「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 人民の、人民による、人民のための日本国憲法。 

(人もすなる政治話といふものを我もしてみむとてするなり)

「集団的自衛権」の問題で、マスコミ、ネットが沸騰している。
首相の横暴だという声もあれば、いや、当然で正しいという賛同もある。

政治の在り方を考えると、リンカーンのゲディスバーグでの演説を思い出す。
「人民の、人民による、人民のための政治」という有名なフレーズだ。

ここで「人民による、人民のための政治」だけで十分言い尽くされているのに、
なぜ「人民の」と述べられているのか、疑問に思ったことがないだろうか。

エイブラハム・リンカーンのゲティスバーグ演説。→クリック(別ページ)
rinkcoln.jpg
「government of the people~」は2分6秒から(声は違います)。

この「人民の」の「の」解釈については異論異説があり、なかなか面白い。

●――――――――――――――――――――――――――――――――――
that government of the people by the people for the people
「government of the people」の解釈は二つある。

ガバメントとは政治とか統治という意味だが、「of」の語釈で見解が分かれる。
《A.政治は人民もの》という解釈と、《B.政治は人民統治する側のもの》
という解釈の二つがある。

A.「of=の」説(政治は人民統治によるものであるという解釈)。

政治学者の本間長世による訳。(カッコ注釈はバーソ)
「人民の(of)、人民による、人民のための政治が、この地上から滅びることが
ないようにすることである」
(ここでは人民が治める政治、人民が所有する政治、人民に由来する政治と
解釈している。政治は人民のものであり、人民が権限を持つ民主主義の精神が
明解に示されているというわけだ)

B.「of=を」説(政治は人民統治するものであるという解釈)。

『プロジェクト杉田玄白』の岡田晃久による訳。(カッコ注釈はバーソ)
「人々を(of)、人々自身の手によって、人々自身の利害のために統治することを、
この地上から消え去さらせはしない、と決意することなのです」
(政治は人民を統治するものだと解釈している。「of」を「の」と訳す場合でも、
語順を入れ替えれば『人民による人民のための人民の統治』となる。「人民の統治」
とは曖昧に見えるが、《人民を統治する》ということだ)

※訳者註:アメリカ建国以前の政府というのは、人民(という統治される対象)
を、官僚や貴族たち(という統治する主体なり実体)が、王さまや教会(という
統治の旗印なりなんなり)の利害のために支配する、という形態だったわけだ。
それとの対比で考えてもらうと理解しやすいかと。
http://www.genpaku.org/lincoln/lincoln01.htm

What’s Not Right1

二つの解釈の論理をもう少し詳しく見てみたい。

●――――――――――――――――――――――――――――――――――
「of」の解釈については、A・Bそれぞれに言い分があるようだ。

A.「of=の」解釈派の理屈(定説)。

①マーク・ピーターセン『ニホン語、話せますか?』より。

government (which is) of the people (and is) by the people (and is) for
the people (ちなみに中国では「民有、民治、民享的政府」と訳されているようだが)
の「of the people」は、いわば「人民の合意の上で出来た」とか「人民の間から生まれた」
などのような意味を表している。
 リンカーンはこの言葉によって「govenment=政治」を説明している訳で、
governmentに統治されるのはthe birdsでもthe flowersでもなく、the peopleだよと
わざわざ述べる必要も意図も、言うまでもなく、ない。
 「of the people」を「人民を」と訳すのは・・・英語圏で141年以上も続いてきた
常識的受け止め方が引っ繰り返される、リンカーンも驚くにちがいない、
突拍子もない文法的解釈だ。
http://sanshisuimei.cocolog-nifty.com/_the_tower_of_antibabel/2005/02/post_25.html

②amazonのカスタマーレビューより。投稿者:細川龍一 2007/08/18
常識的に考えて「人民を支配する」では、演説の場にいる聴衆(人民)が感銘する
はずがなかろう。当然、従来どおり「人民の」と解するのが正しい。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4327451657/

