「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 彗星探索家・木内鶴彦さんは死後、過去と未来を見た。 

コメットハンター木内鶴彦さんが「臨死体験者」としても知られていることは前回書いた。
私は、おどろおどろしい心霊の話は苦手だが、木内さんは理科系だけに
「臨死体験」の話には、夢や幻覚や気の迷いだとは言い切れない論理性がある。

ほとんどの「臨死体験者」と言われる人たちは、心臓と呼吸が停まっても記憶がある。
だから意識があったはずなので、《仮死状態》で生き返っているそうだ。

だが、心臓と呼吸と脳波の停止まであったときは話は別で、
脳に血液も何も行かなくなると脳組織が崩れてしまい、
二度と再起できない。たとえ再起できても記憶がない。

TANTORMEDIATheTimeMachine5001.jpg
            ※写真はすべてイメージです。

木内さんの場合、22歳のときに、ひと晩で体重が30キロも激減するほどの奇病
(腸閉塞)になり、その約2週間後に心臓・呼吸・脳波が停止し、
カルテに「死亡」と書かれた。

その完全に死んでいた間、木内さんは「意識」だけが、他の場所や過去や
近未来のあちこちへと行き、それから約30分後に奇跡的に息を吹き返した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
木内さんは「臨死体験」と「死亡体験」で、なにを見たか?
人は仮死状態のとき、国や宗教によって多少違いがあるが、
きれいなお花畑や光や川を見ることがある。
神やキリスト、守護霊・天使、亡くなった親・親戚に会うこともある。


木内さんが病床で意識不明の際、そのような第一段階の、いわゆる《あの世》の情景を
見ていたら、すうっと意識がベッドの上にいる現実の自分に戻った。
しばらくしたら、トックントックンと打っていた心臓の拍動が停まったのが分かった。
息ができなくなるはずだが、痛みも苦しみもない。
母親が、「死んじゃった!」と叫んで、ナースセンターに飛んでいった。

time_travel.jpg

父親は、唖然とした顔で木内さんを見ている。
木内さんは「俺は大丈夫だから」と言ったが、父は反応してくれない。
上半身を起こしたが、父の目線は木内さんを通り越してベッドの枕元を見ている。
おかしいと思って振り向くと、ベッドの上に横たわっている自分の体があった。

木内さんは目に映った情景が理解できず、パニック状態になった。
意識は連続しているので、自分は生きていると思っていたのだ。

呼べど叫べど父親が反応しないので、父の耳元で言おうと思って近づいていったら、
なんと、視界が父の目で見えている。
いま父の肉体に入り込んで、父の目を通して見ているのだと気づいた。

看護士たちが自分の体にまたがって心臓マッサージや人工呼吸をしているのも見た。

time_machine.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
木内さんは、考えるだけですぐに瞬間移動できることに気づいた。
ふと母親がいないことに気づいたら、その瞬間、
病院の玄関で公衆電話を掛けている母のそばに立っていた。
電話が当時普及し始めたばかりのプッシュホンだったために、
母は電話番号をうまく押せず、何度も震える指で掛け直していた。

兄にも自分が生きていることを知らせたいと思ったら、その瞬間、
今度は病院へ向かう兄の体の中にいて、視線が車を運転する兄のものと重なっていた。
木内さんは、考えるだけで空間を瞬時に移動できることに気づいた。

32_20130419143644.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
好奇心が頭をもたげてきて、「過去」に行ってみようと思った。
木内さんは考えた。「今の自分は肉体を持たない、いわば意識だけの存在だ。
意識だけの存在になると、空間や時間の制約を受けなくなるかもしれない。
もしそうならば、過去や未来にもいけるかもしれない」。
そこで迷うことなく、自分が6歳だったときの《ある夏の日》をイメージした。

その日、千曲川の土手で遊んでいたら、「危ない!」という声が後ろから聞こえた。
視線を上げると、姉が足を乗せようとしている大きな石が転げ落ちそうだった。
とっさに姉の背中を押したら、石は下に落ちて行ったが、姉は突き飛ばされたせいで、
足の親指の爪をはがしてしまうほどのケガをした。

