「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「たこ焼き」のタコに代わる新人は他にいないのか。 

「今川焼き」は、モテ・・キャラが揃っている。
定番役者の小豆餡あずきあんの他に、抹茶入り餡、カスタードクリーム、チョコ、ポテマヨ、
ゴマ餡、ピーナッツ、ソーセージ、キャベツ炒めなど、多才な競演者たちがいる。

しかし「たこ焼き」は、ずうーっとタコ(蛸)役者の一人舞台だ。
いまだ有望な新人は出ていない。

好きなものを勝手に使えば「すき焼き」になり、まぎらわしいからだろうか?


 
 ベッキーの作る「たこ焼き」がイスラムの人たちに大ウケ。


「たこ焼き」の由来を見ると、人生はますます楽しくなっていると思えますよ。


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《食》に突然変異は無い。人間の思考により進化発展している。

①徳川綱吉の時代、京都で「銀つば」が考案された
天和年間(1681~)、小豆餡を上新粉(米粉)の皮で包んで平丸型にし、銅板で焼い
た焼き餅が流行り、日本刀の鍔(つば)に似ていることから「銀つば」と呼ばれた。

②「銀つば」が江戸に伝わり、「金つば」と名付けられた
享保年間(1716~)に「銀つば」が江戸に移り、皮をごく薄くして「金つば」の名
で表すようになり、皮は京都ではうるち米粉だったのが江戸では小麦粉になった。

都都逸に「年期ねんき増しても 食べたいものは 土手の金鍔きんつば さつま芋」とうたわれるほ
ど有名で、明治になるまで、浅草は吉原遊廓近くの日本堤に何軒もの店があった。

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 Wikipedia


③「銀つば」にヒントを得たのが「今川焼き」という説がある。※1
水で溶いた小麦粉を、くぼみを付けた鉄板の鋳型に流し込む工夫により、製法が
容易になった。安永年間(1772~)に神田の今川橋付近の露店が売り出したという。

呼び名は、関東では「今川焼き」だが、全国的には「大判焼き」のほうが主流で、
九州では「回転焼き」、広島県では「二重(にじゅう)焼き」と呼ばれている。※2

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 フリー画像「photo AC」


④大正時代、餡の代わりにコンニャクを使った「ちょぼ焼き」が生まれた
小豆の餡が高価だったので、総菜のコンニャクが使われた。プリプリした食感が
タコに似ている。名称は、点などの小さく丸いものをちょぼと言うことからきた。

⑤「ちょぼ焼き」の具材を牛肉に変えた「ラヂオ焼き」が出来た
具材を惣菜のコンニャクからスジ肉に変えたもので、名の由来は、当時のハイカ
ラ文化の象徴「ラヂオ」にあやかったもの。嗜好が少し贅沢になったのだろうか。

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大阪市西成区『会津屋』の「元祖ラヂオ焼き」。
味噌風味のコンニャクと牛すじが入っている。
12個600円 (HPより)

 

⑥昭和になり、具材にタコを入れた「たこ焼き」が登場した
兵庫県の明石に、卵とだし汁を多く使う「明石焼き」があった。昭和10(1935)年、
大阪市西成区『会津屋』の初代店主が、客から「明石ではタコを入れとる」と言
われ、牛肉の代わりにタコを使った「たこ焼き」を作り、それが全国に広まった。

最初は、会津郷土料理の海産物の乾物を素材とした《こづゆ》で味付けをしてい
たが、戦後トンカツソースが発明され、ソース味の「たこ焼き」が主流になった。

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 フリー画像「photo AC」


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「たい焼き」は「今川焼き」の派生品で、明治に出来た。

形のバリエーションを思い付いたひとがいたのだろう。鯛は《めでタイ》せいか。


昭和の頃、「たい焼き」は、お菓子のセレブだったようだ。

林芙美子『新版 放浪記』 (初出『女人藝術』昭和3年10月号~昭和5年10月号)

