしか思えません(笑)
昔からイスラエル人は純血を尊んできたのでしょうか。
人間なんて全員が混血だと思うのですが。
特に神の前では純血も混血も関係ないのではないでしょうか。
しかし、イスラエルはいつからこんなに野球が上手くなったのでしょうか。

愛新覚羅

2017/03/11(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: こんばんは♪

Sinn さん コメントありがとうございます^^)
> ミレーは作品に政治的含みではなく「物語り性」を
もたせ たかったのでしょうか。

 政治的な含みはなかったと言われているようですよ。ミレーの絵についてはこんな話がWikipediaあります。

 ミレーがパリの美術商の店先の前を通ると、ミレーが売った裸体画を2人の男が眺めているのに出くわした。
「この絵は誰が書いたんだい?」
「ミレーって男さ」
「ミレー? どんな絵描きだい?」
「いつも女の裸ばっかり描いていて、それしか能のないやつさ」
 それからミレーは生活のために裸体画を一切描くまいと心に定めて、農民画家として農村の風景画を描くようになり、それは宗教的な意味合いを持ったものが多かったようです。『晩鐘』は祈りをしている敬虔な夫婦の絵ですよね。
 大体が中世の絵というのは、ギリシア神話や聖書の話から採られているものが多いですが、教会の力が強い時代ですから、当時の人々は、崇高なものや神聖なものに憧れる精神が強かったのでしょうかね。

2017/03/11(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: ふ、深すぎるぅ…

風子さん コメントありがとうございます^^)
 いつも過分にほめていただいて、ありがたいことです♪
 この絵は有名なので、ネットを見たら、落穂拾いについては旧約聖書の律法に書かれていると説明しているサイトがけっこうありました。
 でも、ルツの家系がイエスに至る話とか義兄弟結婚(レビラト婚)の話まで論じているのは、私がざっと見た限りではなかったですね。
 でも小さいときから聖書に親しんでいる欧米人には、こういうことは周知されていることかもしれません。

 当時、ミレーの絵が酷評されたというのも面白いことだと思います。私は美術展に行くと、解説が絵の横にあるのでざっと目を通します。抽象画は分かりにくいので大変参考になるのですが、たまに深読みをしてるのじゃないかと感じることがありますね。
 画家はただ対象をキャンバスに描いているだけかもしれないのに、評論家は色遣いや構図から推論して、あれこれ意味づけをします。大学のテストでも、この一文から作家の意図をくみ取って述べよなんていうのがありますが、画家の意図まで悪く推論されてひどく迫害されるとなると行き過ぎで、画家にとっては大迷惑でしょう。
 現代では著名な画家が、当時は評論家に認められずに潰された話はよくあります。評論家とはプロになれない人が評論家になっているわけで、なんにせよ、私たち凡人も、あまり偉そうに言わないほうがよさそうですね。(笑)

2017/03/11(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 落穂ひろい

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> 現在の私の心境ではただ腰が痛そうだとしか思えません(笑)
 あははは、思わず笑ってしまいました。腰の痛みは笑い事ではないでしょうに。でもまあ、感想というのは人によりいろいろあるという証拠でもあるようですね。

 イスラエル人は、人種的には非常に雑多な国民です。島国の日本とはまったく違い、昔から近隣の諸民族と混血してきた歴史があります。
イスラエル人の定義は、イスラエルに国籍を持つ人々のことですので、ユダヤ教の他に、キリスト教徒もアラブ人も含まれるようです。
 また、ユダヤ人と言う場合には、ユダヤ教の信者(宗教集団)、あるいはユダヤ人を親に持つ者(血統)によって構成される民族集団のようです。
 彼らはイエスの時代にはローマ帝国の支配下にあり、西暦70年には神殿を破壊され、その後は世界中に散らされ、離散民となりました。ユダヤ人はずるがしこい人種だとされ、大変な重荷を背負った民族なんですが、ユダヤ教の教えを軸にして金融業などに活路を見出し、シオニズム運動を経て、1948年(昭和23)に建国しています。パレスチナの土地を巡る問題は宗教的な考え方の相違もあり、なかなか解決できませんね。アラブ人も同じ神を奉じているのですが。

