「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ものみの塔自身が「油注がれた者」は信用できないと 認めている。 

ものみの塔(研究用)2011年8月15日号 『読者からの質問』に、
統治体は、油注がれた者の正確な人数は分からない、
リストは作成していない

ということが書かれていた。

なぜなのかという理屈付けは、例によって、おかしげな論理であった。
またそれは、興味深い、そして注目すべき重要な発表でもあった。

今回は、その解き明かしを したい(というほどのものでもないのだが)。

わに


スポンサーサイト

 キリストの「贖い」は、なぜすべての人を救わないのか。 

「イエスを信じなさい、そうすれば救われる」
とはキリスト教の決まり文句である。Google検索では50万件以上ヒットした。

だが宗教心というものは、人が生まれついた土地や環境に深く根ざしている。
イスラム圏や北朝鮮に生まれた人が、キリスト教を信じることは極めて難しい。

こんな疑問を抱いたことがないだろうか。
 キリスト教徒でないと救われないのは、不公平ではないか?
 それはキリスト教会だけに都合のいい教えではないか?
 神は愛だと言うが、なぜ神はすべての人を救わないのか?
 
今回は、キリスト教の「贖(あがな)い」についての疑問と、そして、
ものみの塔は「救い」をどう教えているかを考えた。※基本的に聖書は新共同訳を引用

エッシャー e
Maurits Cornelis Escher

back to TOP