兄たちからは、木内さんが悪ふざけをして押したと思われ、拳骨を食らって叱られた。
危ない!という声が聞こえたんだと弁明をしても、どこに声を出した奴がいるんだ
と言われて信じてもらえず、木内さんはそのときの悔しい思いをずーっと引きずっていた。


images (1)

その犯人扱いされた《あの夏の日》に行きたいと思った瞬間、
木内さんは、6歳のときの幼い自分と姉の姿を上から見下ろしていた。
見ていたら、あのときの瞬間がだんだんと近づいてきた。
姉がまさにその石に足を乗せようとする。
それを見物客のように見ていた木内さんは思わず叫んでしまった。
「危ない!」
そうしたら、幼い自分が木内さんのほうをパッと向いて、姉の背中を押した。
木内さんは大きなショックを受けた。
なんと、あのときの声の主は、未来の自分だったのだ。

もちろん普段でも夢の中で声を出すことがあるように、木内さんが臨死体験の中で
過去を振り返っているうちに、内的に声を発した可能性もある。
木内さんは確証を得るために、意識だけで瞬時に長野県の星仲間の所に行ってみた。
(そこで見聞きした光景は、退院した後で仲間に確認したら、符合していて事実だった)

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、マイケル・J・フォックス扮する主人公が、
過去の自分と同じ場所で出会うシーンがあるが、それと似ている。
普通、タイムマシンでは過去に戻れないと考えられているようだが、
宇宙が多次元宇宙なら、あり得る。


Blu-ray_Back_to_the_Future_Trilogy-1.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
過去に行けるのなら、「未来」にも行けるはずだ。
少し冷静さを取り戻したところで、木内さんは「未来」ということだけを強く思ってみた。
すると、三十畳ほどの大広間で、中年の男性が30人ほどの若者を相手に話をしていた。
その場所はとても風格があり、床の間には幅1メートル・高さ1.5メートルぐらいの
掛け軸が掛けられている。絵は建物の見取り図のように見えた。

近づいて、その男性の顔を見たら、少し老けてはいたが木内さん自身だった。
天文学の話を中心に地球環境の大切さを訴えている。木内さんは、中年の自分が
存在しているならば生き延びられるのかもしれないと思った。

これは18年後の1994年10月、高野山の《将来世代フォーラム》の会場で現実になった。
最初、木内さんは、臨死状態で見たあの光景とは少し違うと思ったのだが、
実は講演場所は隣の部屋だった。そしてその隣りの部屋は、すべてが昔見た通りだった。

臨死体験中のことは幻覚かもしれないし、後でひとから聞いた話が記憶に混入した
可能性もある。6歳の時のことは客観的に証明できない。だが未来は違う。
未来は知るよしもない。高野山の講演が現実となって現れたことで、
木内さんの確信は強まった。


Back_to_the_Future_Batman_Andy_Hunter.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
もっと未来をと強く思ったら、初老の自分が現れた。
先ほどのように鮮明なものではなく、二重写しの写真のように重なって見えていた。

一つは廃墟になった土地で愕然としている自分の姿。周りには人が倒れている。
もう一つは、より不鮮明な情景だが、緑の多い場所で星を見ている自分。
二つのビジョンが同時刻の同じ場所ということは、自分の容貌と星の配置で分かった。

異なる二つのビジョンが見えたとは、未来がまだ確定してないことを示す。
どちらの未来を手にするかは自分の選択によって決まる、と木内さんは考えた。


さて、時空を自由自在に動き回れることが分かると、木内さんの好奇心は
大きくふくらみ、《宇宙の始まり》を確かめたいという衝動に駆られるようになった。

これから面白くなるのですが、長くなるので今回はここまで。ご退屈さま。

※今回、読んだ本:
 ・木内鶴彦『生き方は星空が教えてくれる』サンマーク出版
 ・立花隆『証言・臨死体験』文春文庫

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆息抜き特別付録こんな「臨死体験(笑)」にはご用心!

