「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 東大エリートが書いた、最後は「よって件のごとし」の遺書。 


 映画館や喫茶店にいたというのは、
  アリバイのない者が最も安易に使う常套句だった。
          ――――森村誠一『新幹線殺人事件』


世の中には、判で押したような定番の言い回しがある。

今、犯罪者が逮捕されて自白すると、ニュースで言われる常套句は、
「調べに対して『間違いありません』と供述しています」だ。

昔、証文や書状などの終わりに書かれていた定型句は、
「よって件(くだん)のごとし」であった。

monu.jpg
フリー画像サイト『pixabay』から借用

昭和23年、カリスマ東大生が詐欺事件を起こして書いた遺書の最後に、
この「件のごとし」が使われているが、この遺書が非常に類型を破っている。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
知能犯罪の失敗で自殺した東大生の、悲しくもつらくもない遺書。

「ご隠居さん」
「八っあんかい。まあ、お上がり」
「ご隠居は、美貌ヒマありでしょ。ちょいと教えてもらいてえと思って」
「また、年寄りをからかいに来たな」
「じつはですね、『よってくだんのごとし』って意味がわからねえんで」
「ちょうど良かった。いま読んでいる本に、その言葉が出てた。悪行の結末で
自殺した男の遺書だがな」
「あっしは遺書なんぞに興味ねえです。遺産なら何でもいただきますが」
「遺書だが、やけに明るいぞ。三島由紀夫や高木彬光、北原武夫、清水一行が
本を書いている。昔、学生社長の『光クラブ事件』として新聞に大きく出たな。
26歳で愛人が6人もいたそうだ。この眼鏡の男だ……

朝日新聞 1949年(昭和24年11月26日)付 朝刊
01yamaz.jpg

……名前は山崎晃嗣(あきつぐ)。東大法学部3年生のときに、もぐりの高利貸しを
始めて大金を集めた。ホリエモンと似てるかな。だがすぐ逮捕され、債権者から
追われて、最後は青酸カリを飲んで……ああ、あった。この遺書を見なさい」

便箋数十枚に書かれた遺書の最後の部分(※点線部は判読不能)
『高利貸しとなり得ざりし弁明』―――山崎晃嗣   
1.
御注意、検視前に死体に手を触れぬこと。法の規定するところなれば、京橋警察所にただちに通知し、検視後、法に基づき解剖すべし。死因は毒物。青酸カリ(と称し入手たるものなれど、渡したる者が本当のことをいったかどうかは確かめられたし)。死体はモルモットと共に償却すべし。灰と骨は肥料として売却すること(そこから生えた木が金のなる木か、金を吸う木なら結構)
2.
望みつ 心やすけし 散る紅葉 理智の生命の しるしありけり
3.
出資者諸兄へ。陰徳あれば陽報あり、隠匿なければ死亡あり。お疑いあればアブハチとらずの無謀かな。高利貸冷たいものと聞きしかど、死体さわればナル……氷カシ(貸――自殺して仮死にあらざる証 依而如件)。
4.
貸借法すべて清算カリ自殺。晃嗣。午後十一時四十八分五十五秒呑む、午後十一時四十九分……

「うーん、ご隠居。なんか、ふざけてるみてえですね。灰と骨は肥料にしたら、
金のなる木とか、金を吸う木だとか。この人は死ぬのが怖くねえんですか」
「うむ。冗談みたいな遺書だな。言葉の洒落も多い」
「そうなんですか」
「陰徳と隠匿がそう。高利貸しと冷たい氷カシと仮死。項目3は、全部そうだな。
それから『死体さわればナル……』は、『ナルホド』か、『ブルブル』じゃない
かな。ナルホドでもブルブルでも『氷かし』と続きやすい」
「さすが、ご隠居。年寄りの冷や氷だ」
「それを言うなら冷や水だがな。この『アブハチ取らず』とは何だか分かるか」
「ええと、二兎を追う者は一兎をも得ず」
「そう、多分『アブク銭』を意識してるな。虻と蜂と両方捕ろうと欲をかけば
失敗する。アブク銭だって同じ。ラクして儲けた金は泡のごとくに消えていく。
『無謀かな』は出資者に言ってるな。そして極め付けは『清算と青酸カリ』だ。
これ以上の駄洒落作品は、誰にも生産できないだろう」

