「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「情」薄ければ、人の世は味気なし。 

(イントロはカタめ、中盤はおかしなふう、最後は真面目そうな話です)

に働けば角が立つ。に棹させば流される。地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。―――夏目漱石『草枕』。

漱石は『文芸の哲学的基礎』の中で、
人間の「精神作用を知、情、意の三に区別」すると述べている。
 「知」を働かせる人は科学者や哲学者、
 「情」を働かせる人は文学者や芸術家、
 「意」を働かす人は政治家や軍人、豆腐屋、大工などがその例だそうだ。

この三つの中で「情」は軽く見られる傾向があるが、非情に重要である。
人は「情」で喜怒哀楽を感じ、生きている実感を味わうからだ。
もし喜怒哀楽がなければ、人生は無地無表情で、とてつもなく味気ない。

糸杉のある緑の麦畑

「情」で始まる熟語は「情愛」「情熱」「情緒」など、かなり数多くある。
が、ここでは「情」で終わる語を集めました。ま、見てやってくださいまし。


「情」の字で終わる語を58(熟語53・慣用句5)入れた戯れ詩。
大辞林第三版を調べ、常用されたり理解できる熟語は全部入れ込みました。

雨情ニモカマケズ 非情ニモ負ケズ (バーソ)

雨にも負けず 風にも負けぬ 
すこぶるじょうぶな男あり

至って純で たいそう愛に満ち
には温や厚が有り余り
には恩と誠がしかと顕れている

風雲のもて旅路にさすらえば
万象に有の詩と風を感じ
心行くまで旅に浸り叙に酔う
はまなすの咲く頃 白夜は明ける知床慕
飲んで騒いで 交を交わす

あらゆることを自分を勘定に入れず
義理と人を秤にかけりゃ
と深が背中で泣いてる真の男
慾は無く
決して瞋
(いか)らず
いつも静かに笑っている

種まく人

を備え 第九条も考える多多魂
時に激に駆られることあっても
世はけ 感は露ほども薄には成らず

相も変らぬ政混迷の国の中
東に陳あれば
行ってその事をよく調べ
西に苦あれば
行って内を探って世を鑑み
嗚呼世界の実は無なりと
をもっておろおろ愁する様は
惻隠のを通り越して
とでも言うべきか

落花流水の あるいは悪女の深
かつ煽の女から強に言い寄られても
己が色は涙して抑に変換
ではを交わしたいと発はすれど
その劣は直に表さず
褒められもせず
苦にもされず
さう云ふものに
ワタシハナリタイ

2gohaho.jpg

●宮沢さん森繁さん高倉さんを思い出しても、特にご褒美はありません。(笑)
●主題は男の純情だろうと無理やり思っていただければ、嗚呼無上の喜びです。
●「情」を「じょう」と読まない語が二つあるのですが、気付かれましたか。


「知」で見極め、「情」で感じ、「意」で行ないに移す。
孟子の根本思想は性善説。人間の本性を「仁義礼智」の徳としている。
「仁」が最初、「智」が最後で、「惻隠の心は仁の始めなり」と言っている。

「惻隠の情」とは、幼児が井戸に落ちそうなのを見れば、どんな人でも
反射的に近寄って助けようとするが、そういう本来的な自然な哀れみの心のこと。

とすれば、
キリスト教の「人間の本性は悪である」とする原罪の教えは正しいだろうか。
進化論者の「人間は獣と同じ祖先から進化した」という主張はどうだろう。
「情」と「欲」は、人間には誰にでも備わっている生来の心。
しかし、この二つがくっつくと「情欲」と言われ、君子は近寄ってはいけない
とされるのは面白いことだ。

Yahoo知恵袋の質問と回答。
Q:「女は灰になるまで女と言いますが、男はいつまで男でいられますか?」
A:「厳しさと優しさを忘れなけば、いくつになろうが男です」

xgohho.jpg

男は厳しさと優しさですか。うーむ、いい答え。
これは、対女性に限らず、すべての生き方に当てはまりそうですね。





12月が楽しみです。
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《資料》
●『文芸の哲学的基礎』夏目漱石(著)青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/755_14963.html
●『「情」の文化史――中国人のメンタリティー』張 競(著)角川書店
https://books.google.co.jp/books?id=aAc_IBjQNTQC&printsec=frontcover&hl=ja#v=onepage&q&f=false
●『Yahoo知恵袋』
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1199809281
●絵:Vincent Willem van Gogh(1853-1890)



