「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ノアの箱船と戦艦大和は、人間の愚挙を示す巨大レガシーだ。 

ロポーズはどんな言葉でしたか?という調査をしたら#、最優秀賞は、
なんと若い女性の「大船に乗ったつもりで私についてきてください」という言葉になった。
男が弱くなったのか、女が強くなったのか。世の中、様変わりである。

 # NPO法人地域活性化支援センター主催『全国プロポーズの言葉コンテスト 2013』
 女学生のK.Iさんは「私のほうが体格がいいので、この言葉が似合うと思った」そうだ。

ともあれ、人は安心感を求めている。人の心には根底に不安がある。
だから政治は安定を公約し、商業は安楽を宣伝し、宗教は安息を約束している。

しかし大船に乗れば安心というのは、過去の遺物ともいえる危ない考え方ではないか。

tit3nik.jpg
Titanic sinks in REAL TIME - 2 HOURS 40 MINUTES →YouTube

今回は、世界と日本で最も有名な“巨大船”の業績とレガシー(遺産)について考えた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ノアの箱舟と戦艦大和は、人の命を救うために建造された。

●「箱船」も「大和」も、建造当時、世界最大の大きさを誇った船だ。
・「ノアの箱船」は、4千年以上前、大洪水からノアと家族を救うために建造された。
・「大和」は、太平洋戦争時、アメリカに勝利するために建造された史上最大の戦艦。

●船体寸法は、「方舟」は「大和」のほぼ半分だが、長さと幅の比率はほぼ同じ。
・「箱船」=長さ133.5m・幅22.2m・高さ13.3m ♯比率は約30:5:3
・「大和」=長さ263.0m・幅38.9m・高さ34.3m(喫水線から檣楼まで)
  ♯ 外寸比「30:5:3」は、タンカーなどの大型船の最も安定している比率。

・「箱船」は、ただ浮けばいいので、船舶のような涙滴型ではなく、箱形をしていた。
・「大和」は横幅が広い艦体であり、“まるでタライみたいだ”という印象があった。

・「箱船」は、総容積約4万立方㍍。タイタニック号(46,328トン)の排水量とほぼ同じ。
・「大和」は、排水量は基準6万4千トン、満載時7万3千トン。

no8hark.jpg 出典
yamto.jpg Wikipedia
戦艦大和(263m/863ft)は横に倒した東京都庁(243m/797ft)よりも長い。

大洪水は「第二の月の十七日」に始まった、と聖書に書かれている。(創世記7:11)
「第二の月」は、現在の暦では10月後半から11月前半に相当する。ちょうど今頃だ。
「大和」の就役は1941(昭和16)年の12月16日。季節的にはもう一か月ほど後になる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
箱船も大和も、莫大な労力と費用を掛けて造られた。

●「箱船」は、機械工具やクレーンなどがない時代だったので、手作業で造られた。
ヤニ質の木を切って削って組み上げ、内側と外側にタールを塗って防水性を図った。
神は「人の齢は120年にしよう」と言ったので、建造期間は100年前後かもしれない。
当時の人は長寿命で平均900歳だったので、長い年月を掛けてコツコツ手作りした。

noah_6.jpg 出典
映画『ノア 約束の舟』

●「大和」の建造費は、その年度の国の一般会計歳出(決算ベース)の約4.3%を占めた。
これはJRリニア中央新幹線(品川-名古屋)の土木工事費の約4.2%に匹敵する割合。
その金額は約4兆158億円で、2020東京五輪の推測予算約3兆円を1兆ほど上回る。

yiuree.jpg Wikipedia
呉海軍工廠で最終艤装中の大和(1941年9月20日)

●「箱船」の乗員は生きることを願望し、「大和」の乗員は死ぬことを覚悟していた。
・「箱船」の場合は、乗員のノアの家族8名は救ったが、全地の人々はみな溺死した。
・「大和」の場合は、最終時乗員3,332名中、269名は助かったが、3,063名が死んだ。

換言すれば、「箱船」は世人を皆殺しにし、特攻「大和」は軍人の多くを見殺しにした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
巨大建造物は、良い益と良い名を考えて造りたい。

「箱船」はトルコのアララト山上にあるとされ、「大和」は鹿児島県坊ノ岬沖の海底にある。
共に、人間の智恵と愚かさを思い出させる巨大なレガシー(遺産)となっている。

「大和」という名には、大和民族の魂と誇りとアイデンティティが象徴されている。
東京五輪の開催には、日本人が胸を張りたいという願望と期待が込められている。

「大和」は、大艦巨砲主義は過去の遺物だと認識されていたにもかかわらず建造されたが、
自慢の46cm主砲は戦艦相手に一発も撃つことなく、2時間足らずの戦闘で沈められた。
東京五輪はぜひとも、今も良し、その時も良し、後々までも良し、としてほしいものだ。

(ニュースを見ていると、オリンピック委員会の威信や面子や名誉心と、金銭感覚の鈍さ、
判断力の甘さが気になります。彼らの考えるレガシーとは壮麗な箱物のようですね)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※真珠湾空襲の第1航空艦隊航空参謀等を務めた源田実(戦後に航空自衛隊航空幕僚長)
は、海軍が大艦巨砲主義から航空戦力主体に切り替えられなかったのは、組織改革をした
場合の不利益を嫌ったためだと指摘。「大砲がなかったら自分たちは失業するしかない。
兵術思想を変えるということは、単に兵器の構成を変えるだけでなく、大艦巨砲主義に
立って築かれてきた組織を変えることになるわけですから」と語っている。(Wikipedia)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
関連記事
スポンサーサイト

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

愚の2倍

バーソ様
おはよう御座います。

ノアの方舟の愚挙は1回ですが大和の場合は姉妹艦の武蔵がありますから2倍の愚挙ですね。
方舟はこんなに大きかったのですか。
これほどの大きさはないとおもっていました。
イメージ的には元寇の船くらいかと。
でもそれでは全ての種の動物が載りませんね。
源田実さんの言葉は実に素直です。惜しむらくは同じ言葉を戦前に言ってもらいたかったです。

愛新覚羅

2016/10/29(土) |URL|aishinkakura [edit]

私も常々、無駄の極致だと思うのが「大和」です。
建造して温存して沈めるだけのもの。
なんて悲しい話でしょうか。
乗組員の命は全く考えられてなかったわけですから。

呉の大和ミュージアムに行ってボランティアの人に解説をしてもらいました。
その人も「ほんとうに無駄な建造物でした」と
締めくくったのが印象的でした。

ノアの箱舟は、あまり知りませんでした。
昔、「天地創造」だったかしら映画をみたときにノアの箱舟に人や動物が乗っていくのを
みたような記憶があります。
え、これだけの命が助かるだけなの?と
思ったような記憶があります。

2016/10/29(土) |URL|森須もりん [edit]

負の遺産、増える一方……。

歴史を振り返れば学べるのに、
オリンピック委員会とやらの威信や面子や名誉心が先行って、
嫌ですねぇ。
今更の平家物語ですが……。
『奢れるも者、久しからず…』って、
教えてやりたい政治家の多いこと。
東京都民と、小池さんに頑張ってもらうしかないでしょうね。

脚本として描き切れるかと疑問でしたが、
映画『ノア約束の舟』は良かったですねぇ。
再びの箱舟……アミの本にも出てきますよねぇ。
篩にかけられて今生を終えることにしましょう。

それにしてもバーソさん。
着眼点、テーマの提議、言葉の組み立て、
配置ともに毎回、こんな記事がよく書けますねぇ。
国語か社会科の先生やれば良かったのに……と、
つくづく思うのは、私だけでしょうか?


