「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 木を見て、森を見て、もっとその先を見る。 

最近、ある作家の文章の一部が注目され、アパルトヘイトだと大合唱された。
過去、言い方が差別語だと難癖を付けられ、断筆宣言に至った作家がいた。
私も、文章力か読解力の不足かで、記事と人格まで非難されたことがある。

特にネットでは相手が目の前にいないせいと、時代が短気になってるせいか、
すぐに「木を見て森と決め付ける」傾向が目立ってきてはいないだろうか。
 
枝葉ではなく森全体をよく見る重要性は、以前より増しているのかもしれない。

最古
        樹齢5000年。世界最古の木「メトセラ」。出典:GIGAZINE

しかし、肝心の「森」と「林」の区別がはっきりしてなければ話は始まらない。
なので若干唐突ながら、「森」と「林」はどう違うのか?の話に移りますよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「林」と「森」は、視点の違いによっても区別が出てくるようだ。
字は「林」は木が2つで「森」は木が3つ。森のほうが木が多いと思いがちだ。
だがアフリカの密林や熱帯雨林は「林」と書くが、実際は木が多くて広い。
県民の森や鎮守の森は「森」と書くが、木は少なくて狭い所が多い。

では、林と森とはどう違うのか。その区別には、いろいろな説がある。

A:林も森も木がたくさん生い茂っている所だが、森は木が密集して規模の大きいほう。
(新潮日本語漢字辞典、明鏡国語辞典など)

B:林は水平方向に広がっていて、森は上方向に伸びている。
林の字形は、木が横に並んでおり、同じ高さの低い木々から成っている。
森の字形は、林の字の上に木があるので、高い木々から成っている。

C:人の手の入っているのが林で、木が自然に生えているのが森。
林の語源は「生やす」からきているので、人間が木々を生えるようにした所。
森の語源は「盛り」からきているので、自然に木が盛り上がったようになっている所。

D:「林」は場所を指し、「森」は様子を指している。
森は、うっそうと茂っている林の意。 森のほうが陰気で、暗く、こもっている。
林は木がたくさん見えるが、森は葉がたくさん見える。 

E:森には「神宮の杜(もり)」と言うように、神社などの神聖な場所という意味もある。
漢字の「杜(ト・ド・ズ)」は「塞ぐ」の意だが、国訓では「モリ・ヤマナシ」と読み、 
神社の神聖な区域や木立を指す。(岩波国語辞典、新明解国語辞典など)

F:農林水産省では、人工的なものが林、 自然にできたもの(自然林)が森。
ただし林業分野では、人工林を森林と言うことが多い。


林と森の区別はさして無いようですが、どの説明も、なるほどと思えませんか。

880.jpg
        ドラキュラ伯爵の故郷ルーマニアの山。出典:boredpanda     

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
人間は、《マクロ》と《ミクロ》のほぼ中間で生きている。

をマクロに見れば、地平線が見え、大陸が見え、地球が見え、太陽系が見え、
直径10万光年の銀河系となるが、観測可能な宇宙には銀河が1700億以上もあるそうだ。

をミクロに見ていけば、木が見え、枝や葉が見え、細胞が見え、分子が見え、原子と
なるが、原子は1兆分の1の1万分の1mm未満の大きさの素粒子で成っているそうだ。

人間を1とすると、およそ宇宙は10の28乗、素粒子は10の-27乗になるらしい。
そうであれば、人間の大きさは、宇宙と素粒子のちょうど真ん中あたりになる。
人間は、極大にも極小にも思いを馳せられる極めて好位置で生きているのです。

木を見るか森を見るかで争論が終わりそうもないときは、視点をもっとマクロ・ミクロ
にしてみれば、石川五右衛門のように「ちいせえ、ちいせえ」と言いたくなりそうです。
            _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

