「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「予言者」と「預言者」。どちらが信じられるか。 

明日の新聞を手に入れた男がいた。今日これからの競馬の結果が載っていた。
半信半疑ながら馬券を買ってみたら、その通りの順番で馬が入った。
男は大金を当てて狂喜した。だが勢い余って階段を転げ落ちて死んでしまった。
手にある新聞の隅には男の死亡記事も出ていた。(阿刀田高『明日の新聞』)


自分の未来が分かるのは、いいような気もしますが、ちょっと怖いような気もしますね。

世の中には、いろんな「よげん者」がいる。

1.予言者:予は天気予報の《予》で、あらかじめ将来の出来事を告げる人の意。
2.預言者:預は預金の《預》で、神の言葉を預かって人々に語る人。聖書用語。
( 念のためのご注意 : 3~9は信用 したらいけません)
3.世言者:世間の出来事をああだこうだと批評するのが好きな人。
4.夜言者:《夜から男》とも言う。夜になると饒舌になり、眼が爛々と光る。
5.余言者:余る言葉を言う人。一言多い人。場の空気が読めず、KYとも言う。
6.代言者:本人に代わって語る人。官僚の書いた原稿を読むだけの大臣等。
7.四言者:1年間に四つの言葉しかしゃべらない人。→『南海の孤島』 秘話。
8,酔言者:酔って、くだんねえことばかり言う人。→《よってくだんの如し》
9.依言者:常に他人の資料に依って語る人、依子さんに聞いて語る人。
( 念のためのご注意 : 10は詮索 したらいけません)
10.与言者:与は与太話の与。駄洒落をよく言う人。じゃれのことかは名を秘す。

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( ご注意 : 以下、硬めですが、読まないといけません)(笑)
おおむね高島俊男『お言葉ですが・・・⑪』連合出版に基づいています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
A説.「預言」とは神の言葉を“預かって”語るの意である。

遠藤周作『私のイエス』
預言者というのは、未来を予言する予言者ではなくて、その字を見るとわかりますが、
銀行にお金を預金する“預”と、そして“言”という字を書きます。文字通り、
神の言(ことば)を預かっているという意味であって、けっして未来のことを
予言するノストラダムスのような人を指すのではありません。

山本七平『聖書の常識』
「預言」という言葉も、他の多くの聖書訳語と同じように中国語訳の流用である。
最近では「予」という字も使うが、「予」はあらかじめ、「預」はあずかるで、意味が違う。

小学館『プログレッシブ英和中辞典第3刷
prophecy :予言すること、予言。 :預言、(神の)お告げ、神託。


★「預言」とは神の言葉を《預かって語る》意で、「予言」とは《あらかじめ未来を語る》
意であると一般には区別されています。 私も、なるほどそうか、と思っていました。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
B説.「預」と「予」は本来は同じ字で、《あらかじめ》の意。

高島俊男『お言葉ですが・・・⑪』連合出版(要旨) 
1.「豫言」という漢訳聖書の語が最初にあり、それが日本に輸入された。
2.「豫」「預」「予」。この三つは同じ字。「豫」が正字、「預」はその異字で、意味は同じ。
「予」とは「豫」の日本製の戦後略字であり、「予言」と「預言」は本来は同じ意味である。
3.中国語の「預」には「あずける」という意味はなく、日本において初めてその意味が付され、
わが国のキリスト教の人たちだけが「預言者」と書いた。→下の《補足》も参照。


★「預」は元の漢字では、《あらかじめ》だけの意であり、「預言」と「予言」を
区別するのは誤用であるという説です。なるほどなるほどな、私、目から少しウロコが落ちました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
C説.「預言」と「予言」は区別 しておいたほうがいい。

Wikipedia「預言者」
誤用の経緯をきちんと踏まえたうえで、辞書類でも採用されて広く人口に膾炙した
区別であるゆえに、「神の代弁者」と「未来を語る者」とに区別して便宜的な訳し分けを
してもよいとする専門家もいる。→クリック

『Hatena Keyword』
英単語 prophet のおおもとの語源はギリシャ語の proph であるとされる。
接頭語の pro は「前」と「代理」の両方で使われるので、この段階で「前もって語る」でも
「神の代わりに語る」でも、どちらにも行ける語だったとも言える。 →クリック

