「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い。

 悪い人を赦すことは、自分が選んだ人生だ。小さな魂の話。 

28年間も孤島で暮らしたロビンソン・クルーソーは、何が一番楽しかっただろうか。
(29年体験の小野田少尉は「楽しかった事は今の今まで一度もありません」と述べた※1)

ロビンソンは漂流25年目に、殺される寸前だった近隣の島の若者を助けた。
彼の言葉は理解できなかったが、ロビンソンの耳には非常に心地よく聞こえた。
というのも、じつに四半世紀ぶりに聞いた人間の声だったからだ。

若者フライデーは、命の恩人であるロビンソンに絶大な忠節を誓い、従僕になる。
ロビンソンは、フライデーと共に暮らした3年の歳月について、こう言っている。
「もしこの世に完全な幸福があるとすれば、まさにこれこそ、その幸福であった」

良い人間関係は祝福だが、悪い人間関係は運命の呪いかのように感じるだろうか。
身近にイヤな人間がいて、厳しく当たってくる場合は、どうしたらいいだろうか。

kurous.jpg 出典

ニール・ドナルド・ウォルシュ著『神との対話③』吉田利子訳(サンマーク出版)には、
どうしてそうなるのか、どう思ったらいいか、が感動的な例え話で記されています。

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小さな魂と友好的な魂の“約束”。
場面は、見えない霊の領域。神※2が自分の分身である小さな魂(soul)と話をしている。

神性のどんな部分を体験したいか選んでいい、と神から言われ、小さな魂が答えた。
「それじゃ、私は完璧な赦しという神性を体験したいんです」

小さな魂は、神の特質を知識では知っていたが、体験では知っていなかったからだ。
“百聞は一見にしかず”とか “Seeing is believing” という格言と似たような話です。

ところが周囲を見回すと、神が創造した魂は皆、完璧だった。悪い魂などいない。
赦すべき相手がいないので困っていると、群集の中から一つの魂が出てきた。
「あなたの次の物質的な人生に出かけていって、※3
なにかをするから、それをあなたが赦せばいい」

しかし小さな魂は、こんな完璧な存在が悪行をするために、わざわざ霊のからだを
もろくて不自由な人間の肉体に変えるのは何故なのか、理解できなかった。

smallul.jpg 画像:amazon

友好的な魂は、あなたを愛しているからそうするのだ、と説明する。
すべての魂は神の一部で、互いの一部。あなたがいなければ、私も存在しない。
 私たちは、神の偉大な神性を“体験”しよう、とみんなで決めている。
しかし何かで有ることを知るためには、何かで無い状態を知らなければならない。
 たとえば暗いということを知らなければ、明るいということは分からない。
  それが宇宙に、上/下、暑さ/寒さ、楽しさ/苦しさ、善/悪…と相対性がある理由。
だから、
「あなたが、或ることを選ぶためには、
それと反対の何かか誰かが、宇宙のどこかに現れないといけない」
だから、
 そういう対極性がある世界は、神からの贈り物であり、
 人が出会う悪人と思える人たちは、じつは神の特別の天使なのだ。

友好的な魂はひとつの交換条件を持ち出す。小さな魂はワクワクする。
「代わりに、頼みたいことが、ただひとつある」
「なんでもします! 何でも!」


「私があなたを襲い、暴力を振るうとき、想像し得る限り最悪のこと
をするとき――その瞬間に――本当の私を思い出してほしい」
「忘れませんとも!」 小さな魂は約束した。
「いまと同じように、完璧なあなたを見ます。
本当のあなたを、いつも思い出します」



(ニール・ドナルド・ウォルシュ「人生の目的」エックハルト・トールとの対談より抜粋)

魂レベルから見れば、愛のゆえに悪役を演じてくれている魂がいるという話です。
私はいつも、最後の「忘れませんとも」で目元が締め付けられ、涙が溢れてきます。
いつも忘れているから、申し訳ないと思うから、今の人生に感謝したいからです。

この例え話は、作り話に過ぎないと思うでしょうか。
それとも、そういうこともあるかと思うでしょうか。
どうすれば “より良い自分になれるか” を考えてみるのはどうでしょう。

                 

☆著者のニールさんは、このメッセージが世界中に広まることを望んでいます。
(大文字部分は本文からの引用で、その他の部分は私が趣旨をまとめました)