「The Scale of the Universe 2」。
超ミクロの量子泡から超マクロの広大な宇宙まで、あらゆるサイズがスライダーを
動かすだけで分かる。→ クリック (参考:GIGAZINE
スライダー3
 (最初に表示されるのは10mの0乗・1mの世界。中心の円は直径1m)

~~~~~~~~~~~~~~~~付録~~~~~~~~~~~~~~~~~~
木を何本も集めて作った、字書にある字。

kmiall.jpg   
 (読み不詳)   (エン)     (サツ)     (エン)      (庭の意)
         ↑ この「エン」と読む字は、キキキリンと読めるとか。
 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

Q:クイズ:「木」を何本も集めて合成字を作ったら、何と読むか?

1~10本の木を使った字の読みを考えてください。(ヒント:木×6本=東京港区にあり)
A:答えは、カギカッコの中をドラッグしてください。 実際に日本の地名にあります。
一本木(61)、二本木(64)、三本木(67)、四本木(しほぎ・1)、五本木(4)、六本木(14)、七本木(5)、八本木(5)、九本木(くうぎ・1)、十本木(1)。 ※千本木(4)もあり
~~~~~~~~~~~~~~~~資料~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「校閲部長の言葉の手帳」清湖口敏(産経新聞出版)
「知の間接技」http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/intelvt/intelvt_015.htm
「木・林・森」http://www.hirobanet.com/washizu/moji/ki.html
「雑学辞典」http://e-zatugaku.com/nihongo/hayasitomori.html
「Wikipedia・森林」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E6%9E%97
「漢字部屋」http://www.geocities.jp/f9305710/henkanji.html
「大修館書店漢和辞典・漢字Q&A」http://www.taishukan.co.jp/kanji/qa09.html
「Yahoo知恵袋」http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q146907799
「All About」http://allabout.co.jp/gm/gc/31331/
「柊木匠の空の高みに憧れて」http://ameblo.jp/lifstylecouncil/entry-10709709836.html

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こんばんは

バーソさん、またまた・・・・やってくださいました。
マウスをスライドして答えを出すというテクニック、すばらしい。

「森林」は木の生えた平坦地と盛り上がった地域を両方含んだものを指すのでしょうね。「山林」とは平たんではない土が盛り上がったところに森よりも少ない木が生えているところ、という意味に解せますか。

2015/02/21(土) |URL|うさぎ屋 [edit]

森と林

バーソ様
おはよう御座います。

森と林はただ漠然と使い分けていました。
私の住んでいる近くに「流山おおかたの森」と
いうところがありますが森というには規模が
小さすぎます。でも森の方がイメージがいいの
でしょうね。
人の名前にも森さん林さんがありますね。
しかもすべて大中小があります。
大森さんとか小林さんとか。
小森さんと大林さんはどちらが大きいか?
やはり素子がいるので大林さんでしょう。

愛新覚羅

2015/02/21(土) |URL|aishinkakura [edit]

おはよう

ほんと、最近は人が喋ったり、書いたりした全体から
意図的に一部だけ抜き出して批判する輩が多いです。
辞書の林と森の違い、言われてみると全部当てはまります。
私の友人の林君は明るくて、森君は暗い←関係ないか(笑)
Gigazineの「The Scale of the Universe2」の記事、いいですね。
お気に入りに入れました。細胞の核の中の畳まれたDNAを
伸ばすと2mあり、人の細胞数が60兆あるから全部足すと
地球-太陽間の800倍あるとか。
以前教えていただいた蝶の図鑑もよく見ています。

2015/02/21(土) |URL|エリアンダー [edit]

ごめん・・!

