「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 赤ちゃんを育てられないお母さんへの優しい言葉。 

せっかく授かった赤ちゃんなのに、事情があって育てられない母親がいる。

去る5月22日、熊本市は、同市の慈恵病院が運営している「こうのとりのゆりかご
(赤ちゃんポスト)」に預けられた赤ちゃんの数が、運用が始まった2007年から2014年までの
7年間で100人を超えたことを発表した。「赤ちゃんポスト」は、日本ではここが唯一の施設。

「赤ちゃんポスト」は、望まれない赤ちゃんを殺害と中絶から守るために設置されている。
今回は、これに関連して、思わず胸が熱くなり、涙してしまった手紙をご紹介します。

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TBSドラマ 『こうのとりのゆりかご~「赤ちゃんポスト」の6年間と救われた92の命の未来~』 2013.11.25

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
井上ひさし著『ふふふふ』134-139ページ「母への二通の手紙」(講談社)より

育てられない子をお寺やお宮の前にそっと置くことは、日本でも普通に行なわれていた。
ヨーロッパでは修道院や教会がその役目を引き受けていた。

フィレンツエの「無垢な子供たちの病院」もその一つである。
1445年完成のその養育院には、その頃、常時百人前後の赤ちゃんが迎え入れられていた。
建設資金と維持費はメディチ家と市内の金持ちが負担した。

この養育院がすばらしいのは学院を併設していたことで、育てるばかりでなく、
3、4歳になった頃から音楽や美術や算数を教えていた。そのおかげでここからは
たくさんの芸術職人(楽士、画工、彫刻工、金属細工人、石工たち)が巣立っていった。
銀行や商社の会計係になる者もたくさんいた。

設立趣意書にこうある。
「ここの受け容れられている子供は可愛そうな捨て子ではない。
この子供たちはフィレンツェ共和国の未来そのものである」

p4076488.jpg

この考え方は今も生きていて、たとえばドイツのバルトフリーデ病院の赤ちゃんポストに
子供を預けにきた母親は、赤ちゃんを清潔で気持ちのよさそうなベッドに置くとき、
次のような手紙を受け取る。

 赤ちゃんのお母さんへ
 あなたが赤ちゃんを預けたのは、決して軽い気持ちからではないことを、
私たちは十分に知っています。私たちは力の及ぶ限り、あなたの赤ちゃんのお世話を
させていただきます。どうか安心してください。

 もし、もう一度、赤ちゃんを引き取りたいときは、いつでも連絡してください。
一緒に暮らせるよう、喜んでお手伝いをします。

 そのために、この手紙をしっかり持っていてください。
 手紙の中に記されている番号は秘密の番号です。あなたと赤ちゃんだけのための番号です。
あなたが赤ちゃんの母親であることの証しです。いつか子供が大きくなって、
「お母さんが誰か知りたい」と、そう願ったときの大切な手がかりです。

 最後に、お子さんに伝えたいことがあれば、いつでもご連絡ください。
喜んで、伝えるお手伝いをします。お元気で。
(NPO法人円ブリオ基金センター訳)


t-11.jpg
写真がどの病院かは不明。 http://www.japanprobe.com/2006/11/09/baby-post/ 

 もう一通、これもドイツのNPOシュテルニパルクの赤ちゃんポストの手紙を紹介しよう。
 
 
お母さんへ
 誰にでも助けが必要なときがあります。今あなたは助けが必要なのではありませんか。
よければいつでも相談に乗ります。産後の経過はどうですか。私たちの助産士をいつでも利用して
ください。私たちはドイツ中の医者や病院を知っています。匿名で、無料で診てもらうことができますよ。

 あなたの赤ちゃんは病院の検査を受けたあと、8週間、里親のもとで愛情をもって保護されます。
その8週間の間に、あなたは子供をどうするか決めることができます。

 時間はすべての傷を癒すことはできませんが、それでも少しは癒してくれるはずです。
あなたが望むなら、私たちのところで赤ちゃんと一緒に匿名で、無料で住むこともできますよ。

