「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 萩原朔太郎の『蟻地獄』には孤独と苦悶がひそんでいる。 

軒下など風雨が吹き込まない乾燥した地面に《すり鉢状の罠》を作り、蟻や
ダンゴムシなどの獲物が迷い落ちてくるのを日がな待っている生き物がいる。
その名を薄翅蜉蝣と偉そうに書く「ウスバカゲロウ」である。

蟻を悪魔のワナにて陥れるゆえ、幼虫時代は「アリジゴク」と呼ばれている。

usubytakger.jpg
  
Image from page 8 of "Scientific American Volume 51 Number 15 (October 1884)"

   
荻原朔太郎がこの虫をメタファーにして少年期の寂しさと悲しみを書いている。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 蟻地獄   萩原朔太郎 (純情小曲集)

 ありぢごくは 蟻をとらへんとて
 おとし穴の底に ひそみ かくれぬ
 ありぢごくの貪婪(たんらん)の瞳(ひとみ)
 かげろふは ちらりちらりと燃えて あさましや。

 ほろほろと砂のくづれ落つる ひびきに
 ありぢごくはおどろきて 隱れ家をはしりいづれば
 なにかしらねど うす紅く長きものが走りて居たりき。

 ありぢごくの黒い手脚に
 かんかんと日の照りつける 夏の日のまつぴるま
 あるかなきかの蟲けらの落す涙は
 草の葉のうへに光りて 消えゆけり。
 あとかたもなく消えゆけり。


ウスバカゲロウ写真5
ワシントン・オン・ザ・ブラゾス州(テキサス州)のアリジゴク 画像:「Frompo

この詩は序文によると、なんと朔太郎の「少年時代の作」だそうだ。彼はこの詩を
「やさしい純情にみちた過去の日」を記念するために出したと言っている。

蛇足1(文科系の方へ)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
青春時代は暗くて、穴にひそんでいるばかり。
朔太郎は少年の頃、郷土では白い目でにらまれた。人々は、彼が無職、変人だという
理由で嘲辱し、唾(つばき)を掛け、「白痴(:ばか)が歩いて行く」と言って舌を出したそうだ。

蟻地獄』の詩は、同じ作者の『死なない蛸』に似ている。(→ 過去の拙記事
こちらでは、一匹の虫が、執念と孤独感の塊と化して、砂地獄の罠の底に潜んでいる。
環境に忍んでいる間、心の隅には超俗思想と叛逆を好む烈しい思惟が巣くっていた。

貪婪」とは、ひどく欲が深いとの意。虫は、その瞳には、夏の大気を揺らす陽炎が
ちらりちらりと燃える情念の炎と映るほど、あさましかった。

うす紅く長きもの」とは、野山にいる太いミミズだろうか。「うす赤く」ではなく、
「うす紅く」なので女性の口紅を連想させ、うっすらと官能的な生っぽさを感じさせている。

かんかんと日の照りつける夏の日のまっぴるま」。
ありじごくの「黒い手脚」に、夏の熱気と無情が容赦なく浸み込んでいる。
虫は、自分が在るか無きかの「虫けら」に過ぎないことを思い知った。

虫けら」は、涙とは言い難いほど瑣末な涙を落とした。涙は草の葉の上で
一瞬光り、跡形もなく、はかなく消えていった。

ありじごくは一瞬、思ったのではないか。
いつかの日か風に乗って天空を自由に飛びまわることを―――。

ta-na-写真3
Joseph Mallord William Turner(1775 - 1851)

振り返れば私の場合、青春時代の真ん中は胸にトゲさすことばかり。あんたの時代は
よかったとは言われず、ボギー、ボギーとダブルを叩く日々であったような気がします。(笑)

蛇足2(理科系の方へ)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アリジゴクは英語で ANT-LION(蟻-ライオン)と言う。

ある日せっせと待ちぼうけもあるだろうから、この虫、薄馬鹿下郎だろうと思うなかれ。
陣地の斜面は砂がポロポロ崩れ落ちて蟻が登れない絶妙の安息角になっている。
斜面の土は頭のハサミをセンサーにして崩れ具合を検知し、常に修理している。
必死に逃げようとする獲物には、砂ツブテを投げつけて脱出を妨害している。
捕らえたら毒素を注入して体液を吸い取り、うまいこと省エネ生活をしている。
(そ嚢には昆虫病原菌が共生。殺虫活性はフグ毒テトロドトキシンの約130倍)

