「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 公平と平等の違いと、河鍋暁斎の鬼才。 

                  [バーソ青草文庫]

公平と平等

 或る真夏の夜であった。男が二人いた。
 夜中とも明け方ともつかない妙な空合いで、吹く風がキリっとしている。
 顔の青白い、手首まで彫ってある剳青(ほりもの)の目立つ小柄な男が、眼光鋭い
髭面(ひげづら)の大男の前でボソッと云った。

「ちえっ、地獄に来ちまったか。おれもヤキが回ったぜ」
「此処に来たもんは皆、最初そないゆうなぁ。せやけど、ちゃうでぇ。あんさん
は天国に来よったんや」
「ああ、情けねえ、青山の大名屋敷に忍び込んだはいいが、屋根でツルリと滑っ
て落っこちて、頭をガツーンと打っ…ええーっ? 此処は天国だって? 本当かい。
おめえ様は天国の番人かあ?」


 kawab88.jpg
 (絵は河鍋暁斎の作品を紹介しています。本文には関係ありません)

 色の浅黒い大男は、色の白い小柄な男を見てニンマリと笑った。
「人間は心が見えへんさかい、顔で判断する。わい、こう見えても神サンやで。
われぇ死んだら地獄に行くって思っとったのも、無理ぃあらへん。此の十年間に
荒らした屋敷九十五箇所、八百三十九回、ペチった金は三千両余りにもなるちゃ
うか?」
「さすが、神サンだ。おれより詳しいわぁ。じつは神サンに会ったら、ぜしとも
訊ねてぇことがありや入谷の鬼子母神だぜ」
「恰好つけへんで、はよ言いぃ」


 kawsana94.jpg
 

 色の白い男は、忽(たちま)ち晴れ晴れとした顔になって、
「おぅ、そいつぁ、天下に正道が行われていねぇって事だぜ。コツコツ真面目に
生きてる人間は貧乏シマなし。汚職大名や悪徳商家はぬくぬくと贅沢三昧。なん
で神サンは世の中の不平等を放っておくのか、ってんだ」
「そない難儀な事をエラそうにぬかす泥棒も珍しいなあ」
 男は、相手を睨(にら)みつけながら、
「だってよぉ、おめえ様は、情けが海よりも深いっていう神様なんだろぅ」
「やっぱり、あんさんは唯(ただ)の鼠(ねずみ)やおまへんな」
「あたぼうよ、江戸の町では義賊って呼ばれててよぉ」


 kawa65.jpg


 神様は、よしと大きく頷(うなづ)いて、男の目の奥をじいっと見た。
「ええか、よう聞きぃ。平等と公平は、ちゃうのや。公平は正しい事やが、全く
同一という平等は自然の理に反しとる。雪の結晶や手ぇの指紋を思いぃ。どれひ
とつめっちゃ同じもんはあれへん。まるっきし同じ人間はおらへんし、同じ考え
方、同じ関係もあらへん。宇宙には同じもんは他にはない。生きとし生けるもん
の基本的な本能は、《他と同じ事》よりも、《自分独自の事》を表現するっちゅ
うことなんや」

 kawa00o.jpg


 男は、小首を傾(かし)げ、少し口を尖(とが)らした。
「人みな平等っつうのは間違ってやがるんかよ」
「法や規則でぇみんなを同一の《平等》にすんのん《公平》を損なう。必要なん
は《機会の平等》や。生活に基本的な保証は、誰にも平等に与えられるべきや。
性別や年齢人種、考え方でぇ社会的に差別されるようなこってはいけへん。機会
は平等に与えられて、そのうえでぇ誰もがオノレの成長に役立つことを追求して
いけるようにすることが公平ちゅうことなんや」


 kawan632.jpg


 男は目を宙に泳がせ、夕べの女の顔を思い浮かべた。
「確かに、皆が同じ髪形して、同じ着物着て、同じ事しゃべって、同じもの食っ
て、同じ本を読んで、同じトコロで笑ったり泣いたりする、そんな世の中は平等
でも、ちっと薄気味悪いなぁ。それじゃあ、自分が自分として生まれてきた意味
がねえ」
「そやろ、自由は人間の基本的な権利や。個人の自由を損なわへんようにするの
が公平ちゅうことなのや。けど、みんな同一の平等は個人の自由を奪うんや」