ごめんなさい バーソ様

林ひろ子 と 森まさ子 しか思い浮かびませんでした

たしかに 森の方が 暗い感じがするのは

多分 私だけでしょ    

2015/02/21(土) |URL|ブッキ~ナ♡ [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

あははは・・・白いものをドラッグするという考えは、私の創作ではないのですよ。
ドラッグだけはするな、と親の遺言で固く禁じられておりますのでね。(笑)

森林と山林の定義、おっしゃる通りなんでしょう。漢字は形を見れば、おおむね意味が分かります。木や林や森なんて、じつに分かりやすい字ですね。漢字の国に行ってもさほど困らないだろうと思うのですが、まず行くことはないので関係のない話でした。

うさぎ屋さんは山林があるので、林の木々の間をさわさわと通り抜ける風には、樹々や葉々の香りも混じっていて、歩く気分には格別なものがあるでしょう。いいですね。字を見て気を知ることはできません。人生とは経験を味わっていくものなんでしょうかね。

2015/02/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

林よりも森のほうがイメージがいい。そうですね。緑が多くて、静かで、ひそやかで、心やすらぐ奥深い印象があります。林から、ハヤシもあるでよと不満を言われそうです。

森と林に大中小があるというのは、なるほど、面白い。それはおそらく、先に森さんがいたので、隣りの人は区別するために大森の名にして、その隣りの人はしょうがなく中森にして、その隣りの人は泣きながら小森にしたのでしょうか。映画評論家の小森和子さんを銀座で数回見かけたことがありますが、そういえば大柄のひとではなかったです。(笑)

>小森さんと大林さんはどちらが大きいか?
>やはり素子がいるので大林さんでしょう。
おお、素晴らしい。私の感覚では、今までのコメントで最高傑作です。(笑)

2015/02/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

おはようございます。
ほんと、ヤカラです。意図的に一部だけを抜き出すのは困ったものです。一つの新聞や特定の番組だけを見てるとそういうことが分かりませんが、今はネットのおかげで、情報が多方面から入手できるので、ありがたいことです。

「The Scale of the Universe2」は、エリアンダーさんの好みだろうと思ってました。
分子や量子の世界と星や銀河系の宇宙がフラクラルになっているということは、統一した原理(≒神)が働いているとも言えなくもなさそうで、それも興味深いことです。
タゴールは、月を見て光と闇の神秘を見るのか、それとも無数の原子を見るのか。もし人間が、月だと感じなくなれば、それは月ではなくなると言ったそうですが、世の中にはいろんな人がいて、それぞれの人に異なった見方や考え方があるというのも面白いものだと思います。

2015/02/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ブッキ~ナ♡さん ありがとうございます^^)

ブッキ~ナ♡さん ありがとうございます^^)

あははは・・・林ひろ子と森まさ子を思い出しましたか。
昌子さんのほうは昔と比べたら、ずいぶんきれいになりましたね。
私がすぐ思い出せるのは、林は、林 修、林 芙美子と、ええと、林家三平は違いますね。
森のほうは、森 進一と、森 喜朗かな。元首相のほうがだいぶ明るそうです。(笑)

>たしかに森の方が暗い感じがするのは、多分、私だけでしょ
おおー、なにか暗い思い出がありそうな意味深の言葉じゃないですか。ひょっとしてオオカミに追いかけられたかと思ってしまいますが、そういえば「赤ずきん」とか「眠れる森の美女」など、童話の舞台は圧倒的に林より森のほうが多いですね。森のほうが話が発展しやすいのか、あるいは昔は木が多くて森のほうが多かったのかでしょうかね。

2015/02/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

う~~む、面白い。
とても漢字の勉強になりますね。
森と林の定義、、、難しいですね。
個人的な感覚だと数が少ないのが林、多いのが森。。。みたいな感じがしますが。

2015/02/21(土) |URL|LandM [edit]

LandMさん ありがとうございます^^)

LandMさん ありがとうございます^^)

おお、はじめまして。よくコメントを書いてくださいました。
少しは面白いと思っていただけましたか。そうなら、よかったです。(^<^)

>個人的な感覚だと数が少ないのが林、多いのが森。
私も同じ感覚でしたね。漢字は象形文字なので、普通はそう思うでしょうね。
木が3つで森なら、木が4つだとほんとに密林と読むような気がしませんか。

