「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ゴッホは「荒れ模様の空の麦畑」で悲しみと溌剌を描いた。 

『カラスの飛ぶ麦畑』の絵は、いま私のいちばん好きな絵です。
そうなったのは「ゴッホの手紙」を読んで、ゴッホ自身の制作意図を知ったからです。
知ったら絵の印象が激変し、 先入観の危うさについて少々考えさせられました。

ゴッホが描いた「荒れ模様の空の麦畑」の絵は2枚ある。

1.「荒れ模様の空にカラスの群れ飛ぶ麦畑」 (1890年7月)
corbeaqwux.jpg

作家の小林秀雄氏が展覧会場で複製画を陳列してある広間を歩いていたとき、突如として
現われた、この、ただ一種異様な画面に愕然とし、その前にしゃがみ込んでしまったのだ
そうです。その感想文がさすがに文学的です。 ( 『ゴッホの手紙』 新潮社)
「熟れ切つた麦は、金か硫黄の線條の様に地面いつぱいに突き刺さり、それが傷口の様に
稻妻形に裂けて、青磁色の草の緑に縁どられた小道の泥が、イングリッシュ・レッドと
いふのか知らん、牛肉色に剥き出ている。
 空は紺青だが、嵐を孕んで、落ちたら最後 助からぬ強風に高鳴る海原の様だ。
 全管弦楽が鳴るかと思えば、突然、休止符が来て、烏の群が音もなく舞つており、
旧約聖書の登揚人物めいた影が、今、麦の穗の向うに消えた―――僕が一枚の絵を
鑑賞していたという事は、余り確かではない。寧ろ、僕は、或る一つの巨きな眼に
見据えられ、動けずにいた様に思われる」
 
  _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

2.「荒れ模様の空の麦畑」 (1890年7月)
lgpoi.jpg

多摩美大の中村隆夫教授は、ゴッホはこの絵を制作中に拳銃自殺を図った(7月27日)
ので、これは未完成で絶筆だ、と言っています。(『絵画の向こう側』 NHKシリ-ズ)

しかし、東京芸大の新関公子名誉教授は、この2枚の「麦畑」の絵は7月7日から10日
までの三日間に描かれた、それは十日頃と推定される弟テオ宛の手紙に明瞭に書かれている、
と言っています。(『ゴッホ 契約の兄弟』ブリュッケ発行)


ここでは新関説を採りました。
2枚の麦畑の絵には「孤独・悲しみ」と「強壮・溌剌」が描かれている。


ゴッホは弟テオに宛てた手紙の中で、「麦畑」の絵の制作意図を語っている。
「あれから3点の大きな油絵を描いた。それは不穏な空の下の麦の果てしない広がりで、
ぼくは、孤独と極限の悲しみとを表現しようと求めることを少しもためらわなかった。・・・
これらの絵は、ぼくが言葉では言えないものを、田舎にぼくが感じている健康なものを、
人を溌剌とさせるものを、きみらに語ってくれるに違いないと信じているからなのだ」 
 
(書簡649・逐語訳的な新関訳)

新関氏はまず、ゴッホは2枚の「麦畑」の絵について語っている、と説明する。
「この『不穏な空』が複数形であることにまず注意する必要がある。(鳥がいないほうの)
絵は一見よく晴れた空に見えるが、注意深く見れば地平から雲が湧き、右手の空が
暗くなり始めていて、なんとなく危機感がある」

絵を見る側は描く側の意図とは違う印象を持つだろう、とゴッホは考えている。
ゴッホにとっては、2枚の絵はともに不穏な空であり、ともに孤独と極限の悲しみとを
表現した作なのである。

 しかしそれは描く側の主観的観点であって、できあがった作品が第三者に与える
客観的効果は、健康で、人を強壮にしてくれるような、田舎の言語化できない活力だ
ともいう
のである」
(下線バーソ)

