「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 日常の瑣事と幸福の関係。芥川龍之介の『侏儒の言葉』。 

月並みなことでも、言い方により、印象深く聞こえることがある。

1962年のイギリス映画『アラビアのロレンス』の中で使われ、
2012年のアメリカ映画『プロメテウス』でも使われたフレーズもそうだ。


Big大きな things hav持つe smal小さなl beginni始まりngs.”

これは「大事は小事より始まる」という格言だが、
英語だと抑揚があり、脚韻も踏まれ、なかなか迫力がある。

 
英語で聞けます。(2分17秒時から、その部分のみ再生 →クリック)
 promete.jpg

日本の二人の作家が、小事を瑣事さじ(些事)と言い、幸福感を語っている。
高村光太郎は「日常の瑣事にいのちあれ」と書き、溢れる幸福感を詩に書いた。※1
芥川龍之介は「日常の瑣事」をこう見れば幸福になれる、と警句で論じている。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「瑣事」―――芥川龍之介箴言集『侏儒の言葉』より
(芥川らしく逆説的な言い方で結論されますが、バーソが続編を付加しています)

人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。
 雲の光り、竹の戦(そよ)ぎ、群雀(むらすずめ)の声、行人の顔、
 ――――あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。

(序:説明)
挙げられている四つの事例は、誰でも身近に見ることができる日常の瑣事ばかり。
瑣事に見えても、無上の幸福であることに気付けば幸福だ、と言われている。
(これは箴言としては直球だが、やはり芥川、次に意外な変化球を繰り出す)


人生を幸福にする為には?
 ――――しかし瑣事を愛するものは瑣事の為に苦しまなければならぬ。
 庭前の古池に飛びこんだ蛙は百年の愁を破ったであろう。
 が、古池を飛び出した蛙は百年の愁を与えたかも知れない。
 いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。
我我も微妙に楽しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。

(破:説明)
古池にボッチャンと飛び込んだ蛙は、永年の寂寥を破っただろうが、
古池からピョコッと陸に上がった蛙は、古池にまた永年の寂寥を与えただろう。
芭蕉の一生は享楽であったが、同時にまた労苦の一生でもあったことは確かだ。
瑣事を楽しむためには瑣事に苦しむ必要もあるが、それは言わば代償なのだ。
(「微妙に」とは、些細な楽でも、些細な苦でもそうせよ、といった意味だろう)


人生を幸福にする為には、日常の瑣事に苦しまなければならぬ。
 雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、
 ――――あらゆる日常の瑣事の中に堕地獄の苦痛を感じなければならぬ。

(急:説明)
「雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔」は、最初に挙げた事例と全く同じ。
それを最初は「無上の甘露味」と言い、ここでは「堕地獄の苦痛」と言っている。
つまり日常の瑣事は、人の見方、受け止め方により、善くもなり、悪くもなる。
そんな瑣事を何でも受け入れることから幸福は始まる、と言っているようだ。
(あるいは世界をシニカルな視点で見る陰性な虚無的思考のようにも思えるが)

yyg2-1.jpg
(写真はフリー画像です。『GAHAG』)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
瑣事を大事として扱えば、ベターな生き方ができる。

フランスの哲学者アラン(1868-1951)が、こんなことを言っている。
「よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ」。
天候は、晴れの日もあれば雨の日もあるが、ただそれだけのことに過ぎない。
それが善になるか悪になるかは大抵、人がその時の気分で決めている。※2
つまり幸福は、自分が瑣事をどう見るかの“さじ加減”に掛かっているのだ。
    _______________________

それで芥川の警句に、恐れながらバーソの軽句を付け足すと、こうなります。

人生を幸福にするためには、あらゆる日常の瑣事を大事と考えなければならぬ。
 雲の光り、竹の戦ぎ、群雀の声、行人の顔、
 ――――あらゆる日常の瑣事に大事を見なければならぬ。
 瑣事を楽しみつつも、わずかでも ましな人間にならねばならぬ。


日常の瑣事は“人生修行の機会”と見て真摯に努力向上するのは良いことです。
悲壮なまでの意欲で利他的にそうしたい人は、そうするのがベストでしょう。

ですが、ここでは「わずかでも まし・・な人間に」なると書きました。
「まし(増し)」とは、ベターな、より良い、より望ましい、ワンランク上の、
といった意であり、どちらかと言えばそのほうがいい、ということです。

日常の瑣事を、“学ぶ”機会と“楽しむ”機会にしようと思うのはどうでしょう。
そうすれば、瑣事にも大事にも、より有意義に、より愉しく向き合えます。
(私は数十年間、“遊び”とはほぼ無縁だったので、余計そう思います)