③デジタル大辞泉、Weblio英和対訳辞書、goo辞書より。
「人民の 人民による 人民のための政治」

What’s Not Right5

B.「of=を」解釈派の理屈(異説)。

①『丸谷才一の日本語相談』より。
朝日新聞社
government of the people, by the people, for the peopleは、「人民を、人民に
よって、人民のために統治すること」の意である。
 つまり、government of the peopleの of は「所属」(例:a member of the team)や、
「所有」(例:a friend of mine)、「材料」(a ring of gold)等々を示すような of ではなく、
「目的格関係」(例:the exchange of opinions=意見を交換すること)を示す of である。
http://honyaku-tsushin.net/bn/200410.pdf

②言語学者 E.ナイダの見解より。
リンカーンの言いたいことは、人民は弱いものだ、怠惰なものだ、放っておけば
どうしようもなくなる。そこで誰かが人民を治めなければならない。だがそれは神でも、
権力者でもなく、まさにその人民の代表によって治められなければならない。
http://www.wayaku.jp/column/column40.html

③中野好夫『酸っぱい葡萄』より。
「人民による、人民のための、人民の政府」という言葉は、民主政治の客体と主体と
目的とを、実にこの上の言い方がないほど簡潔に述べたものだと思う。
 『英語青年』誌に一読者からの投書があり、向こうのある著者からの明快きわまる
引用が載っていたから孫引きさせてもらう。
 問題の箇所だけをそのままに書くと、「人民の――とは、人民は治められなければ
ならない。文明社会の秩序と安全と幸福とのために、人民の統治(人民を統治すること)が
なければならない」というのである。この問題はこれでもう疑問の余地はなかろうと思う。
http://honyaku-tsushin.net/bn/200410.pdf

What’s Not Right4

いずれにせよ、ガバメントというのは人民が主体であり、人民のために人民を統治する
こと(代議制民主政体)に変わりはないのではないか。
 リンカーンは、ガバメントは人民が権限を持っているのだと言いたいがために、
「of the people」という言葉を一番最初に述べたとも思える。

●――――――――――――――――――――――――――――――――――
ゲティスバーグ演説は日本国憲法に盛り込まれた。

1946年、GHQの最高司令官として日本占領の指揮を執ったD.マッカーサーは、
ゲティスバーグ演説の有名な一節を織り込んで、憲法草案前文をつくった。

 Government is a sacred trust of the people, the authority for which
 is derived from the people, the powers of which are exercised by the
 representatives of the people, and the benefits of which are enjoyed
 by the people.


これが和訳され、日本国憲法の前文の一部となった。(カッコ注釈はバーソ)
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、
その権威は国民に由来し、(=人民の政治=人民自身からその権限が由来する)
その権力は国民の代表者がこれを行使し、(=人民による政治)
その福利は国民がこれを享受する。(=人民のための政治)


この条文では日本国民自身によるガバメントが強調されている。日本国憲法
には「of=の」の解釈が採り入れられたようだ。

What’s Not Right6

●――――――――――――――――――――――――――――――――――
憲法は、常に国民の必要に応じられるものであってほしい。

憲法は基本的に変えるべきではない。だが実情に即してないなら変えたらいい。
しかし憲法の解釈は簡単に変えないほうがいい。

なぜなら「of」の解釈にも異説があるように、理屈や大義名分はどのようにでも
後付けしやすいからだ。
変えたい場合にはきちんと正式な手順を踏み、堂々と憲法を改正すべきだ。

日本が総議員により、正しいと信じる方向に正しい方法で統治されていくのであれば、
結果はともあれ、それが民主主義国家の政治というものだろう。
 
だが実際には強い者の意向によって統治されているように見えるなら、残念なことだ。
強い者とは、日本の政治のトップではなく、アメリカのガバメントのように思えるなら
情けないことだ。

What’s Not Right18
ミーアキャットたちと並んで、見ーあキャッツ。なんか顔が暗い。(笑)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
●画像:「Izismile/Can You Spot What’s Not Right? (41 pics)」http://izismile.com/2014/03/27/can_you_spot_whats_not_right_41_pics.html 
●参考になるサイト: http://blog.goo.ne.jp/blogkeisukeblog/e/35234422c6d2
159517ae77c31727112d ・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%
83%86%E3%82%A3%E3%82%
B9%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0%E6%BC%94%E8%AA%AC 
・http://www.genpaku.org/lincoln/lincoln01.html ・http://zatsugaku-cafe.com/
hzk/library/0104.html ・http://www7.plala.or.jp/machikun/rincoln.htm
●氏名は敬称略。