 kawa85t.jpg


 男は、水っ洟(ぱな)をすすりながら神妙な声を出した。
「おれは、金持ちから頂いた金を貧乏人に配るのは、世の中が平等になる事だと
自惚れてやがったぜ。まあ、莫迦な事をしちまって、おれはマジに、おしまいな
人間だぁね」
「次郎吉よ、天国には《老い》ちゅうもんがあれへん。せやから《おしまい》の
字ぃから、《おい》の字ぃ取って、逆にしぃ」
「はあ、《おしまい》から《おい》を取れば《しま》で、逆にすれば《まし》」
「そや、どんな《おしまい》そうに見えるヤツも、天国でぇ 皆《まし》な人間
になる」


 iwab88.jpg


                 
      

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※お断り:ここに登場する神サンは、関西支部に赴任して間もないために大阪弁には不備があります。
この話は、むろんフィクションであり、実在する人、団体、神、宗教などには一切関係がありません。
絵:河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい)。天保2(1831)年--明治22(1889)年。幕末から明治にかけて活
躍した浮世絵師、日本画家。明治3(1870)年に筆禍事件で捕えられたほどの反骨精神の持ち主。狩野
派の流れに、ほかの流派・画法も取り入れ、「画鬼」と自称し、多くの戯画や風刺画を残しています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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反共

バーソ様
おはよう御座います。

あたかも共産主義に対する説教のような話ですね。
平等と公平ですね。なるほど。一見似ているけど全く違いますね。
ところで北朝鮮の金ファミリーはこの神様に
なんと言われるのでしょうか?
あっ。そうですね。この神様は地獄にはいないのですね。

愛新覚羅

2017/08/12(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 反共

aishinkakuraさん コメントありがとうございます^^)
> あたかも共産主義に対する説教のような話ですね。
 そうですね、書いていて自分でもそう思いました。共産主義が今は流行らないのは、やはり自然の理に反しているからなのでしょう。上から何でもあれこれ命令されて、個人の自由がなさそうですし、社会の進歩もなさそうですから。東西ドイツが一緒になった頃、東側の自動車はマフラーから白い煙を吐いて走っていたことを思い出します。

> あっ。そうですね。この神様は地獄にはいないのですね。
 あはは、うまい。それにしても、あの半島のお偉いさんはなんであんなに強国を挑発するのでしょう。自分が損するだけだと思うのですが、いや、アメリカのトップよりも自分のほうが偉いのだと思わせたいし、思いたいのですかね。困ったものです。早く地上から居なくなってほしいと思っている人は多いでしょう。(笑)

2017/08/12(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

へぇ、そうかいなぁ、しらなんだぁ!

『個人の自由を損なわへんようにするのが公平ちゅうことなのや。
けど、平等は個人の自由を奪うんや』

改めて“お題”になると、「へぇ、そうかいなぁ‥
知らなんだぁ」って気分になります。(^_^ ;)

とくに平等とは…“オリジナリティの表現”。
この解釈は新鮮であり、真理だと感心しましたぁ。

それにしても戯画、風刺画、錦絵と、
バラエティに富んだ[バーソ青草文庫]ですこと。
ん?青草……その心は? (*^▽^*)

2017/08/12(土) |URL|風子 [edit]

大阪弁、よろしゅうますなぁ

小生の「ヤーコンの詩」までご覧いただき、感謝申し上げます。
硬い論文より、こうした随筆風仕立てのものを書きたいのですが、文才がなくてダメです。
さて、大阪弁。小生は岐阜ですから全く使わないのですが、妹が大阪に嫁いでおり、完全に大阪弁になっていますし、その亭主が行商で時々立寄ってくれますから、けっこう大阪弁に馴染んでいる小生です。
大阪弁の神さんと江戸っ子のやり取りが面白い今週の記事。
いろいろ工夫されていますね。
「無理ぃあらへん」「字ぃ取って、逆にしぃ」とか。
特に「逆にしぃ」は「逆にし」でもなく「逆にしい」でもないところがいいですね。
残念なのは、最後から5行目の「天国でぇは」とその3行下の「天国では」の不統一。
「天国でぇ」と「は」抜きのほうがよろしゅうますのと違いまっしゃろうか。ほして「は」の代わりに「半文字空け」なんちゅうのはどないでっしゃろう。
小生の大阪弁、全く自信ありませんが。
これからも、大阪弁と江戸下町弁の掛け合いを楽しみにしています。

2017/08/12(土) |URL|永築當果 [edit]

Re: へぇ、そうかいなぁ、しらなんだぁ!