 赤ちゃんの写真がほしいときは電話してください。私たちはあなたと一緒に問題を解決するために
24時間ここにいて、いつでもあなたのもとに駆けつけます。
 あなたの幸せをお祈りしています。どうか、がんばってください。


200703leonardo_top0.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Yahoo知恵袋(2011/1/1103:14:17)への相談より

新生児(生後24日)を、施設か赤ちゃんポストに預けたいです・・・

もうムリです・・・。産まれるまでは楽しみにしてたのに、
いまは旦那も赤ちゃんに興味がなく、面倒臭いと言われます。

里帰りしないで世話をしていますが、夜泣きが酷く、22時~朝6時までは泣いてばかり。
抱っこしても、おしゃぶり吸わせても(陥没乳首のため、母乳はムリでした)、
ゲップさせても、泣いてます。
室温は温度計で見て適温ですし、完全ミルクで量も足りてるし(実際あげても飲まない)、
何しても、のけ反ってギャン泣き・・・。
もう寝不足で赤ちゃんの泣き声を聞いただけで、イライラして別の部屋へ行きたくなります
(実際部屋がないので行けません)。

元々、赤ちゃん欲しかったわけじゃないけど、お腹で育ててた時は楽しみもありました。
旦那と新しい家族3人で楽しく過ごせると・・・。

でも現実は・・・旦那は赤ちゃんを面倒臭いと言って相手にしないし、泣いてもウザイ!と怒鳴ります。
私も殆ど寝ないで泣いてる赤ちゃんを見てると、可愛いと思えず、誰かに預けたくなります。
最低な母親だと分かっていますが、精神的に辛く、カキコミしました。

何でもいいのでアドバイスや意見ください。
赤ちゃんを可愛いと思えず、ただ辛い・・・面倒臭い・・・と思うのなら、
虐待や育児放棄する前に手放したほうがいいのでしょうか?


この相談には、なんと80名ぐらいの方から回答がありました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1353544608

本人のお礼のコメントです。
我が子を見捨てるといってる酷い母親に皆様、優しい言葉を有難うございます。
厳しい意見を頂くと思ってたので、予想外で涙が止まりません。
両親に多額の借金があり、重度の鬱病で里帰りは出来ません。帰る場所もなく旦那も冷たい・・・。
甘えてると分かってますが、誰かに話したかった。泣きわめく赤ちゃんに焦ってしまってました。
本気で手放す気はありません。ただ聞いて欲しかったんだと思います。
今とても心が軽くなりました。


                     _ _ _ _ _

「赤ちゃんポスト」には、反対や批判をする人もいますし、問題もまたあるようです。
でも、いま目の前で泣いている赤ちゃんをほうっておくことはできない。そう思って、
ひと言も責めることなく、母と子を気遣う人たちも世の中には大勢いるのです。うれしいですね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~付録~~~~~~~~~~~~~~~~~
近頃の子は成長が早いです。この赤ちゃん、i PADに慣れすぎです。

毎度おなじみのブログ『夏への扉』2013/10/05より。毎日真摯に更新してますよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆平成19年から平成25年11月30日までに熊本市の慈恵病院が相談を受けたケースのうち、
特別養子縁組に至った190件中、43件が若年層の妊娠によるものであり、23%の母親は15歳未満
であったという。中には強姦の被害者が親に早期に打ち明けられず出産まで至った例や小学5年生の
出産のケースもあったという。

☆今年2月、中国の広東省広州市に設置された「赤ちゃんポスト」には、13日間で51人もの子供が
保護され、話題を呼んだ。ほぼ全員が重篤な疾患・障害を患っていたという。

☆資料:
・http://yukan-news.ameba.jp/hl/20140529-86/
・http://www.epochtimes.jp/jp/2014/05/html/d79436.html
・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88

