「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ソフィーの選択と大岡裁きの選択の違い。 

何を食べるか。どの道を通るか。仕事を替えるべきか。原発を支持すべきか。
人は日々、小さな選択、大きな選択を繰り返しながら生きている。
人生の分岐点でどうするか。その選択により人の未来は大きく変わっていく。

わが子に関わる非常時に、母親がした《とっさの選択》二例。
(1)ナチ収容所のソフィーという名の女と、(2)江戸の町に住む女の話です。

sofi.jpg
ソフィーの選択』 1982年/アメリカ映画/アラン・J・パクラ監督/ウィリアム・スタイロン原作
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1.映画『ソフィーの選択』

ポーランド人の女ソフィーは、6歳の娘と2歳の息子と一緒にアウシュビッツに送られる。
彼女は助かりたい一心で、私はユダヤ人ではない、信心深いカトリック教徒だ、と言う。

すると、ナチス親衛隊の軍医が残酷非情な選択を迫る。
「キリストは『幼な子らを私のところへ来させよ』とは言わなかったかね。
おまえはポーランド人だ。ユダヤ人じゃない。だから選択の特権を与えてやる。
娘か息子の一人だけ助けてやる。どちらかを選べ」

「できない。私に選ばせないで。私には選べません」
とソフィーは半狂乱で答える。
「さあ、選択しろ。しないなら二人とも連れていくぞ」
と軍医は冷たく言い放つ。 

ソフィーはどうしたか?
(ソフィーがした選択は下のカッコ内をドラッグ)
→[ソフィーは考える時間もなく、「娘を連れてって!」と叫んでしまう]



息子の命を選択した理由は幾つか思いつくだろうが、上の動画がそのシーン。
映画では、ソフィーがパニックでとっさの選択をしてしまったように見えるが。

軍医からキリストが語った幼子の話を持ち出されたので、ソフィーには、子どもの代わりに
自分を連れてって、と言える選択肢はなかった。
極めて難しい選択と決断の場面―――。正解は永久に無さそうに思える。

☆ソフィー役のメリル・ストリープは、悲しく、哀れで、美しい。
彼女はアカデミー主演女優賞を受賞。小説はピューリッツァー賞を受賞した。

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2.大岡政談『子争い』

八代将軍 徳川吉宗が《享保の改革》に着手していた頃。一人の赤ん坊をめぐり、
二人の女が「この子は私のだ」と主張し、互いに譲らなかった。

江戸南町奉行・大岡越前は二人にこう言い渡した。
「赤ん坊の手を力いっぱい引っ張れ。勝ったほうが本当の母親である」

《実の母なら我が子が痛さで泣き叫ぶのを聞けば手を離すはず》というわけだが、
「捕り物帳」などの時代物探偵小説には、こういう浅薄な推理思考が共通しているように思える。

偽者が先に手を離す、という推理はできないか。(下のカッコ内をドラッグ)
→ [大岡越前の人情味ある名裁きは市中に知れ渡っていた。 頭のいい女なら、奉行の意図を察知し、相手の女も顔を見て、相手よりちょっと先に手を離すはず。]

___________________      

●旧約聖書によく似た話がある。
イスラエルの賢王ソロモンが、いかにも当時の絶対専制君主らしく、
子を剣で半分に切って女二人で分けよと言う。

photo_3.jpg
ラファエロの『ソロモンの審判』
____________________

●この大岡裁きに異を唱えた探偵小説家がいる。
浜尾四郎(著)『殺された天一坊』から、そのサワリを紹介したい。→青空文庫
小説の中では、奉行を見知っている男が、偽者と裁定された女のことをこう書き綴っている。

女が川に身投げをいたし、遺書に、次のような気持が書かれてあったそうでございます。

「あの公事に敗れた私は、あの子の母親だと人々に信じられなかったのみか、
お上(かみ)を騙(かた)る大嘘つきという事にきめられてしまいました。雨をしのぐ
軒の端からさえも追い払われます。私は一年の間、江戸中を野良犬のように歩きまわりました。
どうして生きていられましょう。私は死んでこの苦しみから逃れます。