 毎度おなじみのブログ『夏への扉』2010/05/18より

AKIRAのブログ」の新城明さんの本も時空を超える話で面白いですよ。
女子高生が本能寺の変前日にワープ。『戦国女子高生奇譚 本能寺の恋』1,575円
俺が親父になった日、母はセーラー服を着ていた『 LOVE CONTINUED 』945円

最後まで読んでくださり、ありがとうございました・・・♥
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COMMENT FORM

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バーソさんへ

こんにちはAKIRAです。
すごく面白いです。
そして、ちょいとばかし驚きました。なんか似てる。
なんで私が驚いたのかバーソさんわかりますよね。

面白いなぁ。
次回も楽しみです。

2013/04/21(日) |URL|ARAKI AKIRA [edit]

凄く
面白かった~~~
まだ生きていたい場合は
未来を捜すことにする

またまた次回が
楽しみです♪

2013/04/21(日) |URL|babatyama [edit]

おはようございます。

ムーディ「臨死体験」、ロス「死ぬ瞬間」や立花さんの著書を
よく読みました。光やトンネルが見えたり、死者に会ったり
した後生還する、という臨死者に共通する体験が、ただの
脳内現象なのか本当に死後の世界が存在するのか。
多くの臨死体験は宗教や民族でその体験が微妙に修飾
されているのに反して木内さんの体験はそういうことがなく、
臨死体験に時間旅行の要素が加えられて、興味深い事例です。
「マリアの事例」も有名ですね、瀕死のマリアという女性が、
幽体離脱して3階の屋根に靴があったと報告し、後にその靴が
確認されたという事例です。
ドキュメンタリーで観ましたが、ロスは徐々に心霊や宗教に
傾倒していき、最後は教主みたいになり、支援者も離れて
孤独で亡くなったそうです。でも今の終末介護やホスピスは
ロスの理念を受け継いでいます。
幽体離脱、私もとてもやってみたいですが、一歩間違えると
生還できないのが怖い。(笑)

2013/04/21(日) |URL|エリアンダー [edit]

ARAKI AKIRA

呑みねえ、呑みねえ。江戸っ子だってねえ。
おめえさん、肝心な人を忘れてやしませんかってんだ。
ああー、そ、そ、そうです。そうでした。
カンジンなおひとを忘れておりました。私としたことが(笑。
で、すぐさま大事な「お知らせ」を追加掲載しましたよ。
(Amazonとリンクさせました)
なお、広告掲載料についてのご心配は不要ですのでね^^)。

2013/04/21(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

lady-babaさん ありがとうございます^^)

あはは、面白かったですか。
よかったです。
あの道は、誰もが通る道ですが、
でもね、「まだ生きていたい」と思っているうちは、
まだその時は遠い、先の話だ、ということですよ。
いま動ける体に感謝して、体を大事にして、
精々長生きしてまいりましょう。
自分の未来は自分の意識で創れるみたいですからね^^)。

2013/04/21(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

おー、さすがに、いろいろお詳しいですねー。
その二人を含めてその種の本は何冊か読んだことがあります。
私は長年、キリスト教の神は信じていたのですが、
死後の命は無い、死んだら《無》になると思っていました。
でも、このような本を読むことで死後の命への確信が強まりましたね。

>ロスは徐々に心霊や宗教に 傾倒していき、
>最後は教主みたいになり、支援者も離れて
そうなんですか。で、その番組を検索したら、NHKですね。
http://www.youtube.com/watch?v=Tp0eYiAOsZY 
50分11秒の番組、見ました。

「老後」とは悲惨なものですね。
でも「最後のレッスン」という言葉はとても興味深かったです。
レッスンとは、他から得た知識ではなく、自分自身で得る体験なんですね。
彼女は「あるがままに自然な死を迎えたい」と言ってます。
人生の最後に、必要な、いい経験をしたようです。
「ライフ・レッスン」は図書館にあったので予約しました。
よい情報をありがとうございました。