氏は、この2作品を見ていると「確かに無限に悲しくもあるが、またこのうえなく
生気溌剌として、すがすがしい田舎の空気を満喫しているような気もする」と述べています。

黒い鳥(カラスかどうかは不明)のいるほうの絵は、画集の印刷画よりもゴッホ美術館の
自然光で見たほうがかなり明るく、小林秀雄氏も後に実際の絵を見たときには予想外の
健康的な印象に当惑し、「絵としては複製画のほうがいい」と言ったそうです。


同 じ絵でも明るさを変えて見ると、ガラリと印象が変わる。


暗めにしました(明度を落として印刷した複製画を暗い室内で見たつもり)。
AA_2015021310115746d.jpg

明るめにしました(絵の具が生乾きの原画を明るい南仏の戸外で見たつもり)。
c gogh threatening

明るい色調のほうの絵はどう見えるでしょう。 私には、黒い鳥は陰気な死のカラスではなく、
勇壮に羽ばたくワシの群れに見えます。黄金の麦の穂は強風に翻弄され、激しく波打ちながらも、
生命を謳歌しているようです。不安げだった蒼空は清冽なバイタリティを発散しています。
不気味な3本の道は、陽気な田舎の道のように見えてきました。

「印象」というのは、先入観や観点の違いにより、ずいぶん変わるものですね。
世界の事象を暗く見るか、明るく見るかによっても、人生観はかなり変わるのでしょう。

ゴッホの麦畑は今もある。
絵本作家の安野光雅氏は、この麦畑に立ったとき、ゴッホの偉才を感じました。
「墓地に並ぶ丘の上は、ほとんど麦畑と空。そんな所でもゴッホは絵にした。私にはとても
描けないが、ゴッホを偲んでスケッチした。ゴッホが描けば同じ場所でも、あの鳥の舞う麦畑になる」


その麦畑は、こんな普通の景色の所です。
le-champ.jpg
写真:http://www.id2sorties.com



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1890年

1890年に描かれたのですか。
前年、1889年は、パリ万国博覧会が開催された年。
しかも、エッフェル塔の完成です。

なんとも当時としては近未来的なスタートだったかと思われます。
ヨーロッパの社会情勢も動いていた中での
あのうねりの絵画は、ヨーロッパの空気が、はいっているのではないかと思います。

その昔、日本人が、あのゴッホの絵をみたら、びっくりしただろうと
想像します。

見る側と描く側の違いがあるというところに深みがあるように
思えます。
絵を見るって、俳句を味わうのと、ちょっと、似ているのでしょうか。

私は、ゴッホの短い生涯を考えると、孤独の塊のように思えますが、
ゴッホという人に対する先入観がなければ

ひたすら力強さを感じます。

エッフェル塔が、空に高くそびえた時代。
塔が、酷評でも、なにかが動いていただろうヨーロッパの
空の下、つながる空のすそ野の麦畑で
ゴッホは、ありのままを描いたように思います。

久しぶりにゴッホの絵をみつめることができました。

2015/02/14(土) |URL|森須もりん [edit]

カラスのいる麦畑

バーソ様
おはよう御座います。

今回はまた極端に短い記事ですね。
絵はカラスのいる麦畑と題されたものですね。
この一部だけでゴッホとわかるので強烈な
個性だと思います。
しかし、人間の目はまず色を判別しますから
黄色の少ない部分だったら解からないかも知れませんね。

愛新覚羅

2015/02/14(土) |URL|aishinkakura [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

森須もりん さん ありがとうございます^^)

1890年は、パリ万博の年でしたか。私は、明治元年が1868年だなあと考えていました。

>日本人が、あのゴッホの絵をみたら、びっくりしただろう
そうですね。画風と描き方が全く違います。当時の西洋人も、弟のテオ以外、ゴッホを認められなかったぐらいですから。
そう思うと、日本人がそれほどには価値を認めていなかった浮世絵を、彼らが認めたというのは面白いですね。