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こんばんは

私もこの件については何度か書いたことがあります。
ofには目的格の用法があるそうです。英文学者であり作家の丸谷才一もエッセーの中でさりげなく「を」と書いてました。
藤岡信勝さんも産経新聞紙上にofについての論考を書いていました。

渡部昇一さんはthe peopleは「人民」ではなくて、「皆の衆」よ、と呼び掛けたものらしいです。人民と言えば、中国や北朝鮮のイメージですね。村田(英雄)先生の「皆の衆、皆の衆♪」ではなかろうか、と私は思ってます(笑)。

意訳なのか意図なのか、おかしなふうに広く使われているものがあります。
「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」なんてのも、ビスマルクは「歴史に学ぶ」とは言っていません。




2015/08/08(土) |URL|花渡川 淳 [edit]

人民の

バーソ様
おはよう御座います。

amazonのカスタマーレビューの言葉がより近いのではないでしょうか。
「常識的に考えて「人民を支配する」では、演説の場にいる聴衆(人民)が感銘するはずがなかろう。当然、従来どおり「人民の」と解するのが正しい。」

リンカーンがいくら偉大な指導者であったとしても聴衆のことは気にしますよね。受けねらいだってあると思います。

いずれにしましてもこの言葉、北朝鮮のお偉方達は聞いたことがないのでしょうか。

愛新覚羅

2015/08/08(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: こんばんは

花渡川 淳さん ありがとうございます^^)
うさぎ屋さんのブログで検索をかけました。「人民による」とか「人民のための」だと朝鮮半島の記事ばかりなので、「リンカーン」と打ち込んだら出てきました。丸谷才一さんの本がお好きなようですね。私も好きなほうです。

ネットにはこんな見解が出ていました。

●by以下は言い換えだ、と教えてくれたのは予備校のS先生。
●「人民の政治、それ即ち人民による人民のための政治」ofは目的格関係だよ、と説いたのは大学のO先生。
●「人民を、人民が、人民のために統治する」リズムを合わせただけ、と断言したのは翻訳家のC 先生。「普及している訳でいいのだ」翻訳は範を超えねば自由なのである。
うーむ、これもなかなか説得力があるような。^^;

民主主義に「治者と被治者の自同性」という定義があって、国を治める者と治められる者が同一であるということのようです。
「皆の衆」もいいですが、すぐ空気をなぐるクセがつきませんか。(笑)

2015/08/08(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 人民の

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)
 Wikipediaによると、あの演説は国立戦没者墓地の奉献式で、基調演説の後にリンカーンにも「適切な短いスピーチ」をとして依頼されたもののようです。
 マイクなどない時代、リンカーンの演説が始まってもカメラマンはそれに気づかなかった。なので、このときの写真は存在しない。
 演説そのものは約2分間。リンカーンが祈るような小さな声で述べ、誰も注目しなかったが、たまたま書き留めていた記者が記事にして後に有名になった。

 今から思うとあの演説は至極当たり前のことを言っているようですが、当時の社会状況を考えると画期的な考え方だったのでしょう。自由の国アメリカでも、わずか150年ちょっと前はこんな時代だったと思うと、感慨深いものがあります。

 私は、オバマさんが大統領になったときは、ソ連邦崩壊や東西ドイツ再統一よりもジーンときましたね。

2015/08/08(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

自分たちが守るべきルールは、
自分たちで作るべきだと思います。

というのは、人は自分の幸福を願うので、
自分たちでルールを作れば、
自分たちが幸せになるためのルールを作り、
不幸になるためのルールは作らないからです。

日本国憲法は、
日本人の、日本人による、日本人のための日本国憲法、
とは言えないのが残念なところだと思います。

日本国憲法の理念は、アメリカ人の意図によって作られたので、
今の憲法を守るのは、民族自決の原則に反しますし、
そこには、悪意が混入する余地が大きすぎます。

アメリカ人も日本国憲法を守らなければならない場合に、
日本国憲法には含まれない部分、というのがそれだと思います。

2015/08/08(土) |URL|korva [edit]

