「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 エベン・アレグザンダー著『プルーフ・オブ・へブン』。 

「臨死体験」は、あの世が存在する確かな証拠と言えるだろうか。
(心停止の状態から蘇生した人の4〜18%が臨死体験を報告する---Wikipedia)

脳の専門家たちは言う。「患者が蘇生したということは死んでなかった証拠である。
だから臨死体験といっても、まだ生きてる脳が生み出した幻覚だ」。

ところが、かつては「死後の世界」を強硬に否定していたアメリカの著名な
脳神経外科医が圧倒的な臨死体験をしたため、世界中に大きな反響を呼び起こした。

DSCF70.jpgプルーフ・オブ・へブン』㈱早川書房
エベン・アレグザンダー医師(著)
●2012年10月8日号の米誌『ニューズ
ウィーク』は、「死後の世界は存在する」
という見出しを表紙に掲げ、脳神経外科医
エベン・アレグザンダーの臨死体験を紹介した。
●本書は同誌ノンフィクション部門ベストセラー
のトップに踊り出て、45週ベストセラーを続け、
全米で200万部を売り上げた。

※プルーフ(proof)とは人を納得させるような
証拠。ヘブン(heaven)とは天国。

 
エベン・アレグザンダー医師の著書から、その貴重な経験を見てみたい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
臨死体験は脳の幻覚ではないことを脳外科の権威が経験した。

エベン・アレグザンダー博士は第一線の米国の脳神経外科医。医師として通算25年以上の
キャリアを持つ。名門ハーバード・メディカル・スクールで15年以上教鞭をとる。
全米メディカル・スクール・ランキングの研究部門第1位。

エベン医師は54歳のとき、致死率90%の細菌性髄膜炎で七日間昏睡に陥った。
たとえ覚醒しても発症前と同じ状態に回復した症例が1例もない奇病だった。

昏睡状態の間、言語や認識などをつかさどる大脳皮質が機能しておらず、
幻覚を見ることすらできない状態だった。そのことはあらゆるデータが証明していた。

しかしその間、エベンの意識は感情的にも論理的にも働いており、自分が
「死後の世界」に移動したことと、そこで宇宙と生命の真理を得たことを記憶した。

aopg.jpg《脳を水平に撮影したCTスキャン》
●左のエベン医師の脳には、本来は脳全体
にあるはずの黒いシワがない点に注目。
●これは大脳皮質がダメージを受けて大きく
腫れあがっているためで、大脳皮質が
機能してない重要な証拠。
※左右の脳の大きさの違いは無関係。


昏睡6日目は死亡率97%。そして七日目に奇跡が起きた。眼が開き、呼吸管を必要と
しなくなり、こちらの世界に戻ってきたのだ。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
エベン医師の行った世界は、荘厳な「死後の世界」だった。
そこは光が満ち溢れる広大な虚空で、限りないやすらぎと目のくらむような生命の
躍動があった。エベンにとっては実生活よりリアルな体験だった。
神の存在が身近に感じられ、自分との間にまったく距離がないように思えた。

優しい青い眼をした見知らぬ女性に出会い、無条件の愛と受容が知らされた。
「あなたは永遠に深く愛されています」
「恐れるようなことは何もありません」
「あなたのすることにはひとつも間違いはありません」


臨死体験中、脳が介在しないゆえ新しい知識を瞬時に得た。
エベン医師は、以前は思ったこともない、こんな気づきを得た。
●人間が空間、時間、質量、エネルギーとみなしているものは、本質においては
高次元の時空で振動する一連のエネルギーであり、最も深いレベルではすべてが
ひとつに絡み合っている。

●物質世界とその時空は、巧みに組み立てられた幻想であって、そのおおもとに
あるものは、神聖なひとつの意識である。

●意識こそは、存在のすべてに関わる唯一の実体である。

●意識は脳の活動に伴う現象ではない。物質世界とそこで見えているものの上位にあり、
外から物質世界を支えるそれよりはるかに豊かなものである。

●神は、宇宙のあらゆる粒子に内在している。

●神は、無限の愛、慈悲、赦し、受容であり、すべての有神論者、無神論者、懐疑論者、
地上のすべての生命、全宇宙に満ちる意識を愛している存在である。

●人間は神聖な存在の一部であり、それは絶対に変わることがない。

●宇宙はひとつではなく、無限の宇宙があり、みな中心に愛を持っている。
霊的世界は物理的に遠い所にあるのではなく、周波数が異なる所に存在している。

●地球には善と悪が混在しており、だから人類は自由意志の恩恵を受けられる。

imouto7.jpg

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
臨死体験中に出会った女性は、顔も知らなかった実の妹だった。
臨死体験をした人の多くは、亡くなった親族や友人と出会う経験をしている。
だが、エベンは亡くなった父にも親族にも出会えず、会えたのは、ただ見知らぬ
ひとりの女性だけだった。だから覚醒後はそれが心に引っ掛かっていた。