2013/04/21(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

死後の世界ってのは永遠の謎ですよね~
将来の楽しみにとっておきましょうか。
それでも、臨死体験にあれだけ共通点があると、
そういう世界があるのかなと思ってしまいます。
でもこの動画にはドッキリしましたよ~
こんなのイヤ~

2013/04/21(日) |URL|こみ [edit]

木下さんの臨死体験はとっても興味深く読ませていただきました。

きっと死んだら、ふわふわと霊になって漂って
家族のそばに、いるのだろうとおもっていましたが、
こんな話を聞くと、本当にそうなんだろうと思えます。

私は、静脈麻酔でOPEをしたことがあるのですが
麻酔が効くまで、数を数えます。
(1、2、3、4、)4まで数えたら、もう次の瞬間ストンと
真っ暗になってそれからは、何も 何も無かった!

突然死んでしまったら、こんな風なんだろうなと、
後で思いました。

死んだら、何もかも終わり!
何もないんだ~。
そんな風に思ったりもしました。

(私としては、霊になって、家族を見守りたいんですけどね♡)

2013/04/21(日) |URL|ゆりママ [edit]

こみさん ありがとうございます^^)

「Play now, pay later」ってCMを思い出しました。丸井でしたか。
「いざ、食べたり飲んだりしよう。明日は死ぬのだから」と考える、
いわゆる快楽主義者は、洋の東西を問わず、大昔からいたようです。
将来が「無」の世界なら、確かに、いま楽しんだほうが賢明でしょう。
でも「無」でないなら、今の生き方をよく考えなくてはいけません。
死後の世界はどんな状態なのか? 自分はそこをどう思っているか?は、
ひとの生き方に影響を与える大きな要素なんですね。
できれば、恥ずかしくない死に方=「凛死体験」をしたいものです。
あはは、と、まあ、これが言いたかったんです。^^;

2013/04/21(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ゆりママさん ありがとうございます^^)

私も全身麻酔をしたことがあります。
ひとーつ、ふたーつで、意識を失い、その間のことは全く記憶になし。
でも死んでいる間は人は意識だけになる、と多くの人が経験から言っています。
単なる夢・幻ではないことが分かる客観的・物理的な証拠もたくさんあります。
死んだらイヤだ、怖い、おそろしいという思いは誰にでもあって、
ゆりさんはそういう人を多く見る立場にあると思いますが。
でも、死後も「霊」として命が続くという情報を知ると、私は慰められますね。
それを早く確かめたいとは思いませんけどね。(^Δ一)

2013/04/22(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさんへ

なんと!
拙著の宣伝をしていただいているじゃあ、あ~りませんか。
誠にありがとうございます。

謹んで御礼申し上げまする<(_ _)>  AKIRA

2013/04/22(月) |URL|ARAKI AKIRA [edit]

ARAKI AKIRAさんへ。

広告の興廃はこの宣伝にあり。もっと早くすべきでしたね。
どうも気が付かないヤツでして、面目ないです。すみませんね。

2013/04/22(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おもしろかったですよ〜。

人の体にもはいりこめたりするのですね。未来にいけるってのが、びっくり。
過去の自分に声をかける、なんて、ハリーポッターみたいだし。
わたしは、全面的に信じます。
でも、死んだら臓器提供しようと思っていたから、脳死後、解体はしばらく待っていてほしいな。。。。

2013/04/24(水) |URL|abe [edit]

abeさん ありがとうございます^^)

臨死体験とか霊の話は、なにか怪しげで胡散臭いようでもあるのですが、
そのようなこととはまるで無縁だった理工系の木内さんの話なので、
信じられるような気がします。客観的な証拠もあるようですし。

臓器提供をする予定でいるのですか。いいことですねー。
わたしも献体をするつもりで、その大学病院も決まっています。
死後の体は不要なので、少しでもひと様のお役にたてればと思っています。