iy77.jpg
光クラブ社長室(机上の写真は山崎本人)     辞世の句

「ご隠居。青酸カリなら、凄惨な死に顔になったんでしょうね」
「苦しかったろうな。だが山崎は、毒物を飲んだ時刻を秒数まで書き留めてる」
「死ぬ間際ってのに、えれえ几帳面ですね」
「人間、性格は変わらないのだよ。3の最後の漢字『依而如件』をよく見なさい。
これが『よってくだんのごとし』だ」
「ええっ、どの字が『くだん』で?」
「まず『依而』が“よって”、『如』が“ごとし”、最後の『件』が“くだん”と読む。
さ、一件落着だな」
「いえ、ご隠居。その『件(くだん)』ってヤツがよく分かんねえ」
「うむ、『件』の字は人偏と牛で出来ているだろ。顔は人間で、体は牛で生まれ、
すぐ死ぬ半獣半人がいて、日照りだとか疫病だとか予言して、なんと百発百中だ。
それで、嘘偽りが無いことを『件(くだん)のごとし』と言うようになったそうだ」


3kudan.jpg
倉橋山に現れた人面牛身の怪物『件』を描いた天保七年の瓦版

「ご隠居。その『くだん』とかいう半獣半人の話、ちょっと眉ツバみたいな」
「そうだ。金儲けの話だって、眉にツバを付けて半信半疑で聞いたほうがいい。
うまい話は酒と同じで酔いやすいから、八っつあんは特に気を付けなさい」
「へえ、合点しました。うまい話は、酔って くだんねえ話のごとし、ですね」


                



山崎の自死には迷いがなく、いさぎよい。遺書にユーモアがあるのは、余裕の覚悟を物語る。
多額な負債を自らの命で返せたと思い、彼なりに理知の美学を全うしたつもりなのだろう。
青酸カリで清算だ、チャラにしてくれよ、と言っているようだが、劇薬の死に様は美しくはない。


補足
●山崎晃嗣は1923(大正12)年生まれ。父親は医師で市長。1948(昭和23)年9月に貸金業『光クラブ』を始め、新聞広告で「借り入れは月1割5分、貸し出しは月3割の「遊金利殖」を宣伝し、4か月後には銀座に社員30名の抱えるまでになる。だが同年7月に、物価統制令、銀行法違反の疑いで逮捕。390人の債務者と3000万円の債務が残された。昭和24年11月24日に服毒自殺。

●項目2は辞世の句。意味は、自ら望んで心やすらかに散っていく紅葉には、理智を持つ生命の証がある。つまり自死は理智的な決定だと言っている。彼はこうも言っていた。「契約は人間と人間のあいだを拘束するもので、死人という物体には適用されぬ。私が事業変更の理由を適用するために死ぬ。私は物体にかえることによって、理論的統一を全うする」。

●怪獣「件(くだん)」の記述が見られるようになるのは江戸時代後期だが、「如件」という定型句はすでに平安時代の『枕草子』にも使われている。ゆえに「件の如し」と怪物「件」を関連付けるのは後世の創作であり、民間伝承といえる。(Wikipedia)

●参考資料:鷲田小彌太『理想の逝き方 あの有名人101人にみる』PHP研究所
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(。・?_?・。)…なんともかんとも

山崎晃嗣の遺書……。
>望みつ 心やすけし 散る紅葉 理智の生命の しるしありけり。

プライドの高い気取り屋としか思えませんねぇ。
遺書に駄洒落を散りばめることで、単なるマネーゲームを
ユーモアにすり替えてまでプライドを保とうとした?
東大生の『理知の美学』……。
自死することで世間を欺く思考が、恐るべし。
貸金業で良かった。
こんな男が司法職に就いたとしたら、正義は腐敗するでしょうね。

「よって件(くだん)のごとし」の由来、面白いですねぇ。
天保七年、すでに半獣半人が描かれていたなんて。 (*^▽^*)

2017/02/04(土) |URL|風子 [edit]