★すでに浸透しているし、意味を分けたほうが便利だというわけで、納得です。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
予言者に しても預言者に しても、信用 していいのものか。

テレビや週刊誌で騒がれるような予言者については、私バーソはほとんど信じません。
世界のどこそこに、こんなことが起きると言って、その年月まで詳細に確率100%で
毎回毎回ピタリと言い当てた人は歴史上、一人もいないはずです。

人間は自由意志を持つ存在であり、他人に迷惑を掛けず、まわりを気遣いながら、
本質的に自分がやりたいことをして生きるようになっている、とも思っていますので。

聖書の預言者だと自称する人や教団については、信用すべきでないでしょう。
自分が唯一、聖書預言を解明したと主張している場合は、間違いなく偽りです。

大体、聖書では壮大な宇宙を創ったとされる愛の神が、特定の宗教教団だけを贔屓し、
信者だけを救うというのは、せこくて、みみっちくて、不公平で、おかしいでしょう。

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しかし、誰かが語るメッセージが、目からウロコが剥がれ落ちたと感じるほど
非常に啓発的な場合には、語る人が誰であろうと、私はその言葉を受け入れます。信じます。
ただし、語る人が誠実そうに見えても、義人を装っている場合があるので要注意です。

予言(預言)の価値は、メッセージが有益かどうかで決まるでしょう。もし有益だと
思えるなら、それを自分の人生に活かしていけばいいいと思うのですが、どうでしょう。

■ ■ ■

~~~~~~~~~~~~~~~~補足~~~~~~~~~~~~~~~~~

(高島俊男『お言葉ですが・・・⑪』より)
漢字二字からなる字音語はおおむね、三つに分けられる。
①並列構造:同意義もしくは反意語が並ぶ。→平和、健康、善悪、長短
②修飾構造:上の語が下の語を修飾。→激戦(激しく戦う)、惨殺(惨く殺す)
③動賓構造:動詞+賓(目的語)の形。→入学(学校に入る)、殺菌(菌を殺す)

豫想(預想、予想)は「前もって考える、前もっての考え」であり
豫想(預言、予言)は「前もって言う」で、みな修飾構造の語である。

 「預言」を「言葉を預かる」と解釈変えしようというのは、つまり修飾構造
と捉えることをやめて、動賓構造の語として捉えようというのだから、これは
革命的解釈転換である。そんなのありかね。無論なしです。荷物を預かるのを
「預荷」といい、金を預かるのを「預金」という例はない。
 「預言」は19世紀中葉にはすでに確かにあった支那語で、まだ起こらぬことを
予知して言うことである。「預金」は20世紀になってできた日本語であり、
預け金と預かり金を一語にしたもので、まるで似てない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆画像:「You-Tube」http://www.youtube.com/watch?v=ddC4rGcWzK4

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
.   
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こんばんは

私は、予言は、信じてないんですよ。

でも、最近、みたテレビで、
地震を詳細に、言い当てている人だけは
関心を持っています。

予言ではなく科学的根拠のあるデータだと
話していましたが、私には、
予言のように思えました。

2015/01/10(土) |URL|森須もりん [edit]

預言

バーソ様
おはよう御座います。

預言という言葉を知りませんでした。神様から
無利子で預かっているのですね。
でもそれを公開してしまったら個人情報の漏洩
になってしまうのではないでしょうか。
予言については私も15日の記事にしております。
こちらの予言はトレンドに基づいた予言ですので
ノストラダムスとはちょっと違っています。

愛新覚羅

2015/01/10(土) |URL|aishinkakura [edit]

『予言』と『預言』、、、

「にゃるほど~!」と目からウロコなのでありました。

>誰かが語るメッセージが、
 目からウロコが剥がれ落ちたと感じるほど非常に啓発的な場合には・・・。

まさに、私にはバーソさんの語られる言葉で、度々目からウロコ☆なのであります。

>予言(預言)の価値は、そのメッセージが有益かどうかで決まるでしょう。
 もし有益だと思えるなら、