Re: タイトルなし

korvaさん ありがとうございます^^)
>自分たちでルールを作れば、
>自分たちが幸せになるためのルールを作り、
>不幸になるためのルールは作らないからです。
そうでしょうね。ひとが作ったルールであれば自分に責任はないですが、自分で作るとなれば責任があるので妙なものは作れません。「Occupied Japan」は終わったはずですから、一度根本から見直すという考えもあるでしょう。

ただ良いものは良い、良くないものは良くないということをしっかりと認識して、日本人を幸福にし、日本と世界を平和にするルールにしてほしいものです。

ですが、今の日本にそれができるかといえば、まずできないのではないでしょうか。なぜなら特に保守系の政治家はアメリカだけしか見ていませんし、日本のために命を賭けて政治をするというような人物は皆無のように思えるからです。

>日本人の、日本人による、日本人のための日本国憲法、
>とは言えないのが残念なところだと思います。
そうですね。旧約聖書イザヤ2章4節に「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」とあります。これは人類の目標とすべき究極の「平和憲法」でしょう。
 これは、その気さえあれば絶対不可能ではないし、段階的にでもいいので実現していってほしいものです。

しかし現実論としては、軍隊を持たずに、あるいは軍隊を使わずに平和を実現することなど不可能です。最近は近隣の国々が不法な力を現してきていて、日本政府の弱腰のせいで図に乗っています。弾丸を撃てない軍隊は拳銃の弾を撃てない警官のようなもので、意味がありません。現状では、必要な場合には軍隊を使うのはやむを得ないのかもしれません。
 と言いつつも、自分の子供を徴兵に取られるのはイヤだとか、戦争はもう二度とごめんだと思う人もいるでしょう。この問題は難しいですね。

2015/08/08(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

人民よりアメリカに顔が向いた政治が行われた結果、こういう混乱を招いているのが、今日本の最大の問題なんでしょうね。
アメリカにヘソを曲げられたら、日本の平和も危うくなる、そんな弱みを握られているとなると、その意向に従わざるを得ない、そんな政治家の苦渋もわかる気もします。
でも長い目で見たら、そんな卑屈な態度をとっていたら、日本のためにはなりません。
政治家の役目は、新しい平和構築のイノベーションを提案してみせることではないでしょうか。

2015/08/08(土) |URL|マウントエレファント [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)
でも長い目で見たら、そんな卑屈な態度をとっていたら
日本のためにはなりません
 日本人は、原爆を2発落とされても焼夷弾で都市を焼け野原にされてもアメリカが好きな人が多いと思います。そういう私もアメリカが好きなほうです。

 アメリカ軍が最も多く駐留している国(2012年現在)はドイツで5万3526人、次いで日本が3万6708人、韓国が2万8500人だそうです。ちなみにオーストラリア185人、タイ125人、インドネシア27人。欧州ではフランス63人です。
 日本の米軍駐留経費負担は、他の米同盟国26カ国分より多く、米兵1人あたり独・韓国の5倍も支払われていて、世界の中では突出しているようです。

 そんなに日本は弱くて護られないとやっていけない国なのかと思ってしまいます。気前がいいというよりは情けない国だと思います。
 骨のある政治家は出ないのかと思いますが、出ようとすると陰で足を引っぱられるようで、じつはアメリカがいちばん怖いガバメントのような気がします。

2015/08/08(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「人民の、人民による、人民のための・・・」
いろんな説があるものですね。
リンカーンも地下で驚いていることでしょう。(笑)
私は深く考えもせず、本間長世氏の感覚でつかっていました。
リンカーン、もっとはっきりした物言いをしなさい!(笑)
憲法について言えば、
バーソさんの憲法についてのご意見に全面的に賛成です。
憲法は人民のためにあるのであって、人民が憲法のためにある
のではないのです。
世界の国々が普通に行っているように、憲法が実情にそぐわなければ
変えればいいと思っています。

2015/08/09(日) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

エリアンダーさん ありがとうございます^^)
 ウイスキーや道徳倫理の話では「古いものほどいい」と言われます。聖書の場合は、原始キリスト教の初期クリスチャンが一番の模範だとされますが、じつは争いや派閥争いや不品行があったりで、全然立派ではないのです。

