「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 苦しみは、時に、いい教師になる。 

個人的なことですが、昨日の朝から突然 聴力が悪くなりました。
でもまあ、ある“気づき”があったので良かったのかな、という話です。

聞こえ方は通常の60パーセント程度。特に左耳のほうは高域が増幅され、
カン高いノイズとして聞こえるようになりました。
ちょうど動画撮影をしたら風の音が想像以上に録音されていて、
再生時に耳障りに聞こえることがありますが、それと似た感じです。

とにかく血流を良くしようと考え、足浴・手浴・ホッカイロ・栄養ドリンク・
ウイスキー入り生姜蜂蜜紅茶、ドライヤー、毛糸の帽子、厚手の靴下と、
種々試しましたが、直らず。

耳鼻科には行きませんでした。
だいぶ以前にひどい耳鳴り症状で診てもらったとき、
この種の病状は原因不明で直らない、と言われたことがあったからです。

まあ、全く聞こえないわけではないし、我慢してこのままいくか、
でも自動車免許の更新は大丈夫かな、と少し覚悟しました。

ところでなぜこうなったのか、夕方、原因を考えました。カゼは引いてないし、
寒さが原因ではありません。


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 人はみな、天与のタレントである。 

ダルビッシュ有投手が大リーグと何十億円かで契約をしたと報じられています。

才能というのは凄いな、スポーツ関係は能力対価がメジャーだな、
白いボールを勢いよく投げれば超高給取りになれる世の中も
なんと言ったらいいかな、と思ったりします。

つらつら考えてみるに、サッカーは球を手で触ってはいけない、
バスケは球を手で持って走り続けてはいけない、バレーは球を持って
白鳥の湖を踊ってはよろしくない、といった具合に、
ゲームにはなんらかの制限があるから面白いという一面がありますね。

人生がゲーム、もしくは競技であるとして、もし制限が一切ないなら、
きっと人生は面白くないでしょう。
アラジンの魔法のランプがあって、願うことは何でもすべてかなうなら、
人生はつまらないでしょうねえ。
(まあ、わたし、そのような状況をこよなく希望している者ですが (;^_^)

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今回は、制限や制約、常識に縛られる人生で、自分の才能を見つけることが
できるのか、その才能をどう生かせるのか、凡人はスターになれるのか、を考えました。

 円谷幸吉の遺書は、素朴ゆえに感動的だ。 

今年2012年は7月27日から、夏季オリンピックがロンドンで開催されます。

東京オリンピックのとき、マラソン競技で銅メダルを受賞した円谷幸吉さんが
書いた遺書のことを「ブロとも」のReコメントから思い出しました。

円谷さんの「遺書」は非常に感動的で、涙なくしては読めません。

というわけで、ひと様の文章とヒントでお涙をちょっぴりでも頂戴しょう
と涙ぐましくも厚かましい意図と魂胆が見え隠れする《感動的文章》の第2編です。

他のサイトでも扱われていますが、少し違う切り口で書きました。
(以下敬称略)

つぶらや4

 「いまいくよ」。竹崎駆動くんの感動的な詩。 

涙腺という名の蛇口には、感動を止める水栓は付いてない。

オトコは泣くな、ひと前では涙を見せるな、とよく言われます。
まったくもって その通りでしょう。

だから、わたしは、金輪際、絶対、極力、なるべく、なんとか、
できるときは、まあ、おおむね、そのようにしてきました。

涙腺の制御が少々無理な場合には、ひと目につかない穴を必死に探し、
穴が見当たらない際には、あたかも眼のゴミをぬぐうかごとき
世間を欺く所作をしてきました。

一昨年だったか、ノーマン・ロックウェル展に赴いた節には、
不覚にも眼と鼻孔から液体が流出してきたので、ごく自然なアクションにて
ポケットからティッシュを取りいだし、その紙成分の下の部分にて鼻をかみ、
その上の端のほうにて眼付近の水分を素知らぬ顔をして素早くぬぐった、
という見事なる事例もあります。

わたし、「鼻のかみ方」と「もののあはれ」を知っている、
ナイーブで、あわれな人間なんですね。

というわけで、わたしが涙した感動的な文章を紹介します。

ノーマン・ロックウェル
Norman Rockwell 1894.2.3-1978.11.8

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