「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ひとの考えは、白でも赤でもどんな色でもいいはずだ。 

紙が白いというのは、基本的に良いことである。
 紙は白いゆえに、神聖さや純粋さを感じさせてくれる。
 紙は白いゆえに、絵や文字を引き立たせてくれる。
 紙は白いゆえに、ホワイトで容易に修正できる。

人間は本来、白い紙のようなものである。
 赤ちゃんはほとんど、真っ白な無垢の状態で生まれてくるだろう。

しかしながら、人間は成長するにつれ、いろいろな色紙いろがみに変じてくる。
 赤系やブルー系、地味目や派手目、右や左のほうに、薄く、濃く、染まってくる。

その《色》とは、親や教師、偉人、著名人、思想家たちの様々な思想の中から、
自分が気に入った考えを取捨選択したものである。それを一人ひとりが自分の色としている。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今あることは既にあったことだ。 これからあることも既にあったことだ。
(旧約聖書・伝道の書3章15節) 

発明とは、今まで世の中には存在しなかったものを、天才的な人が突然創り出したもの
ではない。発明のほとんどは、既存の要素を新しく組み合せたものに他ならない。

あの「相対性理論」にしても、誰も思いつかなかったことを一人の天才学者が唐突に
発表したというよりは、それ以前に多くの学者たちによる様々な理論や仮説の蓄積があり、
それらをアインシュタインが彼ならではのひらめきと思考で、つじつまの合うよう論理的に
解釈したゆえに、その順当な結果として「相対性理論」ができたと言うこともできるだろう。

これは正しい、あれは悪い、と判断する善悪の基準にしても、誰かに習ったか、
倣ったものでしかない。大抵は、生まれ育った環境や社会の考え方に強く影響されている。

ひとから教えられるのはイヤだ、何事も自分の頭で考えたほうがいい、と思う人がいるかも
しれないが、それもまた大昔からある少数意見の一つに賛同しているに過ぎない。

そして、それらの考え方の違いは、基本的に別に悪いことではない、のではないか。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    谷川 俊太郎 詩集 『すき』  理論社

    ほんは ほんとうは
    しろいかみのままで いたかった

    もっと ほんとのことを いうと
    みどりのはの しげるままで いたかった

    だが もう ほんにされてしまったのだから
    むかしのことは わすれようとおもって
    ほんは じぶんをよんでみた

    「ほんとうは しろいかみのままで いたかった」
    と くろいかつじで かいてある

    わるくないと ほんはおもった
    ぼくのきもちを みんながよんでくれる

    ほんは ほんでいることが
    ほんのすこし うれしくなった


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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ほんとうは、ひとは、
白いままでいるのがいいのかもしれない。

(そうすれば、世界から争いがなくなるかもしれない。しかし、もし料理が無色無味
であれば食事が味気なくなるのと同様に、人生もまた味気なくなるかもしれない)

もっとほんとのことをいうと、たとえば緑の葉は緑の葉というように、
ひとは自分の本来の色のままでいたほうがいいのかもしれない。

(個性や考え方の違いはあったほうが、人生はバラエティ豊かになる。人種の違い、
思想の違い、宗教の違いも、本来はあっていいはずではないか)

だが、もうこの世界はこうなってしまったのだから、
むかしのことは忘れようと思ったほうがいいのかもしれない。

(すべては白紙に戻したほうがいいのだろうか。人々がみな自分の《考え》を初期状態
になるようリセットすれば、世界は再起動し、新しい地球に生まれ変われるのだろうか)

ぼくのきもちを、みんなが知ってくれるのは、わるくない。
(世界中の皆が真っ白になったり、ひとつの色に染まるのを望むより、それぞれの色の
違いを認め、許容し、その色の違いを味わうのもまた悪くないことなのではないか)

ひとは、そのひとでいられることをほんのすこしうれしくおもう
ぐらいで、まあ、いいのではないか。

(ひとと比べて自分の幸福度を決める必要はない。生きていて、考えたり感じることが
できていれば、それは確かに、ほんの少しうれしく思えることで、ありがたいことではないか)

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
考え方やイデオロギーの違いで、争い続けるのは愚かなことだ。
憎しみの火で燃える炎は、憎しみで煽られ、さらに激しく燃え上がる。燃えれば
白い紙も黒くなり、灰になり、最後はみな虚空の彼方に飛び散り去ってしまう。