 それを自分の人生に活かしていけばいいい、と思うのですが・・・。

まさに、

『当たるも八卦、当たらぬも八卦』 な感じです。

八卦とは中国の陰陽思想、
剛と柔の組み合わせの事らしいですが、

すなはち、
価値のあるものにするか否かは、
受け手の取り方、活かし方、知恵などだったりするのでしょうね。


2015/01/10(土) |URL|レイまま☆ [edit]

追伸

なんだか、柔道なんかの武道を連想しちゃいました。
まさに、フィジカルだけでなくメンタルなモノも含めて
『道』なのですなぁ~

そんでもって、
追伸などと言っては、度々御邪魔してしまうアタシは、
間違いな5番く『余言者』なのであります(^^;)

2015/01/10(土) |URL|レイまま☆ [edit]

こんにちは

今回も格調高いウンチクの数々ありがとうございます(微笑)。

明治のころは辯護士(今の弁護士)のことを代言人(だいげんにん)と言ってました。ちなみに文書作成を業とする人を代書人。
B-3にいたく感銘いたしました。我が国には外国から思想や哲学、経済学、科学等々入ってきても、それらの概念がすでに日本の中にあったので翻訳できた、というのです。
中国や韓国では日本語訳された用語を多く使っています。

私は宗教に関してはよく知りませんが、日本にきた宣教師の書いたものに、日本人ほど教義まで深く理解した民族はいない、などと称賛しています。

2015/01/10(土) |URL|うさぎ屋 [edit]

こんにちは

バーソさま 
チョッと一言 
最後の画像は ポパイのオリーブとブルータスかなと思いました、
また コメント致します、
自分の家を片づけてから 笑 

ありがとうございます、たか

2015/01/10(土) |URL|たかちゃん  [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

森須もりん さん ありがとうございます^^)

「予言」という言葉自体、なんだか怪しげな雰囲気がありますね。
そうなんですか。地震というのは確実には予報できないものだと思っていましたが、当てた人もいるのですね。

街の「八卦」占いで、中国何千年かの蓄積データに基づいている、などと看板に書かれていたのを見たことがあります。
地震発生を「言い当てている」と現在形で書いてあるのは、科学的データに基づいて毎回当てているということですかね。そんなに当たるのであれば、興味深いです。もう予言の範疇に入るかもしれないですね。

2015/01/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

>神様から無利子で預かっているのですね。
無利子かもしれません。でも費用はかなり掛かっていると思います。というのは、預言者にしても単なる信者にしても、人が神に仕える際には必ず崇拝が要求され、自分の時間・体力・金銭などを自発的にかなり提供することを要求されるからです。

>公開してしまったら個人情報の漏洩になってしまうのではないでしょうか
なるほど。「預言」とは、神の予言を預かってそれを語ることであるとされているので、確かに神の個人情報を公開していることになりますね。その情報は信者を対象にしており、おおむね信者だけが信じているわけですから、会員制の情報開示になるでしょうか。

聖書は66冊からなっており、巻末の書は有名な「黙示録」ですが、これは原語では、隠されたものが明らかになる(=啓示)という意味だそうです。私は信じていませんが。
15日の記事、楽しみです。

2015/01/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

あーまたまた、褒めてくださって、ありがたい限りです。ちょっと愚かしいミスをして、落ち込み気味でしたので、励まされます。ひとを褒めるのがいつも上手ですね。(^_^)

そうですね。『当たるも八卦、当たらぬも八卦』。これは剛と柔の組み合わせなんですか。相当昔からあって廃れないので、信用している人もいますが、信じる人にはけっこう当たるものなのでしょうかね。私にはちょっとわかりませんが。

最近は天気予報がかなり当たるようになりました。雨予報はパーセンテージで出ますが、私などは雨予報の数値が70%から上であれば、折り畳み傘を持って出かけますね。
でも、いわゆる予言や預言で、常識では予期できないような予言の場合には、ちょっと眉にツバをつけると思います。

>間違いなく5番『余言者』なのであります
はははは・・・ありがとうございます。レイままさんの「良言」も楽しみのひとつです。