じつはエベンは養子で、病に倒れる前年、53年ぶりに実の両親に再会したのだが、
ベッツィという名の妹がいたことと、すでに他界していたことを知った。

エベンが退院してから4か月後、家族から一通の手紙が届いた。中には妹の写真が
入っていた。なぜか懐かしい顔だった。そして、はっと気づいた。妹は間違いなく、
臨死体験中に出会った、あの優しい青い眼をした見知らぬ女性だった。

imoutoh1
エベンが回復直後に描いた妹ベッツィの似顔絵と、本人写真(享年36)。


この信じがたいほどの説得力に支えられた経験により、エベンは自分が宇宙から
愛されてきたことと、宇宙に存在する人々全員が愛されていることを理解した。
そして臨死体験で見たのは実際に《死者がいる世界》だったことを確信した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●臨死体験研究で有名なキューブラー・ロス博士は、同僚の医師たちから袋叩きにされ、
勤め先の病院を辞めざるを得なくなった。それを承知しているエベン医師が自分の
臨死経験を本にしたということは、その確信の非常な強さを物語る。

●ダライ・ラマ14世はエベン医師と一緒に講演した際、医師をこう紹介した。
「科学によって解明されている範疇を超える事柄については、科学がそうでないと
証明したことと、科学がいまだに証明していないこととを、はっきり区別して
考えなくてはいけない」

●医学博士本人の経験だけあり、じつに実証的です。詳しくは本書をどうぞ。
臨死体験の話は知れば知るほど、夢や幻覚や作り話とは全然思えませんね。

※写真はフジテレビ『アンビリーバボー』「死後の世界は100%存在した!」より
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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難しい話ですね

バーソ様
おはよう御座います。

この手の話はよく見聞きしますが医師が脳死体験をした話は
初めてです。
妹さんは亡くなった年齢で天国にいたのですね。
高齢で亡くなる方が多いので天国は超高齢社会になっている
のではないかと思います。
いつまでも若くいられるのであれば不老不死を求める人は
若いうちに死んだ方がその可能性があるような気がします。
私も脳死体験をしてみたいと思っています。
会いたい人がいますので。

愛新覚羅

2015/07/04(土) |URL|aishinkakura [edit]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

2015/07/04(土) || [edit]

おはようございます。

バーソさん、私事をかかせて下さい。

先日、長年、自宅にあった夫の遺骨と愛犬の遺骨を
海に散骨しました。
将来の墓守もいない我が家では、お墓はないほうがいいと
考えていました。
ほっとしました。
ほかの世界があるかどうか、わかりませんが
なんとなく「母なる海」に眠ってね・・・みたいな気持ち。

そうしたら安静の気持ちがわきました。
その広がりの向こうに夫も愛犬も存在するように思えました。

関係ない話ですいません。

2015/07/04(土) |URL|森須もりん [edit]

Re: 難しい話ですね

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)
高齢で亡くなる方が多いので天国は超高齢社会になっている
のではないかと思います
あの世では、身体が歳とともに衰えるという概念は無いはずですよ。
地上にいたときの身体は消失して魂としての存在になっているからです。
医師の妹さんが亡くなったときの顔だったのは、そのほうが医師にとって
分かりやすかったからではないでしょうか。

私も脳死体験をしてみたいと思っています
会いたい人がいますので
うーん、ちょっとジーンときました。そんな人がいるのは羨ましいです。
おそらく一番光り輝いていたときの姿で現れるのじゃないでしょうか。
結婚するちょっと前の頃か、フォトグラファーの仕事にノッていたときか、あるいは他のときか、いつがそうだったかは私にはちょっとわかりませんが。
その時はすごくうれしそうにして、微笑みながら迎えてくれると思いますよ。

2015/07/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

森須もりんさん ありがとうございます^^)
将来の墓守もいない我が家では、お墓はないほうがいいと
考えていました
私も墓は持っていません。タダでも持つ気はまったくありません。
というのは墓の中に死人がいて地中で苦しんでいるとは思っていませんし、
墓に何かの供養をすれば死者が喜ぶなどとは全然思っていないからです。
「千の風になって」の歌詞の通りだと思います。