早熟者

バーソ様
おはよう御座います。

ホリエモンにしても山崎氏にしても金儲けに関して早熟だったのですね。
でも何かが足りなかったのでしょう。
若いと自分だけのことしか考えられません。
近江商人のような三方良しの心を持つことも出来なかったのでしょう。
余裕のありそうな遺書はその情けない幼稚さをカバーするためのカモフラージュなのかも知れません。

愛新覚羅

2017/02/04(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: (。・?_?・。)…なんともかんとも

風子さん コメントありがとうございます^^)
 > プライドの高い気取り屋としか思えませんねぇ。
 辞世の句は特にそう思えますね。散る紅葉と自分の散り方は同じだ、それは自然の摂理だ、理知の作用だと言ってるのですから。
 学問的な頭はいいのでしょうが、26歳の若さで青酸カリを飲む結果になったのですから、人生の知恵はあまり良くないようです。

 それにしても、普通なら学生相手の金を預ける人なんかいないでしょうに、この人は多額の金を多くの人から集めたようで、さすがに東大の威力はたいしたものです。と同時に欲の皮の突っ張った人が詐欺に引っ掛かったのでしょうから、まあ、自業自得、いや、自業自損と言ったほうがいいような気もします。
 ラクして金儲けができる才能自体は悪いことではないと思いますが、ひとを騙して、蹴落としてまで、そうするのは確実に悪行です。青酸カリで苦しむのは当たり前のような気もします。

2017/02/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 早熟者

aishinkakuraさん コメントありがとうございます^^)
> ホリエモンにしても山崎氏にしても金儲けに関して早熟だったのですね。
 そうですか。早熟と見ましたか。熟練の人から見た感想のようです。
 金儲けはやはり人生の経験が要るということですかね。

> 近江商人のような三方良しの心を持つことも出来なかったのでしょう。
 これは「売り手良し・買い手良し・世間良し」が良いとする商売の精神の基本なんでしょう。関西の商人というと何かがめついというイメージがありますが、そうではなく、これも長年の人生経験から生み出した思想なんでしょうか。
 「おかげさまで」という言葉は、この近江商人が言い出して、全国的に流行ったそうですが、やはり自己中心的な考え方は長い目で見たら、いいことはないですよね。

2017/02/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

件のごとし

おはようございます。

『依而如件』合点いたしやした。
ところで、このお題おいら的には非常に懐かしく、昔読んだ三島の青の時代を思い出しました。
確か山崎と三島は同期の桜で、そのせいか小説の内容も非常にリアルな感がして、背合わせで過ごした者でなければ描けないその臨場感に、嫌悪より憧れのようなものを抱いた記憶があります。
2人ともナルちゃん的な感じなので、きっと自分の世界が描けなくなるともうリセットできなかったんでしょうね、でもね自分自身の手で人生を終わらせるって、なんと高慢な輩だったのでしょう、人間も所詮は動物、そこを忘れちゃいけませんって、動物は食われることはあっても自分から死ぬことはありませんから。

・望みつつ心やすけし散る紅葉、理知の生命のしるしありけり・おいらの頭では理知の生命何ぞと言う言葉はよく分りませんが、そんなしるしを残したところで何になる、・散る紅葉立夏青葉によみがえり・おいらならこう綴りたい。

死んで花実が咲くものか、自殺する輩に未だに苛立ちさめやらない爺です。
ちょいと的が外れたかも・・

2017/02/04(土) |URL|ばく [edit]

いゃ、お見事ですね~…「よって件のごとし」でありたいものです。
人生は劇場…ここにいる自分は、大人の真似をして大きくなり、教育なるものを受けて人工的に作り上げられた自分。
本物の自分は?と言うとどこにもいない…ならば、人はシナリオ通りに何かの役を演じている俳優(役者)です。
山崎氏は一芝居終えて幕を下ろした天才的喜劇役者ですね…もう少し、芝居を演じて世の観客を楽しませて欲しかった。
アンコール出来ないのが残念です(笑

2017/02/04(土) |URL|sado jo [edit]

こんにちは

「依而如件」落語仕立ての記事笑いました。
「如件」検索してみると確かに「枕草子」に
出てきますね、面白い。
遺書はバーソさんがいつも書く記事とよく似ています、
諧謔と駄洒落の宝庫です。
こういう文を書くには逆引き辞典は欠かせません。
いつだったか、バーソさんは逆引き辞典をよく使うと
聞いて、むべなるかなと思いました。

