「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 男のエゴを暴いたスアドの『生きながら火に焼かれて』。 

娘殺しの「因習」に、モーセの「律法」との共通思考を見た。

中東のある村には、家族と家長の「名誉」を守るためには、
実の娘を処刑するという悲惨な慣習がある。

その村の「因習」を支えている忌まわしい「掟」の背景には、
旧約聖書の「律法」の背景にある倫理観と共通する思想があるように思われる。
それは、ひと言で言うなら、男のエゴ、特に「名誉心」である。

今回の話は、『生きながら火に焼かれて』という本から、
男の「名誉心」の害悪を、特にエホバの証人の階級組織に関連して考えたい。

生きながら火に焼かれて11 (1)
スアド著・松本百合子訳「生きながら火に焼かれて」

生きながら火に焼かれて』の本は、1970年代後半、中東に住む17歳の少女が
恋をして性交渉をもったため、義理の兄から火あぶりにされるが、
あるフランス人女性のおかげで奇跡的に一命を取り留めた、という内容である。

2003年に出版。世界中で話題になり、「名誉の殺人」に対する認識が広まった。
大勢の読者が、彼女から元気をもらったと言っているそうだ。

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中東ヨルダン川西岸地区にある小さな村では、女性は毎日、
奴隷のように働かされ、ひたすら男性に従属することが求められる。

女性は学校に行く権利もなく、一人で歩く自由さえない。足は裸足。
夜明け前から晩まで家事、畑仕事、家畜の世話を黙々とこなすだけの毎日。
ちょっと不備があると、すぐ父親から暴力を振るわれる。
極めつけの徹底男尊女卑社会だ。

結婚前の娘が男性と視線を合わせるなら、娼婦のようにみなされる。
結婚前の恋愛・性交渉は家族の恥であり、家族がふしだらな娘を
ほうっておけば、村八分にされ、追放される。

そこで「名誉」を挽回するために、実の娘を処分することになる。
いつ、どこで、誰が死刑を執行するか、家族会議が開かれ、
「名誉の殺人」が実行される。
「名誉」のために家族を殺しても、殺した男は英雄とみなされる。

わたしは「生きながら火に焼かれて」の本を読んで涙した。
陰湿な因習に憤りを覚えた。
同様のことはイスラム圏以外に、イスラエル、イギリス、
イタリア、スェーデンにもあり、殺害される女性は世界中で
年間5000人にのぼるそうだ。 ☞ Wikipedia

suado.jpg

このような道理を外れた因習は、どこから生じたのだろうか?
このシスヨルダンの村で第一に重要視されることは、
「長」たる男の名誉だ。
長の名誉のためには、女性の人権や名誉は全く無視・除外される。

「名誉心」とは良い特質ではないのか?
「名誉心」そのものは別に悪いものではない。朝、パチンコ屋の店先に
しゃがんで開店を待っている男たちを見たりすると、そう思うことがある。

しかし、「名誉心」を尊ぶ思想は大きな危険をはらんでいる
というのは、人は「名誉」を守るためには、他人を殺したり、
自分を殺すことさえあるからだ。「四十七士」の討ち入りは「忠臣蔵」
というタイトルで歌舞伎や映画や本になっているが、
「名誉心」ゆえに大勢の人間が苦しみ、死傷した事件である。

忠臣蔵

古来、「忠節」とか「忠義」という言葉で、
《主君の名誉を守ることは美徳である》と教えてきたのは誰か?
それは、その「忠節心」で誰が得をするのか、を考えると分かる。

得をするのは、名誉が擁護されるほうの人間、それは大抵の場合、
権力を持った男性だ。すなわち、家族や部族・国家の「長」、
集団や団体・組織の「長」である。


自分の名誉を守るために、あるいは敬愛する誰かのために、自ら苦労したり
死んだりするのは、当人の自由であり、あるいは立派なことかもしれない。

しかし、階級制度のトップにいる誰かの「名誉」のために、下位にいる者が
大変な苦労をさせられたり、死んだりさせられるのは、果たして
正当ことなのだろうか。下にいる者には大変な実質損失があるのではないか。


わたしは、ただ損得の話をしているのではない。
神の「愛」を考えてみよう。愛の神が、死に至るまでの「忠節」なんてことを
「掟」として人間に要求するだろうか。
「愛」は「死」の概念とは相反するものだろう。

ならば、神の模範に倣うべき人間の権力者が、「忠節」を尽くせと命じたり、
《主君への死に至るまでの「忠誠」は「名誉」なことだ》と教えるのは、
「忠誠」は不当で、横暴で、利己的で、醜悪なことではないだろうか。