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優しい施設

バーソ様
おはよう御座います。

世の中には優しい施設があるのですね。
まだまだ人間捨てたものではないと思いました。
最後の方にある日本人の女性は悩んだのでしょうね。
その夫には腹がたちます。妻がこれほど悩んでいるのに
なにもしてあげていないなんて最低の夫だと思いました。
私は子供が授からなかったので余計にそう思うのかも
知れませんが。

愛新覚羅

2014/06/07(土) |URL|aishinkakura [edit]

難しぃなぁー
子供が居ないのでわからなぃ~
       なんて言いたくないけど、
正直、難しぃ問題でわからなぃです。

よく、「犬猫にも劣る~」なんて言うけど、
私は、物言えぬ(人の言葉こそ話せなぃ)小さな動物達こそ、
いろんな事を教えてくれています。

「慈恵」という名前の通り、
そんな風な環境で小さな未来人達が育つのは理想なのでしょうけど、、、
うぅむーーー考えれば考えるほどわからんのでアリマス。。。






2014/06/07(土) |URL|レイまま☆ [edit]

moeriは、だいぶ元気になりましたよ!復職の予定もたちそうでほっとしているところ。子供はほんとに大変。moeriみたいな大人になってさえ、こんなに心配が絶えないのに、赤ちゃんならなおさら。フィレンツェの、「我が国の未来なのだから。」って意識が日本ではまったく感じさせてくれなくて、子連れで電車にのっても虐げられたり、保育園建設に反対意見が近隣から出たり。ほんとに育てにくいのですよ、教育だって大金が必要で親は必死だし。
と、愚痴を言う機会を与えてくれて、バーソさんに感謝!

2014/06/07(土) |URL|abe [edit]

aishinkakuraさん ありがとうございます^^)

報道番組は人の不幸やゴシップが多いですが、それは視聴率のせいもあるのでしょう。
一般論ですが、人間には他人の不幸を見て、自分はそうじゃなくてよかったと安心する傾向があるそうですよ。「最低の夫だと思いました」という感想は優しいですね。

昨今は、わが子を餓死させ放置した父親など、常識では考えられない事件があります。
でもまた、街では、子供を抱いたり自転車に乗せたりしている父親の姿を見掛けることがあり、私の子どもの頃は、そんな父親は全然いなかったなあと思ったりします。
世の中、悪い人もいますが、いい人もいるのですね。当たり前のことですが。

2014/06/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

レイまま☆ さん ありがとうございます^^)

「赤ちゃんポスト」の赤ちゃんは、望まれてない妊娠という場合があるようですが、
中国の場合だと、重い病気や障害の子がかなり多いようで、やりきれなくなります。
ただ赤ちゃんを預かれば問題が解決する、という話ではないようですね。

人生にはどうしようもないと思える時がありますが、でも不条理もあれば問題も色々ある世の中で、人間は精一杯がんばって生きていくようになっているのでしょうか。

ペットをかわいがる人は優しい心を持っていますね。
自分より弱いものをかわいがる気持ちは、人間が生まれながらに持っている本質だと思いますが、最近はそうした気持ちが薄まっているのでしょうか。困ったことです。

2014/06/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

abeさん ありがとうございます^^)

ああ、moeriさん、だいじょうぶみたいですか。よかったです。
にぶい人はあまり悩みませんが、悩む人は感覚や感性が平凡でなく繊細な証拠。
問題を乗り越えているうちに必ず何かを学んでいるはずだと思いますよ。

久しぶりに聖書の言葉を思い出しました。(コリント第一10章13節)
「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実であり、
あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、
試錬と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えて下さるのである」

私は物心ついた頃から父親がおらず、また社会全体が豊かではない時代に育ったので、
母親とそして子供の大変さはよく理解できるつもりです。
子供をひとりで育てているお母さんは、ほんとに大変ですが、立派です。
abeさんは恵まれた天与の才能があります。moeriさんもまた同様のようです。
それを思い出して、これからもがんばってくださいよ。