 イスラエル軍は28人中27人がアメリカ人で、メジャーの選手が多いと何かに書いてありました。このところ毎晩、侍ジャパンを観ていますが、連勝しているので、気分よく眠れています。(笑)

2017/03/11(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

落語のオチがよろしいようで(笑)
人間に限らず、自然界の生き物には、例え相手が弱くとも根絶しないと言う知恵が備わってます。
小さな虫やバクテリアでも、それを根絶すると全体のバランスが崩れて環境が激変してしまいます。
弱者も貧者も自然のサイクルの中では必要なのですね…ただ、最近気になるのはそのバランスの歪みです。
どう見ても豊かなはずの者が「俺達は貧しい」と言って、本物の弱者や貧者を排斥しようとしてる事です。
彼らは本当に食えないのか?自らの欲望を肥大化させているだけではないのか?…ならば、神を欺く虚偽申告です。
欧米の白人が、或いは日本人が「ソドム」と「ゴモラ」の住人の様になりつつある事に戦慄を覚えてます。

2017/03/11(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado jo さん コメントありがとうございます^^)
> 人間に限らず、自然界の生き物には、例え相手が弱くとも根絶しないと言う知恵が備わってます。
 ああ、そうですね。弱肉強食といっても、おなかいっぱいの時は不必要に狩りをしたりはしないで、食べる分だけを食べているのでしょう。

 人間が違うのは、不足感と、そして物質欲のせいのようです。
 足りていても、足りないと思う感覚。これは、はっきりいえば信仰の欠如、あるいは愛の欠如です。動物も人間もすべて神が造ったと思わないで、強いものが適者生存で生き残ってきたのだ、それが地球上では正義だと思っているので、平気で無残な殺し合いをし、奪い合いをし、それに大義名分を付けて正当化しているのです。

 欧米の白人は、元々熾烈な領土争いをしてきた歴史があります。日本と違って、欧米はずいぶん領土の地図が書き換えられてきました。自分とは違う者たちは蹴落とすのが当たり前のような感覚になっているのでしょうか。

 ソドムとゴモラはかつては肥沃な土地で、物質的には豊かであったようです。創世記の13章10節にこう書いてあります。

「ヨルダンの低地をあまねく見わたすと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる前であったから、ゾアルまで主の(エデンの)園のように、またエジプトの地のように、すみずみまでよく潤っていた」。
 この町は今は死海の底に沈んでいるようですが、当時も悪徳の町として知られていました。しかし今の大都会が違うのは、必ずしも悪徳の町ではなく、不道徳に溺れている人たちばかりではないということです。
ごく一般の普通の人たちが人間味を失ってきて、弱者をないがしろにしようという意識に変わってきているのです。困ったことですね。

2017/03/11(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

あの名画にそんな意味が込められていたとは。
すごく勉強になります。

2017/03/11(土) |URL|マウントエレファント [edit]

来た道をゆっくり帰りましょ

こんばんは

ひとさまに戴いたものを
お返ししたいと思って生きております
父だったり母だったり乳だったりします
幼き頃に手を引かれ
縁日にいきました
その手の温もりは憶えておりますが
ただ
誰の手だったのかは不確かですが・・・
紳士たれ、と
ブロ友さんが書かれましたが
紳士より先ず人であれ
幼き頃を思い出せ
これは『素直』であれとわたくしは想います