民事で訴えられた企業、会社の定型句、
<訴状を見てないのでコメントできない>

グルメ番組のレポーターの定型句、
甘いものを食べたとき、<甘くなくておいしい>
甘くないものを食べたとき、<甘くておいしい>

2017/02/04(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: 件のごとし

ばくさん コメントありがとうございます^^)
 『青の時代』は、三島由紀夫の長編小説。光クラブ事件を題材とした作品ですが、この本も若いころ読んだのですか。ばくさんは文学少年だったのですね。三島は好きな作家の一人でしたかね。
 それで嫌悪より憧れのようなものを感じたのですか。才で身を立てるという点に感じるところがあったのでしょうかね。私は、こういう実業の世界に縁も興味もないので、別の世界の話のように感じます。

> きっと自分の世界が描けなくなると、
もうリセットできなかったんでしょう

 あまり事情は詳しくないのですが、映画監督の伊丹十三や俳優の田宮二郎も、かなりの才能がありながら、自分で若くして突然のように人生のシャットダウンを選択しています。ばくさんの言われる通り、リセットすればいいのに、と思ってしまいますが、そこはそれ、自分の美学があるのでしょうか。とすれば、その美学は何なんだ、そんなに貴重なものかと、はた目には思います。
 
> 散る紅葉立夏青葉によみがえり」。
 なるほど。いい句です。冬が過ぎれば、春になり、夏が来る。いつかは芽を出してやる、花を咲かせてやる、必ずそういう時期が来る、だから諦めないで、必死に生きる。そして時期が来れば、目に青葉、実もたわわ……。ばくさんの人生綴り方教室でしょう。いいですね。(^^♪

2017/02/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
> 大人の真似をして大きくなり、教育なるものを受けて人工的に作り上げられた自分。
本物の自分は?と言うと、どこにもいない…ならば、人はシナリオ通りに何かの役を演じている俳優(役者)です。

 私もそう思いますね。人はひとり一人が人生という劇場で演じている主演俳優である。何かの脇役に思えても、じつはそれが主演である…。

 ただし、そのシナリオは他人が書いたものではなく、自分で書いて自分で演じている、しかしそれを分かってないために、スリルとサスペンスの悲劇役者になり、自分の運命を呪ったりしていると思っています。

> 山崎氏は一芝居終えて幕を下ろした天才的喜劇役者ですね…
 客観的に見れば、そういう見方もできますね。チャップリンが言ってます。「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇である」。
本人からすれば悲劇の主人公。しかし観客席から見れば、愚かしい喜劇にしか見えないということもあるのでしょう。しかし、この出来事で、人は、自分の課題を終了し、貴重な学びを得たのでしょう。
 人生は、喜劇も悲劇も、学園祭の教訓劇であるようじゃないですか。

2017/02/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 「如件」検索してみると確かに「枕草子」に
出てきますね、面白い。

 まー、また検索したのですか。いつも研究意欲がすごいですね♪
 私も、しました。Google検索ですぐ出てきました。

 「進上 餅餤一包 例に依て進上 如件(くだんのごとし)、別当少納言殿」
 餠餤(へいだん)とは、ガチョウやカモの卵に野菜などをまぜて煮たものを餅で包んで四角に切ったものだそうですね。卵入り肉まんというより、肉餅がこんな昔からあったのですね。

> 遺書はバーソさんがいつも書く記事とよく似ています、
 あははは、私のは駄洒落が多いですからね。エリアンダーさんは、それを嫌う人ではないので助かります。(笑)
 
 私は遺書はもう書いてありますが、すべての財産は妻に残す、遺体は献体、葬式は無用という3点を簡単に書いてあるだけで、余分なことは一切書いてありません。
 もし何か重大事件を起こしたとしても、死ぬときは間違っても真摯に書きますね、なんたって紳士ですから。(笑)
 と考えると、この山崎は債務者をおちょくっているのでしょうかね。