2014/06/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

またまた、御邪魔・・・・

>小さな動物達こそ、
いろんな事を教えてくれています。

ではなく、正しくは、
小さな動物で“さえ”で アリマス...。

なので、残念な昨今の状況でありますよね。。。

2014/06/07(土) |URL|レイまま☆ [edit]

こんにちは

赤ちゃんポストの掲示、噛んで含めるように優しく親切ですね。
苦境に立たされている若い母親をもサポートしているんです。
日本の相談例のような夫の無理解や若すぎる女性、男に捨てられた
女性、家族からの強制・・・いろんな理由があったんでしょう。
赤ちゃんを受け取る側の施設にも問題がありました。
イギリスでは19世紀後半から戦後まで、こんな赤ちゃんたちを
養子じゃなく児童移民としてオーストラリアに送るというとんでもない
事業(しかも正義の名にもとに)がありました。10万人以上の児童が
オーストラリアに送られ、過酷な労働や虐待(性的も含めて)を受けました。
最近それが明るみになりオーストラリアやイギリスの首相が謝罪しました。
小説「からのゆりかご」、映画「オレンジと太陽」はそれを題材に
したものです。

2014/06/07(土) |URL|エリアンダー [edit]

レイまま☆ さん ありがとうございます^^)

家で買われていて、飼い主から愛情を与えられている動物は、もう家族同様です。
確かに、小さな動物でさえ、いろんなことを教えてくれますね。
偽善のない愛情表現。ウソも言わず、裏切ることもなく、ひねくれることもない。

他人にはまるで無愛想な人間でも、ペットには優しいという場合もありますが、
人がそれぞれ自分勝手な自己チュウ思考をやめれば、いい世界になれるのですがね。

2014/06/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

初耳でした。Wikipediaや関連サイトをちょっとを見ましたが、これは組織的に
教会団体や児童支援団体が主軸となり、政府レベルで行なわれていたんですね。

正義の名の下に、宗教や福祉団体がそんな悪行を行なったとは、本当にひどい話です。
問題の根源は、人への愛が欠けていたことでしょうが、おそらく金銭愛や特権欲が
ありすぎたこともあるのでしょう。謝罪ぐらいじゃ済まないことです。憤りを感じます。

私はキリスト教組織に長くいたので、立派な行ないも見ましたが、偽善もまた見てきました。真面目な顔をして、立派なことを言いながら、その手と心は汚泥にまみれている、ということほど醜いものは世の中にありません。これは最悪の恥ずべきことです。

「赤ちゃんポスト」の是非や運営や法的な根拠については、私もよく分かりません。
ただ真摯に誠実に関係している人もいるだろうし、それは褒めるべきだと思います。
エリアンダーさんの指摘のように、文面は「噛んで含めるように優しく親切です」。
世の中に、こうして人間の優しさや情愛を感じることができると感動しますね。

2014/06/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

フィレンツエの「無垢な子供たちの病院」
そういう施設があるのですね。

「ここの受け容れられている子供は可愛そうな捨て子ではない。この子供たちはフィレンツェ共和国の未来そのものである」

この趣旨に感動しました。
愛情をすごく感じます。
器が大きいのでしょうね。

日本でも見えないところでそういう活動されてる方もいらっしゃるのでしょうが、昨今のニュースを見ていると。。(。-_-。)

幸せな女性が増えると 家庭が幸せになって
世の中が幸せになる・・
そういう好循環が起きるようにするには
どうしたらいいのかなって考えるときがあります。
一粒のわたしにできること。。ってなんだろう

2014/06/08(日) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

わあー、まじめなコメントで恐れ入ります。
今回の話は、どうしたらいいかまでは言及してないんですよ。
人間の優しさを知ると、いい気分になれるので、
私が最近読んで感動した話を紹介しただけなんです。

kotorinさんは聖書にも詳しいようですね。
おっしゃるように「一粒のわたしにできること」を考える人が
もっと増えれば「多くの実を結ぶ」ようになっていくのでしょう。