 (五月×日)
 雨。
 ユーゴーの惨めな人々を読む。(中略) 
 駄菓子屋へ行って一銭の飴玉を五ツ買って来る。
 鏡を見る。愛らしいのだが、どうにもならぬ。(中略)
 脚がずくずくにふくらんできた。穴があく。麦飯をどっさりたべるといい。どっさり食べると云う事が問題だ。どっさりとね……。(中略)
 朝から晩まで食べる事ばかり考えている事も悲しい生き方だ。いったい、私は誰なの? 何なのさ。どうして生きて動いているんだろう。
 うで玉子飛んで来い。
 あんこの鯛焼き飛んで来い。
 苺のジャムパン飛んで来い。
 蓬莱軒のシナそば飛んで来い。
 ああ、そばやのゆで汁でもただ飲みして来ようか。ユーゴー氏を売る事にきめる。五十銭もむつかしいだろう……。
 


平成の現代は「たい焼き」の製造過程もショーアップされている。


東京駅内の自動たい焼きマシーン(友人のエリアンダーさんのスマホ撮影) あんこが多い!


               


人の命はつらくても、楽しきことも多かりき。

世の中には問題がいろいろあっても、
便利に自由に暮らせていることをもっと喜んでもいいと思いますね。



資料――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:『しらべぇ』https://sirabee.com/2014/10/30/6177/
※2:『藪だこのひとりごと』http://yab.o.oo7.jp/yabudako.html
※:Wikipediaの各項目など
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 美人とはお多福がおと見つけたり。 


太古、女性はおたふくであった。……今、女性はヴィーナスである。


これはバーソかいてうが書いた本記事の冒頭の辞です。
前記事の続編として、《女性は現代でも女神である》とたたえる話になっています。
真偽は別として、そのつもりになっています。


歴史上のセレブ女性は、たいてい美人の才女です。と、されています。
世界の三大美人は、クレオパトラ、楊貴妃、小野小町と言われています。

一体なにが言いたいのかといえば、平安時代のあの頃は、
小野小町のような《ふっくら女性》が心温まる美人顔だったということです。


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 「三十六歌仙額」 小野小町/青蓮院宮尊純親王


昔の和歌二つから、そのあたりの根拠らしきことをそれらしく論じていきますよ。



 選挙の名前連呼は、無駄撃ちCMだ、無駄金使いだ。 


ちょっと前、お隣り韓国の選挙運動をニュースでチラッと見たら、
候補者の前で、お揃いのTシャツを着た若い男女が歌いながら踊っていました。

あの国では、20年前から「踊る大選挙戦」が風物詩のようになっているそうです。
まあ、あほらし。

と思ったのですが、名前をただ連呼するだけの国は、もっとあほらし、です。
「あと一歩 もうひと押しでございます」なんてフレーズは、あほらしの極致です。

ただ名前を連呼するだけの選挙活動は、三流CMみたいで、コンセプトがない。
自分の特長を短く、ひと言でいいから、名前の前に付けたらいいのに。
以前、職場でそう言ったら、同僚から、今のままでいいんだと力説されました。


わたしは、政治にはまるでボンクラなのですが、
ブログ『天野祐吉のあんころじい』の国会改革案が面白かったですよ。
 
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天野さんはコラムニストで、雑誌『広告批評』の主宰者でした。
亡くなってから間もなく4年になりますが、私の好きな人の一人でした。

 幸福を得るための『猿の手』という選択肢。 

何を隠そう。私バーソは二重人格かもしれない。
じつは子供の頃から、自分の心の中には、別の者が一人いた。

例えば道路で段差につまずくと、私は、あ、痛っ!と素直な反応をするのだが、
もう一人は、このニ三日なにか悪いことをしてないか※1と小さな声で言うのだ。
            ________
  
失敗や災難などがあったときには、二種類の受け止め方があるだろう。
・偶然だと考える人は、単に出来事が起きただけと思うかもしれない。
・必然だとみなす人は、人には運命はおおむね定まっていると思ったり、
 目に見えない存在から何かしらの教訓が与えられていると思うかもしれない。

tumblr_moi0nvXrET1so1fr6o3_1280.jpg出典
Bostock’s Consul the Chimpanzee, 1908-1910

願いは三つ叶うが、代償として災厄も付随する『猿の手』という短編小説がある。
どうしたら不幸は避けて幸福だけを得られるか、と調子のいいことを考えたい。


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