「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 雑念にギャグを噛ませると、思考は静かになる。 


「事実は小説より気になり」

以下は、ブログの友人ご本人の失敗談のようなんですが。

最近、近所のおばさんが私を避けているような気がするんです。
私はパソコンで仕事中によくコーヒーを飲みますが、
冷めたコーヒーを電子レンジで温めることがあります。
ところが仕事に熱中すると電子レンジに入れたままよく忘れるんです。
それで忘れないためにパソコンの上に紙を置いたり、手にハサミを
持ってたりするんです。で、この間、忘れないためにメガネと顔の間に
小さな料理用の撹拌棒を指していたんです。
ふとピンポーンの音がして、玄関のドアを開けると、
おばさんが回覧板を持って立ってたんです。
   ――――――ブログ『夏への扉』・「変人?」2014/07/08投稿

※会話体のせいもあり、文末が5回「~んです」となっています。「~ます」と
比べて考えると、当たりがやわらかいです。文体や語彙には人柄が出るんですね。

で、仕事に忘我集中するのは学者型人間の特徴ですが、私の場合はうろうろ徘徊
して恍惚愉快のときに同様のことが日常紅茶的に起きますね(註:ネット巡回時)。
それは脳の劣化現象の他に、人間の思考そのものに本質的な原因があるようです。

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というのは、人間は考える葦、いや、絶えず考え続けている葦だからなんです。


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思考は数秒の休みもなく、せかせかと考え続けている。

こんな話があります。
ある修行僧が和尚に「座禅の極意を教えてください」とお願いした。
和尚は「では座禅を組むがよい。ただし猿のことは絶対考えるな」と言った。
修行僧は「猿のことなんか普段でも考えたことがないので簡単です」と答えた。
ところが翌日やってきて、こう告白した。
「和尚、頭の中が猿だらけです」

わたしも以前、こころを静めるため
、座禅を毎日続けたことがあります。
でも雑念の猿はじつにしつこいヤツで、うまく頭の中から追い出したと思っても、
ものの3、4秒もしないうちに次から次へと しゃしゃり出てくるので大変でした。

瞑想のコツは、次々に頭に浮かぶ考えの流れを静かに見つめてればいいのですが、
なにも考えまいと思うと、《考えまい》ということを絶えず考えてしまうのです。

アメリカの研究によれば、人は一日に6万回も考えていると言われています。※1
一日に起きている時間を仮に15時間として、6万回(個)ほど考えているとすれば、
15時間×60分×60秒=54,000秒。54,000秒÷60,000回=0.9秒。
1回0.9秒というのは、思考はまったく休みなく、絶えず考えているのですね。

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私たちは何を考えているのか?と言えば、95パーセントは昨日と同じことを考え、
80パーセントはネガティブなことを考えているとか。※2 これは人間の記憶力が
優秀なせいもあり、だから人間はつい《習慣の奴隷》にもなりやすいのでしょう。


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猿を黙らせるには、ギャグをかませるのがいい。

頭の中に猿が出てきて無駄口を叩く場合は、猿ぐつわを噛ませると面白いですよ。
なんせ口を不自由にする猿ぐつわは、英語では《gag ギャグ》と言うのですから。

英語の《gag》とは、息が詰まった時に出す擬音語が原義で、会話を中断させる
動作であることから、《猿ぐつわ》や、転じて《言論の抑圧》をも意味します。

19世紀のヨーロッパの舞台俳優が、突然妙な仕草をしたり、奇声を発し、観客の
私語をやめさせて舞台に注目させるために始めたとか。現代では厳密には、笑わ
せるためのおかしな仕草や台詞をギャグ、言葉だけの場合をジョークと言います。
(私は冗句や『笑点』は大好きですが、ギャグは、特に吉本系は全然駄目ですね)

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さて、もっと笑いたい、もっと幸せになりたいと思っていますか。
幸福感を高めるのは、現在の状況を変えないでも可能です。
まず、益のない《雑念》には猿ぐつわを噛ませる。
それから自分で《意識》してポジティブなことを考えるのがいいでしょう。

それには自分の好きな格言や標語をPCや冷蔵庫などの、目につきやすい所に貼る。
そしてそのメモを見たら繰り返し唱え、自分に言い聞かせるのがいいようですよ。

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意識と雑念とは違う。ことばと文字とは違う。
寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』より
私はG・ビルケンフェルトの「黒い魔術」という本の中で、グーテンベルクがいかに苦労して印刷機械を発明したかということを知った。 だが、その苦労は、実は「詩人に猿ぐつわをはめる」ためのものだったのである。 印刷活字の発明以来、詩人たちはことばでなくて、文字で詩を書くようになっていた。