人は、互いにののしりあい、互いに殺しあうために生まれてきたのではない。
イスラム教であろうとキリスト教であろうと無神論であろうと、感情が憎しみや恨みの
極限にまでたかまってしまったなら、その時点でもう《人間として失格》ではないのか。

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地球上から、愚かな人がいなくなることは無い。
ならば、愚かな人に同じ愚かさで反応しないでいることは、一つの良い対処法だろう。
色眼鏡で見た不確かな情報に踊らされないでいることも、また良い在り方だろう。
               _ _ _ _ _ _ _ _ 

※:無慈悲で残虐な殺人行為は絶対に正当化できない。だが、空爆も、されるほうに
とっては大量殺人行為だろう。この世界では無暴力主義は通用せず、現実的ではない。
といって即、「眼には眼を」以上の対応をすれば、大勢の民間人が大惨事に巻き込まれる。
日本人は、70年前のあの焼夷弾の地獄や原爆2発の奈落によく耐えてきたものです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
画像:「見事なタイミングで激写された世界各地のスーパームーン」
http://labaq.com/archives/51794572.html
http://fishki.net/52217-redkoe-kosmicheskoe-javlenie--superlunie-14-foto.html
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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☆バーソ☆さん、こんにちは。

>人は、互いにののしりあい、互いに殺しあうために生まれてきたのではない。

まさにその通りで人は愛しあうために生まれてきたのに、
現実には何世紀にもわたって殺戮しあっています。
歴史からは憎しみからは憎しみしか生まれないという事を
学べるのですが、実際には人種や宗教を語って争い続けています。

もしかしたら《人間として失格》なのではなく
何かに《失格したから人間》なのかもしれません。
現実的ではないかもしれませんが、それでも僕は性善説を選択します。
やっぱり希望はほしいです。

>日本人は、70年前のあの焼夷弾の地獄や原爆2発の奈落によく耐えてきたものですね。

日本人は狂人に原爆を2発も落とされ多くの犠牲者を出しましたが
それでも許しました。
日本人は世界でも類を見ない「許し」を行った民族です。
きっと今までにない「殺し合い」に対する対応ができるのではないかと
思います。

2015/02/07(土) |URL|H [edit]

まったくそのとおりだと思います。
愚かなことの繰り返しは、もういい加減にしてもらいたいですね。

2015/02/07(土) |URL|マウントエレファント [edit]

考え過ぎはいけませんね

バーソ様
おはよう御座います。

今回は難しいテーマですね。
私が思うのは何事も理想を追いもとめすぎないことではないかと思います。
なんとなくボケーと生きていればいいのではないかと。
深く考えると、ろくなことが無いような気がします。
でも紙は白いままでは何の機能も果たしませんから確かに少しの活字があってもいいかも知れませんね。
他の生き方として色はなくても油紙となって水に耐えるようになる方法もありかと思いますが。

愛新覚羅

2015/02/07(土) |URL|aishinkakura [edit]

どんな獰猛な動物の赤ちゃんでも無垢で無邪気で可愛いです。
人間の赤ちゃんも真っ白で愛おしいですよね。
人間も動物も長ずるにつれ攻撃性、利己性、欲望が徐々に顕在化してきます。
これすべて遺伝子に書き込まれた情報のせいなんでしょう。
とすると個人の確執、国家間の争い、宗教の諍いはなくならないんでしょうか。
でも遺伝子に支配された人生なんてむなしいですよね。
最近読んだ「双子の遺伝子」は興味深かったです。
『遺伝子的には全く同一の双子にたくさんの差異が認められる。
これは遺伝子だけではなくDNA 配列の変化を伴うことなく後天的な作用に
より変異が生じるからである(エピジェティクス)・・・』
人はDNAがどうであれ変われるということです。
まだまだ希望は持てそうです。(笑)

2015/02/07(土) |URL|エリアンダー [edit]

Hさん ありがとうございます^^)

>Hさん ありがとうございます^^)

人種や宗教を語って争い続けています。

人が、人種や宗教やイデオロギーで争うというのは、突き詰めれば《優越感》を味わいたいということじゃないでしょうか。ひとより自分のほうが優れていると思いたい意識の根底には、心の中に根強い《ひとへの恐れ》の感情があるように思います。ワンワン吼えて攻撃的な犬は臆病なんだと言われます。そうであれば醜いことですね。