幼虫の時は肛門はなく、羽化して成虫になったときに2~3年分のフンをする。
羽化後の寿命は2~3週間。なので幼虫のときが花の青春時代なのかもしれない。

では、辛抱強く狡猾なアリジゴクは、すでに立派な一国一城の主なのですね。

蛇足3(アート系の方へ)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
蟻地獄にハマったと思っても、人生、あきらめないほうがいい。


        
     _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 

★「薄馬鹿下郎」はいい字を思いついたなあと思っていたら、北杜夫の『どくとるマンボウ
昆虫記』の中にあるそうで、若干やや少々いささか幾分ちょっと残念無念口惜しや。
★蜉蝣(カゲロウ)の字。 「蜉」は虫偏に《浮》の右側、「蝣」は虫偏に《遊》の右側。
蟻地獄の厳しい人生の後は、うって変わって浮き浮きと遊ぶ虫のように見えたのでしょうか。
★「青空文庫」:http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/1788_18740.html
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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動画

バーソ様
おはよう御座います。

難しいことはともかく最後の動画は良く出来ていますね。
アリが可愛いし、音楽もマッチしているし、
最後の砂時計のオチが最高です。
短いのですが十分楽しめました。

愛新覚羅

2015/02/28(土) |URL|aishinkakura [edit]

最後の動画、、、すごぃ好き!!!

子供向きアニメかと思ぃきや
 なんとまぁ、シュールな 奥の深ぃ、、、

>蟻地獄にハマった!と思っても、人生、あきらめないほうがいい。

こないだ見た 
童謡『あめふり(あめあめふれふれ』の歌詞を
描いたカレンダーを思い出しました~

歌詞をよく見ると、
「♪ピンチピンチ チャンスチャンス ランランラン♪ 」  ですって^^

2015/02/28(土) |URL|レイまま☆ [edit]

追伸

  ↑ カレンダーの絵は、
可愛ぃ子供達が雨合羽に傘をさして可愛ぃ絵だったんです。

「ピンチは チャンスと 思ふべし!」
    なぁんて、毛書体で堅く訴えられるより、
ほんわか~とした感じの視覚とのギャップで、
            かえって印象に残りましたー。

それにしても、朔太郎って凄ぃなぁ、、、
今の齢になって、余計そぉ思います。
どこか枯れようなアキラメを感じつつも、
どこか艶っぽい、、、本当うまいなぁーって。。。

2015/02/28(土) |URL|レイまま☆ [edit]

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

今回はカタかったですね。ひねりもなく、ジョークもなく、ストレートでしたから。
少し落ちる球でも混ぜればよかったのですが、最近は制球力が落ちていて。(笑)

この動画、ほんと、絵も音楽もかわいくて、オチもなかなかですよね。
動画に目を留めていただけたのが、私にとっては、せめてもの救いのようなもの。
これがなかったら、おそらく暗い蟻地獄のどん底ですよ。

2015/02/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

「♪ピンチピンチ チャンスチャンス ランランラン♪」なんて歌があるのですね。
さっそく検索して、聴きました。カレンダーの絵も見ました。
世間にはイメージの広がる人がいるのですね。感心しました。

ピンチはチャンスって、なるほど、そうですね。そう思う人が伸びていくのでしょう。
目の前の物事を、明るく見るか暗く見るかの違いなんでしょうかね。

それにしても朔太郎はすごい。この詩は少年時代に書いたと知って驚きました。
見る目が、明るい暗いの次元とはまるで違います。詩の心とは生来のものなんですね。

2015/02/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

蟻地獄

蟻地獄

家は娘をとらへんとて 家の中にて守りかくれぬ

娘は四年の自由をかち得り
娘は一生のなかの四年と思いて 
羽に羽をつけ また羽をつけ 
らんらんと燃えて過ごすなり

さくらさくらの舞う季節 四年を刻み終え
ほろほろと砂のくづれ落つる まさに蟻地獄へと戻るなり

手も足もとけていく長い月日
なにかしらねど灯り見えたり ひとつ ふたつ

見れば砂はさらさら流れて あとかたも消えゆけり

娘は妻に母にばばになりて
なおも灯り見えたり みっつ よっつ

♪ 動画、とってもよかったです。


2015/02/28(土) |URL|森須もりん [edit]

蟻地獄。
確かに。
考えてみれば恐ろしいものですからね。
しかし、動画の悪辣さも。。。
それを増長させますね。。。

2015/02/28(土) |URL|LandM [edit]