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大作ですね

バーソ様
おはよう御座います。

「情」の字で終わる語を58入れた戯れ詩。
大作ですね。どのくらい時間がかかったのでしょうか。バーソ様の言葉のセンスの良さを実感します。
流石に第9条は第9情にならなかったのですね。
考えようによっては意味が通じるとは思いますが熟語ではありませんからね。
「男は厳しさと優しさ」私もいい言葉だと思います。またこうありたいと常日頃思っています。

愛新覚羅

2015/10/24(土) |URL|aishinkakura [edit]

「情」の戯れ詩見事ですね。
バーソさんの力量発揮です。
「心情では情を交わしたいと発情はすれど
その劣情は直情に表さず」は11分ほど笑わせてもらいました。(笑)
「情けは人のためならず」
情けをかけるとその人のためにならない・・・って私、誤用していました。
本当の意味は人に情けをかければまわりまわって自分のためになる
ってことですね。
「情け」で好きな言葉は武士の情けかな。
清盛はそれで失敗してしまいましたけれど。

2015/10/24(土) |URL|エリアンダー [edit]

感情は、情を感じる、なのですね~。
「情」は、心に青い。温度は低めで、涼しいね~。
「情け」になると、下世話で、温度が上がります。

日本語のぶ厚さを誇らしく思います。
これだけ分けて分けて、単語にそれぞれの意味を持たせる。
僕たちには、その必要があった、ってこと。
繊細な違いを大切にできた、ってこと。

バーソさんが、書き分けることができるのは、
わざわざ分けていることが、分かっているということで、
千年も前から続いてきたテキスト群と交信をしています。
「雨ニモマケズ」や「知床旅情」が背負っているテキスト群も、
ごっそり引き連れて、やり取りをしています。
バーソさんの戯れ詩ができるまでに、千年以上もかかっている、
そういうことで、ありがたく拝読させていただきました!

2015/10/24(土) |URL|青梗菜 [edit]

こんにちは

わー、すごい。
バーソさん、すごいですね。
何度、朗読しても、にやっと笑ってしまうし
情のあつい詩です。
読めば、情がわいてきます。

第9条だけは、情で判断できない問題なのですね。

バーソさん、さすがですね。
こんな詩をつくれるバーソさんを私情で尊敬です。

2015/10/24(土) |URL|森須もりん [edit]

Re: 大作ですね

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)
大作ですね
 あははは・・・ありがとうございます。苦労が実りました、というほどのものではないですよ。(笑) 下町の寄席で話されるような戯れ句ですから。
 時間はいつもと同じですが、推敲は多めにしています。詩は難しいですね。

流石に第9条は第9情にならなかったのですね
 五情と七情という言葉があったので、その延長で9条としただけで深い意味はありません。ここでは、ただ「考える」という程度の話にしています。

「男は厳しさと優しさ」私もいい言葉だと思います
またこうありたいと常日頃思っています
 本当にいい言葉ですよね。でも「こうありたいと常日頃思っています」というのも、いい言葉です。なかなかこういうことは実行してないと、言いにくいものですから。
 確かに、男には、男らしさという厳しさも必要だと思います。

2015/10/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

エリアンダーさん ありがとうございます^^)
「情」の戯れ詩見事ですね。バーソさんの力量発揮です
ああ、お褒めいただき、うれしいです。言うまでもなく、「力量」とは駄洒落文の力量ということですよね、と念を押したりして。(笑)

その劣情は直情に表さず」は11分ほど笑わせてもらいました。(笑)
ええ? たったの11分ですか。できれば13分、いや、せめて12分は笑ってほしかったなあ。ここはいちばん苦労したところなんですから。(笑)

情けをかけるとその人のためにならない・・・って私、誤用していました
 え? 嘘でしょう。あ、いや、小学生の頃の話ですかね。なら私も同じです。

「情け」で好きな言葉は武士の情けかな
 それで思い出したのは、幕末の頃、オランダ人だか何人だかの偉い特使が日本に来たとき、幕府の下級役人が身のまわりの世話をしてくれたので、日本を去るときにお礼に金銭を包んで出したところ、結構ですと固く辞退された。
 その外人はそれまで諸外国を歴訪してきたが、そんなことは一度もなく、むしろ賄賂を要求されたこともあったのに、その日本人の役人はボロの着物を着ていて貧しそうだったのに、清貧でプライドをしっかり持っていて役目に忠実なので、えらく感銘を受けたと書き残しているそうです。
 奢る平家と悪く言われますが、平家の武士もそんな美学を持ってますね。それに比べて公卿連中は自分のことしか考えておらず、情けないものです。