>もしかしたら《人間として失格》なのではなく
>何かに《失格したから人間》なのかもしれません。

おお、そうですか、《失格したから人間》ですか。《失格しても人間》じゃないのですね。
私も性悪説は信じません。その説は宗教が人間に罪悪感を植え付け、その原罪から救われるためにはこれを信じなければならない、あれをしなければならないと言いたいための虚偽の論理でしょう。人は本来は性善であるはずですが、長い歴史の中で、怖れや誇りや妬みなどが土台にあるために、いろんな軋轢や闘争が生じてきたのではないかと思います。

日本は今でも外国から言われ放題。日本人ほど平和に近い国民は世界にないでしょう。
《大和(やまと)民族》は、歴史の最初から、《大いなる和》の民族なんですね。

2015/02/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

>愚かなことの繰り返しは、もういい加減にしてもらいたいですね。

本当にそうです。中東の争いは今に始まったことではありません。これは土地や生活圏の争いのようで、元々は宗教的な考え方の違いによる争いです。自分は正しい、と宗教的に、あるいは信念で思い込むことは怖ろしいことです。思い込んでいる人間は、他人は間違ってると思い、ある場合には抹殺しようと思うわけですから。

ISISの場合はイデオロギーの行動が極端になった例なんでしょう。何にしても過激派というのは偏狭で、怖さがあります。自由主義陣営にも昔からあるので、要注意ですね。

2015/02/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

>何事も理想を追いもとめすぎないことではないかと思います。

そうですね。何かを作る(創る)ときに理想を追い求めるのは悪くないでしょうが、思想や主義、信念などで、自分の考える理想を実現しようと思うと、必ずそれに同調しない人や反対する人がいるわけですから、うまく噛み合いません。道理を忘れて理想だけを追っていると、そこには妥協や許容がないので、問題が発生してくるのでしょう。

究極的に、人間が一番大事にするのは、金でも名誉でも愛でも人の命でもなく、《正義》なんだそうですね。
「板垣死すとも自由は死なず」という有名な言葉があります。そういう信念とか正義感には、尊く立派だと言いたくなる良い一面もありますが、また一面には怖さもあるのですね。
油紙というのは面白い。これは、いろんなものを弾きますね。(笑)

2015/02/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

>人間も動物も長ずるにつれ攻撃性、利己性、欲望が徐々に顕在化してきます。
>これすべて遺伝子に書き込まれた情報のせいなんでしょう。

そうですね。長い人類の歴史の中で、遺伝子の中に、人間が思ったことや感じたことなど(潜在意識なども)が埋め込まれて、それが受け継がれてきているのでしょうかね。
 人間が生まれ育った環境というのは、おそらく一番大きな影響要素じゃないでしょうか。日本で育った人は日本的な考えを持ちやすく、外国で育った人はそれぞれの国の考えに影響されているのでしょう。
 そう考えると、人は、生まれながらに遺伝子に影響され、育った土地に影響され、両親や配偶者に影響され、ネットやマスコミにも影響され放題・・・。大手の新聞・テレビや評論家など著名人の発言にも要注意ですね。

>人はDNAがどうであれ変われるということです。

そうですか。そうでなければ人間はロボットです。人間は自由意志を与えられた、と聖書でも言ってます。確かに、後天的にいくらでも変われると思いますね。そうでなければ、人間一人ひとりに頭と心がある理由がありません。そうでなければ、おかしいですよね。

2015/02/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

白い色

バーソさん、私は、きょう、ちょっとした個人的な理由で
無色透明にならないといけない事情がありました。

その場所に自分という存在を消す。
アイデンティティの、空気のかけらも残してはいけない。

最も、大変だったのは、
髪の毛でした。カーペットの上を粘着テープのコロコロで取っても
完璧には取れないものだと知りました。

「ここに誰かいたか」ということは、床のどこかに
見えないほどの髪の毛一本が、必ずあって、存在の証明に
なる可能性があるのだと思いました。

無色透明には、なれない。
白色だったことは、あるかもしれない・・・

2015/02/07(土) |URL|森須もりん [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

森須もりん さん ありがとうございます^^)

んんーーーん。何があったんでしょう。「髪の毛一本」ですか。
なにか推理小説の書き出しのようでもあり、思わせぶりな文章じゃないですか。
きんぴら事件ならもう終わったはずですが、でもその後、思い出したら思わずカッとなってじゃないですよね。それとも、バーソにもっと頭を使わせよう、精々ボケさせないようにしよう、という優しい魂胆なんでしょうかね。(笑)
それにしても今日は、ほっこり穏やかな時間のようだからなあ。
んーー、私の個人的日常は、何だか分からないまんまです。

