「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 人生の岐路では、どの道を選んだらいいのか。 

「道」は木の枝である。先には必ず岐路があり、その先にもまた岐路がある。
岐路は人生の分かれ目である。
どの道を選択するかで、人の一生は大きく変わってくる。

知らない道は、地元の人、詳しい人、カーナビに教えてもらえば間違いない。
人生の道は、賢人が勧める道、大多数の人が歩む道を選べばいいのだろうか。

太陽系05
※1:画像

古今東西の二人の知恵者が語った、正反対のように見える言葉を考えました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
A:「道は、狭いほうを選べ」―――イエス・キリスト。

狭い門から入れ、
滅びに至る道は大きく広く、そこから入る人が多いから。
いのちに至る門は狭く、道は細く、それを見いだす人は少ない。
 
 マタイによる福音書7章13-14節(前田訳)

イエスは、マイナーな道を歩めと勧めている。
大勢(カネの信者)が通る「広い道」は「滅び」に至る、つまり真の幸福を
得ないが、少数(カミの信者)が通る「狭い道」は「いのち」に至る、
つまり結局は幸福を得る。だから「狭い道」、すなわち清く正しく貧しく生きる道を選べ。

アメリカに「アーミッシュ」と呼ばれる宗教集団がある。農耕や牧畜による自給自足生活を
し、電気を使わないことでも知られるが、そこでは原則として快楽が禁止されている。

キリスト教と共同体への忠実が厳格に要求されており、規則を破ったら懺悔や
奉仕活動の対象となり、改善されない場合には追放され、家族から絶縁される。
《規則例》:
怒ってはいけない。喧嘩をしてはいけない。読書をしてはいけない(聖書と
聖書研究書のみ許可)。賛美歌以外の音楽は聴いてはいけない。義務教育以上の
高等教育を受けてはいけない。化粧をしてはいけない。派手な服を着てはいけない。
離婚をしてはいけない。保険に加入してはいけない(予定説の教義に反するから)。
口ひげはいけない(男性の魅力の象徴とされる時代があったため。顎ひげと頬ひげは許可)。
※2

太陽系04

このような清貧志向の生き方を善しとする集団は、他にも修道会など世界中にある。
宗教とは関係なく、ボランティアで真摯に慈善活動をしている人たちも大勢いるだろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
B:「道は、自分の好きなほうを選べ」―――マイク・ドゥーリー。

人生の分かれ道には、
ほとんどの場合、選択肢として二つの道があります。

一方は あなたが行くべき道、
もう一方は あなたが行きたい道だとしたら。
二番目の道を選びなさい。
いつも好きな道を選びなさい。

私はそうしました。これ以上、素晴らしいことってありますか?
 マイク・ドゥーリー『宇宙からの手紙3』

ここで問いかけられていることは、世間の多くの人々が良しとしている定番の道、
あるいは知識人や有名人が説く おススメコースを歩むことが、あなたは本当に
楽しいですか、本当に満足ですか、それで本当に悔いが無いと思いますかということだ。
それより「自分の行きたい道」を選ぶほうが素晴らしくないか、と問われているのだ。

日本にも「科挙」志向があるが、韓国では社会全体の空気が「勉強一色」だそうだ。
「夜自(ヤジャ)」といって、有名校はもちろん、韓国のありとあらゆる高校で、
普通は学級委員が中心となり「夜間自立自習」が行なわれている。放課後も、
1年生は夜9時まで、2年生は10時まで、3年生は11時まで自習が毎日続けられている。※3


太陽系03

● ●

人間は自由意思を持つ動物である。どんな道を選ぶかは、一人ひとりに任されている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ここからはバーソのつまらない経歴の話になります。自由にスルーしてくださいな。
「広い道」を選び、「狭い道」を選び、「好きな道」を選んだ。

「無難な道」を歩もうと思っていたが、大学時代、ある仏教徒に影響を受けた。
「行きたい道」に進もうと考え、卒業後二つ学校に行き、志望する職に就いた。
自分の創ったCMが電波に乗った。「広くて面白い道」だった。

結婚後、聖書を学び、非常に啓発された。神への奉仕を第一にし、清貧志向で生きよう
と決断。会社を辞めた。母親が嘆いた。世の映画、テレビ、本は見ない。世の音楽は
聴かない。子供は産まない。遊ばない。休日は布教活動。「狭くて困難な道」に変わった。

「真理と信じる道」を必死に走り、長い年月が経った。ネットを始めたら、なんと
教団本部が偽善の組織だと知った。唖然とした。精神世界を探求。神の愛は無条件であり、
人間からの崇拝など求めていないと分かり、目から大きなウロコが落ちた。教団を離脱。

太陽系02

と、「迷い込んだマイナーな道」に長くいて、立派なことは何もできず、裕福や快楽とは
無縁な日々を送ってきて今、思うのです。結局は自分の「好きな道」を歩んできた、と。