  私のお墓の前で 泣かないでください
  そこに私はいません 眠ってなんかいません

無神論的そして科学的に考えれば、この歌詞のように「墓で眠ってはいない」と思うのではないでしょうか。

  千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています

私は有神論のほうですが、大体この歌詞の通りだと思っています。亡くなった人は皆、天国で魂としてやすらかな経験を味わっていると思いますよ。

肉体はいつ死ぬか分かりませんから、私は、自分の遺体は大学病院に献体することに取り決めてあります。葬式も一切無用、と遺書に書いてあります。

2015/07/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

どういう死に方をするかで、逝く世界が変わるとしたら、怖いです。
天国ならいいですが、この世よりもっと地獄だとしたら…。

2015/07/04(土) |URL|マウントエレファント [edit]

こんばんは

アレグザンダー医師のこの著書は話題になってました。
現役医師だけに説得力がありますね。
前にもバーソさんにお話しましたが、臨死体験でつぎのエピソードが
興味があります。
ある女性が死に瀕し、幽体離脱で上に浮上して、蘇生の様子を
見下ろす。女性はさらに上方に浮上し、病院の屋根の上に赤い靴を
見た。女性が回復後にそのことを研修医に話すと、その研修医が屋根の
上の赤い靴を見つけた。
http://home.hiroshima-u.ac.jp/tadasi/ronbun-17.pdf
臨死体験と生まれ変わりの謎はほんとに興味深いです。

2015/07/04(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)
臨死体験の共通点のひとつは、あの世は天国のような場所で、天使や守護神のような存在が迎えてくれるという点です。

でも臨死体験に懐疑的な人はこう言います。
すなわち、天使が死者を優しく迎えて天国に来たと思わせるが、じつはその天使とは悪魔が変装した者であり、天国らしく見える場所の《その向こう》には怖ろしい地獄があるとも考えられるではないか。何しろ臨死体験をした人間は《その向こう》にまでは行ってないので、天国の話は信用できない。

あらゆる宗教は、人の生前の行ないよって天国あるいは地獄行きが決まると教えていますが、大抵はその教えには続きがあって、天国に行くためにはうちの宗教だけを信じなさい、他では救われません、たくさん善行をしなさい、善行とはこういうことです、そして免罪符を買いなさい、寄付をしなさいと話が続きます。

私は、《神は無条件の愛である》という考え方が好きなので、死後の天国を信じることにしています。そうでないと世界は不合理だと思っています。

2015/07/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん ありがとうございます^^)
参考資料、ありがとうございました。なかなか興味深い資料ですね。
文中では立花隆氏は「自供内容が誰でも想像がつく一般的な事柄であるか、犯人ではなくても知り得る事実であれば、決め手にはならない。だが犯人しか知り得ない事実が確証されれば決め手になる」と興味深い指摘をしていました。

エベン医師の場合も、七日目に奇跡的に蘇生したとき病室には5人いたのですが、その前日には3人だったことを述べ、実際にその通りだったようです。

臨死体験中、自分の遺体や病室や他の場所での出来事を見て覚えていて、蘇生したあと調べたら合致していたという豊富な事例を見ると、臨死体験は科学的には脳内幻覚だと決め付ける人の非科学的センスがちょっと理解できません。

2015/07/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます。

臨死体験
オペで死にそうになったことはありますが、臨死体験はないですね。未知の世界です。

亡くなった方のごあいさつは、感じたことがあります。
同級生が、19歳で亡くなった時、誘われましたね。
YESと言ったらこの世にいなかったかも知れません。

祖母が亡くなった時も呼んでくれましたよ。
普通は、行かないであろう状況で、強く行かなければと感じました。
駆けつけた時、まだ温かな体でした。
会いたかったのでしょうね。

まあ、不思議体験は、子どもの頃から多いので、魂の存在そのものは、肯定派でしょうね。その他を語るとカテゴリーが違う域に達するのでこれくらいに。

科学的に証明とか言われますと・・・
Drのように執筆できるわけではありませんので。

天国は存在し、死は、怖くないと思えば幸せではありませんか。今を誠実に生きることでしょうか。
否定も、肯定もありでしょうね。

できれば、亡くなった方とお話してみたいですね。
あなたは、幸せでしたか?と・・・

可愛い愛猫にも聞いてみたいです。
「うちのこで、幸せだったかい」と・・・

PSバーソさん献体を望んでいらっしゃるのでしょうか?
 では、ナイスボディをキープしてくださいね(*^_^*)


2015/07/05(日) |URL|Miyu [edit]