2015/01/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

(微笑)というのは私は初めてです。(笑)だと冗談気味の意でしょうが、(微笑)は、まあまあだ、好意を持ってるぞという意であろうと好意的に感じます。でも「格調高いウンチク」と言われると、ああ、ここに(微笑)の真意があるのかと思ったりします。(笑)

はい。昔は弁護士を代言人と言ったのは、山本夏彦の本で知りました。他に、銀行は両替屋、消費者金融は高利貸し、料亭は待合茶屋と言ったそうで、援助交際だって昔風な言葉で言えば、かなり汚らしく感じます。

>それらの概念がすでに日本の中にあったので翻訳できた、というのです。
日本人は優秀な民族なんですね。同時代の他の国と比べるとよく分かります。日本語の本では、大澤真幸『社会は絶えず夢を見ている』がとても面白いですよ。 
以前、記事にしましたが、「中華人民共和国」の「中華」以外の語は日本製だそうですね。自国の名称に他国の字を使って、彼らは気にならないのでしょうか。気になります。

>日本にきた宣教師の書いたものに、日本人ほど教義まで深く理解した民族はいない、
>などと称賛しています。
そうなんですか。遠藤周作の『沈黙』を読んだとき、日本の仏教徒にも骨のある人間がいて、キリスト教の宣教師と丁々発止とやりあって負けなかったことを知りました。
昔の人は頭が悪いというのは間違いですね。今の人間のほうが頭は悪いのでしょうか。

2015/01/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

版権の関係で、なるべく昔の画像を使うようにしています。これはYou-Tubeから借用しました。たぶんポパイのオリーブとブルータスだと思います。夢遊病者が出歩くというストーリーで、最後はこのまま無事に家のベッドに帰り着きます。どうぞご安心を。

2015/01/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは 

 バーソさま 
 予言者! 信じない! 
 その方が 良いかもしれませんね、
 予知夢は 如何でしょうか?

 ここからは ツマンナイ話になります、
 韓ドラ 観すぎですが 妊娠する夢を見たからと 
 見た人から 妊娠したかなと 思う人が 買うのです、
 お金とか 品物とかで、・・・ 
 だいたいは ふさふさと実る金のリンゴとか 
 色々ありますが、 結婚した場合 必ずその場面があります、 
 それを 信じるのも チョッとね!と思います、 
 
 代書屋! 昔の韓国歴史ドラマでで 本を写して売るのですが
 賢い!字を大きく書いて 3冊!を 4冊にして売るのです、
 本も買えない時代です、 
 関連性のない 話しで すみません、 
 
 なにかに すがる! 信じる! 
 他人に迷惑を掛けなければ 良いのかとも おもいます、
 ちなみに 夫の両親は キリスト教徒でした、 
 何が 仏教を捨てさせたのでしょうか?
 ご先祖様の 墓参りもしていません、
 罰が当たったのか 夫の実家は 没落しました、 
 
 予言者・神様は 信じるものでしょうか?
 難しいですね、     たか

2015/01/10(土) |URL|たかちゃん [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

「予知夢」が当たったという経験を言う人がいます。そういうこともあるのでしょう。ただ、毎回毎回、夢を見て当たるというわけではないなら、偶然という可能性もあるように思うのですが。
韓ドラ。一度も見たことがないのですが、人がイヌを噛めばニュースになるという話のように、あることが珍しいのでドラマになっているということがないのでしょうか。

代書屋というと、昔は免許試験場のそばに沢山見かけました。今はないのでしょうか。
大体、役所の書類が難しいのでそんなものがあるのでしょうから、困ったもんです。
3冊を4冊にするというのは、なかなか頭いいですね。

宗教にすがることが良いか良くないかは別にして、人間の宗教心というのは古今東西にありますね。
西行が伊勢神宮に参詣した際、「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」と詠んだように、深遠な大自然や夜空の星々といった荘重なものを見たときに、厳粛な気持ちになるという感覚は、人間に普遍的にあるのではないでしょうか。
ただし、人間の集まりである宗教団体すべてが厳粛で清澄なものであるとは言えないと思いますが。