2016/10/29(土) |URL|風子 [edit]

Re: 愚の2倍

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> ノアの方舟の愚挙は1回ですが大和の場合は姉妹艦の武蔵がありますから2倍の愚挙ですね。
 ほんとにそうですね。両艦とも図体が大きいので、米軍機は爆弾も魚雷も当てやすかったのでしょう。共に20本ぐらいずつ食らっているようです。すでに戦艦は航空機に敵わないと認知されていたのに、帝国海軍はバカな建造をしたものです。
 
 > 源田実さんの言葉は実に素直です。惜しむらくは同じ言葉を戦前に言ってもらいたかったです。
 ああ、ほんとうにそうですね。私は帝国海軍でも陸軍でも名前をフルネームで知っている将校は源田実だけなのですが、彼は戦時中、米軍がレーダーを使って機銃を撃っているので我が国も至急開発すべきだという意見が出たとき、そういうものは心眼を開いて撃てばいいのだと言い、その意見をつぶしたという話を読んだことがあります(日本は、八木アンテナが知られているように、戦争初期の頃は電波技術がひどく劣っていたわけではないのですが)。 
 拙記事の補足の項では航空隊の幹部として、海軍に対していいことを言っているようですが、彼も組織の一員として勝手なことを言っているのですね。

 後付けなら誰でもいいことを言えます。新聞社もほとんどが戦前戦後でがらりと態度を変えています。

2016/10/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

 -----------------------------
森須もりんさん コメントありがとうございます^^)

> 呉の大和ミュージアムに行ってボランティアの人に解説をしてもらいました。
その人も「ほんとうに無駄な建造物でした」と
締めくくったのが印象的でした。

 そうですか。四国から呉までは近いので、観に行かれたのですね。大和は片道だけの燃料を積めと指示され(実際には武士の情けとやらでもっと積んだようですが)、玉砕覚悟の特攻艦として出発しました。そのときの乗員の気持ちを考えると、なんと言っていいか、じつに悲惨なものがあります。戦争は本当にいやですね。神風特攻機はよく語られますが、大和もそうなんですよね。
 
> 昔、「天地創造」だったかしら映画をみたときにノアの箱舟に人や動物が乗っていくのを
みたような記憶があります。
え、これだけの命が助かるだけなの?と
思ったような記憶があります。

 大洪水というと、聖書否定学者は、あれはメソポタミア付近だけにあった局地的な洪水だと言いますが、局地的ならば人間も動物も陸地伝いに逃げればいいわけで、あんな巨大な船を造る必要はないのです。
 
 イエスがいた西暦1世紀頃もノアの大洪水を疑う人がいたのですが、使徒ペテロは、昔の邪悪な世は大洪水で滅ぼされたが、今の邪悪な世も、今度は火により滅ぼされると言っています。(ペテロ第二3:6,7)
 
 至上の愛がある神が無辜の人類を滅ぼすというのは論理的におかしいのですが、最近は異常気象による洪水が非常に多いので、世の終わりが近いのではないかと思っている人もいるようですね。

2016/10/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 負の遺産、増える一方……。

 風子さん コメントありがとうございます^^)
> オリンピック委員会とやらの威信や面子や名誉心が先行って、
嫌ですねぇ。

 ボート競技場の予算が7倍に膨れ上がったというのは異常としか言いようがありません。なのに小池さんが代替場を検討すると、IOCやら世界ボート連盟の会長やらまでもが寄ってたかって、それをつぶそうと躍起になっています。
 日本のオリンピック委員会がいい仕事をしていれば、つまり適切な費用で適切な計画をしていれば、誰からもなんにも文句は言われないのですが、ロゴマークの話から始まって、彼らにあまりに不備や問題が多すぎたのが、このように話がこじれた一番の原因でしょう。彼らはそれを忘れています。
 
> 脚本として描き切れるかと疑問でしたが、
映画『ノア約束の舟』は良かったですねぇ。
再びの箱舟……アミの本にも出てきますよねぇ。
篩にかけられて今生を終えることにしましょう。

 いい映画でしたか。私は、この映画はテレビで3分の2ぐらい観ました。途中で観るのをやめたのは、聖書の記述とかなり違うので、それが観る気をなくさせました。また放映されたら、最後のほうも観てみます。
 
 「篩にかけられる」というのは興味深いですね。無条件の愛の神なら、箱船のようなそんな厳しい裁きはしないとも言えるでしょうし、しかしすべては人間の自由にまかせられているのであれば、人間がみずから自分の人生の結果を選んでいるのだとも言えそうです。
 
> 着眼点、テーマの提議、言葉の組み立て、
配置ともに毎回、こんな記事がよく書けますねぇ。

 あははは、配置まで褒めていただいて、ありがとうございます。大きな励みになります。じつは文字列の長さなど、レイアウトはかなり気を使っているのです。よく気づいてくださいました。

 

2016/10/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

愚挙というのは容易かれども

 象徴なるものは時として実用性以上に役に立つ事もある。何故って?そら人間偉大な物が大好きだからですよ。
 大和、良いじゃありませんか。本来の用途では確かに役立たずでしたが、もし造られなかったとして、代わりに作られたものも所詮金的(玉ちゃうよ)戦艦か特攻戦闘機か消耗戦車でやんしょ。どっちみち碌な物じゃない訳です。それも人知れず戦場で破壊されていく。いや、それがあったら戦局は変わっていたなんて与太話は無しにしましょうぜ。それ位でどうこう言える力の差じゃなかろ。脱線失礼。
 さて、戻りますと、象徴としての大和の存在感は半端ないです。惜しむらくは戦中は極秘の秘だったので象徴としての役目すら果たしてない事でしょうか。しかして現在、本に模型に数多の物語。海底に沈んでいたのを見つけただけで大騒ぎしてしまう一大コンテンツとして肩で風切ってます。しかも一過性のものではなく戦後ずーっと続いているのであります。その経済効果はもはや天文学的数字ですな。今現物が目の前にあって御覧なさいよ。もう列島大フィーバーの大騒ぎ。外国からもその雄姿を一目見ようと千客万来。呉の港は観光客でごった返していることでせう。
そうだ、いっそ復元しちまおう。自衛隊の旗艦として最新技術ぶっ込んで最強イージスなんて誇大広告するのも良し。首相座乗艦が鞍馬(退役だっけ?笑)じゃ余りに見栄えがしないでしょ。日本海防の象徴なんだから、実用性より威容ですよ、威容。え゛、軍国主義の再来?・・・特亜の馬鹿はほっといて(今時軍事関係者がでかぶつ戦艦なんぞで戦争出来るとか思うかい)、さわりだけは一般公開して観光客集めるってのも一手。下手に観光立国アピールするより余程効果的ですぞ。
 となると、これは現代日本経済の箱舟となりえるのではなかろうか。え゛、無理がある?でもコンテンツは基本コピー出来んし、しても意味無いし、幾ら某国でも大和の起源までは主張できなかろうし(いや、怪しい(笑))・・・。ぐだぐだの五輪なんかで負の遺産作るなら、世界をあっと言わせられる大和の方が余程面白いと思うのであります。大和担いで世界港巡り外交とか如何どす?インパクト絶大ですぜ。日本だから出来る洒落だってんで港に人が押し寄せて友好ムード盛り上がる事間違いありませんな。
 ちなみに、大和の愚挙は二度ぽっちではありませんぞ。大和、武蔵、信濃の三回であります。流石は日本帝国海軍、お馬鹿もここまでやれば立派なもんです。