そういうわけで、日常の「瑣事」はイコール「大事」と見る。
そして大事な瑣事をなるべく活用し、少しでも善い人間になる――――
そうすることはベターな生き方だと思うのですが※3、どうでしょう。

    original.gif http://gifmagazine.net/post_images/640923
    バーソの代理謝罪犬。チラチラして、かなり気が散ったでしょう。(笑)
 


書き終わってから思いました。これは「二位じゃダメなんですか」と同じだと。(笑) でも他者を
押しのけて、トップを目指し続ける生き方より、ずっと平和で、易しく、優しいと思うのですが。

註――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:以前、記事にしました。『愛と平和の思想に共鳴する幸福感。』 2016.12.10→クリック
※2:むろん、天候に関係する職業や事情もありますし、体調が天候に関係する人たちもいます。
※3:こういう言い方をすると、ベターよりベストがいいじゃないかと批判する人が出てきます。
はい、自由です。そう思うならベストな生き方をすればいいだけの話です。イエスは、ベストな
生き方について「友のために自分の命を棄てるより大きな愛はない」と言いました。ヨハネ15:13
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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疲れますね

バーソ様
おはよう御座います。

賢人は日常の細かいことまで理由づけをして考えていますが疲れないのでしょうか。
自分が幸せだとか不幸だとか全く意に介せずに暮らすのが楽だと思うのですが。
それが出来るのが本当の賢人なのかも知れません。(世間ではバカと言われていますが)

愛新覚羅

2017/01/20(金) |URL|aishinkakura [edit]

パーソンさん、おはようです。。芥川は羅生門
しか読んでいません。。お兄ちゃんが好きでよく読んでいるようです
芥川の言っていることは、薫子には難しく分かるようで分かりませんが、パーソンさんの解説に賛成です
それにしても、わんちゃんは笑かして貰いました
薫子は、博識ではないので難しいこと分からないんで論点から外れたコメントをするかと思いますが、その時はごめんしてね

2017/01/20(金) |URL|薫子 [edit]

ふ~む

啄木は好きでしたが、改めて読むと、
『……なければならぬ』のオンパレードで、
疲れましたぁ(^_^ ;)
フランスの哲学者アランの方が、
受け入れやすい感じですね。

>日常の瑣事を、“学ぶ”機会と“楽しむ”機会にしようと思うのはどうでしょう。

これ、大賛成です!
実際、人生とは、そのためにあると思うので……。

バーソさんのぺージは、記事を超えて講座かも?
襟を正して、背筋を伸ばして、
言葉や展開、引用に、いちいち蛍光ペン引く、みたいな……((´∀`*)

2017/01/20(金) |URL|風子 [edit]

Re: 疲れますね

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 こういう話は疲れると思う人は多いでしょう。私も書いていて、そう思いましたから。でもよく読んでくださいました。
 
> 自分が幸せだとか不幸だとか全く意に介せずに暮らすのが楽だと思う
 なるほど。確かに。でも、そういうことを全く意に介せずに暮らせているというのは、幸せな状態にあることが長かったように感じますね。

 充実した人生を過ごしている人は、幸福なので、幸か不幸かなんてことは考えていないのでしょうか。
 自分に何か足りないものがあると考えるのは幸福ではない証拠のようなもの。なるべくなら不足感や欠如感はないほうがいいのでしょうし、あまり考えすぎて答えが見つからないと、芥川のような最期を迎えることにもなりかねません。

 そう考えると、確かに「それが出来るのが本当の賢人なのかも知れません」ね。決して馬鹿な人なんかではないですよ。こんなこと、言うまでもないことですが。(^^♪

2017/01/20(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

薫子さん コメントありがとうございます^^)
 『羅生門』を読んだことがあるのですね。文学少女だ。(^^♪
 黒澤映画の『羅生門』は芥川の『藪の中』の印象が強い話になっていますが、本のほうは貧困の中の悪という人間のエゴイズムを突く話で、なにかおどろおどろしい、そして怖ろしい雰囲気があります。今は昔、平安時代は、ただ生きていくことが大変な時代だったのですね。

 「お兄ちゃんが好きでよく読んでいるよう」ですか。それはそれは、なかなかたいしたものじゃないですかね。
 いろいろ考えるということはいいことです。若いときは絶対にそうしたほうがいいと思います。
 でも考えすぎないで、いま自分の目の前にあることを一生懸命に行うのも、これまたいいことのように思いますね。 
 わんちゃんは笑いましたか。私は、文章のしたのほうでチラチラ動いているので気になって気になって困りました。(笑)

2017/01/20(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: ふ~む

風子さん コメントありがとうございます^^)
 確かに「ねばならぬ」の断定形がちょっと気になりますかね。
 でもこれも芥川一流のレトリックなのでしょう。これを「そう思ったほうがいいかもしれない」などと書くと文章として迫力がなくなり、つまらなくなりますから。芥川は、あえてこういう言い方をしているのでしょう。警句なのでピアスの『悪魔の辞典』と似ているでしょうかね。