本当の平等とは、だれもが平等に生きる権利が保障されていることで、
生まれながらにハンディがある人はもっと優しくされる必要がありますね。

2014/06/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

感動するお話だったので、いつの間にか思考がそっち方向にシフトしてしまいました(^。^;) 

聖書詳しくないです。読もうと思ったことありますが
難しそうで挫折してちゃんと読んだことないです(^^;
一粒のわたし。。って聖書にあるのですか?
ここにコメントしながらふと思いついた言葉でした(^^ゞ

2014/06/08(日) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

こんな言葉を、ふと思いついたというのは、なかなかですよ。
これはイエスの言葉で、新約聖書のヨハネ福音書12章24節にあります。

 「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。
  だが、死ねば、多くの実を結ぶ


イエス一人が犠牲の死を遂げることで人類が救われるということですが、そのように、
わずか一人の自己犠牲的な行為でも多くの人が益を得られるという意味で使われます。

●ドストエフスキーの『カラマゾーフ兄弟』において、ゾシマ長老とアリーシャとの会話の中で出てくるそうです。
●アンドレ・ジッドが『一粒の麦もし死なずば』という題で自伝的小説を書いています。

聖書は100パーセント神の言葉だと信じている人がいますが、良くない教えもあります。
精神世界の教えがしっくりきているような人には、よく分かると思うのですが。
 http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-29.html
 http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-131.html

2014/06/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます

最近youtubeを見ていると、ワンちゃんが子ネコに乳を
やったり、親を亡くしたアンテローブの子をライオンが
育てたりする動画があります。動物ってけっこう利他的
なんですよね。
ちょっと苦くて、おかしくて、ほろっとくるジョーク、

「もしもし、マダム・デュバリーですの?」
「ハイ、そうです」
「20年前、マダムは早産なさいましたわね」
「ハイ」
「そして赤ん坊を町のごみすて場へ捨てましたか?」
「ハイ、でもそれが・・・」
「ああよかった。もしもし、お母さん、私よ・・・」

2014/06/09(月) |URL|エリアンダー [edit]

リンク先拝見しました。けっこう過激な箇所もありますね。

キリスト教のイメージって、失った一匹の羊を見つけるまで捜す。。というフレーズが頭の中にあって、はぐれた子供も見捨てないという愛の宗教というイメージでした。
聖書の解釈も様々なのでしょうか?
宗派も沢山あるみたいですものね。。

2014/06/09(月) |URL|kotorin [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

《ゴースト編》
「もしもし、マダム・デュバリーですの?」
「ハイ、そうです」
「20年前、マダムは早産なさいましたわね」
「ハイ」
「そして赤ん坊を町のごみすて場へ捨てましたか?」
「ハイ、でもそれが・・・」
「ああ、やっぱり。もしもし、お母さん、私まだ天国に行けてないの」

--------------------------------------------------------------------
《ベルばら編》
「もしもし、マダム・デュバリーですの?」
「ハイ、そうです」
「20年前、マダムは早産した子をごみすて場へ捨てましたか?」
「ハイ」
「カリフラワーのポタージュが得意ですか?」
「ハイ、でもそれが・・・」
「念のためもうひとつ。マリーという名、お好きですか」
「イイエ、でもそれが・・・」
「ああ、間違いないわ。もしもし、お母さん、私よ・・・」

--------------------------------------------------------------------
※コール・ポーターの傑作“Just One Of Those Things”の冒頭のヴァースの部分。
http://www.youtube.com/watch?v=dpPLnF7FEzU

  ドロシー・パーカーがボーイフレンドに「素敵」と言ったように
  コロンブスがイザベルに「最高だった」と叫んだように
  アベラールがエロイーズに「どうか手紙を忘れないで」と言ったように
  ジュリエットがロミオに「なぜ現実に直面しないの」と叫んだように…