>見る側と描く側の違いがある
こんな相反する概念をゴッホ自身が考えていたとは、と私もちょっと驚きました。
俳句もそうなんですか。受け手のほうは自分の感覚で鑑賞して良いということでしょうか。
有名な評論家の断言的に言う批評や注解は要注意かもしれませんね。

>なにかが動いていただろうヨーロッパの空の下、つながる空のすそ野の麦畑で
おお、名文です。時代の脈動はいろんな所につながっているのですね。
暗めのパリの空の下から物悲しいシャンソンが聴こえてきました。

2015/02/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

あらーーッ、「極端に短い」と言われて、やっと気がつきました。
クリックすれば続きのページが開くことを、あわてて付記しました。
(が、書き直して、最初のホームページで全体が見えるようにしました)

それにしても、この絵はよく知られているようですね。
絵のほんの一部だけで「カラスのいる麦畑」とすぐ分かるのですから。
私は、ゴッホといえば、なんとなく鮮やかな黄色のイメージです。
おっしゃる通り、黄色の少ない部分だったら解かりにくいかもしれません。

2015/02/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

おおっ、部屋を間違えたかと思いました。
この作品はゴッホが亡くなる少し前に描かれたんですよね。
ゴッホの病気は何だったのでしょうか。統合失調症、癲癇、
梅毒とか言われています。ルイス・ウェインの絵は統合失調症
のために冷たく、抽象的、奇異的に崩れていきます。
http://youtu.be/Htf2fER_T_s
でもゴッホの絵は暗く不気味ですが崩れた感じはないです。
バーソさんの明るくした絵はほんとにガラっと印象が変わります。


2015/02/14(土) |URL|エリアンダー [edit]

権兵衛が種撒きゃカラスがほじくる

 カラスとは結構陽気で滑稽で憎たらしくも可愛い鳥なんです。
 かーらすー何故鳴くの
 では可愛いものとして挙げられてますね。カラスの濡れ羽色言うでしょう。美しさの表現にも使われる事だって有る。なのにいったい何時から悪いイメージが付いてしまったんでしょうかね。個人的には白土三平あたりが怪しいと思うとります(え?違う?)
 それはともかく、ゴッホさんは目の病気で総てがうねうねして見えてしまったとか聞きます。あのうねうねが悪いんですよ。どうしても不気味に見えてしまう。潮の渦にしても竜巻にしても、渦っていうのは基本的に災害ですからね。日本画の効果線にしてもぐるぐるは鬼さんの登場に不可欠です。え゛、仏さんもぐるぐるした雲に乗ってる?そら、仏さんは基本的にあの世からのお迎え、平たく言えば死神ですから、有り難い存在かも知らんけど、なるべくお近づきにはなりたくない相手ですな(笑
 昔、友人がこんな事を言うとりました
「読者は作者が思うより【伏字】だ。」
 【伏字】の部分は正確に書くと毒気がありすぎるので想像していただくとしまして、作者の意図はそうそう伝わらんと言いたかったのでしょう。勿論そこには作者の力不足もあるかもしれませんが、概念を共有しているとは限らない他人が同じ感想を抱いてくれると考えるのもそもそも無理が有る訳で、つまり、しょーがねーなのであります。
 まあ、中には勝手に深読みしてくれて、作者が込めた以上の解釈をして深いなんて言ってくれる事もありますがね。そうなれば作者としてみれば儲けものです(笑。
 げーじつとは勘違いで出来ている
 うーむ、深い・・・え゛?不快?