Re: おはようございます。

Miyuさん ありがとうございます^^)
同級生や親族に関係してそんな不思議な体験があったとは羨ましいですね。

今を誠実に生きることでしょうか。否定も、肯定もありでしょうね
確かに死後の世界のために生きるというのはおかしいことで、今の人生をどう生きるかが一番重要なことなのでしょう。人生をとても快適に楽しく、あるいは必死に懸命に生きている人には関心事の他のことかもしれません。

「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」というタイトルのゴーガンの大作を数年前に美術展で観ましたが、それは私の子供の頃からの最大の関心事です。それが分からなかったら、人間として生まれてきた理由や目的が不明なままで死ぬことになるのではないかと思います。

あなたは、幸せでしたか?と・・・
他の人や動物に愛情を感じている人だけがする質問ですね。
あの世のことは明確には知りませんが、人はみな自分の人生を定めた通りに生きてきたので失敗はない。生きてるときはそれが分からなくても死んだらそれが分かる。あの世にいる人の現在は幸せそのものなんだろうと思っています。

「うちのこで、幸せだったかい」と・・・
これは言うまでもなくすごく幸せだったことは、事情をまったく知らない私でも完璧に保証できますよ。それはブログのタイトルと文章と、今いる二人の顔を見るだけで簡単にわかります。

私の拙ボディの件。脳はだいぶ衰えていますが、眼はいいほうなので視力で困ってる人に使ってもらい、それ以外は大学の解剖研究に使ってもらい、それを自分ができる最後のご奉公にしたいと思っています。

2015/07/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ファイナルファンタジー7

 FF7のゲーム世界では、動物も植物も、大地も海も星も、そして人間もまた死ねば精神エネルギーに還り、ライフストリームに乗って世界を駆け巡る。そしてまた新たな場所に集まり生まれ変わる・・・らしい。そういう考え方も嫌いではない。
 こう言うのもある。
   プラスマイナス幸せの在庫は幾つ
   誰が泣いて暮らせば僕は笑うだろう♪
 ・・・うーむ。幸福の在庫が一定だとすれば誰かが幸せになると誰かがその分薄幸になる・・・説得力有るなぁ。
 あ、こんなんもある。
 「女房と娘の顔が頭ン中一杯に広がって・・・」
 「それは女房でも娘でもねえ・・・死神って奴さ」
 天国からのお迎えは実は悪魔だったというのも腑に落ちる。大体、わたしゃ神様なんてものは詐欺の事始だと思ってますけぇ。神様万歳。神様を信じれば万事解決。神様の使いの言葉に従いなさい。でもって私が神様の使い。私に貢ぎなさい。・・・ま、どこも突き詰めればこうだもんねぇ。
 人は自分で体験するまでは信じないと言いますが、逆に「体験」してしまうと妄信する傾向にある。エベンさんが死後の世界を強烈に「思い込」んでしまったのも分からんでもない。が、以前にも何かで書いたと思うが、確率論から言えば枕に死人が立つのは珍しい事では無いらしい。つまり、偶然に偶然が重なればエベンさんの一人や二人や三人余人、70億の人間の中には居ても当たり前ー。
 さて、ミイラ取りがミイラになったと見てしまうのは私が未だ「体験」しとらんからなんだろうか。それは私にとって私が死ぬまで謎である。

2015/07/05(日) |URL|miss.key [edit]

エべン医師の体験 アンビリバボーでやってたのを偶然3回もみたのでした。一度は家 2度は親戚の家。再放送のだったのですけどね^^ 本も買って読んで友達に貸したのですが、まだ戻ってきてません。なので記事にしていただいてありがたいです。DVDもいつか見たいと思ってました。
本やTVから、エべンさんの人柄も伝わってくるような気がして・・。

>「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」それは私の子供の頃からの最大の関心事です。

わたしもそうですね。
そういうことを考え出したのは高校のあたりでしたが・・。
本を読んだり色んなことを体験したりしてきて
わかることも増えたけど それに伴って逆にわからないことも増えてきて 高校のときに比べて進歩してるのか自分自身微妙ですが(^^ゞ

霊的体験はそんなにないですが 初めてそういう体験をしたのは高校の頃でしたね。祖父が亡くなった時でした。
でも 高校のときに自分が思ってた以上に、世界は深くて素晴らしい未知に満ちてる所なんだろうなーということだけはわかったかもしれません。
辛い体験もいろいろありましたがそれ上に素敵な出来事も沢山ありました。やっぱりこの世は学び舎なのかもしれないなって思ったり(優等生じゃないことだけはたしかです(^_^;)
なんか、まとまらない文章でしたね(^^ゞ

2015/07/05(日) |URL|koto [edit]

