「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 イエスの再臨は「1914年」からではない。 

ものみの塔(エホバの証人)の最大の教理は「1914年」です。
ものみの塔協会は、こう主張しています。
イエスは神の王国の王として、目に見えない「(再」臨在」をしている。

「再臨在1914年説」が間違いであれば、ものみの塔の教理は壊滅します。
(それでもなお、ものみの塔についていく組織愛好者はいるでしょうが)

ここでは「1914年再臨」説の矛盾を、マタイの聖句から明快に証明します。


21mam (2)

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1.「塔」主張:イエスの臨在の「しるし」は西暦1914年から
見えているので、イエスは1914年から「臨在」している。


ものみの塔は、最初の「しるし」は1914年に始まった第一次世界大戦だ
と言っている。(マタイ24章・ルカ21章・マルコ13章)

反証:「いちじくの木」の例えは、「臨在」ではなく、「接近」を教えている。
ものみの塔の間違いが非常に簡単に分かるので、聖句をよく見てほしい。

「いちじくの木から例えとしてこの点を学びなさい。
その若枝が柔らかくなり、それが葉を出すと、夏の近いことを知ります。
同じように、これら(しるし)のすべてを見たなら、
彼(イエス)が近づいて戸口にいることを知りなさい」マタイ24:32,33


趣旨は簡明。「しるし」の「すべて」を見たら、イエスは「近づいている」だ。

「しるし」の「すべて」がまだ起きてないことは、ものみの塔も認めている。
(人の子のしるしが天に現われるとか太陽や月の異変があるなどは未完了)

では、「しるしのすべて」が起きてないなら、イエスは「近づいて」もいない
ということだ。「近づいて」さえいないなら、
どうして、すでに「来て」、「居る(臨在)」と言えるのだろうか。

★ここは非常に重要なので、繰り返しによる強調をしておく。
聖書の要点は「すべてのしるし」を見たら、イエスが戸口に「近づいている」。
(すなわち、すべてのしるしが成就してからイエスは来る)
協会の主張は「最初のしるし」を見た時から、イエスが「来て、そして居る」。
協会の解釈は聖書とは合致しておらず、出来事の時間的順序がおかしい。

※ものみの塔は1982年に、「臨在(パルーシア)」の定義を変更した。
すなわち、「目に見えないが来ている」という解釈から、
注意するという意味で来ている」という解釈に変えた。

「注意するという意味で」とわざわざ注釈を付けたということは、
イエスが、実際に来る(到来)こともしてないし、居ること(臨在)もしてない
ことを意味している。
ものみの塔は、「臨在」についての解釈に無理があることを承知している。

21mam (1)


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2.「塔」主張:イエスの「臨在」は目に見えないゆえに、
認知できるよう 弟子たちは「しるし」を求めた。


反証:当時の弟子たちに《イエスが目に見えない姿で来る》との概念なし。
イエスの弟子たちは、イエスの王国が地上に実現し、
ユダヤを ローマ帝国の支配から解放してくれると考えていた。

マタイ16章:イエスは「人の子が自分の王国をもって到来する」 とに語った。
20章:弟子たちは誰が「(間近な)王国で右また左に座る」かで言い争った。
21章:イエスは預言通り子ロバに乗り、王として入城した(ゼカリヤ9:9)。
使徒1章:弟子たちは「今この時期に王国を回復されるのですか」と質問した。

弟子たちはイエスが王として《すぐにでも到来する》と思っていた。
だから「その時」を前もって知りたかったので、到来前の「しるし」を求めたのだ。

注意点を一つ。イエスは、当時の弟子たちの認識とは違い、
政治国家的な王になるつもりはなかった。
聖書には、群衆がイエスを王に祭り上げようとしたとき、
イエスは山の中にただ独りで退いた、という記述がある(ヨハネ6:15)。

41mam (1)

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3.「塔」主張:「ノアの日」には、ある程度の長い期間があったので、
「人の子の日」にも 長い期間がある。