2015/02/14(土) |URL|miss.key [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

ゴッホ展に行ったときに『星月夜』の絵が遠くから見えたのですが、強い狂気が発散されているのを感じて、やはりゴッホは精神異常なんだと思ったことがあります。
この『カラスの飛ぶ麦畑』も以前は不気味な絵だと思っていたのですが、ゴッホの制作意図を知ったら、そうでもなくなりました。ゴッホの絵には能天気に明るい絵もあります。精神的に良い時とそうでない時が入り混じっているのでしょうかね。

梅毒によるという説もあったのですか。ゴーギャンやロートレックもそうだったようですが、当時の江戸でも成人人口の半分がそうだったという話を読んだことがあります。特効薬ができて、今はいい時代になり・・・おっと、私には関係のない話でした。(笑)

ゴッホに自画像が多いのは、とにかく絵を描きたきたかったのだが、モデル代がなかったので、自分をモデルにして自画像を描いたのだそうですね。映画『炎の人ゴッホ』でゴッホを演じたカーク・ダグラスは、ゴッホにそっくりでした。自画像のうちの1枚は弟テオの顔だったそうで、ゴッホの半年後に死んだテオもゴッホにそっくり。瓜二つです。
http://tetsuwanco.exblog.jp/20451053
「ガラっと」という言葉、気に入ったので本文に使わせていただきました。

2015/02/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

miss.keyさん ありがとうございます^^)

miss.keyさん ありがとうございます^^)

童謡の「可愛い七つの子があるからね」とは、七羽いるという意味かと思っていましたが、そうではなく七歳の子がいるのだという説があります。七歳で可愛いと言うのも何だかなあという気がしますが、濡れ羽色と言われれば確かにそうで、やはり可愛いヤツなんですかね。たまにうちのベランダに来るカラスを見ると、あまり同意はし難いですが。(笑)

ほう、あのうねうねが悪いですか。潮、竜巻など、渦は基本的に災害ですか。なるほど、日本画のぐるぐると渦巻く空の景色は、怪しげな霊界のエネルギーのようです。言われてみれば、渦は不気味な怖ろしい感じがします。上のコメントにも書きましたが、ゴッホの『星月夜』の絵なんか、その典型ですね。美術展で観たときは、ちょっと怖かったですよ。

よく、評論家が絵を見て、作者はここで何を表現してるとか、作者のこんな人生観が分かるとか書いていますが、そんなとき、単なる風景画じゃないか、単なる人物画じゃないか、どうしてそこまではっきり言えるのかと思うときがあります(素人のせいかも)。
とはいうものの、そこまで深読みされ、勘違いされるような絵が描ければ、絵描きとしては最高。うーむ、幽界、じゃあなく、愉快千万でしょう。絵が描ける人は羨ましいです。

2015/02/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

小林秀雄がゴッホを評していましたか・・・・。
私事で恐縮ですが、小林秀雄訳A・ランボオ「地獄の季節」はわが青春の書でありました。
「時よ来い、来い、陶酔の時よ」とか
「また見つけた
何を
永遠を
海と溶け合う太陽を」
なあんて今でもよく覚えています。

明治・大正・昭和を生きた横山大観のインタヴューを、TVのアーカイヴ番組で観たことがあります。大観晩年のころでしたが、確かこう言ってました。
「若いころは絵を上手く描こうと思っていたが、今は絵も人間がやることだから、およそ人間のやることは人間(性)そのものだ。」
そこで、ゴッホの絵の永遠ですが、人間そのものを観るという見方があってもいいですね。

2015/02/15(日) |URL|うさぎ屋 [edit]

☆バーソ☆さん、こんにちは。

>絵を見る側は描く側の意図とは違う印象を持つだろう、とゴッホは考えている。

確かに描く側の意図が、見る側に必ずしも正確に伝わらない事はよくあることで、
アーチストはそれを理解しているから自由に創作できるのだと思います。
そうでないとアートではなく脅迫になってしまうと思います。

もっとも描いている時、誰かに見せる事などは考えていないでしょう。
描いている時は描くことが全てで、他者の視線など気にしないと思います。
それゆえ描いている時は、あらゆる制約から自由なのでしょう。

>同じ絵でも明るさを変えて見ると、ガラリと印象が変わる。

お~、これはすごい!!驚きました。
(絵の具がまだ生乾きの原画を明るい南仏の戸外で見たつもり)
の方は喜びにあふれているではないですか。
あらゆる生命が踊っていますよね。