 時代は変化し、人間は学習し、社会は変化し、進化しています。今ではデジタルなんかは半年で旧式化したりします。昔の規準がずーっと永く良いものであるというのは難しいことです。

 世界の憲法は、今ある条文は残しておき、新たな修正事項を追加する方式が多いようです。これならおおごとにならず、実情に即した運営ができそうです。

 日本はもういい加減に自信を持って、自らの国を自らの手で統治していってもいいはずです。世界の中でそれだけの力を確実に持っているはず。持ってないのは自信、勇気、自立心、自尊心です。

 聖書のエゼキエル書18章20節には「親の罪を子は負わない、子の罪を親は負わない」と書かれています。日本人の親とその親の世代の罪はすでに国家間で賠償金が支払われ決着しています。なお千年間も謝り続ける義務はないのです。

 エゼキエル書といえば25章17節の「心正しき者の歩む道は、心悪しき者のよこしまな利己と暴虐によって行く手を阻まれる」の聖句が何度も出てくる、 ジョン・トラヴォルタとビンセント・ベガ サミュエル・L・ジャクソン主演の『パルプフィクション』を思い出します。面白い映画でした。

2015/08/09(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

日本は世界に対して、なんとなくお金ばかり出して
それだけで終わってしまっている
そんな損している感が強いきがします。

しかもアメリカの誘導のよう。

個人的にはアメリカの方、いい人、いっぱい知っていますが
国家となると別物ですね。

2015/08/09(日) |URL|森須もりん [edit]

Re: こんにちは

森須もりんさん ありがとうございます^^)
 アメリカの駐留軍やイラク戦争などに対する協力金は極めて高額です。自衛隊の軍備もアメリカの軍用品一辺倒の購入なので、高いのを買わされています。
 アメリカには誰も反対することはできないし、下手をすると抹殺されます。日本は護られている一面もあるでしょうが、いいように利用されています。
 私も外国の中ではアメリカが一番好きですが(住みたいとは思いません)が、
政治的にはじつは怖い国だと思っています。頭のいい人がいるのでしょう。
 
 日本の憲法を変える前に、参議院の撤廃、議員数と給料(歳費・手当)の激減など、議員制度も根本的に見直したほうがいいと思っています。
 国連分担金も日本は世界第2位。英仏中の約2倍です。常任理事国でもなく、国の借金は1000兆円超なのに、カネをばら撒き過ぎでしょう。
 昔の戦勝国が拒否権を持つ国連の仕組みもおかしく、これも解体したほうがいいと思っていますが、思っているだけで何にもできないのも情けなし。(恥)

2015/08/09(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

人民の(ものではあるけれど

 特権階級による、金持ちの為の政治
 とりあえず信任したのは国民だよと責任を転嫁しておき、一部特権階級が、それを支える金持ちの為に行うのが政治である。古今東西多少の違いこそあれそんなもん。
 アメリカでは成功した人が社会に多大な寄付をすると言う文化が根付いているそうな。で、その人がビジネスはビジネスと割り切った様な言い方をして稼いでいる姿は当に外道。金の力で政治を動かし、自分の都合の良いように法を捻じ曲げる。それで人民から収奪しておいて、その極一部を社会に「還元」する訳だ。人民よ、目覚めよ。ピザが野菜だなんて政府に言わせちゃう力が一体何処から来ているのか!(笑
 人民・・・しかしこの言葉ほど捻じ曲げられた言葉も珍しいと思う。中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、ちっとも人民の為の国じゃないのに、名前だけはちゃっかり人民。人民の言葉が出てくるとそれだけでファッショっぽいイメージになってしまうのは、私の頭が毒されているからでしょうかね。
 ファッショのファッショによるファッショの為の政治。あ、「それも良いわね」ってショーウィンド覗くの止めてね。

2015/08/11(火) |URL|miss.key [edit]

Re: 人民の(ものではあるけれど

miss.keyさん ありがとうございます^^)
特権階級による、金持ちの為の政治
 そうですね。特権階級は、金持ちのための政治を行なうことで、ますます自分が特権を享受できるようになると共に、さらに自分も金持ちになることを考えているように思えます。しかし特権階級の人は富裕な家の出の人が多いですね。