2015/01/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

ノストラダムス、ジュセリーノ、マクモニーグル、古代マヤの暦・・・
ことごとく外れました。それでも予言者は消えては現れ、現れては
消えていきますね。
預言の方ではファティマの預言がありますが、当たってるのかどうか。
トマス・ベリーという牧師が1695年に本を出版し、
「1697年にはこの世の終わりがくる」
と預言しました。外れた時のベリーの言い訳が懲りないというか。
「1697年に世の終わりがきたが、だれ1人それに気づかなかった」
高校時代の√5の覚え方が預言になっていました。
「富士山麓オウム泣く」(笑)

2015/01/10(土) |URL|エリアンダー [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

ダライ・ラマが評価したと言われるサイババは、2020年に94歳で死んだ後、8年経ったら生まれ変わると予言したそうですが、実際には2011年4月に亡くなっています。

「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」と詠んだのは西行。
「その」とは釈迦入滅の日の旧暦二月十五日。西行が亡くなったのは73歳で、1190年の旧暦二月十六日。まさに「きさらぎの望月」の翌日。なんか、いい人生ですね。

>「1967年に世の終わりがきたが、だれ1人それに気づかなかった」
この言い訳は面白いですね。
現在も「世の終わり」が近いと言っている教団があります。
彼らは最初は、キリストの再臨が1874年にある、とその前から予言していました。
でも実際にはキリストが来なかったので、じつは「人には見えないが来て居るのだ」
と言うようになり、その後、再臨の年を1914年(世界大戦が始まった年)に変更。
1914年から人間の一生(7,80年位)の間に「世の終わり」が来ると言っていたのですが、
もう1914年から100年以上も過ぎてしまったので、かなり困っていると思います。

「富士山麓オウム泣く」は不思議な符合でした。以前、職場の若手社員の机の上にあったドリンクのラベルに「富士山麓」と書いてあったので、「富士山麓オウム泣く」と言ったら、何ですか、それっ、て怪訝な顔をされたのですが、今は習わないのでしょうかね。

2015/01/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

☆バーソ☆さん、こんにちは~。

☆バーソ☆さん、こんにちは~。

>自分の未来が分かるのは、いいような気もしますが、ちょっと怖いような気もしますね。

これは心配することはありませんよ。
自分の未来はどんな事をしても知ることは出来ません。
万物は常に流転しているので未来はわかりません。
が、未来は創ることはできます。


☆バーソ☆が書かれている以下の文章が真理です。

>人間は自由意志を持つ存在であり、他人に迷惑を掛けず、
>まわりを気遣いながら、本質的に自分がやりたいと思うことをして
>生きるようになっている、とも思っていますので。

まさに人間の最大の幸福は自由意志をもっている事で
これ以上の幸福はありません。


>しかし、誰かが語るメッセージが、目からウロコが剥がれ落ちたと感じるほど
>非常に啓発的な場合には、語る人が誰であろうと、私はその言葉を受け入れます。
>つまり信じます。
>ただし、語る人が誠実そうに見えても、義人を装っている場合があるので要注意です。

最後の文章は重要ですね。どんなに啓発的なメッセージであろうとしても
啓発的なメッセージなメッセージなどは、もはやコピペで作れます。
その意味では僕も語り部の真贋は慎重に判断します。
だからスピリチュアリズムの古代霊が語るなんて言うのは
その段階で怪しすぎて受け入れられません。

>予言(預言)の価値は、そのメッセージが有益かどうかで決まるでしょう。
>もし有益だと思えるなら、それを自分の人生に活かしていけばいいい、
>と思うのですが、どうでしょう。

有益・無益で受け入れるか否かを決めるのはどうでしょうか。
一見無益ななかにも何かがあるような気がします。
ここは両方受け入れておいたほうがいいかなと思います。
幸も不幸も受け入れる感覚に近いですかね。

以上、預言などは信じない人間の意見でした。

2015/01/11(日) |URL|H [edit]

Hさん ありがとうございます^^)

Hさん ありがとうございます^^)

「預言などは信じない」という点は私と同じ意見ですが、「見えない次元」についての考えは私とはちょっと違うようですね。でも、それはそれで興味深い考えと思いました。