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2015/02/28(土) || [edit]

愛はかげろう

愛はかげろうつかの間の命
激しいまでに燃やし続けて
別れは何時も背中合わせに
人の心をゆらして

 このかげろうはどっちのなんだろう。陽炎?蜻蛉?どっちも儚い存在ですな。
 夏の夜、ゆらゆらと力強さとは無縁の飛び姿は儚さの代名詞。幼虫の時は地獄のそこで忍耐を重ねながら、大空へ羽ばたく日を夢見る。しかし、焦がれた空はまさに死と引き換え。残された命は短く、後戻りは出来ない。もはや口すらも無く、死ぬまでの間に恋をして果てるのみ。いや、それでもその一瞬を力いっぱい生きるのだ。短くともそこに意味がある。と思いきや、飛びだした瞬間、蝙蝠に食われたとか・・・。
 ・・・なんか寂しくなってくるのぅ。

2015/02/28(土) |URL|miss.key [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

森須もりん さん ありがとうございます^^)

いやあ、恐れ入りました。あまりにすごいので、若干 涙目になりかかっています。
朔太郎の娘・葉子の『蕁麻の家』の中に書かれた詩を読んでるような気分になりました。

家では箱入り娘でしたか。蝶よ花よでしたかね。でも大学生活の四年間は
「羽に羽をつけ、また羽をつけ」「らんらんと燃えて過ごすなり」でしたか。
「さくらさくらの舞う季節」「ほろほろろと砂の崩れ落つる」「さらさら流れて」。
うーむ。リズム感と語感のいい言い回しだこと。
この「ほろほろ」。崩れ落ちる砂なので「ぽろぽろ」のほうが自然な擬音語んでしょうが、あえて朔太郎は「ほろほろ」と書き、哀しさを表そうとしたのでしょうかね。

そして、灯りが「ひとつ ふたつ」見えたのが、「娘は妻に母にばばになりて」。
灯り「みっつ よっつ」となる。うーーーーむ。と、うなるばかり。素晴らしい。
でもね、「ばば」はやめてください。まだ若いんだから。これは気にいらない。
いつまでも、らんらんと、そして、ほろほろと飛び舞う永遠の少女でいてくださいよ。

2015/02/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

LandMさん ありがとうございます^^)

LandMさん ありがとうございます^^)

>しかし、動画の悪辣さも。。それを増長させますね。。。
この砂時計の動画。よく考えると怖いですよね。
アリはアリジゴクには食われないが、人間に捕らえられる。そして、密封したガラスの中に閉じ込められている。
アリの人生は、這い上がろうとしても這い上がれない砂地獄に飲み込まれ、3分ごとに天地がひっくり返ることを日がな死ぬまで繰り返す―――これも怖いもんですね。

これならいっそ、ひと思いに死んだほうがいい、なんてアリは思うのでしょうか。
我々人間の人生も似たようなものなんでしょう。
いいこと、悪いこと、いろんなことがあって、最後は跡形もなく消え去っていくのでしょう。なんだか、ちょっとさみしくなってきました。
でも人は実際に生きてる間、同じようなことの繰り返しであっても、実際にいろんなことを経験し味わう、ということがいいのでしょうかね。

2015/02/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

miss.keyさん ありがとうございます^^)

miss.keyさん ありがとうございます^^)

雅夢の『愛はかげろう』ですね。日本語のタイトルが同じ洋楽に
シャーリーンが歌った“I've Never Been To Me”もありました。いい歌でした。
ウスバカゲロウの人生もセミに似ていて、どちらも人間には理解しがたい世界ですね。

>焦がれた空はまさに死と引き換え。残された命は短く、後戻りは出来ない。
そうです。まさに死と引き換え。後戻りはできない。我々人間もそうだなあ。

>死ぬまでの間に恋をして果てるのみ。
そうそう。熱き血潮の冷えぬ間に。バーソの場合は、もう冷えてしまいましたがね。

>それでもその一瞬を力いっぱい生きるのだ。
うーむ、考えれば人の一生も悠久の時間の流れから見れば、一瞬の陽炎のようなもの。
聖書では、人間は「桶のひとしずく」のようなものだと言ってましたよ。

>と思いきや、飛びだした瞬間、蝙蝠に食われたとか
あらら、こうきましたか。まあ、miss.keyさんらしいというか、まさに現実だわ。(笑)