中東のある村で今なお続いている陰湿な因習は、家長の「名誉」を守るために、
家族の掟が村全体の慣習となったのだろう。

これは旧約の律法の中のある掟が、族長の「名誉」を守るために生まれたように
思えることとよく似ている。両者の文化背景は同じだろう、と私は思うのだ。

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「名誉心」は要注意である
あるみ使いは名誉心で悪魔サタンになった。 あるユダヤ教徒たちは名誉心で
パリサイ人(ファリサイ派)になった。ある革命家は名誉心で独裁者になった。
そして彼らはみんな、まわりの者を苦しめた。


~~~~~~~~~~~ここからはJW向け~~~~~~~~~~~

ここからはエホバの証人の話になるが、
ものみの塔協会は、兄弟は誰でも長老の特権をとらえるように、
上を目指すことは円熟性を示すことだ、と教えている。

では、エホバの証人という狭い階級組織の中で、
兄弟たちは、もっと上の立場に上ろう、それがクリスチャンの第一目標だ、
などと考え違いをしてだろうか。

こんなことを言うのも、純粋な動機で神に仕えている というよりは、
「名誉」や「特権」がうれしくてJWであり続けているように
見える兄弟たちが少なくないからだ。


Saffron a

「井戸の中の蛙は大海を知らない」。狭い場所にいると、狭い視野しか持てない。
視野が狭いと、その中で上方に上ることだけが幸福であると考えがちだ。

現状に満足している人間に、進歩はない。満足していると、
他の世界を調べてみたいとは思わない。
そして、思わなければ、その人は「井の中の蛙」だろう。

「名誉心」は、もちろん望ましい場合もある。
適切な「名誉心」は本人を幸福にし、まわりを平和にする。

だが「名誉心」は一方で、出世欲、支配欲、野心、偽善につながりやすく、
独善と利己心を育てることがあるのだ。
特に男性は気をつけないといけない。

※念のために補足するが、今回・前回のブログは聖書を否定するものではない。
そうではなく、聖書の教えには、聖書が書かれた当時の人々の生活・文化から
自然発生的に生まれた考え方がノイズのように混じっている、
それは当時の権力者の「名誉心」から生まれたものではないか。
男はその「名誉心」に気を付けるべきだ、ということを論じているにすぎない。


(このブログを最後まで読んでいただき、ありがとうございました)

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ばーそさんは、この本を読んだんですね。
私も読みました。
関連して、内海夏子さん女子割礼、メンデ奴隷にされた少女
などを読み、名誉の殺人をする地域に生まれなくて
本当によかったと思ったりしました。

考え方が根本から違いますね。

スワドは女の子に生まれたので、
奴隷も同然な、扱いです。
楽しみも自由もなく、サボれば父親に
殴られます。(家畜のような扱いです。)
男の子に生まれれば、
学校に行けて、手伝いもしなくてよくて
外に自由に出て行けます。
スワドの姉は、可愛らしい顔立ちなので、
父親は、嫁に出せば牛を貰えると
喜んでいて、姉には少しやさしいのです。

スワドの周りで起こった女の子のバスによる
名誉の殺人!そして、スワドの火あぶり!

この時も、隣のスワドの相手には、
何も罰がありませんでした。

内海夏子さんの本では、女の子の
辛い虐待を知りました。

思う所は沢山ありますが、
力が無いので、何も出来ません。

こうやって、コメントをして
誰かが、本を読んでくださることを
祈るのみです。



2012/08/06(月) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
おー、そうなんですか。さすが、熱いゆりさん。
暑い中、毎日忙しいのに、よく読んでくださいました。

スワドの例は、別にイスラム圏だけの問題ではなく、
この21世紀の今なお、西欧社会でもアジアでもあるようです。
女子割礼の習慣も、その意図たるや何とも呆れ果てるものです。

イスラム女性が顔をすっぽり覆って歩いている姿を見ると、
男どもは、そして神学者たちも、それを何とも思わないわけですから、
宗教経典の教えを神の教えと信じる信仰は本当に怖いものだと思います。

浄瑠璃『壷阪霊験紀』に、「妻は夫に従いつつ、夫は妻に慕われつつ」と
いう有名な一節がありますが、これは聖書の教えと全く同じです。
妻は夫に従え、女は男に従え、男は女の頭(かしら)だというわけです。

ゆりさんの言われる通り、男は、ふしだらと言われませんし、身売りもされません。
そうなんです。この社会は男の《エゴ》が支配しているんですね。

太古の昔は《女社会》でした。邪馬台国に卑弥呼という女王がいた通りです。
その後、《男社会》になり、その間、武力を持つ者が支配する《力社会》になり、
今は特定の富裕層が世界を支配する《金社会》になりました。

いま、富む者がますます富んで、富を独占しているので、
世界から貧困がなくなりません。大勢の若者に仕事がありません。

これを正せるのは、人間の《考え方》だけだろうと思っています。
宗教はそれができるはずなのに、しておらず、残念、遺憾なことです。

2012/08/07(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

本読ませて頂きました。
心が痛む内容で、驚きましたが、
一刻も早く、この苦しみから、
女性達が、また、関わる全ての人々が、
解放され、少しでも、自由を手に入れられることを
ただ、ひたすらに願うのみです。

2015/05/04(月) |URL|かおり [edit]

Re: タイトルなし

かおりさん ありがとうございます^^)

今でも地球上のある地域では、女性は何千年も虐げられ続けています。
本を読まれて驚かれましたか。強い憤りと悲しみも感じたことと思います。

人種差別問題は、聖書的にもおかしいので自由主義国家では是正されてきました。
しかし女性蔑視の風潮は、その土地の長年の慣習や宗教的信念に基づくので、なくなることはありません。それが悪いとは全然思っていないので、なくならないのです。

人間の考え方というのは人それぞれに違ってていいのですが、しかし弱いものを苦しめる考え方があっていいはずはありません。本当に早く開放されることを望みますね。

2015/05/04(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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