落穂ひろいを初めてみたときに
牧歌的な中にこそ
ひとの営みがあると感じました
わたしは益々老いていきますが・・・

これは
どんどん素直になるということでしょうか?
孫に手を引かれ
お賽銭を投げにいきました
「おじいちゃん」と呼ばれておりましゅ
あはは


若い女子(をなご)に恋でもしましょか?
あはは。

2017/03/11(土) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん コメントありがとうございます^^)
 名画も、なんとなく名画だ、うまいなあ、と感じるのは絵に気品とか荘重さなどがあるせいでしょうが、由来とか意味とか描いた人の状況などを知ると、さらにまた感銘を受けることがありますね。

 この絵が単に麦の落穂を拾っているのであれば、貧乏な暮らしを描いただけになりますが、聖書の教えが根底にあり、生活の厳しさの中に、人の思いやり、生きる勇気などが感じられるので、それゆえにも名画とされているのでしょうか。
 私はこの絵を見て、左と中央の女性の手が何とも武骨で、麦の穂をつまもうとしている指の描写に、生活感が見事に表れていて、素晴らしい絵だなあと思いました。絵の描ける人は羨ましいですね。(^^♪

2017/03/11(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 来た道をゆっくり帰りましょ

はしびろこう・ウナ さん コメントありがとうございます^^)
> 落穂ひろいを初めてみたときに
牧歌的な中にこそ
ひとの営みがあると感じました

 うむ、と声をまず発しますが、「牧歌的」、なるほど。郷愁を誘われるような言葉です。素朴で、のどかで、素直で、ゆったりとしていて、明るくて、陽が差し込んでいて、蝶々も虫も飛んでいて、鳥も啼く、心温まる自然のイメージ。これは人間の本質的な性質に近いように感じます。こんな素朴な人間の営みというのは、やはりいいものですね。

 今の世の中は真四角のコンクリートジャングルになり、地面は土ではないので、素足では歩けなくなりました。この記事の最初にある絵では若い女ルツは素足なんですね。若い男も素足です。東京オリンピックのマラソンでは、エチオピアのアベベは素足で走りましたが、自然の中で生きてきた人は、素足が自然で、歩きやすいのでしょう。
 世の中がだんだん便利になる引き換えに、牧歌的な風情というものが薄れてきていますね。

 子供の頃、夜に叔父さんと一緒に電車に乗って縁日に行って迷子になり、一人で路面電車のレールの上を歩いて帰ってきたことがあります。その途中、ちょうど地上数メートルの高架の所でレールから足を滑らして落ちたのですが、レールに手がストッパーになって引っ掛かったのでなんとか留まり、必死に這い上がったら、すぐ電車がやってきて運転士が驚いてこちらを見ているのをいま思い出しましたよ。

 ウナさんは縁日に誰かに手を引かれて帰ったときの手の温もりを覚えているのですか。そういう思い出が今でも残っているのはいいですね。
 年々歳々人同じからず。しかし、お孫さんですか。若い命はすくすくと育っていきますね。

2017/03/11(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

「落穂拾い」にそんな意味があるとは知らなかった。
単に取り残した穂を拾い集めているだけかと思って
いました。絵画ってその絵を見、感じるだけでよいという
人もいますが、その作品の背景を知ると絵画でも音楽でも
感動がいや増します。
「怖い絵」シリーズで名画に秘められた怖い話を紹介
している中野京子さんという好きな作家さんがいます。
このシリーズがまた面白いんです。
彼女がこの「落穂拾い」についてどう書いているかと
思い調べてみました。
「新・怖い絵」の中で中野さんは「レビ記」や「申命記」を
引き合いに出して「落穂拾い」が「喜捨の精神」、「貧者の権利」
として近代まで続いていたと記しています。
さらに驚くことに、「怖い絵2」の中でミレーの「晩鐘」を以下の
ように述べています。
「・・・影の濃い前景の土地は痩せ、夫婦のわずかな収穫は
ジャガイモである。ミレーのもうひとつの傑作『落穂拾い』と同じく、
「富む背景、貧窮の前景」が示されている。
ジャガイモはパンを食べられない貧民の主食だった。だから
手押し車に載せた袋には商品用のそれ、足もとの手籠には自分
たち用のそれと分けて入れてある・・・」
奇しくも「落穂拾い」も「晩鐘」も同じようなテーマ(富む背景、貧窮の
前景)、緻密な描写と信仰(貧者の権利)が合わさっているんですね。
驚いたのなんのって!(笑)