> 民事で訴えられた企業、会社の定型句、
<訴状を見てないのでコメントできない>

 これを聞くたびに、もっと真面目に答えろと言いたくなります。自分に都合の悪いことは定型句を言っておけば間違いないとなっているのは困ったものです。サッカーの勝利選手にインタビュアーが、最後にファンの皆さんにひと言を、と言うのもやめたほうがいいです。そう言われると、これからも応援よろしくお願いします、しか言いませんから。

2017/02/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

まだあげそめし

おはようございます
光クラブ事件?
またまた重たいテーマでやんす
こういうひと
おいらの朝鮮部落には沢山おりました
腕を背中に廻しさらしをきつく巻き
駅頭にたった傷痍軍人もどき
屑や(廃品回収)を装い街を練り歩き
夜中に盗みに入ったこそ泥
彼らは酒場で戦果を自慢しました
由っておいらの耳にも・・・・
みしまゆきおは嫌いだった、です
いや
努めて嫌いと思うようにしたのです
言うだけ言って(自説は正しいかも)
反論を許さない『穴』に閉じこもった
狢(むじな)だったからです
狸のほうがまだましでしゅ
みっともない腹をさすりながらでも
一升徳利を提げて酒を自ら買いにいきましたから

山崎晃嗣、こいつを知ったのは中学生のときでした
ライフル気違いの金嬉老と同じ半島人です
彼は週刊誌のインタビューにこう答えました
「汚い便所でも用はたせる」
「不細工な女でも性欲は発散できる」です
中学生のおいらは反吐を吐きました


おいらは天才的な詐欺師でございます
おいらの詐欺は誰からも感謝がされて
笑いの中に続くのですから
『奥さん!綺麗!』
えっ!本当?!・・・嘘、うちょです
でも奥さんの思考には綺麗だけが残り
『嘘・うちょ』は影が薄くなります
由っておいらは稀代のペテン師として
生き永らえております
あはは。

2017/02/05(日) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

なんとなく気になったのは・・・
鷲田小彌太『理想の逝き方 あの有名人101人にみる』の中に、
このお話が入っているのですか?
この頃、尊厳死だけでなく
安楽死を推進しようとする人たちも増えているみたいですが
(医療費の財源不足もあるから?)、
そういう風潮にも関係しているのか、
自殺を理想の死だと言う人たちが増えていて、
私なんかはギョッとしてしまいます。
自分の思い通りに、自分の自由な意志で
自分の人生を決められるというのが、「理想」らしいです。
昔は、理想の死が自殺だなんて、
そんな事を言う人はいなかったと思うのですが・・・。

記事からずれたコメントになってしまって、すみません^^;

2017/02/05(日) |URL|Ariane [edit]

Re: まだあげそめし

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)

 ウナさんは冗談めかして真実を語るのが得意技のようですね~。

 そういえば傷痍軍人はだいぶ前からいなくなりました。彼らは、ほとんどの人がお国のために不幸な目に遭ったのでしょうが、かわいそうと思いつつも、あまり哀れみは感じたことがないですね。実体を多少知っていたせいもあるかもしれません。今のホームレスも、昔の乞食と違って服装が破れたボロボロではないので、分かりにくくなりました。

 三島由紀夫は嫌いでしたか。山中湖にあるこの人の文学館に行ったことがありますが、字が非常にきれいなのに驚きました。かなり几帳面な性格がうかがえました。信念・大義のために自死するのはいいですが、方法があまりに用意周到とは思えず、単に世間を驚かせただけで、こう言うと申し訳ないですが、まあ、無駄死にのように感じました。
 
> 山崎晃嗣、こいつを知ったのは中学生のときでした
 そんな前に知ったのですか。私は知ったのは先週読んだ本です。
 この人も非常に几帳面で、一日の時間を「有益時間」「無益時間」「中立時間」「市民時間」「女色時間」として、分刻みで記録していたようです。

 三島も山崎も非常に几帳面なのに、自分の寿命は突然に終了させていて、人生の時間計算はできなかったのですね。彼らは頭がいいのだか、そうでないのだか、私のような凡人にはよく分かりません。

 「汚い便所でも用はたせる」ですか。私は生理的に駄目ですね。三島は知人の編集者への手紙に、山崎晃嗣の顔が軽薄で生理的に嫌だと書いていたそうですよ。でも愛人が6人もいたとは……。

 女性には「おだて」が効くという詐欺師の話。これはじつは相当にモテたのだぜ、という暗示でしょう。あら、でもそうすると、ウナさんの誉め言葉には、これから眉にちょいとツバをつけないと。(笑)

2017/02/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん コメントありがとうございます^^)
> 鷲田小彌太『理想の逝き方 あの有名人101人にみる』の中に、
このお話が入っているのですか?