「森羅万象」という言葉があります。宇宙に存在するあらゆる事物・現象の意です。
この「森羅」とは、樹木が限りなく茂り並ぶことだそうです。
木が極めて多い景色には、なにか神妙で不思議なイメージがありますね。
現代人には、暮らしに木の感覚を忘れないでいることも大事なことなんでしょうかね。

2015/02/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

杉林というように林は人の手がはいったというイメージがします。
説明を受け、納得しました。

2015/02/21(土) |URL|マウントエレファント [edit]

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

>杉林というように林は人の手がはいったというイメージがします。
なるほど。そうですね。普通、私たちが「杉林」と言う場合、人里近くにある林や、何々池の傍にある林とか何々公園の奥にある林など、特定の林のことを言ってるでしょうか。
そうであれば、狭い日本では、人の住む所に近い林は大抵、人の手が入ってる場合が多いのでしょう。一方、「森」と言うと、山奥のほうにあって、道もなく、人も通れない所のように感じますね。

「森」という字は小学校の最後の学年で習うそうです。こんな簡単な字でも、人それぞれに自分のイメージがあると思うと、面白いものですね。

2015/02/21(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

木を見て森を見ず、、、
多ぃ様なきがしますねーー;

また森だけ見ても、
個々人の個性特徴を見落としても駄目だし、
結局は、臨機応変に判断対応出来るような想像力や感性良識が必須という事に尽きるのかもしれません。
一言でいうと、『成熟度』っていうのかな、、、
なんか、世の中全体が近頃、幼稚になってきてるように思います。
顕著な例が、マスコミとかの個人批判とか、国会の質問答弁とか、
揚げ足取りの方便に一部分だけ取り上げたりして、
とどのつまり、本題から、すっかりずれているというか・・・。

あ、、、えと、
アタシは、「森」は神聖なイメージ、あるいはベースには聖や生がある感じがします。
人間が犯してはならなぃ空間。
だから魔女やら鎮守の森の言い伝えがあってしかる場所。

それに反して、林は、人の手が加わった木々が生えてる場所。
ものすごぃ勝手なイメージですけど(笑)

丁度、 「湖」 と 「池」 の感じかな。

でもね、ウチの近所で周囲約18キロもある
「湖山池」ってのがあるんですけど、、、
風光明媚で、レイとの散歩コース、
昔からの民話もいくつかあるし・・・そぉすると「池」の定義から外れるんですけどねー
これって、どぉ解釈するべきかなぁっていつも思うんです(^^;)

2015/02/22(日) |URL|レイまま☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

うわーーッ、ずいぶん考慮と熟慮と深慮をしてくださったようで、ありがたいことです。
ほんと、揚げ足取りですよね。本題から外れていて、決して有意義になってはいない。

最近の曽野さんの発言にしても、ちょっと不用意な文章が一部にあったと感じましたが、こういうとき、待ってましたとばかりに、声を荒げて糾弾する正義の仮面を付けた人が必ず出てきます。一見、正しいように見えるのですが、どうなんでしょう。

おっと、森と林の話でしたね。そうそう、森のほうは聖や生があるイメージがあります。
東京では森というと明治神宮しか思いつきませんが、あそこは木が鬱蒼と生えていて、西行が詠んだように「何事のおわしますかは知らねどもかたじけなさ」を感じますね。

「湖」と「池」。なるほど、「沼」のことも思い出しましたが、確かに似てますね。
「湖山池」って、うーむ、これまた、ひとを悩ませる名前だ。これって、遠くのほうに湖があり、その前に山があり、その前に小さな水溜りがあったので、非常にわかりやすい名前とされたのじゃないでしょうか。(笑) いい所にお住まいですね。(^^)v

2015/02/22(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

 バーソさま 
 毎週のお勉強会! たいへんタメになります、
 頭の中にも ため込んで 使えれば幸いです、 

 何かで見た話しですが、
 死んだ木を読んでいるのかい? 
 何かと思ったら 本!でした、
 木が紙になり 本になり 私たちの役に立つ! 
 