Re: ファイナルファンタジー7

miss.keyさん ありがとうございます^^)
人間もまた死ねば精神エネルギーに還り…そういう考え方も嫌いではない
 激しい討論がなされている会議室のドアを開けた瞬間、圧倒されるような緊張感を感じることがありますが、それは人間の「精神」にエネルギーがあることを示してはいないでしょうか。質量とエネルギーは等価であるという法則と、人間も質量(肉体)であり「精神」はその質量に内蔵するものであれば、「精神」もまたエネルギーの一種であるという考え方はどうでしょうかね。

幸福の在庫が一定だとすれば誰かが幸せになると誰かがその分薄幸になる
 他人の悲しみは自分の幸福の話はさておき、一部の特権階級が富裕になれば世界の多くの人が不幸せになりますが、ただこの場合の「幸福」とはカネの意。ブータンの人たちを見ると、幸福とは精神の状態で主観的なもののようです。

「それは女房でも娘でもねえ・・・死神って奴さ」
バトーは皮肉なジョークが得意なんでしょうか。キリスト教信者なら同じことを「天への召し」と言いますし、無神論者なら「土に還る」と言います。

確率論から言えば枕に死人が立つのは珍しい事では無いらしい
そうです。研究者によれば古今東西にそういう事例が多くあるそうで、確率論からいえば単なる偶然とは言えないレベルのようですよ。むろん100%の確証はでき得ないので、死ぬまで謎なんでしょう。でも謎は解きたいものです。

2015/07/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

kotoさん ありがとうございます^^)
 返してほしい本は返ってこない、とマーフィの法則にあるのでしょうかね。
 kotoさんもゴーガンと同じ探究心が10代の頃からあり、親族に関連してそういう霊的な体験もあるのでしたね。女性は霊的な感度が高くていいですね。

辛い体験もいろいろありましたがそれ上に素敵な出来事も沢山ありました
 「それ以上に素敵な」というのが良かったですね。
 辛い経験ばかりだとそれを学びの経験だとはなかなか思いにくいでしょうが、素敵な出来事もあると、人生とは学び舎だと思いやすいのでしょう。
 エベンさんの本の中で、地球は自由意志がある星なので善と悪があるのだと書いてありましたが、人間が自分の意思でいろいろなことを選択できるというのも、自由意志がない場合を考えてみると、本当に恵まれていることなのでしょう。

 ゲームで選択肢が全然なくて固定ルートひとつしかなく、何の障害もなく、何にもしないでも、誰でも容易にゴールにいけるのであれば、そんなゲームは面白くありません。そしてまた人生は学校であるとしても強制的に学部や進路を勝手に決められてしまうのも面白くないでしょう。人間は「自由意志」の恵みと素晴らしさにもっとよく気づいたほうがいいのかもしれませんね。

2015/07/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

>kotoさんもゴーガンと同じ探究心が10代の頃からあり、親族に関連してそういう霊的な体験もあるのでしたね。女性は霊的な感度が高くていいですね。

ゴーガンと同じ探究心かどうかはわかりませんが。。
そんな高尚な考えでもないのでお恥ずかしいです(^^ゞ
祖父のことは普通によくある霊的体験でしたが
自分は初めてだったので怖かったです(^_^;)
できれば経験したくないですが そういうことってあるんだなーと思った出来事でした。
(以前ちょっとお話したかもしれないふしぎなことというのは
そういう霊体験ではありません。)

2015/07/05(日) |URL|koto [edit]

Re: タイトルなし

kotoさん ありがとうございます^^)
祖父のことは普通によくある霊的体験でしたが
自分は初めてだったので怖かったです(^_^;)
 たぶん普通は怖いでしょうね。幽霊が自分に現れるとは思っていなくても、夜に墓場に一人で行けと言われたら、考えるだけで、あー、こわ。(笑)
 怖いのは、生者がちゃんと供養しなければ死者は浮かばれないなんて話を小さいときから聞かされているせいでしょうが、なんで生前は好人物だった人が、死んだら嫌味な霊に変わるのでしょう。ヘンですね。
 著名なスピリチュアルブログでも、ろうそくをくゆらせ、お線香を立てて、死者を慰めて浄めなさいという教えをするところがありますが、いろいろ考え方が微妙に違っていたりして面白いものだと思います。