2015/02/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

すいません

わけわからないことで。

仲良し大好きな友人宅で過ごしていましたが、
そこのご家族さんが、遠方より来るということになって。

私は、帰るほうがいいので、掃除をしたわけです。
なるべく、きれいに掃除をしようと二人で頑張ったのですが
どうしても、毛の深いカーペットには、私の髪の毛がからんでいたのです。

透明人間になりたかったのですが、髪の毛って存在感あるなあと
しみじみ思いました。
無色透明って、人間には難しいなあと思った次第。

白色のバーソさんの文章で、思わず書いてしまいました。
ごめんね。

2015/02/07(土) |URL|森須もりん [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

森須もりん さん ありがとうございます^^)

なーんだ、そんなことだったんですか。
ちょっとした日常のことを非日常の事件のように書くのが得意ですね。
ちょっと心配してしまいましたよ(ウソ)。(笑)
それにしても、髪の毛が落ちたどうか、カーペットにからんでないかを心配したとは、
その友人は、ひょっとして・・・。とまた私に妙な推理をさせて。あははは。

2015/02/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

なにが性善説で、
 なのが性悪説なのか、、、

手術前のウチのちびレイなんか見てたら、
常時、とても痛くて、辛かった状況の中で、
何にもしてやれず、ただ撫でてやるしか出来なぃ時、
撫でてやると、
反対に必ず私の手をなめて気遣ってくれました。
(まだほんの小さな仔犬なのに!)
そんなとき、
あぁ、生きとし生ける物とは、本来、善なのだなぁと信じられますし、

かと思えば、
私自身、日常で、たわいも無い事で、邪心や嫉妬を持ったりする瞬間、
性悪説(ショーワル説)を確信したりしますし、、、

うぅーーーん、わからんです(--;)

ただ、真っ白だった頃はともかく、
善にも、悪にも、
 染まった根本・原因が各々あるのでしょうね。

あぁ、難しぃ、、、
ツラツラ書いていたら、
余計、何を言いたいのかわからなくなりました。。。スミマセン。



2015/02/07(土) |URL|レイまま☆ [edit]

こんばんは

前段部分、面白く拝見しました。
私はもうセピア色に染まっています。

モノゴトは何でも、そこにあるモノを見つけることだと思います。モノとはモノノケ姫のモノだと誰かが書いていましたが。

殺(や)らなきゃ自分(達)が殺られる、と人間は原始の時代からマンモスだか爬虫類だかと戦っていたころからの悲しき習性なのでしょうか、あゝ・・・・。

2015/02/08(日) |URL|うさぎ屋 [edit]

おはようございます、

バーソさま 
昨日は 大変失礼致しました、
ホントに 真っ白になり 隠れてしまいたい?
無理なので 正直に 白状しました、
ハイてしまえ! そうすれば すっきりするし
刑も軽くなる! なんて、・・・
サスペンスで 良く見ますが そんな気分でした、
これに 懲りずに お越し下さい、
もちろん 私も お邪魔させて頂きます、

消えてしまいたい・・・
肺の術後 ICUで 眠れぬ昼から夜を過ごし
朝が来ても 眼は開いたまま そんな状態で
歩きましょう!と 病室の廊下を 一回り
お前は 鬼か 蛇か と思うくらい?

やっと夕方から夜に掛けて 眠れて、
薬を飲ませてくれないのです、
意識がないのか ただ寝ているのか 区別がつかないから

隠していた影を経過観察が 手術しましょう!
なんて 言われて イヤ!と断れない私!
私も 隠れて 白い肌でいたかった!なんて・・・
人生は 後悔と現実の繰り返しでしょうか?
赤ちゃんの綺麗な眼! 
汚い物を まだ見ていない! 
そんな頃を 大事に子育てしてほしいですね、

イヤな事件ばかり 子が殺されたり 子が殺したり
どうしようもないのか? 

無垢な時代を思い出してほしい! 