> >日常の瑣事を、“学ぶ”機会と“楽しむ”機会にしようと思うのはどうでしょう。
 これ、大賛成です!
 実際、人生とは、そのためにあると思うので……。

 同意していただいてよかったです。
 人生は遊ぶためにあると思うのも、まあ、自由ですが、ちょっと有効には人生を活かせてはいないと感じます。といって、人生は学ぶ機会だとして歯を食いしばって生きるのも、せっかくの人生を楽しめてないのでもったいないと思います。私は人生の一番いい時期を遊ばないできたので、自戒として、そして誰かの参考になればと思い、書きました。

 風子さんのコメントが「ふ~む」で始まりました。そうですね、芥川が好きなせいもあり、今回は硬い話になりましたが、たまにはこういうのもいいかと思います、というより、真実を言えば他に面白そうな軽い話を思いつかなかったのです。(笑)

2017/01/20(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

瑣事を楽しむ生き方って、一番良さそうですね。
うちの夫がそういう人で、瑣事に苦しんでもいるみたいなのですが、ちょっとした風景の美しさに見とれるのが、彼にとっては苦しみを上回る喜びのようです。
私はもともと劇的な事ばかり求める性質だったので、夫からは影響を受けました。
劇的な事は面白いけれど、大変だし、続かなくなった時、なんだか終わりの気がしてきますから・・・。

私も、この世の楽しみは味わった方が、人生が豊かになると思います。
人の性質にもよるかもしれませんが、なりふり構わず頑張る時期と、気楽に楽しむ時期とあって良いのではないかという気もしています。

2017/01/20(金) |URL|Ariane [edit]

「はじめの一歩」と言う(明日のジョーを思わせる様な)ボクシングアニメがあります。
何でもそうですが、まず小さな一歩が大事だと思います…小事だと馬鹿にしてはいけませんね。
人の人生は小さな卵子と精子の出会いから始まります…小さな事の積み重ねが人を大きく成長させる。
小事を小馬鹿にする人は、大概どこかで人生につまづきます…そんな人を結構見て来ましたよ(笑)

2017/01/20(金) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん コメントありがとうございます^^)
> ちょっとした風景の美しさに見とれるのが、彼にとっては苦しみを上回る喜びのようです。
 そうですか。いいご主人のようですね。ちょっとしたことに感じる感性を持っているというのもひとつの才能じゃないですかね。もしくは心の特質、あるいは志向、趣味と言ったほうがいいかもしれませんが。
 とかく忙しい生活をして時間に追いまくられていると、路傍の花や空の白雲などにはとても気が回りません。気持ちだけでもゆったりできることを知っているのも非常にいいことですよね。

 で、Arianeさんは劇的なことばかり求める性質だったのですか。おやまあ、そうですか。うーん、ちょっと意外でしたが、そう言われると、なるほど~という気もしてきます。感性が人一倍豊かですものね。そうだろう、そうに違いないと思えてきましたよ。(笑)

> 人の性質にもよるかもしれませんが、なりふり構わず頑張る時期と、気楽に楽しむ時期とあって良いのではないかという気もしています。
 なるほど。これまた、その通りだと思いました。まったく困難のない穏やかな人生を送るのも安楽でいいでしょうが、激しい苦しい困難な人生を懸命に乗り越えて生きるのもまたいいことでしょうから。

 聖書の黙示録3章にあるイエスの言葉を思い出しました。
「わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう」
イエスはこういう厳しいことも言っているのですね。

2017/01/20(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

|sado joさん コメントありがとうございます^^)
> 人の人生は小さな卵子と精子の出会いから始まります…小さな事の積み重ねが人を大きく成長させる。
 なるほど、これ、面白い比喩ですね。確かに私たち人間の始まりも小さな種粒より極小のものでした。小さなものが集まって大きなものになる。地にあるものは天にもある。そのように世界は小さなものから大きなものに進化するようになっているのでしょうか。
 
 ちょっとした知り合いに、父親の会社を継いだが、うまくいかず、会社がつぶれてしまった人がいます。彼は、時代の変化のせいだと言ってましたが、ひとつ気になるのは、その人自身が瑣事を軽んじる不真面目な人だったことです。
 具体的に言うと、彼は生活維持のために他の会社に派遣で入ったのですが、仕事はなるべくさぼろう、さぼろうとし、うまくさぼっていることを同僚に自慢するような人でした。これでは親の会社をつぶすのも無理はないと思ったものです。
 この世界では、自分の目の前のことをきちんと出来ない人、しない人は、まずうまく行かないようになっていると思います。宇宙はそんな甘いものではないと思いますね。でも一生懸命に頑張っていれば、必ず道は拓けてくる、とこれは私自身の経験でも思います。まあ、こんなことは当たり前のことですが。