 では特権とカネには関心のない高潔清廉な人が政治家になるような選挙システムにするのはどうでしょう。政治にカネが掛かるのは就職活動(選挙)に金がかかるので、まずは名前を連呼するだけのくだらない選挙運動はやめる、汚職や不正ができないように政治活動のすべてを透明にする、もし悪いことをしたら超厳罰に処する制度を作るなど、いろいろ方法はありそうです。

 北欧の議員はそれぞれ自分の職業を持っており、政治はボランティア精神で行なうのだそうです。政治家としての給料は安い(年収400万ぐらい)ので、それではやっていけないと文句を言う政治家がいたらどうするのか、と日本のテレビ局が街の人たちに聞いたら、そんな人は選ばないと言ってました。
 日本だと地元で権力を握っていた著名代議士の跡を継ぐ若い未熟そうな二世がトップ当選したりするのですから、かの地は国民の意識がだいぶ違うようです。

 封建時代は大名や王族が力で人民を支配していましたが、現代は一部の特権階級と富裕階層が国民を経済的に牛耳っています。
 ある国に「人民」と名が付くのは、人民のものでも人民によるものではないという潜在意識(引け目)があるので、そんな名前にしているのでしょうかね。

2015/08/11(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

日本国憲法は米国に押しつけられたとどこで誰が言ったのか分からないがそういう風に思われていますが、決してそうではなく、日本人が原案を考えたのです。GHQ草案のモデルとなったのは鈴木安蔵らの憲法研究会が起草した憲法草案がモデルとなっています。鈴木安蔵は吉野作造の憲法講義を学んでいて吉野作造の人類愛が憲法草案に反映されているとされています。
また当時珍しい平和主義者だった幣原喜重郎総理はマッカーサーとの会談で、天皇制維持と戦争放棄の考えを提案しました。日本の草案は拒否されたとよく言われているものは保守的な松本案です。
QHQ案は日本側が審議して修正して最後まで日本人が拘ったものです。お仕着せではありません。
また明治に五日市憲法(平等、自由な権利など含んだ)なるものがありました。東京都下の五日市で!これを知ったときは驚きでした。誇り高いです。

現憲法をしっかり運用していたら今国民はこんなに将来に不安を持たない社会がとっくに出来ていたでしょうね。選挙制度なんて少数の票で大量議席が与えられる権力者に有利な選挙制度です。それに選挙期間中候補者の名前をチラシにも載せられない、TVも言ってはならないって変でしょ?多分20年以上前に自民が危ない時に作った制度ですよ。

2015/08/14(金) |URL|carmenc [edit]

Re: タイトルなし

carmencさん ありがとうございます^^)
Wikipediaを見てみました。
●鈴木安蔵の項では「憲法草案要綱はコートニー・ホイットニー准将らGHQによる憲法案の作成に大きな影響をあたえ、結果として、このGHQ草案を元に作られた現行日本国憲法は「要綱」と少なからぬ点で共通する部分を有するものとなっている」とありました。
●憲法草案要綱の項では「小西豊治は、憲法草案要綱が現在の日本国憲法の原型となったGHQ草案のモデルであるとし、押し付け憲法論の無効性を主張している」とありました。

こういうことは初耳でした。なぜマスコミ、知識人らが世間にもっと周知するようにしないのでしょう。私は、誰が作ったものであれ、いいものはいい、悪いものは悪いと思っているのですが、これを知ったので少し自信が持てました。

今の選挙と政治のシステムは確かにおかしいですね。いつの時代も何事も強い者に有利なようになっているのですね。

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

6、7年程前になると思いますが、朝日新聞の夕刊の1面下の企画記事『人・脈・記』で憲法に影響した人物たちを追った「神と国家の間」が特集されました(早野透氏取材記事)。旧制二高の学制らも参加したバイブルクラスから吉野作造の大正デモクラシー「民本主義」が生まれて鈴木安蔵に至ったことや、大竹しのぶの祖父も最後の方の回で登場しました。井上ひさしの劇「兄おとうと」は作造と兄弟の話です。それの前口上が「日本国憲法はアメリカの押しつけとは卑怯な俗説。大正デモクラシーと言う新風が和やかに粘り強く吹き続けた時間もあったのだから」です。某新聞は某宗教新聞の印刷を請け負い始めてから変わり始めて行きます。これは全ての新聞社に波及して出版物の印刷を請け負うようになります。それだけではなく役所の中にある「記者クラブ」が情報隠蔽情報操作の場所ですね。記者クラブをなくそうとした田中康夫は叩かれ知事職を失います。怖いですね。また機密費で安倍と飲み食いしている大物記者、元記者たちが世論誘導でTVのコメンテーターになってます。クワバラクワバラ。