ドロシー・パーカー(1893‐1967)はアメリカの女流詩人、劇作家で、狂騒の1920年代の美貌の才女として有名だった。彼女の劇評は「一度も褒めたことがない」と言われたほど辛辣。この曲が作られた頃は現役だったので、アメリカ人なら誰でも彼女の名前を知っていた。ただし、スキャンダラスな話題をふりまいたかどうかは不明。

1960年の映画『カンカン』でモーリス・シュヴァリエがフランス訛りの英語で歌ったときは、ドロシー・パーカーの名をマダム・デュバリーに変えていたそうです。

2014/06/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

難しい長文の記事をよく読んでくださいました。

キリスト教の基本的な教理は「原罪」と「贖(あがな)い」で構成されています。
すなわち、アダムが罪を犯したので、その子孫である全人類はみな罪びとである。
しかし無実の人イエスが身代わりに死に、人類を罪(原罪)から贖った(買い戻した)。
それを信じる者(誠実なキリスト教徒)だけが救われる、という教えです。
宗派がたくさんあるのは、教理の解釈が微妙に違うだけの話で、基本はみな同じです。

聖書は「イエスを信じる者は永遠の命を持つが、イエスに従わない者には神の憤りが留まっている」と明言しています。(ヨハネ3:36)
本当に愛にあふれる神ならば、人間を、信じないだけで滅ぼすことはしないはずですが、
聖書が言う「終わりの日」「裁きの日」「ハルマゲドン」とは人類大虐殺の日です。

聖書は、私は好きなんですが、じつは要注意の本でもあります。
聖書が好きな人は、たいていは愛の話やイエスの言葉が好きなんですね。

2014/06/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは~

アッパラな爺が口をはさめるような事で無いのは、
重々承知いたしておりますが・・
一つ、この子供達はこの国の未来そのもの、と言う言葉には
痛く感銘を受けた次第で御座います。
誰彼なく人に責任を転化する寂しいご時世に、こう言う愛に満ち足りた考えを持った人達も数多くいるって事に救いを感じました。
また、こうした題材をさりげに提示してくれる、そして考えさせてくれるバーソさんって何か好き!!
あ、男でゴメン・・

2014/06/09(月) |URL|ばく [edit]

ばくさん ありがとうございます^^)

ばくさん ありがとうございます^^)

はて、「アッパラ」とは何のことか、ちっと検索したのですが、わからず。
とりあえず、ここは「アッパレ」だろうというふうに解釈させていただきますよ。
だって、アッパレですよ。ばくさんは、ずいぶん良いココロを持っておられますね。
フィレンツエの養育院のあんな言葉に感銘を受けたということは、これすなわち、
ばくさんが清くて温かな精神意向を持っていることの明瞭なる証しでしょう。

そして、しかも しかも しかもですよ、バーソが好き!だなんて、おおー。
まあ、なんと なんと、男の口からは非常に言いにくい言葉を言ってくださって、
私としては、くすぐったいやら、こそばゆいやら、照れくさいやら、かゆいやら。
こんな言葉は、若くてきれいな女性から言われたかったなあ(笑)。
ははは・・・冗談 冗談 冗談。とてもうれしいです。申し訳ないぐらいです。

ばくさんは奥さん思いだとはよく知っていましたが、子供思いでもあるのですね。
やりがいのある仕事に、立派な家に、温かい家庭があって、うらやましい限りです。
これからは球ころがしとローター回しのほう、もっと上達してくださいよ。(*^^)v

2014/06/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

いろいろ コメント拝見させて頂きました
 基本的に バーソさんの意見 持論に賛成です
国の宝だ! との考えは政治家の考え・・・
 育ててやる 従えって考えると悲しいですね
それぞれ 担当さんが 個性を見ながら葛藤するのでしょう
 言うは易し の現実に苦しむことでしょう
個性の成長が有り 巣立つ時 老婆心からの苦言も
希望へ 転換出来たら それは無償の愛なのでしょう

いとも簡単に・・・と表現したくなる現実も存在して
居ることもたしかですね とかく素材扱いから始まる
現実も悲しい  個人と社会との流れで冷静に
気が付けなくなるのも 悲しいですね