2016/10/29(土) |URL|miss.key [edit]

バーソさん、こんにちは^^

聖書なんかも、神の愚かさを示すレガシーかもしれませんね。
自分に似せて創ったものが、
あまりにろくでもないので、滅ぼそうとか・・・
ちょっとしたジョークのような話です。
神には、「あなたは愚かですよ」と言ってくれる人がいないので、
自分に似たものを観察する必要でもあったのでしょうか?

生物の進化の過程を見ていても、神といえども、
最初から完璧なものを創るということは、
出来ないのかもしれないと思います。
ほとんどの生物は滅びてしまうわけですが、
滅びるまでには、色々と試行錯誤しながら、
何とか、生き残るすべを探している痕跡が伺えます。

人間は、どんなことでも、実際にやってみて、
経験してみないと、本当のところは解りませんが、
人間が神に似せて創られているなら、
神自身も、実際に経験するまでは、
解らない存在なのかもしれませんね。

あの時代に、大和のようなものを作れたということには、
賞賛の気持ちを感じても、見下すような気持ちにはなれませんが、
当時の人間に、千里眼的な能力があれば、
航空機や空母、駆逐艦、または原爆などの方に、
力を入れただろうなとは思います。
後知恵バイアスのような話は好きではありませんが・・・

なんにしても、悪魔扱いされながらも、自分の命を捨ててでも、
愛する人々を守りたいと言う気持ちを持った人々を、私は尊敬します。

2016/10/29(土) |URL|Korva [edit]

Re: 愚挙というのは容易かれども

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 大和の威光を活かして日本経済を救う平成の箱舟にする。なるほど。大いなる“和”の精神をアピールするわけですか。隣国から反対が出ないよう、朝日新聞に大口スポンサーになってもらい、旭日旗の代わりに同社旗を掲げるのが良さそうな気がします。パチンコ屋の定番BGMである軍艦マーチを使うのも、在日同国人対策に良さそうです。(笑)
 
> 象徴としての大和の存在感は半端ないです。 
 不思議ですね。大和は悪く言えば無用の長物なのに、いまだにファンがいる。私も子供の頃、プラモデルを作りましたよ。宇宙戦艦ヤマトなんてものもあり、今も書いていて、そのメロディが浮かんできます。
 
 なぜ日本人の心に訴えるのか。
 「大和」という名は、日本人の源流を思い出させる雅称です。
「日本」という国名より、伝統や誇りや晴れ晴れしさを感じます。ところが同型艦の武蔵は関東を思い出させるだけ、空母に改造された信濃は長野を思い出させるだけです。大和は名がいいのでしょう。

 それに日本人は大体が判官贔屓。侘びとか寂びとか、ものの哀れのほうを好む民族です。「あはれ」は「あ、晴れ」と通じませんか。通じませんね。話が飛びましたが、大和が最後はヨレヨレとなって、特攻艦として討ち死にしたのが日本人の心の奥底に訴えるのではないでしょうか。
 三島の『憂国』の青年将校は大義と友情の狭間で悩み、妻と共に割腹することで自分の信念の問題を解決しています。日本人には義のために潔く自死することを尊いとする美意識がありそうです。
 
 と考えると、大和を思う心情は一種の信仰のようなものですかね。
 とすれば、信仰を振興に利用するのは非常によろしいのかもしれませんね。友好ムードは盛り上がりますか。お偉いさんに遊行ムードで使われたらかなわんですね。

2016/10/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
 Korvaさんとは考え方が似ていますが、違うところもありますね。
 これは別に悪いと言っているのではないですよ。ただ違うところがあるだけ。私が正しいと決まっているわけでもありませんし。
 ただ、私の考えというのは私なりにあります。
  
 私は進化論は疑問に思っています。なぜなら証拠がないからです。いまだ「論」と言われており、証明されておらず、証明は不可能です。もし生物が進化したのなら、必ず途中段階があるはずで、それをミッシングリング(失われた輪)と言いますが、それが発見された話は皆無です。

 例えば自動車を何百年も放置すればエンジンという複雑な精密機械はやがて錆びて鉄の粉末になるように、事物は経年変化で単純化する方向に作用していて、これをエントロピーの法則と言ってもいいと思いますが、進化論は時間が経てば複雑進化するという説なので、科学的物理的に方向が真逆な考え方です。
 
 聖書は完璧に真実を伝えてはいませんが、冒頭の創世記には進化論を否定している文章があります。すなわち神は植物や動物を「種に従って造った」と書いてあります。変化はあっても、違う種にはなりません。
 
 > 人間が神に似せて創られているなら、
神自身も、実際に経験するまでは、
解らない存在なのかもしれませんね。

 そうだと思います。知識とは頭の中だけのもの。一見は百聞に如かずと言われる通り、何事も体験しないと分からないので、神という“意識エネルギー”は自分の分身(人間)を造って代理体験させているというのが、スピリチュアルの、というより古代のチベットなどの宗教の考え方です。むろんこの論も証明はできませんが、論理的に矛盾のないスムーズな考え方だと思っているのですが、どうでしょう。
 Korvaさんは、その種の話は胡散臭いと思っているようですが、誰が言ったかではなく、その内容が納得できるかどうかだと思うのですが、むろん納得できなければ、その人にとっては真理ではないし、有用でもないのでしょう。

> [下線]あの時代に、大和のようなものを作れたということには、
賞賛の気持ちを感じても、見下すような気持ちにはなれませんが、[/下線
 昭和16年、英国の不沈戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスが日本海軍機の攻撃で沈められ、チャーチルを絶句させました。そして航空機が戦艦に勝つということが世界の海軍関係者に衝撃を与えました。
 航空機の有利性は日本海軍が一番悟っています。
 なのに、あの時代において、分かっているのになお巨大戦艦を造ったというのは、どうみても愚かしいとしか言いようがないと思いますね。愚かしさは、自慢の大砲を戦艦相手に一発も撃ってないことが証明しています。
 物資がない時代にあれほどのものを造った技術と意欲は称賛に価するでしょうが、巨大戦艦はもう有用性がないと自分たちでも十分わかっているものを、造れと命令し、もう一方的に米軍の航空部隊と潜水艦に攻撃されている状況で、なお燃料片道積んで特攻に出て行けと命令した軍の指導部に対しては、私は愚かさを感じる思いを通り越して、憤りさえ感じます。