補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※:『幸運に好かれる人が、密かにやっている小さなこと』松田有利子(著)学研プラス 
※2:幸せ度は変えられる。「財産や夫婦関係や仕事といった環境要因は、幸せ度にたった10パー
セントしか影響を与えず、あとの40パーセントは、習慣的な考え方や気持ちや、使う言葉や行動に
よって決まるということがわかってきました」―――――『脳にいいことだけをやりなさい!』
マーシー・シャイモフ(著)・茂木健一郎(訳)三笠書房
●脳は良いこともいっぱい考えられる。
作曲家で多作のナンバーワンは、ドイツ人のゲオルク・フィ
リップ・テレマン(1681-1767)。少なくともオペラ40曲、室内楽200曲、協奏曲170曲、管弦楽組
曲600~700曲、受難曲46曲、教会カンタータ1700曲以上などの膨大な曲を残した。12歳でオペラ
を作曲し、76歳まで64年間で4,000曲以上作った。64年×365日÷4,000曲=5.84日。ゲオルクは
約6日で1曲作っている。私は拙いブログを7日に1回書くのがやっと。
●猿ぐつわの《くつわ》は、《くちわ》が転じた語で、馬の口に嵌める金具のこと。猿は馬と相性
が良く、猿が厩に居れば馬がおとなしくなったので、そこから二つの言葉が結び付いたという説が
あるそうだが、そうなら《犬猿》とは正反対。馬の性格がいいのか、タイプが違うのがいいのか。
●画像はアメリカの古い『THE NEW YORKER』誌からお借りしました。(1925年2月17日に創刊)
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今回は、柔らかい言葉遣いの引用文で始まったせいで、《です・ます体》になりました。(笑)
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 足軽の軽率すくい軽すくう太田南畝のかるかる狂歌 


最近、ある大臣が記者の発言にブチ切れ、世間から叩かれ、すぐ謝罪した。
江戸の昔、武士が悪行雑言の町人を叩き斬っても、お詫びはしないですんだ。

幕府が、斬捨御免、もしくは無礼討ちの特権を条文化していたからだ。
下級武士の末端である足軽でも、幕府から刑事責任は問われなかった。

徳川家直属の足軽は、末端行政や警備の要員として同心や徒士※1に採用された。
例えば『必殺仕置き人』の中村主水は、北町奉行所の定町廻り同心である。

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テレビ番組『必殺仕置き人』  ※以下の画像は本文と直接関係はありません。

足軽が短気で刀を抜こうとしたとき、太田南畝なんぽ※2が狂歌で仲裁した話が面白い。


  芥川の考える「信念」。侏儒の言葉――神秘主義。 


こんな格言がある。
「人間は、自分が考えている通りの人間になる」
「人間は、寝る前に考えた通りの人間になる」

共に意識が結果を作ることを言っているが、前者は顕在意識で、後者は潜在意識。

この格言は、現実には、現在形で言うほうがより適切なようだ。
すなわち「人間は、自分が考えている通りの人間になっている

私は以前、自分は駄目な人間だと思うようにし、友人にもそう言い、それが謙遜
だと思っていたが、今は、やはりまあ、その通りになってると感じている。(笑)

イエスは「求めよ、さらば与えられん」と述べた。
信仰を強く抱けば与えられるという意味だが、信念でも同じことが言えるだろう。

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The New Yorker 1958

芥川龍之介が、我々の信念とは神秘主義だと論じている。どういう意味だろうか。

 さくらの名の由来を知ると幸せになれる。 

春の扉は、風のぬくさよ。街のひよどり、歌は思えど……。
さくら萌えさかる四月。
いい陽気に誘われて、八五郎が隠居の所にやってまいりました。

「八っつぁんかい。まあ、お上がり。朝っぱから何の用だい?」
「いえ、その、ご隠居の顔を見ないと、おい、通じがつかねえ」
「なんだい、私の顔は便秘薬代わりかい。ほ話はやめておくれ」
「いえ、ご隠居。桜の名は、どうして《さく》と言うのでしょう?」
「あの花は、ええと、ーっと一斉に咲くのが、散る時は悲しいな、ーっと
胸に迫る。《さー》《くー》で、《さーくー》となったのら」
「怪しいっ。舌がもつれてます。《さーくー》説は合点がいきません、ご隠居。
さくらの《ら》の字を忘れてます。最後の《》の由来が説明されてねえ」
「私と八っつぁんの仲じゃないか。一文字くい負けときなさい」
「いえ、ご先祖の遺言で負けられません。《》って、何です?」
「えー、それは……《さく》は源氏名で、《》は桜の花の本名だったとか」
「らら、ご隠居、そのオチは『千早振る』のくごと同じですっ」


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というわけで、桜の名の由来の噺でございます。


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