いつもありがとうございます、 
的を得ない コメントで 恐縮です、

いつも どんな画像が出て来るか?
楽しみです、 

2015/02/08(日) |URL|たかちゃん [edit]

Q無邪気に罪が無いと誰が言ったか。A悪い人

 無垢、無邪気、それそのものに罪は無いが、染まりやすいという状態はつまり善悪の区別もつかないと言う事で、何色にでも染まる。大変危険である。
 しかし、最近は子供の数が少ないこともあって親の手がやたらと掛っている純粋培養の箱入り娘、箱入り息子が多い。無邪気なままに大人になればどうなるか。「自分」が無いから悪い人間のアジに乗せられて馬鹿やるのが落ちである。シリアくんだりまで行って愛死すなんぞに加わるわけーのが多いのもそう言う世相が原因なんだろう。
 自我を確立するのが大人になると言う事である。つまり、自分で自分を染めることは大切だ。体ばかり大きくなって中身空っぽの人間は、そういう自分を埋めようとして極端に走りやすい。

2015/02/08(日) |URL|miss.key [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

ほんと、動物を見てると、特にワンちゃんは無条件の愛しかないように見えますね。
ちびレイちゃんはどうですか。春になればだんだんよくなるのでしょう。もうすぐですね。
動物もそして人間も、本来は、善なのだと私も思います。

邪心や嫉妬ですか。まあ、ご謙遜で。でもね、私もあります。誰でもあると思いますよ。
そういうとき、性悪説もそうなのかなと思うこともあります。そうです。ショーワルです。なるほど、この読み方、ぴったりですね。

でもそういう性格上の欠点は、だれでも直す気があれば直せるものですし、それほど大きな問題ではないと思うのですが、問題は、自分の信念や規準を相手に強制的に押し付けるのが正しいと思い込むことで、そうなればそれは憎しみの感情になり、ついには相手を殺したいという思いにまで発展するのでしょう。
宗教というのは本来、人を平安にし、穏やかにするものですが、独善的で過激な思想を持つ宗教は怖いですね。中東では、各々の宗教の考え方が解決を邪魔しているのでしょうか。

2015/02/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

>前段部分、面白く拝見しました。
おお、うれしいです。が、後段はつまらないの意ですか?と、ひねくれたりして。(笑)

>私はもうセピア色に染まっています。
古き佳き時代を懐かしんでいる、今の時代はおかしい、というニュアンスですかね。
なんとなく甘い浪漫のカゼが薫ってくるような気がしますが。

>モノとはモノノケ姫のモノだと誰かが書いていましたが。

そうですか。日本では古来、自然界のものにはみんな霊的なモノがあるとされています。それは「物の怪」の「怪」、すなわち鬼や怨念のような場合があり、それは善なる念より強そうですが、それも人間が抱いている本質的な《恐れ》から発しているのでしょうかね。

>殺(や)らなきゃ自分(達)が殺られる
自己防衛は正当防衛です。それは、生きているものの当然の習性であり、権利・義務だと思います。自分や家族が殺されるようなときに、何もしないで、ただ我慢するのがいいはずはありません。平気で領海侵犯して挑発する暴力国にはもっと厳正に対処したほうがいい。威嚇射撃すらできない軍隊に何の意味があるのかと思います。戦争がいけないのは、他国に侵略して奪うのが良くないのであって、自国を守るのは当たり前のことです。

ただ、私は、究極的には、聖書が述べているように「彼らは剣を打ち直して鋤(すき)とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」という状態に世界がなることを願っています。それが理想です。(イザヤ2:5)

2015/02/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

毎日体調が良くないとつらいですね。大手術までした病気があると、後々大変でしょう。

普通、朝起きて外の空気を吸うと気分が良くなるものですが、頭が重かったり、あちこち痛かったりすると、気持ちが沈んでしまって自分の悲しい運命のようなことに思いがいってしまい、せっかくの人生なのに、生きていること自体の楽しさが十分に味わえません。

意識して自分の思いを他の方向に向けるのがせめてもの対処法なんでしょうかね。

>人生は 後悔と現実の繰り返しでしょうか?

そうですね。でも、人生には失敗や事故が付き物で、後悔があるのもしょうがないことなんでしょう。そんな歌謡曲の歌詞があったような気がします。

2015/02/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

miss.keyさん ありがとうございます^^)

miss.keyさん ありがとうございます^^)

>Q無邪気に罪が無いと誰が言ったか。A悪い人

おやまた、miss.keyさんらしいことば。切り口がいつも面白いです。
なるほど。「悪い人」ですか。ちょっと考えないと感想が出ません。(笑)

