「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 自然も生命も人生も、すべてはフラクタクルだ。 

ノーベル物理学賞が梶田隆章氏に決定した。
中性の素粒子ニュートリノに質量があることを発見した功績による。
これによって素粒子物理学の定説が覆されたそうだ。

自然科学3賞では日本人の受賞者数は、2001年以降、世界2位。今や日本人が
西洋人に及ばないのは、体力差がものを言うスポーツ競技ぐらいじゃないですか。

ニュートリノは素粒子のひとつ。素粒子は物質の最小の粒。
素粒子で成るミクロの原子は、マクロな太陽系と形が相似しています。
共に、中心となるものとその周りを取り巻いているものがあります。

スーパーカミオカンデ6
東京大学宇宙線研究所のニュートリノ検出装置(光電子増倍管)出典

今回は「フラクタル」の話から、金子みすずさんの美しい詩の話になりますよ。

●――――――――――――――――――――――――――――――――――
宇宙にはデザインの自己相似性がある―――フラクタル。
「フラクタル」は、下図の動画のように、適宜な一部を抜き出すと、どれもが
全体と似た形になること。つまり部分が全体と相似形をしていることを言う。
gif89.gifこの自己相似性は、私たちの身のまわりで観察できる。
●木の枝がYの字形に枝分かれをし、その枝の先でまた
枝分かれをし・・・と、枝分かれをずっと繰り返している形状。
●ロシアの民族人形マトリューシカのように、人形の中に
少し小さい人形が入っていて、その人形の中にまた少し
小さい人形が入っているのを繰り返す入れ子構造。(図の出典
 
●人体は60兆個の細胞から成っている。60兆とは世界人口(72億人)の1万倍弱。
1個の細胞の中の遺伝子には、全身の設計図や全身の機能などについての情報が
すべて入っている。これはフラクタクル性が人体にある例のひとつだ。

●身体の健康状態は小さな耳に射影されているとする耳鍼療法。体の患部に
相当する耳の箇所(ツボ)に鍼(はり)を打つと病気が治るとされている。

●聖書は、人は神に似せて造られたと言っている。これは神の超小型ヴァージョン
が人間ということ。だから人間には、神の属性と相似の感情、すなわち愛や
憐れみや同情心などの他に、怒りや妬み、自尊心、復讐心などもあるのだろう。

●宮沢賢治の童話『インドラの網』とは華厳経にある因陀羅網のこと。
これは帝釈天の宮殿の屋根に掛けられた球状の網(ネット)で、網目には無数の
珠玉が付けられていて、個々の珠は互いを映し合い、全体を映し合っている。
一つの珠には宇宙の全てが収まっていると思えば、一個の星は宇宙の無数の星々と、
一人の人間は世界の人々とつながっていることを考えさせられる。
このインドラネットは、世界中の人々をつなぐインターネットとちょっと似てますね。



●――――――――――――――――――――――――――――――――――
小さなモノの中には宇宙がある、神がある。
次の英国の詩人ウィリアム・ブレイクと金子みすずさんの詩もフラクタクルだ。
詩の意味を思えば、意識が高まり、精神がスペクタクルに飛躍しますよ。

  Auguries of Innocence (William Blake)
   To see a world in a grain of sand
   And a heaven in a wild flower,
   Hold infinity in the palm of your hand,
   And eternity in an hour. 


  (荒俣宏 訳)  
  童心占徴(ウイリアム・ブレイク) 
   一粒の砂に世界を観る。
   一輪の野花に天界を眺める。
   汝の掌に無限を握れ。
   そして一刻の中に久遠を。

     ※荒俣訳は「握る Hold」が命令形になっている。

  (曽野綾子 訳)  
   粒砂にも世界を感じ
   野の花に天国を見る
   掌に無限を握り
   一刻に久遠を縮む

        ●

小なるものの中には、大なるものが含まれている。
自然界の生物・無生物には、宇宙の属性が秘められている。
今という瞬間には、過去も未来もすべてが畳み込まれている。
我々は何処から来て何処に行くのか―――。
人は死んでも、何処かでまた生きるのだろう、生きているのだろう。
なぜなら世界はすべて神なのだから。
ならば、何処にも行かずとも、いま此処が自分の居場所でいいのだろう。