人は自由意志を持っており、みんなが同じ考えである必要はないのですから。

拙ブログはタイトル下に「考え方はいろいろあるから面白い」と標榜しています。こういう話は好きなほうなので、感想を率直に述べさせていただきますよ。決してHさんの意見に反対したり否定したり、また説得しようとするものでもないですからね、念のため。

>スピリチュアリズムの古代霊が語るなんて言うのは
>その段階で怪しすぎて受け入れられません。

シルバーバーチの名を思い出しました。1,2冊ほど読み流した程度ですが。
じつは私、こういう本、好きなほうです。一般の哲学者や宗教家などの本を読んで面白いと思うことはあっても、啓発されることはあまり無いのですが、この種の本で大いに啓発されたことがあるからです。ただし世間に出回っているものは玉石混交で、怪しげで胡散臭い「石」のほうがかなり多いとは思います。

>有益・無益で受け入れるか否かを決めるのはどうでしょうか。
>一見無益ななかにも何かがあるような気がします。

分かります。「人間万事塞翁が馬」の諺にもある通り、成功したと思っていたらじつは失敗で、失敗かと思っていたらじつは成功だったというようなことはよくあることです。

人間は基本的に、自分が善(利得・正義)と思うことしかしないものだそうですね。
ヨーロッパでは悪人とされるヒットラーも、自国民の益になると思ったので、ああいうことをした、だから当時のドイツ国民が熱狂的に支持したのだと言われています。

そしてまた、人間に自由意志があるということは、人は、人生の岐路に差し掛かったとき、自分では有益だと思う道を選択して生きているということでしょう。

ですので、私が言った「もし有益だと思えるなら(自分の人生に活かしていく)」ということは、大抵の人に当てはまることであり、じつは多くの人は、その時々で自分では「有益だ」と思っていることをしているのだと思うのですが、どうでしょう。

「幸も不幸も受け入れる感覚」というのが、お互いの意見の共通の終着点でしょうか。
この意味は、自分の選択ないしは思考というのは決して完璧なものではない。だから先入観や好き嫌いで、選り好みをして拒否・否定をするのではなく、まずは味はどうかとひと口かじってみるとよい、そうしないなら自分で人生の道を狭くしているようなものだ、というようなことがコメントの主旨なんでしょう。そうなら論点の時点(切り口)がちょっと違うだけで、私の意見とは違うものではないと思いました。

2015/01/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

予言と預言の違い こうして説明していただくとわかりやすいです^^
予言はわかるけど 預言ってよくわからなかったものですから。

予言。。アガスティアの葉とかもありますよね
予言については半信半疑ですが 
運命は変えることができるのでは?と。。
その時点ではそうなるはずだったものが
多くの人の意識で流れが変わって 予言がはずれる場合とか。

あと、パラレルワールドがあって
個人個人で見えてる現実が違うとか^^
一瞬一瞬無数の選択肢のなかにいるわけだし。。。
そういうことを考えていくと
世の終わりがある世界と ない世界が並行して存在してたり?
一人ひとりが小宇宙だとしたら それもアリかなと。

。。なんて妄想してしまいますね(^^ゞ

人間が神の子だとしたら
創造主の子 なので 自分で自分の世界を創造してるのかも
しれないですものね。

変なこと考え続けると それ相応の世界が目の前に展開されるとしたら。。変なこと考えないようにしよう。。って思うけど

考えちゃダメと思うとよけい考えちゃうのが不思議です(笑)
でも、それも訓練のひとつなのかもしれないですね^^

なんだかつらつらと妄想コメント 失礼しました(^_^;

2015/01/11(日) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

kotorinさん ありがとうございます^^)

おー、私の書きたかったことをそっくりそのまま書いてくださいました。
おおよその人生は生まれる前から決まってるとしても、実生活では自分で道を切り開いて歩んでいる―――それが人生の面白いところなのでしょう。

自分が思ったことや想像できたことはすべて世界にある、無いものはイメージできないと言われますが、これにはパラレルワールドの存在が必須になります。