突然ワンコの話で申し訳ないですが 散歩の時の
話   川上から 汚い箱に乗って捨て猫が流れて
来て みゃ~とやっていた それを見たワンコが
よだれを垂らし 飛んで行って咥えてきた
 犬に聞いてみた  お持ち帰りですか お食べに成り
ますか?  その犬は馬鹿って顔して足元に置くなり
もう1匹の猫を救いに行った ・・・
 みんな 家族に成った事は 言うまでもない

2014/06/11(水) |URL|ブッキ~ナ♡ [edit]

ドイツのバルトフリーデ病院の赤ちゃんポストのコメント
「あなたが赤ちゃんを預けたのは、決して軽い気持ちからではないことを、私たちは十分に知っています。」には、ぐっときましたね。
とてもすごいことばだと思います。なんで赤ちゃんを捨てるんだとか母親の資格がないよ、などということばだけが言われるシチュエーションだと思うのですが、こういう深い理解のあることばがありうるんですね。驚きまた感銘を受けました。ドイツはけっこう冷たいことで有名ですが、
こういう部分では世のどこの国よりもあったかいんですね。感動です。


2014/06/11(水) |URL|天安 [edit]

ブッキ~ナ♡さん ありがとうございます^^)

いつものことながら深い言葉の羅列で、何度も読み返しました。
「国の宝だ!との考えは政治家の考え」。おお、なるほど、そうですね。
「育ててやる、従えって考えると悲しい」。ああ、これも、その通りですね。
「個性の成長があり・・・」。そうです。人間みんながそれぞれの個性を十分に
発揮できていけたら、人生はもっと素晴らしく楽しいものになるでしょうね。

人間の本質は「無償の愛」だと思っていますが、でも、それを邪魔するようなことが
世の中には多くあるので、つい人は本来の自分を忘れてしまうのでしょうかね。

ワンコの話。面白く読みました。マニュアル通りにしかできないような倫理観や
生き方というのは、おもに、世間の間違った教えによるものではないでしょうか。
「みんな家族に成った事は言うまでもない」。これ、実話なんでしょう。
ブッキーナさんは優しいですね。

2014/06/11(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

天安さん ありがとうございます^^)

私もこの手紙にグッときて、涙が出たので、ブログに書く気になったんですよ。
最近、自分の子を飢え死にさせた親の話がニュースになっていますが、
それはごくごく一部のことですよね。大抵の親なら、自分の子は眼の中に
入れても痛くないと思うはずです。最後の「知恵袋」の母親にしたって、
大勢の人からの励ましで持ち直しています。
誰でも愛を求めています。誰でも愛に打たれるのですね。

>ドイツはけっこう冷たいことで有名です。
なんとなくそう思うことがありますね。私の場合はですが、旧連合国である
アメリカやイギリス、フランスがつくった戦争映画を見過ぎのせいかもしれません。

「ひとを許すのは何度までですか、7回までですか?」と
イエスの弟子が(自分の寛容さを自慢しつつ)訊ねたことがありますが、
イエスは「77回まで許しなさい」、つまり無限に許しなさいと言いました。
人同士、国同士が争うことほど悲惨なことはありませんね。

2014/06/11(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]


ああ、なんともイイお話ですねえ。。。
特に「無垢な子供たちの病院」の設立趣意書のくだりに、強く胸を打たれました。

僕が敬愛する詩人・石川逸子さんの『風』という詩に、こんな一節があります。

『遠くのできごとに ひとはやさしい
 遠くのできごとに ひとはうつくしく怒る』

「可哀想だ」と言葉にするとき、すでにそのひとは、当事者から遠い位置にいるのでしょう。
ヒステリックな非難もおなじこと。 要するに、単なる無責任な云いっ放しでしかない。
そして・・・