題の「Auguries of Innocence」は「無垢の予兆」「無知の告知」とも
訳されているが、荒俣訳の「童心占徴」が意味は適訳。この詩はダニエル・
クレイグとアンジェリーナ・ジョリー出演映画『トゥーム・レイダー』に出てきたそうです。

anyu-ton.jpg
W.ブレイク『ニュートン』。コンパスで物質世界の解明を試みている。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
金子みすずさんの詩も似ています。みすずさんは明治36年生まれ、26歳没。

  蜂と神さま(金子みすず) 
   蜂はお花のなかに
   お花はお庭のなかに
   お庭は土塀のなかに
   土塀は町のなかに
   町は日本のなかに
   日本は世界のなかに
   世界は神さまのなかに
   そうしてそうして
   神さまは 小ちゃな蜂のなかに

          ●

地なるものは天の相似であり、天なるものは地の相似である。
神の中に自分が在り、自分の中に神が在る。
地球上の生命はみな相似形。根源においてつながっている。
拡大しても縮小しても、宇宙には同じ摂理が働いているのだろう。

小さな蜂から視点がだんだん拡がっていって、ついには神さまに至って、
そうして思いはまた小さな蜂に戻り、そうして、そっか、この蜂も神さまなんだ
と気づいて、ゾクッとするイメージ。「そうしてそうして」の繰り返しがいいですね。
英語なら「and and」というより「and therefore」のニュアンスでしょうか。



世界がフラクタクルということは、個が明るくなれば全体も明るくなる。
自分が幸せな気持ちになれば、まわりも自然に幸せな気持ちになれる。
幸せは難しくても、幸せな気持ちなら、そんなに難しくはなさそうですね。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
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こんばんは

夏の服を片付けました。
冬の服を出しました。
もうすぐ、マフラーも手袋もいるだろう。
そうしたら、クリスマスにお正月。
そのうち、桜が咲いてくる。
ぼやぼやしていると夏が来る。
あわてて夏の服を出すのかな。

2015/10/10(土) |URL|森須もりん [edit]

蜂と神さま、って受け容れやすく誘ってるなぁ。
ダニと神さま、ヒルと神さまでも、
意味合いは変わらないわけですが。

一滴の中にも宇宙が成立する、としてもですよ、
その一滴の中には棲みたくないなぁ、
なんて一滴もあるわけで。

なんだか、僕は、
幸せな気持ちになれないタイプみたいですw。

2015/10/10(土) |URL|青梗菜 [edit]

おはようございます。

職場の小さなことに拘り
心を壊すこと(人)があります。

そんな時、ピューッと天に向かい、空から眺めると
まるで、動物園に見えます。

ああ、あそこもここも
小さな「ああ言った」「こう言った」
人の中傷や自己顕示欲など。
笑えて来ます。

でも、しばらくすると
猿、狸、狐たちが恋しくなり
会いたくなります。

ここも悪くないか・・・。と。
そのような繰り返しで
ここに身を置くのだと。

人には、それぞれに咲く場所があるのでしょうね。
全員が大きな花にはなれないのでしょう。

編集してみます。「カ猫」様ごめんなさい。

Miyu(働き蜂)と神さま(カ猫) 
   Miyuはおばちゃんのなかに
   おばちゃんは自由のなかに
   自由は職場のなかに
   職場は笑顔のなかに
   笑顔は自分だけのなかに
   自分は権利主張のなかに
   権利主張はMiyuのなかに
   そうしてそうして
   Miyu は、孤独な働き蜂のなかに

   神さまに祈ります。

   ざぶとん要りません・・・。

2015/10/10(土) |URL|Miyu [edit]

宇宙もフラクタルですね。
月は地球の周りを、地球は太陽の周りを、太陽は銀河の周りを、
銀河も回っています。銀河の中心も・・・。
「フラクタル」の流行はミステリー・サークルにも及んでいます。
昨今のミステリー・サークルはフラクタル風の絵柄ばっかりです。
宇宙人も流行に敏感なんですね。(笑)
「best fractals zoom ever」いい動画ですね。最近の50倍-100倍
ズームレンズで拡大していくときの快感をふと思い出しました。