>無垢・無邪気は、染まりやすい。それは善悪の区別もつかないということ。

確かに、無菌状態が必ずしもいいわけじゃない。自分で判断できないで、いつも他人(他国)の意見に従ったり、ひとの顔色をうかがっているのは情けないことです。

他国の紛争地域に武器を持って参加するような行動には、私は同意しかねます。
ジャーナリストが行くのは当然だと思う気持ちは分からないでもないですが、当局の制止や警告を押し切ってまで行くというのは、悪天候のエベレストに軽装備で登るようなもの、大嵐の荒れた海に小さなヨットで出て行くようなもの。どうしてもそうしたいのであれば、《自己覚悟》と《自己責任》ですべきものでしょう。

そのような人たちを救うために憲法を変えろという論議は、ちょっと思慮が浅いように思います。そんな理由でいちいち軍隊を派遣するような法律になれば、数人の軽はずみな行動のために日本国民全体がしょっちょう国際的なテロや全面戦争に巻き込まれるようになります。

>自分で自分を染めることは大切だ。
自分で自分を染める。それは結果的に、すべての人がしていることではないでしょうか。
ただ、いろんな考えの中から取捨選択して自分の考えを作り上げている人もいますが、そうではなく、ほとんど盲目的に誰か(人や国)の考えに従っている人もいるわけで、一国のトップがおおむねそうしているのであれば、本当に情けないことだと思います。

2015/02/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

記事をじっくり読ませていただいてました。
ほんとにこの通りだなぁ~と思いながら。

イスラム国を始め、あまりにショッキングなニュースが続いていたので
いろいろ考えては 堂々巡りをしてました。

魂は最初、真っ白だったけど
いろんな色に染まって。。。冒険してみたかったのかな
見えない宇宙の法則ってあるのでしょうね。
見える宇宙にだって厳然とした秩序がありますものね。
手探り状態の中、転んだりぶつかりながら痛い思いをしながら 
法則をわかっていって
だんだん丸くなっていくのかな。。(;_;)
なんて空想~

谷川 俊太郎 さんのこの詩、初めて読みました。
とてもいい詩ですね~(//∇//)
バーソさんの文章も素晴らしいです。

2015/02/09(月) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

kotorinさん ありがとうございます^^)

じっくり読んでいただきましたか。ありがたい限りです。
魂は最初、真っ白だったのが、それでは無味乾燥でつまらない、もっと様々な色を味わおう、ゲームも困難なほうが面白い、というわけで、地球上にいろいろな個性の人間と特徴のある動植物が溢れるようになったという考えは、リーズナブルな考えだと思いますね。

このたびの日本人二人のことは無慈悲で悲惨なことです。しかし以前、北方領土の近海でロシアの警備船から発砲されて日本漁船の船員が亡くなった事件がありましたが、今回ほどには騒がれず、マスコミも含めてみんな、報復せよとは言わなかったと思います。
ひどい話は歴史上数え切れないほど沢山あります。でも、いろんなことがあっても、人類史は最終的には必ずいい方向に進んでいくのではないでしょうか。私は、性善説を信じる気持ちと同様に、楽観的に思うようにしているのですが、どうでしょう。

>だんだん丸くなっていくのかな。
そうですね。大抵の教えはそうですね。地球は学びの場だと言っています。ですが、ひところ流行ったアセンションの話は、地球が一挙に別の良い次元に変わると言ってます。どうなんでしょうね。

ほんと。谷川俊太郎さんの詩、いいですね。この詩をメモしておいたので、今回の記事ができました。ついでに私の文章も褒めていただいて、うれしいです。(^^♪

2015/02/10(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

>ついでに私の文章も褒めていただいて

いえそんな(≧∇≦) 一番書きたかったことです(^^)v

私も最終的には良い方向に行くのでは。。という
バーソさんの思いに共感します。
それまでどういう生き方をするか。。が自分の課題でもありますが
たいした生き方をしてない事に思わず焦る(あら(^_^;)
今後もたいしたことはできないと思われます(キャー)

いままで真実を知りたくて、いろんな本を読んだり 
様々な考えの人に会って感じるのは
ほんとにいろいろな見方や世界があるんだなぁ~ということで。。

本も、おおざっぱにいうと、
エノクの鍵みたいにビックリするくらい分厚い本に
天文学的情報〇▽☆◆◎のように網羅してる本から
ひとことで『空』と表現してる本もあったり
一般向けに優しく書いてある本 現世利益を重視してる本
もっと細かく分類すると果てしなく違いがあるように思えます。
なんだか、人の数だけ世界があるような感じです(驚)
人ってほんとにいろいろな見方(想像。創造?)が
できるものなのですねーーーー。人ってすごい。

