「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「武蔵」はなぜ「ムサシ」と読むのか。 

(ジョークではなく、真面目な話)

トウキョーの最近の名所と言えば、「スカイツリー」を思い出すだろう。

私は、この名を思い出すのに若干の秒数が必要だが、高さなら瞬時にわかる。
ちょうど六三四メートルである。
 六三四は、武蔵(ムサシ)の国の語呂合わせになっているからだ。

「武蔵」といえば、こんな名を思い出す。
宮本武蔵、そして戦艦武蔵、K-1の武蔵、J リーグの武蔵。それから武蔵坊弁慶、
大相撲の武蔵丸、国木田独歩の武蔵野、武蔵美(大学)や武蔵嵐山(地名)など・・・。

役所hirosi
    NHK新大型時代劇『宮本武蔵』(1984年4月4日~1985年3月13日)役所広司

今回のテーマは、
『武』は影武者と書けば「ム」と読めるが、『蔵』はなぜ「サシ」と読むのか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「武蔵」の地名の由来解釈がなかなか興味深い。
私がいちばん面白いと思った中国文学者・高島俊男教授の見解から紹介したい。

すなわち、本当は、例えば「武蔵志(ムサシ)」といった具合に、漢字三文字で
書いていたのではないか。 それが和銅6年(713)の勅令により、諸国の地名は
好字(よい字)二字をもって表すようになったので「武蔵」になった。 (注1)
(高島説では、「蔵」の読みは「ゾウ、ソウ」で、それが「サ」に転訛したということだろう)

好字二字令』 : それまで旧国名・郡名・郷名(現在の町村ほどの大きさ)の表記の
多くは、大和言葉に漢字が当てられ、漢字の当て方も多くは一定しなかったが、
この勅令により、三字や一字の地名も無理やり二字に変えられた。 これは当時は先進国で
あった中国(唐)に倣ったもので、「長安」や「洛陽」の名称には良い意味がある。
(注2)

img_0_20141008142131907.jpg
     井上ひさし原作『ムサシ』(蜷川幸生監督による舞台/2009年初演)藤原竜也

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ムサシ」の読みは奈良時代にさかのぼるようだ。
『古事記』に「无邪志」、そして『万葉集』に「牟射志」とあり、古くは「ムザシ」と
濁っていたと言うが、意味は不明。 「武蔵」の語の由来には諸説があるようだ。

A.賀茂真淵の説:身狭(ムサ)という国があり、のちに身狭上(ムサガミ)と
身狭下(ムサシモ)に分かれ、相模と武蔵となった。

B.本居宣長の説:武蔵国は駿河・相模と共に佐斯国(サシ)と呼ばれ、のちに
佐斯上(サシガミ)と下佐斯(シモザシ)に分かれ、これが転訛して相模と武蔵となった。

C.金田一京助の説:アイヌ語で、「モ(静かな)・チャシ(城)」から転じた。
別の説に、「ムニ(草)・サワ(乾いた原野)・ウシ(生い茂る)」がある。(注3)

D.『東京23区辞典』説:好字二字令で、「知々夫(チチブ)」の国と「无邪志(ムサシ)」
の国が合わさって一国となり、「ムサシ」に「武蔵」の文字が当てられた。(注3)

E.古代朝鮮語説:「マル・チャチ(大領地)」か、もしくは「ム・サシ(我らの城)」が
転じた。古代関東地方には朝鮮人が多く住み、朝鮮に起因した地名は多い。(注3)

F.『埼玉苗字辞典』説:ムサシは胸刺と書き、胸(ムナ)は空(ムナ)でカラ(韓)を
指す。刺(サシ)は城(サシ)で鍛工・木工・石工・織工等の非農民の集まる所。
すなわち「ムサシ」とは素盞鳴尊に率いられた鍛冶集団の韓国渡来人の居住地。(注4)

G.日本言語協会説:「ムサシ」は動詞「ムサス」の名詞形であり、「ムサシ」は大小河川、
湖沼などの入込んだ土地を意味すると考えられる。 「ム」は水を意味し、「サス」は
ふたつの異なるものが層状に交互に入り組んだ状況を意味する。(注5)