先入観を持たずに物事を見るとこんなにも生き生きしているのですね。

2015/02/15(日) |URL|H [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

アルチュール・ランボオの名前を私が初めて知ったのは、
アルコール・コマーシャルで、妙な大道芸人が出てるサントリーローヤルでした。
うさぎ屋さんは、この詩人がお好きでしたか。多方面に、よく本を読んでますね。
コメントにも作家の言葉がよく出てきます。アート系であり、また文学系なんですね。
私は、ランボーは、スタローンのあの映画を最初に思い出します。(笑)

>「若いころは絵を上手く描こうと思っていたが・・・
>およそ人間のやることは人間(性)そのものだ。」
これは、もう芸術家として枯れた域に達した言葉なんでしょうかね。
ある高齢の弓道家が、極意は無念無想、的を見ないことだと言って、眼をつむって矢を放って的の中心に当てたので、外国人の弟子が驚いたという話を読んだことがあります。
90歳まで生きた大観も、人間を見て人間を見てない、風景を見て風景を見てない、というような精神域に達していたのでしょうか。こういうのを本当の芸術家というのでしょう。

>ゴッホの絵の永遠ですが、人間そのものを観るという見方があってもいいですね。
うーーーーーむ、この言葉も、深い。
私なんぞは、絵は構図や色や筆づかいしか見てません。画家の深遠な理念などはまったくと言っていいほど分かりません。ただ、いい絵を見ると、何か凄いものを感じ、感動したりする程度です。ゴッホには、その凄さと言うか、強いエネルギーがありますね。

2015/02/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Hさん ありがとうございます^^)

Hさん ありがとうございます^^)

>そうでないとアートではなく脅迫になってしまう
なるほど。この言い方は面白い。日の出、日の入りを見て感じる感動は1種類ではない。アートは、観る者が自由に見て、何でも自由に感じていいということなんでしょうか。

>描いている時は描くことが全てで、他者の視線など気にしない
これはアートの制作に思いを集中したことのある人ならではの言葉ですね。
落語に、老人が「ナムアミダ~」と読経している合間に、思いついたことを「今朝のおかずは何か」とか「鉄瓶のお湯が沸いてる」などと頻繁に妻に言う小噺があります。
俗人と達人とは精神の集中度が違うのでしょう。私は何をするときも雑念ばかりです。

>お~、これはすごい!!驚きました。
おお、Hさんも、そうでしたか。うれしいですね。同じ絵でも明るさを変えて見ると、こんなにガラリ印象が変わるとは私も気付かなかったです。
以前、ボッティチェリの『春』の絵の表面が洗われました。今まで見えなかった草花が見えてきましたが、それよりも、こんなに明るい鮮やかな色だったのかとかなり驚きました。
中世の名画は暗くて落ち着いている、というのは先入観なんですね。

2015/02/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ゴッホといえば、
バブルの頃、
「オークションで数億で史上最高値で落札☆」
みたいな話題ばかりが先行して、
(なのでアマノジャク的に)
最近まで、正直あまり関心がなかったんです~

でも、オルセーで初めて彼の作品を間近で見たときは、
やっぱり常人では無いなぁ(←良ぃ意味で)って思いました。
絵でも音楽でも、
分野は違えど天才達と呼ばれる人は
自分の精神世界や感覚や・・・世の中の全て諸々、
そぉいうのを表現出来る媒体を能力、手段を各々が持ってる人達の事なんですねー
また作品と言うのは、
満たされていない部分の補いの行為の結果だともいうし、、、
情熱的にも反して排他的にも不気味にも、いろいろ見えてどれも正解なのかもしれなぃ。
故にそもそも、作品というのは、巧く見えるのを気にしては創造しえなぃモノなのでしょうね。