2015/10/10(土) |URL|エリアンダー [edit]

動画

バーソ様
おはよう御座います。

また難しいテーマですね。
でもおっしゃりたいことが最後の58秒の動画
のなかに集約されているのではないかと思いました。
その動画はパソコンの中に、パソコンは家の中に、家は街の中に、街は・・・・・・。
面倒くさくなりました。(笑)

愛新覚羅

2015/10/10(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: こんばんは

森須もりんさん ありがとうございます^^)
「こんばんは」と言われて、あら、と思ってしまいましたよ。遅くまで起きているのですね。

夏の服を片付けたら、冬の服を出す、そうしたらクリスマスに・・・
そうですね。時の過ぎ去るのは速いもの。そうやって繰り返し繰り返しの毎日を過ごしていくのが人生なんでしょう。フラクタクルな日々を繰り返していると、桜が咲くのを見たり、年年歳歳、人同じからずを思うのでしょう。

私は、夏が来れば思い出すのは、はるかな尾瀬、遠い空ですが、尾瀬には一度も行ったことはありません。
でも夏の日差しや青い空や涼しい日陰を感じるとき、子供頃の夏をふうーっと思い出すことがあります。今の秋の時期だって同じ。子供の頃の秋をふうーっと思い出すことがあります。季節は昔を思い出せるものがありますね。

地上に楽園が実現したとして、永遠に生きるのは退屈ではないかという疑問がありますが、たぶんフラクタクルな毎日に不確定な要素な突然変異がからんできて、それはそれでなかなか波瀾曲折の人生になるような気がしています。

2015/10/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん ありがとうございます^^)
蜂と神さま、って受け容れやすく誘ってるなぁ
なるほど。考えてみれば、蜂は人間にとっては、好感度の高い生き物。
蜂はきれいな花に群がって蜜を集める協業生活を真面目にしていて、人間には害をしないというのがいいのでしょうか。やはり神を思うような気持ちは、愛や感謝の念が関係しているのであって、荒れていたり恨みがましいような気持ちでは、なかなか神聖な気持ちにはなれないのかと思ってしまいます。

一滴の中にも宇宙が成立する、としてもですよ
その一滴の中には棲みたくないなぁ、なんて一滴もあるわけで
あははは・・・頭のいい人はすぐそんな特殊な例外事項を思いつく。

でもまあ、確かにあんな所には居たくないと思える場所って、ありますね。
テロリストが自分の信念を暴力で押し付けてくる所。朝、パチンコ屋の前でしゃがんで開店を待っているような所。そんな場所はごめんです。が、それも全体の中の一滴なんですよね。うーむ。

あ、でも、待ってくださいよ、特殊な例外事項を思いつきました。
その一滴はおまえだと言われる可能性もありませんか。
とすれば、この言葉、怖いですね。
あ、むろん、これは青梗菜さんのことではありませんよ。念のため。(^^)

2015/10/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

Miyuさん ありがとうございます^^)
職場は人の集まっている所。なるほど、いうなれば「動物園」なんでしょう。
でも「そんな時、ピューッと天に向かい」
そして「笑えてきます」と思えるなら、たいしたものです。
思いと居場所を自分の意思でワープできるのですから。

しかし「しばらくすると猿、狸、狐たちが恋しくなり 会いたくなります」ですか。うーむ、なかなか素晴らしい。愛がありますよ。

(働き蜂)と神さま(カ猫)。おお、また、例の調子。ご苦労に感謝です。
ふむふむ、「職場は笑顔のなかに」まではまあまあ順調に来ましたが、なんと「笑顔は自分だけのなかに」で突然変調し、「権利主張はMiyuのなかに」と来るのですか。おお、これはまさしくブッダの「天上天下唯我独尊」の境地じゃないですか。

で、そして「そうしてそうしてMiyu は、孤独な働き蜂のなかに」ですか。
うーむ、なんだか哀しいような、憐れを誘うような・・・。(笑)