むさしいらすと21
                井上雄彦『バガボンド』の武蔵
 
※「曾我」氏といえば相模国を発祥とする武家。 蘇我日向(そがの ひむか)は
蘇我馬子の孫だが、字(あざな)は身刺(ムサシ)で、武蔵、無耶志、身狭とも書いた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
武蔵の地は、時の流れとともに、その姿を大きく変えてきた。

古くから「武蔵」は、多くの書き手の創作意欲をかきたててきたようだ。
 
武蔵野の美は様々な表情を見せる林の中にある。―― 国木田独歩 『武蔵野』
 昔の武蔵野は萱原(かやはら)のはてなき光景をもって絶類の美を鳴らしていたように
いい伝えてあるが、今の武蔵野は林である。

 すなわち木はおもに楢(なら)の類いで 冬はことごとく落葉し、春は滴るばかりの
新緑萌え出ずるその変化が 秩父嶺以東 十数里の野いっせいに行なわれて、春夏秋冬を通じ
霞に 雨に 月に 風に 霧に 時雨に 雪に、緑蔭に紅葉に、さまざまの光景を呈する
その妙は ちょっと西国地方また東北の者には解しかねるのである。

 武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。 
どの路でも足の向くほうへゆけばかならずそこに 見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。
武蔵野の美は ただ その縦横に通ずる数千条の路を 当もなく歩くことによって始めて獲られる。

 日が落ちる、野は風が強く吹く、林は鳴る、武蔵野は暮れんとする、寒さが身に沁む、
その時は路をいそぎたまえ、顧みて思わず新月が枯林の梢の横に寒い光を放っているのを見る。
風が今にも梢から月を吹き落としそうである。  突然また野に出る。
 君はその時、  
 山は暮れ 野は黄昏(たそがれ)の 薄(すすき)かな
   (※注:蕪村の句)
の名句を思いだすだろう。
 
 ※まことに僭越横暴ながら、各所に半角スペースを挿入。
   
 伊藤彦造、『宮本武蔵』
               伊藤彦造 『決戦宮本武蔵』 (昭和26年)
         _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

東京が攻め寄せてきた。―― 徳冨蘆花 『みみずのたはこと』
 東京が大分(だいぶ)攻め寄せて来た。 東京を西に距(さ)る唯三里、東京に依って生活
 する村だ。 二百万の人の海にさす潮(しお) ひく汐(しお)の余波が 村に響いて来るのは
 自然である。 東京で瓦斯(ガス)を使う様になって、薪の需用が減った結果か、村の雑
 木山が大分 拓(ひら)かれて麦畑になった。

            _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 

江戸の都は大にぎわいで騒々しい。―― 小林一茶
  行く雁や お江戸は武蔵 うるさしと
 
         _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

平安の武蔵は草ボウボウで、馬上の人も見えず。―― 菅原孝標女 『更級日記』
 今は武蔵の国になりぬ。・・・むらさき生ふと聞く野も、蘆(あし)・荻のみ高く生ひて、
 馬に乗りて弓もたる末見えぬまで高く生ひ茂りて。

武蔵の二人69
    映画で宮本武蔵を演じた三船敏郎(1954年・東宝)と中村錦之助(1961年・東映)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
作家・吉川英治は、武蔵にこう勧めている。
小説『宮本武蔵』の中では、武蔵が姫路城での幽閉を解かれるときに、城主・池田輝政から、
故郷の宮本村にちなんで宮本姓を名乗るよう言われ、 同席した沢庵からは、
 「名も、武蔵(たけぞう)よりは、武蔵(むさし)と訓(よ)まれたほうがよい」
と言われ、
さらにこう勧められる。
 「暗黒蔵の胎内から、きょうこそ、光明の世へ生れ変わった誕生の第一日。
 すべて新たになるのがよろしかろう
」。


 石井鶴三:画、「二天の巻」(吉川英治「宮本武蔵」朝日新聞)
           石井鶴三「二天の巻」(吉川英治『宮本武蔵』朝日新聞)  