 はい、『理想の』ですから、気になるでしょうね。
 この本では死の分類はいろいろあります。「天寿を全うした死」、「命の限りを振り絞った死」、「あとは野となれ山となれの死」、「準備のない不慮の死」、「自死という美学を貫いた死」、「人類や共同体のための死」などがあるのですが、山崎晃嗣の場合は「自己愛のためという死に方」の分類で、「戦後の律儀なアプレゲールの死」と見出しが付いています。

 こんなことが書いてありました。山崎は、債務者をうまくなだめて、利子の支払い期限をやすやすと延期できた。しかも利子の半額は持っていたのに、支払い期限を自ら決めてその前日に青酸カリを飲んでいる。自ら言っていた「契約は完全履行を強制されている」という理屈を律儀に実行した、彼は自分勝手なエゴイストとは違う―――。
 まあ。そういう一面もあるのでしょう。悪人はすべてが悪というわけではなく、善人はすべてが善ということもないでしょうから。
 ちなみに、この分類の中には他に、永井荷風、寺山修司、沖雅也、田宮二郎、岡田有希子が挙げられています。

 なので『理想の死』の本の中には入っていますが、山崎は世間が言うほど悪くはないと言いたかったのと、なにしろ遺書がじめじめしてなくて面白いので含められたのではないかと思います。

 私は自殺をしたいとは微塵も思いませんが、植物人間になったら無駄な延命治療はしないでいいから、と言ってあります。この本の中には酸素吸入装置を自ら外した人の例もあります。うーむ、です。

2017/02/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

山崎の辞世の句は当然自筆なんでしょうね。
まあ、なんて下手くそな。(失礼)
バーソさんが三島の筆が綺麗で几帳面だったと書いていらっしゃる、
さもありなん。
三島と山崎は同じく自死したとしても、
理由も目的も考え方もまるで違うのではないでしょうか。
二人は近いところにいたとしても、
カッコ付け方は似ていたとしても、根本が違うのではないか
と思いました。

2017/02/05(日) |URL|宝香 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん コメントありがとうございます^^)
> 山崎の辞世の句は当然自筆なんでしょうね。
まあ、なんて下手くそな。(失礼)
 
 ということは、宝香さんは字が上手そうですね。まあ、着物が好きで、伝統芸能やお稽古事も好きなひとなので、さもありなん。(笑)
 
> 三島と山崎は同じく自死したとしても、
理由も目的も考え方もまるで違うのではないでしょうか。

 違うでしょうね。二人ともカッコ付けの点では似ているかもしれませんが、山崎は自分の失敗で多くの人に迷惑を掛けた償いに過ぎないし、三島のほうは一応、国を憂う大義名分がありましたから。

 カッコ付けとは無人島に独りでいる時は意識に上らない概念です。他者からどう思われるかが自分の命よりも重要になれば、カッコ付けは、好悪の次元を通り越して、賛否・正誤・良悪の問題に入りそうです。
 じつは他者から立派に見られたいという気持ちと、他者に偉そうにする気持ちはかなり近似にあると思うのですが、どうでしょう。
 他者がどう思うかに関係なく、自分は自分のやりたいことをやって、結果として他者が褒めてくれれば最高と思ってるぐらいでいいじゃないかと思うのですかね。たとえて言うなら、水泳選手が日本のために金メダルを取ろうと思うより、自己最高記録を出そうと思えばいいというような話ですが、野心や強い出世欲がないのは駄目ですか。

 他者によく思われたいという意識(≒不安感)が、結局はひとと同じことをする行動に表れ、だから同じ流行りものを追いかけ、評判のラーメン屋に並び、みんなで赤信号を渡ろうとするのではないですかね。
 何でも大勢(体制)に従うほうがいい、人の言う通りにしたほうがいいという思想であれば、evolutionや、revolution、innovationは起きなくなります。