しかし前段では職場の小さな問題に言及していましたね。
そうか、「働き蜂」と書いているのは、自分の真面目さをさりげなくアピールしているのでしょう。確かに、Miyuさんは働き蜂であり女王蜂なんでしょう。
あまり働きすぎて、クラクタクルにならないようにしてくださいよ。

2015/10/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

エリアンダーさん ありがとうございます^^)
宇宙もフラクタルですね
そうですね。以前見た、太陽系が惑星たちを引き連れて銀河系の中を猛スピードで走っている動画を思い出しました。銀河系も泡状大星団の中を回っていることを考えると、どこにもフラクタクルの原理が無限に支配していて、宇宙には物理的に果てがないのかとも思ったりします。

しかし素粒子は物質の最小の単位なので、ミクロのほうは果てがあるのでしょうか。素粒子の先はエネルギーなのか何かは分かりませんが。

>昨今のミステリー・サークルはフラクタル風の絵柄ばっかり
そうなんですか。あれは人間業とは思えない緻密さですが、宇宙人が作ったにしても何のために作ったのか、その解答を示してくれと思います。あるいはタイマーで時間がたつと自然解凍するようになっているのでしょうかね。

最近の50倍-100倍ズームレンズで拡大していくときの快感を
ふと思い出しました
ズームと言えば、昔マイナーな会社がニコンの35-70mmの対抗として39-80mmF3.5というのを出したとき、安くて良さそうだが知らない会社だからと思って買わなかったのを思い出しましたが、いま検索したら、その会社はシグマでした。(笑)

2015/10/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 動画

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)
「難しいテーマ」をよく読んでくださいました。

動画はパソコンの中に、パソコンは家の中に
家は街の中に、街は・・・・・・
あははは、最後は点を6個で済ませてしまいましたか。要領よし、ですね。
このやり方はデジタルの思考でしょう。
同じ思考を繰り返すような作業は、0101の計算を際限なく続けられるデジタル回路に任せておけば、人間は面倒なことをする必要なし。

そのうち脳から記憶信号の出力を取り出せるようになれば、ランダムな記憶喪失、つまり高齢化による物忘れはなくなるのでしょうか。
でも、忘れたほうがいい過去の記憶もいっぱいあるので、そうなったほうがいいのか悪いのか分かりませんが。

2015/10/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

☆バーソ☆さん、こんにちは^^
格調高いテーマで、美しいお話ですね!
リンクされているフラクタルの映像にも見入ってしまいます。

神については単なる超越性ではなく、内在的超越ということを考えなくてはならないだろうと常々思っています。

私はクリスチャンではなく、キリスト教の事はろくに知らないのですが、若い頃イギリスに旅行に行った時、一度、ちょっとだけキリスト教的な体験をしたことがありました。
教会を訪れた時、キリストが磔になっている痛々しい十字架を目にし、「なんて痛そうなんだろう」と思った瞬間、イエス・キリストの痛みと一緒に、何やら崇高な想いが同時に伝わってきて、こちらまで救われたというのか・・・キリストが「私たちのために十字架にかかった」と言われるのが分かった気がしました。
それ以来、私はいつも心の中に十字架を持っていようと、思うようになりました。

でも私の場合、神の内在性の方に惹きつけられる傾向が強くて、教会にしても、神社仏閣にしても、なかなか外の神様の所に出かけて行く気になれないんです。
出不精だからなのかもしれないんですけれどね・・苦笑
でも、イギリス旅行の時は、あの教会に行ってみて良かったです。
自分の事を長々と書いてすみません。

2015/10/10(土) |URL|Ariane [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん ありがとうございます^^)
十字架を目にし、「なんて痛そうなんだろう」と思った瞬間、イエス・
キリストの痛みと一緒に、何やら崇高な想いが同時に伝わってきて
こちらまで救われたというのか・・・キリストが「私たちのために
十字架にかかった」と言われるのが分かった気がしました
おー、すごい。相当霊的な意識が強いようですね。神聖な想いが強いというか、あるいは霊の波動が天的なものと合っていると言うべきかもしれませんが。
「痛そうだな」という感情が、その場に充満していた《イエスの贖いの死》にまつわる感謝や崇拝心などの霊的な空気感とシンクロしたのでしょうかね。