秦氏は百済から帰化した氏族で、京都「太秦」の地名に名残があるという話があるが、
大和朝廷の時代には、関東にも朝鮮渡来の人たちが多く住んでいたのかもしれない。

福岡~釜山の距離は福岡~広島より近いと言うべきか、「精神的距離は千年ある」と
思うべきか。 後世の人にも光明をもたらす、賢明で、成熟した大人の見方はどちらか。
             
~~~~~~~~~~~~~~~~資料~~~~~~~~~~~~~~~~~~
注1:丸谷才一『人魚はアカペラで歌ふ』文藝春秋社
注2:「ニコニコ大百科」http://dic.nicovideo.jp/a/%E8%AB%B8%E5%9B%BD%E9%83%A
1%E9%83%B7%E5%90%8
D%E8%91%97%E5%A5%BD%E5%AD%97%E4%BB%A4
注3:『東京23区辞典』http://www.geocities.jp/pccwm336/sub1..html
注4:『埼玉苗字辞典』http://homepage1.nifty.com/joichi/
注5:『日本言語協会』http://linguisticrootsofjp.web.fc2.com/musashikoku/musashikoku_itsroot.html
注無し:ほとんどはWikipedia

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武蔵

バーソ様
おはよう御座います。

またまた興味深いお話ですね。
武蔵といえば武蔵野。
子供の頃練馬区の石神井に住んでいました。
そこに友達がいて保谷に引越しました。
たまに彼のところに西武池袋線に乗って
遊びに行きましたが駅を降りるとそこは
まさに武蔵野の雑木林でした。
今は東京近郊でも武蔵野の面影があるところ
を探すのが難しくなっています。
そういえば今私が住んでいるのは武蔵の国
ではなく下総の国でした。

愛新覚羅

2014/10/18(土) |URL|aishinkakura [edit]

たけぞう、でしょ。

先日は、コメントありがとうございました。

武蔵といえば戦艦しか思い浮かびませんでしたが、そうでした武蔵美もこの字だったのですね。

以前つきあっていた女の子は、テレビ欄のK-1を見て、「たけぞう」が出てる、と言ってました。当然だと思います。ピーター・アーツとか、どうしているのだろう。

2014/10/18(土) |URL|サモトラケのニケ [edit]

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)

石神井も いいところですね。
石神井公園には何度か行ったことがありますが、
車で通ると、閑静な住宅街という感じがします。


>駅を降りるとそこはまさに武蔵野の雑木林
「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」を思い出しますが、
今は開発されて武蔵野の面影を残している所は少なくなったのでしょうね。
でも「武蔵野」というと、この名の響きもまた情緒があっていい感じです。

下総の国は、金・土と、アクアラインを通って野島崎灯台まで行ってきました。

2014/10/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

サモトラケのニケさん ありがとうございます^^)

武蔵を「たけぞう」と読んだというような話を聞くと、いつも思い出すのは、作家の大佛次郎の名を「ダイブツ ジロウ」と子供が読んだら、その兄が「バカだなあ、おまえは。オオボトケ ジロウと読むんだよ」と教えたという、祖母から聞いた笑い話です。

K-1の武蔵をタケゾウと読むのは、アート系の女性なら当たり前のことなんでしょう。
格闘技と芸術では、志向や感性が180度違いますから、読めないほうが立派です。
もし正しく読めて詳しかったりしたら、ちょっとがっかりするところじゃないですか。

K-1は今はすっかりテレビで放映しなくなりましたが、その代わりにサッカーや他のスポーツの放送が非常に多くなりました。そのほうが、時代に合っているのでしょうか。

2014/10/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

日本一の石高を誇った国です

 石高ダントツの100万石。武蔵国は関東平野のど真ん中にあり、広い沃野を抱える大国であります。
 さて読みはともかく、武蔵を分解してみると武の蔵。つまりもののふの米蔵です。考えてみれば、平将門に始まり、源頼朝、足利尊氏、徳川家康と、中央に抗った武士達を支えたのはこの地の生産力である。前にあげたうちの三人までもが天下をとったのは偶然ではない。まあ、個人的には平清盛、楠正成、羽柴秀吉の方が好きなんだけど。
 関東は古来抗う者だった。ところが今はどうだ、日本の中心になってしまったではないか。むしろ体制を守ろうとする側になってしまった。反骨を身上とする者としてははなはだ複雑である。