『近くのできごとに ひとはだまりこむ
 近くのできごとに ひとは新聞紙と同じ声をあげる』

なぜなら・・・

『近くのできごとに立ち向かうのは 近くの私たち』だから、なんですよね。

幼児や児童にまつわる、鬱々とした事件が後をたたない昨今、
「赤ちゃんポスト」がイイのか悪いのかはわかりませんが、
(正直に言えば、イイ面もあるし、悪い面もあると思っています)
とにかく、あらゆる命の危険に晒されている子どもたちのことを、
真剣に護るための手を積極的に打ってゆく社会になっていかなければ、
その国に《未来》なんてモンはあり得ませんです、ハイ。

でもって、大人はちゃんと、大人になりましょう。 ほんとうに。

2014/06/11(水) |URL|G.D.M.T. [edit]

なるほど…考えさせられますね

私は子供達を自分の子というより国のものとして認識してきました。
なぜかというと、自分も含め、何故この国に生まれてきたのだろう?という素朴な疑問があったからです。
何故、イギリスでもなくアメリカでもなく、中国でもない、日本に生まれてきたのか…そういうところから『縁』というものを強く感じました。

この日本という国に生まれてきた子、ならば最終的には国のものであり、宝であるに違いないと。
そして同時に、私という人間のもとに縁を結んで生まれてきた子でもあるわけですから、それは国というものの前にまず、私という人間を経て育つので、育てる事への大きな責任を感じました。

最近亡くなったワンちゃんもそうですけど、私のもとに授けられた命はみんな、何かの縁で引き寄せられたのだと思いますし、そこに何か意味があるのは確かだと思います。
私にとっての縁は試練でもあり、幸福でもありました。
なので感謝してます。
そしてその感謝を、縁を与えてくれた地(日本)に返さないといけないなぁ…なんて思ったりしてますw
そういう意味で、私は自分の子を国の宝だと思っておりますよ。

この御縁を大事に…という言葉通り、大事にしていきたいと改めて思いました。
良いお話でした。
ありがとうございます^^b

2014/06/12(木) |URL|ウダモ [edit]

G.D.M.T.さん ありがとうございます^^)

捨て子だから優しくしなければならないとは言わず、
この国の未来そのものだという言葉は、非常にいい言葉だと私も思います。

なるほど。「遠く」と「近く」の話、これはちょっと考えさせられますね。
遠くだと自分には同情だけですむだろうし、近くだと自分はどうするかの話になります。
この知恵袋の回答にも「近かったら預かってあげられるのに」とか
「そばで相談に乗りたい」という人が何人もいました。

聖書の中に「人が泣く時に共に泣き、人が笑うときに共に笑い」という言葉があります。
誰かの身になって考えると、共感し、感情移入ができ、同情心がわいてきます。
他人事ではなく、自分のことだと思うと、何かしたい、という気になります。
誰もが、当たり前のことを、当たり前のように、いつでもできると素晴らしいですね。

2014/06/12(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ウダモさん ありがとうございます^^)

>私は子供達を自分の子というより国のものとして認識してきました
おお、そうなんですか。でも、いわゆる右翼思想のゆえではなく、自分の子として、
そして、この日本人として生まれたからには、その理由と縁があるはずだから、
子育てには親として大きな責任を感じているという意味なんですね。
親が皆、強い責任感を持てば、昨今のニュースにあるような事件は起きないでしょうね。


>私のもとに授けられた命はみんな、何かの縁で引き寄せられたのだ
私も同じ意見です。夫婦も、子供も、友人も、職場の人たちも、ペットも、
ちょっとした知り合いも、みんな縁があってそうなったのだと思っています。

>縁は試練でもあり、幸福でもありました
なにかイヤな人間がいたとしても、それは何かを自分に教えてくれるために
存在しているのだろう、そのときは気がつかなくても、どんな縁でも、
長い人生には必ずプラスになっているのだろうと私は思っています。

>この御縁を大事に…という言葉通り、大事にしていきたいと改めて思いました
いい言葉ですね。まずは身近なところから、ということでしょうか。
私もそうしていきたいと思います。

2014/06/12(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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