「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 悲しい、うれしいは、生きているからこそ。 

を歩いていて、悔やんだことがあります。
品川の海の近くで駐車していたら、うす汚いおばあさんが近寄ってきて、渋谷に帰る
バス代がないと言うので、あ、バス代か、と思って、とっさに千円を渡したのですが、
本当は生活費と言いたかったのでしょう。気が利かず、気の毒なことをしました。

前を歩いてる若い男が塀の上に置いてあったドリンク缶を手に取り、ちょっと振って、
天を向いてグイと飲み干しました。あ~、これは万札を渡す場面だと思ったのですが、
プライドを気遣って、声を掛けられず。ただ黙って渡せばよかったのでしょうけれど。
            _____________
                
少年の時『ホームレス中学生※1』の作者より低質の極貧を経験したことがあります。
海岸そばの家が台風で流され、母親の再婚相手は生活能力ゼロなどの諸般の事情で、
東京に出てきた小学5年生のときから、一時はずいぶんひどい耐乏生活をしました。

朝から夜まで絶食状態は日常茶飯的。茶も飯も10円硬貨も無しの日々がありました。
移転と居候を何度もし、家賃を溜めて追い出され、星空宿泊をしたこともあります。
母は母子一緒に線路にと考えたこともあるようですが、母が臆病で、助かりました。
              
小6の途中から中2後半までは、ほとんど長欠児童。でも進級は大丈夫でした。※2
特に中2の1学期と2学期は全く出席してなくて、3学期から行き始めたのですが、
最初の理科のテストで、いきなり1番を取った!と驚いた先生が学年中に触れ回り、
私の名が他のクラスにも知られ―――と、これぐらいしか恥でない話は無いですね。
           
ny44b1 (2)※3

たまたまテレビで風間トオルさんの貧乏話を聞いて、私も書く気になりました。
彼は、顔が私と似ているせいもあり(むろん少しだけ)、ちょっと親近感を感じます。
スポンサーサイト

 美しい体に美しい心が宿る、という思考。 

渦中の人だった東京都知事がついに辞職し、過日の人となってしまった。
 質問と言い訳のやり取りが何度もなされ、詳細に報道された。
 誠実さなし、論理性なし、根拠なしの弁明は、不信任案提出で幕が引かれた。

紀元前4世紀、古代ギリシアのアテナイで、これとは対照的な裁判があった。
有名な高級娼婦が、現代なら不適切・不確実と言える証拠により無罪とされたのだ。

jose013.jpg
Adoree Villany in the "Dance of Phryne".1910? Bain News service photo

 「いつやるか? 今でしょ! 」の思想は、詩や絵画にも表れている。 

言葉は、ちょっとした言い回しの違いで、がらりと印象が変わる。
まずは予備校講師・林 修氏の「いつやるか? 今でしょ! 」のセリフがウケたワケの話から。

林氏自身が「予備校講師なら誰だって、今やれ、すぐやれ、と生徒を鼓舞するものです」と
著書『今やる人になる40の習慣』で言っているように、メッセージ自体はごく平凡だ。

話題になった要因は、「いつやるか? 今でしょ! 」と言うときの顔がユニークなことの他に、
「今でしょう」と言えば推量形で自信不足に聞こえるが、「今でしょう」から「う」を取り、
「今でしょ! (違いますか? )」と、反語的な問い掛けを含む断定表現にしたのが効いている。
それにより、相手が心の中で、うむ、そうだなあ、と同意するカラクリになっている。

そしてむろん、決断しない、先延ばしにするといった社会風潮が背景にはあるのだろう。

ラテン語で「カルペ・ディエム/Carpe diem」という言葉がある。※1
紀元前1世紀の古代ローマの詩人ホラティウスが書いた詩に出てくる。

意味は「その日(の花)を摘め」で、英語では「seize the day/その日をつかめ」と訳される。※2
明日のことは分からない。今日を大切にせよ。いつやるか? 今でしょ! ということだ。

The Flower Picker1900rr
John William Waterhouse: Boreas. 1903

「その日を摘め」という実利的とも言える思想は、後世の詩人や画家にも伝わっている。

 「させていただく」視点で見えてくる『春琴抄』の幸福感。 

わたしバーソは、使わない言葉が幾つかある。
たとえば「何々させていただいています」と「何々しております」。
たまに軽い調子で使うことはあるが、改まった場での謙譲語としてはまず使わない。

こんな話がある。だいぶ以前だが、三井住友カードの会員向け情報誌『VISA』は、
「させていただきます」の言葉を、自社の宣伝ページ内では一切使わなかった。
ある顧客から、これは使い方がおかしいので使うな、と強く抗議されたからだ。

私が使わない理由は主に、謙遜を装おうとする偽善が気になるせい。
だが、「させていただく」は、適切な場面で適切に使うとぴしゃりと決まる言葉だ。

syu6.jpg


back to TOP