 戦争に負けるのは、どちらかが勝つのですから、しょうがないことです。しかし明らかに愚かしい計画をし、明らかに愚かしい命令をして、大勢の軍人を死なせた責任を、なぜ軍の上層部は取らなかったのか。不思議です。私なら責任を取って最低でもピストル自殺ぐらいはしていますね。そうでもしなければ申し訳が立ちません。恥ずかしいです。
 
 以前にもコメントでKorvaさんに同じような話をしたことがありますが、自分の命を捨ててまで愛する人々を守りたいという気持ちは尊いものです。それは否定しません。間違いなく立派な行為です。
 ですが、それは自分の命を捨てれば多少なりとも効果がある場合の話です。効果がないのに命を無為に捨てるのは、犬死とか徒死とか無駄死にと言います。効果がないのにそれをあえてせよと命令する人間は、頭が悪く、常識と人間性と情愛に欠けます。
 
 日本人は“負け時”を知らないという話がありますが、最後の悪あがきは、一般軍人と一般市民がただ死ぬだけの愚かな行為です。
 将棋でもプロは先を読んで、負けると分かったら潔く投了します。軍隊のトップがそれをしなければ、むやみに軍人が死ぬだけです。その死は名誉の死ではありません。馬鹿らしい死です。死ななくてもよかった死です。
 何でもそうですが、物事は組織で動かされます。組織はトップの意向で動きます。トップが悪ければ下は大変です。戦争の場合は自分の死に直結します。
 愛するものを助けるために戦争に参加し、そのために死ぬのは尊いことですが、私は、愚かな人間の愚かな考えのために、愚かな犬死をするのはいやですね。
 
 ちなみに私は時々キリスト教を悪く言いますが、それはその宗教の教えとその宗教組織の上層部のやり方を悪く言っています。純粋に信じている一般信者の悪口を言ったことはありません。

2016/10/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは。
今回のテーマは、船の比較ではなくて、
心の比較に持っていってほしかった!
というわけで、またひねくれたことを書きますがw。

兵士は、建前はともかく、
軍国主義のためには死ねないと思うのです。
天皇のためにも、日本という国のためにも。
兵士は、彼らが愛する故郷のためでないと死ねません。
家族や親戚や友達やお世話になった人たち、
その人たちのために死んでいったと思います。
人間が生きる動機が愛情なら、
死ねる動機も愛情ですもの。

ノアとは逆なのです。
箱船の上には、故郷の人たちの死体が山積みになっていたでしょう。

僕たちは、軍国主義、なんてのを、
当然のように否定しますが、
自分と関係のないものとすることはできないように思います。
一度はそれを受け容れた人間の子孫として、
その責任を、それは、キリスト教的に言えば、
原罪を背負っているからです。

いつも勝手なことばかりで、すみませんっ。

2016/10/29(土) |URL|青梗菜 [edit]

こんばんは

某国に行くと高層ビルの最上階はいつでも工事ができる状態にあり、
ライバルのビルが自分たちより高くなったら負けじとつぎ足すとか。
人間はいつになっても大きいものの憧れるんです。
二番じゃダメなんです。(笑)
トルコのアララト山にノアの箱舟の跡らしきものがあり、
やれパイロットが目撃したとか、探検隊が発見したとかのニュースを
何度か目にしました。
今ではgoogle earthでその痕跡らしきものを誰でも見られるようになりました。
https://goo.gl/lDqG6W
ノアの箱舟の時、縄文時代の日本人たちや日本固有の種、オオサンショウウオ、
タンチョウたちはどうなったんでしょうかね? (笑)

2016/10/29(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん コメントありがとうございます^^)
> 今回のテーマは、船の比較ではなくて、
心の比較に持っていってほしかった!

 なるほど。心の比較の話にもっていっても面白かったでしょう。
 ただ、この記事は意図が違っていて、箱船と大和は船体も目的も類似点があるが、共に負のレガシーになってしまった、だから東京五輪の関係者も無駄に高価な箱モノは造らないでほしい、面子や名誉心にこだわるなという趣旨なのです。
 
> 兵士は、建前はともかく、
軍国主義のためには死ねないと思うのです。・・・
兵士は、彼らが愛する故郷のためでないと死ねません。
家族や親戚や友達やお世話になった人たち、
その人たちのために死んでいったと思います。

 こういう話があります。人間が何かのために死ぬとすれば、その動機は自分の愛する者への愛情だと思いがちですが、そうではなく意外にも正義感だそうです。つまり自分が正しいと思う信念のために、人は死をもいとわない行動をとると言われています。
 
 三島の『憂国』を例にしますが、主人公の青年将校は結婚したばかりの妻のために死んだのではありません。妻は実家に帰すこともできたでしょうに、自分の信念のために新婚の若い妻を道連れにしたのです。
 思想的な暗殺行為でも政治的な革命でも宗教的な宣教活動でもテロの自爆行為でも、実行者は自分や家族のことなど考えていません。考えたら自死行為はできません。彼らはもっぱら正しいと信じる信念、つまり正義感のために死んでいるのです。

 今の平成の観点で想えば、戦争では家族親戚友人のために死んでいったと思いがちですが、昭和初期の天皇を第一にせよと教えられたあの軍国主義の時代の観点なら、人々は大義のため、お国のためと思って死んでいった人のほうが多かったのだろうと思うのですが、どうでしょう。

 ノアが箱船を造った動機は、家族への愛ゆえもありましたが、その前に神への信仰がありました。ヘブライ書の11章には信仰を示した昔の人の名が列挙されていますが、彼らの動機はみな「信仰によって」です。
 
 たとえばアブラハムは「信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った」と書かれています。つまり家族第一にしていたからではなく、神第一にしていたので、彼は見知らぬ土地へと出て行ったのです。
 
 アブラハムが愛する息子イサクを犠牲にしようとしたのも、神を第一にする信仰によって、です。そういった信仰は言い換えると、神の命令を聞くのが正しいという宗教的な信念であり、正義感なのですね。
 だからノアは箱船に乗らなかった世間の人を見殺しにできたのだと思いますよ。そうでないと、信仰の人とは、自分たちだけで助かろうとする利己的な人間ということになります。
 
> 人間が生きる動機が愛情なら、
死ねる動機も愛情ですもの。
 
 確かに愛情ゆえに(時には咄嗟的に)そうする場合もあるでしょう。でも、人が死ぬ動機は信念である場合もあるのですね。
 この場合の信念とは、たとえ自分が死ぬことになろうとも愛情を示すことがが正しいという正義感ですが、大体が昭和のサラリーマンはみな会社第一で、家族のことなんか考えてないのが普通じゃないですか。
 
> 一度はそれを受け容れた人間の子孫として、
その責任を、それは、キリスト教的に言えば、
原罪を背負っているからです。

 そうですか。私はそうは思いませんね。聖書はこう言っています。
 「子は父の罪を負わず、父もまた子の罪を負うことはない」(エゼキエル18:20)
 アダムの犯した罪はアダムだけが負えばいいのです。あの戦争からは、もう70年以上。戦争に責任がある世代はすでに過ぎ去っています。千年たっても恨みは忘れないという考え方が正しいと思う信念はおかしいです。
  