風子さん コメントありがとうございます^^)
 創造とはコピーではなく、創造者は創造することしかできない。人間も創造者(のようなもの)で、自分の意識により、人生の道筋や周囲の事象を創造していると言われます。したがって人間は、自分のオリジナリティある人生を創造していくのが本来であるということになります。
 平等とはすべてを同一にすることなので、創造的な生き方を阻害するのです。「変化」は、すべての被造物の基本的な権利なのですね。
 というようなことが『神との対話③』の12章13章あたりに書かれています。この考え方に共感したので書いています。(^^ゞ

 生きるために必要な衣食住の基本的なことは、性別や人種による差別など全然ないほうがいいし、みんな生きる権利は《平等》であるあるべきですが、その基本的な生活基盤がしっかりと出来たうえで、さらに個々の人がどのように自分の人生を生きていくかは、みんな同一平等になるのが正しいというわけではなく、個々の人にはそれぞれにオリジナリティがあるほうがいい、それが真に《公平》なことなのだと微妙に言葉の定義を使い分けています。かつて私の所属していた教団は強固な聖書至上主義の規則だらけで、ここに倫理的な問題がありました。

 「青草」は「青空」をもじったもので、アオクサと読みますが、感覚的には、阿呆くさ、青臭(い)、埋め草(雑誌・新聞などの余白を埋めるために使う短い記事)の意を含んでいます。しかしながら、それほど深い意味があるわけではないことは言うまでもありません。
 不得手な大阪弁がちょっと気になっているのですが、大丈夫でしょうかね。あったら教えてくださいな。(^^ゞ

2017/08/12(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

まぁ確かに、産まれてくるときゃ皆裸。風呂に入るときゃ皆裸。死んだら皆が丸裸(文無し)です。
神様は、これだけ人を公平に作ってるのに、生きてる間は誰もが文句をたらたら言うのはなぜでしょう?
それも「俺は人とは違う」と言う自然のことわりに沿った自己主張かな?救う気にもなりませんね(笑)
ちなみに[バーソ青草文庫]と銘打ったのは「あほくさ文庫」と言う気の利いた駄洒落でしょうか?(笑)

2017/08/12(土) |URL|sado jo [edit]

Re: 大阪弁、よろしゅうますなぁ

永築當果さん コメントありがとうございます^^)
 小生、内容はともあれ、《書き方》は自分なりに多少工夫しているつもりなのですが、よく読んで、良い点と良くない点を指摘してくださって、こういう学術的なコメントは有難い限りです。

 私はべらんめえの江戸っ子弁が好きで、大阪弁はまるっきし不得手。大阪弁に詳しい人から見れば、さぞかしギクシャクしているだろうと懸念しつつ何度も見直したのですが、あらら、表記の不統一をしでかしてました。具体的なアドバイスをありがとうございます。
 最後から二行目を、おっしゃる通りに直してみました。こうです。
(どんな人間でも) 天国でぇ 皆《まし》な人間になる。
 元は、“天国では皆《まし》になる”としていましたが、
 修正案だと、“天国で皆《まし》になる”となります。
 意味は、ほぼ同じですが、読んだときの語調がちょっと違いますね。
 私は「天国では」と読んだほうが調子がいいと思ったのですが、「天国でぃ」と「ぃ」を伸ばして、半文字分の《間』を空ければ、あたかも歌舞伎役者がミエを切っているような決め文句調になり、それも面白そうだなあと思い、助言通りに修正し、それに調子を合わせるべく前の文章も微修正してみました。おかげさまで、すっきりしたようです。

 本当は、《まし》ではなく、《完璧な》とでも言いたいのですが、話に無理やりオチを付ける都合上、こういう半端な言い方をしています。

 下から5行目は下記の通り、「では」を「には」に直しました。
 天国には《老い》ちゅうもんがあれへん。
 まいどおおきに。(^^♪

2017/08/12(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
> 産まれてくるときゃ皆裸。風呂に入るときゃ皆裸。死んだら皆が丸裸(文無し)です。
 旧約聖書の『ヨブ記』の言葉を思い出しました。
「私は裸にて母の胎を出た。また裸にて彼処に戻ろう」。