あのとき、御奉行様は、『かくなるうえは そのほうたち両名で子を引っ張るよりほか
裁きのつけ方はあるまい。首尾よく引き勝った者にその子を渡すぞ』 とおおせられたでは
ございませんか。

私は ただあの御一言を信じたのでございます。 ここでこの子を放したが最後、
もう決してこの子は自分の手に戻ってはこないのだ。こう堅く信じた私は、
石に齧(かじ)りついても子を引っ張らねばならぬと思ったのでございます。

あの子が痛みに堪えかねて泣き出した時、私も もとより泣きたかったのでございます。
けれども一時の痛みが何でございましょう、
私が手を放せば あの子は未来永劫わたしの許には参らないのでございます。

御奉行様は御自分でお命じになった言葉が 一人の母親にどれだけの決心をさせたか
御承知がないのでございます。偽ったのは私ではございませぬ。御奉行様でございます」


遺言のせいもあり、真実味と説得力がある。こちらを実母と裁定したくなる。 

o0416040411010092962.jpg (書き手は、その後の奉行を描写する)
御奉行様の晴やかなお顔に暗い影を
見い出しましたのは、或る春の夕暮で
ございました。
御奉行様は、御自身の御智恵を
お疑りはじめになった
のでございます。
・・・・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後悔を先に立たせて 後から見れば 杖をついたり 転んだり(都都逸)

物事には、プラス面とマイナス面の両方が含まれる。
何かをしなければ、敗北はないかもしれないが、悔恨があるだろう。
何かをすれば、失敗と苦しみがあり得るが、成功と喜びもまたあるだろう。
ならば、いま自分のしたいことをしている人は最善の選択をしているのだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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選択

バーソ様
おはよう御座います。

おっしゃるように人間は選択をしながら生きていますね。
書かれた2例のような大きな選択はありませんが。
ナチスの軍医は何故片方だけを選択させたのでしょうか?
本当に非情です。私が母親なら二人とも連れていかせ
その後自分も自殺するでしょう。後悔が残りませんから。
大岡裁きは有名な話ですが続きがあったのですね。
なるほど、手を離した方が実の母親とは限りません。

愛新覚羅

2014/03/15(土) |URL|aishinkakura [edit]

こんにちは!

大岡裁きですが、実は私、読みながら『私だったら子供の手を離さない』と思いました(爆)
遺書にもあるように、これが最後の決断時だと判った時点で、子供が痛いと叫ぼうが、絶対に手を放してなるものか!と思った次第です。たぶん、死体になっても自分の子供の体を放さないのかも?(怖っw)

母性は常に優しいものだと思いがちですが、母性の根本は過酷な生存争いにあるので、自分の血と肉をわけた分身をなんとしてでも生かす…という本能なのかもしれませんね。
その為には他のメスの子供を殺してでも自分の子を生かそうとする、残酷な面も持ち合わせたのが母性なのかなと。
なので、ほんの一瞬の痛みを思いやるよりも、『この子を生かせるのは私しかいない!』と思ったら、がむしゃらにその『命を是が非でも確保』しようとするのかもしれません。

そう考えると、女って怖いっ!(←おまいうw)

ソフィーの選択は…辛い、ただその一言に尽きますね!
まさに生き地獄…考えただけで気が狂いそうですよorz

2014/03/15(土) |URL|ウダモ [edit]

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2014/03/15(土) || [edit]

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2014/03/15(土) || [edit]

aishinkakuraさん ありがとうございます^^)

>ナチスの軍医は何故片方だけを選択させたのでしょうか?
人種に偏見があったのか。この人の性格に問題があったのか。
単にとっさに思いついたのか。ソフィーに恩を売ると見せかけようとしたのか。
キリスト教に偏見があったのか。考えたのですが、ちょっとわかりません。

この話は実話を元にしているようですが、
ただ、ナチスの将校というのは、このように描かれることが多いですね。
ステレオタイプの人格で配役をすると詳細な説明をする必要がないので
ストーリー展開がラクなのでしょうか。
そうしないと違和感があり、視聴者や読者に変に思われるからなのでしょうか。