2015/10/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん ありがとうございます^^)
「情」は、心に青い。温度は低めで、涼しいね~
 なるほど、漢字分解ですか。青い火は物理的に見れば超高温でしょうが、感情的に見れば「涼しい」のでしょう。確かに「情」の語感は理性的に端正で、きちっとしていて、「情け」の語感は江戸時代の世話物とか演歌の歌詞を思い出して、ねとっとしているように感じます。昔から日本人は、お涙頂戴の人情話が好きなのも、四季それぞれの自然には情緒が多いせいででしょうかね。

日本語のぶ厚さを誇らしく思います
これだけ分けて分けて、単語にそれぞれの意味を持たせる
僕たちには、その必要があった、ってこと
繊細な違いを大切にできた、ってこと
 牧畜民族は羊や牛の生育の状態を詳細に区分した名詞が非常に多いが、日本人は例えば雨の種類の名詞が非常に多いという話があります。
 日本語に「情」についての言葉が多いのも、日本人が「情」にこまやかであった証拠でもあるのでしょう。あの浄瑠璃だって元は情瑠璃と言ったという話が、
無いようですよ。(笑)

千年も前から続いてきたテキスト群と交信をしています
うーむ、「交信をする」とは面白い言い方。文章が「語りかけてくる」とは、よく言いますが。

バーソさんの戯れ詩ができるまでに、千年以上もかかっている
 そういうふうに見ますか。そう言われると漢文読み下しの時代は、日常語を漢語で考えていたが、万葉仮名が出来、ひらがなが出来てからは、日本語という「言葉」には過去の時代のいろいろな人々の様々な思いや感情が全部つまっているのでしょう。
 日本語をカタカナやローマ字に変革しようと思うような人は、そういう微細な日本語の感覚が分からないのでしょうかね。

2015/10/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんにちは

森須もりんさん ありがとうございます^^)
何度、朗読しても、にやっと笑ってしまうし、情のあつい詩です
 そうですか。にやっと少しでも笑っていただければ、本望これに過ぎるものはありません。それにしても森須さんは人一倍、情が厚そう。いや、熱そうか、篤そうがいいかもしれませんが。それにしても情が薄い人は、かわいそうに不幸な人なんでしょう。ひとに対して抱く感情は、良かれ悪しかれ自分に返ってくるものですから。

第9条だけは、情で判断できない問題なのですね
 おお、「情で判断できない」。面白い言い方です。あの9条は理屈で是非を考えるのが正しいのか、感情で好悪を感じるのがいいのか、これは難しい問題なので、この戯れ詩ではもっぱら「情け」と「情」に絞って、理性的な思考というのはとりあえずペンディングしています。
 情は大切とはいえ、世の中、情ばかりでも感情的でうまくいけないので、知と情と意がうまくバランスが取れれば一番いいのでしょうね。

こんな詩をつくれるバーソさんを私情で尊敬です
あら、本当ですか。なら、1週間は幸せでいられます。(^^♪

2015/10/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

情は大切ですよね。
育てるためには、あえて厳ししつつ、ちゃんと情をもっている。
そういう指導が必要なのかも。

2015/10/25(日) |URL|マウントエレファント [edit]

おはようございます。

雨情ニモカマケズ 非情ニモ負ケズ (バーソ)

→バーソ様の生き方?見届けたいと思います。

心情では情を交わしたいと発情はすれど
その劣情は直情に表さず

→それでは、誘惑される可能性は秘めていることに(*^_^*)
諦めず、頑張ります。(なんのこっちゃ)
恋愛は、壁が厚く(熱く)高いほど燃える(萌える)ものです。
気をつけてくださいませ。うふふ(不敵な笑い)

「知」はないので・・・
「情」を働かせる人は文学者や芸術家
・・・を目指します。

2015/10/25(日) |URL|Miyu [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)
情は大切ですよね
育てるためには、あえて厳ししつつ、ちゃんと情をもっている
「あえて」というのが大事なんでしょう。
そうでないと、単に厳しいだけ。愛という情がまったくありません。

