「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 美人とはお多福がおと見つけたり。 


太古、女性はおたふくであった。……今、女性はヴィーナスである。


これはバーソかいてうが書いた本記事の冒頭の辞です。
前記事の続編として、《女性は現代でも女神である》とたたえる話になっています。
真偽は別として、そのつもりになっています。


歴史上のセレブ女性は、たいてい美人の才女です。と、されています。
世界の三大美人は、クレオパトラ、楊貴妃、小野小町と言われています。

一体なにが言いたいのかといえば、平安時代のあの頃は、
小野小町のような《ふっくら女性》が心温まる美人顔だったということです。


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 「三十六歌仙額」 小野小町/青蓮院宮尊純親王


昔の和歌二つから、そのあたりの根拠らしきことをそれらしく論じていきますよ。



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 元始、女性は太陽であったが、後に男性が取って代わった。 


元始、女性は実に太陽であった。……今、女性は月である。

これは平塚らいてう(雷鳥)が出した文芸誌『青鞜』創刊の辞でせいとう(ブルーストッキング)す。
大正ー昭和の女性解放運動家の言葉としてよく知られています。


歴史には、まれに女帝や女王が登場しますが、統治者は、ほとんどが男性です。

昔から男社会だと思えるのに、どうして元始は女性が太陽だったのでしょうか。


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 画像はおおよそアール・デコ時代のものを拝借しています。本文とは直接関係がありません。


「女性は太陽だった」とは、天照大神の意だとか、女性は子を産んで豊穣をもた
らすからといった解釈があるようですが、非常に興味深い説明が一つありますよ。


 選挙の名前連呼は、無駄撃ちCMだ、無駄金使いだ。 


ちょっと前、お隣り韓国の選挙運動をニュースでチラッと見たら、
候補者の前で、お揃いのTシャツを着た若い男女が歌いながら踊っていました。

あの国では、20年前から「踊る大選挙戦」が風物詩のようになっているそうです。
まあ、あほらし。

と思ったのですが、名前をただ連呼するだけの国は、もっとあほらし、です。
「あと一歩 もうひと押しでございます」なんてフレーズは、あほらしの極致です。

ただ名前を連呼するだけの選挙活動は、三流CMみたいで、コンセプトがない。
自分の特長を短く、ひと言でいいから、名前の前に付けたらいいのに。
以前、職場でそう言ったら、同僚から、今のままでいいんだと力説されました。


わたしは、政治にはまるでボンクラなのですが、
ブログ『天野祐吉のあんころじい』の国会改革案が面白かったですよ。
 
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天野さんはコラムニストで、雑誌『広告批評』の主宰者でした。
亡くなってから間もなく4年になりますが、私の好きな人の一人でした。

 天の声、地の声、人の声。その玄妙なる調和を聴く幸福。 


世界には「声」が三つある。

天の声、地の声、人の声だ。


人は、地の声と人の声は聞いている。
だが、天の発する声を聴いている人はあまりいない。



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※photos by pixabay.com.



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