2017/03/11(土) |URL|エリアンダー [edit]

現代の落穂は拾われない

 今時の人は落穂には目もくれません。代わりに鳥達が群がっております。人は「落穂」を拾う鳥達を追い払うでもなく、遠くから見ると鳥達に囲まれた美少女が唄うネズミーアニメの様であります。え゛、現実との乖離がありすぎる?そう、畑の主役はいい歳したおっちゃんなんですなぁ。おっちゃんは黙々とトラクターを転がしております。あ、なんか唄ってる?ど演歌やんけー。
 それはさておき。
 一時期、ヨーロッパに於いては絵には物語が無いといけなかったらしい。物語が無ければ絵ではないみたいな風潮があったのですな。
 誰かは忘れましたが、某画家が女性の肖像を描いた。ただ突っ立っているだけの女性の絵に見た人は皆困惑。その場は騒然となったのであります。しかし、それでもあれやこれやと解釈し始めたそうな。まるで何処ぞのくだらないギャグ漫画を深読みするお客様の様であります(マテ)。画家は余りにやかましさに「意味なんか有るかー。綺麗な姐ちゃん描いただけや。文句あっか(意訳)」と言うたとか何とか。うーむ、深い。
 義兄弟結婚でありますが、日本にも似たようなお話しはございます。武士の家では兄が死ぬと弟が家を引き継ぐなんて事がありましたが、その際に兄嫁も引き継ぐ事が多かったそうな。恐らくは遺児及び若い後家さんの庇護が目的だったのではないかと思われます。昔の結婚は家と家ですから。本人同士の意思はほぼ無関係。旦那が死んだからと嫁さん返すと色々面倒だったんじゃないでしょうかね。え゛え゛、旦那殺したのは弟?嫁さんが若い弟に入れあげて唆した?うーむ、しかしありそうで怖い。次男三男は部屋住み。スペアはレギュラーがこけなきゃ永遠に出番が無いのであります。嫁ももらえない部屋住みの身分からしたら、嫁は頭首の座と同意義。兄嫁は羨望の対象なのかも知らんのであります。うへ、どろどろ。
 最後にイスラエルでありますが、実際は「ユダヤ人」なる「人種」など存在しません。彼らはただユダヤ教の下にユダヤ人を名乗っているだけなのであります。よって世界各国に散らばっていたユダヤ人が集まったところで人種はバラバラ。生活習慣もバラバラ。言葉もバラバラ。まさに神様によって違えられたままの姿だったりします。うむ、変なところまで神に忠実だ。余り大きな声では語られませんが、ユダヤ人の中でも白人系と黒人系ではかなり差別が酷いとか。ここでも黒人が被差別対象らしいです。尚、支配層はドイツ出身者が多く、かつてナチに迫害された方々が、今はガチでパレスチナの方々を迫害しています。朱に交われば赤くなる。ナチに交わればファッショいファッショい。ああ、人って罪深い。

2017/03/12(日) |URL|miss.key [edit]

bravo

1枚の絵から、ご隠居さん、八っあんを介して面白おかしく、さりとて深く又神さん系のの説法も少々。
そして、おしまいには今の世をチクリ、ミレーの光の描き方ばかりに捉われてておりましたが、この絵にそんないわれがあったなんて目から鱗でございます。
これからはばーそ師匠を平成の伝道師とでも呼びましょうか・・
いやいやマジな話でございます。

2017/03/12(日) |URL|ばく [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> その作品の背景を知ると絵画でも音楽でも
感動がいや増します。