 むろん死ぬときに借金を残す人もいますが、大抵は人は生まれてきてから、何らかの物持ち金持ちになっているのは面白いことです。
 あの世には何も持っていけない。なのにできるだけたくさん持っていることを望んでいる。人間は、持ってないと不安なんでしょう。

 人は、生きていくための最低限の保障があれば、人生をかなり楽に生きられそうです。そういう平等の生きる権利が公平に国家から与えられる国はいいですね。税金が高くても、老後の生活を心配しないでいいというのは非常にいいことだと思います。

 悪く考えれば、自分はひととは違うという意識は自己意識過剰によるもので、尊大傲慢になったり他人蔑視になったりする可能性がありますが、逆に、ひとと同じようにならなければいけないという意識は、不安感や劣等感に根差したもので、これも情けないこと。良い意味で、そうなればいいと思いますね。

> [バーソ青草文庫]と銘打ったのは「あほくさ文庫」と言う気の利いた駄洒落でしょうか?
 他の方の返コメに書きましたが、その通りで、阿呆くさ、青臭(い)、埋め草(雑誌・新聞などの余白を埋めるために使う短い記事)の意を含んでいます。ま、誰でもそう思いますよね。(笑)

2017/08/12(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

私、「品格あってこその恋」などと書きましたが、
実際恋に堕ちたら品格も何もかまっていられないだろうな、
と思います。そういう究極の時にこそ、
その人の本質がでてしまうのでしょうね。(コワイコワイ)

人は公平にも平等にも生まれついていませんし、
公平にも平等にも生きられないし、
公平も平等も幻想だと思っています。

2017/08/13(日) |URL|宝香 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん コメントありがとうございます^^)
 「品格あってこその恋」は、秘してこそ花との心があってこそ。文春砲乱射や暴露離婚訴訟の話は、まったくみっともないの一語です。

 色恋が互いに真剣なものであれば、ドロドロの泥沼に入りやすいということもありそうで、むしろ互いにお遊びと分かっているぐらいのほうが、あるいは遠くから密かに想っているだけぐらいのほうが、粋で洒落ている、と江戸っ子の人情と風流を書く戯作者なら言いそうじゃないですか。私、こういうことは、あまりよく分かりませんが。(^^ゞ

 みんなが同じような容姿で、同じような感性で、同じような頭脳で、みんな正しい倫理観なら、世の中はスムーズに流れるでしょうが、しかし個々の人が存在しなければいけない理由がなくなります。タデがなければ、タデ食う虫の存在感がなくなります。
 人間、平等にも公平にも生まれついてないのが人生の面白さだわいと思えれば、そして、そうであっても努力して上昇していこうとする精神態度があれば、これもまた精一杯に生きるという、いい人生観のような気もします。

 いくら紅い薔薇がいいとか、白い高貴な百合がいいとしても、地球上にその花だけ一種類しかないなら、じつに味気ない、つまらない。時には、“野菊の如き君なりき”なーんてセリフを口走ってみたいですから。(笑)
 若い時の純粋な恋心は品格がありそうですが、年を取ると、そういう汚れなき心がだんだん薄れてしまうのが人の常。何と言ったらいいか、あ、いやいや、失礼しました、宝香さんは違いましたよね。(^_-)

2017/08/13(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

神の下では皆平等

 でも神様の世界は絶対階級社会ですから~残念。しかも神様もその配下も死なないから階級は永久固定。下っ端は五十六億七千万年経っても下っ端のまま。弥勒菩薩言うところの救済とは、死滅による階級の軛からの脱却なのかも知れませんぞ。桑原桑原。
 共産主義が平等ですか。いやいや、マルクスは人類は平等なんて一言も言ってないです。「資本主義は怠け者の働かない奴(マルクスの事ね)には地獄だから滅んでしまえ!」と拗ねてるだけなんですな。で、それを良い様に使って国を乗っ取った悪党共が平等世界を作り出した。へっへっへっ、幹部は別ねってか。庶民は平等にびんぼ。幹部は酒池肉林。ソ連はこけたけど、中国はしぶとい。それだけ上が悪賢いのか、下がアホなのか。ま、こっちに関係なければ好きにしてってところなんですがね。この現代に何をトチ狂ったか、キンペはんは皇帝になる気だよ。困ったもんだ。
 機会の公平。うーむ。機会も決して公平なんて事はありませんなぁ。ピアニストもバイオリニストも親に金無きゃなれまへん。フィギュアスケートに黒人が極端に少ない理由もそういう事らしいです。
 本当に平等で公平なのは死神さんだけですわ。え゛、お迎えの時期が不公平?いやいや、何時来るか判らないのは公平でしょ。