補――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:小野田寛郎。情報将校として太平洋戦争に従軍して遊撃戦を展開。戦争終結から
29年目にしてフィリピン・ルバング島から帰還を果たした。大正11年生まれ。91歳没。
※2:ニールに現れた“神”は、霊の次元の世界に大勢いる高次元の霊的存在の一人。
ニールの守護天使かハイヤーセルフかもしれない。誰が語っているかを詮索するより、
メッセージの内容が自分のハートにしっくり来るかどうかを考えたらどうでしょう。
※3:
これは輪廻転生のこと。神が完璧なら、70年か80年生きたらそれで終了という
人間を創るはずがない。人は何度も生まれ変わり、何度もチャンスを与えられるはず。
どんな人間に生まれ変わるかは、個々の人、すなわち魂にまかせられているはず。

☆著名なバーシャルは滅多に本を勧めないが、この『神との対話』は強く勧めている。
 https://www.youtube.com/watch?v=KPI9ylSCmRE
☆amazonには程度のいい古本が ①②③巻 1~100円以下(送料257円)でありますよ。
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 芥川とピカソの「泣く女」には感情の対極がある。 

情と理性。日頃、どちらかを優先しているだろうか。

8月8日、天皇陛下が高齢化による生前譲位のご意向を暗に示された。
 ある人は、平成の玉音放送だ、陛下のお気持ちは大事にすべきだと言っている。
 ある人は、南洋まで行くから忙しいのだ、皇太子夫妻が後継ぎかと冷ややかだ。

賛同者は感情で陛下を心配し、批判者は理性で皇室論を述べているようだ。

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ジャック=ルイ・ダヴィッド「ナポレオンの戴冠式」1806-07

感情と理性の表わし方。これを芥川龍之介とピカソが共に「泣く女」で描写している。

 「虹の足」の下にいる幸せに気づける8つの質問。 

オのオリンピックで、男子サッカーが1次リーグ敗退となった。
その最初の試合のとき、女子アナが、サッカーの神様に祈りますと言っていた。

旧約聖書は、王国に天使長が付いていると言っている。(ダニエル10:13,20 新共同訳)
もしサッカーの神様や守護天使がいるなら、ジャパン担当はまだ下っ端のようだ。
イエスは、辛子からしの種粒ほどでも真実に信じていれば「山も動く」と述べた。(マタイ17:20)
これは比喩ではなく、意識の持つ力を述べている。

人は、神に願い事をする。
神は、人が最も強く信じていることをかなえる。※1

ここで面白いのは、人は自分の心に嘘を付くことはできないということだ。
つまり、神に願いを述べていても、内心では、ほとんど信じてないことがある。
・苦しい時の神頼みというのは、普段は、願いはかなわないと信じていることを示す。
・百円硬貨のお賽銭を入れるのは、百円分位の御利益しか期待してないことを示す。

人は願っていても、心の奥底では信じてないので、その信じてないことが現実になる。
つまり、人の願いは大抵かなわない。

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ホセ・デ・リベーラ「砂漠のマグダラのマリア」1641

しかし必死に神に願わなくても、手軽に幸せになれる良い方法がある。
吉野 弘さん※2の詩が、そのことを教えている。

 鰻と別嬪と厚化粧の関係。 

が来れば、鰻(うなぎ)のかば焼きを思い出す。
だが、鰻屋に行くと、「松>竹>梅」という階級制のゆえにひと悶着が起きる。
すなわち、
最上位の「松」はちょっと畏れ多いなあ、と生来の弱気と貧乏性がしゃしゃり出て、
といって下位の「梅」はちょっと情けないなあ、と男の意地らしきものが顔を見せ、
しばし逡巡のあと、結局は「竹」を注文して、たけえなあと心の中でぶつぶつ言い、
鰻に階級があるというよりは、食べるほうの階級意識がお家騒動を起こすのだ。

そんな客の心理を考慮して、「梅>竹>松」の逆順にしている店もあるそうだ。
ただし、元々は「松=竹=梅」と三者平等で、序列はなかったとか。

それにしても牛丼の『吉野家』では、なぜ普通盛を「並」なんて言うのだろうか。
「並一丁」と店員に言われると、「お前は並だ」と言われているようじゃないですか。
まあ、その通りなんですがね。なんせ牛丼屋に入る客ですから。

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歌川国芳「春の虹蜺」。鰻を食べているときに虹が出て、振り返ろうとしている。

今回は鰻屋の話から、すかんぴんじゃあなく、べっぴんとすっぴんの話になりますよ。
ついでに厚化粧と薄化粧、どっちがお好きですか。

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