 まあ、エリアンダーさんの知的な探求心はたいしたものです。いつもすぐ調べるんですね。『落穂拾い』は「喜捨の精神」と「貧者の権利」 ですか。なるほど。こういう言い方は学術的な言い方です。
 美術本は美術館の学芸員が書いている場合がありますが、さすがに語彙の選択がうまいもんだなあと感心することがあります。
 エリアンダーさんの《まとめ》もいつも巧みですね。このたびの「感動がいや増します」とか「驚いたのなんのって!」の語彙の選択には、いや、驚いたのなんのって!(笑) 朝から感心させられましたよ。

 『晩鐘』の原題は『アンジュラスの鐘』。アンジュラスとはエンジェルで、天使の意。女の天使が出てくる、リュック・ベッソン監督の『アンジェラ』という題のフランス映画を思い出します。好きな映画です。

 この絵は、女性の顔が90度近く下を向いているので、夫の祈りを黙って聴いているポーズです。夫が家族の主として祈り、妻がその祈りを聞き、最後にアーメン(=同意します)と祈っている絵です。ユダヤ教とキリスト教では、夫が《頭(かしら)の権》を持っているのですね。

 足元の籠にはジャガイモが入っているので、日々の糧に対する感謝の祈りと思っていましたが、私もちょっと検索したら、ダリが、この絵は元は死んだ子供を埋葬する絵だったと言ってるそうですね。
 女性の足もとにある手籠は最初は籠ではなく小さな棺だったはずだと主張し、Ⅹ線で検査までさせた。その結果、籠の下に壷のようなものが見えなくもなかったそうですが、しかしズボンの前を帽子で隠しているというのは納得できなかったですよ。帽子の位置が上過ぎて。(笑) 

 ダリはかなり深読みしすぎ、というより自分自身の内面にある秘めたる欲望を表しているのじゃないですかね。(笑)

2017/03/12(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 現代の落穂は拾われない

miss.keyさん 長文コメントありがとうございます^^)
> 畑の主役はいい歳したおっちゃんなんですなぁ。おっちゃんは黙々とトラクターを転がしております。あ、なんか唄ってる?ど演歌やんけー。
 ああー、折角の名画の崇高かつ牧歌的な雰囲気が、何とまあ、あまりにも日本的な、抒情も何もない雰囲気になり果ててしまいました。(笑 でもまあ、今の日本はまさにそんな感じですよ。うん。(^^;)
 
> 一時期、ヨーロッパに於いては絵には物語が無いといけなかったらしい。
 そうなんですか。昔は絵を描くのはかなり費用が掛ったので、肖像画とは金持ちの記念写真のようなものだったでしょうし、画家がただ慰みに風景を描くなんてこともあまりなかったでしょうから、宗教的な意味のある絵を描いて、それを売って生活していたのかと思ってました。

> 義兄弟結婚でありますが、日本にも似たようなお話しはございます。
 知り合いに義理の妹と結婚した人がいます。その妹はバツイチで幼い子供がいるので、かわいそうに思って結婚したらしいのですが、それまで長い間、兄と妹としての関係だったので、よく夫婦になれたものだと思いましたが、いろいろ複雑な事情があるのでしょう。

 とにかく愛し合っていたと思っても結婚はうまくいかない場合もあるのですから、義兄弟結婚が果たして道理にかなっているのかどうか。それよりも、なぜ家の名を残さなければいけないのでしょうか。私は子供を作らないことに決めたので、死んだら私の家系はそれで終わりです。遺体も大学の解剖室で刻まれる予定で、さっぱりしたものです。

 ユダヤ人の人種の話はそうですね。彼らの中にも人種差別があるのも今のイスラエル人は白人種ですから、そうだろうとうなづけます。
 イエスの家系には異邦人の先祖がいて、ルツの他にはラハブというカナン人がいます。カナン人は甚だしく悪徳の民族だとされてイスラエルによって滅ぼされた民族で、このラハブは娼婦でしたが、イスラエルの神に信仰を示したので、命が助かった女性です。
 ラハブはサルモンの妻となり、ボアズを産み、ボアズはルツと結婚した人で、ダビデ王朝の子孫イエスの先祖となりました。たとえるなら天皇家にも異邦人の血が混じっているというような話で、あのイエスにしても純粋なユダヤ人ではないのですが、ユダヤ人は伝統的に頭はいいようです。