2015/02/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

薄葉馬鹿下郎はほんといい駄洒落当て字です。
「どくとるマンボウ昆虫記」が出典ですか。
駄洒落当て字といえば、友人から聞いたお話です。
パイロットは運航部に所属するらしいのですが、
「運航部」でさえ口に出しにくいのですが、
そこの副部長は悲惨です、「運航副部長」
あ、いかん。アリジゴクのお話でした。(笑)
アリジゴクでまたひとつ勉強になりました。
セミのように羽化後は儚いんですね。
アリジゴクと言えば思い出すのは安部公房の「砂の女」です。
砂と女(アリジゴク)に囚われる男(アリ)のお話で映画化も
されました。
http://youtu.be/XdTEs5MHqoU

2015/02/28(土) |URL|エリアンダー [edit]

こんばんは

萩原朔太郎、中原中也、高校時代に読みましたが、それ以来縁がなく、すっかり忘れてしまってます。上京してからは詩はほとんど読んでません。日本のものでは入沢康夫先生を少々。

で、気の利いたコメントもできませぬ。蛇足の蛇足くらいでしょうか。
私は蛇足1(文科系の方)であります。
>青春時代の真ん中は、穴にひそんでいるばかり。
まあね青春時代に友人の誰かが言っていましたが・・・・
人間(ひと)は穴より生まれ、穴にあこがれ、穴に苦しみ、穴を楽しみ、そして穴に帰る。
これ下ネタではなくて、大地の穴に帰るということ。
勘違いしているのは私だけ(笑)。

つまらぬコメントで格調高い板を汚してすみません、ですだ。

2015/03/01(日) |URL|うさぎ屋 [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

薄葉馬鹿下郎はコメントの禁止ワードで撥ねられるかと思ったのですが、大丈夫でした。
私は独自に思いついたのですが、先に思いついた人がいたので、残念です。

エジソンだったかベルだったか、何の発明だったか、ああ、思い出せない、の発明者として有名な人がいますが、じつは先に思いついた人がいて、その人の届けだか発表だかが30分遅かったので、無名になってしまったという話を昨日読んだのですが、ああ、まだ思い出せない、ええと、何の話だったか、あ、いかん、と同じ言葉が出てしまいます。(笑)

『砂の女』。本は読んだことがないですが、映画は見ました。この動画も超早送りで見ましました。勅使河原宏なんて、懐かしい。岡田英次は印象に残ってないですが、岸田今日子はすごかったという記憶があります。女優は美人でなくてもいい、と思いましたね。

2015/03/01(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

うさぎ屋さんは、ロマン系の文学少年だったのですね。私のほうは、マロンが好きな無学少年でしたよ。恥ずかしながら、この三人の作家は全く読んでません。中原中也は「汚れつちまつた悲しみに・・・」しか覚えていません、というより、他は全然知らないです。

「青春時代の真ん中は、穴にひそんでいるばかり」。
最近テレビで阿久悠の特集番組を見て感動が残っていたせいと、私は性格が内向性なせいで、このフレーズを思いついたのですが、もうすでに手垢にまみれた言い方だったのですね。残念です。

で、穴にこだわって、「生まれ」「憧れ」「苦しみ」となって、その後に「楽しみ」が来るのですか、順序は合ってるのでしょうか(笑)。そして最後は大地の「穴」に帰る―――。
なるほど。こういう深遠な話になるとは、思ってもみませんでしたよ。

旧約聖書の冒頭で、禁断の木の実を食べたアダムが、神から「お前は土から創られたので最後は地面の塵に帰る」と言われたのを思い出しますが、指宿の砂風呂は砂天国なんでしょう。私は子供のころは九州だったので、一度経験があるのですが。

2015/03/01(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは。

お久しぶりです。

いつものことながら知的です……
想像以上に恐ろしかった蟻地獄の生態、そして萩原朔太郎の才能にもゾクリとしました。

2015/03/01(日) |URL|野津征亨 [edit]

野津征亨さん ありがとうございます^^)

野津征亨さん ありがとうございます^^)

お久しぶりです。よくコメントをくださいました。
蟻地獄、想像以上に恐ろしかったですか。私も画像検索で見ているうちに、あまりに当人の顔が凄いので怖ろしくなりました。このような捕食する昆虫はあまりアップで見ないほうがいいですね。これが人間ほどのサイズだったら失神してしまいそうです。(笑)