そう言うと、それは盲信か妄信の生き方だ、宗教の教えに影響されて生きる奴は馬鹿だ、
と思う人がいるでしょう。そうかもしれません。否定しません。宗教は要注意です。

でも今は、自分には必要な経験だったかと思っています。だからブログでは「ひとに
迷惑を掛けない限り、自由に生きたほうがいい」と、いつも同じことを言っているのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~資料~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※1:画像→ You-Tube 「The helical model - our solar system is a vortex 」(惑星は
太陽の周りを回っているが、宇宙全体を見ると太陽系は銀河系の中を回り、銀河系は
宇宙の中を超高速で移動している)元サイト:「DjSadhu.com」 http://www.djsadhu.com/
※2:Wikipedia「アーミッシュ」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%83%
E3%82%B7%E3%83%A5
※3:木口政樹(著) 『おしょうしな韓国』 かんよう出版 (ブロ友の「天安」さんの本です)
おしょうしな 著者は山形県米沢市出身。1988年に渡韓。現在は白石大学校
(旧天安大学校)の教授。「韓国における現存日本語の摩滅に
関する研究」など論文多数。●「おしょうしな」とは米沢方言で
「ありがとうございます」の意。米沢日報の連載コラムをまとめて
100話としている。●隣の国同士が仲良くやっていく助けになれば
と願い、郷土愛と日本人のアイデンティテイをキープしつつ、
韓国の人々のコアにある「濃さ」や「融通性」といった興味深い
生活臭のようなものを、温かく、楽しく、ユーモアを交えながら
書き綴っている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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岐路

はい、どんな人にもある岐路を、私も経験してきました。

人並みに、いくつも、いくつも・・・

ここ十年くらいは、流れにまかせる無責任な決め方をしています。

どちらに行ったらいいか、わからなくて立ち止まってしまうのです。

そうしたら結局、風はどちらかに吹くのです。
水は、どちらかに流れるのです。 私の場合は。

吹いたほうに、流れたほうに、進むことにしています。

あとで考えたら、それが自分の意思だったかもしれません。

私は、自分が生きてきた道、環境は、すべて無駄ではなかったと
思っています。失敗も多いのですが。

ここ10年、人任せ的な岐路の決断をしてきました。

二つだけ、自分の意思で動いたことがあります。

全財産を、形のないものに使ったこと。
私の全部のココロで、友人をつくったこと。
それは大きなエネルギーを使いました。

広い道なのか、狭い道なのか、未だわかりません。
失敗してるのか、上手くいってるのかわかりません。

最終的には、「ま、いいか!」に落ち着く優柔不断な自分です。

バーソさん、自分を振り返らせてくれてありがとうございます。

※アーミッシュは、映画で観たことがあります。





2015/03/07(土) |URL|森須もりん [edit]

こんばんは

本旨とかけ離れるかもしれませんが、ここは「バーソさんは自由に」ですから、自由に書き込みさせていただきます(笑)。

私、思い出しました。中学の時の教師が、「道はどちらへ進もうかと迷うが、どちらへ行っても後悔するんだ」と言ってました。何が根拠になっているのか、どこからの引用なのかいまだにわかりませんが、教師の体験談だったのかもしれません。それで、私もあまり迷わずに、まず行動、そして後から考える、といったパターンが多かった。ほとんどの場合、誰にも相談いたしません。薩摩男児は「泣くよりもひっ跳べ」と言われます。怖いと泣く前に跳んでしまえ、という意味です。そういうガサツな生き方をしてきました。それでも不思議と、後悔はありません。

日本人は何でも「道」にしてしまいます。柔道、剣道、茶道、華道、香道、・・・最近では相撲道、野球道という言葉を聞きます。正道、邪道、外道なんて言葉も使います。
これらは狭き門、広き門といった二元論ではどうにも解決できそうもありません。昔から日本に存在したものは、多元論と言えば語弊がありましょうか、日本的な道を文字通り求道者となって究めなければならないように思います。だから、どっちの道でもいいのです。
あくまでも私の主観でありますので、TVをご覧のよい子の皆さんは真似をしてはいけません。なお、フィクションでありますので実在の人物とは何ら関係ありません(笑)。

2015/03/07(土) |URL|うさぎ屋 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

今回のテーマはある程度年齢のいった人でないと実感できないでしょうね。
仕事が忙しくて仕事以外考える余裕のない人には無理でしょう。
私も若い頃は無理だと思いましたが今なら考えることができます。
でも今考えても遅いですね。
結果として好きな道を歩んできたと思います。
しかし自分の問題であったり、社会の問題であったりで何回か転職して
います。私の年代ではやはり1社にずーと勤めるのが美徳とされていましたが
後悔はしていません。それだけ知識が広くなったと思っています。
道は広くても狭くてもいいと思いますが肝心なことは道を踏み外さない
ことでしょうね。

愛新覚羅

2015/03/07(土) |URL|aishinkakura [edit]

私の口癖は、
「・・・っま、いぃか」 だそうです。
最近、人に言われて気が付きました。
一度、気づくと、 ほんとだ やたら言ってる。

時と場合、臨機応変、出物腫れ物処嫌わず的な、、、

これって、アキラメだったり妥協だったり、
長ぃモノのは巻かれろだったり、
適当にとか、あるいはなすがままだったり
否定的な意味合いだけじゃなく、えぇ塩梅にだったり、
時の流れに身をまかせだったり、、、

なんっちゅか、岐路の立ったとき、
選択に迷ったりする事は意味が無いけど、決して無駄は無い~~
でも、結局なにをどれを選んでも 後は、
「人事を尽くして天命を待つ」 
    みたぃな境地覚悟でいなければならない気がするんです。

それが、一言で言うと、
「っま、いぃか」 になってしまってるんだと思います。

このなんて事なぃ口癖は、私にとっては、
処世術であり、おまじなぃであり、
選択した事についての〆の言葉であったりしています。



2015/03/07(土) |URL|レイまま☆ [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

森須もりん さん ありがとうございます^^)