神については単なる超越性ではなく、内在的超越ということを
考えなくてはならないだろうと常々思っています
「単なる超越性ではなく、内在的超越」ですか。これは難しくて奥が深い、人間が永遠に探求してきたテーマでしょうね。私はあまり詳しくはないのですが、そうですね・・・古来、神という観念が人間に本質的にあるのは、その観念が元々人の中に備わっているからでしょう。

西行は「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」と言いましたが、神性(仏性)というのは、理性で考えて追求していくというよりは、究極的には感覚で感じるものであるような気がします。その感覚は、初めから、有る人には有る、無い人には無いような気もします。

私はキリスト教の経験がかなり長いのですが、恥ずかしながらキリストの崇高性を感じたことがないですね。キリストは三位一体の神ではなく、神の独り子であり、卓越した人間だと教団から教えられていたせいかもしれません。
崇拝対象は、もっぱらイエスの父なる神エホバ(ヤハウェ)でした。その神は人のうちに内在する神ではなく、世界の外にいる孤高の至高神でした。

その教団を離れてから思ったことは、神が、神だけを崇拝せよとか、魂を込めて神を愛せよとか、死に至るまで神に忠誠を尽くせと要求するのは、非常におかしなことだということです。
そういった要求は神の願望ではなく、この世の指導者や支配者の願望であり、時を経るにつれて宗教組織の教えにしっかり紛れ込んできたのだろうと思います。イエスの教えもずいぶん曲げられているような気がします。

2015/10/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

科学が大の苦手です。
理数系の人尊敬します。
金子みすゞは文系でしょうが、すぐれた感覚で事物の真実にも迫る。
すごいですね。

2015/10/11(日) |URL|マウントエレファント [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)
私も、あえて二つに区分すれば、まあ、文科系のほうですが、科学は難しくて苦手なくせに興味はあるほうです。私も理数系の人は尊敬します。

金子みすずさんは、いろいろ家庭の苦労があって26歳で自死したようです。
自分に置き換えると、その頃は神を知りたいと思い、宗教にも関心がありましたが、目の前の蜂から思考が宇宙に、そして神に拡大するなんて思考は全然なかったですね。神は宇宙のどこかにいるのだろうか、よくわからない、知りたい、といった漠然たる状態でした。それを思うと、26歳以前に神に至る精神を持っていて、こんな詩を書けるみすずさんはすごいと思います。
どうして天才は早く亡くなるのでしょうかね。もったいないです。

2015/10/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2015/10/11(日) || [edit]

スパイラルスパイラル

 む、難しい。相似性ですか。ソーセージなら大好きです。
 そこで場違いながらソーセージの造り方など・・・え゛、止めろ?迷惑?そらそうだ。
 じゃ違う話で抹茶。
 色とは光の波長の違いをどう感じているかという代物らしい。赤から始まり紫に終わる訳だが、その両端にも見えないだけで波長は続いている。その波長を一定の割合で圧縮または伸張するとまた虹色になっており、途切れる事無く延々と続いている。
 音にしても同じだろう。音階と言う虹は耳に聞こえないだけで何処までも何処までも続いている。
 原素はどうだろうか。これも周期によって形成されているのは元素表を見ても明らかだ。最小がHと下限は限定されているがこれは単に整数の最小単位だっただけで、小数点以下の素粒子がどうなっているのかは実はまだまだ判らない世界。上限も発見されていないだけでこれもまた判らない。ブラックホールの様な極限世界でのみ存在する超重元素も在るかもしれない。もしそれらが解明されればそこには虹の様な周期の波があるかも知れない。
 うーむ。実は世界はループしていて、人間はその一部にたまたま存在する化学変化なのだろうか。いや、まてよ、と言う事はだ、その上の周期にも人間がいるのかも知らんぞ。そいつらは今一生懸命電子顕微鏡やらを使って我々の社会を観察しているのかも。そして彼等が観察している人間社会は、実は自分達自身の今現在の社会そのものだったりして・・・。