朔太郎の才能にゾクリと感じられましたか。この「ゾクリ」は、鳥肌が立つような、そして背筋が凍るような感じで、怖ろしい感覚とちょっと似ていませんかね。
「フランスにいきたしとおもへども フランスはあまりにもとおし」という有名な詩がありますが、この詩も少年時代に書かれたと知って、才能とは天性のものかと思いましたよ。

2015/03/01(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

 バーソさま 
 
 記事もコメントの往復も 読ませて頂き 良い勉強になります、 
 連れ合いが先立ち ピンチとチャンスの連続でした、
 まだ 子育て時代! 
 自分が 立ち上がるのが 精一杯だったり 子供を叱咤激励?
 背後から 励ます! そんな時を過ごした気がします、
 
 長男は 大きな穴の中に落ちて行く夢を見て 子離れしたんだと、 長女も どこかへ歩いて行ったような 夢をみました、
 2人は 上手く子離れしたのですが、二女は くっつき虫のようです、 
 蟻地獄!子どもの頃 並んで行進している蟻を よく棒切れで 断絶したも のです、 また違う方向へ 蟻は向かうのですが
 性懲りもなく 何度も意地悪したものです、 

 昔の物書きさんは チョッと変わっていますね、
 何とも 理解しがたいものです、
 また 暗い読み物ばかりです、
 先日 蟹工船の話しが 家族で出ました、 
 もう 読みたいものでもありません、 
 的外れのコメントで申し訳ありません、
 来週を楽しみにしております、
 いつもありがとうございます、 たか

2015/03/02(月) |URL|たかちゃん [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

女手ひとつで子どもを三人育て上げるのは、さぞかし大変だったでしょう。
「ピンチとチャンスの連続でした」か。きっと苦しいことがいろいろとあったのでしょう。
でも、チャンスもあったのですね。
私の両親はすぐ離婚しました。なので、母が子ども二人(兄弟)を育て上げました。
ピンチの連続ばかり。見ていて母はひどく大変でしたが、子供のほうも大変でした。

去年だったか、大正昭和の若い油絵画家たちの美術展を観に行ったことがありますが、
どの絵も色が暗くて陰鬱なので驚いたことがあります。
作家もデリケートなのでしょうから、特に若いときはちょっとしたことが気になるのでしょうか。
朔太郎の娘の葉子の自叙伝を見ると、当時の家庭の因習のようなものを感じます。
今の時代は問題は多々ありますが、昔とは大違い。基本的に明るくて、何でも言えて、何でも好きなことが出きる、いい時代だと思いますね。

2015/03/02(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ありがとうございました。

バーソさん こんにちは♪

昨日は文字変換トラブル対処のリンクを貼ってくださってありがとうございました(^^)
今度またなったときのことを考えると安心できます^^

萩原朔太郎さんの詩は読んだことがなかったです。
とてもナイーブな感性をお持ちなんでしょうね。
少年の頃の作品・・ってすごいです。

ありじごくのアニメ素晴らしいですね♪
ありさんもかわいいし^^
オチがまた。。。(´∀`;
砂時計の中にいたことがわかった
ありさんの気持ちはどうだったのでしょうね^^
ホッとしたのか それとも?

ありのみぞ 知る。。。(^^)

2015/03/02(月) |URL|koto [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

kotorinさん ありがとうございます^^)

調べたら、英語の大文字になってしまうのは[Caps Lock]がONになっている場合もあるようですよ。解除法は [Shift]キーを押しながら「Caps Lock」キーを押す。

この詩、「少年の頃の作品」と知って、私も驚きました。この種の才能は天性のものであるせいと、よく勉強しているせいもあるのでしょう。私なんか、「貪婪」という言葉、見たことも食べたこともないです。(笑)

ゆるキャラでもアニメでも、顔がポイントじゃないでしょうか。この子はかわいいですね。
オチ。私もアリの気持ちを考えたのですが、とにかく食われて死ぬよりはいいだろうと思いますが、一生ずうーっと砂時計の砂に流され続けるのも怖いですね。

この単調に同じ事を繰り返して生きるアリとは違って、私たち人間のほうは、波乱万丈、波風も多々ありですが、毎日の生活にいろいろと変化と味わいがあるのがうれしいkotoです。(^^♪

2015/03/02(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

これ、合唱曲であります。姉が高校の頃唄っていました。
なかなかに、ヒステリックな曲でした。

2015/03/03(火) |URL|宝香 [edit]

宝香さん ありがとうございます^^)