ふしぎなことというのはそういう霊体験ではありません
 瞑想もした経験があったようですが、そっちのほうでしたかね。

2015/07/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

☆バーソ☆ さん、こんにちは^^

大変 面白く、励まされる記事でした。
素晴らしい記事を、ありがとうございます。

脳が活動を停止している間にも、その様な経験が起こりえるのですね。
信じたくない人は、どのような証拠があっても信じない自由がありますが、
あの世があるということを意識しながら生きる方が、
何かと有意義な人生を送れるような気がしますし、
死んだあとにあの世がなくても、そのときは意識がない以上、
がっかりすることもないですよね。

ある同級生が、自転車で坂を猛スピードで下る遊びをしていて、
カーブを曲がりきれずに、数メートル下の田んぼに転落して、
死んでしまったということがありました。
それほど仲がよかったわけではありませんが、
その同級生が、死ぬ少し前に、「あしたのジョー」の全巻を、
どういうわけか、私にくれたことがありました。
そして、死後しばらくして、私の部屋の窓の外から、
その同級生が覗いていて、
ああ、あの世に行く前に会いに来てくれたんだなと思いました。

そういうことを思いだしました。

2015/07/06(月) |URL|korva [edit]

Re: タイトルなし

korvaさん ありがとうございます^^)
あの世があるということを意識しながら生きる方が
何かと有意義な人生を送れるような気がしますし
 私もそう思います。あの世がないと思えば、弱肉強食のこの世で競争に勝たなければ負け組とか言われてしまいます。でもあの世があると思えば、そんなにギラギラせず、安寧に生きられるような気がします。

 アンドレ・ジッドが、死の間際にある無神論の友人に、神がいなければ死んだあと何にも無いが、信じれば良いことがある、だったら信じたほうがいいのじゃないかと言ったら、その友人が納得したという話がありますが、神を信じない人たちは、宗教の金集めや無意味な儀式や制限がイヤなのかもしれないですね。

その同級生が、死ぬ少し前に、「あしたのジョー」の全巻を
どういうわけか、私にくれたことがありました
その同級生(の魂)が自分の死を(潜在的に)予期していたのでしょうかね。

あの世に行く前に会いに来てくれたんだなと思いました
それほど仲が良くなかったわけでなかったのに、そうなったということは同調する波長があったのでしょうか。音叉が共鳴する現象と似てますが、霊の世界や音の世界に共鳴現象があるのも面白いものですね。

2015/07/06(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

私の場合、見えたわけではないのですけどね。
祖父のときは、金縛りでした。
母から話は聞いたことがあったのですが
自分が金縛りにあったのはこのときが初めてでした。

よく脳内のなにかが。。っていう説もいわれてますよね。
そっちも経験あるのですが、その金縛りとは全然違うものでした。

あと、夢で知らせられたり 小さな、ちょっと不思議な話は
自分以外でもいろいろまわりからも聞きます。(普通の一般市民です)
沢山ありすぎて多分書ききれません。

なので、頭で理解するというより 肌でなんとなく
見えない世界の方が色んなことが詰まってるんだろうなーと感じてるというか。

>ふしぎなことというのはそういう霊体験ではありません。
 瞑想もした経験があったようですが、そっちのほうでしたかね。

そうですね。以前お話ししかけた不思議なことは
どちらかというとそっち系のほうかな。

瞑想はしたことはなかったです。
仕事やなにやらで忙しくいろいろ頑張っていた頃
電話で友人と話した直後に突然起きた出来事だったのですが
(文章で書き表すことや伝えることに自信がないのでごく数人にしか話してないし、ネットで話したこともありません)

あれはなんだったのか知りたくて 似たような体験した人はいないかなと本読んだり TMを教えてもらったりしました(TMは全く続きませんでしたが)
本やyoutubeみて、もしかして アレかな!?コレかな( '-'* )?って思ったりしてますが まだよくわからないままです(^^ゞ 
でもうまく言えないのでネット上では多分話すことはないと思います。

2015/07/06(月) |URL|koto [edit]

Re: タイトルなし

kotoさん ありがとうございます^^)
 この記事のコメントの中では3人の人がその種の経験をしたそうです。また、心停止の状態から蘇生した人の4~18%が臨死体験を報告するそうですので、こういった経験をする人は思ったより多いようですね。

見えない世界の方が色んなことが詰まってるんだろうなーと感じてる
 そうですか。この宇宙では、見える世界より見えない世界のほうがはるかに大きいのは、電磁波の中での可視光線の帯域の狭さを見るだけでも分かります。
http://www.geocities.jp/net_t3/color/what01_2.html
 以前、TMの話が出ていたので、瞑想にも詳しいのかと思っていました。