2017/01/20(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

思い出しました。
バーソさんの以前の記事でもたしか「侏儒の言葉」に
何度か触れられていました。芥川さん、お好きですね。
「アラビアのロレンス」好きな映画です。
井戸を目指して疾駆してくるアラビアの族長のシーン、震えました。
「Big things・・・」の場面を検索してみたらありました。
https://youtu.be/JHDhCBtjOy4
そうだった、そうだった、このシーン。
検索は好きな些事の一つで、解決できない問題が
瞬時に答えが出て、幸せに感じます。一方でどうしても
解決できない問題があって毎日ネットで同じ検索を繰り返しても
答えが得られず、地獄に感ずることもあります。
今日もまた学問的に引っかかる疑問が湧いてきました。
モーニング娘。の「。」は何? また検索しなければ。(笑)

2017/01/20(金) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 はい、「侏儒の言葉」は好きですね。調べているうちに分かったのですが、この警句は芥川の独創ではなく、アナトール・フランス(1844-1924)の『エピクロスの園』から発想を得ているようです。
 以下、引用します。
「官能的な人間の支払うべき代償:日光や空気の密かな影響、全自然から発散するあの無数の苦悩は、形や色彩の中に自己の喜びを探す傾向がある官能的な人間の支払わなければならぬ代償である」。
 官能的な人間の自己の喜びは、自然の苦悩との代償で得られると言われているようで、芥川の『瑣事』の文章と似ています。

 作家が誰かの文章からヒントを得る、あるいは下敷きにしているというのは案外多くあるようですね。それが分かるともっと面白いのだろうと思いますが、読むほうにそれほどの知識がないのが残念です。

 『アラビアのロレンス』のこのシーン、覚えていたのですか。凄い。
 Big things often have small beginnings.この発音は、私の耳では何度聞いても have が聞き取れません。『プロメテウス』のほうでも聞き取れません。日本人の発音なら、たぶん聞き取れると思うのですが、ネイティブの発音に慣れていないせいです。エリアンダーさんは英語に強く、映画好きでもあるので、容易に聞き取れるのでしょうね。

 モーニング娘。の「。」は何? これは気になってはいるが、いまだ解決できてない難問のようですね。句点というより、苦点ですか。(笑)
 私も検索が好きですが、すぐ健忘してしまうのが困りものです。
 そうそう、いま気に入ってるのは、国語辞書の後方一致です。これは便利ですね。http://www.excite.co.jp/world/j_dictionary/

2017/01/20(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/01/20(金) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメsさん コメントありがとうございます^^)
 最後のGIF画像は印象をやわらげるために入れました。これがなかったら大変です。重苦しい記事になります。書いた本人も、こんな硬い記事は見たくないとか言ってますから。(笑)
 
 「よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ」。これ真実ですね。人間は気軽に好き嫌いを言い過ぎです。というより善悪を決めつけすぎです。私は子供の頃から食べ物の好き嫌いが多くて、学校給食の時間は食べないで外にいました。でも好き嫌いは良くないと思ったら、急に何でも食べられるようになりました。つまり食べられないのではなく、食べようという意識がなかったのです。
 食べ物以外のことでも、自分で嫌いだと思っていても、それをやめようとさえ思えば、割合簡単に思いを修正できるように思います。
 
 1位になれる人、なりたいと思う人は、なればいいと思いますが、そうなれる人は一人だけなのですし、自分がそうなれば他の人はなれないために悲しむなんてことまで考えると、なりたいとは私は思いませんね。むろん、努力してできるだけ上のほうに行こうと思う上昇思考はいいことだと思いますが。

2017/01/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます^^

日常の瑣事を、
“学ぶ”機会と“楽しむ”機会にする
というバーソさんの考えに大賛成です。

それに加えて言えば、
日常の瑣事に“気づける”ことが
大切かなと思いました。

忙しく、ゆとりがないと
雲の流れや風のにおい、
木々の鼓動や草花のゆらぎにも
気づかないのではないでしょうか?

日常の瑣事に気づき、学び、楽しむ・・・

そんな人生にあこがれますね。

2017/01/21(土) |URL|坊主おじさん [edit]

今年もよろしくね

おはようございます。

まだ通常営業はされていないようで、土曜にお邪魔すると先客の多い事多い事、座る場所がございません。

「日常の「瑣事」はイコール「大事」と見る」このお言葉ありがたく頂きました、お代は出世払いと言う事で、と思いましたが世捨て人の身の上それもかないませんので、「感謝」の言葉をお代に代えさせて頂きます。

そう言えばこの本の中に、・人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは馬鹿馬鹿しいが重大に扱わなければ危険である・なんて言葉もありましたね、この言葉にバーソ師匠のお言葉を重ね、日々精進いたしたいと思います。