あのとき、連れていかれた女の子は殺されましたが、残された男の子も
結局そのあと母親と会えてないので、殺されたか、死んだのでしょう。
戦争というのは、最中でも終わってからも、勝者が敗者をイジメるのですね。

2014/03/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ウダモさん ありがとうございます^^)

「最後の決断時だと判った時点」で、本当の母だったら、
たとえ一時的に子どもの手が抜けようと、絶対に子どもを離さない。
そうですよね。そうだろうと思います。それが母親というものでしょう。

私はこの遺言を原文で読んだとき涙が出てきましたが、ウダモさんのコメントを読んだら、大岡越前の判断力はかなり甘いというのが、さらにまたよく分かりました。
この話、以前はあまり詳しく考えることがなく、越前と同じように思っていましたから、私も甘いもんですねー。今回、そう思いました。

ソフィーの話は、たまたまテレビで映画を見たので記事にしたのですが、当時アウシュビッツでなぜあんなことが起こったのか、本当に不思議です。理解できません。
(ただ、あれはかなり事実が誇張されて伝えられているという話を何かで読んだことがあります。勝者は正義感と恨みで、おかしな情報を拡散するのでしょうかね)

2014/03/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: すみません、追伸です

ありがとうございます^^)
じつは私のほうも同じことを思っていました。

2014/03/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 選択

「本当はこうじゃないけど、こう言うしかないとの決断を何時もしているようだ」
そうなんですか。人間は本音だけで生きてはいない。いつも周囲のことを考え、
ひとがどう思うかを考え、心配しながら生きている、ということなんでしょうか。
そうだとすると、人間の一番の敵は「不安」ということになりますが。

あるいは、人間は自分の益を第一に考えているので、事実を正直に言わないことがあるということなんでしょうか。だとすると、これも「不安」ゆえ、でしょうか。

人間は光で出来ているのだ、という話を、つい最近も本で読みました。
人間のオーラを見ることができる人が言うには、人はそれぞれ色が違うそうですね。
後光が差すなんて言い方をしますが、良い心を持つ人は色が明るく、悪い心を持つ人は色が暗いとか。

人間の性格は変わることがあまり無いものですが、できるだけ、いつも明るいきれいな色を放ちたいものだと思います。ありがとうございました^^)。

2014/03/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

今回は、楽しいというより、眉間に皺よせながら真剣に読みいってしまいましたよ。浦沢直樹の「モンスター」では、二人の子どものうち、ほんの数秒冷たい視線を投げた男の子が連れて行かれたんだけど、その男の子は生きていてその母親の一瞥が引き金になって、人殺しのモンスターに成長していくっておはなしで、もしかしたらソフィーの選択を浦沢さんもみてたのかなぁ。。
ソフィーも結局好き嫌いで選んだのかも。むじゅかしいのだ。。。。。

2014/03/15(土) |URL|abe [edit]

こんばんは

この映画は見るのがつらい。見たくて見たくない映画の筆頭です。
最近も見ましたが、このシーンは飛ばし見です。
こんな選択・体験をさせられたら、もう普通の人生は送れません。
ソフィーの最後の選択もむべなるかなと思えます。
ソフィーと同じ立場に立った時、自分の子供は私と妻とどちらを
選ぶでしょうかねえ(笑)。
こんな機内アナウンスが実際にあったそうです。
「機内の気圧が急激に下がった場合は天井より酸素マスクが
降りてまいります。うろたえたりなさらずにマスクを掴んで顔に
あててください。子供さんにマスクをあてる前にまずご自分の
マスクを確保してください。子供さんがふたりの場合には
お好きな方の子供さんをお選びください」
大岡政談にも後日談があったのですね。なんだか「走れメロス」の
検証を思い出してしまいました。

2014/03/15(土) |URL|エリアンダー [edit]

abeさん ありがとうございます^^)

浦沢直樹『モンスター』は全然知らないのですが、そんなきっかけがあったんですか。
なるほど、母親の愛情は子どもにはかなり大きな影響を及ぼすということなんでしょう。

『ソフィーの選択』では選択されなかった子の観点からすれば、つらい悲しい話があり、『大岡政談』では偽者と裁定された女の観点からすればまた、つらい悲しい話がある。
同じ出来事でも、関係者それぞれの立場により、また見方が違ってくるのですね。

