「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 野生の動物たちと仲良しになった少女ティッピ。 

《動物たちと親しくなれる人間》と言われて、私が思い出すのは、
まずドリトル先生、ターザン、それから少年モーグリ、少年ケニヤあたりでしょうか。
みんな、小説や絵物語に書かれた、大人の男やたくましい男の子です。

でも、実際に野生の動物たちとすぐに仲良くなれる、人間の女の子がいました。

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 世界がひとつの合衆国になれば、戦争と貧困が無くなる。 

日本は、計47の《都道府県》が集まった国ではない。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカは50の《州》が集まった国。

なぜ「合州国」と言わず、「合衆国」と言うのか?というのがイントロで、
その「合衆」の仕組みを使えば世界平和が実現する!というロジック。

珍しく ジョークなしの、真摯な、心やすまる話になっておりますよ。(笑)

いぬねこ

 「右」の字の説明で、国語辞典の感性を知る。 

「右も左もわきまえない」と神から酷評された十二万以上の住民と言えば、
時はBC8世紀、アッシリアの首都ニネベの人々である。(旧約聖書 ヨナ4:11)

「右左をわきまえない」とは基本的理解に欠け、行くべき道を知らないとの意。

で、右や左の諸賢には、「釈迦に説法」「河童に水練」「噺家に駄洒落」
そして、「乳牛に乳の出し方」でありましょうが、
今回は、「右」という言葉をどう説明できるかの特集号であります。


1938 夢見るテレーズ
Balthus

 忠、孝、情。 どれがいちばん大切か。 


江戸時代、現代の感覚で考えれば想像もできない、おかしな裁判があった。
三つの立場から意見が出るのだが、三者三様の思考の仕方がじつに面白い。

新井白石が自伝『折焚く柴の記』で紹介している「正徳の疑獄」。
白石が六代将軍・家宣の侍講であった正徳元年(1711)に起きた殺人事件。
(ロス疑惑より怖い、かわいそうな女性の話。ハンカチが必要かもしれません)


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写真:存在そのものが疑惑と言える擬態生物(上はPygmy Seahorses)。

 「崇拝」は神聖であっても、愚かしく、危険である。 

世の中は、澄むと濁るで大違い。
「くうそう(空想)」 「くうぞう(食うぞう)」 「ぐうぞう(偶像)」の
各崇拝者の正しい在り方を示したがゆえに、自分に当てはめれば何かの役に立つ
と思うかもしれないが、どっこい、そうは問屋が卸さない小論文です。

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