2017/08/14(月) |URL|miss.key [edit]

Re: 神の下では皆平等

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 「働かざる者は食うべからず」はレーニンが言った言葉で、共産主義のスローガンのように言われますが、元は聖書にあって、厳密には「働こうとしない者は食べてはならない」と訳されるべき言葉であり、怠惰を戒めているのはまったくその通りです。
 聖書では、アダムが罪を犯した結果、与えられた神罰が「顔に汗してパンを食らうようになる」ですから、人が罪びとになる以前の本来は、労働とはつらいものではなく、楽しいものであったとされています。

 人がある程度集まれば組織することが必要となり、組織には上に立って命令する者とその下で従順に働く者との区別が生じ、そのような階級制が出来れば、幹部は偉そうにして富んだ暮らしをして、一般庶民は貧しく苦しい生活をするというのは、この人間社会では必然のようなものなのでしょう。それを無くすにはアボリジニのような自給自足の、村落単位のこじんまりとした生活スタイルをするしか方法はなさそうです。

 世の中に階級制の全くない組織なんてものは、よほど少人数の清廉な倫理団体でない限り、ちょっとあり得ないような気がしますね。大体が聖書の神は、法を定めて執行する権限を持つ全能の独裁者で、その神に仕えるミカエルとガブリエルは天使長と呼ばれている通り、み使いたちの間にさえ階級制があるとされ、これは人間社会にさえ専制君主と階級制があってもいい根拠のひとつになっているようです。
 階級社会で嫌なことは、富裕の差ができることと、どうしても傲慢尊大横暴という人間の性格の欠点が顔を出すのが困ります。

> 本当に平等で公平なのは死神さんだけですわ。
 それは《時間》とも言い換えられそうです。社長でも守衛でも誰でも、人間には《時間》だけは公平に与えられている。むろん経済的な条件とか健康面とか、住んでいる国や時代などの差や、そもそも天与の才能があるかないかなどの差もあり、それもけっこう大きいものがありますが、まあ自分の人生は《ある程度》というエクスキューズがつくものの、おおよそは自分の意思で決められるというのも有難いことです。近隣の半島に生まれなかっただけでも恵まれていると思えば、今の自分の不遇を嘆く必要もなし、ですかね。(笑)

2017/08/14(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

そうですね、平等と公平、私もずっと気になっていました。
運動会で順位をつけないとか、逆に男女を分けないで一緒に
走らせるなどいまでも行われているようです。
平等にしようとして結果、不平等になり公平を欠くんです。
選挙権の低年齢化や生活保護受給などもその危険を孕んでいます。
Indulgy.comでこの絵を見つけました。
平等と公平を一発で見事に表しています。
https://ind5.ccio.co/VE/l7/NF/4dec3207059504e5636889372dd0d5d5.jpg
私もよく間違えるのですが「公平」と「公正」も取り違えられやすい。
二人でコンビニにバイトに行き二人の時給が200円だとします。
二人の時給は平等で公平ですが、時給額が社会から見て公正でない
ということかな。

2017/08/15(火) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 旅行から帰ってきたばかりで疲れているでしょうに、早速ありがとうございます。^^)
 この参考画像。面白いですね。
https://ind5.ccio.co/VE/l7/NF/4dec3207059504e5636889372dd0d5d5.jpg
 身長の違う三人が外野の塀越しに野球を見ようとしている。
 左の絵が「平等」で、同一の助け(同じ台)が与えられているが、背の一番低い右端の人は野球観戦ができない。
 右の絵は「公平」で、身長の低さに応じて異なる援助(高さの違う台)が与えられ、三人とも公平に野球観戦ができる。
 この誰でも公平に《野球を見ることができる》というのが、人間として平等に生きることができる基本的な権利なのでしょう。
 でもこの三人とは違って、生活能力のある人は内野席のチケットを買うでしょうし、運動能力の優れている人は野球選手になるかもしれない。その違いがあっても、それは別に不公平ではないのでしょう。