2015/10/12(月) |URL|miss.key [edit]

Re: スパイラルスパイラル

miss.keyさん ありがとうございます^^)
またまた長文感謝です。朝寝昼寝および朝湯朝酒もできないほど忙しいのに、すみませんね。「実は世界はループしていて」の話。なんだか実は真実のようでもあり、SF小説のネタかプロットのようでもあり、孫悟空が世界の果てに来たと思ったらお釈迦様の掌の上だった話を思い出しましたよ。

この世のあらゆる現象は、二つの基本的性質で成り立っていて、一つは「フラクタル(自己相似性)」で、もう一つは「ゆらぎ」だそうです。
「フラクタクル」は、小から大まで形式がみな同じで、推測しやすい。
「ゆらぎ」は、形が決まってないで、不意に変わり、推測できない。

ちょっと強引な適用をすれば、西洋のミステリー小説は名探偵がボタン1個などの小さな物的証拠から大きな犯罪を推理する(フラクタクル)という形式なのに対し、日本の捕物帳は、頭のいいとされる同心が「そういえば町外れの川原に旅芸人の一座が来ていて、何々という身持ちの悪い女が居るそうだから行って見てきな」なんてことを手下の岡っ引きに言って、閃き(ゆらぎ)で犯人を言い当てたりする形式の違いがあるような気がしますが、どうでしょう。
これはデジタルとアナログの違いでもあるとは言えませんか。なに? いえない? あ、癒えない。ま、そうでしょうそうでしょう。(笑)

2015/10/12(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

茫漠と広がるこの世の中の(この宇宙の)どの辺りに自分が浮かんでいるのか、
よくわからないのですけれど、まあ、どこに浮かんでいても人様にも自分にもだからって大差ない、ことですよね。
そうやって浮かんでグワーッとズームされたら、え、どこにいたの?わからなかった、って言われそうな、どこかに潜んで生きているわけなんですけれど、それでも、その一つ一つの個体がそれぞれに何ごとかを考えているわけですよ。考える内容さえ相似形かもしれないですけれど。
だから、宇宙的には塵芥と大して変わらない存在感であっても、自分的には、自分が一番重いわけですよ。
自分が可愛いし。
そうやって行く当てもなく流れていくのですが、それもまたよし、なんて、飲んでしまえばそうも思うのですが、ああ、この先何十年同じことを繰り返すのでしょうか。

2015/10/12(月) |URL|宝香 [edit]

>「そういえば町外れの川原に旅芸人の一座が来ていて、何々という身持ちの悪い女が居るそうだから行って見てきな」
わははw、バーソさん、ウケるw。
説明口調のセリフってありますね~。
「そういえば」と「町外れ」、「身持ちの悪い」ってのがナイス。
「なにぃ? 新宿区矢追町二丁目、おたふくハイツでころしだとぉ? 被害者は、城南大学助教授、板井宗雄で、第一発見者は、行きつけのスナック純子のアルバイト三田直美。死後十八から二十四時間経過だとぉ?」

2015/10/13(火) |URL|青梗菜 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん ありがとうございます^^)
宇宙的には塵芥と大して変わらない存在感であっても
自分的には、自分が一番重いわけですよ。 自分が可愛いし
 昔、天動説があり、地球が中心だったと思われていました。しかし地動説が現れ、ものの見方が一変しました。がしかし、普通の人間の生き方はコペルニクス的展開をしたわけではありません。

 人間は自意識で成る生き物。自意識に関しては天動説でいいように思っています。いつも自分が中心で周りが動いている。それで全くいいような気がしています。むろん自己中心的でいいということではなく、他の人たちに迷惑を掛けない限り、自分の意思で人生を好きなように生きていいという意味ですが。
 なので、自分も他の人も誰でも、自分を中心に動いていいのでしょう。そんな自分と他の人がいる世間という川を一緒に流れていくのが人生なんでしょう。