よくスポーツの世界では厳しい訓練がされているようですが、
はたから見ていると、言い方や態度に愛が感じられず、
単に怒り散らしているように見える厳しい指導があります。
みんなのレベルを上げるために涙を隠してそうしているのであればいいのですが、偉そうに命令するのが楽しいから、結果を出して自分の手柄にしたいから、と思えるような場合もあります。厳しさと情は大切のようですね。

2015/10/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

Miyuさん ありがとうございます^^)
バーソ様の生き方?見届けたいと思います
ええっ? バーソの生き方を見届けたら困ります。実態は隠れたままにしておいたほうが情緒がかもし出されてイイことも多いのですよ~。

それでは、誘惑される可能性は秘めていることに
と、とと、とんでもない。隠れた部分が常にあらわにされている現実世界では、誘惑などという可能性は微塵もありません。勧誘はよくありますがね。
大体が「可能性」という文字は私の辞書には無いのですよ~。

恋愛は、壁が厚く(熱く)高いほど燃える(萌える)ものです
ええっ? ギョギョッ! 壁が厚いほど燃えるのですか。おお。相当美貌才能に自信があるのですね。
私とは正反対。私は壁が厚いとすぐ諦めます。見極めが早いのです。潔いのです。というよりチカラが無いのですよ。性格体力意思も軟弱なんですね~。
なので、ブログではもっぱら「情」を言っているのですが、本当はそんなものも無いというのが実情なんです。どうしたらいいでしょう。ああ。

2015/10/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

情に棹さし過ぎたのかもしれません。
ある時期まで情で生きて来たようにも思います。
そうしたら情がすっぽり欠落した家族と出会ってしまいました。初めは分からない世界で理解不能でポカンって感じで泣かされてました。
それでも情で接し続けてましたが、そういう人には情など通じるものではない。悲惨な結果が待っていた。
情は心が青いのかもね。知恵が必要です。それでも通じない人には通じませんけどね。知性を以てもです。
情に流されては何にもならないという事かな。
それでも情はいいもんです。

2015/10/26(月) |URL|carmenc [edit]

Re: タイトルなし

carmencさん ありがとうございます^^)
ある時期まで情で生きて来たようにも思います
 そうなんでしょう。アーティストとは大体そうだろうし、そうでないとやっていけないように思います。

情がすっぽり欠落した家族と出会ってしまいました
 情のない人っていますね。理性的だからそうだというわけじゃなく、自己中心的に損得で物事を考える人に多いように思います。
 問題は、当人が自分に情がないことに気づいてないことですが、ところがこればかりは当人にいくら口で言っても駄目。生来的なものなんですよね。

情は心が青いのかもね。知恵が必要です
 そうですね。青いのかもしれません。真っ赤な熱い情もありますけどね。
 漱石はイギリスに留学していたので、西洋の考え方とは違う日本人の狭い考え方に違和感を感じ、世の中は生きにくいと感じたのでしょうか。

 人間は自分と毛色の違う人間を嫌います。同じ日本の同じ町に住んでいても、趣味思考が違うと住んでる世界が違うわけなので、阻害したり迫害したりするのでしょう。本当は、そうしないと内心に不安を感じる臆病な人なんじゃないですか。本当は頭の悪い人に多いんじゃないですか。

> それでも情はいいもんです
はい、そうですね。(^・^)