 それにしても興味深い意見。ありがとうございました。

2016/10/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 人間はいつになっても大きいものの憧れるんです。
二番じゃダメなんです。(笑)

 大きいことはいいことだというCMフレーズを思い出しましたよ。
 作曲は山本直純さんでしたが、一度だけコンサートを聴きに行ったことがあります。最後の曲がラデツキー行進曲で、聴衆がみんな手拍子を打って終わったことを覚えています。当時は社会がそういう時代だったのでしょう。隣の車が小さく見えま~すなんてフレーズもありました。
 
 今は二番でもいいじゃないか、何番でもいいじゃないか、自分の花だけを咲かせればいいという時代に変わっています。意識の変化とは面白いものですね。また50年もしたら、かなり変わるのでしょうか。
 
> 今ではgoogle earthでその痕跡らしきものを誰でも見られるようになりました。
 遺物だと言われている写真はみな船体構造が涙滴型のようなので、違うのではないでしょうか。大洪水は約4300年前ですが、アララト山は標高5千メートル以上の高山なので保存状態はそう悪くないでしょうから、箱型が見つかれば面白いのですが。
 
> ノアの箱舟の時、縄文時代の日本人たちや日本固有の種、オオサンショウウオ、
タンチョウたちはどうなったんでしょうかね? (笑)

 うーむ、これを言われると聖書原理主義者は困るでしょう。
 ただし洪水前と後とでは、創世記で言う「天蓋(水蒸気の分厚い層)」がなくなったので、気象条件、特に宇宙からの放射線量が全然違い、そのため炭素14法のような年代測定法が通じないという話があります。
  つまり縄文時代は約1万5千年前からだというのは、今とは気象条件が違うので、その年代計算はあてにならないという言い訳があります。

 ノアの箱舟には動物の基本の種が入ったので、そこから変化が生じたというのですが、この辺の話は信仰の範疇になりますね。

2016/10/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

お久しぶりです。

お久しぶりです。いつもブログを読ませてもらっています。
この前、わたしのブログのコメントでバーソさんの名前を
出してしまったので、良かったのかと思い、
コメントを書きに来ました。

今回の記事を読んで、わたしが思ったことを書かせてもらいます。

わたしの前の職場での上司が女性でした。
同僚にも、女性がいて、二人とも、きめ細かな配慮と、
やさしさで接してくれました。
わたしは、恩は恩で返すものだと思っています。
なので、女性のかたが上司でもなんの問題もありません。
ですから、若い女性が大船に乗ったつもりでっていうのは、
なんかいい感じだなって思います。

経験をつめば、誰しも、それなりにいいものが
持てると思っています
経験の仕方にもよると思いますが、わたしは人の
可能性というものに興味があります。

もちろん、男性でも、すばらしいものを持ったかたは、
たくさんいると思います
しかし、女性でも、いいものを持ったかたは、
たくさんいると思うのです
男が上で、女が下とか、わたしには、良くわからないです。
むしろ、逆なような気がします。
女性が強いのは、本来の姿かなって思います。

ノアの箱舟と戦艦ヤマト。
ノアの箱舟のことは、小さい頃は、全く知らず、
言葉だけ聞いたことがあるくらいで、
洪水のこととか、全く気にもしませんでした。
しかし、実際に起こってみると、ひとごとでは
なくなるのがよくわかりました。
わたしの場合は3.11からずっと続いています。

戦艦大和の曲は、小学校のころの下校時に
必ず流れていました。
アニメ自体は見ることがなく、それほど興味も
なかったのですが、実際に、存在していたということを
知って、プラモデルの写真を見たとき、
なんかすごいって思ったことはあります。

そのような、大きなものをなぜ作ったのかは、
わたしには考える必要もないことで、
話を聞かなかったら、だからなんなのだという感想です。
これが、当時の状況を知らない人の感想かなって思います。

今、この現状、オリンピック用に大きなものを
作るかどうかと聞かれたら、2020年、
オリンピックを開催するのは、日本ですし、
ひとつの大きな目玉を持つことはいいことだと思います。
けっきょく、お金は使うためにあると思うのです。
金は天下のまわりものというように、お金が動けば、
人も物も動くと思うのです
どちらかといえば、わたしはテレビも見ませんし、
オリンピックとか興味ありません。
ですが、考えて見ると、そうなります。

ながながと書いてしまいましたが、バーソさんからは、
何か学ぶものが、わたしにはあるような気がしています。
また、コメントさせていただきます。

2016/10/30(日) |URL|真 [edit]

Re: お久しぶりです。

真さん コメントありがとうございます^^)
 ブログにバーソの名前を出すのはどんどんお願いします(笑)
 
> 男が上で、女が下とか・・・むしろ、逆なような気がします。
女性が強いのは、本来の姿かなって思います。

 おお、そうですか。それは真さんの自信の表れかな。私は、以前は男のほうが才能が上かと思っていましたが、ニールさんの本を読んでから考え方が変わりましたね。元始、女性は太陽であったと平塚らいてうが書いたのは本当なのでしょう。いま東京都も小池さんが大きく改革をしようという意欲と能力を見せています。もし他の男の候補者が当選していたら、前の知事たちとそんなに変わらなかったと思いますね。
 
> しかし、実際に起こってみると、ひとごとでは
なくなるのがよくわかりました。
わたしの場合は3.11からずっと続いています。

 そうですか。あれはすごい出来事でした。どんなことでも自分のこととして体験すると、つらさ悲しさ大変さなどが実感としてよくわかるのでしょう。人間は体験するために地球に生まれてきているのでしょうから、どんな体験でも肯定的にとらえるほうがいいのでしょうね。
 
> オリンピックを開催するのは、日本ですし、
ひとつの大きな目玉を持つことはいいことだと思います。
けっきょく、お金は使うためにあると思うのです。
金は天下のまわりものというように、お金が動けば、
人も物も動くと思うのです

 なるほど。そうですね。お金はため込むためにあるのではない。有効に使うためにあります。この意見は積極的でなかなかいいですね。オリンピックも経済効果、精神高揚、いろいろ益があるはずです。
 
 ただ、お金を使うのはいいのですが、予算が何倍にも膨れ上がったりして、湯水のように無駄に使っていると思われているのですね。
 余分なお金があったらもっと他に必要な使い道が沢山あります。たとえば保育園は、働いている女性にとっては切実な問題です。河川の堤防補強は毎年の台風到来に必須の備えです。なので瞬間的なお祭りやイベントもいいですが、長期的に見て日常の生活に必要不可欠なことにお金を使うのはもっといいと思う人が多いのですね。
 
 私はオリンピックに特に反対はしてませんし、日本人が金メダルと取れば手をたたいて喜ぶほうです。ですが、やるなら頭を使って要領よくコンパクトにやってほしいと思っています。日本は25年連続の世界最大の債権国です。著名な立場にいる男たちはそういう方面で頭を働かせない人が多いですね。目立つことばかり考えているように見えます。