 最近、目に付くのは、精神世界を探求したり瞑想や修行などを何もしてないのに、ある日、突然悟りを開く人がけっこういますね。ニールさんもそれに近いのですが、スピリチュアルの有名ブログを見ていても、普通の勤め人だった人が突然目覚めた人が何人もいて、そういう人は、あの世の情報を広めるべき人生が前もって決まっていたのでしょうかね。ただ、人により、言うことが微妙に異なる場合もあるので、あの世のレベルもいろいろありそうです。

2015/07/06(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

> 以前、TMの話が出ていたので、瞑想にも詳しいのかと思っていました。

全然詳しくありません。
3日坊主というものかも(^^ゞ
教えてもらったあと すこし続けていたのですが
途中 なんでこういうことにあんなにお金がかかるんだろー
っていう疑問が湧いてきて 純粋な気持ちになれなかったです(^_^;) 私の場合ですけど。
そういう疑問が湧いてくるとやる気まで失せてきてしまって。。。
ただマハリシの『超越瞑想』の本はとても面白かったです。

>最近、目に付くのは、精神世界を探求したり瞑想や修行などを何もしてないのに、ある日、突然悟りを開く人がけっこういますね。

そうですよねー。ネットでそういう方よくみかけますよね。
スピ系のブログも沢山ありますよね。

私の場合は悟りなんていうものじゃ全くないです。
正直、こういうこと書くのもなんとなく似合わないというか
恥ずかしいんですが。。
ちらっと一瞬垣間見ただけだし その後人間が変わったわけでもなく凡人のままですし(^_^;)
でも 私たちはみんなあそこからきて 究極はあそこに帰るんだろうなってことを感じました。
梅の種のなかにある仁のような印象で
白い光の海みたいな感じでした。
なにもないけどすべてある。。みたいな。
で、私たち全ては繋がってる。。っていう思いがバーっときました。
言葉にすると、言い尽くされた言い方になりますが
ほんとにそういう感じでした。

でもほんと 人によっていろいろいうことが微妙に違うので
楽しいような気もします^^
世界は人の数だけあるのかもしれませんね。

でもって 自分の中にも色んな世界がありますしね(^_^;)

2015/07/07(火) |URL|koto [edit]

Re: タイトルなし

kotoさん ありがとうございます^^)
私たちはみんなあそこからきて 究極はあそこに帰るんだろうなってことを
感じました・・・白い光の海みたいで・・なにもないけどすべてある・・・
私たち全ては繋がってるっていう思いがバーっときました
この経験は、はっきりと《悟り》の境地の共通点じゃないですか。すごい。
それが分かればもう精神世界を勉強する必要はないぐらいのものです。
「私たちすべては繋がっている」というのは普通じゃ味わえない意識です。
人間の本質は魂であり、すべての魂は本当はひとつなんですね。

最近、私は、出遭う人に関して、自分に必要な何かを知らせてくれるために現れているのかもしれない、いやな感じを受ける人は本当は愛ある教師役の魂なのかもしれないと思うようになりました。そう思うのは精神的にいいみたいです。

ニールさんの本には、スピリチュアルで金儲けをしても別に悪くないと書かれていました。同意しますが、でも有名エステの費用のように講習料などが不当に高額だと思えるような場合には、私は信用しないことにしています。高価なブランド物と同じで、私は波長が合いません。(笑)

マハリシの『超越瞑想』の本、読みました。私は、瞑想(単に座るだけ)は1年半ぐらい毎日続けて、視野の片隅に青い光がチラチラ見えたこともあった(あまり関係ないみたい)のですが、それ以上は進まず、結局は雑念という怪物の凄さを認識させられただけ。つくづく人間は頭が雑念だらけの動物だなあと思います。

「梅の種のなかにある仁のような印象で」って面白い表現ですね。

2015/07/07(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

私は全然悟ってないです(≧∇≦)
一瞬そのようなものを垣間見て圧倒されましたが
時間にして1秒にも満たない感じです。
(でもまた永遠の時間に感じたのも確かです)

でも、それだけのことで、
皆さんみたいに人生観変わったとか
エックハルトトールさんみたいに目が覚めたら世界が輝いて見えたとか そういうのはないですし

多分 このブログの
http://blog.livedoor.jp/yurubosa/archives/1032042065.html

普通のひとの段階。。よりもっと前の段階だと思います(^^ゞ
ほんと自分俗人ですので、恥ずかしいです(*´ω`*)

>「梅の種のなかにある仁のような印象で」って面白い表現ですね。

なんとなくそんな印象でした。
この現実よりも一層リアルな感じもしました。

広大さんのブログのこの記事に載せられてた図
これに近いような自分の印象だったかもです。

http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-409.html

で 見えたのは目でみえたのではなかったんです。
うまくいえないですが。。。
自分の中からみえた・・というか
みんなつながってる意識の海みたいな感じでした。

2015/07/07(火) |URL|koto [edit]

