「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 「虹の足」の下にいる幸せに気づける8つの質問。 

オのオリンピックで、男子サッカーが1次リーグ敗退となった。
その最初の試合のとき、女子アナが、サッカーの神様に祈りますと言っていた。

旧約聖書は、王国に天使長が付いていると言っている。(ダニエル10:13,20 新共同訳)
もしサッカーの神様や守護天使がいるなら、ジャパン担当はまだ下っ端のようだ。
イエスは、辛子からしの種粒ほどでも真実に信じていれば「山も動く」と述べた。(マタイ17:20)
これは比喩ではなく、意識の持つ力を述べている。

人は、神に願い事をする。
神は、人が最も強く信じていることをかなえる。※1

ここで面白いのは、人は自分の心に嘘を付くことはできないということだ。
つまり、神に願いを述べていても、内心では、ほとんど信じてないことがある。
・苦しい時の神頼みというのは、普段は、願いはかなわないと信じていることを示す。
・百円硬貨のお賽銭を入れるのは、百円分位の御利益しか期待してないことを示す。

人は願っていても、心の奥底では信じてないので、その信じてないことが現実になる。
つまり、人の願いは大抵かなわない。

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ホセ・デ・リベーラ「砂漠のマグダラのマリア」1641

しかし必死に神に願わなくても、手軽に幸せになれる良い方法がある。
吉野 弘さん※2の詩が、そのことを教えている。
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 ノスタルジーという幸せ感を今、ここで。 

かりし頃、渋谷は駅前路地奥の小さな名曲喫茶『らんぶる』に行くのが定番だった。
今でも「ツィゴイネルワイゼン」とか「私の心はヴィオリン」を聴くと、ほろ苦い青春時代と、
夢中だった2歳上のひとのことを思い出し、甘酸っぱい感傷なんぞにふけってしまう。

郷愁とは、過去に惹かれることなり。
ああ、あの頃が懐かしいなあと好意的に価値づけ、切ない幸せ感に浸る感情のことである。

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デスク右脇のチェスト上に置いてあるレトロ雑貨小物。左のPCスピーカーの上は水飲み鳥、
その右に米国製ラジオ、マリリンのブリキパネル、映画「禁断の惑星」のロビー・ロボット。


般若心経の末語「そわか」を思い出し、「そ」の文字に引っ掛けて、「わか」き頃の追憶に
多少関わることを考えてみた。般若とは智慧のこと。私には縁もゆかりさんもないが。

 ソフィーの選択と大岡裁きの選択の違い。 

何を食べるか。どの道を通るか。仕事を替えるべきか。原発を支持すべきか。
人は日々、小さな選択、大きな選択を繰り返しながら生きている。
人生の分岐点でどうするか。その選択により人の未来は大きく変わっていく。

わが子に関わる非常時に、母親がした《とっさの選択》二例。
(1)ナチ収容所のソフィーという名の女と、(2)江戸の町に住む女の話です。

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ソフィーの選択』 1982年/アメリカ映画/アラン・J・パクラ監督/ウィリアム・スタイロン原作

 あなたは「いいひと」で、愛されているという根拠。 

「あなたには問題がある」とか「おまえは悪い人間だ」と言われたら、どう感じるだろうか。
真面目な人ほど、内省し、落ち込み、時には自己嫌悪を感じることもあるだろう。
(はいはい。めげて、しぼんで、しずむ人。それは私めのことです)

だが安心してほしい。今このブログを見ているあなたは「いいひと」である。

その根拠はいろいろあるが、まずはこの動画で確認されたい。

「角砂糖の冒険」 :
ピクニックで置き忘れられた角砂糖が必死に帰宅するのだが・・・。


※愉快と感動を与えてくれるブログ「夏への扉」2012/02/29より(毎日更新してますよ)

 「幸せを呼ぶ10の生き方」。自分にとって最善の道は? 

カネも無い、チカラも無い、知恵も無い、無いものは無い、
とナイナイづくしのナイーブなわたしが、内々にちょっと考えてみた
「幸せな生き方とは?」のザレ話です。

どうぞ、そのおつもりでお読みくださいませ。
おっと、いつも、そうでしたかね^^)。

夜景と車 

 「良心」は、もろ刃の剣である。あるときは良く、あるときは怖い。 

亡くなった母親から、子どもの頃、よく聞かされた自慢話、実は笑い話がある。
女学校で先生から、『レ・ミゼラブル』の『レ》とはどういう意味かと質問されたので、
真っ先に手を挙げて、「ああ」ですと答えたら、先生から褒められたのよという話だ。

ヴィクトル・ユーゴーの名作 『レ・ミゼラブル(Les Miserables)』 の邦題は
『ああ無情』。母はフランス語はダメだったが、読書少女であったのだ。

《概略》主人公ジャン・ヴァルジャンは、泊めてくれた司教の家の銀器を盗むのだが、
司教は憲兵の前でかばってくれただけでなく、さらに二本の銀の燭台まで彼に差し出す。
人間不信と憎悪の塊であったヴァルジャンの魂は、司教の愛に打ち砕かれる・・・。


わたしがこの本で覚えていることは、ヴァルジャンは大変な逆境を経験したが、
愛に反応する良い心を持ち続けた人だった!ということ。いま思うのは、ちょっとした罪で
人を罰する聖書の神よりも、司教の愛のほうが大きいじゃないか!ということだ。

今回は「良い心」の話。軽い軽い内容です。アン・ルイスさんの歌でも観ながらどーぞ。




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