2014/10/18(土) |URL|miss.key [edit]

おはようございます。

バーソさん、

たくさんの「武蔵」のトリビア、興味深かったです。
吉川英治の「宮本武蔵」に夢中になって、「五輪の書」まで
読んだことを思い出します。「五輪の書」って外国人に人気が
ありますね。兵法の書と言うより人生の生き方を教えてくれるとか。
いま、アメリカamazonでみてみたら「五輪の書」のレビューが371件も
ありました。日本では数件しかないのに。(笑)
「更級日記」、最初の、作者が心細げに出立する場面ですね。
作者が永年の憧れの「源氏物語」全巻を思いがけずに手に入れる
箇所もいいですね。

2014/10/19(日) |URL|エリアンダー [edit]

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2014/10/19(日) || [edit]

武蔵野という響き、
嵯峨野とかと同じような、
なんんだか浪漫を感じます、、、漠然となんですけど。

嵯峨野が女性的なのに対して、
武蔵野は男性的なイメージ、漠然となんですけど。

そういえば、こちらに一時間あまり行ったところに、
智頭急行に「宮本武蔵 駅」があります。
縁の土地らしぃですが 生誕の地なのかなんなのか知りません
(正直、宮本武蔵とか剣豪のお話は とんと暗いので^^;スミマセン)

私にとって、武蔵といえば、
小さい頃、流行ってた
 ♪ ハチのムサシは死んだのさぁ~♪♪
  っていう歌詞のフレーズを思い出すのですけど、

この歌の ”ムサシ”ってなんの象徴なんでしょうーーー
子供の私にはわからなかったけど、
      今なら、わかるかしらん。。。

2014/10/19(日) |URL|レイまま☆ [edit]

miss.keyさん ありがとうございます^^)

関東平野はローム層なので米作には適してない、と何となく思っていたのですが、
「広い沃野」と言われると、なるほど、この頃はそんなに米の収穫が多かったのですか。
「武蔵=もののふの米蔵」というのはオリジナル説なんでしょうかね。(@_@)

坂東武者という言葉がありますから、確かに武蔵には専業戦士が多かったのでしょう。
京都、奈良は在来の天皇家の勢力が強いので、天下人らは京から離れた関東に居を構えたかと思っていましたが、なるほど、地が農作に適するという要因もあったのですね。
これぞ本当の「つちのこ」の発祥で、つちのこは武士の魂を持っているのですね。(笑)

「関東は古来抗う者だった」が、その抗う者ばかりが集まると、それが多数意見となり、
当たり前の大衆の思想になる・・・という流れはちょっと面白いと思いました。
(私も、世間の大勢の人がすることはあまりしたくない、という意識がありますよ)

2014/10/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

私は吉川英治のほうは読みましたが、「五輪書」はタイトルだけ知っている程度。
現代語訳のほうを読んでみようかという気になりました。
アマゾンのレビュー。アメリカ人のほうが興味を持っているとは面白いですね。
彼らは、サムライという《男らしさ》に憧れを持っているのでしょうか。

「更級日記」は学生時代に読みましたが、もうほとんど覚えていません。
エリアンダーさんは、さすが、書物に(と音楽、映画、絵画にも)お詳しいですね。
こんな古典も(さだまさしの歌詞も)よく記憶していて、ほんとに感心します。

2014/10/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

おお、武蔵野と嵯峨野に、同じような響きや浪漫を感じますか。
方や男性的で、方や女性的で。うーむ、レイママさんらしい感想ですね。
私も武蔵野の語感にある種の印象を感じていたのですが、これはうまい説明です。

智頭急行の「宮本武蔵 駅」。そうですか。侍魂ではなく、商魂ゆえの命名ですね。
調べたらこの駅は生誕の地らしいですが、それなら佐々木小次郎駅なんて出来たら面白そう。でも、この人は確か出自があまりはっきりしてないようですよ。

そうそう、ハチのムサシは死んだのさ~♪という歌がありました。
私も意味はわかりません。
これって、なんとなく、おらは死んじまっただ~♪に似てませんか。

2014/10/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

またまた^^

うん!似てる 似てる^^

なんか同じようなナンセンスジョークというのか
どこか退廃的というのか、
経済成長途中の時代社会背景で、
この頃この手の歌 流行ましたよねーーー

同じカテゴリーにしてよいのかわからなぃけど、
『走れハイセイコー』とかも 
 なんか同じような感じするんですけど・・・
http://www.youtube.com/watch?v=q2dfZynh1AM