宝香さん ありがとうございます^^)

さっそく「東京放送合唱団 混声・女性合唱」のYou-Tubeを見つけて聴きました。
確かに、高い女性の声で始まる、怖さを煽られるようなヒステリックな曲でありました。
もっと軽いノリのポップス系の歌い方なら、また違ったふうに聴こえたかもしれません。
他にも蟻地獄の歌があって、情念系歌謡ロックバンドのはおぞましげでした。
登っても登っても登れないというのはイヤですねー。私ならすぐあきらめます。

2015/03/03(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

子供の頃は普通に蟻地獄みられたんですがね。
今はみませんね。

2015/03/03(火) |URL|マウントエレファント [edit]

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

そうですね。蟻地獄。私もそう言われれば、ずいぶん見てない気がします。
というより、砂の落とし穴しか見たことがなく、この虫ご当人とは対面したことがないですね。
会ったら、いい人生の教訓になったかもしれませんが、でも見ないでよかったかもしれません。見たら恐ろしくてトラウマになって、夢でうなされることになったと思います。
怖いものはなるべく見ないほうがいいみたいです。臆病な私の場合ですが。(笑)

2015/03/03(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは、バーソさん

わたしは不必要なものは見ないです。
言葉だけで十分ですね。
見てイメージとして残るものは
いいものがいいなって思っています。
でも、この世にあるものって
何かしら意味があってあるのかなって思います。
ありにしてもありじごくにしても
意味があってそこにあるのかなって思います。
いろいろなものがあってこの世界を織り成しているのかなって
今の自由な時代に生きるひとりのひとりごとです。

2015/03/05(木) |URL|Asasane [edit]

Asasaneさん ありがとうございます^^)

Asasaneさん ありがとうございます^^)

不必要なものは見ない。いいイメージが残るものだけ見る。
そういう選択をするようにしてるのですね。それもひとつの良い生き方なのでしょう。

確かに、この世にあるもので意味のないものはまったく無いのでしょう。
すべてのものは必ず何かの《意味》があるからこそ存在しているのでしょう。
ただその《意味》が、不可思議であったり、残酷に感じるような場合、
人間にはその存在理由が理解できないことがあるに過ぎないのだろうと思います。

面白いのは、その《意味》ですが、人間はあらゆることに、自分で感じたり考えたりして、これは善いとか悪いとか、楽しいとか悲しいとか、何らかの意味を付けていますね。
でも、その意味付けは悪いことではなく、人生の楽しさ面白さを増しているのでしょう。
それが無かったら人生に抑揚がなくなり、日々の生活が無味乾燥になりますから。

ただ、その意味づけは気をつけないと、つまり「思い込み」が過ぎると、不必要に心配したり、恐ろしがったり、人を嫌ったりする原因になりがちです。
人間として生まれて、この地球で生きることは、いろいろと面白いものですね。

2015/03/05(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/05/11(水) || [edit]

Re: タイトルなし

mさん コメントありがとうございます^^)
> 人間はやはり虫のように 
神さまの掌の上で一生をもがいて生きるものなのでしょうか

 幼虫時にこんな「ありじごく」のような生き方をするように生まれてきた動物。どういうつもりで創ったのですか?と神に聞きたくなります。
 
 人間も、もがいたりあがいたりして生きていますが、智恵を使っていろいろな問題に対処できるのがこの虫たちとは違うような気がしますが、どうでしょう。あ、でも、虫たちは虫なりに生まれ持っている智恵を使っているのでしょうかね。

> 巌を蹴り 掴んでも掴んでもこの壁は
さらさらと音を立て 崩れゆく
千尋の谷底に転がりし この瞳
見つめる空は 糸の如く細い

 うーむ、これぞ朔太郎の詩にふさわしいコメント。「糸の如く細い」ですか。なるほど。
 砂の出すさらさらという音が人生の無情を語っているようですね。

> いつか 羽根を持ったなら
そのひと時に すべてを貪り紅を差し
昇る陽に焼かれ 蒸発してしまいたい・・・

 うわーっ、内面が燃えている情念の女、という感じですね。
 唇に紅を塗った『砂の女』みたいです。これは映画をテレビで観ました。独特の雰囲気のあるモノクロ映画でした。

 「一瞬でもいい」ですか。「とても幸せ」を感じたならば。
 そうですね。せめて息を引き取るときはそうであったらいいですね。いや、毎瞬毎瞬がそうであったらいいですね。

2016/05/11(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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