本日、異国の地では新大統領が大きなくしゃみをしたとかしないとか、敗戦国日本、そして我々声なき庶民、くれぐれも風邪をひかないように注意したいものですね。

2017/01/21(土) |URL|ばく [edit]

Re: おはようございます^^

坊主おじさん コメントありがとうございます^^)
> それに加えて言えば、
日常の瑣事に“気づける”ことが
大切かなと思いました。

 ああ、そうですね。瑣事を活用するといっても、その瑣事に気付かなければ何にもなりませんから、日常ではまわりの事象をゆったりと見つめられる精神状況になるようにすることが大事なんでしょう。

 どうしょうもない事情というのもありそうですが、せめて気持ちだけでもゆったりとなれるようにしたいものですね。
 と言っていても、病気になったり、事故に遭ったり、災害に遭うということがありますので、そういうことにも気を付けたいものです。

 体調のほうは少しよくなったようで何よりです。もっと大変なことかと思って心配していました。高熱が出るのはこわいですね。
 寒さが続きますから、気を付けてくださいね。

2017/01/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 今年もよろしくね

ばくさん コメントありがとうございます^^)
 そうです。あとゴールが近づいている人間にとっては特に、日常の瑣事は大事に見ないといけないと、いつも思っています。でも思っているだけで、そんなに大事にしようとは思っておらず、日常に流されている毎日ですね、私の場合。それではだめなんですが。
 
> そう言えばこの本の中に、・人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは馬鹿馬鹿しいが重大に扱わなければ危険である・なんて言葉もありましたね
 ああ、やはり、ばくさん。この言葉を思い出しましたか。
 この言葉は似てますね。これ、面白いのは、つい一本のマッチと思ってしまうのですが、一箱のマッチなんですよね。箱には何十本か入っている。一本消えても、また一本がある。次も次もあると思っていると、あと数本しかないことに気付いて愕然とする、こともありそうです。
 
 本も気軽にさーっと読み終わることもできますが、1ページ1ページ丹念に味わいながら読むこともできます。誰かと一緒にする食事も気軽に流して食べることもできますが、ゆったり会話をし、舌の先で味をじっくり楽しむこともできます。こうしたことは何にでも言えることなんでしょう。


 今年もよろしくお願いいたします。そちらは寒さも厳しいでしょうから、体調に気を付けてくださいよ♪ 最近はアメリカのほうからもインフレエンザがやってきますから。あ、記事は来週から土曜の更新に戻ります♪

2017/01/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ」。

私も同じ気持ちです。

自分が幸せかそうでないか
わかりませんが
少なくとも、働けることだけは有り難いです。

バーソさんの代理の謝罪犬が、可愛くて
笑えます。
わんちゃん、いい気分をありがとう。

2017/01/21(土) |URL|森須もりん [edit]

Re: タイトルなし

森須もりんさん コメントありがとうございます^^)
 「よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ」。とは、要は自分の気持ちの持ちようが幸福感に大いに関係しているということで、人間は中立のことを善だとか悪だとか思いがちなので注意が必要だということですが、でも自分には雨が多いとか時には嵐もある、どうしてスカッと晴れの日が来ないのかと思うときもあると思いますね。
 男の場合は自分のせいだと思えるのですが、女性の場合は運が悪いと思ったりするでしょうか。私の母は、男運が悪いと言ってましたが。
 いずれにしても、これから生き続けていくには働き続けなくてはいけないし、なんとか生きていかなくてはいけない。大変です。

 でも活路を見出すという言葉がありますが、活路は誰にでも開けると思いますね。ただ、安楽で易しい路ではないかもしれないですが。
 昭和の20年代30年代はみんな生きていくのが必死でした。冬でもオーバー1着だけ、ダウンジャケットはない、ストーブはない、湯沸かし器はない、ケータイはない、自転車はない、車はない、パソコンはない…ないない尽くしでした。でもみんな生き延びてきたのです。

 むろん今は時代が違います。昔と比較しても意味がありません。でも昔も今も生き延びていける道があることは同じ。むしろ今のほうが仕事はいろいろあります。条件はずっといいと思います。
 「少なくとも働けることだけは有難い」と思えるのはいいことですね。
そう思って頑張ってください。ほら、代理犬も謝ってますしね。ただし名前を間違えて、芥川さんなんて言ってますが。(笑)