 こんな話を思い出しました。
 イエスがツロとシドンの土地に行ったとき、その地方のカナン人の女が来て、「娘が悪霊に憑かれているので癒やしてほしい」と頼みます。
 イエスは「子どもたちのパンを取り上げて犬に投げてやるのは良くない」、つまり「私はイスラエル人以外のものを救うためにきたのではない」と突っぱねます。すると女は「ただ、子犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます」と答えます。するとイエスは女の信仰を褒めて、その願いどおりになるようにします。

 イエスは神の公正がいつか執行されることは述べましたが、世の中の不平等とか不公平についてはあまり述べてないように思いますね。イスラエル以外の土地にまで伝道しなかった。イスラエルの奴隷を解放しようとはしなかった。女性の社会的立場を高めようともしなかった。当時の社会システムを改革しようとはせずに、ただ人々の意識を変えて世の中を良くしよう、来たるべき神の裁きに備えさせようとしたようです。
 
 このたび競歩の世界戦で、日本人選手が2位と3位に入りましたが、アジア人がスポーツで白人や黒人を抑えるといい気分になるのは、身体的なハンディをものともしないで努力と工夫で勝つからでしょう。
 それにしてもスポーツは、特に大相撲は重量別がないので不公平ですが、ゴルフはアマチュアの場合、異なるハンディがつけられるので、面白いところです。

> 「公平」と「公正」も取り違えられやすい。
二人でコンビニにバイトに行き二人の時給が200円だとします。
二人の時給は平等で公平ですが、時給額が社会から見て公正でない
ということかな。

 なるほど。分かりやすい譬えです。バイトの時給も安すぎますが、派遣と正社員の賃金の違いもひどいと思いますね。同じ仕事をしているのなら、派遣のほうが賃金を多く貰わないとおかしいです。何しろ有休やボーナスも少なく、福利厚生や退職金などの待遇も圧倒的に不利なんですから。これは公平になるよう、政府がなんとかしてほしいものです。
派遣会社って3割ぐらい紹介料を得ているようですね(ピンハネ)。

2017/08/16(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

個人の自由を損なわないようにするのが公平ですか。なるほどなあ。
個人の自由は絶対に欲しい。

必ず平等に毎年、人は一つ年をとる。
平等にいつか必ず死ぬ。
基本的なところは「人」は同じですね。
それに抵抗する力の加減で
いろいろに変わるでしょうが。

誰もことも気にしないで暮らせる自由が
欲しいなあ。

2017/08/17(木) |URL|森須もりん [edit]

Re: タイトルなし

森須もりんさん コメントありがとうございます^^)^)
 最近は《格差社会》などと呼ばれ、貧富の差が拡がっていると言われますが、ちょっと昔の本を読むと、今では考えられないような社会的な制約や偏見がいろいろあったことが分かります。戦前は女性には選挙権がないだけでなく、高等教育を受けようとする女性、小説や詩を書く女性、ちょっと派手めな服装の女性はみな、女はただ夫に従っていればいいと言われ、親族や世間から白い目で見られる場合もあったようです。
 
 福沢諭吉は「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と言えり」と言いましたが、その続きで「されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もあり・・・ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」と言っています。これは『学問のすすめ』ですから、不平等を克服するには、よく学べと言っているわけです。

 ですから、何かの知識を得たり、何かの特技を得たりして、何らかの知恵を得て、自分の道を切り開いていくのが最善なのでしょう。
 ともあれ何もせずに宝くじが当たる幸運を待つよりも、いろいろやりたいことをトライしてみるほうがいいようです。
 森須さんもこのところ転機を迎えているようですが、いまある自由を活かして、いい道を選択していけるといいですね。^^)

2017/08/17(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/08/18(金) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 昼休みとその前後30分を外すと、いいようですよ。
 なるほど、そうでしたか。こんど編集ソフトを探してみます。無料のを。(笑)

2017/08/18(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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