 ともあれ、あまり人種の違いを気にするより、気にするなら、いま現在は人間としてどうなのかを気にしたほうがいいと思いますね。

2017/03/12(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: bravo

ばくさん コメントありがとうございます^^)
> ミレーの光の描き方ばかりに捉われてておりましたが、この絵にそんないわれがあったなんて目から鱗でございます。
 ああ、そう言っていただけると、書いた甲斐があります。ばくさんからほめられると、うれしいです。これで4日間は幸せな気分でいられます。(^^♪
 ミレーは、『晩鐘』と『種まき人』の絵も有名ですが、この『落穂拾い』の絵が美術作品として一番完成度が高いと私は思いますね。三人の女のポーズとその構図は完璧で、これしかないように感じます。

 この話の《いじめ》の文脈で、ご隠居が怒っているところがありますが、あれは311で疎開している子供を疎開先の子供がいじめたり、先生がからかったりしているという報道を頭に置いて書きました。
 災害で苦しんでいる人をいじめて喜ぶのはいけないというような甘い教え方ではなく、そのようなことをする者は人間のクズだ大阿呆だということを、学校でもっと繰り返し繰り返し教え込む必要がありますし、それをしてないなら、してないことを強く恥じるべきだと思いますね。

 ちなみに「目から鱗」の慣用句は聖書からきていまして、使徒パウロが歩いているとき、死んで天に復活したイエスが幻で現れて、パウロは一時的に盲目になりますが、そのあと彼が霊的な理解を得たとき、すなわち物事をはっきり悟ったときに「目から鱗が落ちた」と書かれています。「豚に真珠」の慣用句も聖書にあり、イエスが語った言葉です。
 まあ、世の中には、心の目が見えない人、真の価値の分からない人がいるのですね。

2017/03/12(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/03/12(日) || [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 ルツから壮大に広がるルーツはすごいですよね。自分で言うのはなんですが、ここを書いて、読み直したとき、ああそんな大昔からイエスに至るまでに様々な人間模様の不思議な歴史あったのかと思って、ジーンときました。(笑)

 本文にも書きましたが、イエスの系図は、聖書に父方と母方と2種類記述されてあり、母方のほうはアダムまでさかのぼります。1世紀当時イエスはずいぶんユダヤ教の宗教指導者から反対され迫害されたので、当然この系図も問題視され、調べられたはずです。
 ユダヤでは系図は大事にされ、公の場所に保存されていたので、だれでも調べようと思えば調べることができたのですが、でもこの系図がおかしいとか間違ってると指摘された記録は残ってないそうです。面白いですね。

 この絵は見たことがあるのですね。私も見たことがあります。そのときは、ずいぶん暗い悲しい絵に見えました。でも生きる力が得られる絵だとも言えるのでしょう。
 
 木守り柿と似てるようなところがありますね。春のツクシだったでしょうか、これもやはり全部刈り取らないようにすると聞いたことがあります。自然の恵みは自分だけで独占してはいけないということなんでしょうかね。

2017/03/13(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

随分有名な絵ですが、背景が目に入ったことがありませんでした。
背景を見ると、やっぱり絵の奥行が分かるのですねー。

レビ記23:22や申命記24:19の教えは素晴らしいですね。
前にフランスに行った時、普通に皆が失業者の人たちに小銭を渡しているのを見て、それに比べて日本人はなんて冷たいんだろう、と思ったことがありました。

移民問題は、今はすっかり複雑になっていますね。

2017/03/13(月) |URL|Ariane [edit]