2017/01/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

因果応報

 え゛ー、まず表題につきまして誤解が無い様に・・・。
【因果応報】よい行いをしてきた者にはよい報いが、悪い行いをしてきた者には悪い報いがあるという意味。原因に応じた結果が報いるということ。(ただdし、現在では多く悪い行いをすれば悪い報いを受けるという意味で使われている。)
 でも少し違うか知らん。ではこちらでは如何だろう。
【風が吹けば桶屋が儲かる】
 少し気取って言えば
【ニューヨークに蝶が舞えば北京に雨が降る】
 バーソは自由に風に言い換えると
【miss.keyがくしゃみをすると東京が空を飛ぶ】
 山でmiss.keyがくしゃみをすると熊が驚き走り出す。蹴った小石が転がり出して少し大きな石に当たる。少し大きな石は弾みで転がり落ちてもう少し大きな石に当たる。もう少し大きな石は・・・中略・・・雪だるま式に大きくなった岩は麓の研究所を木っ端微塵に。その所長であるマッドサイエンティストのバーソ博士は災害防止を心に誓う。そして都市ごと浮かせれば落石注意も気にならぬという結論に達し空中都市のシステムを構築。種明かしは風船がいぱーい。それを見ていたジュリーが歌う。トキオが空を飛ぶ~~♪
 え゛、いい加減にしろ?
 ふっ、なら本気で書こうではありませんか。
「高みに上った者は眼下を眺め小さいと蔑む。己の小ささも忘れて。」©miss.key
 高みで大事を為している様でいて、しかししている事は所詮細事。上から見て下が小さいのと同じ様に、下から見れば上もまた小さい芥子粒の様なもの。どんな大事を思い描こうと一人の中では空想に過ぎない。上の細事は下に降りて共有されて初めて大事となる。上に立つ者思い上がるべからず。大事とは細事の結晶なのだ。
 細かい事にも気を配ろう。小さなスプーン一杯の砂糖が折角のコーヒーを駄目にする。「スプーン」は和名「匙」。匙は些事。些事は細事であります。
 なお、ミステリーを一杯入れると物語のブログになります。はい。
 ところで、何の話でしたっけ・・・。

2017/01/21(土) |URL|miss.key [edit]

はは(母)暢気だねぇ~

お早うございます

台詞は変われど
同じように言われました
練習では一番下手だと思い
ボールを扱え
試合ではいちばん巧いと思い
走れ!
結果・・負けた、とほほ

マグレ勝ちはありますが
「まぐれ」で負けることはありません
負けには必ず『因』がありますから
次にはそこを叩け、でここまで生きて参りました
で、お陰でみなさまに出会いました、イエ~ッ!
あはは。

2017/01/22(日) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: 因果応報

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 ははあーっ、なにやら絶好調のご様子。ご同慶のいたりいたりかな。
 えーと、ニューヨークの夜の蝶の話。バターフライ効果の話ですが、我が家ではバターは買ってないし、フライは家では揚げてないですね。健康とかいうもの、いや、加齢などというものを考えているせいです。
夕べはカレーライスでしたが。あ、これは本当の話です。

> ただdし、現在では多く悪い行いをすれば……
 ピアニッシモ氏が「だ」の入力の際、miss keyタッチをして「d」を入れた。誰かが噂して、くしゃみが出て、花粉が飛び散った。それを一羽の鳥が肺の中に吸い込む。そいつは何の因果か、東京のビルの灯りを目指してバタバタと飛んでいく。飛んで灯にいる冬の鳥。で、なんでしたっけ、そうそう、マットサイナンティスト。足ふきマットで転ぶ災難。起き上がれない。あー、困った。ふーせんのともし火。風船はとかく爆弾に転用されやすい。ゆえに風船状物体は絶滅せんと誓い、それに近い形状のもの、すなわちつちのこというヤカラも全滅させようと決意する。ああ、空を飛ぶ、街が飛ぶ、雲を突き抜けて星になる。スーパーフォルテッシモスターが闇を裂く~。ああ、小事が大事になったとさ。

「高みに上った者は眼下を眺め小さいと蔑む。己の小ささも忘れて。」©miss.key
 これ、なかなかの警句ですな~。精神的に高みに立っている者は他者を見下さずにはいられない。そうしないと心の中から不安あるいはコンプレックスを除けないから。愛と常識が内面にあれば、そんな愚かしいことはしないのでしょうが。
 それにしても、この言葉、以前に小説かコメントに書いたことがないですか。なんとなく、些細なデジャブを感じるのですが。

 ミステリーをいっぱいブログに入れるの、大賛成。コメントにも入れてください。コメントショートショートです。

2017/01/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: はは(母)暢気だねぇ~

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
 ははは・・・はは(母)暢気だねえときましたか。
 私のほうは、ちち(遅々)として進まずです。あせってます。(笑)

> 練習では一番下手だと思い ボールを扱え
 これ、いいですね。小事を大事に思え。
 サッカーで青春時代を燃やした。地球も思い切り蹴ったのですね~。

> 試合ではいちばん巧いと思い 走れ
 これもいいですね、すでに大事を成し遂げたと思え。少年よ、大志を持て。大人になっても大志を持ち続けろ。
 大きな志を持ち、いつも努力邁進するのは非常にいいことですね。