 原子でも太陽系でも物質は、中心にあるモノが一番重くなっているはず。フラクタクルの原理で、精神的にも、そして人生的にも、自分が世界で一番重いでしょうし、それでいいのでしょう。これを万有自重の法則と言います。(笑)
 いったい何が重いのか、人の思いや想いが重いのでしょう。常にあれこれ思いながら感じながら生きている人間って、考えたらすごい存在ですね。
 宝香さんは軽量小顔スリムバディですが、おでこから上の部分の質量が重そう。時々肩凝りしませんか。(^_-)

この先何十年同じことを繰り返すのでしょうか
ブログを始めた4,5年前と比べても、いろいろ変化がありました。
 でこぼこ道や曲がりくねった道、地図さえない道。愛する人をそばに連れる夢を探しながら、でも、いつかはまた晴れる日が来るからと思いつつ、おだやかに、この身を流れにまかせていくのがいいのでしょうかね。(^^)

2015/10/13(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん ありがとうございます^^)
 わわわッ、ひとさま宛のコメントも読んでいただいているとは、有難いというべきか、それとも、ええと、以下省略。(笑)

 小津安二郎監督の映画は、セリフが阿吽の呼吸というか、一見さして意味のないような感じの地味な会話で話が淡々と進んでいくような印象があります。これがなかなかいいのだそうですが、ほとんど小津監督の映画は観たことがないのでよく分かりません。

 NHKの朝の『連続テレビ小説』は、なぜ「連続ドラマ」と名付けなかったかというと、小説の地の文にあたる説明ナレーションが入るからだそうですが、映画で俳優が状況を説明するセリフは、長いとちょっと気になりますね。

 新宿区矢追町。はて、そんな地名があったかなと思って検索したら、『太陽にほえろ』の七曲署でしたか。『踊る大捜査線』は湾岸署ですが、こちらは実際にありますね。クルマで近くを通ったことがあります。

 最近ニュースで気になるのは「誰それが何々の疑いで現行犯逮捕されました」というナレーション。「現行犯」なら「疑い」じゃないじゃないかと思ってしまいます。「容疑」と言えば全然問題はないのに、なぜなんでしょう。

2015/10/13(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、読み返してみてすごいよ。
「そういえば」と「町外れ」と「身持ちの悪い」に天才を見つけたよっ。

>自分が幸せな気持ちになれば、周りも自然に幸せな気持ちになれる。
天才を代入してみると、
僕が天才になれば、バーソさんも天才になる。
というよりも、
バーソさんを天才にすれば、僕は天才になれるんだ。
幸せに戻して、
バーソさんを幸せにすれば、僕は幸せになれるんだ。
ありがと~、
僕は、幸せな気持ちになれないタイプですけど、
少しだけなら、なれそうな気がしてきましたよっ!

2015/10/13(火) |URL|青梗菜 [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん ありがとうございます^^)
天才にそんな褒め方をされると、ついその気になるなあ。(笑)

そういえば、世間の町外れに居る、ちょっと身持ちの、もしくは面持ちの、あるいは心持ちの悪い男がすなわち自分であるような気がしてきましたよ。

こうして青梗菜さんに褒められると1週間は幸せな気持ちになり、自分がそうなることによって青梗菜さんも少しは幸せな気持ちになり、青梗菜さんがそうなることによって私もまた幸せ感が何日か延長することになり、それを見る青梗菜さんはさらにまた・・・おお、なかなかよろしいフラクタクルだこと。

そうそう、幸せ感は回り持ち、とまあ、しがねえ十手持ちは思うわけでござんすよ。今度は銭のほうを惜しみなく投げてくださいまし。

2015/10/13(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

華厳経

ウキペディアの華厳宗の所を見ると以下のような
ことが書かれてありました

華厳経[編集]

『華厳経入法界品[2]』に於いて、インドの長者の子に生まれたが、ある日、仏教に目覚めて文殊菩薩の勧めにより、様々な指導者(善知識)53人を訪ね歩いて段階的に仏教の修行を積み、最後に普賢菩薩の所で悟りを開くという、菩薩行の理想者として描かれている。 善智識の中には比丘や比丘尼のほか外道(仏教徒以外の者)、遊女と思われる女性、童男、童女も含まれている。

派生作品[編集]