2016/10/30(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんばんは^^
たびたびお邪魔します。

その種の話が、胡散臭いと思っているわけではありません。
単に聖書の神の人格が胡散臭いだけです。
イエス・キリストは敬愛すべき人物だと感じますし、
今でも好きな人物ですが、
旧約聖書に出てくる神のような人間が実際にいたら、
私にとっては、軽蔑の対象にしかなりません。
聖書を読む限りでは、イエスの時代までに、
神は色々学習して、成長したようですが・・・

私のように、非キリスト教徒で、
マリア・ワルトルタの著作まで通読している人は珍しいと思いますが、
そういう神からの啓示のようなものを胡散臭いと感じていれば、
そういう著作を、大金を払って読む人はいないと思います。
彼女の描写する イエス・キリストは私には受け入れやすいものでしたし、
彼女の描写する、マグダラのマリアも好きな人物です。

しかし、実際のキリスト教徒に接して感じたのは、
キリスト教は、無数に存在するバリエーションの中の
1つに過ぎないと言うことです。
彼らの人間性が特に優れているとは思いませんが、
彼らの中に愚かな人がいても、そこだけを切り取って絶対化して、
その部分だけで彼らを判断するつもりもありません。

2016/10/30(日) |URL|Korva [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/10/30(日) || [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
 あ、今度は意見が同じようですね。よかった。(笑)
 「胡散臭い」という言い方は、スピリチュアルやチベット宗教を語る文脈で使ったつもりですが、聖書の神についてなら私も全く同感です。
 
 旧約の神の人格は、厳格な真面目人間が専横な君主になったのとほとんど同じです。人類の歴史の最初から神のイメージは専制君主のようだと考えられたのか、あるいは真実がのちになって権力者によって歪められたのかのどちらかでしょう。胡散臭いを通り越して、おかしい点がいろいろあります。だいぶ以前、記事にしたことがあります。
 http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-29.html#more
 
 私もイエスについては敬愛しています。ただ、面白いのはイエスも旧約を読んでいるのですが、その解釈については異説を述べたことがあるものの、聖句そのものについて疑問を述べたことはないのですね。
 
 黙示録も聖書の正典として認めるならば、イエスも旧約の神と同様、最後は白い馬に乗って剣や鎌で人々を殺しまくります。生前は愛と許しについて述べていたのに、終末の時期は、信じない者や邪悪な者を皆殺しにするのですね。旧約の神はすぐさま石撃ちの刑などで殺しましたが、新約のイエスは最後の審判で殺すのです。
 私は黙示録の記述は比喩的に読んだほうがいいと思っているのですが、キリスト教では文字通り信じていて、そう教えています。
 
 マリア・ワルトルタの名は初耳です。Korvaさんは、ずいぶんいろんな本を読んでいるのですね。行き付けの図書館で検索したのですが、なかったです。以前なら、面白そうなので、すぐ買ったと思いますが、今はキリスト教や他の宗教には関心がなくなっています。
 (Korvaさんは霊的体験もしたこともあるそうなのに、どうもスピリチュアルを嫌っているように感じて不思議に思っていたのですが、これは神からの啓示の本なんですか)
 
> 彼らの中に愚かな人がいても、そこだけを切り取って絶対化して、
その部分だけで彼らを判断するつもりもありません。

 そうですか、いいですね。私もそうです。宗教にしてもスピリチュアルにしても思想や哲学にしても、それに関係ある個々の人を見て、その教えそのものの正邪判断をするのはおかしなことです。立派な人はいますし、そうでない人もいるのは当たり前のこと。それは無神論者や不可知論者についても言えることです。
 
 拙記事の中では、神という言葉を二種類の意味で使っていますが、話の趣旨と文脈を考慮しないで読むと違和感を感じるかもしれませんね。
 私は、聖書の神はユダヤ人が作った人格神で信じていません。スピリチュアルでいう神は信じています。どちらも明確な証拠はないので、論理的に納得できるほう、というか、自分のハートに合う好きなほうを、まあ、信仰で信じているようなものです。スピリチュアルでいう神のほうは、自由で、裁くことをせず、愛も無条件なので、好きですね。いずれにしても見えない世界は信じます。Korvaさんもそうでしょう。

2016/10/31(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 311以来、人々は考え方が変わってきていますね。
 非常に悲惨で不幸極まる出来事でしたが、日本人の意識を変えたという点ではひとつのメリットがあったとも言えるでしょうか。
 どんな過酷な出来事でも、それをきっかけにして、いい方向に行くようにするのが人間の知恵でしょうから。
 
 それにしても日本人は昔は勢いがあったのですね。
 清国に勝ち、ロシアに勝ちました。日本海海戦の本を読むと、戦術も技術も気力も良かったのでしょうが、いろいろと運がついていたようにも感じます。
 日本の軍艦が大国の軍艦に圧勝したその勢いを引きずったまま、米国に歯向かって、失敗しました。
 戦争で大勢の人が死んで悲惨な経験をしましたが、これも、一方では戦争反対の機運を生み、帝国主義というものが消滅したわけですから、これもいい教訓になったという見方もできるのでしょう。
 人間は失敗からも学んで前進するのですね。

2016/10/31(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

たびたびお邪魔して、すみません。

見えない世界の存在については、
経験に基づいて、確実にあると考えていますが、
そこにいる霊的存在の意図については、全く信じていませんし、
スピリチュアリズムの背景にある霊的存在は、
大抵の場合、善良な存在ではないだろうと思っています。
死んで霊的な存在になれば、みんなが善良になるなら、
生きている間の努力は、全く無意味です。

例えば、アセンション思想なんかは、精神世界における、
優生思想に基づくホロコースト願望だと思いますが、
これは、基本的に、優れた人間のみの世界にしたいという、
ヒトラーの思想と、構造的に同じものです。
霊的な存在は、奇麗事のみを語りながら、
ヒトラーと同じ思想を持ち、それについて何の疑問を持たない精神性に、
人々を簡単に連れて行く術を、熟知していると感じます。

しかし、実際に、IQ値、EQ値、体格など、客観的な指標に基づいて、
優秀な人間を選別しようと言う話になれば、
自分は高等な人間だと言い張れなくなるので、
スピリチュアリストたちは、反対するはずですが・・・

そして、スピリチュアリストたちの政治的意見は、
日本を憎み日本人の不幸を願う国の人々の政治的意見と、
非常に高い親和性があり、集団無意識のレベルで、
あちらの方に所属しているのでは?と感じるほどです。
単に精神構造が似ているので、
同じ意見を持つようになるだけかもしれません。
韓国人なんかは、「考えるな、感じろ」を地でいくような人々ですが、
スピリチュアリストを観察していると、よく似ていると感じます。

バーソさんは、理知的に話ができるので、例外的ですが、
大抵のスピリチュアリストは、意見の違う相手に、レッテル張りをして、
人格攻撃をして、ののしって終わりです。
私を含めて、人間性に問題のある人ほど、
スピリチュアリズムに惹かれるのでは?と感じるほどです。