本を読めば読むほどわからなくなることも多くて。。

世界は ものすごく難解だけど ものすごくシンプルでもある。。
その両極を包含してるのがこの世界なのかなって・・・

わかるわけないわ。。(^_^;

というのが 今思ってる気持ちです。。笑

2015/02/10(火) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

「ついでに私の文章も褒めていただいて」とは私のせめてもの謙遜のつもりです。(爆)

「最終的に良い方向に行く」というのは、ものみなハッピーエンドで終わるというより、
人はみな自分で選択して自分の道を切り開いて歩んでいますが、それぞれの道のゴールは最後はみんな《上がり》になっているのであれば、なんであれ、どうであれ、すべて《結果オーライになっているはず》だと言ったほうがより適切かもしれません。

>なんだか、人の数だけ世界があるような感じです
おお、そうですね。そうかもしれません。きっと一人ひとりがユニークなドラマを持つ本であり、作家であり、俳優であり、監督なのでしょう。波長が合うもの同士が引き寄せられて、それぞれの世界を構築しているのかもしれません。たぶん、それでいいのでしょう。

いろんな意見があって当たり前。自分の意見だけ正しいわけでもない。なのに自分と違う意見を言われたりすると不愉快になり腹が立つというのは、自尊心が傷つくからでしょうが、この自尊心というのも他人を気遣う気持ちとのバランス感覚が重要なんでしょうね。

>わかるわけないわ。
はははは・・・まあ、私も、そうですね。最近は、それでいいのだという気になっています。分かってしまったら、あるいはつまらないのじゃないかとも思っています。特に私の場合はたいした生き方はしてませんが、それでもいいような気がしています(と居直る)。(笑)

2015/02/10(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

色々

考えは色々あっていいですよね。
真理は一つは限らない。
ただ、人を殺してはいけないと思います。
けど、状況によっては法律で許される(許された)ことも?
(漂流する船か何かで、どちらか一人を殺してその肉を食べれば他方が生き延びることができるなら、許される(許された)というお話をどこかで聞いたことがあります。)
よくわかりません。
最後に友人の言葉を引用します。
一を聞き、百を考え、ゼロを知る。
お邪魔しました。

2015/02/11(水) |URL|とど [edit]

とどさん ありがとうございます^^)

とどさん ありがとうございます^^)

>ただ、人を殺してはいけないと思います。
以前、ハーバード大のサンデルの白熱教室では《危機の場合なら殺人は許されるのか》というテーマで白熱の議論がありました。拙ブログでもコメント欄で少々議論があったのですが、殺人という基本的な倫理でさえ、人は容易に統一解釈を出せないでいるようです。 とどさんのように医師の立場であれば、安楽死の問題が難しいのでしょうかね。

たとえ自分の良心では正しい行為だと思っていても、ひと様に迷惑を掛けるようなことであれば、その行為はしないでいたほうがいい、と私は思っています。 たとえ自分の命はどうなっても別に構わないのだと思っても、ひと様の命は絶対に構うべきでしょう。

>一を聞き、百を考え、ゼロを知る。
「一を聞き、百を考え、ゼロを知り、千を得る」
たとえ結果は今はゼロのように見えたとしても、《考える》過程には千の価値があるだろう(そこからいろいろなことが生み出されるはず)と思うのですが、どうでしょう。

2015/02/11(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

老いの向こう側

ほんとうは、ほんとうは
白い紙に戻るのが怖かった
墨文字に落とした一滴の涙が
淡い文字をさらに淡く
そして最後には消えていく
おいらの思いが
おいらの夢が
ほんとうは色付きのままがよかったのに・・
この本に涙を落としたのはだれ
おいらは、誰。

なんのこっちゃ・・・(笑)

2015/02/13(金) |URL|ばく [edit]

ばくさん ありがとうございます^^)

ばくさん ありがとうございます^^)

ああーッ、なんと淡く、儚い、「一滴の涙」でありましょう。
「怖れ」が、「思い」が、「夢」が、「最後には消えていく」のでしょうか。
「ほんとうは色付きのままがよかった」。
そうです。きっと色付きのままでいいのじゃないですか。
色がなくなったら、世の中、つまらなくなります。
「本に涙を落とした」ということは、本をよく読んでいて、
文章に感動する心を持っているということ。
「おいらは、誰」と問うているということは、
自分を真摯に見つめる静かな心を持っているということ。
「老い」は、誰にも、おいおいやってくるでしょう。
でも、ばくさんは、まだまだ枯れちゃぁいないようですね。
老いは「向こう側」にやってくるのですね。(笑)