Re: タイトルなし

Ariane さん コメントありがとうございます^^)
> 背景を見ると、やっぱり絵の奥行が分かるのですねー。
 この背景は小さすぎて、意図的に背景が目に入らないようにしているのとさえ思えますね。1年前に描かれたエッチングよりも遠くになっていて、人間がいるようにはちょっと目には見えません。なので当時の評論家連中の悪評とは逆に、ミレーは主題の三人だけを浮き上がらせる意図があったのかとも思えますが、でもまたこの背景が全くないと、落葉拾いで象徴される貧困と喜捨の意味合いが弱くなってしまいそうです。

> レビ記23:22や申命記24:19の教えは素晴らしいですね。
 旧約の律法には厳しすぎると感じるのもありますが、優しいのもあります。例えば、賃金は日没までに支払え、貧しい人から担保を捕ったら日没までに返せ、負債の残金は七年毎にやってくる特別な年に免除された、貧しい者に心を閉じてはならない、やもめの衣服は質に取ってはならない、隣人のブドウ畑から食べてもよい(籠に入れてはいけない)、在留異国人を苦しめてはならない、奴隷は七年目には自由にせよ、奴隷を虐待してはならないなどなどがあります。

 故意に他者の命を奪った者は、「目には目を、歯には歯を、命には命を」の原則で死刑にされましたが、故殺ではない場合は6か所にあった『逃れの町』に逃げれば死刑にならないですみました。この町は犯罪者が隠れるのにいい聖域のようなものではなく、誤って殺人をした人を保護するためのものでした。なかなかよく考えられていると思います。

 フランスには行ったことがないですが、失業者に小銭を渡しているのですか。動画でよくそんなシーンがありますが、心温まる光景ですね。欧米の移民問題は、いまのところ日本人にはちょっとピンと来にくい問題ですが、だんだん世界的な問題になっていくのでしょうね。

2017/03/13(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

miss,keyさん!これで判った!

バーソさんおはようございます
トランプが勝ったわけが判りました
アメリカは多くの移民で成り立っておりますが
トランプのいう移民とは
白人種限定のものです
黒人や黄色人種は移民としては入れたくは無いのです
(勿論中東からもプエルトリコからも)
トランプ婦人が
昭恵さんと同行をしなかったのが証左です

風子さんやエリアンダーさんや
ツチノコさんに囲まれたバーソさんは
中核と呼ぶに相応しい

たまにお知恵をお借りいたしましゅ、無断で
ご不満はおとといにしてくだしゃい!
あはは。

2017/03/15(水) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: miss,keyさん!これで判った!

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
> トランプのいう移民とは
白人種限定のものです
黒人や黄色人種は移民としては入れたくは無いのです
(勿論中東からもプエルトリコからも)
トランプ婦人が
昭恵さんと同行をしなかったのが証左です

 そうですか。夫人は元モデルで、ユーゴスラビア出身。あまり外交的ではないようなので表には出ないのかと思っていましたが、有色人種が嫌いなせいでしたかね。でもトランプと娘のイヴァンカは安部さんが気に入ったみたいでしたが、日本が大金を出す約束をしたようですね。

 アメリカは人種のるつぼと言われますが、でも7割以上が白人種だそうです。支配層はドイツ出身が多いとのmiss.keyさんのコメント通り、トランプの父親はドイツ出身の移民です。トランプは生粋のニューヨーカーですが、確かに移民全部を拒否しているわけではないでしょう。
 
> 風子さんやエリアンダーさんや
ツチノコさんに囲まれたバーソさんは
中核と呼ぶに相応しい

 あららっ、そんなことないですよ。麻雀はできないので席にも加われません。「二抜け」の意味が分からないので検索したぐらいですから。

 返信が遅くなりました。侍ジャパンがイスラエルに勝つところを観ていたためです。面白いのは、同じアジア人に勝ってもそんなにうれしくはないのですが、背の高い白人に勝つと楽しいのはなぜでしょう。(笑)

2017/03/16(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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