「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 過去を手放すために死がある。執着心と生まれ変わり。 


二葉亭四迷が “I love You” を「死んでもいいわ」と訳した話は知られています。
トンでる訳だなあ、文豪はモテるなあと、お嘆きの貴兄もおられるでしょう。

でもツルゲーネフの『片恋』では、“I love You”とは英訳されてないそうです。
そのロシア語箇所は直訳され、“Yours(あなたのものよ)”となっています。
※1
なるほど、身も心も「あなたのもの」なら、「死んでもいい」と訳しやすいですね。

愛は見返りを求めないどころか、命への執着心さえ棄てさせるのでしょう。
聴かせてよ愛の言葉を。人生一度でいいから、歯の浮く思いをしたいものです。

aVanuyt (2)

それにしても、川島浪子の言葉じゃないですが、人間はなぜ死ぬのでしょう。
もし死なないで永遠に生きられるとしたら、それは本当にいいことでしょうか。
            
                 

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「ちわ~、ご隠居。あ~らら、今日は十歳くらいお若く見えますね」
「おや、うれしいね。で、熊さんは、あたしが幾つくらいに見えるのかい」
「まあ、ちょっと目には喜寿には見えねえです。てえしたもんだ」
「おいおい、喜寿とは七十七だ。そんなには行ってない。まだ、むそじだ」
「くそじぃ。はあ~、やっぱり」
「そうじゃない。六十に旅路の路と書いて、六十路(むそじ)と読むのだ」
「むそじから順調に歳を取って、なそじ、やそじ、くそじ…。おお」
「ったく、口が悪いな。でもまあ、九十路(ここのそじ)までは生きたいな」
「千年万年と鶴亀のように長生きしたくねえんですか」
「うむ、人間は不老不死にはならないほうがいいワケがあるのだな……

『不老不死おそろしや十箇条の事』
一、事故で地面深くに生き埋め中でも発見されずに生きてるのは怖ろしや
二、悪い奴らに木に首吊りされて苦しみが続いても死ねないのは怖ろしや
三、不死の原因を探るために監禁されて学者らに解剖されるのが怖ろしや
四、理解力や記憶力は衰えていくのに、体だけは若者というのも怖ろしや
五、百万年も生きれば大抵のことは経験して飽きるだろうことが怖ろしや
六、歳をとると時間が早くなり一日が一時間のように過ぎるのが遅ろしや
七、明日という日が永遠に続くので、すぐやる意欲が薄れるのが怖ろしや
八、恋する女性と永遠に暮らすのも、よ~く考えてみればかなり恐ろしや
九、隕石が天から頭頂に落ちる確率が高くなることを思うだけで怖ろしや
十、太陽が燃え尽き、地球が無くなっても、宙で生きているのが怖ろしや

……どうだ、熊さん。不老不死で永遠に生きるのも、けっこう怖ろしいだろ」
「人間、死ぬってことも割合いいことなんですね」
「そうだ。死ぬことは、いいこともある」
「ご隠居も早く、いいことしてください」
「お前さんは、少し口を慎んだほうがいいよ、本当に」



人間は、執着べったり漬けの生き物である。
※3

「いいかい、熊さん、よく聞きなさい。宇宙は、人間についてこう考えている」
「おや、宇宙って考えるんですか」
「まあ、宇宙とは万物を造った創造者だと思いなさい」
「へえへえ、宇宙とは神様のつもり」
「そうそう。宇宙は、人間が、新たな環境、新たな場所、新たな人々、新たな
経験、新たな考えに触れることで、進化し、成長してほしいと考えている」
「宇宙って親切ですねえ。どこかの誰かとは大違い」
「またか。だがな、そんな有難い宇宙の考えをはばむのが、お前さんやあたし
らの執着心なのだ」
「シューチャクシンって何ですか」
「それは、人間はあまりにもいろいろなモノにしがみついている。カネ、地位、
名誉、物、自分の顔、料理、慣れた味。とりわけ自分の考え方は変えたくない。
特に年寄りの意思は頑固だね。それから、恋の相手も手放したくない」
「あっしは手放したくねえのに、あっちから手放されちまって。ううっ」(泣く)

aVanio (1)


過去をすぱんと断ち切るために、死というものがある。


「熊さんは、人間のもろもろの執着から、自由になれる方法があると思うかい」
「いえ、いったん手に入れたものは、死んでも手放したくねえです」
「そうだろ。だから執着心から離れるために、人間は死んで、体を手放すのだ。
そうして別の新たな状態に移る」
「えっ、それって生まれ変わりのことですか」
※4
「そうだ。人は死んだときに、やっと執着という呪縛から逃れることができる。
人間の死は、一切の執着から逃れるためにあるのだ。以前の記憶は一切忘れる
ことになっている。本当は、心の奥底にひっそり眠っているだけだがな」
「そうするってえと、以前の記憶を忘れるってことは、閻魔帳も無し、閻魔様
からのお咎めも無しですか」
「無い。だが、お前さんの場合は、舌と心が抜かれるだろうよ」
「ま、口が悪いので舌は納得できますがね、どうして心も抜かれちまうんで?」
「口から出る言葉は心から出る。お前さんが正しい心になるよう“したごころ”
が抜かれるのだ」
※5

aVanuyt (1)