 むろんカッコ付けは悪いばかりではなく、いい面もあります。それがない人は無遠慮になり、慎みがなく、エゲツなく、独りよがりで、厚顔で傍若無人なひとになりやすいでしょう。そういう人はいやですね。

2017/02/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「光クラブ」っていうのが
当時の世相ではハイカラでインテリっぽかったのかもしれませんね。

なんとなく三島由紀夫とホリエモンが
とっさに浮かびました。

「くだんの如し」これ、日本語の便利な
使いまわしですよね。

ご隠居と八っあん、相変わらずいい感じだなあ。

2017/02/05(日) |URL|森須もりん [edit]

Re: タイトルなし

森須もりんさん コメントありがとうございます^^)
> 「光クラブ」っていうのが
当時の世相ではハイカラでインテリっぽかったのかもしれませんね。

 なるほど、昭和23年ですから、普通ならばナントカ会というところをクラブと言われれば、なんとなく新しいような気がしたのでしょうか。
 当時、戦前の価値観が戦争で崩壊したせいで、既成の道徳や規範に囚われない若者たちは、「アプレゲール」、つまり戦後派と呼ばれていて、愚連隊と呼ばれる無軌道な若者による犯罪が頻発していたようです。
 街を歩いていても、今はヤクザ予備軍のような与太者がすっかりいなくなりました。今の日本はなんやかんや言っても、戦後の大変な時代に比較すれば、ずいぶん治安がよくなり、平和になりました。
 
 東大を出ているエリートでも、こうして悲惨な最期を迎えるのですから、人生とは妙なものだと思います。今朝の明け方に、海岸に居たときに津波に遭う夢を見て目が覚めてしまいましたが、どんなことがあっても暢気に生きていきたいものだなあ、と思います。

2017/02/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

被告は当時心神耗弱云々

「被告は当時、心神耗弱の状態にあり、責任を問える状態ではありませんでした。よって無罪を主張いたします。
 今はどうかって?そりゃ大犯罪を犯しながら無罪を主張しようって位ですから、心身共に健康、何の問題もございません。よって鉄格子のある病院に強制入院させられるのは人権侵害であり、これを断固拒否するものであります。
 被害者の権利、家族の心情でございますか、それは弁護士の管轄外であります。
 え゛ー我々弁護士には正義とか事実などはどうでも良い事でありまして、何事も金次第、報酬の額次第でどんな大罪だって無罪にして見せますとも。金に善悪の別などありません。あぶく銭万歳。裏金最高。我が望むのは高級住宅、高級車、高級スーツと三ツ星レストラン。法律に疎い善人相手に騙して脅して賺してははぐらかし、法外な金を巻き上げる。犯罪、いざこざ、抗争、騒動、これら総て飯の種。お望みとあれば悪魔だって極楽に入れて見せますぜぇ。げへへへ。
 以上、最終弁論でした。」
「判決、くだんの如し。」 

2017/02/05(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 被告は当時心神耗弱云々

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)

 「心神耗弱」とは、精神障害※のため、善悪を判断したり、それに従って行動したりする能力が、普通の人より著しく劣っている状態。刑法39条の減刑対象で懲役が半減される。そしてその精神障害とは、精神病、知的障害による場合のほか、酩酊、薬物中毒、睡眠や催眠の状態など。つまりは、己の行為の理非善悪を弁識できず、または理非善悪を弁識してもそれに従って行動を制御できない精神状態をいうそうです。

 それほどの人なら普段から精神病院に通ってないといけないだろうし、日常生活を満足にできないほどの人であるはずですが、弁護士は気軽にこういう理由を持ち出すように感じます。まあ、最後はそれしか手段がないということなのでしょうが。

 ピコ太郎が面白い歌を大ヒットさせましたが、このPPAPと「ペンパイナッポーアッポーペン」を、ピコ太郎より先に商標出願して、金を出さなければ訴えると言っている元弁理士Uがいると報道されていました。悪い顔をした男で、全然悪びれてなかったですね。
 全国の年間商標出願数は約15万件で、そのうちの1割はこのUおよびその会社が出願。A~Bのすべてのアルファベット+「モバイル」、朝ドラ『あまちゃん』の「じぇじぇ」などが既におさえられているのだとか。