一般に親は年下の子のほうがかわいいものなので、母親の好き嫌いなんでしょうか。
自分の選択のせいで誰かが死ぬということになれば、自戒、悔恨が長く続くでしょうね。

2014/03/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

映画には、さすが、何でもお詳しい。居間の大スクリーンで見たのでしょうか。
ならば、つらさが倍返し、いや、倍増しになって迫ってきたでしょう。
私は『ジョニーは戦場へ行った』が、つらさというより、怖さ筆頭の映画です。

エリアンダーさんは立場を、選ぶほうじゃなく、選ばれるほうに置いて考えてますね。
ひとに起きた出来事を自分に置き換えて考える人は、感情移入ができる人、同情心が強い人、感受性が強く、涙もろい人。映画好きの人に多いのじゃないでしょうか。

機内アナウンスの話。パニックの際の人間の本質を見抜いているというか、全く逆の指示をしてるというか、あ、でもこれは外人特有のユーモアで、乗客たちが笑ってキンチョーを解くために言ってるのでしょう、起きたのは夏でしょう、と推理します(笑)。

2014/03/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]


う〜〜〜ん。。。
手を離さなかったほうが実母、という立場で考えたことは、
今までなかったってか、大岡裁き自体に疑問を抱こうともしなかったので、
ガーーーーン!と衝撃を受けています。

『殺された天一坊』から引用された一節は、モノ凄い説得力ですよね。
たしかにこちらをこそ実母!と裁定したくもなりますが、やはり一方では、
《我が子が痛さで泣き叫ぶのを聞けば手を離す》のが実の母の心ってのも、
十分にあり得ることではあるわけで・・・真実は結局、薮の中?!?!
はっきりしているのは、そもそもの裁く手段が間違ってたってコトですね。

『大岡裁き』といえば、公正な上に人情味のある裁定や判決のこと。
しかし、この“人情味”ってのは、もっともらしさを身に纏うことで、
人(や自分自身)を盲目にさせ、思わぬ落とし穴となる・・ってことが、
考えてみれば、往々にしてありますものね。
“その後の奉行”の姿・・・ とっても気になります。

『ソフィの選択』は、観たいなぁって思いながら未見の映画。
なので、コチラに関する前半の記述は、脳内で勝手にモザイク処理させていただきました〜(^^;)

2014/03/17(月) |URL|G.D.M.T. [edit]

難題すぎるかも・・

う~ん、ベクトル解析やカオス理論を理解するより遥かに難しいお題ですねぇ
昔、某国家組織に所属していた時のお話ですが有事(戦争突入時)における某国家組織法の解釈について教育を受けた事がありますが、その中で、戦闘時に戦闘離脱行為をする部下にたいして射殺もやむなし、と言う条項があると聞かされました。
今の世、国家機密法がどうとやらなので、この話は冗談としておきますが、現法で殺人が罪に問われないのは、正当防衛と緊急避難の二つです。
ソフィーの場合は緊急避難かな、ま、そんな次元のお話でない事は十重に承知はいたしておりますが・・
善と悪、あっちかこっちか、YesかNoか、この選択が論理的に定義付けされないかぎり、十人十色の選択はみな真と言う事になるのではないかと・・
書いてて訳がわからなくなってきたのでこの辺で・・・

2014/03/18(火) |URL|ばく [edit]

ちょっと記事の本筋とは脱線しますが、、、

M・ストリープって、
この頃は、本当に儚げでしたよねーーー
[クレーマークレーマー]で初めて中学生の頃観て以来、
 ファンというより、つぃつぃ”見ぃっちゃう”女優サン☆なんですよね。

演技派で、方言が巧くて、体型も自由自在で・・・

ウマぃんだけど、
だけど、どれもこれも”メリル”に見えちゃうーーー
ちょっち往年の寅さん、渥美清や、
T・クルーズとかみたぃ~

でも、
面白い俳優さんだから、つぃつぃ見ちゃいますけど~~(^m^)


2014/03/18(火) |URL|レイまま☆ [edit]

G.D.M.T.さん ありがとうございます^^)