私は絵画には詳しくありませんが、
同じ時代の音楽や風潮と結びつけて観るのが好きです。
なんか、作品から私でも汲み取れるモノが、、、
というより想像、妄想出来ると愉しいので~~ 
なので、実は私、
実際の作品は大して見てないのかもしれません(^^;)反省

2015/02/15(日) |URL|レイまま☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

あのバブルがはじけて本当によかったと思います。あの頃、日本人は傲慢でした。
商店や飲食店に入っても、偉そうにしている店主がけっこういました。ゴッホの「ひまわり」の話も、買った理由は絵が素晴らしいからではなく、これもイヤな話の一つでした。

オルセーに行かれたとは、おお、羨ましい。やはり「常人ではない」と思われましたか。天才は狂気と紙一重だとか言われます。特にアートの場合は当人の努力に加え、天与の感性がなければ天才にはなれないイメージがありますね。街を歩いている人たちの服装を見ても、センスというのは幼いときからの、もしくはその土地の感覚のように感じます。


>作品と言うのは、満たされていない部分の補いの行為の結果だ
なるほど。人は自分に無いからこそ、無いものを希求するのでしょう。納得です。芸術は巧く見えるのを気にしては創造し得ない。そんなレベルのモノではないはずですから。

>同じ時代の音楽や風潮と結びつけて観るのが好きです。
よく考えながら観ているのですね。私はそこまではいかないで、美術展では、ただ、なんで名画なのか、一体どこがいいのか、を考えながら観るだけですね。ゴッホの絵は非常に分かりやすいような気がしますが、何がわかったのかは、全然わかりません。(笑)
ちびレイちゃん、春の風と共に快方に向かっているようで、よかったですね。(^^♪

2015/02/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

バーソさま 

 この絵を見て びっくりしました、
 私の寝起きの朝の頭の中のようです、
 絵も言われぬ 何かに取りつかれたような
 そんな苦しみが 襲って来ます、

 いつも 苦しい夢をみて 眼が覚め 
 今日も1日 何があるのか?などと 
 考えてみますが 自分自身には? 

 ゴッホの映画を昔 観ました、
 耳?を切り 入院して 弟と会ってる?
 うろ覚えですが、そんなにまでして
 画きたい! 気持ちは 無趣味の私には 理解できません、 
 
 人それぞれ 好きな物は 違います、 
 今の時代の描き方と どう違うのでしょうね、 
 
 的を得ぬコメントで 失礼しました、 たか 
 
 来週は 何か 楽しみでもあります、
 ありがとうございました、

2015/02/15(日) |URL|たかちゃん [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

寝起きが悪いのは困りものですね。いい夢をあまり見てないのでしょうか。
時々私は電車を乗り間違えた夢を見て、それを朝 起きたとき覚えています。
潜在意識に遅刻への怖れがトラウマのようにあるのでしょうか。
遅刻はしたことがなく、それであせったようなことも無いのですが。妙ですね。

ゴッホのように、人生をかけてまで是非やりたいと思うことがある人はいいですね。
サッカーの本田選手は、小学生時代の作文にこう書いてます。
「ぼくは大人になったら 世界一のサッカー選手になりたい と言うより なる」
http://matome.naver.jp/odai/2137790644331529801

私はそれほどの趣味はないですが、今は生きてるだけで有り難いことだと思っています。

2015/02/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ゴッホの絵をみると、理屈抜きにぐっとくるものがありますよね。
インパクトが強く、感情を動かされずにいられない何かが。

2015/02/15(日) |URL|マウントエレファント [edit]

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

棟方志功は「自分は日本のゴッホになる」と言って青森から東京に出てきたそうですが、
日本人はおおむねゴッホが大好きな国民のようですね。
なぜ日本人はゴッホの絵が好きなのか。
おっしゃる通り、ゴッホの絵のインパクトの強さは比類のないもので、観る者はみな感情を揺さぶられます。それに、ゴッホの絵は具象的で非常に分かりやすく感じます。
そして、生きているときは絵がたったの1枚しか売れず、最後は自死を遂げたという、日本人向きの悲劇性があるせいではないかと思うのですが、どうでしょう。