人がその時々で思ったけれど選択しなかった道は、他の次元の自分が居て、その世界でその道を歩んでいる。すべては幻想の世界であれば、そういうこともあり得るのでしょう。夜寝ている間は自分のまわりの世界は消失していて、朝起きたらまた元の場所に甦っている、という考えは面白いですね。なお、私は世の終わりがない世界、自分に都合のいい世界を選択しています。(笑)

前にも話したかもしれませんが、瞑想するときに猿のことを考えたらダメだと言われた修行僧が、そんなの簡単だ、普段でも猿のことなんか考えたことがないのだから、と思って座禅を組んだら、頭の中は猿だらけで困ったという話があって、つくづく人間(自分)の《思考》というのは制御が難しいものだなあと思います。

宗教はもっぱら自分の罪深さを考えよ、悔い改めよ、と言うばかりですが、それはそれとして物事はネガティブに悲観的に考えるより、明るく楽観的に考えるほうが人生を楽に生きられることは間違いないですね。

2015/01/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

騙される人は騙されたくて騙される

 これから起こる事を予測するのは不可能です。それを無理くり予言しちゃうからぼろが出る。宗教屋さんの常套手段の一つに世界の滅亡がありますが、近い将来であればあるほど効果が高い。騙されたい人は直ぐにすがり付いてくる。うはうはですね。でも予言は近ければ近い程に結果を求められる訳です。あんまり近い将来は予言しない方が良いですよ。56億七千万年後位が一番。今居る人はみんな死んでるし、誰も責任を追及されませんからねー。
 代言者 面白いですね。代弁するだけ。預言者も神様の代弁するだけなので本来は同じ意味でなければならないのですが、前者は本当にオウムしてるだけ。後者は明らかに捏造・詐欺ですから中身は全然違ってきますね。まあどっちにしてもろくなもんじゃないわけですが。
 依言者 ネットのお陰で論文はコピペ全盛。学生さんは勿論、最先端の科学者さんまでがこの部類に入りますな。しょーがねー世の中です。
 与言者 わたしの事を拡声器で名指ししてませんか?(・~・;)

2015/01/11(日) |URL|miss.key [edit]

賛成です

いやぁ~ この位待ってると 良い意見いっぱいですね

どれも納得できました 賛成です

ちなみに 明日の日付けの新聞で遊んだことが有ります
某有楽町に有った新聞社の 試し刷りで 
表題と日付けしかないのを 地下鉄で広げて
 読んでいるふりしたことが有ります

隣のおやじが  俺には明日が見えない・・・
とか言ってました  これはこれで凄いと感心
しちゃっていました

2015/01/11(日) |URL|ブッキ~ナ♡ [edit]

miss.keyさん ありがとうございます^^)

miss.keyさん ありがとうございます^^)

「騙される人は騙されたくて騙される」ですか。なるほど。
古今東西、宗教は大抵、死後の祝福か裁きかを迫ってきます。
パスカルがあるとき、死に掛かった無神論の友人にこう言ったとか。 「神は存在するか、しないか。君がどちらを信じていようがいまいが、神が存在すれば永遠の生命と無限に続く喜びを得られる。そうであれば、信じたほうがいいだろう」。
この話はちょっと理性では納得しがたいものがありますが、近未来の予言については、予言が外れたときでも熱心な信者はさほど気にしないようで、面白いことです。

聖書の預言も大昔は当たったこともあったようですよ。古代バビロンは隆盛を誇った都市でしたが、これが廃墟になると預言され、実際にその通りになったと言われています。
イエスの預言を信じたために実際にエルサレムに引っ越をして、イエスの再来を一生待ち続けた人もヨーロッパにはいたのだとか。宗教というのは信じてしまったら、理屈じゃないところがありますね。だから自称預言者という偽預言者が現われるのでしょう。

依言者。ひとの作曲したものを自分の作品だと偽った人も同様でしょうか。私もネットで検索・確認したり、書物を参照・引用したりするので、まあ、依言者のようなものです。

>与言者 わたしの事を拡声器で名指ししてませんか?(・~・;)
ギクッ。あー、いえいえ。これは私自信の、いえ、私自身のことですって、ほら。(笑)

2015/01/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ブッキ~ナ♡さん ありがとうございます^^)

ブッキ~ナ♡さん ありがとうございます^^)

あー、記事の他に全部コメントも読んでいただいて、まあ、ありがたいことです。
ブッキ~ナさんは、こういう話では本当はいろいろ言いたいことがあるのでしょう。

表題と日付けしかない新聞って面白いというか、なんだか真実を付いているようでもありますね。