2016/10/31(月) |URL|Korva [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん 丁寧な返コメ ありがとうございます^^)
> 見えない世界の存在については、
経験に基づいて、確実にあると考えていますが、

 いい経験をしてますね。経験より強いものはありません。あちらの世界が見えた人は羨ましいですよ。
 
> スピリチュアリズムの背景にある霊的存在は、
大抵の場合、善良な存在ではないだろうと思っています。

 経験に基づいて、霊的存在は怪しいというわけですか。妙な存在に会ったのでそう思うというわけですかね。
 スピリチュアルと呼ばれるものには何種類かあると思うのですが、たとえば先祖供養や浄霊を大事にする神道系、憑霊や交霊術などを扱う心霊主義派、プレアデスやシリウスや白色霊団とやらの出身を言う異星人派、そして瞑想をしたりして人生の真理を追求する精神主義派など、けっこう大きく違うタイプがあるように思います。
  Korvaさんの言うスピリチュアルとはどのタイプなんでしょう。
 私が読んで感銘を受けたのは、ニール・ドナルド・ウォルシュ、バーソロミュー、セス、ラザリス、ラムサ、ゲーリー・レナード、アミ、葦原瑞穂などですが、悪い意図など感じたことは一度もないですが。
 
> 死んで霊的な存在になれば、みんなが善良になるなら、
生きている間の努力は、全く無意味です。

 うーむ、これは盲点を突かれたような感じですね。でもいろいろ体験し、生きている間に霊的に向上することに意味があると思うのですが、どうでしょう。知識だけで体験しなければ、何にもわかりませんから。
 
> アセンション思想なんかは、精神世界における、
優生思想に基づくホロコースト願望だと思いますが、
これは、基本的に、優れた人間のみの世界にしたいという、
ヒトラーの思想と、構造的に同じものです。

 私はどうもアセンションの話はピンと来ません。何万年かの周期で、星座が変わると人類の意識が変わるという考え方は占星術と似ていると感じます。でもアセンションを真面目に信じている人は多いですね。
 これは地球が二元論で存在している理由とは外れていて、選民思想でもあるので、本来スピリチュアルにはあってはいけないもののように感じます。
 特定の人を上昇させるというのは、終末の時にはイエスが再臨して選ばれた人々を天に上昇させるというキリスト教の携挙(Rapture)の教理と同じです。(テサロニケ第一4:16-17) 
 
> スピリチュアリストたちの政治的意見は、
日本を憎み日本人の不幸を願う国の人々の政治的意見と、
非常に高い親和性があり、集団無意識のレベルで、
あちらの方に所属しているのでは?と感じるほどです。

 そうなんですか。そんなに嫌日本人派なんですか。それはブログを運営している人ではなく、コメントを書き込んでいる人の話ですか。そうならスピリチュアルの冷やかしストであり、真面目に相手にすべき人ではないような気がします。
  
 私はスピリチュアルの本には関心があり、かなり好きなほうですが、スピリチュアルブログのほうはさほど関心がないのです。著名になった人が書いた本は、まあまあ面白くても、ブログのほうはつまらないと感じることが多いですね。なぜかと言うと、文体や、文字のサイズや色、テンプレートのセンスなどが好みに合わず、読みにくい場合があるからです。なので、私がリンクを張っているブログや訪問してくださる方のブログぐらいしか知らないですね。そういう方には、嫌日本人なんて思想は微塵も感じないのですが。

2016/10/31(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/11/01(火) || [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 ご丁寧にすみません。
 なるほど。そういうアイディアでしたか。私は学生のころ、そのテクニックはミス操作でしたことがありますが、芸術的にもならず、面白くもならず、ああ~失敗したという悔やみだけだったですよ。
 
 いろいろな色やデザインの紙をちぎって貼ってデコパージュにするのが好きで、雑誌や包装紙や自分で描いた絵などを板に貼ってクリアラッカーを塗って仕上げる趣味があったのですが、私は、ファッションでも絵画でも写真でも、どうもまずは色に感じることが多いですね。

 自分の着るものも無地で、スーツでもオーバーでもきれいな色を重視して選んでいましたが、最近はグレーや白、黒など無彩色が多くなりました。歳を取ると無彩色は色気がなく、汚く見えがちになるので、気を付けているのですが、精神も枯れてきた証拠なのでしょう。(笑)

2016/11/01(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

船にはあまり縁がない。戦艦大和は沈没して、
カニになにがしかをなんとかされるという歌でしか知らないし、
箱船は「つがい」さえあれば子孫が繁栄するということは、
壮大な近親相姦がなされるのであろう、と思うばかりで、誠に不謹慎である。
一握りの権力者が多くの奴隷を使って金に糸目をつけずに建造したものだけが確実に後世に残っていく、というのはやっぱり事実で、あながち悪い事とも思えない。
せっかくのオリンピックにあんまりしみったれた物で海外の方々をお迎えするのも、なんだかなあ、と思うのだ。

2016/11/01(火) |URL|宝香 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん コメントありがとうございます^^)
 大和の歌、なんの歌やらとんと分からず、キーワードで検索してやっと理解できました。ま、べの字ねえさんは臆面もなく、いや、粋な女はさばけてるなあ、とか言うべきなんでしょう。(笑)
 
 ノアの箱舟の動物のカップルの話。これは大洪水ではノア夫婦と三人の子供夫婦しか生き残らなかったので、その孫たちとその子孫にも同じことが言えるのですが、まあ、近親相姦と言うより近親結婚と言ったほうがいいのでしょう。
 近親結婚が良くないとされるのは遺伝子的にエラーが起きやすいからですが、もし身体的精神的な障害が起きないのであれば、少なくとも物理的には問題があるとは言い難くなります。大体が人類はみなアダムとエヴァの子孫であれば、人は近親結婚の子孫であり、だから精神・肉体に問題があるのだろうと言われそうです。
 でも人類は最初の頃は肉体的に完全に近かったのと、ノアの洪水以前は成層圏に水蒸気の層があって有害な放射線をシャットアウトしていたせいもあり、当時は遺伝的な問題はなかったのだと言われています。
 
> 一握りの権力者が多くの奴隷を使って金に糸目をつけずに建造したものだけが確実に後世に残っていく、というのはやっぱり事実で、あながち悪い事とも思えない。
 バベルの塔、ピラミッド、万里の長城と言えば安房宮を思い出しますが、安房宮は阿呆の語源であろうという説もあるようです。
 古今東西で権力者が何かの理由をつけて、自分の功績を後代に残すべく、大きなものを造るという話。造るのはいいとしても、造らされる側の人民や奴隷たちには非常に大きな負担が強いられるわけで、どこに視点を置くかで価値判断は変わってきそうです。
 
> せっかくのオリンピックにあんまりしみったれた物で海外の方々をお迎えするのも、なんだかなあ、と思うのだ。
 ほほう。思い立ったが吉日、ぐだぐだ言わず、酔狂と愛嬌でやっちゃえとか思ってるんでしょうが、「しみったれ」なんてえ言葉を見ると、なんだか杉浦日向子さん、永六輔さん、向田邦子さんを思い出しまして、昔の言葉ってえのもなかなかオツなもんでげすねえ。べべん。

2016/11/01(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

質問ではありません。

☆バーソ☆さん、こんばんは!!^^

「Author」の二文字目は、半濁点ではなく濁点なのですね。どんな意味ですか?