 出来るかな出来ないだろうなと不安に思って消極的であれば、物事は成し得ない。出来る出来る成功すると思い込んでいれば、成し得る。
 人間のポジティブな意識はその人のまわりに成功状況を作り出すと言われ、これは「引き寄せの法則」と呼ばれています。ウナさんはこの陽気というか、楽観的思考と精力的実行で生きてきたのじゃないですか。

 私はとかく消極的な傾向があるので、ついできなかった結果をまず考えてしまいますが、そこにすべての諸問題の原因がありそうです。皆様を見習って頑張らなくっちゃ。(^^;)

2017/01/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

日常の些細なことに感謝し楽しむこと。
忙しいとなかなか感じられませんが・・・。
それは、まわりの方たちから学ぶことも多いです。

90歳を過ぎた方が「あなたは、さっさと歩けて良いね」と。

退職された方が「働けることは、幸せよ」と。

独り身の方が「ケンカする相手がいて羨ましい」と。

嚥下が困難な方が「肉を食べたい」と。

寂しい方が「そばにいてくれるだけで良い」と。

多くのことに気づかせてくれるのです。


また、病んだ時「花は綺麗なのだ」と。

憂鬱になった時、空を見上げて「ああ、空は青いのだ」と。


そう感じることに
感謝しなければ・・・と思います(^-^)

生きていることにも感謝です。

2017/01/22(日) |URL|Miyu [edit]

Re: こんばんは

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
 月曜から日曜まで、本業と家事とネコ5匹世話と講義もあって、年中休みなしですから、日常の自然の瑣事にはちょっと気づきにくい状況にあるようですが、ところがMiyuさんは庭の植物の世話もよくしていて、どこかに行けば大抵写真も撮って、ブログは3日で更新。本当に口八丁手八丁お豆腐一丁。まるで千手観音のようです。よくやってます。で、その上、まわりの人たちからも学びを得ているのですか。おー、頭の中はあれこれものすごくいっぱい詰まっているでしょう。
 
 なるほど、高齢、退職、独身、嚥下困難、寂しい……いろいろありますね~。そんな人たちと比べると確かに恵まれていると思えます。

 「病んだ時」とは自分の経験ですね。花はきれいだ、空は青いのだと思ったのですか。はい、東京の空は青いですよ。そちらのほうがもっと青いかもしれないですが。風は西から東に吹きますからね。西のほうが風も汚れを含んでおらず、きれいなんじゃないですか。東京から東のほうは、風がチリやホコリを東京に残していくでしょうから、東京よりもきれいかもしれないですね。と、気遣いにあふれる私としては満遍なく地方を持ち上げておきますね。(笑)

> そう感じることに
感謝しなければ・・・と思います(^-^)
生きていることにも感謝です。

 ほんと。そうですね。その通りだと思います。でもそれにつけても、まあ、Miyuさんにしては真面目なコメントだこと。ちょっと日常に遊びの時間がないのじゃないですか、と ひと言 余計なことを言って終わります。(^^;)

2017/01/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

☆バーソ☆さん、こんばんは!!^^

> 瑣事を楽しみつつも、わずかでも ましな人間にならねばならぬ。
この「ましな」(【形動】?)は、どっち方向ですか? なんて訊かれたら私は、「好きな方向」と「良い方向」の、どっちなのか迷うかもなのです。で、「好き」はわかるけれど、「良い」はさらなる考察が必要だと思うのです。合ってますか?m(__;m

2017/01/23(月) |URL|くわがたお [edit]

Re: タイトルなし

くわがたおさん コメントありがとうございます^^)
> 「好きな方向」と「良い方向」の、どっちなのか迷うかもなのです。で、「好き」はわかるけれど、「良い」はさらなる考察が必要だと思うのです。
 うーん、なるほど。よく考えていますね。
 そうですね、例えば交通事故に遭って車が大破し、重傷を負い、良い悪いの絶対評価で考えれば“最悪”と思えるような状況の場合があるとします。そういうとき、生きているだけで良かった、死ぬより“まし”だった、不幸中の幸いだった、などと言いますね。
 だから最悪の状況と比較したりして、現状よりも少しでも良好なら、あるいは少しでも都合が良いと自分で思えるなら、それを“まし”と言えるようです。
 とすれば、「良い方向」でも「好きな方向」でもどちらでも、とにかく現状より少しでも“まし”と自分で納得できる方向に行ければ、それでいいように思いますね。この「少し」がポイントのようです。
 
 とはいえ、世間的・一般的に言えば、倫理的・道徳的・社会的に「良い方向」でしょうかね。つまり愛があり、親切で、嘘を言わず、ひとを憎まず、謙遜な人格に、そうじゃなかった人がほんのわずかで近づければ、それを“まし”、すなわち現在よりは少し良くなった、と言うのではないですか。
 また立場的・経済的・家庭的に良くない状態の人が、少しばかり良い状態になった時も、そう言われるでしょう。
 