>ニールさんの本には、スピリチュアルで金儲けをしても別に悪くないと書かれていました。同意しますが、でも有名エステの費用のように講習料などが不当に高額だと思えるような場合には、私は信用しないことにしています。高価なブランド物と同じで、私は波長が合いません。(笑)

そうですね。
教えることが自然の流れだったり人の役にたったりするならば。。人によって使命がいろいろなのかもしれませんね。

私の体験は、欲やいろんな思いをバッと手放した瞬間があって
その瞬間にみえたので 変な欲が少しでもあるとどんどん隔たっていきそうです。
世俗欲まみれになってるせいか、あの一瞬以来 一度も見えてません。忘れないですけど。

2015/07/07(火) |URL|koto [edit]

Re: タイトルなし

kotoさん ありがとうございます^^)
やはり、ぜんぶ《悟り》の典型的な特長的表現じゃないですか。
 「一瞬そのようなものを垣間見て圧倒されました
 「1秒にも満たない感じだが、永遠の時間に感じたのも確か」。
 「みんなつながってる意識の海みたいな感じでした」。
 「この現実よりも一層リアルな感じもしました」

 みんなすごい表現ですね。本当は時間というものはない。現実よりリアル。そして意識の海を感じたのですか。まさにそうなんでしょうね。意識とはエネルギーであり、神の成分だと知ったときは、私は目からウロコでした。

 こんなこと、もっと何十年か前に知りたかったと思います。そうすればあんなに遠回りの道を歩まないですみました。今は本やネットで簡単に知ることができるので、いい時代になりました。人類の霊的進化は速まっているのでしょうかね。

広大さんのブログのこの記事に載せられてた図
 空の中にいわゆるスピリチュアルがあり、その中に現実世界があるという図。
「スピリチュアル」の定義や解釈は幅広いようですね。私はこの言葉は何となく怪しげな心霊現象を連想するので「精神世界」という言い方を好んでいます。
 テレビでは心霊のことを面白半分に採り上げてお笑い嘲笑番組にしているので、残念なことです。本当は精神世界の話はかなり質が高いのですがね。

2015/07/07(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

kotoさん ありがとうございます^^)
変な欲が少しでもあるとどんどん隔たっていきそうです
 私の亡くなった実父は真言宗の僧正にまでなって、修行により霊の世界が見えるようになった人間でしたが、やはり同じようなことを言ってましたよ。
 たとえば肉食をすると、霊が見えなくなるそうです。心と体を浄めてからでないと霊力は出ない、松の葉を噛むといいとか言ってました。
 でも、そういう場合が多いのでしょうが、そうではない場合もあるようで、これも人によって違うのでしょうかね。

2015/07/07(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。
明日はまた病院です。
数日は無理を避けたいと思っております。

2015/07/10(金) |URL|マウントエレファント [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)
ご丁寧にありがとうございます。
そうですね。数日以上もっと無理をしないほうがいいと思います。
私の経験でも、医者の説明よりも、かなり長めに回復日時が掛かりました。
お大事になさってください。

2015/07/10(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます^^

私も、この本を読みました。

どんな理論よりも、実際の体験は、強いですね。


2016/03/25(金) |URL|坊主おじさん [edit]

Re: おはようございます^^

坊主おじさん コメントありがとうございます^^)
坊主おじさんさんと言うと、言葉がダブるみたいでちょっと変なので、坊主おじさんと呼ばせていただきますね。

> どんな理論よりも、実際の体験は、強いですね。
 そうですね。一般人がこういう経験をすると、妄想だろうとか夢を見たのだろうと言われますが、この著者は医者なので説得力があります。臨死体験にはかなりの物理的証拠があるようですが、しかし信じない人は、臨死とは死ぬ一歩前の状態で、まだ死んでないのだから死後の世界に行ったわけではないと言いますね。

 木内鶴彦さんも自分の臨死体験を友人に話したら変人扱いされたそうで、昔ならこんな話題をひとにしゃべるのはタブーだったでしょうが、今はいい時代で、いろいろ正確な情報が入ってくるようになりました。以前、UFOを見たという女性に会ったことがありますが、その人は、こういう話をするとおかしいと思われるので他では話したことがないと言ってました。

 私は死んだら霊界から何らかの分かりやすいしるしを送るから、と妻に言ってあります。他人なら怖がるでしょうが。(笑)

2016/03/25(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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