>風はどちらかに吹く
うーん、結局は、人は必ずどちらかの方向を決めているということですかね。帆船は風に吹かれて、いわば風にまかせて航海しています。でもタッキングといって、風が吹いてくる方向に進むこともできます。どこに進むかは舵を握る人の意思だということでしょうか。

>私は、自分が生きてきた道、環境は、すべて無駄ではなかったと
>思っています。失敗も多いのですが。
人生に無駄は何ひとつ無いと私も思っています。一見、無駄や失敗に見えても、結果的に見れば、あるいは自分では分からなくても、必ずプラスになっていると思います。

>全財産を、形のないものに使ったこと。
>私の全部のココロで、友人をつくったこと。
「形のないもの」ってなんでしょうね。モノを買ったということではないですね。誰かに貢いだ、のではないでしょう。何か立派なことをしたという意味にとれます。
あるいは、何かへの愛情、何かへの関心事、趣味・・・とにかく全財産を使うほど真剣に打ち込んだ、打ち込めることがあった、ということでしょうか。いいことですね。

「全部のココロで友人をつくった」というのは、真剣に友人と接してきたということかな。
「ココロ」と片仮名で書いたのは何か意味がありそうですが。

>「ま、いいか!」に落ち着く優柔不断な自分です。
ははは・・・・これ、私とは微妙に違いますね。私は、「ま、こんなもんだ、しょうがない」と思うほうです。(笑)

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

>どちらへ行っても後悔するんだ
ひとつの至言でしょう。自省的な人なら思うことではないでしょうか。あるいは隣の芝生はきれいに見えるということでしょうか。ともかく、うさぎ屋さんは、だから何でも迷わず大胆にやれ、という意味にとったのですね。


>誰にも相談いたしません。・・・後悔はありません。
おお、かっこいい。さすが薩摩男児というべきか。九州男児は、四の五の言わない、やるのみというところがありますね。「豪快あれば後悔なし」。←これ、どうでしょう。濁点がなければ言うことないのですが、というほどのものでもありませんが。(笑)


>日本人は何でも「道」にしてしまいます。
なるほど。確かに日本人は「道」が好きです。なにかの行動をするとき、その深みを究めようとします。「求道」とは日本人の精神的な奥の深さを表しているのでしょうかね。
イザヤ・ペンダサンこと山本七平が言ってました。日本人は、赤ちゃんが生まれたら七五三を神道で祝い、結婚は教会に行き、葬式は仏式。日本人の宗教は「日本教」だ。
ということは良いと思えば何でも受け入れる精神――寛容、包容力、柔軟性、大らかさ、懐の深さがあるということでしょうか。これは、太っ腹ということで九州男児の特長。ははあ、分かった。《日本人のルーツは九州にあり》でしょう。(注:私は小3まで大分県)
なお、この最後の文章は自動的に消滅する。成功を祈る。(笑)
※もし意味不明の場合はドラッグ→「
1966-73年まで放送されたアメリカのテレビドラマ
『スパイ大作戦』の常套セリフのもじり
」 

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

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2015/03/07(土) || [edit]

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

>結果として好きな道を歩んできたと思います。
そうですか。この言葉は私と同義ですが、私と違って、マイナーではなく、メジャーだったようですから、歩んできた道はずいぶん明るさと景色が違うのでしょうね。
転職を何回かされたのですか。でも「それだけ知識が広くなった」と思っている。アメリカではそういう考え方が主流なんだそうですね。

考えてみればそうです。根気が無くて続けることができず、すぐに転職し、それを繰り返すというのは困りますが、ひとつのことしか経験がないより、いろいろあったほうが広がりがあるはずです。そのほうが人間の幅があり、発想も広がるような気がします。

>肝心なことは道を踏み外さないことでしょうね。
おお、さすが、最後は《らしい》言葉ですね。
これ、本当に大事です。最近はこれを忘れて気軽に人をあやめる人が増えました。何をしてもいい。ただし、ひと様には迷惑を掛けないでいきたい、と私も思います。

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイままさんは、ふだんでも大変流暢に自分の考えをよどみなく語っているひとみたいですね。「・・・っま、いぃか」で、これだけ文章が書ければたいしたものです。

うーん、随分いろいろな形容詞や類義語が出てきました。諦め、妥協、長いものに、適当、なすがまま、ええ塩梅、そして「時の流れに身をまかせ」はテレサ・テンでしたか。

このひとは、テレビの特集番組で、真相は、病気じゃなく、じつは悲惨な死に方をしたのだと言われていました。そう聞いたら「時の流れに身をまかせ」って、とても悲しい曲に思えてきました。
台湾での彼女はあまりにも偉大なので、遺体は死体防腐処理をされて土葬。台湾でこのような形で眠っているのは他に、蒋介石、蒋経国だけだとWikipediaにありました。

>「人事を尽くして天命を待つ」 
>みたぃな境地覚悟でいなければならない気がするんです。
これは「尽くして」の境地覚悟が大事。単なる適当やいい加減じゃなく、やることをやって、その後は後悔せず、あとはテンに、じゃなく、天にまかせる心境になるのでしょう。

で、「っま、いぃか」が「口癖」で「〆の言葉」ですか。
言い訳のことばじゃなく、やることやったの言葉なんですね。たいしたものです。(@_@)