「人の子の臨在はちょうどノアの日のようだからです。 洪水前のそれらの日、
ノアが箱船に入る日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだり
していました。そして、洪水が来て彼らすべてを流し去るまで注意しません
でしたが、人の子の臨在の時もそのようになるのです」
マタイ24:37-39

「それゆえ、ずっと見張っていなさい。あなた方は、自分たちの主が
どの日に来るかを知らないからです。・・・このゆえに、あなた方も
用意のできていることを示しなさい。
あなた方の思わぬ時刻に人の子は来るからです」
24:42,44

反証:「ノアの日」と「人の子の日」の例えの要点は、
《人々が注意していないときに、突然に来る》である。
決して《何十年もの長い期間がある》という趣旨ではない。
「ノアの日」には、人々が注意していない時に突然、大洪水が来た。
同様に「人の子の日」にも、思いがけない時に人の子が来る。
つまりイエスは突然に来るので「ずっと見張っていよ」と言われているのだ。

「ずっと見張って」いる期間は、
音信を聞いた人の一生の範囲内であるはず。

イエスの弟子になりたい者は、何千年でもずっと見張り続ける必要が
あるのだとか、それは人が清く正しく生きるために必要なことだ、
と解釈する人がいるかもしれない。だが、それはあまりにも愚か過ぎないか。
もしそうならイエスは、現代までの約二千年の間、イエスの言葉を信じてきた
真面目なクリスチャン全員をだましてきたことになる。

41mam (2)

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4.「塔」主張:新世界訳が、パルーシアの語を「臨在」と
訳すのには 言語学的な裏づけがある。


権威あるギリシァ語辞典によると「パルーシア」は、第一義的には「臨在」、
第二義的には「到来」という意味があり、当時の用法では「王室の名士、
あるいは支配者としての来訪」という意味があった。
新世界訳が「臨在」と訳したのは、原語の第一義的な意味を採用したわけで、
一応もっともな根拠だと言える。
ただ、「臨在(居る)」とは時間的に「到来」の後のことだ。

反証:マタイ24章の文脈の中では、「パルーシア」とは《ほぼ瞬時》の意だ。

イエスは弟子たちの質問に対して、「その時(16,21,30,40)」、「その日(19,22)」、
「その日と時刻(36)」、「時刻(44)」など、短時または瞬時の言葉を用いた。

関連する例え話の中でも、「パルーシア」は「到来」という意味だとわかる。
●忠実で思慮深い奴隷の話では「彼の予期してない日、知らない時刻に来て」。
●十人の処女の話では、「花婿が到着し・・・処女たちはみな起きて」。
●タラントの話では、「主人が来て」、「到着してすぐに」。
●羊と山羊の話では、「人の子が栄光のうちに到来し」。

ほとんどの聖書翻訳は「パルーシア」を「到来」とか「来る」と訳している。
たとえ「臨在」と訳すべきとしても、イエスは「臨在」が始まる「日」、
または「時刻」
を弟子たちが前もって知ることができるよう、
その「前兆」を列挙したのだ。

「その日と時刻については誰も知りません。・・・子も知らず(36)」。
なのに、ものみの塔が、「臨在」は1914年の10月(ユダヤ暦七月)の
4日だとか5日だとかに始まった、と特定しているのはおかしいことではないか。

★結論★ 「パルーシア」は文脈を考慮して「到来と」訳すか、あるいは当時の
用法通り「王室の名士としての来訪」と訳すべきだ。
要は、来てから、居るのだ。居てから、来るのではない。
当時の状況も考慮するなら、弟子たちは「王としての来訪」がいつかを前もって
知りたいのでイエスに質問した、と考えるほうがずっと素直な解釈だろう。

★ものみの塔は、イエスが1914年に「来て」、それ以来「パルーシア(居る)」しており、
将来の大艱難の時に「エルコマイ(来る)」のだ、と単語を分けて説明している。