 バーソ的には、“まし”とは自分の「好きな方向」でもいいように思いますね。ある遠い所に行くとき、世間的には車で行ったほうがいいとか電車とタクシーを利用して行ったほうが適切だ正解だと言われても、自分では歩くのが好きだから、ヒッチハイクと時々はバスを利用したりして行きたいと思うなら、それでいい。自分の感じる幸福感が少しでも上になったと思えれば、それで“まし”、それで“良し”という感じです。むろん言うまでもなく、ひと様に迷惑を掛けない限りですが。

 要は“まし”とは、停滞や後退ではなく、前進です。
 四歩下がっても、五歩進めればいい。別に百歩進めなくてもいい。
 いいじゃないの、幸せならば、です。(笑)

2017/01/24(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは。
ブログ読ませていただいて、わかったようなわかってないような感じなんですが、いい話を聞かせてもらえたと思って感想書かせてもらいます。
些事、私のような凡人は、些事ばかりが日々の関心の元です。
朝起きて寒いと思って、寒いと言い、眠たいと思えば、布団から出たくないと思い、雪が降っていれば、雪に見とれ、顔が乾燥していれば、それを気にし、ご飯が美味しくできれば喜び、笑顔で人と触れ合えれば嬉しくなり、一日中些事ばかりです。
何か意義のある大きなことには、ほとんどふれない1日です。大きな理想もなく、暮らしてます。
ただ、私のような小人には、これくらいがちょうど器にあっていいと思ってます。健康に生きて、好きなことを仕事にできて(バイトですが)、大切な人が何人もいて、いろんなことに興味を持って、こうして、興味のあるブログに出会えたりして、そういったことがすごくありがたくて、幸せですね。
些事が大事になるのかはわかりませんが、私にとっては大切な些事たちです(^^)

2017/01/24(火) |URL|NaNaKo [edit]

Re: タイトルなし

NaNaKoさん コメントありがとうございます^^)
 はじめまして。よくコメントを書いてくださいました。
 いい話だと言っていただけると、うれしいです。

> 朝起きて寒いと思って、寒いと言い、眠たいと思えば、布団から出たくないと思い、雪が降っていれば、雪に見とれ、顔が乾燥していれば、それを気にし、ご飯が美味しくできれば喜び、笑顔で人と触れ合えれば嬉しくなり……
 これは宮沢賢治の『雨にも負けず』の「西に何々あれば…、東に何々あれば…」の言い方を思い出しました。
 朝起きてからの出来事のひとつひとつ、一瞬一瞬を感じ、そのほかのバイトも友人関係もブログも、すべてを味わい、喜び、楽しみ、幸福感を感じる……。非常にいいことだと思います。バイトも趣味と実益を兼ねているようで、なによりです。(笑)

 瞑想の一つに座禅を組むスタイルではなく、何かをしながら精神を今していることに集中するという方法があります。NaNaKoさんの日常は、そういう瞑想をごく自然にしているようではないですか。いいことです。またのお越しをお待ちしていますね。(^^♪

2017/01/25(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

美貌は犯罪!でしゅ、あはは

どうみたって
二十代だ
ハンサムで頭も切れる
こりゃ~相当犯罪を犯している
間違いない!
をなご衆の心を盗んだ・・・犯罪である
終身刑が妥当だと思う
一人だけ罪に問わない人がおりますが(妻君でしゅ)
その陰にどれだけ多くの女性が泣かされたのか
とても人の所業ではない
貴殿は天使か?・・・・

アレッ!
バーソさん
なんで胸に手を当てているのでしゅか?
(これって記事のコメントになったのかな?)
(まいいか、あはは)。

2017/01/26(木) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: 美貌は犯罪!でしゅ、あはは

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
 あはは・・・何と言ったらいいか。まずはお礼を申し上げます。
 どうも、誤った想像と誇大な妄想をさせてしまったようで、増上慢にならぬよう気を付けねばなりません。(笑)
 さて、私のモテない話については、こんな若、否、和歌があります。

  モテたいと 思えどもなお 
    わが顔は 良くはならざり 
      じっと手を見る

 胸に当てた手を間近で見るならば、手は正直です。けっこう静脈が浮いています。すなわち、けっかん人間であることを語っています。
 一方、写真のほうは必ずしも正直ではありません。ストロボの光のせいで黒い肌も白く見え、フォーカスをぼかしたせいで真実の年齢・素性が隠微され、曖昧模糊なファジー状態になっております。それゆえに、くれぐれも誤解のなきよう、見た目で胡麻化されることなきよう、お願いいたしますよ。(笑)

2017/01/26(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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