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

鍵コメさん ありがとうございます^^)

鍵コメさん ありがとうございます^^)

知識とは、保有している情報のこと。
知恵とは、保有した知識を活用すること。
知識は、既知の知識と組み合わせたり、新しく得た知識を加えることで、有意義な知恵になるのでしょう。
次の創造が楽しみです。

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2015/03/07(土) || [edit]

管理人のみ閲覧できます

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2015/03/07(土) || [edit]

鍵コメさん ありがとうございます^^)

鍵コメさん ありがとうございます^^)

検索したら、似たような題の歌がありました。

 星の流れに 身を占って
 どこをねぐらの 今日の宿
 すさむ心で いるのじゃないが
 泣けて涙も 枯れはてた
 こんな女に 誰がした

戦争への怒りや、やるせない気持ちを歌っているそうです(Wikipedia)。
倍賞千恵子さんの声、わたし好きなんです。
https://www.youtube.com/watch?v=H5_tsKC_q60

八代亜紀&工藤静香ヴァージョンです。
https://www.youtube.com/watch?v=Nks33dnPGUo

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

人は誰しも狭い道を行くものだと思います。
真理ですね。誰もが通る道は生と死ぐらいなような気がしますがね。そこだけは平等に広い。
後は、職業にせよ、生き方にせよ、自分にしかできない生き方がある・・・ということかもしれませんね。
毎度考えさせられる文章ありがとうございますです。
(^◇^)

2015/03/07(土) |URL|LandM [edit]

LandMさん ありがとうございます^^)

LandMさん ありがとうございます^^)

職業にせよ、生き方にせよ、自分にしかできない生き方がある。それが「狭い道」。
これは「自分にしかできない」というのがキモですね。
それは特に立身出世でなくてもいい。別に脚光を浴びなくてもいい。無名でもいい。
自分が世界の空気を吸い、まわりを感じ、なにかを考え、ただ存在しているだけでいい。
そう思えば、どんな人にも自分の存在感なり価値というものが出てきますね。
そう思えば、まわりにいる人をもっと大事にしようという気にもなってくるでしょう。
そう思えば、生きていることが愛おしくなってくるのでしょう。

死は「広い道」ですか。うーむ。ともかく誰もが「行きたくない道」でしょうね。
しかし、誰もが行くようになっている「一方通行の道」。「いつか終わる道」ですね。
ならば、いま「狭い道」にいる時間を大事にしなければ。途中で、のんびりと駐車をしている場合じゃないでしょうかね。でも、一時停車も道草もけっこう面白いのですがね。(笑)

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

うんうん~確かに世界観が同じですよね~

世代は違えど、物凄ぉく共感、 
     そして美しぃ歌詞 と メロディ☆

話、それますけど、
これも、大好き  ↓   (本当に話それてますけど・・・)
なんか涙まで、出てくる・・・


https://www.youtube.com/watch?v=cfWyLIIqdVw


2015/03/07(土) |URL|レイまま☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

『黄昏のビギン』。おお、ちあきなおみが ずいぶんきれいに映ってる。
私、ド演歌は苦手ですが、こういう歌謡曲は好きなんです。
この曲、永六輔と中村八大のコンビによるもの。永六輔が一番好きな曲だそうです。
この二人の曲はいいのがたくさんありますね。私のウォークマンにも入ってますが。
『遠くへ行きたい』『夢であいましょう』『上を向いて歩こう』『黒い花びら』『娘よ』
この頃の歌はしっとりしていて、歌詞もメロディもいいですね。今とまるで違います。

『水色のワルツ』もイメージが近くないですか。『黄昏の』と同時代の曲みたいですが。
https://www.youtube.com/watch?v=tqFCsVWmgxI
森昌子なんですが、こんないい声でしたかね。なんだか、やるせなくなってきました。

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

キニスンナ

 悔いたところで戻れる訳でもなく、見据えたところで先が見える筈も無く。どっちへ行こうが結果は出たとこ勝負。ならば好きな道を行くのが正しい。
 他人の指示はもとより、親の意見も従うべからず。参考にするのは良いが、決して言うなりになるなかれ。親の言葉となすびの実には千に一つの益も無し(キリッ。所詮親だってその辺にごろごろしている先の見えない普通の人だという事を忘れてはならない。先人だからと言って経験がものをいう訳でもない。時勢は常に変わるのだ。昨日良かった事が今日も良い事とは限らない。敷かれたレールの上を歩けば後悔だけが残るもの。自分で切り開いた道ならば同じ失敗でも諦めもつこうと言うものだよ、ちみぃ(笑
 無論、今の自分を誰かのせいにする積りも無いが、肝心な時に自分で判断しなかったのは一生悔いが残る。戻れるものなら戻りたいわ。しかして同じ轍を踏む訳さっ。後悔先に立たず。後悔後を絶たず。そして行き着く悟りの境地。つまりだ、


  キ ニ ス ン ナ

2015/03/07(土) |URL|miss.key [edit]

自分の好きな道を選ぶということは自分でその責任をとるという潔い生き方でもあります。
好きな道から学んだ成功も失敗も、いやいや学んだものより身になると思います。
それはけっしてつまらない人生ではないはずです。

2015/03/07(土) |URL|マウントエレファント [edit]