こういう論理的な臨死体験の話を知ると、少しずつ死後の不安が消えていきますね^^)。

2013/04/24(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

すんごく興味が湧いてきて、何度も読んだわぁ
木内てんてー、すんごく冷静だったのねぇ・・・
信じられないけれど、なんとなく信じられるカンジがするの~
わたくしがもし臨死体験できたら・・・
バーソさまのところにすっ飛んでゆくわ~v-355v-415
次回を楽しみにしております♪

2013/04/24(水) |URL|きまぐれひめさま [edit]

きまぐれひめさま ありがとうございます^^)

臨死体験ができたら、すっ飛んでいくというのがなんだか物悲しいなあ。
ほんとはいつでも、どこにでも、すっ飛んでいければいいんですけどね。
わたしがもし臨死体験できたら、絶対に証拠をあちこちに残しますね。
そしてそれをテレビやYouTubeで公開して、世間に分かるようにします。
そうすれば、人生からひとつ悩みが消えますから。
でもね、ひょっとしたら、それは分からないほうがいいのかもしれないですね。
分からないまま、毎日を精いっぱい生きるのがいいのかもしれませんね。
とにかく生きている間は、ワクワクすることや、生きがいを感じることや、
心から楽しいと感じることをしていきたいものですね。
おっと、ひめさまは日々それを実行してるのじゃありませんか^^)。

2013/04/24(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]


前回(ココ)の記事から、続きをとても楽しみにしておりました(^^)♪

現在の時間軸の上で、どうやら瞬間移動できる事に気付いたのを切っ掛けに、
過去や未来へ行ってみるという発想が即座に生まれるのもスゴいですけど、
そっから宇宙創世にまで飛んでみようと思うなんて・・・!!
さすがというか、なんというか・・・探索家の発想たるや恐るべしです。。。

で、いきなりビッグバンがドーーーン!みたいなスペクタクルではなく、
『はじめに、膨大な意識ありき』ってとこに、とても魅きつけられました。
そうした不思議だが、大きな価値のある臨死体験から導き出された、
『命というのは、生と死の循環だ』という気付き。
そして、結びの『死ぬ瞬間に、やったね!と死んでください』という
木内さんの言葉は、実にグッときますねえ。。。

話が逸れるかもしれませんが、プエブロ族(インディアン)の死生観について書かれた本の一節を、不意に憶いだしました。

『わたしたちの人生とは、それでもって
 永続する思考を引っ張りまわしている、たんなる糸、
 思考はそのようにして、時を貫き旅をする。
  (・・中略・・)
 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。
 すべての声が、わたしの中で合唱している。
 すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
 あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
  (・・中略・・)
 わたしの家は、笑い声に満ちている。
 子どもたちは、みな家に帰ってきた。
 そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。』

・・・って、例によって例のごとく長くなっちゃったので、
コチラの記事のほうにコメントを残させてください〜(^^;)

2013/04/30(火) |URL|G.D.M.T. [edit]

G.D.M.T.さん ありがとうございます^^)

科学理論も、量子や宇宙の話になると、必ず反対の論議があり、
最後はそれを受け入れるか受け入れないかという
信仰の範疇に近い話になるのが面白いと思います。

プエブロ族(インディアン)の死生観、なかなか面白いですね。
読書のジャンルもずいぶん広いんですね。
「永続する思考」とか「時を貫き旅する」とか、
「生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている」とか。
この考えはアボリジニと共通するものがあるように思います。
彼らは自然界の動植物や大地や風と意思を通わせられるそうですが、
現代文明に毒されてない人たちはそのような心の波長を持つのでしょうかね。

「わたしの家は、笑い声に満ちている」
「今日は死ぬのにもってこいの日だ」。
こういう思考を持っているということは、今の人生が充実している
ということなんでしょう。こんなふうになりたいものです。
「もってこい」よりも「あさって来い」のほうがいいですが(笑。

2013/05/01(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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