あと、☆バーソ☆さんはざっくり(=一の位を四捨五入や切り捨てること)何歳なのですか?m(__;m

2016/11/01(火) |URL|くわがたお [edit]

Re: 質問ではありません。

くわがたおさん コメントありがとうございます^^)
> 質問ではありません。
 おお、助かった。質問ではないのなら、独り言でしょうか。(笑)
 ならば答えを書く義務は発生しないですね。気が楽になりました。
 
 なので年齢については決まり文句で答えることにします。すなわち、男性にそんなことを聞くもんじゃありません。企業秘密です。最近もの忘れがひどくって。いい歳です。コメントは差し控えさせていただきます。
 と、まあ、ご勘弁を願います。あ、気持ちだけは17歳くらいです。
 
 名前の「バ」は濁点です。半濁点だと情けなくなります。
 たまに「ばーん」と爆発危険物のように読む人がいます。「そ」と「ん」のカタカナは似てるのでしょうがないのですが、損ですね。←ダジャレ
 
 「バーソ」は好きな名前の省略形です。正確にはバーソロミューで、イエスの12使徒の一人「バルトロマイ」として聖書に出てきます。
 英語のスペルはBartholomewですが、ブログでの省略形はbarsoと表記しています。
 バーソロミューは名前としては珍しいそうですが、姓としてはバートレット、バートル、バルトなどがあり、漫画『ONEPIECE』に登場する海賊バーソロミュー・ロバーツや、神学者のカール・バルトが有名です。元相撲取りのバルト(把瑠都)と同じかもしれません。
 他に、トヨタにバーソSという名の欧州車があります。
 Googleでバーソと検索すると「バーソは自由に」がすぐ出てきますよ。

2016/11/01(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/11/02(水) || [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/11/06(日) || [edit]

愚の極地

おはようございます。

私のとっての愚の極地とか愚の骨頂的な存在は間違いなく昨今のスピ系ですね(笑)

やれシルバーバーチだ。やれスピリチュアリズムだ。いろんな神様やすごい存在や宇宙人の名前が飛び出してきて、それで彼らの言い分を聞けば「我々はシルバーバーチを信じている、だから正しいのだ」とか「我々はシルバーバーチを信仰しているだから偉いのだ」とかそんなんばっか(笑)

百歩譲ってシルバーバーチは偉いもしくは正しいのかもしれないけど、別にそれを信仰しているからといって彼らは別に偉くないですよね? それを信仰しているからといって正しいわけでもありません。

この人たちはネットを見ていると他のスピ系にそういうアプローチで喧嘩を売りまくりそこを追い出されてるような人たちばかりでした。

別に自分らの仲間内でシルバーバーチなりスピリチュアルリズムなりの魅力を語りあっていればいいのに、彼らは神様のような存在を利用して自分らの正しさを立証したいだけのようにしか見えません。

それでちょっとでも自分たちと意見が違えば「それは悪魔的な考え方だ!」とか(笑)、某有名キリスト教系カルトさんたちの存在が頭を過りました。彼らとまったく同じ考え方だと。

これとよく似た思考パターンの人たちが自称菜食主義者の方たちで、やっぱりこの人たちも自分たちは菜食主義だから偉いとか正しいなんですよ(笑)

あとスピ系とは関係ないですけどワンピースの狂信者的な人たちもまったく同じ考え方。
我々ワンピース読んでるから正しいとか偉いとか。百歩譲って作者の織田栄一郎氏は偉いかもしれないけどなんでお前ら偉いねん?って(笑)

だからいらないものは、スピ系というよりは○○だから我々正しいとかもしくは偉いって言ってる人たちかな?(笑)

2016/11/10(木) |URL|通りすがり [edit]

Re: 愚の極地

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 読んでいて、正義感というのは面白い、怖ろしい、と思いましたね。
 人間は善悪をどちらかに決めたがる傾向があるのでしょうか。決めるのはいいとしても、それを押し売りしたらいけませんね。
 自分の正義を押し売りするゆえに、世界にはイデオロギーによる戦争や冷戦があったし、今でも紛争やテロがあるのですから。
 
 以前、聞いた話ですが、味の素を使うか使わないかで主婦の友人同士で論争があり、使ったらいけないと言うほうは、味の素は添加物で、添加物はなにしろ危険だからというものでした。互いに自分の意見を言い張って、仲が悪くなったということでしたが、まあ、そこまで熱くなるほどの話でもないと思いますが。
 菜食もいいと思いますが、主義になると、ひとに押し付けたくなるのでしょうか。生きていくのは大変なんだから、食べ物ぐらいは好きなようにさせてよと言いたくなります。(笑)
 
 私は無頓着で、あまりそういうことは気にしないほうなんですが、ただ肉類は、動物がかわいそうで、しかも死肉を食べていると言われて以来、ちょっと肉を食べる意欲が減りました。元々肉はあまり食べないほうなのと特に好き嫌いはないので、どうでもいいのですが。
 
 私は、シルバー・バーチはあまり合わないのです。スピリチュアルのブログもあまり知らないのですが、そういう正義感による論争の問題があるのですか。そうなら、それも一種の信仰というか、人間崇拝のようなものですね。あるいは自分を高めたいという優越感という問題なのかもしれません。
 正義感と優越感は隣り合った近似の自己満足の感覚です。これは自己を高め、他者を排撃することにつながるので、確かに要注意ですね。
 通りすがりさんは客観的に物事をよく考えているようで、何よりです。

2016/11/10(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

返信ありがとうございます。

肉食であろうが菜食であろうが私としてはどちらでもけっこうであると思っています。
まあ一言言わせてもらえば『自分の体に合ってる』方を選んでもらえればなお良しと言ったところでしょうか。

肉しか食べないけど健康、野菜しか食べないけど健康、どちらもいらっしゃいます。青汁しか飲まないけど健康とか、何も食べないけど健康とかいろんな超人的な方もいらっしゃいます。自分の体に合うことをやればいいと思います。

たださっきも言った通り、○○を共有ではなく『強要』するのは絶対に間違ってると思いますし、○○だから正しいとか偉いとかあんなのは論外だと思っています(笑)。

きっとああいう種類の人間たちは自分を客観的に見る能力が欠如してるんだと思います(笑)。

2016/11/10(木) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 健康法というのは沢山あって、相矛盾するような教えもあります。
 なので確かに、自分の体に合っているものを選べばいいのでしょう。
 合っているか合ってないかは、多少時間を置けば分かりそうです。
 
 そうそう、「強要」ではなく、「共用」のほうがいいでしょう。
 これには基本的な「教養」も関係していそうですね。
 
 と、私もお付き合いで、掛詞の洒落に合わせました。というより、単に変換キーを叩いて同音語を探しただけですが。(笑)

2016/11/10(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Trackback

トラックバックURL:http://barso.blog134.fc2.com/tb.php/291-a7a13d06

back to TOP