またまた、、、

テレサテン・
 ちあきなおみ・
   森昌子~

どの方も、素晴らしぃ綺羅星のごとき昭和の歌姫達☆”

皆、唯一無二の才能を持っているのに、
各々の岐路を選択して、
本来の才能とは、少し離れたポジションで、
   各々の人生を歩んで、注目されていますね、、、

>どんな道を選ぶかは、一人ひとりに任されている。


 本当に、皮肉な事に、良い事例ではなぃですか。。。



2015/03/07(土) |URL|レイまま☆ [edit]

miss.keyさん ありがとうございます^^)

>自分で切り開いた道ならば同じ失敗でも諦めもつこうと言うものだよ、ちみぃ(笑
そうですね。で、これは、自分は頭がいい人間だと思ってる人ができる考え方でしょう。相当、自分に自信がありそう。それに、あまりクヨクヨしない性格もあるのでしょうかね。

>肝心な時に自分で判断しなかったのは一生悔いが残る。
ひとに意見を訊ね、占いに異見を聞き、その通りにする。いけん いけん。ここ、ダジャレ。
確かに、それじゃ後で悔いが残る。自分で道を切り拓いて歩む楽しみがない。肝心なときは自分で判断したほうがいい。私もそう思います。

でもね、人は自分で考えて自分の意志で全てを決めているかと言えば、どうでしょう。
人間の思考というのは、過去に学んだ先人・賢人・親・教師たちの無数の考えの中から、自分の好きな考えを取捨選択し、それを自分の好みでアレンジしたものに過ぎない、ということがないですかね。紀元前に書かれた旧約聖書の伝道の書を思い出しましたよ。

 先にあったことは、また後にもある。先になされた事は、また後にもなされる。
 太陽の下に、新しいものはない。「見よ、これは新しいものだ。」と言われるものが
 あるか? それは、私たちの前にあった世々に、すでにあったものである。

>後悔先に立たず。後悔後を絶たず。
おお、これはまさしく至言。さすが。いい言い回しだこと。
それで、「キ ニ ス ン ナ」。なるほど、なるほど。そうきましたか。
だけどね、字間が空いている・・・ということは語順を入れ替えよの謎掛けでしょうね。
ならば、「ナ ス ニ キ ン」。
茄子に金は、一つの益も無し(キリッ)。
これ、イエスの言葉「豚に真珠を与えてはならない」に似てませんかね。(笑)

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

「自分の好きな道を選ぶ」=「自分で責任を取る潔い生き方」。おお、なるほど。
「潔い」という考え方はいいですね。すっきりしてる。ジメジメした悔やみがない。
《わが人生に悔いは無し》って誰だかが言いましたが、そんな人生、送りたいものです。

>好きな道から学んだ成功も失敗も、いやいや学んだものより身になる
これはいま現在、好きなことをしている人だけが言える言葉じゃないでしょうかね。
拙ブログには以前からアート関係の方が少なくなかったのですが、 最近、小説ブログを書いている方の訪問が増えました。そういう芸術志向の方々は自分の才能を活かすことに関心があり、それこそ「好きな道」を歩むという幸福を味わっているのでしょう。羨ましいです。
よく「結果よければ全て良し」と言われますが、途中経過のほうも大事で、死ぬまでの間の時間を十分に楽しみ、命の醍醐味というべきものを存分に味わいたいものだと思います。

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

>本来の才能とは少し離れたポジションで
そうなんですか。この世界のことは詳しくないのでわからないのですが。
ちあきなおみは、いまは全然テレビに出てきませんね。
森昌子のほうは時々画面で見かけるような気がしますが。
ああ、この三人は、歩む方向がそれぞれ違っている典型だということでしょうか。
そうなら、良い事例かもしれません。いやあ、偶然そうなりましたね。

2015/03/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

自分が人生の岐路で選択を誤ったかどうかを今考えても分からないですね。
もう一つの道を経験していませんから。この路を来てよかったと思うことも
あるし、あっちの路を行っとけばよかったかなと思うこともあるし・・・。(笑)
アーミッシュ、閉鎖され抑圧された社会でも幸せに感じて生きている人が
多いんですね。でもアーミッシュが外の生活を体験すると9割の人は二度と
アーミッシュに戻らないと聞きました。
バーソさんはアーミッシュみたいな世界を体験されたんですね。
よくぞこちらに戻られました。(笑)
あの銀河系を疾走する太陽系のダイナミックな動画、私も記事に使いました。
地球は時速1500kmのスピードで自転し、同時に時速10万7千kmの
スピードで 太陽の周りを公転し、太陽はまた時速数100万kmで銀河系を
回っていて、その銀河系もものすごいスピードで宇宙を進んでいるんですね。

2015/03/07(土) |URL|エリアンダー [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

>自分が人生の岐路で選択を誤ったかどうかを今考えても分からないですね。
これは、今は自分の選択は正しいと思っている、すなわち満足している。あっちの水は甘いぞ、なんて声に迷わされたりせず、いい人生を送っているということでしょう。

量子の世界では、人間の意志がモノに影響を及ぼすとか、宇宙は多次元であるとか言われています。精神世界では、人間が頭の中で考えることはすべて他の次元の世界で実現している、そもそも実現できないことは考えられないのだ、と言われます。であれば、すべての人は個々で「すべての道」を歩んでいると言えそう。面白いものだと思います。