昔からこの様子が多くの絵や詩歌に描かれており、日本では、明恵上人高弁による善財童子の讃嘆が有名であり、また東大寺には『華厳五十五所絵巻』[3]、『華厳海会善知識曼荼羅図』などが現存している。金沢文庫に『善財童子華厳縁起[4]』がある。

東海道五十三次[編集]

一説には、江戸時代に整備された東海道五十三次の五十三の宿場は、善財童子を導く五十三人の善知識の数にもとづくものとされる。
慶應義塾大学非常勤講師 正木晃さんのお話にこのことが出てくるのですが「小さなコップの中に宇宙全体が入っていてどんどん小さくなって素粒子の中にまた宇宙があるという」難しすぎる話になっていくのですが 今回のバーソさんの話に通じるものがあるなーと 思いました

2015/10/15(木) |URL|milestone [edit]

Re: 華厳経

milestoneさん ありがとうございます^^)
Wikipediaの「華厳宗」には、引用されている文章が無かったので検索しました。
これは「善財童子」からの引用文のようですね。

今回もまた思ったのですが、仏教というのは、実際に居たか居なかったか明確に分からないままに神格化された大昔の覚者(如来・菩薩・観音・明王等)が、ああ言った、こう言った、こんなことをしてみせた、というような話を根拠にして教義が出来ているのですかね。

だから、さして論理的根拠や物証がないままに、ただ古い経典に書かれているから、その経典は偉い人が書いたからという理由で、仏教の教えが信じられ、普及しているように感じるのですが、どうでしょう(むろんキリスト教も似たようなものでしょうが)。やたら難しい漢語が出てきて、それで目くらましをされているようにも感じます。

正木晃さんも検索したらチベット密教の図像学者ですね。
「コップの中に世界がある」。これは瞑想をする宗教によくある比ゆ的な言い方ですね。でも「素粒子の中にまた宇宙がある」というのは科学的な話なら根拠がなく、よく分かりません。これはフラクタクルのようでもありますが、メタファーであるなら、禅問答の思考世界に入るような気がしますが。

2015/10/15(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

仏教

基本的に仏教は「悟り」の宗教 キリスト教は「救い」の宗教と考えています(呉智英さんの受け売り)悟りの段階は 如来 菩薩 天 明王となっているようですこの辺りは「えてこでもわかる般若心経」を書いた 笑い飯の 哲夫さんから教えてもらいましたhttps://www.youtube.com/watch?v=MeFq8atlR1w
ざっくり 行くと 論証などはあまり重要ではない気がします
助平な苫米地英人に言わせると「仏教は体感」だといっています ジョンレノンは体感して「イマジン」を産み スティーブジョブスも体感してiPhoneを誕生させたのかも

2015/10/16(金) |URL|milestone [edit]

Re: 仏教

milestoneさんへ。
「悟り」と「救い」。似てる部分もありますね。少し強引に分けると、

キリスト教のカトリックは、修行(戒律と秘跡)により自ら救われる。
小乗仏教は、修行と戒律(悟りを開く)により自ら救われる。

プロテスタントは、信仰(イエスの贖い)により誰でも救われる。
大乗仏教は、信仰(阿弥陀仏の慈悲)により悪人でも救われる。

確かに宗教は基本的に「信じる」もの。論証は必要ないでしょう。

2015/10/16(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/12/11(日) || [edit]

Re: 与えてはならぬ

鍵コメtさん コメントありがとうございます^^)
 必要でも無暗にに与えられるのはよくないという意味でしょうかね。
 雑草は自然に生きていて、けっこう丈夫。人間も、愛情を必要以上に与えられ、甘やかされると、結果は良くなく、ひ弱になったりして問題が増える。
 そうなんでしょう。そういう話をよく聞きます。

 私は自分のことを考えてみると、日本人の平均よりもだいぶ厳しい家庭環境に育ち、厳しい状態の中を歩んできましたね。なのに頑強でもなく、意思強靭でもないので困ったものですが、でもその代わり、我慢強さだけは人一倍ありますね。あまり自慢にはなりませんが。(笑)

2016/12/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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