2015/02/13(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

本当に御無沙汰しちゃってすいません。
海より深~く、反省しております。

漫画家・松本零士さんがおっしゃってた言葉を最近よく思い出します。

人は人、自分は自分、されど仲良く。

オギャーと生まれた時は一緒でも生きていく上で歩んできた道は誰一人として同じではない。それゆえ相手が自分と違う価値観や思想を持っていることは当たり前。だからこそ相手の良しも悪しも全てをいったん受け止める。そういう心と時間のゆとりが相手への理解を深め、理解が深まれば深まるほど、相手に対する敬意が生まれるのだと思います。

ところが今は、何でもあっという間に全世界に情報が拡散してしまいますから、そこの取捨選択や決断を瞬時にしなければなりません。そういう日常が、人からゆとりを奪い去っているような気がします。そしてその瞬時の判断に必要な自分の価値感での取捨選択を膨大な数繰り返すことで、いつしか自分の価値感こそ絶対的に正しいという思いこみにかわり、ゆとりが無いことも加わり、周りにあるモノを、白か黒か、0か1か、イエスかノーか、敵か味方かという即興的短絡的な見方でしか判断できなくなっているような気がします。

情報世界の急流に翻弄されるのではなく、距離を置き自分なりのゆとりをもってあたりを見渡さなければならない、そういう時期に来ているのかもしれません。そうすることでこれまで見えてこなかったいろいろなことに気付くかもしれませんし、周りにいる人々の本当の姿にだって…。

記事を拝読し、思ったことを書いてみました。

ダラダラとすいませんでしたねぇ(笑)







切羽詰まった息苦しい世の中になったような気がしますねぇ。

2015/02/13(金) |URL|三流亭まん丸 [edit]

三流亭まん丸さん ありがとうございます^^)

三流亭まん丸さん ありがとうございます^^)

お久しぶりです。山より高~く舞い上がるような心持ちになっております。

>情報世界の急流に翻弄されるのではなく、
>距離を置き自分なりのゆとりをもってあたりを見渡さなければならない

情報過多の社会が人間から「ゆとり」を奪い去っている。なるほど。そうかもしれません。切羽詰まった息苦しい世の中といえば、そうですね。確かに、時間の余裕があっても、精神的に「のんびり」するというのができなくなりました。
まわりを「敵か見方か」で見ているというのと、「0か1か」で分けるというのも面白いですね。やはりデジタルの世界にはデジタル的な即興的短絡思考が似合っているということなんでしょうか。

最近読んだ本にこういうことが書いてありました。
日本での街頭インタビューだと、10人に質問すると10人がほとんど同じようなことを言う。
新聞やテレビですでに言い古されたことを、さも自分の意見のように言う。マスコミに煽られやすいアメリカ人だって3人に1人は独自の見方を開陳してくれるのに。
日本人は、他人と異なるのを極端に嫌う傾向がある。目立つのはイヤ。出る杭は打たれる。何でも右にならえしとけば無難だと思っている。(『真昼の星空』米原万里)

コメントで自分の意見を率直に述べるというのは難しいものですが、よくまあ長々と、ああーっ、否、否、否、よく気を遣いながら書いてくださいました。私も長い(笑)。 <m(__)m>

2015/02/13(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

色のイメージ。

色って人間に喩える事がありますが、黒や灰色はあまりよくないイメージですね。
赤は怒ってるイメージ。黄色は明るいイメージ。青は穏やかなって感じがします。

私も精神的に落ち込んでる時は灰色や黒を好んでしまう傾向があります。
色って本当にイメージが想い描きやすいなって思います。

祝辞コメントありがとうございます。バーソさんは長く続けられてるみたいですが、これからも頑張ってくださいね。

2015/02/16(月) |URL|想馬涼生 [edit]

想馬涼生さん ありがとうございます^^)

想馬涼生さん ありがとうございます^^)

そうですね。色はなんらかのイメージを感じさせます。
色は意識や精神の状態をも表すのでしょう。
暗い気持ちのときには無彩色系を選んでしまうというのは面白いですね。
ならば、派手目な色を着てる人は、性格が開放的で明るいのか。
でも、あまり沈思黙考などしないタイプのようにも見えますね。

想馬涼生さんのお名前。想いは涼やかに生きるのだ、という印象があります。
馬というのはなんでしょうね。坂本竜馬を思い出しますが。
励まし、ありがとうございます。

2015/02/16(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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