アーミッシュで戻らない人は若い人じゃないですか。まだ世の中を経験してない。だから、どんな味がするのか知りたい。知ったら甘い甘い水に酔ってしまうのでしょう。
でも中に居る人は、世の水が苦いと知っていて、純粋な水がいいと思っているのです。
私が離れたのは、その水が唯一の天然浄水だと思っていたら、じつはそうではなく、販売元が偽ラベルを貼っていて、理念が崇高どころか、金儲け主義だったと知ったからです。
今は、どんな水でも大丈夫です。だって蛇口に「クリンスイ」をつけてますから。(笑)

太陽系の動画。どこかで見たようなと思っていたのですが、エリアンダーさんのところでしたか。失礼しました。じつは「岐路」を英語で検索していたら、この動画に行き着いたのです。でも時速の数値が大きく違うので、いま調べたのですが、幾つかのサイトでは速度は7万kmでしたが、8万7千kmだったり、また他では240km/secなので87万kmだとするサイトもありました。よく分からないので、とりあえず数字は削除しました。

2015/03/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

☆バーソ☆さん、こんにちは。

まずは何と言っても何の選択もできずに餓死していく人間が多い中で
道を選べるだけで幸せであるという事です。

それが理解できるのならば、やはり困っている人の手助けをするというのが
人間としての努めかなと思います。

道を選べる人はどの道を選んでもいいのでしょう。
どの道を選んでも正解も失敗もないでしょう。
人生は正解とか失敗とか言う尺度では計れません。

大事なのはどの道を選択したかではなく
その道で出会った困っている人を助けるという即座の行為が
大事なのかなと思います。
観念ではなく実感としての即座の行為です。

その意味では道にとらわれず、何物にもとらわれず
愛ある行為を淡々と行うことが大切かなと感じます。

2015/03/08(日) |URL|H [edit]

Hさん ありがとうございます^^)

 持論の「愛の実践」ですね。困っている人の助けをするのは人間としての務めと思っている、ということは、Hさんは、日常ではマザー・テレサのような奉仕活動をされているのでしょうか。そうであれば、それは本当に賞賛に値します。
 餓死していくような人は、確かに道を選ぶこともできません。蟻地獄にいるようなものです。Hさんは、そんなかわいそうな人を見過ごすことができないのでしょう。

 こんな言葉があります。「人はパンのみにて生くるにあらず」。
 イエスの有名な言葉です。西洋の文学作品によく出てきます。この意味は、人間は物質だけでは満たされない、霊的な渇きも満たさなければならないということです。
 モノが沢山あっても満足できない人は、著名人の中にも多くいます。人は心を穏やかにして、やすらかにして、心から充足する必要があるのです。
 そしてさらにイエスは「神の義を求めよ、そうすれば他の物は加えられる」と言いました。他の物とは生活に必要な物質です。義しい心で義しく身を律していれば人間は生きていけるようになっている、過度に人生を心配しないで生きなさいと言ったのです。
 むろん、この話は、いまアフリカにいる餓死寸前のような人には当てはまりません。でも日本に住んでいる私たちには、多くの人に当てはまるのではないでしょうか。

 物質的な援助は一時的だが、しかし霊的な援助は永遠である。私はそう思ったので、本当に自分の人生を懸けて、聖書から霊的な助けをすることに打ち込んできたつもりです。教団組織はおかしくても、聖書には良い教えが沢山あるのです。
 どこを見るか、何を信じるか、何を重要視するか、何をするか。それは人によって考え方の違いがありそうです。私は、おそらくHさんの見ているところとはちょっと違うところを見ているのでしょう。

 いまの私は、ケセラセラのような気持ちでいます。なるようになる、ということです。
 こんな単純な言い方をすると無責任で、いい加減のように感じると思います。でも、これをわかりやすく説明するには、こんなコメント欄ではとてもページが足りません。

 私個人は、経済を第一にする、いわゆる「勝ち組」志向には全く賛同していません。
 出世しなくても、有名にならなくても、立派なことができなくても、それでも人は生きているだけで価値がある。世間の潮流に乗らなければ負けだなんて思う必要がないと思っています。

 Hさんはいつもブログでは「愛」と「行動」を強く主張しているようです。これからも元気で活躍していけるといいですね。ぜひがんばってください。

2015/03/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

木の枝道。そうかもしれませんね。

わからなけらばカーナビとか人に聞くと言うのがありますね。
でも自分の人生は教科書だけではわかりませんからね。
このようにしたからこうなると言う訳ではないですし。

韓国は日本の真似して学歴社会になりましたが、今や日本以上ですからね。でも学校出たからって社会に繋がる事はなかなかないそうです。ヒュンダイやサムソンに入りたくてもなかなか難しいそうです。
だから海外に出て行く人が多いようです。

ちなみに大分県は進学率ワースト10に入ります。別府は鶴見丘、翔青(しょうせい)が進学校です。ちなみに翔青(しょうせい)は本年度より青山、羽室台、別府商業が合併してできた学校です。

2015/03/08(日) |URL|想馬涼生 [edit]

想馬涼生さん ありがとうございます^^)

私はカーナビがないと、もう運転はできなくなりました。
ナビのおかげで道に迷わなくてすみます。便利というより、もう必需品です。
人生はカーナビに匹敵するものがなく、千差万別、玉石混交、魑魅魍魎。おっと、最後は言い過ぎでした。
どう道を歩んだらいいかは、難しいというか、ゲームを楽しむのと似てませんかね。
人生のほうはやり直しがきかないのと、失敗しても実害がない点が違いますが。