「歴史は夜つくられる」という題の映画が戦前にあったそうですが―――オフコースの歌にもありましたか―――人間一人ひとりの意思と決定と行動の総合が世界の歴史になっていくのでしょうから、本当に明日の映像というのは真っ白けなんでしょうかね。

「俺には明日が見えない・・・」って、なるほど。誰でもそうです。私も同じです。世の中、一寸先は闇、というわけではないですが、似たようなものです。(笑)

2015/01/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

またまた、御邪魔・・・・

ほんとほんと、
ここは記事もコメもフムフムと読んじゃいます。
もはや、
私にはオモロイ読みモノ、『週刊バーソ』なのであります。

>高校時代の√5の覚え方が預言になっていました。
「富士山麓オウム泣く」

そぉそぉ、そぉいやそぉでしたね(@@)

2015/01/12(月) |URL|レイまま☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

あー、またまた余言(笑)をありがとうございます。
『週刊バーソ』ですか。うわっ、身に余る誉言です。
『週刊バーソ』は土曜日発売でーす。あははは・・・
覚えていますか。ルート3は「人並みに奢れや女子(おなご)」です。
なので、いつかご馳走をおごりますからね。予算は「並」ですけどね。(笑)

ちびレイちゃん、だんだん良くなっているようですね。
見上げるときの顔がとてもかわいい。
いつも飼い主の心を探っているのでしょうかね。
暖かくなったらもっとよくなれるでしょうね。(^^)v

2015/01/12(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

神の言葉を預かるから預言者、なるほどです。
予言は信じないつもりでも影響を受けやすく、それによって消極的になって、ほら当たったと言われてもしゃくりさわりますよね。
忠告として受け取る程度にとどめておいた方が、正解なのでしょう。

2015/01/13(火) |URL|マウントエレファント [edit]

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

マウントエレファントさん ありがとうございます^^)

正月の神社の占いは全部「大吉」にしたらいいと思うのですが、どのくらいのパーセンテージかというと、吉凶の8割は大吉と吉と凶。あとの2割は神社で好きに決めていいそうです。浅草寺の場合は、吉系が7割、凶系が3割だそうで、意外に凶系があるのですね。
考えたら、凶と言っておけばだいたい当たるからでしょうか。私はどちらも信じませんが。

2015/01/13(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

よげんしゃに10の呼び方が・・。

こんなに呼び方があって、意味も違う。これもなかなかのもんですすね。
私は1.、2くらいしかわかりませんね。

1の予言者さん。アジアカップで日本は優勝できるでしょうか?って聞きたくなってきました。でもわかんない方がいいですね。

バーソさんがサッカー日本代表応援してくれるなんて嬉しいです。色んなジャンルのブロガーさんいますが、サッカー観る人多いですね。

3月下旬に大分で試合があります。でもその時にはアギーレさんいないでしょうね。観にいけたらいいですが・・。

2015/01/18(日) |URL|想馬涼生 [edit]

想馬涼生さん ありがとうございます^^)

想馬涼生さん ありがとうございます^^)

深夜のサッカー中継は予約録画しておきますが、翌朝うっかりニュース番組を見たりすると試合の結果が分かったりして、そういうときは録画ビデオを見る意欲が薄れます。

結果が分かってしまった試合にはハラハラドキドキがありません。「ドーハの悲劇」も、そんな言い方はちょっとしにくくなりそうです。
未来が分かったほうがいいと思えることも多々ありますが、でもまあ、おおむね未来は分からないほうがいいのでしょうし、人生とはそうなっているのでしょうかね。

サッカーは詳しくないですが、現メンバーはザックのときとほぼ同じに見えます。アギーレ監督もまだ実力を発揮してないようです。いつまで監督をやれるのか、気になりますね。

2015/01/19(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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