 実家にいた小中高の遠足は 阿蘇方面が 多かったですね、
 手の入ってない うっそうとした森!
 どうやってあんな所へ行くんだろうと、 
 誰も行きません、 余計なお世話でした、 
 
 私が住む町は 埋立地です、
 30年以上経ちます、 当時は林?が 今は森のようです、 
 
 いつもありがとうございます、 たか

2015/02/22(日) |URL|たかちゃん [edit]

レバノン杉かっこええー

 ああいう半ば枯れた木はかっこいいですな。フリードリヒの画に出てきそうです。
 森と言うと個人的には杜。鬱蒼と深く、例え小さくとも人の入り込めない神聖な場所。
 逆に林はある程度の広がりがあり、木の下には広い空間がある感じでしょうか。
 いずれにせよ、大切にしたい緑なのであります。
 ところが、人は木があるとこれを切り倒したがる。人の住む土地は荒地なんだそうな。木を切りコンクリートで固め、草が生えようものならむきになって引き抜いて回る。うーむ。東京は雨の降る砂漠とはよく言ったものです。アフリカ西部に端を発する人類が荒地を好むのは当然と言えば当然なのかも知らんけど、やっぱりわたしゃ森がいいな。

2015/02/22(日) |URL|miss.key [edit]

おはようございます。

木を見て森を見てもっとその先を見る

バーソさんの冒頭の言葉に、私はググーッと響きました。

私事で恐縮なのですが、
金曜日から、友人の誘いで熱海の古い温泉に行きました。
気持ち、切り替えのためです。

仕事で接する高齢者の横暴にわたし、人生初のタンカを切りました。
もちろん、本人ではなく、上司にですが。

労働者になった23歳から、今まで平和主義の私が職場で感情を
あらわにしたのは、始めてです。

その高齢者には、合わないと宣言したのです。
そしてそのあしで、熱海。

学生時代の友人が誘ってくれたので便乗でしたが、これもタイムリー。

土曜、バーソさんの木を見て森を見て・・・・その先を見るという
ことばが、私のココロに染み入りました。

わたし、目先を見てたかも・・・って。

爆発した自分には後悔はないけど、そのあとが大事だと思ったのです。

そのあとの気持ちの持ち方こそ、大切。

ひなびた温泉で私、思いました。

木、森その先に、私は目をむけなくっちゃ!!

そしたら食欲でてきました。

個人的なことですいません。 でもタイムリーで有難いことばでした。

2015/02/23(月) |URL|森須もりん [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

「木が死んで紙となり、本となって人間の役に立つ」ですか。なるほど。
そういえば植物も動物もそういう場合が多いですね。みんな人間の役に立って、
というか、立たせられています。彼らにはあんまり無理をさせないようにしないと
地球は荒れ果ててしまって、ついには人間も死んでしまうと困りますね。
まあ、わたしは楽観的な見方をするようにしているので、それほど心配はしてませんが。

日本は狭い国だと言われます。でもちょっと都市から離れて車で移動すると、道の両側は林や森や山(と海)ばかり。日本は緑の国じゃないかといつも思います。
どこを、どう思って、見るかで、人の感じ方はけっこう変わってくるのでしょうかね。

2015/02/23(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

miss.keyさん ありがとうございます^^)

miss.keyさん ありがとうございます^^)

冒頭の絵でフリードリヒの名を思い出しましたか。
miss.keyさんは、神秘的で幻想的な木々の絵に想像力をかきたてられるのですね。
森と林の区別。私もそんなイメージですね。・・・こんな話を思い出しましたよ。

第三次世界大戦が終わって、その何千年か後の時代。かつては東京と言われていた遺跡が発掘され、詩の断片も発見された。それを見た考古学者たちは、大昔、東京は砂漠であったと断定した。その詩には「東京砂漠」というフレーズが書かれていたからだ。