2015/10/26(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

敵の子を残せば禍根となるは必定

「長じて弓を持ちわしに仇を為さぬとも限らぬと言うに、それでも助けよと請いおるか」
「ですが此の様な幼子を殺すだなどと・・・」

「そなたもなんと理屈の判らぬおなごよ」
【理屈ではございませぬ。仏の慈悲でございます。もしここで殿が情けを掛けず鬼の心で敵将の子を殺すとおっしゃるなら、私は一生殿をお恨みもうしあげます」
「ああ、恨むらくは仏の慈悲の無情さよ。我が愛する妻は仏の慈悲をと縋りつき、夫に死ねよと言いおるか。我が子に絶えよと言いおるか・・・」
 はい、毎度へそがあっちの方に向いてるmiss.keyです。上記は池禅尼の頼朝助命嘆願の一場面をアレンジしたものでございます。既出ではありますが、清盛さん、敵に情けを掛けたばっかりに一族郎党皆殺しにあってしまいました。無念。情けも掛け処を間違うとろくな事にならんと言う事で(笑
 あとこんな事を言うとロクデナシとかヒトデナシ等と罵られそうですが、「途上国の子供達に愛の手を」の本末転倒虫っぷり。確かに食糧配給と医療支援はその場しのぎにはなりますが、結果は人口爆発とそれに伴う過剰開発及びしっぺ返しとしての環境破壊と食料減産。行き着く先は更なる貧困と食糧不足、社会の混乱、同族同士の残された僅かな富をめぐる争い、そしておびただしい子供の屍骸・・・。
 近くでは幾ら女性に優しくしても親切にしても報われないわたくしめ(笑)。え゛、下心見えすぎ?いえいえ何時も良い人で終わるのでありますorz
 世の中不条理やー。

2015/10/26(月) |URL|miss.key [edit]

こんばんは^^
バーソさんの文章はいつも軽妙なユーモアに満ちていて、都会的で洗練されている方は違いますね。
男性は、厳しさと優しさと、あとユーモアではないでしょうか^^
それから「知情意」といえば、哲学者のカントが、この三つについての問いが「人間とは何か」という一つの問いに収斂されると言っているのを思い出しました。
尤も、私はこの辺りは良く知りませんが、カントでは「情」の問題が宗教論になるようです・・。
私は、演歌の世界みたいな「情」はちょっと苦手ですが、散歩しながら物思いに耽ったりするのは大好きです。
一言で「情」といっても、本当にいろいろありますね。
「知情意」の中で人生の醍醐味は、やっぱり「情」なのでしょうねぇ。

ところで、バーソさんのブログをリンクさせて頂きました。
どうぞよろしくお願い致します。

2015/10/27(火) |URL|Ariane [edit]

Re: 敵の子を残せば禍根となるは必定

miss.keyさん ありがとうございます^^)
 たとえ敵方の関係者であっても降伏投降する者は受け入れるのは「武士の情け、優しさ」とすれば、義経のように身内であっても奢る者、邪魔者だと思えば追放粛清するというのは「武士の厳しさ」でしょうか。

 何人であっても自分に従えば撲滅はしないとするのは、政治的には人心を掌握するのに効果的なパフォーマンスになるようにも思えます。情と知と意のバランスが難しいところでしょう。
 旧約時代のイスラエルは凄いですよ。降伏しない敵は全員皆殺し。男はむろんのこと、女も子供も赤子も年寄りも牛羊ろばまでもすべて抹殺ですから。そしてそれが神の命令なんですから。ジャズの「ジェリコの戦い」はそんな戦いのひとつを褒め歌ったものです。

 日本の政治家は、以前は、情が勝っていて(だらしなさすぎて)、知と意の欠如ばかりが目立っていましたが、今は、いい悪いは別として、意が強くなってきて欧米列強の政治家のようになってきたと感じます。

 途上国の問題。もっと知の援助をしたほうがいいように思います。情ばかり与えていると、永遠にこれからもあの状態が続くでしょう。
 miss.keyさんは、私が女ならお慕い申し上げるのですがね。(*^_^*) 

2015/10/27(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん ありがとうございます^^)
男性は、厳しさと優しさと、あとユーモアではないでしょうか^^
 そう思う方はいいですね。私は前の2つは欠けてますが、最後の件については常々密かに目標としておりまして、といっても低レベルのいわゆる駄洒落というものを得意にしている特異な人間でありまして、これをやめなさいと親切に教導してくださる方もいますが、やめる気は毛頭ありません。(笑)

カントでは「情」の問題が宗教論になる
 こういう話になると、本当はArianeさんの得意分野なのでしょう。
 情が宗教論になるのは「初めに聖書ありき」で、情とは道徳のことと考えるのでしょうか。私も以前は、何かというとすぐ聖書の原則を思い出しましたから。
 演歌は、特にド演歌の情と、あの節回しについてはかなり苦手です。
 イマヌエル・カントやエマヌエル・スヴェーデンボリ、エマニエル夫人の名は、マリアに関連して言われた「乙女が身ごもって子を産む。その名はインマヌエル(神が共に居る)と呼ばれるであろう」という言葉を思い出します。
 