 その件について「これが万が一通ったら、早い者勝ちで全く関係ない。考えてもない人にお金が入るってなったら、やっぱり腹立たしい」との意見がありますが、特許庁もよく考えてほしいものだと思います。

 中国でも日本の飲食店や菓子店の名が盗用され放題のようで、そんなくだんねえことをするヤツは叩き斬ってやりてえ、と八ぅつあんが言ってましたよ。(笑)

2017/02/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/02/06(月) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメsさん コメントありがとうございます^^)
 やり取り、よかったですか。それはよかったです。(笑)

 この人は「ヒカリ戦陣訓」を事務所の壁に貼っていました。
 一、権利のための闘争だ
 二、人生はすべてこれ劇場なり
 三、金利の鬼となれ
 四、バクチには生命を賭けよ
 五、ヒトのものはわがもの自分のものは自分のものと思え

 かなりお遊びではなく、仕事の鬼というか、戦争をしているような意気込みで仕事をしていたようです。
でもこうなったのも、人に騙されたりして人生観が暗くなったということもあったとか。そうだとしても、思考が常人とは違うようですね。

2017/02/06(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/02/08(水) || [edit]

こんばんは♪

「件」なるほど、にんべんに牛なんですね!
くだん、とは辛うじて読めてましたが^^

事件、案件
「件」なかなか面白そうですね^^

2017/02/09(木) |URL|Sinn [edit]

和して同ぜず

ご機嫌麗しいのではと喜んでおります
barsoさんに措かれましては
日々「お日様燦々」と想われます
お早うございます
聊か曇っておりますが
同じ空を見上げていると思いなにやら安心が

さて
「ひとを想えば百日危うからず」、と習いました
いつの日にか天に昇った御仁にです
(おいらは彼等を爺いと顕しております)
ですが、今もって意味がわかりません

答えははたして貴ブログにあるのでしょうか?
(過去記事にありそうでしゅ・・が)

探すのはめんどッちぃな~、であります
(面倒くさい)


お暇な時に御一考ください
(さればうれしい)
あはは。

2017/02/09(木) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: こんばんは♪

Sinnさん コメントありがとうございます^^)
> くだん、とは辛うじて読めてました
 そうですか。私は「くだんの件は」とダブって覚えていました。(笑)

 「件」が終わりに付く語。事件、案件の他には、条件、要件、物件、後件、全件、前件、与件がありました。
 何々事件なら、天安門事件とか二二六事件、浅間山荘事件、池田屋事件、義和団事件とか、たくさんあるのですが。

 前に付く語は、件数、件名、件件だけ。
 件件とは、「あの事やこの事」の意だそうです。意外にないですね。

 いずれにしても、「件」は、おおむねカタい話で用いられるような字ですね。あまり私には縁がなさそうです。(^_-)

2017/02/09(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 和して同ぜず

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
> 日々「お日様燦々」と想われます
 あはは、「お日様」が付くと、なんだか能天気のように思えますね。私は、どちらかといえば、雨散々とこの身に落ちて、わずかばかりの運の悪さを恨んだりして、人は哀しいと思うものの、いや、まもなく晴れるだろうと思うようにするほうでしょうかね。

> ひとを想えば百日危うからず
 「彼を知り、己を知れば、百戦あやうからず」という孫子の戦略ですかね。すなわち、敵についても味方についても情勢をしっかり把握していれば、幾度戦っても破れることはないの意。
 私は兵法は、ほとんどというより、全く知らないのですよ。塚原卜伝でしたか、荒馬は遠くのほうへ避けて通っていった話がありましたが、私もどちらかと言えば君子危うきに近寄らずのほうです。なんせ、からきし腕力と意気地がないもんで、ウナさんとは違うのです。(^^;)

 「汝自身を知れ」とはギリシアの格言ですね。うーむ、です。
 これが分かれば苦労はしません。人はこれを理解するために、日々の経験を積み重ねているようなものではないでしょうか。ウナさんのほうがよほど人生のことは何でも詳しいような気がしますが。
 なので自分のブログで、そんな大層なことは書いてないような気がしますね。大体が、偉そうなことを言えるほどの人間じゃないですので。愛想なしですみません。(^^;)

2017/02/09(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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