                    
     
世界には、いろんな見方、いろんな考え方があり、だから面白いのでしょう。
自分が共感でき、納得できることを信じ、楽しいと感じることを行なう――――。
とりあえずは、それでよろしいのじゃないですかね。


※1:原文⇒— Ваша… — прошептала она едва слышно.
英訳⇒“Yours”. . . she murmured, hardly above a breath.
四迷訳⇒「死んでも可いわ…」とアーシヤは云つたが、聞取れるか聞取れぬ程の小声であつた。
※2:旧約聖書・詩編90編10節文語訳「われらが年をふる日は七十歳にすぎず、あるひは壯やかにして八十歳にいたらん」。90篇の表題は「十戒」で有名なモーセ。紀元前13~15世紀の人とされています。そんな大昔に“人間の寿命が70歳から80歳である”と書かれているのは面白いことです。
※3:この項はエンリケ・バリオス著『アミ3度目の約束』徳間文庫348-349ページから書いています。
※4:子どもたちが語る“前世の記憶”の真偽は、客観的・実証的に研究されています。
The Division of Perceptual Studies(DOPS)では、前世研究が続けられており、2600超の事例が収集されている。中部大学教授・ヴァージニア大学客員教授の大門正幸によると、収集された事例のうち、前世に該当すると思われる人物が見つかったのは72.9%、前世で非業の死を遂げたとされるものは67.4%である。
懐疑主義者の団体サイコップの創設メンバーであるカール・セーガンは、生まれ変わりは信じないが、“まじめに調べてみるだけの価値がある”と評した。(Wikipedia)
※5:念のために「下心」の意味を、三省堂大辞林より。
 1.心の底で,ひそかに考えていること。たくらみ。もくろみ。
 2.本心。内心。真意。 「我(あ)が――木の葉知るらむ/万葉集 1304」
 3.漢字の脚の――。「忝」「恭」などの「⺗」,「念」「思などの「心」の部分。
●画像はアメリカの雑誌『Vanity Fair』1930年版の表紙を借用しています。

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 地球にオスとメスと2種類ある二元論の神秘。 

男と女。世界に、これ以上ミステリアスな組合せがあるだろうか。

もし男だけ、あるいは女だけしか存在しないなら、嗚呼、恋のトキメキは生じない。
もし男だけ、あるいは女だけしか存在しないなら、飲んで泣いて飲んでは激減する。
もし雄だけ、あるいは雌だけしか存在しないなら、雌雄を決することはむずかしい。
もしオスだけ、あるいはメスだけしか存在しないなら、ボルトとナットは困るのだ。

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地球上の生きものには、性別という二極性、もしくは対称性の破れがある。(笑)
男と女。オスとメス。永遠のワンペアについての、冗談っぽくも真面目なる話です。

 「洞窟の比喩」と「杜子春」と「マトリックス」の“夢オチ”とは。 

よく道に迷います。
知らない町を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい、というような一人旅ではないのに、
歩いていると、いつの間にか知らない土地に来ていて、あせります。
駅では、行き先が反対方向の電車にうっかり乗ったりして、あせります。
あせり・・・は朝、目が覚めたら消えるのですが、なぜ道に迷う夢をよく見るのか、不思議です。
自分の心の深層にあるメンタルの迷いを夢で指摘されているのでしょうか。
ふだん日中は、精神的に迷っているという顕在意識はないのですが。

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Pexels (Zach Damberger)

古来、現実とはひょっとしたら夢ではないか、と少なからぬ賢者たちが考えてきました。
それは人の心に本質的にあるからか、人生になにか違和感を感じるからかもしれません。

プラトンの「洞窟の比喩」はなかなか面白い話です。今回の話は、これを軸にしています。

 吉宗の巧みな大奥の改革と、使徒パウロの巧みな懇請の手紙。 

「企て」と「企み」。
読むのに一瞬、戸惑わなかったでしょうか。
「くわだて」と「たくらみ」。
「企て」は単に計画のことですが、「企み」には悪い意図が含まれています。

今回は、徳川八代将軍の吉宗が巧みに企んだこと、
聖書からイエスの使徒パウロが巧みに企てたこと、その二つを書きました。
秘訣は、相手を“いい気分”にさせることですが、両者のやり方はまるで違います。

83qh.jpg 出典

後半の聖書のほうは信仰話や教訓話ではないですが、長いのでスルーしてもいいですよ。
でも使徒パウロの私的な手紙は、素晴らしく巧みで、惚れぼれするほど名文ですよ。

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