2015/08/15(土) |URL|carmenc [edit]

Re: タイトルなし

carmencさん ありがとうございます^^)
 おお、洋楽のミュージシャンだったのに、なぜそんなに政治に詳しいのでしょうか。よくそんなに出来事の詳細を覚えていますね。
 聖書では、この世はサタンの支配下にあり、特に政治は黙示録では「獣」と描写され、サタンの最大の道具だと長年教えられてきたせいで、恥ずかしながら政治も社会のことにもまったく疎いのですが、そんなことがあったのですか。

 なぜ知識人というのは思考が偏向するのはまだしも、偏向していると承知している誤った情報を広めようとするのでしょう。カネや名誉を得るためなのでしょうか。信念のゆえなのでしょうか。井上ひさし劇『兄おとうと』は図書館にあったので予約しました。好きな作家なので読んでみます。

 それにしても、何でも裏側というのは汚いものですね。まっとうな人はどんどん潰されているようです。昔からいつの時代も強い者が支配している構図は変わりがないようで、ほんと、クワバラクワバラです。

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

水戸黄門といえば、東野英治郎さんがいちばんしっくりくる世代です。
50くらいで若隠居したいです。
安穏と暮らしたい。

2015/08/16(日) |URL|マウントエレファント [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)
 東野英治郎さん。明治40年生まれで、平成6年に86歳没。年取ったときの顔しか知りませんが、そんなに昔のひとだったのですね。

 映画で黄門役だったのだろうと思っていましたが、昭和44年からのテレビドラマ『水戸黄門』の初代黄門役だそうで、私には悪役のイメージが強いのですが、Wikipediaには「善悪様々な役を演じた」とありました。
 黄門役が定着していた頃、普段着の東野さんに土下座する老人もいたそうで、ドラマや映画を見ていると、役柄と俳優とを同一視してしまうようですね。

50くらいで若隠居したいです
画才文才に発想才もあるので、十分にできるのじゃないですか。そう思います。
今までのブログ記事だって、そのまま本になるのじゃないですか。

安穏と暮らしたい
あら、安姫ってどの殿様のお嫁さんだったかなと思ってしまいました。(笑)

2015/08/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

人民のためと言うけど・・。

何処が人民のためなんだと言いたくなってくる。結局自分のためだけと思ってしまう。
安倍首相も前回の失敗を取り戻したいから集団的自衛権を掲げているんだと思います。
何か新しい法案を提案するのは何か自分を上げるための思惑に過ぎないと思う。そしてその先にあるのは金だと思います。

日本だけでなく政治と金というのは何処でも一緒のような気がします。
5月に騒然となったFIFAでも結局政治と金でしたからね。米国が役員を次々と逮捕したのも米国の政治的思惑だと思ったりもします。

そのサッカーですが、カンボジア戦は前回のシンガポールのドローを引きずってるような感じでしたが、アフガン戦はアウェーながらも大勝したし、最近低迷していたので、これをきっかけにいい方向へ向くと思ってます。

2015/09/09(水) |URL|想馬涼生 [edit]

Re: 人民のためと言うけど・・。

想馬涼生さん ありがとうございます^^)
 「人民のために」と言われるのは、実際に政治家のすることは、国民のためにするというよりも、自分の名声を上げ、政治生命を続かせるためではないかと思えるようなことが多々あるからでしょうかね。

 世の中の上のほうは名誉とカネで動いているのでしょうか。FIFAにしてもオリンピックにしても、組織が大きいので陰で相当カネが動いているのでしょう。組織とカネは密着していて、切り離せないものなのでしょうね。

 アフガン戦は前回より選手の動きが速いように見えました。寄ってくるプレッシャーもなくて、やりやすい相手だったとはいえ、6本も決まったので、まあ、気分はよかったですね。これからずっとこの調子で行ってほしいものです。

2015/09/09(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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