「アフリカ西部に端を発する人類」ですか。そうそう、そんな説がありました。
あれは数個の骨をアフリカで発掘し、それからDNAを分析して推論したらそうなるのでしょうが、そういうわずかな遺物を根拠に、そこまで結論できるのかと思ったりします。
ともあれ、今ある森や林の緑を精々大事にしていきたいものですね。

2015/02/23(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

森須もりん さん ありがとうございます^^)

うーーむ。性格というのは、歳を取っても直らないのでしょうかね。
性格は、経年変化でだんだん磨かれていく場合もあれば、ますます頑固になっていく場合もあるのでしょう。高齢者は両極端になり勝ちなのでしょうか。困ったもんです。

タンカを切る。気持ちを切り替える。環境・空気を換えてみる・・・。そうです。
相手は変わらないのですから、こちらが変わるしかありません。精神を変え、環境を換えるのは、積極的な良い対処法でしょうね。

何ごとも忍耐すべきだというのは消極的で無難な対処法です。すべて何でも我慢して辛抱ばかりする必要はありません。「合わない」と宣言することはいいことだと思いますよ。

>そのあとの気持ちの持ち方こそ、大切。
そうそう、そうです。そう思うのは、そう思えるのは、素晴らしい特質だと思います。

「木を見て森を見てもっとその先を見る」に注目してくださり、うれしいです。

2015/02/23(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

物事は単純に考えるのはよくないような。

ネット社会になり、便利な世の中になりましたが、その反面、負の部分も出やすくなったと思います。
犯罪までとは言いませんが、私もブログ開設当初は色々とトラブルがあったものです。

技術的なものより、一番難しいのは人間関係ですね。これはネットに限らない事ですが、特にこういった世界では顔も見えないと言う事もあって、自分が出やすくなるんですね。

コメントで悪気はなかったけど、向こうは悪くとって抗議が来た事もあります。
文字だけの会話ですから、そのまま受け取る方も少なくありません。「木を見て森と決め付ける」。まさにそうだと思いました。

そういうところもあって、万が一何か起きた場合は木を見て森と決めるのではなくて、その先を見て綺麗に解決する方向にしています。

私もちょっと”しゃあしい”ところがありますからね。

前回のコメ返で私の名前の事を言ってましたが、これは私のブログで2014年度の挨拶の記事に詳しく書いています。
以前は違う名前で活動してました。

名前の由来ですが、そうまは普段は相馬と書きますが、相を想に変えたのは、小説書く自分に想像力と言う必要さから、想にしました。後そうまと言うのは響きがいいなって思ったからです。

涼生は涼しく生きる。ブログと言うのを知り、何事も初めての経験でした。色んな中で悩み、戸惑いもしました。そんな中でも自分を保ち、涼しく生きようと思い、この名前にしました。

2015/02/25(水) |URL|想馬涼生 [edit]

想馬涼生さん ありがとうございます^^)

想馬涼生さん ありがとうございます^^)

いつも丁寧で真面目なコメントをありがとうございます。
開設当初はトラブルがあったのですか。象の足の太さだけを短い文章で論じているとき、いや、象は耳が大きいのだとか、象は牙が長いのだ、お前はおかしいとか言われても困りますよね。私の開設当初は、まったくと言っていいほどコメント無しでしたよ(苦笑)。

今回の私の話で、枕に出した一行目のアパルトヘイトの一文も、そそっかしい人からは、人種差別をしてると思われるだろうということは予期してはいるのですが、私は文章が極力その行に収まるように書くクセがあるので、つい言葉足らずになることがあります。

以前は楓良新という名前よりも、いまの名前のほうがまず涼やかな印象で、細身で、ナイーブな文学青年というイメージが強いですね。小説ブログにはぴったり。「涼生は涼しく生きる」もいいですね。涼やかという言葉は、物事に動じず、冷静だということですから。

「しゃあしい」って、うるさい、うっとおしいの意でしたか。もう、ほとんど忘れてます。(笑)

2015/02/25(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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