2014/10/19(日) |URL|レイまま☆ [edit]

追伸。。。

『走れ ハイセイコー』じゃなく、
 『走れ コウタロー』でした(笑

各々の歌詞
あらためてYouTubeで、聴いてたら
 なんか、猛烈競争社会とか、
  物質社会なんかを揶揄したり自嘲してるんですねぇ。

『ハチのムサシ』も、『オラは 死んじまっただぁ~♪』も
悲哀とか感じますねぇ....。

少し後の 『およげ たい焼きくん』と同じような感じ。。。

2014/10/19(日) |URL|レイまま☆ [edit]

レイまま☆さん ありがとうございます^^)

そうそう、『走れコウタロー』という調子のいい曲もありました。
こういうのをコミックソングと言うのでしょうか。
内容はナンセンスジョークの形を取りながら、人生や世間に対する風刺を含んでいて、
「猛烈競争社会とか、物質社会なんかを揶揄したり自嘲してる」のですね。

そう言われれば、『およげ たい焼きくん』も似た曲のような印象があります。
ナンセンスな言葉の裏には深刻な問題が秘められているということなんでしょうか。
でも笑いでごまかしている間はそれほど深刻でもないと言えるのでしょう。
嘉門達夫という歌手は、このテの歌が多くなかったですか。

2014/10/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

武蔵の訓みは考えたことなかったですね~
内容も難しくてちょっと自分の頭ではついていけない感じですので
主旨とはそれますが。。。

宮本武蔵のドラマは好きですが
役所広司さんと おつう、古手川祐子さん版が
一番好きでした。
女性としておつうの生き様に惹かれて、おつうのイラスト描いたことありましたね^^

あと、一番下の挿絵が素晴らしいですね!

2014/10/19(日) |URL|kotorin [edit]

こんにちは

私の高校には運動場がなく、武蔵野に土地を借りて
毎年体育祭をやっていました。
アン・ブロンテは「アグネス・グレイ」だからア行、
これも法則に合いますね。
お返し「3語、4語の法則」、
メキシコのアステカ帝国を滅ぼしたのはコルテス(全部4語)。
ペルーのインカ帝国を征服したのはピサロ(全部3語)

2014/10/19(日) |URL|エリアンダー [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

お通さんは作家・吉川英治がつくった架空の人物。私は、本は大昔に読んだだけで、
テレビドラマは見ないので、もう詳しくは覚えてないですが、なんとなく、
可憐で素直な日本女性で、Kotlinさんに似てるような気がします(少々お世辞入り)。

役所広司は、好きな俳優です。顔に人間の深み、渋みがあるような気がします。
のっぺりとした味のない顔の俳優とはだいぶ違います。
『Shall we ダンス?』はサラリーマンの悲哀が出ていて、いい映画でした。
アメリカでリメイクされた『Shall We Dance?』の主役リチャード・ギアも
この役では、役所広司に全然かなわなかったですね。

一番下の挿絵がよかったですか。素朴で、なんとなく味わいがありますからね。

2014/10/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

体育祭は武蔵野に行っていたとは、学校が街の中央にあったためでしょうか。
それにしても、アン・ブロンテもご存知とは、いささか以上 驚きました。
私はアン・ブロンテの名は知らなかったですよ。

コルテスとピサロの覚え方を語数で覚えるとは、なるほどです。
ふたりともスペイン人。占領して強奪して虐殺して、全くけしからん白人です。

インカ帝国といえば、精密な石の加工や洪水伝説で知られていて、
例の木内鶴彦さんも臨死体験中に、その地の大洪水のイメージを見たそうで、
彼らの住居がこんな高山にあるのも、そのひとつの証拠のように思えます。
大災害というのは想像を超えたすごい規模のものがあるのでしょうね。

2014/10/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます

地名を二文字に・・・・。

「鹿児島」を二文字にするにはどうしたか。「鹿」の下に「児」をくっつけて一文字にしてしまったんですね。「かご」と読んだのでしょう。
音読みは「ゲイ」だと思います。
そのなごりで、「○城自動車学校」(ゲイジョウ自動車学校)というのがこちらには在るのです。

高校の日本史の先生が受験にはちっとも役に立たないことを教えてくれましたが、今にして思えば、ここでパーソさんにコメント入れろ、ということだったのかもしれません(笑)。

いつも興味深い話題、ありがとうございます。私めの粗製乱造をいつも後悔させてくださいます(笑)。

2014/10/20(月) |URL|うさぎ屋 [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