『殺された天一坊』は青空文庫から抜粋引用したのですが、全文を読むと面白いですよ。
世の中には才能のある人がいますね。書籍もそうですが、ブログでも、そんな人の文章を読んだり、絵や写真を視るのも、人生の楽しみのひとつになりました。(^^♪

人情味に思わぬ落とし穴があるというご意見。なるほど。人情が仇になることもあれば、人情を押し付けてかえって相手の益にならない場合だってあるでしょうね。ただ、マニュアル通りのお役所仕事も困りもの。人情味が全然ないのもイヤなもんですね。

「そもそもの裁く手段が間違ってた」。はい、どうしてよく調べなかったのか、近所の人に聞いてみるだけで簡単に分かることを、って思いますよね。ということは、この話は実話を元にした話ではないのか、あるいは当時の裁判がいい加減だったのか。はて?

『ソフィの選択』。肝心なところは伏字、つまりドラッグしたら字が現われるようにしました。この映画は、以前にもテレビで見たのですが、すごくいい映画です。

2014/03/18(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ばくさん ありがとうございます^^)

「戦闘時に戦闘離脱行為をする部下にたいして射殺もやむなし」。
そうなんですか。はっきりと明確に軍隊なんですね。でもそれを許したら軍隊が成立しにくいでしょうから、ま、当たり前と言えるのかもしれませんが。

昔、ナチスドイツの裁判の際、上層クラスだった将校たちが、自分は上からの命令を実行したに過ぎないと言い訳したものの、あまりに常軌を逸したことを行なった場合にはそんな弁明は通らないという判決があったそうで、これも当たり前だと思います。
ただ軍事裁判というのは、決して公正厳正なものではなく、必ず勝者にとって都合のいいような裁決がされるので、これも困りものです。

「善か悪かの選択」を論理的に定義付けするのは非常に難しいというか、不可能じゃないのでしょうか。時代、地域、人種、宗教、立場、教育で、みな規準が違いますから。
宗教的過激派は、正しいと思う信念でやってるわけで、テロはなくならないでしょうね。

2014/03/18(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

レイまま☆ さん ありがとうございます^^)

私が最近、M・ストリープの映画で印象に残ったのは『プラダを着た悪魔』。これは、はまり役に見えました。『マンマ・ミーア!』はテレビで放映されたとき、ABBAは好きなのですが見ませんでしたね。というのも、M・ストリープが顔がちょっと冷たげで、きれいだけど、あまり好みじゃなくて。あー、すみません、勝手なことを言って(笑)。

渥美清は本当はシリアスな役をやりたかったそうですが、俳優というのは当たり役があると、いいような悪いような、のようですね。私は町を歩いてる時に偶然すれ違ったことがありますが、目にも全身にもオーラがあって、すごい存在感がありましたよ。
言われて思いましたが、有名俳優ってどんな役でも同じような性格に見えますね。それだけ存在感が強いのでしょうかね。

2014/03/18(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます

曽野綾子さんが老年になってから初めてクラッシックに
目覚めて、「死ぬまでにクラシック全部聞き切ることができるかと」
悩んだそうです。私も名作映画は逃さず見るようにしていますが、
なかなか難しいです。映画の「選択」はレビューを参考にしたり、
出演俳優(特に女優(笑))で決めます。「ジョニーは戦場へ行った」は
見るのが辛いですね。

2014/03/19(水) |URL|エリアンダー [edit]

エリアンダーさん またまた ありがとうございます^^)

あーッ、またまたすみません。どうぞ、あまりお気遣いなく。
ほんの少しだけ気を遣っていただければ十分よろしいんですから(笑)。
ほう、そうですか。名作映画は逃さないエリアンダーさん。
見たい映画は女優で選択するとは、なんというシブい宣託でせう。
もちろん女優というのは顔じゃなく、演技力というですね。

私はいくら演技がよくても、顔が好みに合わないと、ちょっと・・・。
とはいっても、昔の時代設定で、長患いで病床にある女性が、眼にアイラインを
入れ、頬紅をし、きれいに化粧をしてる、というのはどうもいただけません。
特に名を秘しますが、真理とかいう名の歌手の激変ぶりは、ああ(涙)。

2014/03/19(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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