つまり、「居る」の後に「来る」では順序がおかしいので、
まず1914年に《見えない状態で到来》し、その後に《実際に到来》する、
その時は近い!近い!と信者を叱咤鼓舞し、
そのようにして「来る」の意を2段階・2種類に分離しているわけだ。

しかし、この二つのギリシア語は同じ文脈ゆえに同じ出来事を表している
と考えるべきであり、
実際「パルーシア」には「来る」と「王室の名士としての来訪」という意味もある。


51mam.jpg

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ある言葉を解釈するときは、いつ、誰に、
どんな状況で言われたか、その文脈を考えるべきだ。


そうでなければ当時、イエスの預言がイエスの弟子たちに語られた意味がない。
 マタイ24:3「臨在」とその関連預言は、その場にいた弟子たちに言われた。
 イエスと弟子たちがエルサレムの神殿を実際に眺めていた状況下で言われた。
 イエスは、その預言が将来にも大規模に成就するなどと示唆さえしなかった。
 もし預言が将来にも成就するのであれば、それを言わないのは重大なミスだ。
∴ゆえに預言は当時のエルサレムの神殿とユダヤ教の体制に対して言われた。

イエスの預言は、1世紀当時に成就し、終了した。
マタイ24章3章でされた質問の要素は3つあった。 すなわち、
 (1)「そのようなこと(神殿の崩壊)」、
 (2)「イエスのパルーシア」、
 (3)「事物の体制の終結」である。

並行記述ルカ21章には「エルサレムが野営を張った軍隊に囲まれ」、
「都」が「荒廃」して「処断の日となり、それによって書かれていることの
すべてが成就
」 したとある(20-22)。
これは、イエスの預言が西暦70年に完結したという以外に解釈があるだろうか。

預言は、1世紀当時の弟子たちが生きている間に成就した。
というのは、マタイ16章28節で、イエスは「あなた方(当時その場に居た
弟子たち)に真実に言いますが、人の子が自分の王国をもって到来するのを
まず見るまでは、決して死を味わわない者たちがいます
」と述べたからだ。
これは当時の弟子の生存中という意味だ。

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補足のQ&A

Q1::21節「世の初めから起きたことがなく、二度と起きない大患難がある」
という表現は全世界的な「世の終わり」を表すのではないのか?

: 実際、ユダヤ教とその体制にとっては、その「日」は史上最大の患難になった。
以来、神殿は二度と再建されることなく、レビ系の祭司も存在していない。
なお、聖書の預言者はレトリック(文章の表現法)が非常に巧みだった。
預言者たちは独特の「誇張表現」を得意とする(イザヤ34章参照)。
とりわけイエスは、石が叫ぶとか、山を動かせるとか、らくだが針の穴を・・・
といったように、比喩の達人だった。
 
Q2: 『啓示』の書は西暦96年に書かれたので、
「世の終わり」は西暦96年以降に全世界的に成就するのではないか?

: 伝統的な西暦「96年」著作説の根拠は非常に薄い。調べてほしい。
聖書学者の中には、ネロ帝時代の「69年」頃と考える人もいる。
そういうわけで、ユダヤが滅んだ西暦70年に、確かにイエスは『速やか」に来た
と言える。 ※ヨハネの黙示録 Wikipedia参照

Q3:「再臨西暦70年説」は一部の教派で唱えられているだけでは?
: その通り。だが、物理的証拠も聖書的根拠も何もない「再臨1914年説」より、
はるかに合理的な解釈ではないだろうか。
「1914年再臨説」にしても「再臨将来説」にしても、イエスが再臨は二千年先の
遠い将来のことだと示唆さえしていないことと、特に聖書巻末の書でイエスが
速やかに来る」と述べたことを全く説明できない 。
これは致命的な欠陥だろう(啓示22:20,3:20)。

「速やかに」とは、千年を一日のように思う神の観点なのだから、
人間の観点とは違うのだという言い訳がありますが、
そんな推論は道理にかなってると思いますか。
もしそうならイエスは頭が悪すぎじゃないですか。


参考:「宇宙主権の論争」の教理の誤りを論じています(本邦初) → コチラ
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