2015/02/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

普通の麦畑の風景が ゴッホの手にかかると
こんなふうになるのですね。。。

ゴッホの目に映る景色はやっぱり
ゴッホの心象風景なのでしょうか。

最近自分で思うのは
自分は絵を概念的に描いてしまってるなぁということ。。
例えば、りんごはこういうもの。。と思い込んで描いてる感じ。

先入観念がどうしても入ってしまって。。。
はじめてりんごを見た!というような
子供のような視線が持てたらなって思います。

ゴッホはやっぱり天才なんだなって
ゴッホの絵をみると思います。
似たものは描けるかもしれないけど
ゴッホの絵はゴッホしか描けないんですよね。

2015/02/18(水) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

kotorinさん ありがとうございます^^)

よく分かりませんが、絵というのは誰でも自分の概念で、自分が見た心象風景を描いているのではないでしょうか。ただその程度が、より具象に近いか、より抽象に近いかの違いはあると思いますが。
私も、この場所の写真を見たときに、何でもないごく普通の麦畑ですから、ゴッホの感覚の凄さとその感覚をキャンバスに表せる技術力の凄さにあらためて驚かされました。

空を青でなく他の大胆な色で描く場合でも、作為的にそうしようと思うのか、自分自身の感覚で自然にそう思うのかとでは、表現されるものが結果として違わないでしょうか。

統合失調症の人の描いた絵は、とんでもない色や構図になっています。チンパンジーが描いた絵が非常に素晴らしくて、人間に描かれたと間違えられたという話があります。
そんな絵と、絵の具を適当にそのときの気分でバシャバシャ振りかけて描く抽象画と、どこが違うのでしょう。有名な抽象画家なら違いが出るのでしょうかね。「自然に」がいいと言っても、そこには何か違いがあるような気がしますが、よく分かりません。

kotorinさんの絵は激しさや荒々しさやケバケバしさとは正反対。優しくやわらかに描かれています。技術も向上し、感じ方や考え方も変わってくるでしょうから、画風というのは自然に変わる場合があるのでしょう。もし変わらなくても、それはそれでも全然いいのだろうと思いますが、絵というのは性格や人生観がよく出ますね。

2015/02/18(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おひさしぶりです

ゴッホは色覚にハンデがあって、ゴッホが見ていた色彩で見ると全く違う感じで驚いたことがありました。テレビでやっていたんですが本当でしょうか。
・・・小学生の時、すんごい鋭い感じだなぁ、と思いました。幼い時なので私の直感に近いと思います。
しかし・・・絵が売れなかったと後で知り、びっくりしました。
人間はやっぱり勝手だなぁとしみじみと。

2015/02/19(木) |URL|かれん [edit]

かれんさん ありがとうございます^^)

かれんさん ありがとうございます^^)

いやあ、お久しぶりです。よくコメントをくださいました。
このところずいぶん寒いので、お仕事のほう、かなり忙しいんじゃないですか。

色覚の件、ゴッホの色づかいが凄いせいでしょうか。検索してみました。
http://matome.naver.jp/odai/2136080437105882601
http://asada0.tumblr.com/post/11323024757(上記の反対意見みたいです)

ゴッホやモジリアーニなど、常識とちょっと違う絵は世に認めてもらえないんですね。
その時代の人、特に美術評論家や画商の感覚が遅れてる(鈍い)せいかもしれません。

音楽の場合は時代にマッチした歌詞のものがヒットするようですが、それは評論家が勧めたせいというよりは、その歌を聴いた人々の心に共感するものがあったせいでしょう。
そう考えると、世の権威者の言葉を盲目的にに受け入れるのは少々問題ありかもしれませんね。自分の目と耳をもっと信じたほうがいい、ということになるでしょうかね。

2015/02/19(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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