隣国が先進国の仲間入りをしてきたのは、《意欲》が強いせいのように感じます。
ひとに負けたくない、勝ちたい。彼らは非常に競争心が強くないでしょうか。
意欲は上昇のエネルギー。でも、そこだけ強過ぎると全体に歪みが生じそうです。

「学歴社会」というのは、用のない知識を記憶するだけの勉強法で成り立っています。
これが本当にいいことか、そろそろ考え直してもいいのではないかと思うのですが。
大分県は進学率がよくないのですか。そう聞くと、ただ、遊びたくて、やる気のない人が多いのじゃないだろうね、と思って心配になりますね。(笑)

2015/03/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

バーソさま 
またまた 難しい問題でして 困っております、
コメント!とは? 
好きな事 書いても良いんですよね、 

私の道は 上京する時 父の車から 国道57号線を 熊本駅へ向かいながら 窓越しに見た 桜の花です、
満開でした、 
その夜!両親は 泣きながら なんで 行かしたのかと 過ごしたんだよと 妹に聞きました、
反対もせずに 家を出させてくれた事には 感謝もしていません、
なぜ 何も言わずに 好きにさせたのか? 不思議でした、
反対されたら 今の私は ここには いません、 
そう 思うと 過去に戻れたら どんな人生だったかと
無理な事ですが、・・・ 

連れ合いと 死別してからの私の道は?
苦難は ありましたが 幸多かりし?でしょうか、

とぼけた話しで 失礼しました、
 
最後に 子には なぜ あんな人と 一緒になったのか?と
未だに 言われてます、
それが 私の進む道だったのかもしれません、
 
義母と 離別したのも 私たち家族を 脅かす要素が 
多いにあったからです、
冷たい女ですが 子を守る!ためには お金が必要です、
義母の姉妹で 狙われては たまりません、 
子供の内に 捨てられ 死んでも 母に捨てられ 
可愛そうな夫、スゴイ剣幕で 義母は火葬の日に 帰りました、
これも 私が選んだ道でした、

おしまい! お付き合い頂き ありがとうございます、たか 

2015/03/09(月) |URL|たかちゃん [edit]

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2015/03/09(月) || [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

「さくら咲く国道57号線」
  車の窓から 桜の里を
  涙を胸に 東京へ
  何も言わずに 行かせてくれた
  過去に戻れる道はなく
  思い出すのは 悲しさ つらさの試練だけ
  苦難はあったが 幸もあり
  弥生の空は いま咲きはじめ

大変失礼しました。読んでいて、相当な苦難波乱のドラマがあったように感じ、つい、そのまま言葉をひろって、こんな演歌めいたものを書いてしまいました。(笑)
終わり良ければ、すべて良し。つらい過去は笑い飛ばして忘れてしまうのがいちばん。下手な歌詞もどきを、ぜひ笑ってやってください。

恋愛結婚だったのだろうと思いますが、配偶者に恵まれるのも恵まれないのも、何かを学ぶためなのか、他に何か理由があるのか、それとも運命なのか。自分の歩んできた道は案外、自分ではよくわからないことってありますね。でも一生懸命に、その時々の道を走ってきたのでしょう。私の母は二度離婚して、二度とも相手に生活能力がなかったため、私は男運が悪いとよく嘆いていました。私の子供時代も大変な思い出ばかりです。
されど母は強し。たかちゃんさんも子供を守ることを考え、必死に生きてきたのでしょう。
「可愛そうな夫」。この言い方、私の知る限り、初めて見たような気がします。

2015/03/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: はじめまして(鍵コメさんへ)

こちらのほうもよろしくお願いします。
楽しいコメントは大好きなもので、期待に胸をふくらませております。(笑)

2015/03/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2015/03/10(火) || [edit]

鍵コメさん ありがとうございます^^)

拙ブログは、まさに拙なるブログでありまして、
内容は硬軟雑多。駄洒落もかなり多しで有馬温泉です。
どうぞ懲りずに、気軽に、適当に、ゆるゆるとお願いします。

2015/03/11(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

アーミッシュって テレビで映像をみたことがあったとき
きれいな印象で、なんとなく憧れた時期がありましたが
そんなに制約があるのですか~
私は無理だわ。。。(^_^;)

それにしても、人間って いろんな生き方をしてるものですね。
ある意味人間ってすごい。。。

バーソさんが経験されてきたこともまた
貴重というか。。。ボキャブラリーが少ないので
うまく言葉にできませんが
30年 全身全霊をかけて追求した道を捨てる勇気と潔さ
精神的タフさと素直さ。。

>神の愛は無条件であり、人間からの崇拝など求めていない

これってすごいですよね。
多分真実だと思うし、そう思ったほうが神様を感じれる気がしますが
どこか神仏を畏れてる(怖れてる?)部分があるのは 自分の中にある無意識の罪悪感なのかしら。。って思ったり。
でも、これが真実だとわかったら、組織宗教の在り方も
世界のなにもかもが変わる気がしますよね。 

2015/03/11(水) |URL|koto [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

kotorinさん ありがとうございます^^)

ハリソン・フォードが刑事役で出てるアーミッシュの映画をテレビで見たことがあります。
彼らは、文明の利器は使わない。聖書の掟を守る。古き善き時代を夢として追っているようです。若い人がそんな厳しい共同生活から離れていくのも、まあ、よく分かります。

