「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 ユダのイエスを裏切る気持ち。太宰治の『駈込み訴え』。 


 Hey Jude, don't make it bad (ヘイ ジュード 悪く考えるなよ)
  Take a sad song and make it better (悲しい歌でも ましにしろよ)


これは『ヘイ・ジュード』(Hey Jude)の歌い出し。ビートルズの名曲の一つだ。

ポール・マッカートニーが、ジョン・レノンの長男5歳のために作詞・作曲。
(長男は愛称がジュールだが、普遍性を持たせるためにジュードとした)
ジュードは、あのイスカリオテの“ユダ”を思い出させる英語名でもある。

ジョン・レノンは、36年前の1980年、ファンだった男に射殺された。
(男の名はMark David Chapmanで、チャップマンとは古英語では商人の意)
イエスも、自分のファンであったはずの十二使徒の一人から裏切られ、殺された。

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ポール・ギュスターヴ・ドレ『ユダの接吻』。これが合図となり、イエスが捕まえられる。

ユダがなぜ裏切ったかにについては、昔からいろいろな解釈がされている。
(1)貪欲で、密告代が目当てだった。(2)大きな目で見れば神の目的の中にあった。
(3)サタンがユダの心に入った。(4)イエスを救い主だと信じる気持ちが弱かった。
(5)イエスがローマ政府に対して革命を起こさないので幻滅して見放した… 等々。

太宰治がユダの告白を兼ねた訴えというスタイルで、裏切りの動機を書いている。
妻の美知子が太宰の口述を筆記した短編小説『駈込み訴え』。
現場での生録音のようにして、ユダの心の動きと揺れを表そうとしているようだ。


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 日常の瑣事と幸福の関係。芥川龍之介の『侏儒の言葉』。 

月並みなことでも、言い方により、印象深く聞こえることがある。

1962年のイギリス映画『アラビアのロレンス』の中で使われ、
2012年のアメリカ映画『プロメテウス』でも使われたフレーズもそうだ。


Big大きな things hav持つe smal小さなl beginni始まりngs.”

これは「大事は小事より始まる」という格言だが、
英語だと抑揚があり、脚韻も踏まれ、なかなか迫力がある。

 
英語で聞けます。(2分17秒時から、その部分のみ再生 →クリック)
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日本の二人の作家が、小事を瑣事さじ(些事)と言い、幸福感を語っている。
高村光太郎は「日常の瑣事にいのちあれ」と書き、溢れる幸福感を詩に書いた。※1
芥川龍之介は「日常の瑣事」をこう見れば幸福になれる、と警句で論じている。

 民謡『10人のインディアン』と芥川の短編『孤独地獄』。 

間、なにがさみしいって、“独りぼっち”になることが一番じゃないでしょうか。
愛の反対は無関心だとも言われますが、誰からも関心を示されないのはつらいものです。

みにくいアヒルの子は羽の色が違っていたために仲間外れにされ、悲しい思いをしました。
シカト、よそ者扱い、排斥、村八分は、人をウツにさせ、死に至らせることもある害悪です。

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なにかの理由で、まわりから黙殺され、孤立させられたら、救いはないのでしょうか。
今回は民謡『10人のインディアン』と芥川の短編『孤独地獄』から、孤独についての話です。

 善男善女の夢見る「地上楽園」。芥川龍之介『侏儒の言葉』より 

寒い北欧の地に、ひ弱そうな姿で、1万年も生きている木がある。
ld Tkkoスェーデンのルフジェーレット山脈にある1本の
ヨーロッパトウヒ(マツ科トウヒ属の針葉樹)は、
氷河期最後の時代に根付いたものとされており、
2008年に、スウェーデンの大学研究チームが、
なんと根の部分は樹齢 約9,550年と発表した。
本の幹からなるクローンの木としては世界最古。
高さ5mほどの木だが、えらい長生きして万年。

樹木が長寿のわけは、鈴木英治著の『植物はなぜ5000年も生きるのか』によると、
動物も植物も細胞分裂を繰り返しながら生きている。
樹木の場合、生きているのは根や葉、表皮などの一部だけ。
他のほとんどの部分はすでに死んでいる細胞で、その細胞の外側に、
新しくできた細胞が付け加わっていくという形で樹木は成長している。
幹が固くて耐久性がある針葉樹などは、樹脂に虫が嫌う成分が含まれており、
高山など環境が厳しい場合は、成長がゆっくりなので、数千年生きる場合がある。

近年の研究により、ヒトの寿命は800歳ぐらいまで延長可能と言われている。※1
自然環境が悪くても、人はツル以上、カメ並に長寿になる時代が来るのだろうか。

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芥川龍之介が夢見る「地上楽園」。視点がちょっと違っていて、なかなか面白いですよ。

 欲張らずに「小」を選べば、報いが大きいのか。 

葛籠。「くず(または)かずら」の「かご」と書いて「つづら」と読む。

葛藤(ツヅラフジ)の つるで編んだ蓋付き収納箱のことだが、今は竹製。
昔のおとぎ話には、この「つづら」がよく出てくる。
さて、大・小2つの葛籠つづらがあり、中には何が入っているか分からない。
「どちらでもお好きなほうをお土産にどうぞ」
と言われたら、どちらを選ぶだろうか?

葛藤(ツヅラフジ)は、そのもつれ合う様から、「かっとう」とも読む。
さあ、大を選ぶべきか、小を選ぶべきか、と葛藤するでしょうか。

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『伊豆テディベア ミュージアム』にて撮影。写真は文章とは無関係です。

『舌切り雀』のお爺さんは「小」を選んだら、金、銀、小判が詰まっていた。
太宰 治の『舌切り雀』の自称「お爺さん」は、ちょっと違う選択をしている。

 我輩は、夏への扉を探す、猫町のネコである。 

人生の旅は単に「同一空間における同一事物の移動」に過ぎないのか。

日本中、どこへ旅をしても、同じような町や村があり、同じような人間が
いて、同じような生活を繰り返している、と思ったことはないですか。
それらの人たちと自分は顔以外どう違うのか、と考えたことはないですか。

歩む道は同じように見えても、人生に対する考え方は一人ひとり違います。
猫が登場する3つの小説から、3通りの人生観について考えました。
  cat1qq2
  PIXBAY(Free materials)

※猫小説から抜粋引用し、強引に「起承転結」でまとめましたが、
文章を短くしたいために一部省略した箇所があります。

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