 リンクの件、うれしいです。私も少し前から勝手にそうさせていただいています。大体いつも断りもなくリンクさせていただいているのは、先様に相互リンクを強要するようで悪いからですが、ほかにも拙ブログは駄洒落は多いわ、宗教的精神世界的な話は多いわ、偏った注釈は多いわで、それが苦手な方がいるせいもあります。どうぞこれからもお見捨てなく、よろしくお願いしますね。

2015/10/27(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、度々すみません^^
昨日、カントの専門家に聞いてみたんです。
そうしたら、あまりカントで「知情意」と言わない方が良いと言われました。
カントが「人間とは何か」に収斂されるとした三つの問い、「わたしは何を知りうるか」(認識論)、「私は何をなすべきか」(道徳論)、「私は何を希望してよいか」(宗教論)と、三批判書における三つのテーマ(カント自身が言っているわけではないけれど、こちらが知情意に対応していると解釈されて通俗化しているみたいですね)を繋げない方が良いということでした。
そして三批判書のテーマは、言い換えるとしたら「知・意・情」より「真・善・美」の方が良いんじゃないか、と。
以上、変な事を書いてしまったので、訂正させて頂きますね。
込み入った話になってしまったので、無視してくださっても構いません^^;

「知情意」はよく聞く分類なので、誰が言い始めたのかなぁ、と思って、差し当たりカントが思い浮かんだのですが、この三分説を確立したのは、カントもその影響を受けていると言われるヨハン・ニコラウス・テーテンスという18世紀ドイツ啓蒙期の人らしいですね。

カントの宗教論というのは、バーソさんもお察しのように道徳が絡んでいて、善人が幸福になるために「神の存在が要請される」というものです。
でも実感されるのではなくて、「要請される神」って(笑)・・・あんまり面白そうじゃないので、私は本当に、カントはろくに読んでいません^^;

「インマヌエル」には、「神が共に居る」なんていう意味があったんですね。
ヘブライ語なんでしょうか?

ところで、ブログのリンクに関して、バーソさんのなさっている方法は、気が利いていますね。
私のブログこそ、相当怪しい話題が多いので、今度から私もそうしようかと思いました。
こちらこそ今後ともどうぞよろしくお願い致します。

2015/10/29(木) |URL|Ariane [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん ありがとうございます^^)
ご丁寧にわざわざありがとうございます。
「知・意・情」より「真・善・美」の方が良いんじゃないか
 どちらにしても私にはあんまりよくわかりません(笑)。でも切り口がちょっと違うので表現が違うだけで、本質的に同じ性善説のような気がしますが。

 「要請される神」とは、神の存在は証明できなくても、この世では人間には必要なので、神は《倫理的に》要請されるのだということでしょうか。
 あることを信じたほうが倫理的に有益だとしても、それがすなわち宇宙の絶対真理になるわけではなく、前提とか方便とか仮定の話になりますね。
 であれば、信仰も単に愚かしい盲信レベルの話になってしまいます。
 であれば、聖書が言う「死に至るまでの神への忠誠」とか「全財産を投げ打って神に仕えよ」という教えは、度を超しているということになります。

 ヘブライ語の旧約聖書に「乙女が身ごもって子を産むであろう、その名はインマヌエルと呼ばれる」という聖句があります。
 これを新約聖書の筆者が、ギリシア語の翻訳聖書から「処女が身ごもって子を産むであろう」と引用して、イエスの母マリアの出産のことが旧約で預言されていたのだと書いたため、イエスが処女から産まれたという教義ができました。
 でも本来は「乙女」つまり単なる若い女性という意味でしかないのですから、処女降誕の話も《要請される教え》と言えるかもしれません。そうしたほうが、イエスの神格が上がり、教会が信者を治めやすいのでしょう。旧約聖書だけを受け入れているユダヤ教徒は、当然ながら処女降誕の話は信じません。

 リンクの件。過去、よくコメントをやりとりしてるような間柄でも、先に書いたようなことを言われたりして、リンクまでは嫌なんだなと分かった人が何人かいたので、それからリンクを張りたいときは断りをしなくなりました。
 利点は、先様に負担を掛けないですむことと、互いに訪問がなくなった場合は勝手に外せます。
 本当は先方に断ったほうが礼儀にかなっているのでしょうけど。

2015/10/29(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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