「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

  (続)「十四万四千人」は、王・祭司ではない。 

当ブログ『My知恵袋で取り上げられ、アクセスが急増した。
大勢の方に読んでいただいたようだ。 f さんと皆さんに感謝したい。

取り上げられたのは、2011/12/25付けのブログで、主題は、
「十四万四千人」は王・祭司ではない。「大群衆」は天に行く。

これについて疑問が出された。ありがたいことだ。
で、それについて反論をすることにした。

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※疑問は「です・ます」体ですが、当方は従来通りの文体で書かせていただきます。

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 イエスの再臨は「1914年」からではない。 

ものみの塔(エホバの証人)の最大の教理は「1914年」です。
ものみの塔協会は、こう主張しています。
イエスは神の王国の王として、目に見えない「(再)臨在」をしている。

「再臨1914年説」が間違いであれば、ものみの塔の教理は壊滅します。
(それでもなお、ものみの塔についていく組織愛好者はいるでしょうが)

ここでは「1914年再臨」説の矛盾を、マタイの聖句から明快に証明します。


21mam (2)

 デジタルメモ「ポメラ」は、ブログの編集にぴったりだ。 

自分にはあまり使い道がないだろうと思っていた「ポメラ」を、年末に amazon に注文。
宅急便屋さんに気をつかって、三が日が過ぎた4日に届けてもらった。

買ったのは ネットで評判がよかったからだ。 この DM10 が旧型で 12,480円と安くなっていた
せいもある。論理的・経済的に説得されるのは好きなほうなのだ。 感情に訴えられるのにも少々弱い。

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 神は人類を滅ぼさない。なぜそう言えるか? 

好きな聖書の言葉を ピックアップして、新春の初夢的な解釈をまとめてみた。

それは《神が人類を滅ぼすことはない》ということだ。
言い換えるなら、
 「世の終わり」は来ない、
 「ハルマゲドン」は来ない、
 「神の最後の裁き」を怖れないでいい、ということだ。

念のために補足しておくが、わたしは神とキリストを信じない者ではない。

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『放蕩息子のたとえ』から、神の真実の愛について考えたい
 ※当該聖句のルカ15章11ー32節は、このブログの最後に引用している。


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