確かに「鹿児島」の字には、鹿の児が多かったらしい雰囲気がありますね。
「鹿」一文字で「かご」と読むようになったということでしょうか。
しかと左様ですか(笑)。

「鹿城」の音読みは「ろくじょう」ではなく、「げいじょう」。
これは外部の人間にはなかなか読めないでしょうね。

日本史というのは意外なところで役に立つのだ、ということがよくわかりました。
おかげさまで、こうして知的なコメントをいただけました。
私も、もっとしっかり勉強しておけばよかったと今、悔やんではおりますが。^^;

2014/10/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

鹿の下に児をくっつけて一文字にしたのです。

http://bakusai.com/thr_res/acode=10/ctgid=104/bid=469/tid=147403/
この自動車学校の頭の文字。

失礼しました。

2014/10/21(火) |URL|うさぎ屋 [edit]

うさぎ屋さん ありがとうございます^^)

あー、すみません。物分かりが悪くて。お手数をおかけしました。
鹿の字の下に児がある漢字があるのですね。こんな字、想像だにしませんでした。
検索したら、こう説明されていました。

「「麑」は上下に分解すると「鹿」と「兒(児)」から成るため、日本では鹿児島を
一字で表すのに用いられた(「ザビエル来麑記念碑」「麑藩名勝考」など)」

一文字で、二文字分。省スペース性に優れていて、便利そうですね。

2014/10/21(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

とても 興味深いです、 実家から 何キロ 離れてたでしょうか? 
武蔵塚!なるものがありました、
公園のようですが、お墓があり お骨が入ってると 教えられました、 
言い伝えなので 本当でしょうか? 
帰省したら 訪ねてみたいですね、 たか

2014/10/22(水) |URL|たかちゃん [edit]

たかちゃんさん ありがとうございます^^)

コメントありがとうございます。
実家の近くに武蔵塚という公園があるのですか。
武蔵は六十二歳にして熊本千葉城の自宅で没したと言われているようですが、
たかちゃんさんは、九州男児というか、熊本っ子なんでしょう。
その武蔵塚に訪ねてみると、なにか感慨が生じるかもしれませんね。
またのお越しをお待ちしています。私もおじゃまさせていただきます。

2014/10/22(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 真善美の探究

内容はともかく、投稿の仕方が真面目ではないのと
あちこちのサイトにも同じ文面を投稿しているようなので、
スパムとみなして削除させてもらいますよ。

2014/10/24(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

どれがほんとか分からないですが、宮本武蔵と吉川英治の功績によって、日本では武蔵という字面が非常にポジティブに受け入れられている気がします。

2014/11/28(金) |URL|わほマン [edit]

わほマンさんへ

ああ、そうだと思います。私も若い頃、この本を読みました。
昔は時代劇映画が非常に多く、宮本武蔵や椿三十郎、荒木又右衛門、丹下左膳、月形半平太などの映画が多くありました。剣豪小説もたくさんありました。ティブに受け入れられている気がします。

2014/11/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

楽しませてもらってます

私が武蔵ときくと
一番に戦艦武蔵を思い浮かべます。

次が、宮本武蔵、国木田独歩。 うーん、それからK-1の人かなあ。

なんとなく「むさし」と読み、発音していましたが
興味深いですねえ。
楽しんで読ませてもらっています。

2015/01/22(木) |URL|森須もりん [edit]

森須もりん さん ありがとうございます^^)

ああ、こんな過去記事も読んでいただいて、ありがたいことです。
じつは武蔵で思い出すものによって、世代や関心事などが分かるようになってましてね。
一番が戦艦武蔵で、宮本武蔵、国木田独歩・・・までは、順当なところでしょう。
メッサーシュミットとスピットファイアが好きだから、戦艦が1位は、まあ、わかります。
がしかし、第4位がK-1ですか。あらー、ここに意外性と驚きがちょっとありました。
ここは「興味深いですねえ」という言葉をそのまま引用させてもらいますよ。(笑)

2015/01/22(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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