私のいたところも聖書的に根拠のない細かい規則(取り決め)がいろいろありました。
男性は髪を短く刈り上げないとダメ。ヒゲなんかとんでもない。女性はスラックスやパンツ類は一切ダメ。赤い色は派手だからダメ。流行を追うのはダメ。田舎くさい衣服がいい。
むろん聖書的な規則もありました。暴力絶対反対なので徴兵制度がある国では兄弟(男性のクリスチャン)たちは徴兵拒否で牢屋入り。柔道剣道などの体育の挌技もダメ。運動会の騎馬戦もダメ(最近はよくなったとか)。タバコもダメ、カラオケもダメ。結婚を想定してないデートも一切ダメ。週に2回ほど夜に集会があるので、私はその日は残業が絶対できず、これが一番大変でした。そのために仕事を替わることもしました。

神は人間に崇拝行為は求めてないと知ったときは目からウロコが落ちました。イエスは、人に仕える者になれと教えています。なのにその神が人から仕えられること、それも死に至るまでの忠実を望んでるというのは矛盾した教えです。それが分からなかったですよ。

人間が神を怖れる気持ちがあるのは、当初は神の子であったのに、神から離れたので、そのときの罪悪感が残っているのだと「神との対話」の本に書かれていました。でも、どうでしょう。神をも畏れないような人のほうが怖いような気もするのですが。

2015/03/12(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

>神をも畏れないような人のほうが、怖いような気がするのですが。

それはいえますよね(^_^;

怖れ と 畏れ の違いですよね。
潜在意識にある怖れによって 
宗教が人を縛ったりコントロールする場合もあるでしょうが
神様を畏れ敬う気持ちはあったほうがいいと思いますし
人間として美しい姿のような気もします。

神様の愛は親の愛を何百倍も拡大したもの・・って
どこかで聞いたことがあります。

それを思うと
怖れが 神様と人を分かつようになるのは
なんとなく、神様の本意じゃないような気がしました^^

って、こういうことを言葉にすると ちょっと違うような気もしますが。。
浮かんだ思い。なかなか言葉でうまく言い表せないです(^^ゞ

2015/03/12(木) |URL|koto [edit]

追加☆

バーソさんが在籍されてた所の規則ずいぶん厳しいのですね(゚o゚;;
私の友達でこちらに在籍してる人がいて 一緒にカラオケに行ったことがあるんです。スラックスもときどき履いてた記憶が。。

あまり宗教の話はしなかったのだけど
自分で 『私、規格外なの』って笑いながら言ってたので
バーソさんの話を聞いて なるほど。。って思いました。

2015/03/12(木) |URL|koto [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

kotorinさん ありがとうございます^^)

大抵の宗教は人を怖れで縛っていますね。「地獄の裁き」「永遠の滅び」の他、「原罪」「先祖の祟り」の教えなどで人を怖がらせ、当教団に入れば救われるとか、この免罪符(壺やお札など)を買えば救われると教えます。何でも許す神を教えたら、宗教教団に入る人は激減し、寄付金も激減するのでしょう。

>神様の愛は親の愛を何百倍も拡大したもの
 kotorinさんは、神に「様」を付けますね。人格神をイメージしていませんかね。
 人類は最初、神が自然界にいるはずだ。その神とは人間の超スーパーヴァージョンだろうと考えたのでしょう。神の姿は白髪の老人男性に描かれます。顔・態度には威厳があり、王です。だから神の愛も、人間の親の愛を延長して教えるのではないでしょうか。

 私の神の「愛」のイメージは、人間に何でもさせてくれる愛です。束縛は一切しない愛です。人間の些細な失敗など全然気にしない愛です。大きな罪でも許してくれる愛です。それが無条件の愛というものでしょう。これをしないと罰を与えるとか、これをしたら死の罪だというような神は、正義感の強い人間の創造した神のイメージだと思うのですが。

 教団の話ですが、私が入った頃と最近とでは、まるでと言っていいぐらい質(人格や信仰や忠実さ)が違います。だんだんゆるくなっています。

 服装の件は、会衆(教会)によって多少差があるでしょう。長老(牧師)が生真面目すぎたりすると、厳しくなります。だいぶ以前ですが、ある古い長老が演壇から、アクセサリーは貞潔なクリスチャンにはふさわしくないという話をして、姉妹たちがそっとイヤリング(ピアスではない)を外したという話を聞いたことがあります。
 こんな聖句があるのです。「女も、よく整えられた服装をし、慎みと健全な思いとをもって身を飾り,髪のいろいろな編み方,また金や真珠や非常に高価な衣装などではなく神をあがめると言い表わす女にふさわしい仕方で,すなわち良い業によって身を飾るように望みます」(テモテⅠ2:9-10)。これを、語句通りに解釈したのでしょう。

 カラオケはどこの会衆でも禁止でしょう。「悪い交わりは有益な習慣を損なう」という聖句を根拠にされます。スラックスは普段私的な場所ではく場合があるとしても、公けの場では絶対ご法度です。「男は女の衣服を着てはならない」という律法があるからです。

 世の中には規則を守らせるのが好きな人もいれば、規則を守るのが好きな人もいるのです。面白いでしょう。根は真面目さのゆえだとしても、何事もバランスの取れた見方を忘れてはなりませんね。

2015/03/12(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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